The Reaching Shore――届かせるもの――   作:ほいみん

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Fate/stay night二次創作長編『The Reaching Shore――届かせるもの――』第13話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・AI使用表記・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
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アトラス設定資料はこちら:
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第18話 帰ってきなさい

 空間に、黄金の波紋が開いた。

 

 一つではない。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 広間の壁際から天井近くまで、円形の光が次々に浮かび上がる。

 

 そこから武器が姿を見せた。

 

 剣。

 

 槍。

 

 斧。

 

 鉾。

 

 祭具に見えるもの。

 

 武器なのかどうかさえ分からない、歪な形のもの。

 

 どれ一つとして、同じ様式ではない。

 

 作られた土地も、時代も違う。

 

 それなのに。

 

 士郎には、そのすべてがアーチャーの投影した剣より重く見えた。

 

 形ではない。

 

 そこに積み重なったものが違う。

 

 名前。

 

 伝承。

 

 使われた時間。

 

 誰かが手にしたという事実。

 

 一本ごとに、完成した何かがある。

 

「何だよ、あれ……」

 

 助けが来た。

 

 そんな考えは浮かばなかった。

 

 最初の一射がバーサーカーの斧剣を弾いただけだ。

 

 新しく開いた波紋の切っ先は、広間のすべてへ向けられている。

 

 士郎へも。

 

 遠坂へも。

 

 アーチャーへも。

 

 アトラスへも。

 

 イリヤへも。

 

 砕けた城壁の向こうから、男が歩いてきた。

 

 金色の髪。

 

 赤い瞳。

 

 身体に沿う黒い上着。

 

 戦場へ出るための姿には見えない。

 

 それでも、その男に場違いな印象はなかった。

 

 むしろ。

 

 城の方が、その男を迎えるために壁を壊されたように見える。

 

 侵入したのではない。

 

 自分がここへ入ることに、誰かの許可が必要だと思っていない。

 

 男は広間へ足を踏み入れた。

 

 まず、バーサーカーを見る。

 

 人間を見る目ではない。

 

 獲物。

 

 あるいは、試す価値のあるもの。

 

 バーサーカーも、即座に男へ向き直った。

 

 士郎たちへの注意が消えたわけではない。

 

 けれど、それ以上に大きな脅威が現れたと判断している。

 

 イリヤの顔からも、先ほどまでの自信が消えていた。

 

「誰……?」

 

 男は答えない。

 

 名乗る必要などないと言わんばかりに、黄金の武器群を背負っている。

 

 その横で、アーチャーが息を呑んだ。

 

 目が、武器群を追っている。

 

 士郎には違いが分からない。

 

 けれどアーチャーには、何かが見えている。

 

 投影したものに似た剣。

 

 だが、細部が違う。

 

 古い。

 

 より単純で。

 

 より完成している。

 

 後世に名を変えた宝具。

 

 伝承の中で形を変えた武具。

 

 その起点にあったもの。

 

 英雄の宝具を集めたのではない。

 

 後に宝具となるものを、最初から所有している。

 

 アーチャーの顔が険しくなる。

 

「英雄王――ギルガメッシュか」

 

 男が、初めてアーチャーを見た。

 

 看破されたことへ驚きもしない。

 

 尋ねもしない。

 

 ただ、一目でアーチャーの性質を見抜く。

 

「贋作者」

 

 一語だけ。

 

 侮辱ですらない。

 

 原典を持つ者が、写しを作る者へ事実を告げただけだった。

 

 アーチャーは言い返さない。

 

 その横で、遠坂が素早く広間を見回した。

 

 復活したバーサーカー。

 

 黄金の武器群。

 

 英雄王。

 

 どちらも敵。

 

 しかも、互いの注意が向き合っている。

 

「撤退するわ」

 

 遠坂が言った。

 

「今なら抜けられる。士郎を回収するっていう目的は達成した。ここへ残る理由はない」

 

 アーチャーも短く頷いた。

 

「妥当だ」

 

 アトラスは、広間から森へ伸ばした通路へ血色の瞳を向ける。

 

「経路は維持している」

 

 士郎も頷きかけた。

 

 その時。

 

 イリヤが目に入った。

 

 バーサーカーの背後。

 

 壁際。

 

 逃げるつもりはない。

 

