こんな喋らないだろ!とは思いますがどうか…どうか
二〇〇〇年より前の古い思い出の為に、僕はようやく目覚めた
久遠寺邸の地下の奥の奥に人形らしきものが眠っている
少女の持つ小さな蝋灯りが、暗闇の奥に佇む『それ』を不器用に照らし出した。
そこにいたのは、一枚の絵画のように美しい、物言わぬ好青年の姿。しかし、それは人間であり、人間でない御伽噺の残骸である。
母が遺した特別なものの1つだとはわかっている
何かのプロイキッシャーかはたまた人形なのか
そんな好奇心を背に少女は青年に触れてみる
カチリ、と。少女の魔力が、千年の錆びついた鍵を開ける。青年の瞳に、初めて「月曜日」の光が灯った。
「あなたは、だあれ?」
少女は青年の目を見つめた
「俺……か?そうだったな俺が誰か、か」
首を傾げる青年。髪は健康的な黒色。しかし、自分が誰だったのか、何のためにここにいたのか、記憶の全てが霧の彼方に消えていた。
いや、厳密には名前と少しばかりの思い出が残っているが
「名前は、レンだそれ以外はなんとも」
唯一覚えていた名を口にする
「…お母様があなたを教えてくれたのだけど」
少女は、感情の消えたお人形のような声で、だけどその小さな身体をかすかに震わせながら、青年を見上げている
「__何も覚えちゃいないがひとつだけわかっていることはある」
青年は自分の手を見つめ、それから、目の前にいる少女の「ひどく寂しそうな、泣くことすら忘れた瞳」に気づく。その瞬間、彼の失われた魂の回路が、本能のように微かに脈打った。かつて、同じように自分を置いていこうとした、愛しい魔女の面影が重なる
「それは、何…?」
少女は問うた
「それはな、多分…お前が好きだったってことだ!」
青年のあまりの言葉に、十数歳ほどの少女はただ、冷えきった沈黙を返した。数秒の、墓場のような静寂。蝋燭の炎がパチリと爆ぜ、少女の薄い唇が、静かに、容赦のない事実を宣告する。
「……変態?」
長い眠りから目覚めた青年は、目覚めてわずか数分で、立派な変態野郎の烙印を押されることとなった。
あえてもう一度言おう
青年は変態クソ野郎となったのだ
「ちょ、ちょっと待ってくれ違うんだ俺は決してそういうものでは___」
昔見た好きな人物に似ていたために答えてしまった自分も悪いがここはもっと運命的な感じじゃなかったのかと青年は思う
そして、この最低最悪な第一印象の改善をするべく青年にはこの少女に対し何ができるか考える
考えてみた が おそらく自分は何も出来ないことに気づいた
『こうなりゃ一か八か執事にでもなるか…?他に役立ちそうなことできないし身の回りの世話くらいなんとかできるだろう…うん』
「なぁ、お嬢様…?執事の枠とか空いてたりしますかね?ほら目覚めのお茶を入れますよ」
少女は、冷えきったのする無表情のまま、地下から居間へ足を向けた……勝手にすれば、という無言の承諾。よしきた、と青年__レンは意気揚々と、しかし内心は冷や汗を流しながら居間へと向かった。
だが、ここで致命的な問題が発生する。
レンはお茶の淹れ方を全くと言っていいほど知らなかったのだ
そもそも紅茶の存在すら知らない
葉っぱでお茶をなんかするんだなくらいの認識だったのだ
ましてや十九世紀イギリスの洗練された紅茶の淹れ方など知るはずもない。おまけに、近代的なキッチンの道具_ポット、コンロ、そして金属製のヤカン。それらの使い方が、一ミリも分からなかった。
「ふむ…とりあえず火を熾せばいいんだな 」
ヤカンに水を汲み、コンロの上に置く。本来ならガスコンロのボタンで火を点けるべきところを、レンは生前の知っていた方法で、指先にほんの少量の火を込めた。神代級の、高密度な魔力の熱量の直火である。
