憑依八神君がどうにか綾小路を退学にさせようと奮闘する話   作:bb

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6話

 ──パートナー筆記試験から数週間が経過したが、坂柳クラスが纏う空気は未だに重い。

 表面上こそ以前のような落ち着きを取り戻しつつあるが、それは傷が癒えたからではなく無理矢理にでもそう振る舞うしかないだけだった。

 

 無理もない。リーダーである坂柳の手足であり、側近としてクラスを支えていた神室と鬼頭──その二名が退学に追い込まれたのだ。

 何よりクラスメイト達の不安を煽ったのは、龍園が坂柳に対して選んだ戦い方。

 

 プロテクトポイントに守られている坂柳本人を直接叩くのではなく、彼女の側近──即ち近しい者を狙い撃ちにして退学させることで彼女の手足を奪う。

 

 そんなやり方が実際に行われ、坂柳が防げなかった以上神室や鬼頭の代わりに側近として名乗りを上げようとする物好きな生徒などクラス内に存在するはずもなかった。

 次に龍園の標的にされ、生贄に捧げられるのが自分になるかもしれないのだから。

 

 そんな冷え切ったクラスの現状を、誰よりも危機感を抱いて観察している男がいた。

 鬼頭達が消えた今、表向き唯一残った側近──橋本正義。

 

 ──マジで笑えねえよ。

 

 そう心の中で苦々しく吐き捨てる。

 

 橋本にとって、神室と鬼頭の退学は単なる戦力ダウン以上の恐怖を意味していた。坂柳の側にいれば安全であり、Aクラスとしての利益を享受できる──そう踏んでいたからこそ彼女の忠実な駒として振る舞ってきたというのに。

 

 そんな幻想が脆くも崩れ去った今、彼は自分の足元すらいつ崩れるかも分からない状況に居る。

 自分自身の生存を最優先に考える橋本にとって、今の状況は死刑台の最前列に並ばされているようなもの。このまま坂柳の体制を維持させるのはあまりにもリスクが高すぎる。

 

 悩みに悩んだ橋本が導き出した打開策は、一度失脚した葛城を再び表舞台へと引きずり出すことである。

 葛城と坂柳が手を取り合えば、少なくとも今よりはマシな状況を作れるはずだと。

 

 そして何より──橋本自身が生き残るための逃げ道を用意する時間は稼げるだろう。

 

 後日──無人島サバイバルの開催が告知されたことで、坂柳クラスは否が応にも旧リーダーと現リーダーが手を取り合うことを余儀なくされる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 無人島サバイバルの開催が告知され、全学年が忙しなくグループを組むための人材争奪戦に勤しんでいた。

 試験の具体的な内容──どのようにポイントを獲得し順位が決定するのかといった詳細は伏せられたままだが、坂柳や運動に自信がない生徒にとって不利なフィールドであることだけは疑いようもない。

 

 しかし主力を失いクラスポイントを二百も失ってしまった坂柳クラスと堀北クラスにとって、この試験はまさに千載一遇の好機。

 何としてでも上位に食い込み、大量のポイントを得る必要がある。

 

 ──放課後、カラオケルームに三人の生徒が集っていた。

 この場を設けた坂柳。そして、その呼び出しに応じた堀北と一之瀬。

 

 テーブルを囲む三人の間には緊張感が漂っている。

 

「前置きは省いて、単刀直入に言いましょう。今回集まって頂いたのは、この三クラスで無人島試験における協力関係を結ぶためです」

 

 坂柳は余裕を感じさせる不敵な笑みを浮かべつつ二人の顔を見回し。

 

「私のクラスと堀北さんのクラスは共に龍園君の被害を受け、主戦力が二人も退学させられています。一之瀬さんのクラスは実質パートナー筆記試験から降りたことで巻き込まれませんでしたが、次の標的になる可能性は否めないでしょう」

 

 坂柳の発言の意図を汲み取った堀北が鋭い視線を返す。

 

「敵の敵は味方ということね。確かに今回の試験は他クラスの生徒ともグループを組める、ただその場合は得られるクラスポイントも減るわ。Aクラスは大した問題じゃないかもしれないけど、私達は違う」

 

 確かに同盟を組むのは魅力的な提案だ。しかし坂柳クラスと堀北クラスが被った被害はクラスポイントだけ見てもかなり差がある。

 二人も退学者が出たのにAクラスの地位を維持できている坂柳クラスと違い、堀北クラスはほとんど振り出しに戻っているようなもの。

 

