The Reaching Shore――届かせるもの―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/神話・型月設定の独自再構成を含みます。
※本文制作に文章生成AI補助を使用しています。掲載イラストは作者による手描きです。
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第1話 早く召喚しないと
廊下を曲がったところで、背後の窓が砕けた。
振り返る暇はない。
ガラスの破片が床を跳ねる音を聞きながら、衛宮士郎は階段へ飛び込んだ。
息が苦しい。
足が重い。
けれど、止まれば死ぬ。
それだけは、説明されなくても分かった。
階段を二段飛ばしで駆け下りる。踊り場で手すりを掴み、勢いを殺さず身体の向きを変える。
直後、頭上を黒い何かが横切った。
壁が割れた。
石膏の粉が降りかかる。
あれが当たれば、怪我では済まない。
分かっているのに、頭のどこかはまだ認めようとしていなかった。
こんなものが現実のはずがない。
夜の学校で、武器を持った人間が殺し合っているなんて。
まして、その片方が自分を追ってくるなんて。
廊下の先に非常口の表示が見えた。
あそこまで行けば外へ出られる。
いや、駄目だ。
外へ出れば、校庭へ戻る。
あの二人が戦っていた場所だ。
――ほんの少し前まで、士郎はいつもどおり弓道場の片付けを終え、校舎を出るところだった。
校庭から金属音が聞こえた。
工事でもしているのかと思った。
けれど、音は一度では終わらなかった。
硬いものと硬いものがぶつかる音。
風を裂く音。
地面そのものが揺れるような衝撃。
気づけば、士郎は校舎の陰から校庭を見ていた。
赤い外套の男と、長い髪の女が戦っていた。
男の手には、見たことのない二振りの剣。
女の手には、鎖でつながれた杭のような武器。
どちらも、人間の動きではなかった。
一歩踏み込んだと思った瞬間には、もう別の場所にいる。
刃が重なるたびに空気が震え、地面が削られる。
赤い外套の男の後ろ、校舎の陰に制服姿の人影が見えた気もした。
けれど、その時は確かめる余裕などなかった。
映画でも、手品でもない。
そう理解した時には遅かった。
長い髪の女が、こちらを見た。
目隠しに覆われているはずなのに、確かに目が合ったと思った。
赤い男も士郎の存在へ気づいたようだった。
けれど、先に動いたのは女の方だった。
鎖が鳴る。
士郎は反射的に校舎へ逃げ込んだ。
背後で、また鎖が擦れた。
それから、どれほど走ったのか分からない。
相手の足音は聞こえなかった。
それがかえって恐ろしかった。
静かなまま、距離だけが縮まっている。
非常口を諦め、士郎は廊下の奥へ走った。
教室へ入って鍵をかけても、あの女を止められるとは思えない。
職員室まで行けば電話がある。
だが、警察を呼んで何を説明する。
武器を持った人間が、校庭で空を飛ぶように戦っている。
そんな話を信じてもらえるはずがない。
それ以前に、誰かを呼べば、その人まで巻き込む。
士郎は歯を食いしばった。
背後で鎖が擦れる音がした。
近い。
その瞬間、二日前に聞いた声が蘇った。
夜の帰り道だった。
もう家は目の前で、角を曲がれば衛宮邸の塀が見える。
冷えた空気の中に、白い少女が立っていた。
外国人らしい銀色の髪。
赤い瞳。
夜道に一人でいるには幼すぎる。
迷子かと思って声をかけるより先に、少女は笑った。
「こんばんは、お兄ちゃん」
誰かと間違えているのかと思った。
けれど少女は、士郎の顔を知っているように見つめていた。
楽しそうなのに、どこか試すような目だった。
そして、まるで明日の天気を教えるように言った。
「早く召喚しないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」
意味を訊き返しても、少女は答えなかった。
ただ笑って、夜の向こうへ消えていった。
召喚。
死ぬ。
あの時は、訳の分からない言葉だった。
いまは違う。
背中を冷たいものが撫でた。
士郎は身体を前へ投げ出した。
鎖が頭上を通過する。
先端の杭が壁へ突き刺さり、コンクリートを砕いた。
床を転がり、手をついて起き上がる。
右手の掌が裂けた。
痛みはある。
