The Reaching Shore――届かせるもの―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
詳しい注意事項・AI使用表記・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
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森へ入ってから、同じ木を三度見た。
幹の途中で二つに分かれ、片方だけが不自然に白く枯れている。
一度目は道の右側にあった。
二度目は左側。
三度目には、正面に立っていた。
「またここか」
士郎が足を止める。
城へ向かって歩いているはずだった。
方角は合っている。
少なくとも、森へ入った時から真っ直ぐ進んできた。
なのに、道は同じ場所へ戻っている。
「方角なんて、もう意味ないわよ」
遠坂が周囲を見回した。
冬の木々の間に、薄い霧が漂っている。
白く見えるのは水蒸気ではない。
肌へ触れるたび、微かな魔力が神経を撫で、前後左右の感覚を狂わせていく。
「木が動いてるのか?」
「正確には、わたしたちの認識と移動先をずらしてる。道を歩いているつもりで、結界が選んだ場所へ運ばれてるのよ」
「城はどっちだ」
「さっきから変わってる」
遠坂は苛立たしげに答えた。
「結界の中心はある。でも、そこへ向かう道が一定じゃない。侵入者を迷わせるだけじゃなくて、こっちがどこにいるかも向こうへ伝えてるわ」
つまり。
イリヤはもう、士郎たちが森へ入ったことを知っている。
士郎一人ではないことも。
それでも攻撃は来なかった。
バーサーカーが森を薙ぎ払いながら現れることもない。
士郎は左手を見る。
令呪は一画。
今日は使わない。
昨日、全員で決めた。
城内へ入るのは士郎一人。
決めた時刻までに戻らなければ、遠坂たちが介入する。
アトラスとの契約が遮られるか、極端に細くなった場合も同じ。
自由な退去を妨げられた時。
戦闘が始まった時。
第一目的は士郎の回収。
イリヤを倒すための襲撃ではない。
「もう一度、確認するわよ」
遠坂が言った。
「城へ入るのは士郎一人。わたしたちは森で待機。約束の時間を過ぎる、契約線に異常が出る、退路を閉じられる、戦闘が始まる。このどれかで入る」
「ああ」
「連絡できるなら、先に連絡。できないなら、こちらで判断する」
「分かってる」
「本当に?」
「昨日から何度も聞いた」
「何度聞いても一人で敵の城へ行くって答える人に、確認しすぎなんてないわよ」
返す言葉がない。
遠坂はまだ納得していない。
けれど、止めても士郎が行くことも分かっている。
だから、死なないための条件を詰めた。
士郎がアトラスへ曖昧な願いを投げていた頃とは違う。
誰を守るのか。
どこまでを守るのか。
何が脅威なのか。
何をもって終わりとするのか。
いつ介入するのか。
命令ではない。
それでも、アトラスから教えられた形を使っている。
「イリヤと話してくる」
士郎は三人へ告げた。
大丈夫だとは言わない。
無事に戻るとも言えない。
ただ、何のために行くのかだけは、隠さなかった。
アトラスが血色の瞳を向ける。
「城内における汝の安全を、
「分かってる」
「結界の内側では、契約線を通じた観測も不確実になる」
「それも聞いた」
「帰還できぬと判断した時点で呼べ。生命の危機まで待つな」
「ああ」
「汝が一人で入ることと、一人で解決することは同義ではない」
昨日と同じ指摘だった。
けれど、今日は違う。
士郎は行き先も、目的も、助けを求める条件も伝えている。
「安全にしてもらうために行くんじゃない。イリヤの答えを聞くために行く」
