憑依八神君がどうにか綾小路を退学にさせようと奮闘する話   作:bb

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5話

 パートナー筆記試験が終了し、校内が重苦しい波紋に包まれたまま数日が経過したある日。

 静まり返った理事長室で、月城と八神の二人が静かに向かい合っていた。

 

「いやはや、実に大胆なことをやってくれましたね。四月の内に、という条件を満たせないことは想定済みでしたが……ここまでの大惨事を巻き起こすとは思っていませんでした。いえ、責めているわけではありません。やる気に満ち溢れているのは結構です」

 

 月城は穏やかな、しかしどこか底知れない笑みを浮かべて一方的に告げる。やんわりとした口調ではあるが、その裏には少し暴れすぎではないかという暗黙の追及が込められている。

 

 責めているわけではない、宝泉なら鼻で笑って言い返すであろうその言葉を素直に受け止めた八神は愛想の良い笑みを崩さず。

 

「何か不都合でもありましたか? 僕はルールに則った上で、狙い通り綾小路先輩の足場を崩したに過ぎません。そして試験の結果、残念ながら数人の退学者が出てしまっただけ……この学校ではよくあることなのでは?」

 

 涼しい顔で受け流し自分に非はないという意味合いを込めて返答するが、事実ホワイトルーム生の仕業だと公になればそれは八神のせいであり、責任は月城や先生に向く。

 

 スマートに行動しろ──そんな抽象的な言葉を噛み砕いて動ける余裕など、八神達にあるわけがないのにも関わらずだ。

 月城は試すような視線を向け、ゆっくりと八神の前まで歩み寄る。

 

「相変わらず頼もしいことですが……少々、自分の力を過信しすぎているように見えますね。これ以上派手に暴れ回って事態を複雑化させると、君が果たしたい目的にも余計なノイズが混ざり込んでしまうかもしれませんよ」

 

「ノイズ、ですか」

 

「ええ。貴方が後先考えず勝手な振る舞いを続ければ、上の介入を招くことになります。そうなれば、状況は貴方の思い通りには進まなくなるでしょう──あの子のことも含め」

 

 月城はあえて具体的な名前を口にせず、八神の行動を牽制し抑制するためだけに絶妙な塩梅でその存在をほのめかした。

 

「──っ」

 

 その言葉が耳に届いた瞬間八神の表情から余裕に満ちた笑みが消え去り、身体が微かに硬直する。

 

「……どうやら僕を送り込む上で、先生から色々と吹き込まれたみたいですね。同期として情けない話ですよ、見向きもされないだろうに自分の存在価値を他人に預けてしまうなんて」

 

 取り繕うような八神の言葉。それに対し月城は心底可笑しそうに喉を鳴らして笑った。

 

「相変わらず、そういった嘘は苦手なようですね。貴方の演技力は目を見張るものがあります、しかし手の内を知ってる者に対してはかえってその仮面が仇となる。貴方は、自分で思っているよりも感情が顔に出やすいタイプです」

 

「……」

 

 八神は不快感を悟らせないよう極めて自然に表情を保ち、それ以上の言及を避けるように沈黙を貫いた。

 全てを見透かされてしまいそうな月城の眼光。

 しかし月城もまた八神をこれ以上追い詰める気はないらしく、肩をすくめてあっさりと身を引いた。

 

「何はともあれ貴方が本気で成果を挙げようと画策し、実際に綾小路君含め二年生へ相応の爪痕を残したことは事実ですからね。その頑張りに免じて、私は目を瞑りましょう」

 

 八神が引き起こした惨事はともかく、彼が上から受けた命令をこなそうとしている以上強くは責められない。

 だが、命令に従う意思を見せない者に対してはまた別の話。

 

「ですが──あの子は、どうも積極的になれないようですね」

 

「……天沢のことですか」

 

「ええ。彼女の今回の立ち回りを見ていると、どうにも上からの指示に意欲的とは思えません。もし反抗するようなら、いつまでも野放しにしておくわけにはいきませんが……」

 

 その言葉には、命令に従わない不確定要素を上に報告して排除させようとする意図が含まれているようにも捉えられる。

 しかし八神は別の意味でその言葉を受け取った。

 

 ──試されている。

 

「お言葉ですが、それは貴方の誤解ですよ」

 

「なるほど……誤解、ですか」

 

「彼女は遊んでいたわけではありません。僕の邪魔にならないよう裏で動いていました」

 

 あまりにも清々しい偽りの報告。念の為、天沢には事前に口裏を合わせるよう伝えておいたが直接問いただされたとは思っていない。

 月城がどのようなスタンスでホワイトルーム生に接しているか、綾小路に接しているか──それが見えてこない限り、介入を無視して勝利することは不可能だ。

 