動く。
まだ走れる。
士郎は廊下の角へ飛び込んだ。
だが、そこに女はいた。
いつ追い越されたのか分からない。
長い髪が、夜の水のように揺れている。
目隠しの奥から、顔を見られている。
逃げ道はない。
女は杭状の剣を持ち上げた。
鎖が床を這う。
「なんて、ついてない」
小さく漏れた声は、士郎へ向けたものではないように聞こえた。
悔しそうでも、怒っているようでもない。
ただ、避けられない仕事を前にした人間の声だった。
「何がだよ」
問い返したのは、時間を稼ぎたかったからだ。
答えを期待したわけではない。
女はわずかに首を傾けた。
「貴方は、優しく殺してあげます」
鎖が鳴った。
胸に、冷たいものが入ってきた。
痛みは一瞬遅れてやってきた。
息ができない。
足から力が抜ける。
床が近づく。
自分が倒れたのだと理解するまでに、妙に時間がかかった。
赤いものが床へ広がっていく。
誰かが見たら困る。
明日の朝、ここを通る生徒がいる。
掃除をする人もいる。
こんなものを残しておくわけにはいかない。
そんなことを考えている自分が、おかしかった。
けれど、それ以外に考えられることがなかった。
女の足音が遠ざかる。
目撃者を始末した。
それで終わりなのだろう。
白い少女の言葉が、もう一度聞こえた。
早く召喚しないと死んじゃうよ。
遅かったな、と士郎は思った。
視界が暗くなった。
*
目を開けた。
最初に見えたのは、天井だった。
蛍光灯は消えている。
窓から差し込む月明かりだけが、廊下を青く照らしていた。
身体を起こそうとして、胸を押さえる。
痛みがない。
服は破れている。
血もついている。
けれど、胸には傷がなかった。
「……なんだ、これ」
声が出た。
息もできる。
心臓が動いている。
確かに刺された。
胸を貫かれた。
死んだ。
そう思った。
なのに生きている。
夢だったのかと考え、すぐに否定した。
床には血が残っていた。
自分が倒れていた場所を中心に、黒い染みが広がっている。
服も、手も、血で汚れている。
夢で済ませられる量ではない。
立ち上がろうとした時、手の下で硬いものが鳴った。
赤い宝石のついた飾りだった。
ペンダントらしい。
自分の物ではない。
あの女が落としたとも思えない。
なら、誰かがここへ来た。
自分を助けた。
けれど、周囲には誰もいない。
士郎はペンダントを拾った。
高そうな品だった。
放っておくわけにはいかない。
持ち主を探さなければならない。
その前に、床をどうにかする必要があった。
明日の朝になれば、誰かがここを通る。
自分が死にかけた場所を見つける。
警察が来る。
学校が騒ぎになる。
助けを求めるより先に、そんなことを考えた。
士郎は近くの清掃用具入れを探した。
雑巾とバケツを持って戻り、水を汲む。
自分の血を拭く。
一度では落ちず、水を替えて何度も床を擦った。
何をしているんだろうとは思った。
けれど、手を止める理由にはならなかった。
床の染みが目立たなくなるころには、日付が変わっていた。
*
衛宮邸へ戻った時、家の中は暗かった。
玄関の戸を開けても、藤ねえの声はしない。
桜も、もう帰っている。
時計はとっくに午前零時を過ぎていた。
こんな時間まで残っているはずがない。
靴を脱ぎ、廊下へ上がる。
家の中には、昼間までの生活の痕跡だけが残っていた。
台所に片付けられた食器や、居間の座布団。藤ねえが適当に置いていった雑誌。
いつもと同じ家だ。
自分だけが、いつもと同じではなかった。
胸に手を当てる。
心臓は動いている。
何度確かめても、それ以上のことは分からない。
赤いペンダントを座卓の上へ置いた。
あの戦いを見た時、赤い外套の男の近くに遠坂がいたような気がする。
見間違いかもしれない。
けれど、明日、訊いてみる必要はある。
学校であんなものを見て、何も知らないふりをするのは無理だった。
まずは着替える。
そのあと、傷のことを調べる。
強化しかまともにできない自分でも、こんな治り方が普通ではないことくらい分かる。
藤ねえや桜には――何と言えばいい。
考えながら、居間の灯りへ手を伸ばした。
光が消えた。
士郎が消したのではない。
家中の明かりが、一斉に落ちた。
同時に、天井に取り付けられた鐘が鳴った。
高く、鋭い音だった。
一度。