「記録した」
「帰れなくなったら、助けを借りる」
アトラスは短く士郎を見る。
「承知した」
それで、話は終わった。
遠坂が結界へ宝石を投げる。
光が弾け、霧の中へ細い亀裂が走った。
アーチャーの矢が、その奥を射抜く。
ずれていた木々の位置が一瞬だけ揃う。
アトラスが槍の石突きを地面へ下ろした。
見えない水面を押し分けるように、森の中へ一本の道が開く。
遠く。
木々の切れ間に、白い城壁が見えた。
「長くは保たないわ」
遠坂が言う。
「行きなさい、士郎」
「ああ」
士郎は一人で道を進んだ。
背後を振り返らない。
森の霧が閉じていく。
遠坂たちの姿が木々の向こうへ消える。
契約線だけが、細くアトラスへ繋がっていた。
城門の前には、イリヤが立っていた。
白い髪。
赤い瞳。
昨日と同じ少女が、今日は自分の城を背にして待っている。
その後ろにはバーサーカーがいた。
巨体が門の半分を塞いでいる。
斧剣を持ってはいない。
それでも、士郎を一撃で殺せることに変わりはない。
「ちゃんと来たのね、シロウ」
イリヤは少し胸を張って言った。
「約束したからな」
「リンたちも来てるわね」
士郎は息を止めかけた。
「分かってたのか」
「わたしの森だもの」
イリヤは当然のように答える。
「どこに誰が入ったかくらい分かるわ」
「約束を破ったと思うか」
「どうして?」
イリヤは首を傾げた。
「お城へ来たのはシロウ一人でしょう?」
森で待っている者たちを許したわけではない。
ただ、今は問題にしない。
イリヤにとって大事なのは、士郎が一人で自分の前へ来たことなのだ。
「入って」
イリヤが城門へ向き直る。
士郎は歩き出した。
バーサーカーの横を通る。
巨大な影が動いた。
攻撃ではない。
けれど、バーサーカーの目は士郎を追っている。
イリヤとの間へ割り込める位置へ足を置く。
片手が、背負った斧剣の柄へ触れた。
命令されていない。
それでも、自然にイリヤを守っている。
最初の夜を思い出す。
地面に倒れた士郎へ、バーサーカーは最後の一撃を加えられた。
止まったのは、バーサーカーではない。
イリヤの命令だった。
「どうしたの?」
先を歩いていたイリヤが振り返る。
「いや」
士郎はバーサーカーから目を離した。
今日は戦いに来たのではない。
城の中は静かだった。
長い廊下。
高い天井。
石造りの壁。
古い絵と、磨き上げられた調度品。
床は冷たく、歩くたびに靴音が遠くまで響いた。
広い。
整えられている。
それなのに、人の気配が少なすぎた。
誰かが掃除をし、食事を作り、火を入れているはずなのに、その姿が見えない。
城そのものが、音を飲み込んでいるようだった。
「ここが玄関の広間」
イリヤが楽しそうに案内する。
「あっちは大きな食堂。上には書庫もあるわ。古い本ばっかりだけど」
「読めるのか」
「シロウよりはね」
「俺が読めないって決めつけてるだろ」
「じゃあ、ドイツ語の本を持ってきてあげる」
「それは読めない……」
「ほら」
イリヤが笑う。
自分の家を見せるのが嬉しいらしい。
けれど士郎には、この城が人を迎えるための場所には見えなかった。
壁が厚い。
窓が小さい。
廊下は長く、外へ出る道が分かりにくい。
住む者を守る城。
同時に、住む者を外へ出さない城。
『わたし、本当はお城にいないといけないの』
昨日の言葉が蘇る。
住んでいるのではない。
いなければならない。
「こっちよ」
イリヤに促され、士郎は日当たりのいい部屋へ入った。
大きな窓の前に、白い布をかけたテーブルがある。
その上には、見慣れない台が置かれていた。
三段に重なった皿。
一番下に小さなサンドイッチ。
上には丸いパン菓子と焼き菓子。