 一位報酬である300クラスポイントを三等分するくらいなら、自分のクラスだけで総取りしたいと思うのは当然の帰結。

 

「欲張っては、本来得られたはずのポイントすら得られなくなってしまいますよ。須藤君を失ったDクラスがどれだけ力を合わせようと一位を取ることは不可能です、一之瀬さんのクラスも同様に。まずは地位を取り戻し、お互いのクラスを立て直すことが最優先ではありませんか?」

 

「それは……否定できないわね」

 

 坂柳の言葉は正論でしかないため、堀北は引き下がる。

 堀北クラスで一位を狙える生徒がいるとすれば、それは須藤か──現実的ではないが高円寺辺りだろう。

 

 須藤を失った今、上位入賞すら危うい堀北クラスは坂柳の提案に乗る以外の選択肢がない。

 

「……あのさ、私からもいいかな?」

 

 遠慮気味に声を上げたのは、元Bクラスであり現Cクラスのリーダーである一之瀬。

 二人は彼女に視線を向け、続きを促す。

 

「もしこの三クラスで組むとして、どうグループを組んでどう立ち回っていくのか……具体的な作戦を聞かせてもらえないかな?」

 

「詳細が判明していないので何ともですが、やりようはいくらでもあります。まずは上位を狙える最強のグループを複数組むことは絶対条件です。その上でカードのトレードを上手く行えば、三クラスに平等な利益が与えられますよ」

 

 そして坂柳が提案したのは最強グループのメンバー全員に先行と追加カードを持たせ、尚且つ上位を狙わない生徒達に便乗を持たせるといったもの。

 クラスポイントの差は縮まらない同盟であるため、坂柳クラスと比べて利益が少ない一之瀬と堀北クラスに坂柳クラスの便乗を譲渡することで補うというわけだ。

 

 幸い特殊カードは三枚とも龍園クラス以外が所持している。

 カードのトレードを上手くこなし、戦力を集中させれば例え他学年相手だろうと上位は手堅い。

 

「ただその代わり、Dクラスの綾小路君が所持している試練を無償で譲渡してください。或いは、綾小路君自身が最強グループに入るか──どうしますか? 堀北さん」

 

 選択肢は二つに一つ。堀北は綾小路が今回単独で試験に挑むことを事前に聞かされており、坂柳は綾小路の事情を理解している。

 むしろ綾小路が行動を縛られないために試練を捨てる口実を作ることが主な理由ですらある始末。

 

「彼は誰ともグループを組む気はないと言っていたし、望み薄ね。試練は渡すよう伝えておくわ」

 

「あら、それは残念です。私はこれで話を終えてもいいのですが、他に何か要求はありますか?」

 

「うん、大ありだよ。同盟を組む上で私と堀北さんのクラスにそれぞれ三名分の救済費用を融資して欲しいな。それが同盟を組む上での絶対条件。最悪のケースだけは阻止したいからね」

 

 合計六名分──三人グループを二つ、かつ六人に半減を持たせれば600万。決して安くはないが、要求を拒んで一之瀬と堀北で同盟を組まれるのは避けたい。

 

 そして最強グループを作って上位を独占、或いは大グループを組む都合上どうしても戦力は偏ってしまう。

 一之瀬としては、万が一にも自分のクラスから退学者が出ることだけは阻止しなければならない。

 

「……良いでしょう、では交渉成立ということでよろしいですか?」

 

「ええ、よろしく頼むわ」

 

「二人が仲間だと頼もしいね。やるからには、絶対一位取るよ!」

 

 三クラスで同盟を組む──ペナルティや報酬の都合上学年対抗戦である無人島サバイバルにおいて、これほど強力な戦法はない。

 

 坂柳に懸念があるとすれば──龍園からの買い取り提案を呑めないこと。主戦力を二人も失った坂柳クラスが他クラスに多額のポイントを渡してしまえば、残った戦力すら引き抜かれてしまう可能性がある。

 

 依然として、後手に回らざるを得ない状況であることは変わりなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 三クラスによる取引を終え、その場を後にした堀北は待たせていた綾小路と合流して寮への帰り道を歩いていた。

 

 堀北は同盟成立に至るまでの経緯──坂柳や一之瀬とのやり取り、そして救済資金としてポイントを融資してもらうことなどを報告する。

 坂柳と手を取り合うことへの葛藤もあったようだが、クラスを守るための決断として間違っていない。

 