「今回の試験で二年生に決定的な打撃を与えたのは僕ですが、綾小路先輩のパートナーに対する工作。あれを実行に移したのは天沢ですよ」

 

 今回起きたことは全て八神が組み上げたシナリオであり、天沢は一切関与していない。しかし八神は自らの手柄の一部を惜し気もなく差し出し、あたかも天沢が裏で忠実に暗躍していたかのように捏造してみせた。

 

「彼女は自らの手で綾小路先輩を退学へ追い込もうと、先輩のパートナーを使った。最終的に綾小路先輩の対応力が一枚上手だったことで決定打には至りませんでしたが……彼女自身はしっかりと指示に従い、綾小路先輩を退学にするために動いていたんです」

 

「──ほう」

 

 月城は顎に手を当て、面白がるように目を細めた。

 

「つまり、結果が出なかったのは単にターゲットである綾小路君の頭脳が彼女の想定を上回っていたからであり、彼女の忠誠心を疑うのはお門違い……と、そう仰りたいわけですね?」

 

「少なくとも命令に背くような真似はしていません。腐っても同期ですから、大人の思い込みで人生を振り回されて欲しくないんですよ」

 

「個人主義を徹底しているホワイトルーム生でも仲間意識が芽生えるんですね。それとも、貴方にとって天沢一夏だけが特別な存在なのか……おっと、これ以上の詮索は無粋ですね」

 

 月城はその言葉の裏にある八神の意図──手柄を捏造してまで天沢を庇い立てしているという事実に気づきながらも、咎めるような真似はしなかった。ただ、全てを察した上で笑みを深めるのみ。

 

「なるほど……ふふ、結構。貴方がそこまで言うのであれば、彼女の件については一度保留としましょう」

 

「ええ、そうしてくれると助かります。それと、僕からも一つお聞きしたいことがあって……いいですか?」

 

「構いませんよ」

 

 この先、月城と密談できる機会は決して多くないだろう。例えどう解釈されようが、彼の真意を探らなければ支障が出てしまう。

 八神は今回の一件で、月城が綾小路を退学させる気がないことに薄々勘づいている。

 

 ──探るべきなのは、彼がどこまでホワイトルーム側に肩入れをするのか。

 

「本気で綾小路先輩を退学に追い込むつもりなら、今回の試験はあまりにも甘すぎたんじゃないですか?」

 

 八神は目を細め、静かだが確かな鋭さを孕んだ声で切り出した。

 

「本当に先輩を退学にしたいのなら、あの試験で課されたペナルティやパートナー選定の条件……あるいは、点数の値段をもっと跳ね上げるべきだった。挽回できる程度のハードルを残しておけば、先輩が自力で切り抜けることなんて最初から分かりきっていたはずです」

 

 八神の指摘に、月城は無言で耳を傾けている。その表情からは真意が読み取れない。

 

「先輩が本気を出せば抜け出せるような逃げ道をあえて作ったのではないかと、つい勘ぐってしまって」

 

 一拍──八神は月城の瞳の奥をじっと見つめ抜いた。

 

「貴方含め、先生の本当の目的は綾小路先輩をホワイトルームに連れ戻すことではない──違いますか?」

 

 月城は目を伏せたまま、沈黙を貫いて続きを促す。八神の言葉を妄言だと否定することはせず。

 

「刺客という試練を与え、追い詰めることで先輩に本来の実力を発揮させる。そうして消極的な先輩を無理矢理にでも表舞台に引っ張り出すこと、それが本当の狙いなんじゃないですか?」

 

 静寂が理事長室を包み込む。

 

 八神が突きつけた仮説は、ホワイトルーム側の命令という根幹を揺るがすもの。まずこの仮説に思い至った大前提として──あの男が、天沢と八神だけで綾小路を退学にできると判断するわけがない。

 

 しばしの沈黙の後──月城は心底楽しそうに肩を揺らし、ククッと喉を鳴らした。

 

「……実に素晴らしい洞察力ですね。物事の裏まで読み解こうとするその姿勢は、ホワイトルームで培ったものでしょうか」

 

 称賛の言葉を口にしながらも、月城はその表情の内に一枚の厚い仮面を貼り付けたままだ。肯んじることも、否定することもしない。ただ煙に巻くような喰えない大人の笑みを浮かべている。

 

「ですがね、八神君。もし貴方の言う通り、刺客がその為だけに配置された引き立て役に過ぎないのだとしたら……貴方はその事実を、そのまま受け入れられるのですか?」

 

 相手の真意を探りに行ったはずの八神に対し、月城は八神自身が踏み台に過ぎない可能性を突きつける。

 だが──八神の表情には、怒りも焦りもプライドを傷つけられたような揺らぎすら浮かばなかった。

 

