ネコと和解せよ 作:ラキスト猫
にゃーは産まれた、多分ニャーと鳴いたニャ。
暫くして、自分の右目が見えていない事に気付いた。
物心つく頃には前の記憶が残っていて、どうやら刻ネコは約束を守ったらしい。
静江は最初は落ち込んだみたいだが、自分が特に気にしていないのだから悩むのは止めたらしい。
今では色々な眼帯を探してきては見せてくる、面倒なので基本は黒一択。白いのは心に刺さるから止めて欲しい。
子供の頃になって初めて気づいたのだが、静江は子供を妊娠するとタバコをキッパリと止めていた。
一週間で死に至った、正確に言えば投げてしまった自分とは大違いだ。節度を護る限り自由とは与えられるものなのだろう。
妹ちゃんが産まれる、部屋の外で静かに待つ。以前の自分であれば暇さえあればタバコを吸っていただろうが今は自粛している。
体感時間の上で長いような時が流れて、ようやく妹ちゃんが産まれたらしい。小さくて、丸まって、必死にニャーニャー泣いている。
時が経って、君の瞳は開くだろう。右目の琥珀と、左目のルビー。
君の瞳に移る自分を、こちらを見ている自分を、正面から受け止めるには未だ遠くて。
妹ちゃんを、私はただ深く優しく抱きしめた。
私はお姉ちゃんが大好きだ。
一緒に暮らしている家族だからいい所も悪い所も知っているけど、やっぱり大好きだ。
寒くても暑くても抱きしめて来るからうざったい時もあるけど、お姉ちゃんの匂いはとても落ち着く。
私が泣いて眼を擦っていると、すぐに来て眼に冷たいタオルを当ててくれる。
並んで歩いてる時、いつも車道に近い所を歩いている。
勉強で頭を抱えている時には、あまり役に立たないけど一緒に考えてくれる。
ちょっかいをかけて来る子供や狂暴な動物がいれば、いつも身を挺して守ってくれる。
「妹ちゃんには、笑っていてほしいニャ」
宿題はしない、貸した物は中々帰ってこない、たまに風呂に入るのを忘れている。
それなのに、おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみは忘れない。
とても大事にしてくれるから、ちょっとだけ悪戯心が湧いたのだ。
それがまさか、こんな事になるなんて思わなかった。
お姉ちゃんが、家を出て行ってしまった。
「という訳で、部屋を貸してほしいニャ」
「どういう理由か、まず話してからという訳でを言ってくれないか?」
にゃーは弱虫で意気地なしにゃ、こんなにも大切な物を大切にしようと決めたのに結局逃げてしまったのニャ。
しかも逃げた先が前世で住んでいた安アパートの一室だったのが救えないのニャ。
「というか、親御さんはこの事知ってるのか?」
「静江は仕送りを認めたし、家賃は静江が振り込むニャ」
「お前……何をやらかしたんだ。未成年で家出るって大抵はろくでもないだろ」
「……ろくでもない、事ではあったニャ」
この世界では妹ちゃんは失明していない、それなのに妹ちゃんの眼に何かがあっただけでトラウマがフラッシュバックする。
妹ちゃんの為ではなく、自分の為に逃げたのだ。
「タバコは吸わないから住まわせてくれにゃ」
「お前未成年だろ!?そもそも吸っちゃいけねぇんだよ!」
「にゃ~……」
「お前、行く当ては無いのか」
「にゃーには、なんもねぇにゃ~……!!」
情けない話、一学生の身分で資産というものは何もない。
「にゃーにあるのは…自分の体だけにゃぁ……」
「ちょ、おま!お前!!?」
大家が面白い程に慌てふためく、そう言えばあんまり気にしてなかったがそういう気はあったのだ。
「……にゃ」
「いや、その視線止めてくれよ……ここで俺が部屋を貸したら逆にヤバい奴みたいになるだろうが」
「じゃあ貸してくれニャ」
「じゃあってなんだよ!?」
慣れ親しんだようなかつての自室、畳の匂いと真新しい空気に包まれる。
「結局、逃げるのですね」
「にゃーには、出来る事と出来ない事があるにゃ」
刻ねこに会うのは久しぶりだった、あるいは刻ねこには時間という概念はないのかもしれないから刻ねこがここに来ることを忘れていたのかもしれない。
「右目を失い、命を投げ捨て、周りに迷惑をかけてまで得た機会をもってしてもこれですか」
「すまんにゃ」
「指二本が唇についてますよ」
刻ねこに指摘されて、自分の右手をそっと降ろした。
「吸いたいんですか?」
「不安にゃ、何もしてないと落ち着かないのにゃ」
「吸わないんですか?」
「不安にゃ、妹ちゃんに今度の今度こそ嫌われてしまうにゃ~」
「妹さんは以前も今も、貴女の事を嫌いになっていませんよ」
ポケットから溶け始めている棒付きキャンディーを咥えると、溜めてもいない息を吐く。
「にゃーは嫌いにゃ」
カタン、と音が鳴った。
「妹ちゃんの眼を見ているとにゃ、どうしても怖くなるにゃ」
「何が怖いのですか?」
「にゃーと同じ色の眼が、にゃーの悪い所を突き付けられているようで怖いにゃ」
「貴女は元々、悪い所ばかりじゃないですか」
「もし、妹ちゃんを悲しませる奴がいたら、例えにゃーだとしても許せないにゃ」
「悲しませた奴がいますよ、飛び降りたらどうですか?」
「晩飯買いに行くときに飛び降りるにゃ」
「勝手にしなさい」
「勝手にするにゃー」
自分はもうタバコは吸わない、妹ちゃんにも迷惑をかけない。
それだけでいい筈だったのに、少しずつ未来が変わろうとしていた。