 自分から城を離れる気もない。

 

 作戦だけを考えれば、士郎だけを連れて帰る方が安全だ。

 

 イリヤへ近づけば、バーサーカーも追うかもしれない。

 

 けれど。

 

 黄金の男は、バーサーカーへ躊躇なく攻撃した。

 

 士郎たちを助けるためではない。

 

 何のために来たのか分からない。

 

 そして、バーサーカーを倒した後にイリヤをどうするのかも分からない。

 

 男は、イリヤを見ても武器を収めていない。

 

 むしろ。

 

 最初からイリヤへ用があって来た可能性さえある。

 

『イリヤだから来た』

 

『わたし、本当はお城にいないといけないの』

 

『やっぱりシロウはリンを選ぶんだ』

 

 昨日と今日の言葉が重なる。

 

 遠坂へ聞くまでもない。

 

 アトラスへ判断させることでもない。

 

 士郎はイリヤを見る。

 

「イリヤも連れて帰る」

 

 アトラスが士郎を見る。

 

 反対しない。

 

 代わりに、作戦条件を更新する。

 

「把握した」

 

 青い光が走る。

 

 広間の床に、イリヤまで届く足場が作られる。

 

 士郎が接近するための細い経路。

 

 イリヤから出口へ戻る道。

 

 同時に、バーサーカーとの間へ短い外壁が立ち上がる。

 

 遠坂が息を吐いた。

 

「分かった。なら、早くしなさい」

 

 士郎は足場を走った。

 

「イリヤ!」

 

 手を伸ばす。

 

 イリヤは振り払った。

 

「触らないで!」

 

「ここに残れない」

 

「ここはわたしのお城よ!」

 

「だからって――」

 

「わたしはどこにも行かない。バーサーカーを置いていけない」

 

 イリヤはバーサーカーの背中を見る。

 

「助けられる必要なんてない。シロウの方がここに残ればいいの」

 

「それはできない」

 

「じゃあ勝手に行けばいいでしょう!」

 

「イリヤを置いてはいけない」

 

 もう一度、手を伸ばす。

 

 イリヤはその手も振り払おうとする。

 

 その動きを、黄金の男が見た。

 

 赤い瞳が士郎へ向く。

 

 それまで。

 

 男にとって士郎は、広間にいる有象無象の一人だった。

 

 だが今。

 

 士郎は、男が見定めているものへ勝手に触れた。

 

 王の戦場から、対象を持ち去ろうとしている。

 

「雑種」

 

 低い声。

 

 波紋が開く。

 

「我の前で、誰の許しを得てそれへ触れる」

 

 照準が士郎へ集まった。

 

 正面。

 

 斜め上。

 

 退路を塞ぐ角度。

 

 数本で十分だった。

 

 一つでも宝具。

 

 そのすべてが、士郎一人を殺すために向いている。

 

「士郎!」

 

 遠坂が叫ぶ。

 

 黄金の武器が放たれた。

 

 アトラスが射線へ躍り出る。

 

 最初の一振り。

 

 槍で受ける。

 

 金属同士がぶつかった音ではない。

 

 鐘を地面へ叩きつけたような轟音。

 

 槍身が大きく震えた。

 

 衝撃がアトラスの腕を走る。

 

 足元の石床が砕ける。

 

 宝具の軌道が逸れ、壁へ突き刺さった。

 

 二本目。

 

 三本目。

 

 空気が沈む。

 

 飛来していた武器の切っ先が、見えない重みに引かれたように下がる。

 

 速度が鈍る。

 

 床へ圧が集中し、石材が陥没した。

 

 それでも止まらない。

 

 角度が削れただけだ。

 

 アトラスの正面へ、厚い外壁が現れる。

 

 一層目。

 

 宝具が貫く。

 

 二層目。

 

 亀裂が走る。

 

 三層目。

 

 切っ先が深く食い込む。

 

 別の宝具が外壁の端を抜けた。

 

 アトラスが槍を振るう。

 

 士郎へ向いていた刃を、横へ叩き落とす。

 

 その代わり。

 

 外装を抜けた破片が、アトラスの肩を裂いた。

 

 血が散る。

 

 小さな身体が床を滑る。

 

 片膝が沈みかける。

 

 けれど、倒れない。

 

 士郎の前から退かなかった。

 