「受け入れるも何も、僕にとっては最初からどうでもいいことですね。ホワイトルームで育てられて十年以上、真剣に悩んだことなど一度もありませんから」

 

「やはり貴方は異質だ。あのような境遇に生まれた時から置かれて、比べられ続けた比較対象に憎しみや嫉妬の一つも見せないとは。先生は貴方を真っ直ぐな人間だと称していましたが、私はある意味──貴方が一番歪んでいるように思える」

 

 八神は小さく息を吐き、どこか冷めた声で吐き捨てる。

 

「皮肉ですね、それはあの場所で育てば歪むのが普通だと言っているようなものですよ。まあ、真っ直ぐな人間とか言われるよりかは幾分心地良いですけどね。先生からそう言われるのは不気味で仕方がない」

 

 プライドがないからこそ折れることもなく、執着がないからこそブレることもない。最初から、八神にとって綾小路の退学は過程でしかない。

 誰も八神が勝つことを求めていないだろう、送り込んだ先生でさえ──八神が勝利する可能性など考慮していない。

 

 ──だからこそ、勝つことに意味が生まれる。

 

「熱に浮かされた執着心よりも、そういった冷淡さこそが確実な結果を生むこともありますからね。上が何を考えているか、私から言えることはありません。引き続き与えられた命令に尽力してください」

 

「分かってますよ、ただ僕の考えを知って欲しかっただけです。それと今回の件に関しては、結局僕達二人ともお咎めなしと判断して大丈夫ですか?」

 

「ええ、幸い二年生が退学になる口実を用意してくれていたので問題にはなりません。良い隠れ蓑を見つけられたようですね」

 

 今回八神が行った策の肝は、最終的に宝泉と龍園の揉め事だと周りに思い込ませること。もし坂柳以外に綾小路の背景を知っている者がいた場合騙し切れるかは怪しいが、その時は綾小路に賭けられた懸賞金の件を広めてしまえば良いだけ。

 

 宝泉和臣という男なら、動機さえあればどんなことでもやりかねないという説得力がある。

 

「ただ、限度はあります。この学校に来る前も言いましたし、先程も重ねて言いましたが調子に乗って暴れ回り……結果、事が公になれば──」

 

「先生の名に傷がつく──分かってますよ。子供扱いしないでください」

 

 その言葉は子供しか言いませんよ──そんな言葉が喉元まで出かけたが寸前で押し殺し、月城は薄く口元を歪めるだけに留めた。これ以上下手に刺激する必要はない。

 

「……結構。貴方を信じることにしましょう、しばらくは一年生として大人しく生活するしかないでしょうしね」

 

 月城はそう締めくくると手元の資料へ視線を落とし、退室を暗に促した。

 八神は静かに一礼すると重厚な扉の前まで歩み、開けようと手をかけた──その瞬間。

 

 足を止め、背を向けたまま口を開き。

 

「所詮は子供同士の遊びでしかないと高を括っていれば、痛い目を見るかもしれませんよ。僕は綾小路先輩に勝ちます、そして最高傑作を否定する」

 

「──何の話ですか?」

 

 月城が顔を上げると、八神はゆっくりと肩越しに振り返り。

 

「勝ち馬に乗りたいなら、忠告の仕方は考えた方が良いってことです」

 

 八神は返答を待つ気など毛頭ないと言わんばかりにそのまま扉を開け、静かに理事長室を後にした。

 

 静まり返った廊下を歩きながら八神は今後どう動くべきか思案していた。

 今回の策が成功したことで、もはや二年生全体の動きは掌握できたと言っていい。

 

 後は、今後どのような他学年混合の特別試験が行われるか。

 

 ──次が最後と考えた方がいい。僕が負ければ、一夏をこの学校に残して僕だけがホワイトルームへ連れ戻されるだろう。

 

 あの場所で教育を受け続け、綾小路清隆と比較されるのはとっくのとうに慣れたはずだ。

 彼との間にどれ程の実力差があるか、その差を埋めようとしている自分がどれだけ愚かなのか──僕はもう知っているはずだ。

 

 それなのに身の丈に合わないものを追い求めてしまうのは──きっとそれだけを頼りに生き残ってきたから。

 他の生徒達が綾小路清隆を崇拝して、一番になることを放棄したのと何も変わらない。

 

 誰であれ、弱さを隠すには縋れるものが必要なんだ。

 綾小路清隆を否定することは、彼女の幸せまで否定してしまうことになるだろう。その先で他の子供達が──彼女が、心から笑えるような世界を作れるかは分からない。

 

 だからこれは、誰にも望まれていないことを自分勝手にやり遂げようとする僕個人のエゴだ。

 庇護とか憐憫とか愛情とか──そんな立派な言葉で括れるような、綺麗で都合のいい感情なんかじゃない。

 僕自身が、エゴを正当化する為に彼女の想いを利用しているだけ。

 