 一通りの情報共有を終えると堀北は横を歩く綾小路に視線を向け、どこか懸念を孕んだ声をかけた。

 

「あまり心配はしていないけど、本当に単独で挑むつもりなの? 試練のカードを手放す以上、今からでも最強グループに入って一位を目指して欲しいのだけど」

 

「一人の方が臨機応変に動けるし、どっちみちオレは一位を狙う気はない。試験の内容次第では上位を狙うのも悪くはないがな。そういう意味でも単独の方が好都合だ」

 

 綾小路が一切のブレもなく返答すると、堀北はそれ以上言葉を重ねるのを諦めたように小さく息を吐いて前を向く。これ以上問い詰めても無駄だと悟ったのだろう。

 

 尤も、そんな理由は都合の良い口実でしかない。

 綾小路が単独で挑む本当の理由は明白──月城含むホワイトルームからの刺客が、確実に仕掛けてくるからだ。

 

 彼らが目的を果たすためなら手段を選ばないことは、先のパートナー筆記試験で退学者が出たことからも明らかだ。

 

 ──グループを組めばオレの近くにいるというだけで無関係な生徒が巻き込まれ、最悪の形で排除されてしまう危険性がある。

 もしもの時は被害をオレの退学だけに留めておく。それが、この争いに巻き込んでしまっている生徒達に対する最低限のマナーのようなものだ。

 

 思考を切り替え、綾小路は隣を歩く堀北へ新たに話題を振る。

 

「一つ気になっていたんだが……七瀬と八神に対して、お前はどう思っている?」

 

 突如投げかけられた一年生の話題に、堀北は少し首をかしげながらも自身の見解を口にした。

 

「そうね……どちらも、一年生にしてはとても優秀な生徒よ。一年前の自分が恥ずかしくなるくらいにはね。八神君は気配りもできて周囲からの信頼も厚いし、七瀬さんも芯が通っていて聡明だわ」

 

 率直な評価だった。だが、綾小路が抱いている違和感とは微妙にズレがある。

 堀北の言う通り彼らは優秀だが──優秀すぎるのだ、Dクラスという枠組みに対して。

 

 ──八神拓也。学力A、身体能力C、機転思考力は六月を迎えてBからAへと上昇、社会貢献性もB+と学年全体で見ても高水準の能力を誇る優等生だ。

 そして七瀬翼。社会貢献性以外の能力が見事なまでにB前後で揃えられており、会話した際も特に問題は見当たらなかった。

 

 これほど穴のない人材が不良品を集めたとされるDクラスに配属されるのには、後ろめたい理由が存在しなければ説明がつかない。

 あるいは──月城が権限を行使し、意図的にホワイトルーム生をDクラスへ配属したという可能性。

 

 さらに直近の動向によれば宝泉を中心に八神と七瀬に加えて、もう一人──一年Aクラスの天沢一夏がグループを結成したという情報が入ってきている。

 

 OAAでも学力A、身体能力Aという圧巻の数値を叩き出している彼女がここに来てDクラスの主力と接触しているのは少しきな臭い。

 客観的に考えれば、四人グループを組むために優秀な人材を確保しただけに思えるが。

 

 ──ホワイトルーム生同士でグループを組むのは悪手である、そんな先入観は捨ててしまうべきだ。

 

 綾小路は全学年を含めた全グループの内訳と所持カードを記憶しているが、やはり一番警戒すべきは間違いなく宝泉グループだと判断する。

 しかし、これ以上被害が出る前に潰しに行こうとすれば相手の思うつぼ。

 

 仕掛けてくるなら返り討ちにする程度に留めておくことが何より大事だ。

 

 ──月城が消えるまでは、受け身にならざるを得ない。

 

「というか、後輩の話をしている場合じゃないわよ。一ヶ月経ったけど、クラスの雰囲気は依然として最悪だわ。貴方も他人事ではないでしょう?」

 

「まあな。グループの皆は変わらず接してくれてるが、篠原達からは完全に嫌われてる」

 

 一ヶ月経過し、次の無人島試験も発表されたことで一時的に鳴りを潜めているだけでDクラスの雰囲気は過去最悪である。

 堀北と櫛田はクラスの士気を何とかするために多大な負担を強いられ、綾小路は平田を抑えるために相当苦労していた。

 

