The Reaching Shore――届かせるもの――   作:ほいみん

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Fate/stay night二次創作長編『The Reaching Shore――届かせるもの――』第10話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・AI使用表記・制作FAQはこちら:
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第10話 誰も死なせるな

 二月八日。

 

 昼休み。

 

 冬の屋上には、誰もいなかった。

 

 冷たい風が、金網を鳴らしている。

 

 校庭では生徒たちが走り回っていた。

 

 窓の向こうには、いつもと変わらない教室がある。

 

 昨日までなら、その景色を見て安心できたかもしれない。

 

 今は違う。

 

 壁の中に、結界がある。

 

 何も知らない生徒たちの下へ、生命を奪うための術式が張り巡らされている。

 

「衛宮。休んでる奴が、何しに来たんだよ」

 

 慎二は屋上へ出るなり、不機嫌そうに言った。

 

「話がある」

 

「電話で済ませればいいだろ」

 

「学校の中を見てから話す必要があったのよ」

 

 遠坂が答える。

 

 慎二の顔が、わずかに強張った。

 

「遠坂までいるのか」

 

「わたしが呼んだの」

 

 昨夜、柳洞寺から戻った後。

 

 学校も、もう放置できないと遠坂と決めた。

 

 柳洞寺には、アサシンがいる。

 

 その奥には、キャスターらしきサーヴァントが陣取っている。

 

 市内から魔力を集め、陣地を強くしている。

 

 だからといって、学校の結界を後回しにはできない。

 

 慎二が使わないと口で言っただけの結界を、これ以上、生徒たちの中へ残しておくわけにはいかなかった。

 

 士郎は欠席扱いのまま、昼休みにだけ学校へ来た。

 

 登校を再開したわけではない。

 

 慎二へ、結界の解除を求めるためだ。

 

「何の話だよ」

 

 慎二は笑った。

 

 何も知らないふりをするような笑いだった。

 

「この結界を解除しなさい」

 

 遠坂は前置きなく言った。

 

 慎二の笑顔が止まる。

 

「……何だ、それ」

 

「惚けなくていいわ。学校全体へ張られてる結界の話よ」

 

「前にも言っただろ。使うつもりなんかない」

 

「貴方に使うつもりがあるかなんて聞いてない」

 

 遠坂は屋上の床を軽く踏んだ。

 

「完成まで、まだ何日かかかる。今なら、起動される前に解除させられる」

 

「だから、使わないって言ってるだろ」

 

「ライダーに解除させなさい」

 

 慎二の眉が吊り上がる。

 

「僕のサーヴァントに命令するなよ」

 

「命令してるのは貴方によ。今すぐ解除させれば、こっちも手荒な真似はしない」

 

「手荒な真似?」

 

「その本を取り上げる。貴方を拘束する。必要なら教会へ連れていく」

 

 慎二の頬が引きつった。

 

「脅してるのか」

 

「警告よ」

 

「同じだろ!」

 

「違うわ。選べるうちに選ばせてるの」

 

 風が吹いた。

 

 慎二の制服の裾が揺れる。

 

 士郎は屋上の扉を見た。

 

 アトラスはまだ来ていない。

 

 朝。

 

 学校へ向かう準備をしていた時、士郎はアトラスへ言った。

 

『慎二と話すだけだ。遠坂とアーチャーもいる。アトラスまで学校に入る必要はないだろ』

 

『結界起動後、外部から校内へ侵入できる保証がない』

 

『まだ完成してないのよ』

 

 遠坂もそう言った。

 

『慎二が今日使う理由はないわ』

 

『理由の有無を、起動可能性の否定には用いない』

 

 士郎も遠坂も、慎二が今日使う可能性は低いと判断していた。

 

 それでもアトラスは、万に一つの可能性も考慮から外さなかった。

 

 アーチャーも何も言わなかったが、遠坂の命令で霊体化したまま校内へ入っている。

 

 それでも、アトラスをそのまま連れてくれば目立つ。

 

 学生でも教師でもない、小柄な外国人の子供だ。

 