誰かが結界を越えた。
切嗣が残した、侵入を知らせる仕掛け。
これまで本当に鳴ったことはない。
士郎は座卓の向こうへ視線を向けた。
暗闇の中で、鎖が鳴った。
月明かりを受けて、杭状の剣が光る。
長い髪の女が、居間の奥に立っていた。
「嘘だろ」
喉が乾いた。
学校で自分を殺した相手。
確かに立ち去ったはずの女が、家の中にいる。
ここには藤ねえが来る。
桜も来る。
朝になれば、何も知らず玄関を開ける。
学校だけではない。
自分が逃げ帰ったせいで、この場所まで戦いに巻き込んだ。
土蔵へ行けば、武器になりそうなものがある。
修理途中の道具も、古い木刀も、金属片もある。
けれど、土蔵までの距離を丸腰で走れるとは思えなかった。
何か。
せめて、一撃を受けられるもの。
女が腕を引いた。
鎖が床を擦る。
考えている時間はない。
士郎は台所へ飛び込んだ。
棚を開ける。
鍋。
皿。
包丁。
包丁は短すぎる。
いや、相手の武器もそれほど長くはない。
だが、刃を受ければ手まで持っていかれる。
野菜室を開ける。
手を突っ込む。
長いものに触れた。
掴んだ。
ネギだった。
なんでさ。
背後で鎖が鳴る。
迷っている暇はなかった。
士郎はネギを両手で握った。
構造を読む。
表面。
内部。
繊維の流れ。
壊れやすい箇所。
魔力を通す。
「同調、開始」
身体の内側で、何かが焼ける。
ネギの輪郭が硬くなる。
本来あるはずのない強度を、一時的に押し込む。
振り返る。
杭剣が迫っていた。
士郎は強化したネギを斜めに構えた。
衝撃。
腕が痺れる。
ネギが悲鳴を上げるように軋んだ。
それでも、一撃だけは受けた。
繊維が裂けかけながら、杭剣を横へ押し流す。
士郎は女の横をすり抜け、廊下へ走った。
背後で、強化の切れたネギが裂ける音がした。
土蔵まで行く。
武器を取る。
何が起きているのかは、そのあと考える。
廊下を駆け抜け、庭へ出る。
裸足のまま土を踏む。
冬の地面が冷たい。
後ろから鎖が伸びてきた。
身を伏せる。
杭剣が門柱へ突き刺さり、木を抉る。
次は避けられない。
土蔵の戸へ手をかける。
開ける。
中へ転がり込む。
暗い。
手探りで壁を探す。
古い道具。
金属。
木材。
何でもいい。
使えるものを――
左手が焼けた。
「っ……!」
手の甲に、赤い模様が浮かんでいる。
いつからあったのか分からない。
三つの痣のような印。
それが脈打つたび、土蔵の床が淡く光った。
古い召喚陣。
切嗣が何のために残したのか分からない、使われたことのない魔法陣。
白い少女の声が蘇る。
早く召喚しないと死んじゃうよ。
「召喚って、これか……?」
方法など知らない。
何を呼ぶのかも知らない。
けれど、背後で土蔵の戸が砕けた。
長い髪の女が入ってくる。
鎖を引き、杭剣を構える。
もう逃げ道はない。
死ぬのは一度で十分だ。
こんなことで終わるために、衛宮士郎は生かされたわけじゃない。
それに、ここで殺されれば、朝になって藤ねえや桜が来る。
この女と出会う。
それだけは駄目だ。
士郎は光る床へ手をついた。
「来い……!」
何を呼べばいいのか分からない。
だから、言えることはそれだけだった。
「何でもいい! あいつを止められるなら――!」
光が弾けた。
土蔵の空気が変わる。
冷たい。
海の底へ落ちたような重さが、周囲を満たした。
女の鎖が止まる。
士郎と長い髪の女の間へ、何かが立っていた。
目の前に現れた影は、士郎とほとんど変わらない背丈だった。
それなのに、その姿を見た瞬間、土蔵が狭くなったように感じた。
紺碧の重装。
深い海を固めたような鎧。
手には三叉の槍。
兜の奥から、冷たい血色の瞳がこちらを見る。
少女なのか、少年なのか。
人間なのかどうかさえ分からない。
ただ一つ分かるのは、その存在が士郎と女の間を完全に塞いでいることだった。
侵入者を拒む城壁のように。
紺碧の影は三叉槍を床へ立て、士郎を振り返った。
「ランサー、アトラス。汝の召喚に応じた」
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こちらはアトラスの参考ビジュアルです
【挿絵表示】
後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。