 もはや次の無人島試験で結果を残さなければ、生徒の何人かが自暴自棄になって問題を起こす気がしてならない。

 やはりクラス内で上手く立ち回るための駒である軽井沢を失ったのは、綾小路にとって大打撃だった。

 

「こればかりは、理屈で解決できる問題ではないもの。居心地は悪いけれど、今は結果を出すことだけに集中すべきね」

 

 そうだな──と短く返して今度こそ会話を終える。

 仲間を失ってもなお戦意を喪失していない堀北の横顔を時折眺めながら、特に口を開くこともなく帰路を歩む。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ──6月17日、宝泉グループ結成の数日前。

 

 蒸し暑さが日に日に増す上、高育の授業は天沢一夏にとって欠伸を噛み殺すのすら馬鹿らしくなるほど退屈な時間でしかなかった。

 

 チャイムの音と同時にそそくさと教室を後にした彼女は、友人に遊びへ誘われることもなく──あるいはそれらを適当にあしらいながら、真っ直ぐ自分の寮へと足を向けていた。

 

 ──拓也も全然構ってくれないし、一夏ちゃん退屈すぎて死にそ……

 

 心の中でぼやきながらエントランスに並ぶメールボックスの前で足を止める。特に期待もせず、習慣的な動作で自分のポストを開けた天沢の視線が、そこに収められた見慣れない小さな紙袋に留まった。

 

 中を覗き込むと、型崩れしないよう丁寧に作られたラッピングと、一枚のメッセージカード。

 それを見た途端に天沢の手がピタリと止まる。

 

 さっきまでの退屈そうな表情は消え去り、彼女は素早く紙袋を抱え込んでエレベーターへと駆け込んだ。

 自室の扉を閉め、鍵を施錠する音を響かせると同時に天沢はベッドの端に腰を下ろした。少しだけ荒くなった息を整えながら、まずはカードを取り出す。

 

 そこに並んでいたのは、整然としていてどこまでも隙のない美しい手書きの文字。

 

『誕生日おめでとう』

 

 たったそれだけの短い言葉。だが差出人の名前など書かれていなくても、天沢にはその筆跡だけで誰の文字なのかを一瞬で理解できた。

 

「──ふふっ」

 

 漏れ出た吐息のような笑い声。

 天沢は普段の粗雑で気まぐれな仕草からは想像もつかないほど慎重な手つきでリボンと包装紙を解いていく。まるで宝物に触れるかのように指を動かし。

 

「わっ、これまた高そうなの買ってきてくれちゃって」

 

 包みの中から現れたのは、何やら高価そうな入浴剤と何処にでも売っていそうな一つのヘアゴム。

 

 落ち着いた色彩のヘアゴムを指先に引っ掛け、光にかざしてみる。彼女の象徴でもある鮮やかな赤髪に重ね合わせたとき、どれほど美しく映えるかを計算したかのようなチョイス。

 

 天沢はそのままヘアゴムを胸元でぎゅっと抱きしめるとベッドの上へゆっくりと倒れ込み、カードを掲げ指先でその文字を何度もなぞる。

 

「ほんと、変わらないよね……拓也は」

 

 天沢はそのままそっと目を瞑り、過去を思い返す。

 

 あんな場所に居た頃から、八神だけは毎年の誕生日に言葉だけでも天沢を祝ってくれていた。

 覚えていてくれたこと自体が素直に嬉しかったし、天沢にとって八神という存在を少し特別に感じさせる理由の一つだ。

 

 小さい頃、何故誕生日を祝うのかと聞いた時に八神は「子供の誕生日は祝われるべきだから」と答えた。

 幼い頃の天沢にとってその根拠はよく分からなかったが、八神が言うならそうなのだろうと漠然と受け入れていた記憶がある。

 

「……懐かし」

 

 ふと、昔交わした会話が脳裏をよぎる。

 

「ねえ拓也、なんでそこまで頑張るの?」

 

「──夢を叶えるためだよ」

 

「夢って? 綾小路清隆を超えること?」

 

「それは夢までの過程だよ。最高傑作を目指す彼らとは、似て非なるものさ」

 

 五期生が実際に綾小路清隆の姿を確認するまでは、未だ半信半疑だった最高傑作と自分の間にある実力差。

 ある日それを強制的に認識させられ、ある者は対抗心を──ある者は崇拝を──それぞれが異なる感情を最高傑作に抱きながら日々を送るようになってしまった。

 