 そこで昼休みになってから、士郎が家へ置いてきた上着を届けるという体裁で校内へ入ることになった。

 

 忘れ物ではない。

 

 アトラスが、校内へ入るために用意した名目だ。

 

 慎二が鼻で笑う。

 

「それで? 僕に言うことを聞かせるために、二人で押しかけてきたわけ?」

 

「そうじゃない」

 

 士郎は答えた。

 

「慎二。あれは保険じゃない」

 

「何が分かるんだよ、おまえに」

 

「使えば学校にいる人間から力を吸うんだろ」

 

「使わないって言ってる!」

 

「なら、解除しても困らないだろ」

 

 慎二が口を閉じた。

 

「必要ないなら、残しておく理由もない」

 

「うるさいな」

 

「慎二」

 

「おまえに命令される筋合いなんかない!」

 

 声が屋上へ響いた。

 

 校庭からは誰も見上げない。

 

 昼休みの喧騒が、慎二の怒声を飲み込んでいる。

 

「僕はマスターだぞ」

 

「ああ」

 

「おまえみたいな半端者とは違う」

 

「違うなら、なおさら責任を取れ」

 

「僕に説教するな!」

 

 慎二の手が、制服の内側へ触れた。

 

 遠坂の目が細くなる。

 

「その本を出さない方がいいわよ」

 

「何でだよ」

 

「出せば、話し合いを終わらせたと見なすから」

 

 慎二の手が止まる。

 

「……随分偉そうだな、遠坂」

 

「貴方よりは状況を理解してるもの」

 

「僕が何も分かってないって言いたいのか」

 

「こんな結界を学校へ張らせた時点で、理解しているとは思ってないわ」

 

「ライダーが勝手に張ったんだ!」

 

「それを残してるのは貴方でしょう」

 

「僕には必要なんだよ!」

 

 慎二が叫んだ。

 

 言ってから、自分でも気づいたように黙る。

 

「使わないんじゃなかったのか」

 

 士郎が訊いた。

 

「うるさい」

 

「必要なら、使うつもりなんだろ」

 

「違う!」

 

「じゃあ止めろ」

 

「黙れ!」

 

 慎二が一歩下がる。

 

 逃げるためではない。

 

 士郎たちから距離を取り、自分の立場を守ろうとするような動きだった。

 

「おまえは昔からそうだ」

 

「慎二」

 

「何も分かってないくせに、正しいことを言ってる顔をする」

 

「そんなつもりじゃない」

 

「僕にやめろって言えるのかよ。何も持ってなかったおまえが!」

 

 遠坂が口を開く。

 

「士郎が何を持っていたかは関係ないでしょう」

 

「遠坂は黙ってろ!」

 

「黙らないわよ。ここは貴方一人の学校じゃない」

 

「僕を馬鹿にしてるんだろ」

 

「結界を解除しなさい」

 

「僕をマスターだと思ってないんだ!」

 

「貴方の自尊心と、学校中の人命を同じ秤に乗せないで」

 

 慎二の顔から、色が引いた。

 

 余裕はもうなかった。

 

 笑いも。

 

 侮るような目も。

 

 残っているのは、追い詰められた怒りだけだった。

 

 屋上の扉が開いた。

 

 全員が振り返る。

 

 アトラスが立っていた。

 

 士郎の上着を腕に掛けている。

 

 校内へ入るために用意した役割を、そのまま果たしてきた。

 

「アトラス」

 

「届け物だ」

 

 上着を士郎へ渡す。

 

 慎二が顔を歪めた。

 

「何でこいつまでいるんだよ」

 

「汝の判断を確かめるためだ」

 

「僕を見張りに来たのか」

 

「否定しない」

 

 アトラスは慎二を見る。

 

 血色の瞳に、怒りはなかった。

 

 侮りも。

 

 ただ、起こり得るものを測っている。

 

「慎二」

 

 士郎は、もう一度言った。

 

「結界を解除してくれ」

 

「嫌だ」

 

 即答だった。

 

「なら、僕が負けたみたいじゃないか」

 