一番高い皿には、小さなケーキが並んでいる。
銀のポット。
揃えられたカップ。
ジャムと白いクリーム。
ナプキンまで、きれいに畳まれていた。
「……すごいな」
「そう?」
「これ、全部食べるのか」
「シロウが食べてもいいのよ」
「そういう意味じゃなくて」
これをイリヤが一人で用意したんだろうか。
昨日の昼に約束して、今日までの間に。
そう考えると、手際が良すぎる。
誰か別の人間がいるのかもしれない。
けれど、城の中には相変わらず人影がなかった。
「座って」
イリヤが向かいの席を示す。
士郎は椅子へ腰を下ろした。
紅茶が注がれる。
香りが広がる。
「シロウは紅茶を淹れられる?」
「一応は。でも、遠坂の方が詳しい」
「リンの話はしなくていいの」
「聞いたのはイリヤだろ」
「シロウのことを聞いたのよ」
イリヤは小さなサンドイッチを取った。
「朝は何を食べるの?」
「日による。米の方が多いな」
「パンは?」
「食べる」
「甘いものは?」
「朝からはあまり」
「寒い部屋は平気?」
「なんだ、それ」
「答えて」
「暖かい方がいいに決まってるだろ」
「本は読む?」
「読むけど」
「柔らかいベッドと、硬いベッドなら?」
士郎は手を止めた。
「それ、今日の話じゃないだろ」
イリヤが笑う。
「どうして?」
「朝飯とか、部屋とか、寝る場所とか。今日だけ来た客に聞くことじゃない」
「そうかしら」
「そうだ」
「なら、見せてあげる」
イリヤは席を立った。
「何を」
「シロウのお部屋」
案内された部屋を見て、士郎は言葉を失った。
寝台。
机。
椅子。
暖炉。
洗面用具。
収納。
新しい衣類。
どれも、士郎の体格に合いそうな大きさだった。
数日どころではない。
何週間でも暮らせる。
昨日の招待を受けてから用意したとは思えない。
「これを、いつから用意してたんだ」
「いつでもいいでしょう?」
「昨日じゃないよな」
「シロウが来るかもしれないと思った時から」
つまり、前から。
士郎をこの城へ連れてくることを、ずっと考えていた。
「イリヤ」
「気に入らない?」
「そうじゃない」
「なら、使って」
「今日だけだぞ」
イリヤの顔から、笑みが少し消えた。
「今日はもう帰らなくていいの」
士郎は聞き返した。
「何だって?」
「ここにいればいいわ」
イリヤは部屋の中央へ立つ。
「リンたちは待たせておけばいいの。あの子もいらない。シロウはここにいれば、もう戦わなくて済むわ」
「イリヤ」
「バーサーカーが守ってくれる。誰が来ても負けないもの。聖杯戦争が終わるまで、ここにいれば安全よ」
歓待ではなかった。
一日だけ客として招いたのではない。
最初から、士郎をここへ残すつもりだった。
「俺は帰る」
「どうして?」
「遠坂たちが待ってる」
「待たせればいいって言ったでしょう?」
「そういうわけにいかない」
士郎は扉へ向かった。
取っ手を回す。
扉は開いた。
廊下が見える。
一歩踏み出す。
次の瞬間、士郎は部屋の中に立っていた。
「――何だ?」
もう一度、扉を開ける。
廊下へ出る。
足を下ろす。
部屋へ戻る。
距離を進んだ感覚だけがある。
けれど、位置は変わらない。
士郎は窓へ向かった。
鍵を外す。
開かない。
窓の縁へ指をかけ、力を込める。
けれど、錠が動かないのではなかった。
窓そのものが、壁の一部として固定されている。
枠と石壁の境目へ魔力を通して調べる。
内部を走る光が、窓から壁、床、天井へと繋がっていた。
この一枚だけを壊せば済む結界ではない。
城全体が、一つの檻になっている。
「無理よ」
イリヤが言った。
「シロウじゃ壊せない」
「最初から閉じ込めるつもりだったのか」
