The Reaching Shore――届かせるもの―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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「アーチャー!」
叫びに応える声はなかった。
アーチャーは池際へ片手をついたまま、血を吐いている。
葛木は止まらない。
倒れた相手へ、もう一歩踏み込む。
さっきと同じ構えではない。
拳を引かない。
肩も開かない。
身体の中心から腕だけが伸びる。
次の一撃がどこから来るのか、士郎には分からなかった。
「やめろ!」
走る。
だが、足が重い。
何本も剣を投影した反動が、今になって全身へ戻ってくる。
葛木の方が速い。
士郎が間へ入るより先に、拳がアーチャーへ届く。
そう思った瞬間。
葛木の足元から、水が立ち上がった。
池から伸びた水流が、足首へ絡む。
次に膝。
腰。
利き腕。
肩。
一本の縄ではない。
身体の連動を、順番に奪っていく。
葛木の拳が止まった。
あと一歩。
アーチャーへ届く直前で。
水が葛木を叩き飛ばしたわけではない。
身体を包み、その場へ留めている。
足元が沈む。
空気まで重くなったように、葛木の肩が下がった。
アトラスの槍が、葛木へ向いている。
池の水。
士郎たちの足場。
残った竜牙兵。
黒い呪い。
その全てを押さえたまま、葛木の動きだけを止めていた。
アーチャーとの間へ、水の壁が立つ。
葛木の拳は届かない。
けれど、圧し潰してはいない。
葛木は立っている。
息もしている。
水圧の中で、こちらを見ていた。
アトラスの視線が士郎へ向く。
問いかける言葉はなかった。
それでも、何を求められているのかは分かった。
葛木は敵だ。
アーチャーを殺しかけた。
キャスターの側にいる。
このまま拘束を破れば、また誰かを殴る。
それでも。
学校で何度も見た顔だった。
感情を見せず、必要なことだけを話す教師。
なぜここにいるのか。
なぜキャスターを守っているのか。
何一つ分からない。
分からないまま、殺せとは言えなかった。
「殺すな。止めるだけでいい」
左手の令呪は光らない。
ただの言葉。
それでも、命令として届くように言った。
「承知した」
アトラスは短く答えた。
葛木を包む水が変わる。
胸元の圧力がわずかに退いた。
呼吸を残す。
その代わり、四肢と体幹へ水が深く絡みつく。
骨を折るためではない。
動きを繋げさせないための拘束。
葛木が肩を動かそうとする。
水が肘を止める。
重心をずらす。
足元の水が先に回る。
それでも、葛木は諦めなかった。
ほんの少しずつ。
水圧の中で、足の置き方を変えている。
どこまで動けるか。
どこから先が止められるか。
拘束の形を測っている。
「アーチャー、大丈夫か!」
士郎は水壁の内側へ回り込んだ。
アーチャーは片膝を立てようとして、また咳き込む。
赤いものが地面へ落ちた。
「騒ぐな」
声は出ている。
それだけで、無事とは言えない。
「どこをやられた」
「見れば分かるだろう。少なくとも、立って歩ける程度には残っている」
「そんな状態で――」
「士郎、前!」
遠坂の声に振り返る。
キャスターが葛木を見ていた。
さっきまで士郎へ向いていた短剣は、もう下がっている。
視線だけが、水圧に捕らえられた葛木へ向けられていた。
池の向こう。
祭壇の下に残っていた紫の光が、脈を打つ。
「あれ、まだ動くのか」
「アーチャーが壊せなかったからね」
遠坂は言いかけて、唇を噛んだ。
責める声ではなかった。
アーチャーがなぜ射撃を捨てたか、遠坂も分かっている。
士郎を守るためだった。
そのために残ったものが、今また動き始めている。
紫の光が、祭壇から葛木へ伸びた。
「来るわよ!」
中枢から流れ出した魔力が、三つに分かれる。
一つは葛木の足元。
一つは身体。
もう一つは、キャスターと葛木の間。
水圧が揺らいだ。
葛木の腕へ、別の力が入る。
士郎たちの足場にも亀裂が走った。
「陣地を維持する気じゃない」
遠坂が目を見開く。
