The Reaching Shore――届かせるもの―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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第12話 剣の形をした死体
土蔵の戸を開けると、アーチャーはもう中にいた。
赤い外套を壁へ預け、腕を組んでいる。
明かりは、天井から下がった裸電球だけだった。
昼間から続いていた騒ぎが嘘のように、土蔵の中は静かだ。
「遅いな」
「作戦の話が長引いたんだよ」
「言い訳は聞いていない」
士郎は戸を閉めた。
夜の冷気が遮られる。
それでも土蔵の中は冷えていた。
「それで、剣を持ってこいって言ったけど」
「持ってきてはいないな」
「持ち歩けるものじゃないからな」
「なら作れ」
アーチャーは壁から背を離した。
昼間、慎二の影を防いだ剣。
あれをもう一度作れということだろう。
士郎は右手を前へ出した。
呼吸を整える。
夜ごと繰り返してきた工程を、頭の中でなぞる。
外形を定める。
刃の長さ。
峰の厚み。
柄へ続く芯。
次に材質を思い浮かべる。
硬いだけでは駄目だ。
刃としての粘りがいる。
衝撃を受けた時、力が一点へ集まらないように、中の構造を通す。
以前は、輪郭しかなかった。
今は違う。
少なくとも、違うはずだ。
「投影、開始」
手の中へ重さが落ちた。
剣が現れる。
飾りのない片手剣。
昼間、遠坂を守るために使ったものと同じ形だ。
表面は鈍く光っている。
少し歪んではいるが、刃も通っていた。
「できたぞ」
「見れば分かる」
アーチャーが近づく。
剣を覗き込むようなことはしなかった。
手の中に、白い剣を現す。
「構えろ」
「待て。何をする気だ」
「剣が使えるか確かめる。ほかに何がある」
士郎は剣を両手で握った。
腰を落とす。
アーチャーが白い剣を持ち上げた。
本気で振るつもりには見えない。
ただ、確かめるように刃を合わせる。
金属音が鳴った。
次の瞬間、士郎の剣が砕けた。
「な――」
破片が土蔵の床へ散る。
昼間の影の刃より、ずっと軽い一撃だった。
アーチャーは力を入れていない。
それなのに、剣は根元から折れている。
「もう一度だ」
「今のは、まだ構えが――」
「構えが悪ければ、剣の根元から消えるのか?」
士郎は言葉に詰まった。
アーチャーが白い剣を消す。
「作れ」
右手を伸ばす。
もう一度、同じ形を思い浮かべた。
「投影、開始」
剣が現れる。
さっきよりも、刃の厚みを増した。
芯も太くした。
壊れた箇所を補うように、内部へ力を通す。
アーチャーは剣を一瞥した。
「違う」
「まだ何もしてないだろ」
「折れたから厚くした。砕けたから芯を増やした。それは修理ですらない」
「なら、何が足りないんだ」
「おまえは何を作った?」
「剣だ」
「剣とは何だ」
「何って……斬るための武器だろ」
「では、斬れ」
アーチャーが手を差し出した。
何も持っていない。
「何をだよ」
「おまえが斬るべきものをだ」
「そんなもの、今ここには――」
「なら、その剣は何のためにある」
士郎は答えられなかった。
アーチャーが、士郎の手から剣を取る。
刃の側面を指で弾いた。
乾いた音が響く。
「材質を追った」
剣を裏返す。
「構造も読んだ」
柄へ指を滑らせる。
「それで何だ」
「何って――」
「誰が作った」
アーチャーが問う。
「何のために作った。誰に持たせるつもりだった。何を斬らせるために、この形を選んだ」
士郎は剣を見る。
白と黒の双剣に惹かれて、その形を追った。
何度も思い出し、夜ごと作り直した。
けれど、その問いには答えられない。
「あの剣を見て、俺も作りたいと思ったんだ」
「それは理由ではない。衝動だ」
「何が違う」
「なぜ惹かれたのかも知らず、形だけを追った。それで剣を理解したつもりか」
「そんなこと、いちいち考えてない」
「だから中身がない」
アーチャーは剣を士郎へ返した。
「誰の手で使われた」
「俺が作ったばかりだ」
「だから何もない」
剣の切っ先を指す。
「この剣は、何も斬っていない」
刃の腹を指す。
「何も受けていない」
柄を指す。
「誰にも握られていない」
「俺が握ってる」
「持っているだけだ」
アーチャーは冷たく言った。
「おまえは剣の形を知っている。鉄の硬さを想像できる。内部へ芯を通すことも覚えた」
そこで一度、言葉を切る。