 僕はどんな手段を取っても綾小路清隆が一番でないことを証明しなければならない。成功例など、今のホワイトルームには存在しないことを組織に認めさせなければならない。

 

 千載一遇のチャンスは訪れた。

 綾小路清隆が命令を破り、再開されるホワイトルームに戻らなかったことで交わるはずのない自分が綾小路清隆に接触する機会を得た。

 

 ──そう。

 

 直接葬り去ることが出来る、唯一無二のチャンスが巡ってきた。

 その為には常識などという絵空事はかなぐり捨ててしまう方がいい。

 

 子供の立場でホワイトルームの在り方を否定できるのは、ここしかないのだから。

 言うなれば──自分すら犠牲にしてしまうのも問題解決方法の一つだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 季節は六月に入り、初夏の陽気が校内を包み始めていた。校内の話題はもっぱら先日発表されたばかりの無人島サバイバル試験のことばかり。

 破格の報酬に比例したペナルティ、そして全学年を巻き込む過酷なルール説明の余韻が未だ冷めやらぬ中、オープンカフェの屋外席には複雑な雰囲気を纏う三人の一年生の姿があった。

 

「はあ……もうどうしようもありません、手遅れですよこれ……」

 

 八神はテーブルに力なく顔を突っ伏したまま、まるでこの世の終わりに直面したかのような悲痛な声を漏らし、心底参り切った様子で頭を抱えている。

 

 原因は明白だ──五月末に行われた一年生のみを対象とした特別試験。そこで宝泉を目立たせる為に敢えて派手に動くよう伝えてしまったこと。

 裏で少しだけ支援したとはいえ、結果としてA、B、Cの全クラスを敵に回すという暴挙を成し遂げてしまったのである。

 

「無人島試験は同学年であれば他クラスともグループを組めるという最大のメリットがあったのに、この状況で僕達と組んでくれる他クラスの生徒がどこにいるって言うんですか……」

 

 突っ伏したまま恨めしそうに愚痴を零す八神に対し、当事者である宝泉は脚を組みながら鼻で笑った。

 

「ハッ、ガタガタうるせえな八神。雑魚共と群れて足を引っ張り合うくらいなら、最初から全員叩き潰す前提で動いた方が手っ取り早えだろ。お前が勝手に勝算を狭めてビビってるだけじゃねえか」

 

「そういう極論は聞きたくありません……」

 

 反省の色すら見せない彼の態度に、八神は再び深々と重いため息をつきながらテーブルに額を押し付けた。

 そんな二人のやり取りを隣で見つめていた七瀬は、困ったように眉を下げつつ八神の背中を気遣うように優しくポンポンと叩き。

 

「大丈夫です八神君、まだ他クラスと交渉できるチャンスは残ってます。今回の試験はクラス間というよりは学年別の対抗戦、利害が一致すれば他クラスとも手を取り合えるはずです」

 

「七瀬さん、君のその純粋で前向きなフォローだけが救いだよ……」

 

 七瀬のどこまでも真面目で温かい慰めを受けながらも八神は再び苦しそうな唸り声を上げ、頭を抱え直すのだった。

 

 ──三年生も混ざってくるとなると、人海戦術はかえって仇になる可能性が高い。面倒だな、南雲雅を敵に回せば敗北は必至だ。

 

 パートナー筆記試験の時にあそこまでの成果を挙げられたのは、一年生が主導権を握ることができるルールだったからに過ぎない。

 今回の無人島サバイバルは全く逆──クラスポイントを捨てて生存を最優先に動かなければ、一年生は上級生の食い物にされて終わるだろう。

 

 恐らく綾小路は既にホワイトルーム生の目星をつけている──八神の予想が正しければ、二年生は龍園クラスを除いた三クラスで協力関係を結ぶはず。

 

 当然、指揮を執る者はこちらの動向を探るだろう。

 

 ──しかしこれは好機。こちらをマークしているクラスさえ分かってしまえばどれだけ数が多かろうと突破できる。クラスメイトが下位五グループに入ってしまう可能性は度外視だ、どうでもいい。

 

 目的はAクラスを目指すことでも、平穏な学校生活を送ることでもない──綾小路清隆の退学なのだから。

 

「まあこうなってしまった以上、ある程度割り切って行動する必要があるのは確かだね。グループ決めの段階で試験の詳細が知らされていないのは少しきな臭いけど……」

 

「どちらにせよ俺らは奴を狙うんだから、グループを組むのは確定してる。そんでもって、うちの雑魚共を欲しがるクラスはない。最初から利害が一致することなんざねえのさ」

 