「勝ち負けの話じゃない」

 

「おまえにとってはな!」

 

 慎二が制服の内側から本を引き抜いた。

 

 文字の浮かぶ表紙が、風の中で開く。

 

「慎二、やめろ!」

 

「来いよ、ライダー!」

 

 魔力が走った。

 

 屋上の空気が揺れる。

 

 慎二の背後へ、黒い影が現れた。

 

 長い紫の髪。

 

 目を覆う装具。

 

 細い身体。

 

 ライダーは姿を現すと同時に、慎二へ顔を向けた。

 

「マスター」

 

 低い声だった。

 

 止めようとしているようにも聞こえた。

 

「結界を起動しろ」

 

 ライダーは動かなかった。

 

「聞こえなかったのか!」

 

「まだ完成していません」

 

「使えないのか」

 

「起動は可能です」

 

「なら使え!」

 

 本の文字が光る。

 

 ライダーの身体へ、命令が走った。

 

「慎二!」

 

 士郎が踏み出す。

 

 その前へ、アトラスの腕が出た。

 

「接近するな」

 

「でも!」

 

「既に命令経路が動いている」

 

 遠坂が右手を上げる。

 

 屋上のどこにもいなかったはずの気配が、すぐ傍へ現れた。

 

「アーチャー!」

 

 霊体化を解いたアーチャーが、慎二とライダーの間へ弓を向ける。

 

「遅い!」

 

 慎二が叫ぶ。

 

「僕の方が先だ!」

 

 ライダーが顔を伏せた。

 

「――承知しました」

 

 次の瞬間。

 

 学校が鳴った。

 

 音ではない。

 

 校舎そのものが、一度だけ大きく脈を打った。

 

 足元から、赤い光が走る。

 

 屋上の床。

 

 壁。

 

 階段。

 

 校舎中に刻まれた呪刻が、一斉に起動する。

 

「な――」

 

 慎二自身が、驚いた声を出した。

 

 空が赤く染まる。

 

 透明だったはずの結界が、学校全体を覆った。

 

 校庭にいた生徒が、一人倒れる。

 

 その隣も。

 

 教室の窓越しに、机へ崩れる影が見えた。

 

 悲鳴。

 

 机の倒れる音。

 

 窓の向こうで、教師が生徒を支えようとして、そのまま膝をつく。

 

「止めろ、慎二!」

 

「僕は――」

 

 慎二は手の中の本を見た。

 

「僕は起動しろって言っただけだ!」

 

「解除を命じなさい!」

 

 遠坂が叫ぶ。

 

「早く!」

 

「うるさい!」

 

「このままじゃ死ぬわよ!」

 

「脅すな!」

 

「現実を見なさい!」

 

 赤い光が濃くなる。

 

 息を吸うだけで、身体の内側から何かを引かれる。

 

 士郎の膝が揺れた。

 

 魔力ではない。

 

 もっと根本にあるもの。

 

 生きている力そのものが、校舎へ吸い上げられている。

 

 桜。

 

 藤ねえ。

 

 一成。

 

 美綴。

 

 名前を知らない生徒たち。

 

 教師たち。

 

 遠坂。

 

 慎二。

 

 学校の中にいる全員。

 

「アトラス!」

 

「命令を定義せよ」

 

 血色の瞳が、士郎を見た。

 

 昨日と同じだった。

 

 答えは渡さない。

 

 誰を。

 

 どこまで。

 

 何から。

 

 いつまで。

 

 左手が熱い。

 

 令呪は、あと二画。

 

 昨日は、何も言えなかった。

 

 アトラスを呼んだ。

 

 どうにかしてくれと命じた。

 

 それだけだった。

 

 今は違う。

 

 誰を守る。

 

 ここにいる人たちを。

 

 どこで。

 

 この学校で。

 

 何から。

 

 あの結界から。

 

 どこまで。

 

 一人も死なせない。

 

「アトラス!」

 

 左手を上げる。

 

 令呪が赤く輝いた。

 

「この学校にいる人たちを、あの結界から守ってくれ! 誰も死なせるな!」

 