 黄金の男の関心が、初めて士郎から外れる。

 

 アトラスへ向く。

 

 傷ではない。

 

 防いだことでもない。

 

 アトラスが使ったもの全体を見ている。

 

 槍で通過角度を選び。

 

 圧で侵入速度を落とし。

 

 外壁で士郎への到達を拒絶した。

 

 別々の防御ではない。

 

 一つの体系。

 

 黄金の男の口元が、わずかに上がる。

 

「ほう。鎧ではないな、それは」

 

 視線が、外壁の亀裂を辿った。

 

 どこから壁が生じたか。

 

 何を守る時に厚みを増すか。

 

 通行をどう選別するか。

 

 槍と外壁が、どこで繋がっているか。

 

 その内側に、何が続いているか。

 

 アトラスの血色の瞳が、男へ固定された。

 

 槍先が向く。

 

 士郎とイリヤを背後へ置く。

 

 損傷した外装の内側へ、さらに一層が閉じる。

 

 通路が細くなる。

 

 何かが、最奥へ続く機構から切り離された。

 

 接触されたわけではない。

 

 魔力を差し込まれたわけでもない。

 

 ただ見られた。

 

 それだけで。

 

 アトラスは、閉じるべき場所を読まれた。

 

 鎧を見ている目じゃない。

 

 城門を見る目でもない。

 

 鍵穴を見つけた王の目だった。

 

「通路を閉ざすな。現在の争点は汝ではない」

 

 アトラスは負傷したまま言った。

 

 撤退を妨げるなという意味だけではないように聞こえた。

 

 読まれた最奥まで、今ここで争点にする意思はない。

 

 ギルへ向けた槍先が、そう告げていた。

 

 怒りとも愉悦ともつかない色が、黄金の男の目にあった。

 

 傷つき、消耗した今のアトラスを剥いでも、完全な構造は見られない。

 

 最奥があることは、すでに読まれている。

 

 そして、まだバーサーカーがいる。

 

 越えないのではない。

 

 越える時を、先へ延ばした――士郎には、そう見えた。

 

 黄金の波紋が向きを変える。

 

 バーサーカーへ。

 

「今よ!」

 

 遠坂が退路を指す。

 

 士郎はイリヤの腕を掴んだ。

 

「離して! わたしはどこにも行かない!」

 

「話はここを出てから聞く!」

 

「バーサーカーを置いていけない!」

 

 イリヤは腕を振りほどこうとする。

 

 けれど、黄金の武器群が再び開く。

 

 その切っ先が自分を安全に扱うものではないことは、イリヤの表情にも表れていた。

 

 バーサーカーが戦闘の中で振り返った。

 

 士郎に腕を引かれたイリヤ。

 

 その背後に遠坂。

 

 さらに後方で射撃を続けるアーチャー。

 

 出口まで繋がる青い通路。

 

 イリヤは一人ではない。

 

 それを確認した。

 

 バーサーカーが、イリヤの傍を離れる。

 

 黄金の男へ突進した。

 

「バーサーカー!」

 

 巨体は止まらない。

 

 斧剣を振るい、黄金の武器を弾く。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 自分へ攻撃を集める。

 

 黄金の男の視線を、自分へ固定する。

 

 イリヤへ伸びる射線を、その身体で断つ。

 

 救出隊が撤退する時間を作る。

 

 男も、その意図を察したのだろう。

 

 口の端が上がる。

 

 黄金の波紋が増えた。

 

 剣。

 

 槍。

 

 斧。

 

 爆発する宝具。

 

 呪いを帯びた刃。

 

 人間一人では持ち上げられないほど重い塊。

 

 同じものはない。

 

 先ほどの攻撃へ耐性を得ても、次には別の原理が来る。

 

 バーサーカーは斧剣で弾いた。

 

 肉体で受けた。

 

 刺さった武器を掴み、へし折った。

 

 爆発に呑まれた。

 

 倒れた。

 

 それでも立ち上がる。

 

 一度。

 

 二度。

 

 何度倒されても、足を止めない。

 

 黄金の男へ迫る。

 

 あと一歩まで届く。

 

 次の射撃が身体を貫く。

 

 それでも斧剣を振り上げる。

 

 士郎はイリヤを引いて通路を走った。

 

「離して、シロウ!」

 