 宝泉、八神、七瀬というクラスの主力三人でグループを組んで綾小路を狙うことは確定している為、他クラスと協力しようがしまいが無関係だ。

 七瀬は目を伏せて少し思案し、綾小路退学を目標としている二人に流されたか──あるいは別の意図か定かではないが賛成の意を示した。

 

「……そうですね、幸い身体能力が高い生徒だけならAクラスにも劣りません。クラス内で上手くグループ作りをして、各々頑張ってもらうしかないですね」

 

「グループ作りは最悪それでどうにかなるよ、でもカードのトレードは別だ。特殊カードのトレードはそもそも見込めないとしても、やっぱり半減や追加を上手く集められたクラスが圧倒的に得をするからね」

 

 下位五グループという幅は広い、退学を回避する為に使える半減や無効が重宝されるのは当然だ。

 逆に先行、追加は上位を狙えるグループを組む上で重宝される。

 

 グループのメンバーが全員同じクラスで、追加を持っていればそれだけで大量のポイントを得ることができるのだ。

 

「八神君のカードは便乗ですよね、トレードしてまで欲しいカードがあるんですか?」

 

「うん、できれば保険が最優先で欲しくて……あとは先行、追加。この三枚の内いずれか一枚あれば嬉しいって感じかな。便乗を手放してもメリットが勝つよ」

 

 二週間という長い時間を無人島で過ごすことを考えれば、リタイアしても猶予を得られる保険は必須カードだと考えた方がいい。

 

「まあ、それも妥協するしかないよね。それくらい他クラスから嫌われてるからさ、僕達。いや僕達じゃないね、嫌われてるのは宝泉君だけだ」

 

「はい、嫌われてるのは宝泉君だけです」

 

「喧嘩売ってんのか? てめえら」

 

 Dクラスでも住めば都と言っては失礼だが、常に七瀬と八神が宝泉の支援に回っているためクラス内の雰囲気は入学当初よりも格段に良い。

 七瀬と八神の関係も、パートナー筆記試験の事件を経て拗れることはせず順風満帆な友人関係を築いていた。

 

 事件の裏側にいたのが八神だと、七瀬は気づいていないが。

 

「とりあえず、このメンバーでグループを結成しようか。できれば一年生にだけ許されてる四人グループを組みたかったけど、クラス内で完結させるなら僕達三人が最高戦力だ」

 

 二人とも異論はない。このグループで綾小路を退学にできれば2000万を総取りできる上、試験の内容次第では十分上位を狙える戦力が揃っている。

 

 ──あとはカードさえあれば準備は整う、流石に保険なしで立ち回るのは嫌だから何とかトレードしてもらわないと。

 

 一年生から狙われようが大した脅威にはならない。しかし二年生から包囲網を敷かれた時のことを考えると、当然逃げ道は用意しておくべきだろう。

 

「大グループを組む条件が分からない以上不安要素はあるけど、この三人で頑張ろう。もし上級生や他クラスから狙われたとしても、僕達の前に立ちはだかる敵は全員潰します。宝泉君が」

 

「直接俺らに喧嘩売ってくる命知らずがいるとも思えねえがな、まあいい。龍園辺りはリベンジ仕掛けてくんだろ──今度は力で捩じ伏せて殺る」

 

 もはや八神も開き直り、全方位を敵に回す上で勝利することを目標に掲げる。こうなってしまったら七瀬一人で止められはしない、結果三人はこの場でグループを確定させようとしたその時──思わぬ横槍が入った。

 

「ねえねえ、そこの御三方〜あたしもグループに入れてくれないかなっ?」

 

 ──は? 

 

 屋外席のすぐ脇にある店の物陰から、ひょっこりと少女が姿を現した。

 天沢一夏──一年Aクラスのはぐれ者。

 

「……あ? 誰だてめえ」

 

 突如現れた乱入者に対し、宝泉が不快そうに眉をひそめて威嚇する。七瀬もまた、予期せぬ生徒の登場に対し少し目を見張っていた。

 だが、誰よりも強く胸中で警戒のアラートを鳴らしたのは八神だ。

 

 急いで端末を取り出し、OAAを確認してあたかも初対面であるように演じ始める。

 宝泉はまだいい、しかし七瀬に不信感を抱かれるのだけは避けたい。

 

「えっと……天沢さんですよね、Aクラスの。僕達のグループに入りたいって……どういうことですか?」

 

「ん〜? そのまんまだよ、あたしもあんた達のグループに入れて欲しいの。足は引っ張らないからさ、良いでしょ?」

 

 普通であれば、能力の高い生徒が能力の高い生徒同士で集まっているグループへ自身を売りに行くのは真っ当な戦法だ。

 しかしこの場にいるのは、先日の特別試験で三クラスを敵に回した一年生の中で一番の問題児──宝泉とその取り巻き。

 