「守るつもりだったの」
「同じだろ」
「違うわ」
イリヤの声が強くなる。
「あの子じゃ、お兄ちゃんを守りきれない」
あの子。
昨日までは、あのランサーだった。
今は、一人の少女を指す言葉になっている。
「この前だって、よそのセイバーに助けられなきゃ死んでたくせに」
「あの時は――」
「一昨日も怪我してた」
「アトラスのせいじゃない」
「リンはお兄ちゃんを戦わせる。あの子は止めない。お兄ちゃんは勝手に前へ出て、また傷つく」
イリヤは唇を噛む。
「わたしのバーサーカーなら守れる」
その言葉に、迷いはなかった。
自分のサーヴァントへの絶対的な信頼。
誰にも負けない。
何があっても自分を守る。
だから、士郎も守れる。
「城には残れない」
「どうして?」
「遠坂を待たせたままにはできない。アトラスを捨てることもできない」
「昨日は、わたしだから来たって言ったのに」
「それは嘘じゃない」
「なら、ここにいて」
「イリヤだから会いに来た。イリヤと話したかった。それも本当だ」
士郎はイリヤを見る。
「でも、イリヤを選ぶために遠坂やアトラスを捨てることはできない」
イリヤの赤い瞳が揺れた。
「誰でも同じだって言うの?」
「言ってない」
「同じよ」
「違う」
「違わない!」
声が部屋へ響く。
士郎は一歩も退かなかった。
「閉じ込めなくても話はできる。遠坂たちと戦う必要もない。イリヤがどうして城にいなきゃいけないのか、教えてくれ」
「分かったところで、シロウには何もできないわ」
「それを決めるのはイリヤじゃない」
「何もできない!」
イリヤは叫んだ。
それ以上、何かを言いかける。
けれど、飲み込んだ。
「……なら、ここにいればいいの」
声が小さくなる。
「何も知らなくても、安全でいられるでしょう?」
「イリヤ自身はどうなんだ」
「わたし?」
「イリヤは、ここにいて安全なのか」
イリヤは答えなかった。
代わりに、顔を逸らす。
「リンたちは今頃どうしてるかしら」
士郎の胸がざわついた。
「遠坂たちに手を出すな」
「シロウが帰ろうとするから悪いのよ」
「イリヤ」
「気になるなら、わたしが掃除してきてあげるね」
笑っているのに、何を意味しているかは聞くまでもなかった。
「待て!」
イリヤが扉を出る。
士郎が追う。
結界に弾かれ、部屋へ戻された。
遠くで、巨大な気配が動く。
バーサーカー。
イリヤとともに、城の外へ向かっている。
そう感じた。
「イリヤ!」
返事はない。
士郎は部屋を見回した。
机の前に置かれた木製の椅子を掴む。
「同調、開始!」
椅子の構造へ魔力を通す。
木目を繋ぎ、脚と背板を一つの塊として強化する。
振りかぶり、開いた扉の先へ叩きつけた。
衝撃が腕へ返る。
強化した椅子の脚が折れた。
結界には傷一つつかない。
士郎は残った背板を握り直し、もう一度打ち込んだ。
今度は椅子そのものが砕けた。
見えない壁は揺れもしない。
「投影、開始」
回路を下ろす。
剣を作る。
刃を結界へ叩きつける。
火花が散る。
剣に亀裂が走る。
突破できない。
左手が熱を持つ。
令呪。
使えば、アトラスを呼べるかもしれない。
だが、使わない。
呼ぶ条件は決めてある。
士郎が無理に一人で解決する必要はない。
契約線へ意識を向けた。
細い。
城の壁に押し潰されるように、かろうじて繋がっている。
声が届くかは分からない。
それでも。
「アトラス」
呼んだ。
◇
「固定された」
森の中で、アトラスが顔を上げた。
遠坂が振り返る。
「何が」
「マスターの位置だ。一室から移動していない」
「話してるだけじゃないの?」
「契約線が細くなった。城内の結界によるものだが、先ほどまでとは異なる」