「だが、それだけだ」
士郎の手にある剣を見下ろした。
「それは剣の形をした死体だ」
その言葉と同時に、剣へ罅が走った。
士郎が力を込めたわけではない。
何かにぶつけたわけでもない。
刃の中央から細い線が広がり、剣全体が光の粒へ崩れていく。
手の中から重さが消えた。
「死体って……」
「形だけを整えたものに、ほかの呼び方があるか?」
「……昼間は使えた」
「一撃を遮っただけだ」
「遠坂だって守れた」
「それは事実だ」
アーチャーは否定しなかった。
「なら、無意味じゃない」
「ああ。無意味ではない」
予想していなかった返答だった。
アーチャーは土蔵の中央を歩き、士郎から距離を取る。
「盾代わりに一度砕くなら、それでも役には立つ。使い捨ての鉄塊としてならな」
「剣としては違うって言いたいのか」
「ようやく理解したか」
苛立つ。
けれど、反論はできなかった。
アーチャーの白と黒の双剣は、慎二の影を弾いても消えなかった。
ライダーの鎖を受け、払い、押し返していた。
形や材質の差だけではない。
あの二本は、振るわれることを知っているように見えた。
「おまえの剣は、どうしてあんな風に動くんだ」
「質問が雑だな」
「二本で別々に動いてるのに、片方だけには見えなかった。最初から、二本で一つみたいだった」
アーチャーの眉が、わずかに動いた。
白と黒の双剣が、両手へ現れる。
「見ろ」
「見てる」
「形ではない」
二本の剣が交差する。
刃同士が触れる直前で止まった。
「この二本が、なぜ対で作られた」
「……そんなの、知らない」
「一方が失われた時、もう一方はどう動く」
「……っ、わからない」
「誰の手に渡り、何度振るわれた」
「だから、知らないって――」
「なら読め」
アーチャーの声が落ちる。
「知らないものを、知っている形だけで埋めるな」
士郎は双剣を見た。
白い剣と黒い剣。
輪郭はもう覚えている。
刃の長さも、厚みも、おおよそ分かる。
けれど、それだけではない。
二本が向かい合う理由。
対になっている意味。
誰かが、この形を選んだ。
誰かが、二本を握った。
何かを斬り、何かを守った。
「剣に、そんなものまで残ってるのか」
「残っているかどうかではない」
アーチャーは二本を消した。
「おまえが、そこまで読み取れるかだ」
「見ただけで分かるものなのか」
「おまえは、見たものを写しているつもりか?」
「違うのか?」
「今のおまえは、見えた外形へ中身らしいものを詰めているだけだ」
アーチャーが土蔵の床を指す。
「もう一度作れ」
「同じ剣をか?」
「同じだと思うなら、同じものを作ればいい」
士郎は目を閉じた。
右手を前へ出す。
剣の形を考える。
けれど、途中で止めた。
形から始めるから、形だけになる。
なら、先に考えるべきものは何だ。
何のために作られた剣なのか。
今、自分は何のために剣を作る。
敵を倒すため。
違う。
それだけでは、昼間と同じだ。
遠坂の前に立った。
影の刃を止めた。
慎二を斬るためではなかった。
遠坂が本を壊すまで、届かせないためだった。
守るため。
何を。
遠坂を。
何から。
慎二の影から。
いつまで。
遠坂が本を壊すまで。
答えを言葉へ置き換える。
あの時の役割を、剣の中へ通す。
ただ硬いものではない。
攻撃を受け止め、後ろへ通さないための剣。
刃より先に、役割を決める。
「投影、開始」
手の中に剣が現れた。
さっきと同じ形だった。
けれど、重さが違う。
重くなったわけではない。
手の中で、収まる場所を知っている。
士郎は剣を構えた。
アーチャーが近づく。
白い剣を出し、士郎の剣へ触れさせた。
金属音が鳴る。
剣は砕けなかった。
「……止まった」
「まだだ」
アーチャーが、ほんの少し力を加えた。
罅が走る。
士郎は歯を食いしばった。
崩れる。
そう思った瞬間、剣は形を保った。
一秒。
二秒。
次の瞬間、刃が光へ変わる。
手元から順に崩れていく。
おぼつかない想定は、幻想に還った。
「駄目か」
「一度息をした程度で、死体が生き返ったとでも思ったか?」
「それでも、さっきよりは保った」
「ああ」
アーチャーは認めた。
「今度のものには、少なくとも用途があった」
士郎は空になった右手を見る。
何のための剣か。
そんなことを、今まで考えたことはなかった。
剣は剣だと思っていた。
斬る形をしていれば、剣になると思っていた。
「剣だけじゃない」
アーチャーが言った。