 傍から見て、天沢は怪しさ満点だった。

 

「俺の機嫌が変わらねえ内にとっとと失せろ」

 

「とっくに不機嫌になってんじゃん、相変わらず怖い顔してるね〜」

 

 宝泉は苛立ちを露わにし、手に持っていたコップを握り潰しそうな勢いで天沢を睨みつけた。

 能力の高さだけで見れば、学力と身体能力共にAの天沢が残りの一枠を埋めてくれるのは悪くない話に思える。

 

 だが宝泉にとって他クラスの生徒などただの邪魔者であり、何より天沢が自分達の目的を知っているはずがないのだから拒否以外の選択肢がない。

 

 宝泉達が狙っているのは上位入賞などではなく、綾小路清隆の退学ただ一つ。目的を共有できない人間がグループに混ざれば土壇場で足枷にしかならない。

 

「天沢さん、僕達のグループは他クラスの生徒を受け入れられないんです。期待に沿えなくてごめんなさい」

 

 八神もまた、柔らかい笑みを浮かべながら事なきを得ようと断りの言葉を重ねた。

 初対面を装う二人の間で、目線だけが静かに交差する。天沢の真意を探ろうとする八神と、そんな八神の視線を受け止めながら小悪魔的な笑みを崩さない天沢。

 

「ふ〜ん……受け入れられない、ねぇ?」

 

 二人の拒絶を前にしても、天沢は怯むどころか楽しそうに目を細めた。そして歩み寄ってテーブルに両手をつくと、三人の顔を見回しながらクスクスと喉を鳴らし。

 

「上位を狙うにせよ、雑魚グループを救済するにせよ四人グループを作るべきだとあたしは思うけどな。もしかして、あんた達だけ他のグループと違う目的があるんじゃない? 例えば──綾小路先輩を退学に追い込むとかさ」

 

 その言葉が弾けた瞬間、その場の空気が一瞬で凍りついた。

 七瀬が驚愕に目を見張り、宝泉の眉間には凶悪な皺が刻まれる。八神もまた、仮面が剥がれ落ちそうになるのを必死で抑え込み瞳の奥に鋭い光を宿した。

 

 ──何のつもりだ。

 

 隠しても無駄だと判断した七瀬が天沢へ真意を問う。

 

「……天沢さん、どうしてその名前を?」

 

「ん? だってあたしも狙ってるんだもん、綾小路先輩のこと。わざわざ三人に声をかけたのは、目的が一緒だからに決まってるじゃん」

 

 天沢はあざとく首をかしげると、嘲笑うような笑みを浮かべて見せた。

 

「一人で動くより、同じ獲物を狙う者同士で手を組んだ方が手っ取り早いでしょ? あたしの実力はOAAで知ってるはずだし……これで利害の一致は成立したんじゃない?」

 

「ハッ、おもしれえじゃねえか。だが腑に落ちねえな、てめえはAクラスでもハブられてんだろ。そんな立場で、綾小路の退学に乗り気じゃない石上達からその話を聞けるとは思えねえな──情報源はどこだ?」

 

「さて……どこからだろうね? でも、誰に聞かれてるかも分からない場所で作戦会議しちゃうような人に疑われたくないなぁ。それともお得意の暴力振るって、無理矢理にでも吐かせてみる?」

 

「俺が女になら手を上げないとでも思ってんのか?」

 

「平気でぶん殴るタイプだと思ってるから安心して」

 

 八神の隣に腰かけ、一触即発の雰囲気をものともしない天沢に苛立ちを募らせる宝泉。爆発する前に何とかこの場を収めなければならないと、七瀬は判断した。

 

「落ち着いてください宝泉君、少なくとも天沢さんは協力的です。グループを決めてしまえば他クラスの生徒だろうと一蓮托生、そこまで疑う必要はないのでは?」

 

「甘えな七瀬、こいつがグループを決めた後に半減か無効を手に入れて俺らの足を引っ張る可能性だって捨てきれねえ。利害が一致したところで、相手にそれ以上の利益があんなら取引は成立しねえんだよ」

 

 宝泉の退学を狙う生徒がいるかは分からないが、いてもおかしくないというのが客観的な現状だ。

 しかし天沢一夏という少女を知っている身からすれば、それだけは絶対にないと言い切れる。

 

 むしろあるとすれば、綾小路か八神──どちらに着くかの最終試験を行おうとしている……或いは既に綾小路側へ寝返っており、八神を止めようとしている可能性が高い。

 

 ──考え方によってはこちらとしても好都合か。

 

「──いや、僕は天沢さんのことを信じていいと思う。今回の試験で一年生同士が争うのは得策じゃないってことくらい、きっと皆分かってるはずだよ。カードに関しても、グループを作る上で条件に組み込めばいいしね」