アトラスは城の方角を見る。
結界の向こうで、二つの気配が動いている。
イリヤ。
バーサーカー。
城外へ向かったように見える。
士郎だけが、城内の一室へ残されている。
「退去経路は」
「認識できぬ。マスターの位置が固定され、移動が断たれている」
遠坂は時計を見る。
決めた帰還時刻が近い。
まだ生命の危機とは言えない状況だった。
それでも遠坂は即座に言った。
「条件成立ね」
「入るわ」
アーチャーが実体化する。
顔色は悪い。
傷が治ったわけではない。
「動けるの?」
「君が聞きたいのは、私の状態か。それとも、置いていく口実かね」
「動けるかって聞いてるのよ」
「では、動けると答えておこう。正直者が報われる場面でもないのでね」
弓を作る。
動作の途中で、わずかに呼吸が止まった。
それでも構えは崩れない。
「広間から入る」
遠坂が城を睨む。
「裏口を探すより、結界の中心を壊す方が早い」
「大胆だな」
「士郎を助けるのに、城への礼儀なんて必要ないわよ」
遠坂の宝石が飛ぶ。
森の結界へ魔力が突き刺さる。
アーチャーの矢が同じ点を射抜く。
アトラスの槍が地面へ下りる。
木々が沈む。
霧が左右へ割れる。
城壁まで、一筋の道が通った。
◇
爆音が聞こえた。
士郎の部屋が揺れる。
城の別の場所で、何かが破壊されている。
「遠坂……?」
続けて、二度。
三度。
壁の中を走る魔力が乱れた。
閉じていた扉の向こうに、ひびが入る。
石の壁ではない。
空間そのものへ白い亀裂が走っている。
亀裂の向こうから、深い青の光が差した。
壁が外側へ押し開かれる。
「士郎!」
遠坂の声。
通路の向こうに、三人がいた。
遠坂。
アーチャー。
アトラス。
「無事ね?」
「ああ。イリヤが外へ――」
「その前に聞くけど」
遠坂が士郎の頭を殴った。
「痛っ!」
「敵の城で、用意されてた部屋にほいほい入って、結界に閉じ込められるまで何してたのよ!」
「話をするために来たんだ!」
「閉じ込められたら話し合い終了でしょう!」
「俺だって、最初から閉じ込められるとは――」
「罠だって分かってたでしょうが!」
返せない。
その通りではある。
士郎は三人の後ろを見る。
砕かれた壁の向こうへ、深い青の通路が延びている。
「広間から入ってきたのか?」
「一番早かったのよ」
「いくらなんでも大胆すぎるだろ」
「誰のせいだと思ってるの?」
遠坂が睨む。
アトラスは士郎の身体を見た。
「負傷は」
「増えてない。肩を少し使っただけだ」
「少しの定義を後で確認する」
「今じゃないのか」
「敵マスターとバーサーカーが移動している。先に退路を確保する」
アトラスが槍を向ける。
通路の奥に、深い青の壁が立つ。
城が崩れた箇所を修復しようとしている。
青い壁が、それを押し返す。
「戻るわよ」
遠坂が先に立つ。
「イリヤは外へ行った。遠坂たちを襲うつもりだ」
「それなら、もう戻ってるはずでしょう」
「何?」
「外へ出た形跡がない」
アトラスが言った。
「気配の経路を偽装した可能性がある」
胸が冷える。
士郎は走った。
青い一本道を抜ける。
長い廊下。
砕けた壁。
崩れかけた柱。
広間へ飛び込む。
そこに、イリヤがいた。
バーサーカーも。
最初から、外へ出ていなかった。
イリヤは士郎を見る。
次に、遠坂。
アーチャー。
アトラス。
四人が一緒に広間へ戻ってきたことを確認する。
怒鳴らなかった。
ただ、傷ついたように目を伏せた。
「やっぱりシロウはリンを選ぶんだ」
「違う」
「何が違うの?」
「遠坂を選んだから戻ったんじゃない。帰れなくなったら助けてもらうって、最初から決めてた」
「同じでしょう?」
「違う。イリヤと話したかったのは嘘じゃない」