「離さない!」

 

「バーサーカーが――」

 

「今戻ったら、あいつが残った意味がなくなる!」

 

 遠坂は後方を振り返る。

 

 傷ついたアーチャーが射撃を続けている。

 

 アトラスは通路を維持しながら、必要な箇所にだけ外壁を立てる。

 

 外装の亀裂が増えている。

 

 肩から血が流れている。

 

 展開も遅い。

 

 士郎はイリヤの手を離さなかった。

 

 左手を見る。

 

 残る一画。

 

 使えば。

 

 アトラスの損傷を補えるかもしれない。

 

 消耗を軽くできるかもしれない。

 

 防護機能を戻せるかもしれない。

 

 あるいは。

 

 今すぐ出力を引き上げて。

 

 黄金の男と戦わせる。

 

 武器群へ対抗させる。

 

 あの男を足止めさせる。

 

 回復させる命令と、戦わせる命令は違う。

 

 目的も、終わりも、魔力の使い道も。

 

 一画ですべては買えない。

 

 傷ついたアトラスを戦わせれば、さらに無理をさせる。

 

 回復へ使えば、その一画で黄金の男を止めることはできない。

 

 決められない。

 

 迷っている間にも、戦況は進む。

 

 バーサーカーがまた倒れた。

 

 起き上がる。

 

 だが。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 再生が遅い。

 

 身体が戻るまでの時間が、長くなっている。

 

 立ち上がった後も、傷の跡が残っている。

 

 呼吸が重い。

 

 イリヤの顔が変わった。

 

 今度は知っている顔ではない。

 

 戻らないかもしれない。

 

 初めて、そう考えた顔だった。

 

「放して!」

 

 イリヤが士郎の手を振りほどこうとする。

 

「バーサーカーが――」

 

「戻っちゃ駄目だ!」

 

「わたしが行けば戻る!」

 

 アトラスはイリヤを拘束しない。

 

 ただし、危険域へ戻る通路だけを閉じる。

 

 青い壁が立ち上がった。

 

 イリヤがそれを叩く。

 

「どいて!」

 

「戻れば死ぬ」

 

「バーサーカーが戻らないといけないの!」

 

 言葉が理屈になっていない。

 

 士郎はイリヤの肩を掴んだ。

 

「今戻ったら、バーサーカーが作った道がなくなる!」

 

「そんなの知らない!」

 

 バーサーカーは、イリヤが退路へ入ったことを見ている。

 

 だからこそ。

 

 さらに前へ出た。

 

 黄金の男へ踏み込む。

 

 戻るつもりがない。

 

 イリヤにも、それが分かった。

 

「戻って! 命令よ!」

 

 声が広間へ届く。

 

 願い。

 

 それを命令の形へ戻そうとする言葉。

 

 令呪は光らない。

 

 ただの命令。

 

 けれど、バーサーカーは聞いている。

 

 動きが一瞬止まった。

 

 肩越しに、イリヤを見る。

 

 斧剣を握り直す。

 

 小さく。

 

 呼吸を返す。

 

 理解している。

 

 それでも、戻らない。

 

 戻れば、黄金の武器群が撤退経路へ向く。

 

 聞こえなかったんじゃない。

 

 聞いたうえで。

 

 戻らないことを選んだ。

 

 士郎は、最初の夜を思い出す。

 

 あの時は。

 

 命令だけが、止まっていた。

 

 今は命令が出た。

 

 それでも、バーサーカーは帰らない。

 

 黄金の武器群を突破する。

 

 傷つき。

 

 何度も死に。

 

 ついに、黄金の男へ届く。

 

 斧剣の間合い。

 

 男は後退しない。

 

 バーサーカーが振り下ろす。

 

 その直前。

 

 バーサーカーの四方に開いた黄金の波紋から、鎖が伸びた。

 

 両腕。

 

 胴体。

 

 脚。

 

 斧剣。

 

 巨体へ巻きつく。

 

 バーサーカーが力を込める。

 

 鎖がさらに強く締まった。

 

 床が割れる。

 

 それでも切れない。

 

 先ほどまで、宝具をへし折っていた腕が動かない。

 

 バーサーカーは拘束されたまま身体を捻った。

 

 黄金の男と。

 

 退路へいるイリヤの間へ。

 