 

「なんだ、話が分かるじゃん。八神君の言う通り、もしあたしが裏切ると思ってるなら半減か無効を手に入れた時点で自主退学するって契約でも結んであげる。それで満足でしょ?」

 

「……おい八神、てめえ本気で言ってんのか?」

 

 天沢の加入をあっさりと受け入れた八神に対し、宝泉が椅子を軋ませながら身を乗り出して低く威嚇するような声を上げた。不快感を隠そうともしないその表情には露骨な苛立ちが滲み出ている。

 一方で隣の七瀬も、先程まで慎重な姿勢を見せていた八神が急に提案を受け入れたことに対し、少しだけ首をかしげて不思議そうに横顔を見つめていた。

 

 しかし八神は二人からの視線を意に介さず、いつもの穏やかで理性的な笑みを崩さない。

 

「今の綾小路先輩は、二年生の中で間違いなく中心的な立ち位置にいます。もし彼が試験中に他クラスと大グループを組んで固まってしまえば、僕達三人では物理的な人数差で不利になるのは目に見えてるよ」

 

 八神はそのまま言葉を紡いでいく。

 

「それに、天沢さんのOAAを見ればわかる通り彼女の能力は学年全体で見てもトップクラスだ。グループの枠を埋めるピースとしては申し分ないし、さっき提示してくれたカードの条件を飲んでくれるなら僕達がリスクを抱え込む理由もなくなる。メリットの方が遥かに大きいんじゃないかな?」

 

 もっともらしい筋の通った説明。表面上はグループの勝利と綾小路退学の確率を上げるための合理的な判断として語られたが、八神の狙いは別のところにあった。

 天沢を自分の視界の届く四人グループ内に閉じ込めておけば、彼女の単独行動を防ぎつつ監視下に置くことができる。

 

 加えて、これで七瀬をこちら側に引き込む理由ができた。

 

「流石、物分かりが良い男の人って素敵だと思うよ」

 

 天沢は八神の隣で嬉しそうに目を細めると、今度は向かいに座る七瀬へと視線を移した。

 

「あたしが入れば絶対に貢献してみせるよ? 足手まといどころか、この中じゃ一番役に立つんじゃないかな……少なくとも、そこの二人と対等な雰囲気出しといて実際は大したことできなさそうな七瀬ちゃんよりはね」

 

 あざとく首をかしげながら露骨に蔑むような笑みを浮かべる天沢に煽られた七瀬だったが、取り乱す様子もなく静かに天沢を見つめ返した。

 

「──試してみますか?」

 

「へぇ……度胸だけはあるんだ?」

 

 挑発を受け流された天沢の瞳から、一瞬で戯れの色が消えた。

 刹那──天沢は座ったまま、七瀬の顔面へ向けて拳を突き出した。一瞬の躊躇もない、殺気を孕んだ鋭い一撃。

 

 ──しかし。パンッ、と乾いた衝撃音が響く。

 

 七瀬は表情一つ変えることなく、手のひらで天沢の拳を正面からしっかりと受け止めていた。天沢の踏み込みと威力を完璧にいなし、その小さな手の中に抑え込んでいる。

 

「……急に手を上げるのは、感心しませんね」

 

 七瀬の平然とした声に対し天沢は少し目を見張った後、すぐにいつもの不敵な笑みを貼り付け直して手を引っ込めた。

 

「へえ……そっちの方もいける口なんだ。良いね、ちょっと見直しちゃった」

 

 八神は二人の一瞬の攻防を目の当たりにし、眉をひそめた。七瀬が天沢の拳を受け止めたことは別に驚くほどでもないが。

 

 ──もう少し本気で打ち込んで欲しかったな。

 

「危ないからそういうことは辞めてください、無人島で喧嘩するわけでもあるまいし。別に喧嘩の腕前で組むかどうかを決めたいわけでもないですからね」

 

「ぬるいこと言ってんなよ八神──まあいいぜ、少なくともそこらのカスとは違うみたいだしな。それで何が望みだ?」

 

 宝泉はギロリと天沢を睨みつけながら問い詰める。

 不確定要素である天沢をただで迎え入れる気など、この粗暴な男には初めから微塵もない。

 

 だが、宝泉のその問いかけを待っていたとばかりに天沢はふっと妖しく口角を吊り上げた。

 

「そこなんだよね〜あたしがこのグループに入る代わりに、一つだけ叶えてほしい条件があるの」

 

「言ってみろ」

 

「あたし達が上手く協力して、綾小路先輩を退学に追い込むことができたとするじゃん? その時に手に入るプライベートポイント──2000万の分け前はいらないから、その代わりとして……」

 