「でも、わたしのところには残らなかった」
「イリヤだけを選ぶために、他のやつを捨てることはできない」
イリヤの顔が固くなる。
「それなら、シロウは帰さない」
バーサーカーへ視線を向けた。
「みんな、ここから動かさないで」
巨体が一歩前へ出る。
イリヤの前に立つ。
それだけで、広間を塞ぐ門になった。
斧剣が抜かれる。
「下がれ!」
アトラスが槍の石突きを床へ下ろした。
見えない圧が、一点へ落ちる。
バーサーカーが踏み込もうとした石床だけが、巨大な水圧を受けたように沈み込んだ。
足場が半段落ちる。
巨体の重心が前へずれた。
斧剣が振り下ろされる。
床が割れた。
石片が弾ける。
衝撃だけで身体が浮く。
アトラスの外壁が士郎と遠坂の前に立ち、空気の塊を受けた。
「アーチャー!」
遠坂が叫ぶ。
「見ている!」
アーチャーは後方へ跳んでいる。
弓を構え、バーサーカーの動きを追う。
すぐには射たない。
何かを待っている。
バーサーカーが横薙ぎに斧剣を振るった。
アトラスの槍先が床を指す。
圧が、今度はバーサーカーの前足の外側へ偏って落ちた。
石床が斜めに沈む。
踏み込みの位置がずれ、斧剣の軌道がわずかに浮いた。
遠坂の魔力弾が支持脚へ当たる。
威力が削がれる。
それでも止まらない。
斧剣の先には遠坂。
その向こうには、弓を引くアーチャー。
「投影、開始」
回路を下ろす。
剣を作る。
士郎は遠坂の前へ出た。
「士郎!」
斧剣を受ける。
衝撃。
腕が潰れる。
肩の傷が開く。
投影した剣へ大きな罅が走った。
止めることはできない。
だから、流す。
浮いた軌道へ刃を合わせる。
斧剣が剣の表面を滑る。
士郎の身体ごと横へ弾き飛ばされた。
投影剣が砕ける。
けれど。
一拍。
斧剣は遠坂にも、アーチャーにも届かなかった。
「今よ!」
遠坂が二つの宝石を掴む。
一つを床へ叩きつける。
「Siebte――Gefriere, fessle!」
青白い閃光が石床を走った。
冷気が爆発的に広がる。
バーサーカーの足首を起点に、分厚い氷が膝下まで駆け上がった。
同時に床の亀裂へ潜り込み、何本もの氷柱となって石材の内部から突き出す。
脚と床が、一つの巨大な氷塊へ縫い合わされた。
バーサーカーが力を込める。
氷の内側で鈍い破砕音が連続する。
氷が砕かれる、その前に。
遠坂は二つ目の宝石を掲げた。
「Vierte――Detoniere, vollstrecke!」
赤い光が走った。
凍りついた脚へ触れた瞬間、光は点ではなく、氷塊の内部を満たした。
一拍。
氷の中で、白い亀裂が幾重にも走る。
次の瞬間、凍りついた脚と、その下の床一帯を呑み込む爆発が起きた。
炎と衝撃が天井へ噴き上がる。
凍結した床が、一枚の巨大な石板ごと吹き飛んだ。
柱が軋む。
窓が震える。
氷と石材の破片が、砲弾のように広間へ飛び散った。
アトラスの外壁が立ち上がり、イリヤのいる側へ飛ぶ破片だけを遮った。
バーサーカーの脚を包んでいた氷塊が内側から炸裂する。
膝下の肉が裂け、骨が露出した。
巨体が初めて大きく傾く。
片脚を置いていた床そのものが消え、荷重のすべてが反対側へ集中する。
それでもバーサーカーは倒れなかった。
残る脚。
斧剣。
体幹。
人間とは比べものにならない筋力だけで、傾いた巨体を押し戻そうとしている。
「アトラス!」
「把握した」
王宮外装が一箇所へ集まる。
床から外壁が立ち上がった。
損傷した脚を左右から挟む。
残る脚へ青い枷が絡む。
背後へ壁が生まれ、後退を塞ぐ。
斧剣の柄が外壁へ当たり、振り幅が狭まった。
胸が正面へ向く。
射線。
バーサーカーが吼える。
外壁を引き裂く。
保つのは一秒もない。