 自分の巨体を置く。

 

 射線を塞ぐ。

 

「バーサーカー……!」

 

 イリヤの声。

 

 バーサーカーが、最後に見る。

 

 士郎に読み取れたのは、その一部だけだった。

 

 戻れという命令を拒む意思。

 

 イリヤが安全圏にいるという確認。

 

 そして、別れ。

 

 言葉はない。

 

 黄金の男の背後へ、高位の宝具が並ぶ。

 

 一斉に放たれた。

 

 バーサーカーは最後まで抵抗した。

 

 鎖ごと腕を動かす。

 

 斧剣で何本かを弾く。

 

 残りを身体で受ける。

 

 それでも、イリヤへの射線から動かない。

 

 宝具が霊核を貫いた。

 

 今度は。

 

 再生しなかった。

 

 巨体が崩れる。

 

 皮膚。

 

 筋肉。

 

 斧剣。

 

 すべてが光へ変わっていく。

 

 黄金の鎖だけが、空間へ戻った。

 

 最後に残った肩が消える。

 

 イリヤの身体が一瞬、強張った。

 

 けれど、声は出なかった。

 

「バーサーカー」

 

 呼び続けようとした声が、そこで途切れた。

 

 一度目は平然としていた。

 

 戻ると知っていた。

 

 今は。

 

 消えた場所へ戻ろうとして。

 

 足が動かない。

 

 身体から力が抜ける。

 

 士郎が支えた。

 

 イリヤは拒もうとした。

 

 けれど、立てない。

 

 バーサーカーが残した時間を、無駄にはできない。

 

 士郎はイリヤを抱えるようにして、通路を進んだ。

 

 黄金の男の関心が、再びこちらへ向く。

 

 イリヤ。

 

 アトラス。

 

 アーチャー。

 

 三人を順に見る。

 

 黄金の波紋が開く。

 

 アトラスが退路を維持する。

 

 槍で逸らす。

 

 空気を沈める。

 

 必要な箇所だけに壁を出す。

 

 遠坂が通常の宝石を投げ、隙間を埋める。

 

 アーチャーの矢が、いくつかの宝具を空中で相殺した。

 

 それでも。

 

 全員が同じ通路を走れば、追撃を防ぎきれない。

 

 アーチャーが足を止めた。

 

「先へ行け」

 

 遠坂が振り返る。

 

「何言ってるの」

 

「このままでは全員が射線に入る」

 

「だからって、あんた一人で――」

 

「通常射撃では止めきれん。だが、手がないわけではない」

 

 傷は開いている。

 

 壊れた幻想を放った後。

 

 それでも残る。

 

 遠坂に命じられたからではない。

 

 アーチャー自身が選んだ。

 

「行け、凛」

 

 遠坂は歯を食いしばる。

 

 アーチャーの選択を取り消さない。

 

 代わりに。

 

 その選択が果たすべき目的を、言葉にする。

 

 右手の甲を掲げた。

 

「アーチャー。ギルガメッシュをここに留めなさい」

 

 令呪が光る。

 

 第二画が消えた。

 

 同時に。

 

 遠坂の右手から、膨大な魔力がアーチャーへ流れ込む。

 

 命じただけじゃない。

 

 力が渡っている。

 

 士郎は左手を見る。

 

 先ほど考えた二つ。

 

 回復。

 

 戦闘出力。

 

 令呪は、命令とともに力を運ぶ。

 

 けれど遠坂は、手段を指定しなかった。

 

 命じたのは。

 

 ギルガメッシュをここへ留めること。

 

 何を使うかは、アーチャーが決める。

 

 通常射撃では足りない。

 

 壊れた幻想を続けて使うこともできない。

 

 大爆発では、撤退中の士郎たちを巻き込む。

 

 黄金の武器群へ対抗するには。

 

 同時に、多数の武器が必要になる。

 

 アーチャーが息を吐いた。

 

 空気が焼けた。

 

 城内の床が、別のものへ侵食されていく。

 

 石床が消える。

 

 乾いた大地。

 

 地平まで突き立つ無数の剣。

 

 赤い空。

 

 巨大な歯車。

 

 遠くで燃える炎。

 

「これは……」

 

 士郎は足を止めかけた。

 

 初めて見る。

 

 なのに。

 

 知らない場所だと思えない。

 