 天沢はあざとい笑みを消し、まっすぐに宝泉と、そして隣に座る八神を見据えた。

 

「あたしを、あんた達のクラスに移籍させてほしいの」

 

「……あ?」

 

 その予想外すぎる要求に宝泉は思わず間抜けな声を漏らし、隣にいた七瀬も驚きで目を見開いている。

 確かに2000万を優秀な生徒の引き抜きに使うのは選択肢の一つだ。

 しかしエリートが集うAクラスから最下層のDクラスへ自ら下りてくるなど、通常の思考回路ではあり得ない選択だった。

 

「なんでまたAクラスを捨ててDクラスになんか来たいんだ? そっちの方が立場は良いはずだろ」

 

「立場なんてどうでもいいよ。あたしはAクラスに友達なんて一人もいないし、あんなお高くとまった連中と一緒にいるだけで息が詰まりそうなんだもん。どうせこれから同じグループでドンパチやるなら、そのまま今後の学校生活も仲間として一緒に過ごした方が楽しいじゃん?」

 

 それに、最終的に勝つのはこのクラスだろうしね──軽やかに、しかしどこか含みのある調子で天沢は言い放つ。

 

「逆に綾小路先輩を退学にできなかったら、移籍の件は白紙──ってことでいいんですね?」

 

「うん、それでいいよ七瀬ちゃん。じゃあ取引成立かな?」

 

 ──いや。

 

「待ってください、こちらからも条件があります」

 

 八神がここで待ったをかける。戦力になるかどうか分からない天沢をタダで組ませる必要はない、だが機嫌を損ねられても困るので宝泉が法外な要求を突きつける前に八神が先手を打つ。

 

「天沢さんの要求を飲む代わり──人数分の先行と保険カードを集めて僕達とトレードさせてください。仕様上、受け渡しは一回までなので交渉に乗ってくれる生徒を用意してくれれば構いません」

 

「無茶言うね〜四人分のカード……宝泉君が先行持っててあたしが保険を持ってるから、計六枚集めてこいってことね。そこまでして欲しいんだ?」

 

「聞くところによると今の二年生が一年生の夏に行った無人島試験では、支給されたポイントから物資を購入して生活する形だったようです。なら今回の先行カードも、同じ使い道ができると予想しています」

 

 そして購入できる物資は多岐に渡る──グループ全員で先行を所持していれば、開幕からかなりのアドバンテージを得ることができるはずだ。

 保険は言わずもがな、優秀なカードである。

 

「てっきり便乗か追加でポイントを狙うのかと思ってたけど、2000万で取り返す形を目指してるってことね。簡単には頷けないな〜どれくらい時間くれるの?」

 

「三日、それ以上は待てません」

 

「あっははっ、顔に似合わず中々鬼畜だね。まあ見ず知らずのあたしを、その条件でグループに入れてくれるなら安いかな。良いよ、乗った」

 

 今度こそ取引成立、宝泉と七瀬も異論はない。

 八神が吹っ掛けた条件は宝泉達が天沢への不信感を解消する為の過程に過ぎない、どうせ彼女なら三日以内に条件を達成できると確信していた。

 

 あとは二年生がどうグループを組むかだが──未だに大グループを組める条件が明かされていない以上、相手は堅実に動くしかないだろう。

 

 坂柳クラスと堀北クラスが立て直しを計るには、一度龍園クラスという共通の敵を作って残りの三クラスで組むのが最も合理的。

 

 そして残された龍園クラスは宝泉と坂柳をマークするだろう。

 できれば一之瀬帆波に接触したいと八神は考えていたが、グループ決めの段階で他学年にアプローチをかけるのは悪手だ。

 

 リスクとリターンが釣り合っていないと考え、それは断念した。

 

 そうこうしている内に話はまとまり、グループ決めは一時保留となって解散した。七瀬と八神は寮まで歩きながら、ぽつぽつと言葉を交わす。

 

「ずっと聞きたかったんだけど、七瀬さんは綾小路先輩のことをどう思ってるの?」

 

「──私は、別に……どうとも思っていません。懸賞金なんて賭けられて、気の毒だなとしか」

 

「そっか、あまり気負いすぎないでね」

 

 ──恨みや怒りを発散できる機会を尽く潰した甲斐があったな。

 

 それ以上会話は発展せず、お互いに真意を胸に秘めたまま帰路を歩む。

 

 ──三日後。

 

 一年Aクラス 天沢一夏

 一年Dクラス 宝泉和臣

 一年Dクラス 八神拓也

 一年Dクラス 七瀬翼

 

 ──以上のメンバーによる小グループが成立。




原作二年生編3〜4.5を読み返しており執筆のペースが凄く遅いです。次で綾小路達二年生の動向を書いてから無人島試験を始めたいと思っています。
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