「使い切るつもりだわ。全部、葛木を逃がすために」
キャスターは何も答えない。
葛木を見る。
それだけだった。
祭壇の光が強くなる。
空間が歪む。
葛木の背後へ、紫の輪郭が開きかけた。
「転移路……!」
遠坂が懐へ手を入れた。
取り出された宝石は、一つではない。
三つ。
今まで使っていたものとは違う。
小さい。
けれど、内側に詰まった魔力が、目で見ても分かる。
ずっと取っておいたものだ。
「遠坂、それ――」
「今使わないで、いつ使うのよ」
遠坂が一つ目を投げる。
「Erste!」
宝石が紫の光へ飛び込んだ。
爆発はしない。
空間そのものが歪んだ。
開きかけていた出口が揺れる。
輪郭が二重になる。
葛木の背後にあったはずの空間が、右へずれ、次には下へ沈む。
「壊したのか」
「いいえ。座標を狂わせただけ!」
あのまま使えば、身体の全てが同じ場所へ届く保証はない。
キャスターもそう判断したらしい。
転移路へ流していた魔力を止める。
代わりに、葛木の身体へ紫の光が集中した。
水圧の中で、葛木の肩が持ち上がる。
見た目は変わらない。
それでも、足元の水が震えた。
拘束を力で破ろうとしている。
「Zweite!」
二つ目の宝石が飛ぶ。
葛木本人には当たらない。
胸元から身体へ流れ込む、紫の光の根元。
そこへ突き刺さる。
光が弾けた。
葛木の腕がわずかに落ちる。
膝を支えていた力も弱まった。
アトラスの水が、もう一度四肢へ絡み直す。
「強化を剥いだのか」
「全部じゃないわ。あの男自身の技術までは消せない」
遠坂の声が鋭い。
「でも、さっきみたいな動きは続かない」
キャスターが手を上げる。
葛木の足元へ新しい足場が生まれた。
水圧の薄い場所。
葛木がそこへ重心を移そうとする。
同時に、キャスターの指先が士郎たちの位置を示した。
葛木の視線が、アーチャーへ向く。
二人が言葉を交わしたわけではない。
なのに、次の動きが繋がっている。
遠坂が最後の宝石を投げた。
「Dritte――schneide die geistige Verbindung ab!」
宝石はキャスターと葛木の間へ飛び込んだ。
目には見えないはずの線が、紫の火花を散らして裂ける。
キャスターの作った足場が消えた。
葛木の身体へ届きかけていた追加の強化も途切れる。
二人の動きに、初めて一拍のずれが生まれた。
キャスターが葛木を見る。
葛木もキャスターを見る。
今までは、見るより先に動けていた。
けれど、もう違う。
目で確かめる。
相手が何を選ぶのか。
そこから動かなければならない。
遠坂の手から、宝石がなくなった。
三つ。
全て使い切った。
「これで、逃がせない」
遠坂は荒い息のまま言う。
「強化も落とした。二人の連携も切った」
葛木の背後には、まだ歪んだ転移路が残っている。
完全には消えていない。
危険を承知なら、使えるのかもしれない。
少なくとも、葛木一人なら。
キャスターが片手を伸ばした。
退け。
声にしなくても、そう言っているように見えた。
葛木は転移路を見ない。
逃げ道へ背を向けた。
水圧の中で、身体の向きを変える。
キャスターの方へ。
「何を――」
士郎の声が漏れる。
葛木は逃げようとしていない。
拘束の外へ出ることさえ、目的ではない。
キャスターのもとへ戻ろうとしている。
キャスターへ向かう敵を止めるために。
自分の死を避けるのではなく。
彼女の側へ戻るために。
フードの奥で、キャスターの目が揺れた。
中枢の光が、水圧拘束の外側へ走る。
アトラスの水が弾けた。
完全に消えたわけではない。
けれど、一部が裂ける。
葛木は、その瞬間を待っていたかのように動いた。
肩を沈める。
肘を捻る。
水が腕を締め直すより先に、手首を内側へ滑らせる。
足首を返す。
膝へ絡んでいた水が、わずかに外れる。
折られていない関節。
壊されていない足。
殺さず止めるために残された余地へ、葛木は身体を通した。
士郎の胸が詰まる。
自分が残せと命じた隙間だった。
葛木はそこから逃げない。
キャスターのもとへ戻るために使う。
水の流れへ逆らうのではない。