それで十分だった。
アーチャーの弓に、一本の矢が番えられている。
いや。
矢ではない。
剣だ。
捻れた剣が、弓へかけられている。
そこへ異常な量の魔力が注ぎ込まれていた。
剣そのものが、内側から膨れ上がる。
壊れる寸前まで。
アトラスの血色の瞳が、それを捉えた。
槍が床へ下りる。
バーサーカーの周囲へ、王宮外壁が円を描いて立ち上がった。
爆発を外へ広げないための囲い。
開いているのは、矢が通る正面の一点だけだった。
その向こうに、イリヤがいる。
爆心へ近すぎる。
士郎は走り出した。
アーチャーの脇腹から血が流れた。
弓を引く腕が震えている。
それでも、狙いは逸れない。
「伏せて!」
遠坂が三つ目の宝石を掲げる。
「Neunte!」
高密度の光がバーサーカーを中心に広がった。
平らな壁ではない。
床から立ち上がった光が頭上で閉じ、半球状の防壁となって爆心を包み込む。
アトラスの外壁の内側へ、さらに光の殻が重なった。
ただし、アーチャーの正面だけは閉じていない。
光の殻にも、矢一本が通る細い道が残されていた。
爆発を一点へ凝縮しながら、その外周にいる者を熱と破片から守るための結界。
士郎はバーサーカーの脇を抜け、イリヤへ手を伸ばした。
「イリヤ!」
腕を掴む。
床へ伏せさせる。
身体を重ねる。
「何を――」
イリヤの声を、爆音が飲み込んだ。
矢が放たれた。
バーサーカーの胸へ突き刺さる。
次の瞬間。
宝具が爆発した。
広間全体が揺れる。
遠坂の光のドームが爆発を押し包む。
その外側から、アトラスの王宮外壁が爆圧の広がりを塞いだ。
閉じ込めきれない圧力だけが、天井側へ噴き上がる。
光の壁が軋む。
王宮外装へ亀裂が走る。
それでも、熱と破片のすべてを止めきることはできなかった。
光を抜けた熱波が、士郎の背中を叩く。
細かな石片が肩と腕へ突き刺さる。
息が詰まる。
イリヤの小さな身体が衝撃で浮きかけた。
士郎は床へ押さえつける。
遠坂の壁とアトラスの外装があってなお、届く熱と破片だった。
その前に身体を置かなければ、イリヤへまともに当たっていた。
爆発が収まる。
耳鳴り。
煙。
熱。
士郎は顔を上げた。
広間の中央。
バーサーカーの巨体が立っていた場所。
胸部が大きく抉れている。
身体の中心を失っている。
斧剣が手から落ちた。
巨体が揺れる。
床へ倒れた。
動かない。
呼吸もない。
心臓の音もない。
確実に死んでいる。
「やった……のか」
遠坂が息を切らしている。
アーチャーは弓を下ろした。
壁へ手をつき、傷を庇っている。
アトラスの外装には新しい亀裂が走っていた。
誰も無傷ではない。
それでも。
四人で繋いだ攻撃は、あの巨体を確かに倒した。
アーチャーが眉を寄せる。
「待て」
バーサーカーの身体が消えない。
光の粒子にならない。
霊体へ戻らない。
霊基が崩れる気配もない。
「イリヤ」
士郎は振り返った。
イリヤは立ち上がっている。
叫ばない。
バーサーカーへ駆け寄らない。
令呪も使わない。
命令もしない。
ただ、倒れた巨体を見ている。
悲しみを堪えている顔ではない。
知っている顔だった。
「そのくらいで、バーサーカーが死ぬわけないでしょう?」
イリヤは当然のように言った。
倒れた身体が動く。
抉れた胸部から、肉が戻る。
骨が繋がる。
血が逆流する。
失われたものが、最初からなかったように埋まっていく。
「何だ……」
呼吸が再開する。
指が動く。
床へ落ちた斧剣を掴む。
確かに死んだはずのものが、起き上がる。
バーサーカーは再び立った。
イリヤが誇らしげに見上げる。
「わたしのバーサーカーは、誰にも負けないんだから」
「蘇生……?」
遠坂が呟く。