_____直後。
バンッ、と洋館の地下に嫌な破裂音が響き渡った。近代の工業製品は、神代の魔術師のデタラメな魔力出力に耐えられるはずもなかった。ヤカンは一瞬で飴細工のようにドロドロに溶け落ち、コンロのガス管が派手にバックファイアを起こして、キッチンに黒煙が立ち込める。
ゲホゲホ、と煤まみれになって煙の中から現れたレンと、無惨に溶解したキッチンの残骸。異変を察してトコトコとやってきた小さな少女が、その光景を、ただじっと見つめていた。
数秒の、永遠のような静寂。少女の薄い唇が、静かに、第二の絶望的な宣告を下す。
「………変態な上に、お家も壊すし」
「本当に…面目ない…火を使おうとしただけなんだよ…許してくれ…!」
煤まみれの青年が情けなく手を振って弁明する。
見かねた少女は、小さくため息をひとつつくと、スカートの裾を揺らしてレンの横を通り過ぎた。予備のヤカンを戸棚から取り出し、手慣れた動作で、トコトコとお湯を沸かし始める。正しい『現代の紅茶の淹れ方』を、ポンコツに見せつけるかのように。
レンは顔の煤を拭いながら、その小さくも優秀な主人の背中を見上げ、降伏するように両手を挙げた。
「今ではこうやってお茶というものを作るんだな…」
「……次からは、私が教える。これ以上壊されたら、困るから…。」
不機嫌そうに、けれどお母様の残したキッチンをレンに壊させないために、本来なら追い出してるところだけどお母様が遺してくれたものだから、不器用に教えることを約束する少女。
差し出された温かい紅茶を二人で並んで飲みながら、レンは苦笑した。
「はは、一人前になるまで頼むよ、お嬢様。……そういや俺なんであんなとこで寝てたんだろうな」
青年は今まで気にしていなかった当然の疑問を出す
「プロイなら地下にしまわれていてもおかしくはないけれど…でもプロイがこんなに人間味があるのも珍しいわね」
「プロイ?…ユミナが確かそんなこと言っていたような…そもそもユミナは誰だ?」
「……ユミナ。わたしの魔術の…元になった魔女よ。そしてプロイは童話を元にした使い魔のようなもの、これで十分…?」
「まぁ大体はわかった、な…というかその説明だとまるで俺が人間じゃないみたいじゃないか俺はちゃんと自分が人間だって自覚があるぞ」
心底納得してないような面持ちでレンは言葉を返す
「………。」
少女は何も知らないと言いたそうな顔でこちらを見つめる
「……う。そ、そりゃ最初の会話で俺が誰か聞いてたんだったな知ってるわけないよな…」
気まずい沈黙が、居間にずっしりと居座る。少女は冷え切った瞳のまま、、じっとこの「わけのわからない、自称人間のプロイ」を見つめ返している。
『でもまぁ誰も知らないんだからいちいち考えるのも無駄か』
ふと青年は大事なことを聞くのを忘れていたのを思い出した
「そういえばお嬢様、あんたの名前を聞いてなかったんだが聞いても良かったか?俺は割と前から名乗ったのになんなそっちは名乗ってくれなかったし…」
レンの少し拗ねたような抗議に、少女は不満そうに眉をひそめた。そもそも、自分が目覚めて数分で「お前が好きだった」などと口走った不審者相手に、親切に自己紹介する人間がどこにいるのか。そんな、至極まっとうな非難が少女の無言の視線に込められている。
だが、このわけのわからないプロイは、母親が自分に遺していった『調度品』なのだ。それを思い出し、少女は小さく、諦めたように息を吐いた。
「……久遠寺 有珠」
「有珠か…いい名前だな御伽噺の登場人物みたいだ」
事実そうである
「……お母様がくれた名前よ。お母様も、童話が好きだったから」
「改めて、これからよろしくな有珠」
有珠は心底出ていって欲しそうな感じで俺を見つめてるがそんなことは気にしない
俺は多分_有珠と共に生きるために目覚めたんだろうし
いつか絶対俺を認めさせてやる
そう決意した
こうしてマイナスからスタートした月曜日の初日が終わった