 天沢も例外ではない、綾小路清隆だけが特別な存在なのだと信じて疑わずにいる。

 だが八神だけは、一貫して自分を曲げなかった。

 

「……拓也じゃ勝てっこないよ。今日も教官に痛めつけられてたのに」

 

「それは関係ないだろ。いつものことだ」

 

 ──強い執着があるわけでもない、ホワイトルームの理念に賛同しているわけでもない。当時は拓也の考え方が他の子とは違いすぎて、興味本位から頻繁に話しかけてたっけ。

 

 まあ他にまともな会話ができる子が居なかったのもあるけど。

 

「拓也は──もっと自由に生きてみたいとか、さ……思ったりしないの?」

 

 ある日突然、脈絡もなくそんなことを聞いてみた。

 拓也もあたしと同じ考えだったら嬉しいな──そんな浅はかな思考で聞いたあたしと違って、拓也はとても真剣な目で答えてくれたのを覚えてる。

 

「仮に外の世界に出ても、施設の教えや綾小路清隆という存在がある限り僕達は一生ここから逃れられない。精神的な自由なんて永遠に手に入らないんだよ」

 

「……別にそれでも良いじゃん、外の世界で幸せに生きられるなら」

 

「良くないよ。どんな理由で生まれた命だろうとその命には価値がある。誰にも囚われず、自由に生きる権利がある。なのに、こんな歪んだ価値観を押し付けられたまま生きてちゃ幸せになんてなれない」

 

 だから、拓也はその価値観を壊すために今こうして綾小路先輩に勝とうとしてるんだろうね。

 本人は先輩と戦うことが怖くて仕方がないはずなのに、あたしが先輩を崇拝してるからって巻き込まず一人で片付けようとしてる。

 

 一人で勝てる相手じゃないことは、拓也が一番理解しているはずなのに。

 

「いつからお荷物扱いになっちゃったんだろ……一応拓也に次いで五期生トップなんだけどニャー」

 

 あたしを差し置いて協力者に選んだのがヤンキーと復讐者ってどんなチョイスなの? 何も言わずDクラス行っちゃうしさ。

 

 信用してないっていうのは建前だと思う。じゃないと一夏ちゃん悲しすぎて泣いちゃうかも。

 あんな世界に実験の一環で生まれたであろうあたしの存在を唯一、心から肯定してくれた人が信用してくれてなかったら流石に怖いよ。

 

 別に余計なお世話なのに、何度も教官から庇ってくれてさ。あたしのせいで何個青痣作ったんだか。

 

「このまま優柔不断に悩み続けるのは、先輩にも拓也にも示しがつかないよね」

 

 どうしても好き勝手動きたいんだったら、せめて誰かに命令されたからって理由を口実にはして欲しくないんだろうな。だからあたしが拓也と協力したがっても、拒否されたんだと思う。

 

 要はあたしの意思で、先輩か拓也を選べってこと。

 

「きっつい二択強いてくるね〜」

 

 綾小路先輩はあたしにとって憧れの存在。まだ直接確かめたわけじゃないけど、明らかに他とは違う特別な存在だって傍から見てれば何となく分かる。

 でもそんな気持ちを置き去りにしてしまうくらい、あたしは拓也のことが──大切だ。

 

 だから拓也と綾小路先輩が直接対決する時が来たら、その時は──。

 

「拓也と一緒に……戦いたい、かな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 時は過ぎ──7月19日。

 八神の目の前に広がる高く青い空に透き通った広い海。

 彼らは今、全十二層からなる豪華客船サン・ヴィーナス号に乗って海上を進んでいた。

 

 まさに絶景、ここまで立派な船の上から海を見れることなどそうないだろう。そうして人気のないデッキで静かに景色を見つめていた八神の背後から、こちらへ向かってくる気配を感じ取る。

 

「ここに居たか。何黄昏てんだ? 八神」

 

「やあ宝泉君。ちょっとこの景色から目が離せなかったんだ、こんな景色が見れるのは最初で最後かもしれないからさ」

 

「大袈裟だな、どうせ二年になればまた戻ってくんだろ」

 

 八神の隣に立ち、興味無さそうに海へと視線を向ける宝泉。

 退屈そうだがそれでも離れないということは、何か話があるのだろう。

 

「それで、僕に何か用かな?」

 

「何か用かな? じゃねえよ、そろそろ説明会が始まるから来い。ただでさえクソ広い船の中探すのは大変だってのに、連絡にも応じねえのはどういう了見だ? オイ」

 