「違う。死んだこと自体をなかったことにしてるわけじゃない。今、確かに一度死んだ。その後で、別の生存状態へ戻った……?」
「複数の生を霊基へ備えている可能性がある」
アーチャーが言う。
「正確な数は分からん。だが、一度殺せば終わる相手ではない」
バーサーカーが動く。
アーチャーが矢を放った。
先ほどと近い性質を持つ投影品。
胸部。
同じ場所。
着弾する。
爆発。
炎の中から、バーサーカーが歩いて出た。
傷はある。
皮膚も裂けている。
けれど、致命傷には遠い。
「同じものは通らんか」
アーチャーが低く言う。
「なら、さっきの連携を――」
「来るぞ!」
アトラスの声。
アトラスが圧を落とすより早く、バーサーカーが斧剣を振り下ろした。
石床そのものが砕かれる。
圧力を受ける足場が先に消える。
遠坂の光へ顔を背ける。
外壁が立つ位置へ、先に斧剣を叩き込む。
アトラスの拘束が完成する前に破壊される。
士郎は剣を投影した。
受ける。
今度は、軌道を流す余地がない。
バーサーカーは士郎の構えを知っている。
剣の腹へ力を集中させた。
投影剣が一撃で砕ける。
士郎の身体が宙を舞った。
床へ落ちる。
肩が動かない。
「士郎!」
遠坂の声。
バーサーカーは止まらない。
一度目の連携を、見ていた。
受けた。
そして今度は、完成する前に潰している。
同じ攻撃への耐性だけではない。
バーサーカー自身が、四人の動きを学んでいた。
最初の選択は間違っていなかった。
確かに一度、倒した。
けれど、一度正しかった選択を繰り返すだけでは、二度目へ届かない。
遠坂は通常の魔術で援護する。
三石を連続で使った負担が残っている。
アーチャーの傷はさらに開いている。
次の大技を放てる状態ではない。
アトラスは通路を維持しながら、士郎たちを守り、イリヤへ余波が届かないよう壁を作り、バーサーカーの軌道をずらしている。
外装の一部が砕けた。
鎧へ亀裂が走る。
小さな身体が一瞬、姿勢を崩す。
それでも槍を下ろさない。
バーサーカーがアーチャーへ向く。
先ほど、自分を殺した相手。
優先して排除するつもりなのだ。
「アーチャー!」
士郎は立ち上がろうとした。
腕が上がらない。
投影する。
受ける。
そう思っても、肩が応じない。
アトラスが外壁を作ろうとする。
間に合わない。
遠坂の防壁では止められない。
士郎の腕も上がらない。
誰も、アーチャーまで届かない。
バーサーカーが踏み込む。
斧剣が振り上げられる。
アーチャーは退けない。
背後は崩れた壁。
傷ついた身体では、避けきれない。
斧剣が落ちる。
その直前。
広間の外壁が、外側から爆ぜた。
石と漆喰を撒き散らし、一振りの武器が城壁を貫いて飛び込んでくる。
バーサーカーの斧剣と衝突した。
轟音。
火花。
巨人の一撃が、強制的に横へ弾かれる。
飛来した武器は、そのまま反対側の壁へ突き刺さった。
見たことのない形。
アーチャーの投影品とは違う。
一本だけで、宝具と分かるほどの圧力がある。
「何……?」
遠坂が息を呑む。
イリヤの表情が変わる。
予定外。
アトラスの血色の瞳が、武器の貫いた城壁の裂け目へ向く。
その向こうで、金色の光が揺れていた。
アーチャーだけが、飛来した武器を睨んでいる。
バーサーカーへ向けていたものとは違う、剥き出しの敵意だった。
その武器は、誰の手にも握られないまま、バーサーカーの斧を弾いた。
次の瞬間、空間に黄金の波紋が開いた。
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後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。