流れの内側へ身体を滑らせる。
外へではなく、奥へ。
「止めろ、アトラス!」
士郎が叫ぶ。
アトラスは槍を振るう。
左右から水圧が寄る。
葛木の進路が狭まった。
後ろの転移路は閉じられる。
横へ逃げる足場も沈む。
前だけが残る。
キャスターへ向かう、一本の道。
葛木が選んだように見える。
けれど、その幅も角度も、アトラスが限定していた。
その先に、士郎とアーチャーがいる。
「来るぞ」
アーチャーが立ち上がった。
片手で脇腹を押さえている。
顔色が悪い。
息をするたび、胸が浅く上下する。
「無理だ、下がれ!」
「下がれば、あの女は残った陣地を組み直す」
「でも、その傷じゃ――」
「ならば、おまえが一拍を作れ」
アーチャーはそれだけ言った。
白と黒の双剣が手に現れる。
射るのではない。
近くで止めるつもりだ。
だが、葛木の拳は一度アーチャーを打ち抜いている。
同じ距離へ入れば、また届く。
それより先に。
誰かが、葛木の一撃を受けなければならない。
葛木が進む。
遠坂が強化を削った。
キャスターとの連携も切った。
アトラスが道を狭めた。
左右は閉じている。
退く道もない。
あの拳は、ここへ来る。
アーチャーの胸へ届く、一本の軌道。
士郎にも見える。
次に何が来るのか。
何を受ければいいのか。
怖い。
あの拳は、サーヴァントを地面へ落とした。
竜牙兵の剣とは違う。
投影した剣は、今まで一撃ごとに砕けた。
それでも。
倒す必要はない。
葛木の右腕。
アーチャーの胸へ届く軌道。
一撃だけ。
それを受けて、後ろへ渡す。
士郎は前へ出た。
「投影、開始」
手の中へ剣が落ちる。
形を追いすぎない。
長さ。
芯。
受ける角度。
葛木の拳が来る。
肩からではない。
肘からでもない。
身体の中心から、蛇のように軌道を変えて伸びる。
剣を差し込む。
衝撃。
「――っ!」
腕が潰れたと思った。
肩まで突き抜ける。
骨が鳴る。
足元が滑る。
身体ごと後ろへ押された。
剣が軋む。
刃へ亀裂が走る。
白い線が、柄の近くまで伸びた。
砕ける。
そう思った。
けれど。
剣は、まだ手の中にあった。
亀裂は入っている。
曲がっている。
それでも、形を保っている。
強い剣を作れたわけではない。
葛木の強化は遠坂が剥いだ。
キャスターからの補助もない。
進路と角度はアトラスが絞った。
受ける一撃は、一本しかない。
誰を守るのか。
どこへ渡すのか。
全部、決まっている。
だから、剣はまだ役目を失っていない。
葛木の拳を止めたわけではない。
士郎の身体ごと、まだ押し込んでくる。
それでも、軌道は固定された。
葛木の姿勢が一瞬だけ止まる。
その一拍へ。
アーチャーが入った。
白い剣が葛木のもう一方の腕を払う。
黒い剣が身体の内側へ滑り込む。
交差する。
胸元を深く斬った。
葛木の身体が揺れた。
拳から力が抜ける。
士郎の剣に押しつけられていた腕が下がる。
アーチャーもその場で膝をついた。
傷口を押さえ、荒く息をする。
葛木は倒れない。
胸から血が流れている。
致命傷だと、士郎にも分かった。
「葛木……」
殺すな。
止めるだけでいい。
そう命じた。
アトラスは守った。
葛木を圧し潰さなかった。
息を残した。
動きを止めるための拘束だけを選んだ。
遠坂も、宝石を葛木へ直接撃ち込まなかった。
逃げ道と強化と連携を剥がした。
士郎も、一撃を受けただけだ。
それでも、葛木は止まらなかった。
自分から拘束を抜けた。
キャスターのもとへ戻ろうとした。
だから、アーチャーは斬った。
ここで止めるために。
士郎はアーチャーを責められなかった。
葛木が何を選んだか、見ていた。
殺さないと言えば、生きて止まってくれるわけではない。
葛木はゆっくり顔を上げた。
士郎でも。
アーチャーでも。
アトラスでもない。
キャスターを見た。
キャスターには、まだ逃げる道があるように見えた。
内陣は崩れかけている。
中枢の光も弱い。
それでも、自分一人なら。
空へ。
堂宇の影へ。
残った転移路の先へ。
逃げられるはずだった。
キャスターは逃げなかった。