 二画目が燃える。

 

 左手から、魔力が溢れた。

 

 士郎の身体を通過するだけではない。

 

 命令そのものが、アトラスへ力を運んでいく。

 

 アトラスの足元へ、青い光が広がった。

 

「対象を確認」

 

 屋上の床へ、細い線が走る。

 

「範囲を確認」

 

 線は壁を越えた。

 

 階段へ。

 

 廊下へ。

 

 教室へ。

 

 校庭へ。

 

 体育館へ。

 

 校舎の隅々へ。

 

「脅威を確認」

 

 赤い結界と、人間の身体の間へ。

 

 青い境界が差し込まれる。

 

「完了条件を確認」

 

 アトラスが槍を床へ突き立てた。

 

 王宮外装が開く。

 

 一枚の壁ではなかった。

 

 一つの門でもない。

 

 学校全体へ、青い王宮の平面が重なる。

 

 教室ごとに区切る。

 

 廊下へ線を引く。

 

 倒れた一人一人を、小さな領域の内側へ入れる。

 

 結界が生命力を奪う経路へ、無数の境界を挟む。

 

 赤い光が青へ触れた。

 

 完全には消えない。

 

 それでも、人の身体へ届く前に削られる。

 

 流出が弱まる。

 

 倒れた生徒たちの呼吸が残る。

 

 止まりかけた脈を、境界の内側へ留める。

 

 学校中の命を、落ちる直前で支える。

 

「何をしたんだよ!」

 

 慎二が後ずさる。

 

「何で、まだ生きてるんだ」

 

 遠坂が慎二を睨む。

 

「それを残念そうに言わないで」

 

「違う! 僕は、そこまで――」

 

 慎二の言葉が途切れた。

 

 赤い結界は動いている。

 

 けれど、人へは届き切らない。

 

 生徒たちから奪われる生命力が、急激に減っている。

 

 ライダーが、装具の奥から広がる青い光へ顔を向ける。

 

「結界との接続を、対象ごと隔離しています」

 

「解除しろ!」

 

 慎二が本を振る。

 

「僕の結界だぞ!」

 

「汝のものではない」

 

 アトラスが言った。

 

 声は平坦だった。

 

「ライダーが構築し、汝が命令経路を保持しているにすぎぬ」

 

「黙れ!」

 

 慎二が本を掲げる。

 

「ライダー、あいつを殺せ!」

 

 ライダーの身体へ、再び命令が走った。

 

 遠坂の前へアーチャーが出る。

 

 双剣ではない。

 

 まだ弓を構えたまま、ライダーを射線へ捉えている。

 

 士郎はアトラスを見た。

 

「アトラス、守れるか」

 

「現在、全校の対象群を結界から隔離している」

 

 青い光が、校舎全体で明滅する。

 

「王宮外装の全機能を、隔離と生命維持へ分配した」

 

「それって」

 

「対外防御は、ほぼ成立しない」

 

 士郎の息が止まる。

 

 アトラス自身の周囲にも、分厚い壁はない。

 

 鎧の継ぎ目を覆う青い光さえ、いつもより薄い。

 

 学校全体を守るために。

 

 一人の王へ残すべき防御まで、すべて他者へ配っている。

 

「ライダー!」

 

 慎二が叫ぶ。

 

「早くしろ!」

 

 ライダーが鎖を持ち上げる。

 

 アーチャーの弓が引き絞られる。

 

 遠坂が宝石を指に挟む。

 

 士郎も、アトラスの前へ出た。

 

「士郎」

 

「分かってる」

 

 遠坂の声へ答える。

 

 守ることはできた。

 

 けれど。

 

 まだ何も終わっていない。

 

「結界は壊せないのか」

 

 士郎が訊く。

 

 アトラスは学校全体へ視線を巡らせた。

 

 血色の瞳に、校舎を走る無数の経路が映っている。

 

「防護は成立した」

 

 赤い光は、なお空を覆っている。

 

「結界の破壊は、命令に含まれぬ」

 




お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日7時頃に更新予定です。

後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。
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