 投影を始める時に似たざわつきが、身体の内側を走る。

 

 剣の並びから目を離せない。

 

 理由は分からない。

 

 アーチャーは黄金の男ごと、剣の荒野へ取り込んだ。

 

「行くぞ」

 

 アトラスの声で、士郎は我に返った。

 

 青い通路が森へ伸びる。

 

 士郎。

 

 遠坂。

 

 イリヤ。

 

 アトラス。

 

 四人は城外へ走った。

 

     ◇

 

 無数の剣と、黄金の波紋が対峙していた。

 

 原典が射出される。

 

 対応する剣が荒野から浮かび上がる。

 

 空中で衝突。

 

 砕けた破片が乾いた大地へ降る。

 

 黄金の射出口が増える。

 

 剣の荒野からも、次々に武器が立ち上がる。

 

 原典が一つ砕けるたび、対応した剣も荒野から消える。

 

 それでもアーチャーは攻勢を緩めない。

 

 勝つためではない。

 

 凛たちが安全圏へ抜けるまで、ギルガメッシュをここへ留めるためだ。

 

 契約線の向こう。

 

 凛が城外へ向かう。

 

 士郎とイリヤが同行している。

 

 アトラスの通路が森へ伸びる。

 

 まだ安全圏ではない。

 

 さらに剣を放ち、最後まで勝利を狙っているように見せ続ける。

 

 黄金の波紋が倍に増える。

 

 剣の荒野からも、同数の武器が起き上がる。

 

 轟音が連続する。

 

 空が火花で埋まる。

 

 ギルガメッシュの顔から笑みが消えた。

 

 贋作に原典を相殺され続けることが不快なのか。

 

 それとも。

 

 もう十分に見たと判断したのか。

 

 手元へ、一つの異形を取り出す。

 

 剣ではない。

 

 少なくとも、剣という分類には収まらない。

 

 三つの円筒。

 

 それぞれが別の方向へ回転している。

 

 構造が読めない。

 

 投影の対象として、内部を解析できない。

 

 武器ではない。

 

 世界そのものへ作用する何か。

 

 危険。

 

 その判断だけで十分だった。

 

 異形が回転する。

 

 空間が軋む。

 

 赤い空が捻れる。

 

 巨大な歯車の回転が狂う。

 

 剣の荒野へ亀裂が走る。

 

 地平が剥がれる。

 

 アーチャーは、荒野の剣を一点へ集中させた。

 

 ギルガメッシュを倒すためではない。

 

 崩壊の向きを制御する。

 

 凛たちが逃げた方向へ、余波を漏らさない。

 

 異形の一撃が放たれた。

 

 剣が折れる。

 

 それだけではない。

 

 世界そのものが裂かれる。

 

 空が割れる。

 

 地面がめくれる。

 

 剣が根元から消える。

 

 炎が吹き飛ぶ。

 

 固有結界が、現実へ押し戻される。

 

 アーチャーは崩壊の中心に立った。

 

 最後まで、衝撃を引き受ける。

 

 霊核が砕ける。

 

 霊基へ致命傷が走る。

 

 葛木に受けた傷が開いたのではない。

 

 肉体そのものが維持できない。

 

 魔力を流されても、修復できない。

 

 輪郭が崩れ始める。

 

 それでも立っていた。

 

 ギルガメッシュへ背を向けない。

 

 契約線の先。

 

 凛たちが安全圏へ入る。

 

 最後に、それを確認した。

 

 役目は終わった。

 

     ◇

 

 森へ出た。

 

 アトラスの通路が閉じる。

 

 士郎はイリヤを支えていた。

 

 腕も肩も痛む。

 

 左手の令呪は残っている。

 

 イリヤは反応が鈍い。

 

 バーサーカーが消えた方向を、まだ見ている。

 

 アトラスの王宮外装には深い亀裂。

 

 肩から流れた血が鎧の隙間を濡らしている。

 

 それでも城の方角へ槍を向けていた。

 

 遠坂が足を止めた。

 

「アーチャー……?」

 

 右手を見る。

 

 第二画で流した魔力。

 

 それが、急激に途切れかけている。

 

 城の方角にあった大きな魔力反応が消えた。

 

 契約線が細い。

 

 切れかけている。

 

 アーチャーはまだ消滅していない。

 