紫の光が揺れる。
姿が消える。
次に現れた時には、葛木の側にいた。
片膝をつき、倒れかけた身体を支える。
「宗一郎様」
キャスターが呼ぶ。
初めて聞く、低い声だった。
葛木は彼女を見る。
「そうか」
それだけ答えた。
何が、そうなのか。
士郎には分からない。
逃げなかった理由も。
戻ってきた理由も。
祭壇の下で、最後の光が膨らんだ。
「まずい!」
遠坂が振り返る。
中枢の亀裂から、紫と黒の魔力が漏れ始めている。
池の水が逆巻く。
剥がしきれなかった呪いが水面へ広がる。
倒れた竜牙兵の残骸が、もう一度動こうとする。
堂宇の壁へ亀裂が走った。
地面の下で、何かが弾ける。
「中枢が持たない!」
キャスターが使い切ったのだ。
葛木を逃がすため。
強化するため。
自分との連携を戻すため。
残っていた全てを注ぎ込み、陣地そのものを燃料にした。
もう、制御する力がない。
このままでは、呪いも水も術式も、境内全体へ広がる。
眠っている僧侶たちへ届く。
退路も崩れる。
「離れろ!」
アトラスの声が響いた。
青い足場が、士郎と遠坂とアーチャーの下へ集まる。
池の水が外へ流れようとする。
アトラスが押し戻す。
呪いが堂宇へ伸びる。
青い水壁が塞ぐ。
地面の亀裂が走る。
王宮外装がその上へ重なった。
アトラスは二人だけを見ていない。
崩れかけた陣地全体を押さえている。
キャスターの手には、まだ紫の光が灯っていた。
最後の一度。
それをこちらへ向けることもできたはずだ。
自分だけの道を開くことも。
キャスターは攻撃しなかった。
逃げなかった。
葛木の身体へ手を添える。
紫の膜が、二人を包んだ。
外へ向かう力はない。
閉じている。
二人の場所だけを、周囲から切り離す防護。
葛木へ、これ以上何も届かないように。
崩壊する自分の陣地からさえ、守るために。
アトラスが槍を池へ向ける。
青い光が、水面の下へ沈んだ。
水が集まる。
池。
中枢。
呪い。
崩れかけた術式。
全てが、一つの場所へ引かれていく。
その中心に、キャスターと葛木がいる。
アトラスは二人を包む膜を壊さなかった。
槍で貫かない。
水圧で潰さない。
外側から、水を重ねる。
防護ごと。
崩壊する陣地ごと。
境内の下へ。
「何をするんだ」
士郎の声は、自分でも聞こえないほど小さかった。
アトラスは答えない。
足場が静かに下がっていく。
キャスターと葛木のいる場所だけが、池の中へ沈む。
激しい流れではない。
水面が持ち上がり、ゆっくりと二人を覆う。
紫の防護は消えない。
水はその外側にある。
葛木の身体へ直接触れてはいない。
彼を殺すための水ではない。
中枢の亀裂が、水底へ引かれる。
黒い呪いも同じ場所へ沈んでいく。
外へ漏れない。
堂宇へ届かない。
眠っている人間へ届かない。
キャスターが葛木の肩を抱く。
葛木は彼女を見ている。
二人の輪郭が、水の向こうで遠ざかる。
紫の光が、少しずつ弱くなる。
キャスターの身体が薄れる。
霊体の光が、防護の内側へ散った。
葛木の目が閉じる。
水に沈んだからではない。
胸の傷から、もう血が流れていない。
呼吸も止まっていた。
二人は同じ場所にいる。
引き離されないまま。
紫の光が、さらに深く沈む。
中枢も。
呪いも。
残った術式も。
全てが水底へ消えていった。
水面が閉じる。
波紋が一つ。
それも消える。
さっきまで池を覆っていた紫の光はない。
黒い呪いも見えない。
竜牙兵の残骸は動かない。
境内は、急に静かになった。
水の下に何があるのか。
墓なのか。
牢なのか。
何かを残すための場所なのか。
士郎には分からない。
アトラスも説明しない。
見えるのは、二人が同じ場所へ沈んだこと。
水面が閉じたこと。
もう、何も外へ漏れてこないこと。
それだけだった。
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しばらくは毎日7時頃に更新予定です。
後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。