「何がだ」
「目的を持たない形は、どれほど精密でも中身を持たん」
アーチャーが土蔵の戸へ目を向ける。
屋敷の方角。
そこにはアトラスがいる。
「おまえのサーヴァントは、命令へ条件を求めるそうだな」
「聞いてたのか」
「何度も実演されれば嫌でも分かる」
第一画では、自分しか守れなかった。
第二画では、学校にいる全員を守った。
同じ令呪でも、言葉が違えば結果は変わる。
「誰を守るか」
アーチャーが言う。
「どこまで守るか。何から守るか。何をもって終わりとするか」
「アトラスと同じことを言うんだな」
「当然だ。あれは門を作っている」
「門?」
「通すものと、通さないものを分ける機構だ」
アーチャーは士郎へ向き直る。
「門を作るなら、通すものを選ぶことになる」
「アトラスは、勝手には選ばない」
「だからおまえが決める」
士郎は黙った。
「全てを通す門は、門ではない」
「誰かを外に置くために戦ってるんじゃない」
言葉が先に出た。
「学校でも、誰も死なせたくなかった。だから全員を守れって言った」
「学校には境界があった」
アーチャーは即座に返した。
「場所は学校。対象はそこにいる人間。脅威は結界。終わりは、死者を出さずに結界が止まるまで」
自分が言葉にした命令を、アーチャーが並べる。
「おまえは、あの時だけは選べていた」
「誰も外に置いてない」
「学校の外にいた人間は対象ではない」
「それは、学校の結界から守る命令だったからだ」
「そうだ」
アーチャーは頷いた。
「目的があったから、境界を決められた」
「なら何が悪い」
「おまえは、いつも同じように言えるのか?」
士郎は答えられなかった。
目の前で誰かが倒れそうなら助ける。
危険な目に遭っているなら放っておけない。
それは決まっている。
けれど。
誰を。
何から。
いつまで。
全てを同時に問われれば、言葉が止まる。
「誰でも助けたい、か」
アーチャーの声に、嘲りはなかった。
「悪いか」
「悪いとは言っていない」
「なら――」
「形だけなら、誰にでも言える」
胸の奥へ、冷たいものが落ちた。
「誰も見捨てない。誰でも守る。全てを救う」
アーチャーは淡々と続ける。
「それで、何をする」
「助けるに決まってる」
「誰を先に」
「先とか、そんなこと――」
「同時に二人へ手が届かなければ?」
士郎は口を閉じた。
「一方を通せば、もう一方が通れない門なら?」
「そんな状況にしない方法を……考える」
「考えている間に、門へ敵が来たら?」
「……止める、しかないだろ」
「誰を通す」
答えられない。
アーチャーは追い詰めるように声を強めなかった。
ただ、問いを置いている。
「誰かを外に置けと言っているのではない」
「じゃあ、何が言いたいんだ」
「誰も外に置かないと言うなら、まず何を守るのか決めろ」
「同じことだろ」
「違う」
アーチャーが言い切る。
「何も決めずに全てを守ると言うことと、守るものを一つずつ言葉にした上で、なお全てへ手を伸ばすことは違う」
士郎はアーチャーを見る。
「おまえの剣と同じだ」
「俺の剣?」
「形だけ整えて、剣だと言い張る」
床へ散ったはずの破片は、もう残っていない。
「何を斬り、何を守るかを決めず、正しい形だけを作る」
「俺は――」
言い返そうとして、止まった。
何かが引っかかった。
剣の話だけではない。
もっと前から、自分が知っている何か。
けれど、その形を掴む前に、アーチャーが戸へ向かった。
「待てよ。まだ答えが出てない」
「今夜一晩で出せる答えなら、おまえはとっくに持っている」
「なら、何のためにこんな話をしたんだ」
「明日、おまえは門へ行く」
柳洞寺の山門。
そこには、あの剣士がいる。
アトラスは門を越えると言った。
自分たちは、その先へ進む。
「戦いになれば、考える時間はない」
アーチャーが戸へ手を掛ける。
「だから今のうちに覚えておけ」
「俺が、誰を通すか決めなきゃならない。でも、それは――」
土蔵の戸が開く。
冷たい夜気が流れ込んだ。
「なら、通すべき者を言葉にできるようになれ」
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後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
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