「いたっ、痛い痛いっ! ごめんなさいってば、謝るからそれやめて……!」

 

 宝泉から解放され、乱れた髪を整えながら端末を開くと大量のメッセージが届いていた。通知は切っていないはずなので、気づかないほど没頭していたのだろう。

 

「手間をかけさせてごめん、後で七瀬さん達にも謝っておくよ。それにしてもよくここに居るって分かったね、誰にも言わなかったはずなんだけどな」

 

「お前みたいなやつが誰にも言わずに消えるのは、大体一人になりたい時だからな。にしても人気がないとこなんて多すぎて結局しらみ潰しだったが」

 

 宝泉との関係も最初から変化することはないが、この数ヶ月で八神の実力を示したことは彼の精神にも少しは響いたのだろう。

 人として信用してもらえてるかはさておき、実力に関しては今更疑う余地もない。

 

「今更弱気になったりすんなよ。肝心な時動けないやつは要らねえからな」

 

「……そうだね。宝泉君こそ、足引っ張らないでくれよ?」

 

「ハッ、誰に言ってんだよ。お前は自分の心配だけしてろ」

 

 八神と宝泉の協力関係もこれで最後、無人島試験が終わり二学期を迎えてしまえば2000万は得られなくなってしまう。

 そうなれば、もう綾小路の退学を狙う必要はない。

 

 ──大丈夫だ、勝てる。勝つしかないんだ、勝つ以外に道は残されていない。

 

「……もう始まっちゃうね、遅れる前に行こうか」

 

「誰のせいだと思ってんだ……ったく」

 

 ちょうど説明会が始まる数分前に映画館へ着いた八神達は、先に着いて席を取ってくれていた七瀬と天沢の元へ小走りで駆け寄る。

 

「ごめん、遅れて。ギリギリセーフかな」

 

「大丈夫ですよ。席も取っておきましたから」

 

 天沢の隣に空けられている二つの席に八神と宝泉が腰かけると、ちょうど学年主任の教師がスクリーンの前に立ち進行を始める。

 

「ではこれより、無人島における特別試験のルールを説明したいと思う」

 

 八神は集中し、一言一句聞き逃さず頭の中で整理していく。

 やはり重視すべきは、グループのメンバー全員がリタイアした場合その時点で失格となりポイントが無効となった上で順位が確定する点。

 

 五グループが失格になればその時点で下位五組が確定してしまう。

 

 ──どう点数を稼いでいくかは綾小路先輩次第で、こちらは介入できない。正攻法で下位五組に落とすことはまず不可能。なら暴力でリタイアさせるのが一番手っ取り早い……勝てる可能性を考慮しなければの話だけど。

 

 幸い一年生の中に単独で挑む生徒はいないが、万が一がある。

 二週間という長い時間をフルに使う余裕はなさそうだ。

 

 そして次に得点を得る方法について説明が行われる。

 

 指定エリアと課題をこなすことで得点や物資を得られる、しかし全員が同じエリアを目指すわけではない。

 グループごとにテーブルが分けられており、全12通りのテーブルが存在するようだ。

 

 ──綾小路先輩と同じテーブルだったら、動きも予測しやすいけど……

 

 試験に挑む上で装着を義務付けられている腕時計も、壊してしまえば学校の監視からは逃れられる。

 ただ、腕時計を壊して位置情報を分からなくしたところで他に腕時計を壊している生徒がいなければほとんど意味がない。

 

 加えて、六日目以降全生徒の現在地を閲覧可能になるGPSサーチが得点を一点消費することで使えるようになる。

 つまり位置情報を知られないためには、自分の腕時計を壊すか相手のタブレットを壊すかの二択──いや。

 

 ──これを利用しない手はない。

 

 八神の中に一つ、策が思い浮かぶ。この無人島試験において、常識の枠組みから外れたあまりに法外なやり方。

 だが彼は手段を選ぶつもりはない、勝つことが全てなのだから。

 

 生徒を一人退学させるためだけにこの学校へ赴いたのだから、わざわざルールに従ってやる必要など何処にもない。

 

「あたし達四人とも先行持ってるから、計三万ポイント使えるじゃん? 何買う何買う? 水着とか買っちゃう?」

 

「遊ぶための道具も購入できるのか……そんな余裕があるかは疑問ですけど、楽しそうだから一応買っときましょうか」

 