 けれど。

 

 城に残ったまま、致命傷を負っている。

 

「遠坂」

 

 士郎が呼ぶ。

 

 遠坂は右手を掲げた。

 

 残る一画。

 

 戦えでもない。

 

 勝てでもない。

 

 敵を倒せでもない。

 

 留まり続けろでもない。

 

 役目を終えたアーチャーへ。

 

「帰ってきなさい!」

 

 最後の令呪が消えた。

 

 命令が契約線を走る。

 

 森の空間が歪む。

 

 一歩。

 

 誰もいない場所から、アーチャーが現れた。

 

 転移の衝撃で、わずかによろめく。

 

 それでも倒れない。

 

 自分の足で立っている。

 

 全身に裂傷。

 

 身体から光がこぼれている。

 

 赤い外套の端が、すでに消え始めていた。

 

「アーチャー!」

 

 遠坂が駆け寄る。

 

 支えようとする。

 

 アーチャーは片手を上げた。

 

「構わん」

 

「構うわよ!」

 

 遠坂の手から魔力が流れる。

 

 傷へ。

 

 霊基へ。

 

 もう片方の手が、宝石へ伸びる。

 

 通常の宝石。

 

 その奥。

 

 残された四つ。

 

「待て」

 

「黙って」

 

「無駄にするな」

 

「まだ――」

 

 遠坂の魔力が、アーチャーの身体を抜けていく。

 

 傷が塞がらない。

 

 輪郭の崩壊が止まらない。

 

 霊核が壊れている。

 

 十年ものを使っても戻らない。

 

 遠坂にも分かった。

 

 手が止まる。

 

 アーチャーは、帰還させたことが無駄だったとは言わなかった。

 

 帰ってきた。

 

 遠坂の顔を見るために。

 

 士郎へ言葉を残すために。

 

 自分の選択を、自分で終えるために。

 

「凛」

 

 アーチャーが言う。

 

「……何よ」

 

「令呪を二画も使って、この程度の男を連れ戻すとは。遠坂の家計も先が思いやられる」

 

「馬鹿言わないで」

 

「安心しろ。二度とも、使い道は間違っていない」

 

 遠坂が顔を上げる。

 

 アーチャーはいつものように、少しだけ意地の悪い顔をしていた。

 

「最後まで、悪くないマスターだったよ」

 

 その言葉だけは、皮肉ではなかった。

 

 遠坂は何も言えない。

 

 アーチャーが士郎を見る。

 

 バーサーカーの一命を奪った。

 

 黄金の男を足止めした。

 

 士郎たちを逃がした。

 

 遠坂の最後の令呪で帰ってきた。

 

 そのすべてを終えて。

 

 士郎へ向いている。

 

 責めるためではない。

 

 次の選択を渡すために。

 

「誰を救うか、自分で選べ。選択まで借り物へ預けるな」

 

 士郎は返事ができなかった。

 

 言葉を飲み込む。

 

 イリヤを見る。

 

 左手の令呪を見る。

 

『イリヤも連れて帰る』

 

 自分がそう言った瞬間を思い出す。

 

 アーチャーの輪郭が光へ変わる。

 

 膝はつかない。

 

 立ったまま。

 

 外套がほどける。

 

 腕が消える。

 

 胸が光になる。

 

 顔の輪郭が薄れる。

 

 最後まで。

 

 視線だけが士郎を見ていた。

 

 その視線も。

 

 やがて、光へほどけた。

 

 イリヤが一瞬、息を止める。

 

 小さく身体が揺れ、士郎の袖を掴んだ。

 

 森に。

 

 アーチャーの姿は残っていない。

 

 遠坂は、消えた場所を見ている。

 

 イリヤは士郎の隣にいる。

 

 アトラスは負傷したまま、城の方角を警戒している。

 

 黄金の男は、まだ城にいる。

 

 士郎はイリヤを見る。

 

 城から連れ出した。

 

 それで救えたわけではない。

 

 正しかったかも分からない。

 

 バーサーカーを失わせた結果になったのかもしれない。

 

 それでも。

 

 イリヤを置いていかないと決めたのは、自分だった。

 

 選んだのは、俺だ。

 

 なら、この先も俺が答えなければならない。

 




お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日7時頃に更新予定です。

後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。
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