 どうやら八神の予想が的中したようだ。全生徒一律5000ポイントを使い物資を購入できると説明が行われた。

 しかし先行を所持している生徒のみ、追加で2500ポイント──四人所持しているグループなら計三万ポイントが使用できる。

 

 現地購入も可能だが、その場合は商品の値段が二倍になるようだ。

 高い買い物ではある。とはいえそれを見越してポイントを無理に使い切れば、バックも重くなり負担が強いられるだろう。

 

 ──二週間、律儀に無人島で過ごす必要はない。総合的に判断して、必要な物を選んでいくとしよう。

 

 八神が選んだ荷物は『テント』『水』『携帯食』『懐中電灯』『モバイルバッテリー』『鍋』『ナイフ』『ライター』『浮き輪』『空気入れ』でピッタリ7500ポイントを消費。

 

 宝泉達もそれぞれ必要なものを購入し、あとは明日の試験が始まるまで待つだけ。残された短い時間を各々過ごす中、八神は天沢を客室へ呼び出していた。

 

「拓也から呼んでくれるなんて珍しいね。それであたしに何の用かニャ?」

 

「何の用かニャ? じゃないよ。もう明日になれば試験が始まる、その前に聞いておこうと思ってさ。一夏がどういうスタンスで動くのか──誤魔化さずに教えて欲しいね」

 

 ベッドに座ったまま問いかける八神に対し、天沢は薄く笑いかけ。

 

「拓也と一緒に戦いたい……って言ったら、信じてくれる?」

 

「それは一夏の行動次第だね。もし本当に協力してくれるなら、僕の邪魔にならないよう動いてくれればそれでいいさ」

 

 天沢を邪魔だと思うなら、最初からグループに入れたりはしない。

 しかし裏で協力するのは話が別だ。

 

「あっそ……じゃあ、あたしも拓也に聞きたいことがあるんだけどさ」

 

 そう言いながら、ぎこちなく八神の隣に腰かけ。

 

「どうしても戦わなくちゃいけないの? ホワイトルームが嫌なら、先輩と協力してこの学校で三年間過ごしてさ……一緒にホワイトルームと戦うのじゃダメなの?」

 

「確かに綾小路先輩もホワイトルーム生の一人で、そこには何の非もない。でも僕は自分の意志を曲げる気はない……僕の夢は、それじゃ叶わない。もし僕が負けて退学したら、その時は一夏と先輩で頑張っていけばいい」

 

 綾小路がどんな目的で高育に入学し、日々を過ごしているのかは知らないし知る気もない。

 八神はただ、独り善がりな目的を成し遂げるために全てを利用するだけだ。

 

「誰に何を言われようと退く気はない。僕が退学するか、先輩が退学するか。二つに一つさ」

 

「分かったってば、ウジウジ悩んでたあたしが馬鹿みたいだからそれ以上はやめてね〜」

 

 天沢の葛藤すら吹き飛ばすほどの決意を前に、彼女もいい加減悩むのを辞めたようだ。

 彼女は諦めたように目を伏せると脳裏に浮かんでいた迷いを振り払い。

 

「さっきも言ったけど、あたしは拓也と一緒に戦いたい。だから計画の詳細ってやつを教えてよ」

 

「今はまだ不確定要素が多すぎるから、話したところで予定変更を強いられる可能性が高い。なら敢えて話さず、僕の意図を汲んでくれる方がありがたいって話さ」

 

「簡単に言うけど、同期が猫被ってるところ見るこっちの身にもなってよね」

 

 今回の無人島試験で綾小路を退学に追い込む条件はかなり厳しいものとなる、天沢と協力することで勝率が大きく変化することは見込めない。

 だが天沢が寝返ればどう足掻いても勝てない──だからその可能性は切り捨てる。

 

 結局のところ、臨機応変に動いていくしかないのだ。

 

「拓也は、誰のためにそこまで頑張るの?」

 

「──自分のためだよ」

 

「相変わらず……」

 

 素直じゃないんだから、とは口にしなかった。

 天沢は静かに頭を八神の肩に預け、目を瞑る。ホワイトルームでは絶対に過ごせない暖かい時間を噛み締めるように──。

 

「そろそろ宝泉君がゲームコーナーを追い出されて帰ってくるだろうから戻った方がいいよ」

 

「……」

 

 天沢は何か言いたげに八神を一瞥すると、最後にその足を軽く踏みつけてから部屋を出ていった。

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