The Reaching Shore――届かせるもの―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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「ランサー、アトラス。汝の召喚に応じた」
言葉の意味を考えるより先に、鎖が鳴った。
長い髪の女が腕を振る。
杭状の剣が、アトラスと名乗った何かの背へ迫った。
「危ない!」
士郎が叫ぶ。
紺碧の影は振り返らなかった。
避けもしない。
ただ、三叉槍の石突きで床を打った。
硬い音が、土蔵に響く。
次の瞬間、士郎の目の前に青い光が立ち上がった。
壁だった。
半透明の、平らな境界。
土蔵の床から天井までを塞ぎ、士郎と紺碧の影を切り離す。
青く透ける壁の向こうで、アトラスは士郎へ背を向けたまま動かない。
杭剣が鎧へ届く。
そう思った瞬間、軌道が沈んだ。
何かに叩き落とされたように、刃が床へ突き刺さる。
女が鎖を引く。
刃は抜けた。
だが、紺碧の影は一歩も動いていない。
「おい!」
士郎は青い壁へ手をついた。
冷たい。
石でも金属でもない。
指で押しても、表面は揺れなかった。
「ここから出せ!」
「必要はない」
アトラスの声は低く、平らだった。
「何が必要ないんだよ。あいつは俺を狙って――」
「ゆえに、そこにいよ」
女が再び鎖を振る。
今度は横から。
杭剣が弧を描き、土蔵の柱を削りながらアトラスの脇腹へ迫る。
紺碧の鎧が、淡く光った。
刃が触れる。
鈍い衝撃が響く。
それでも、アトラスの身体は揺れなかった。
受け止めたのではない。
鎧に当たる寸前で、杭剣の勢いだけが失われたように見えた。
女の顔が、わずかに上がる。
目隠しの奥で、何を見たのかは分からない。
けれど、次の動きは早かった。
鎖を強く引く。
杭剣を回収すると同時に、後ろへ跳んだ。
土蔵の外まで、一息で距離を取る。
月明かりの下へ、長い髪が流れた。
「出てくるな」
アトラスが言う。
青い壁は、そのまま士郎の前に残っている。
「でも――」
「汝が出れば、敵は汝を狙う」
短い言葉だった。
反論できなかった。
その通りだった。
士郎がここにいれば、あの女はアトラスを越えなければ届かない。
外へ出れば、また自分を殺しに来る。
それでも、黙って見ているしかないことが腹立たしかった。
アトラスが土蔵の外へ出る。
重い鎧をまとっているはずなのに、足音は小さかった。
女が鎖を振る。
杭剣が庭の地面を掠め、低い位置から跳ね上がる。
アトラスは避けない。
三叉槍を傾ける。
青い光が槍の周囲へ集まり、杭剣の軌道を押し下げた。
刃が土を抉る。
その間に、アトラスは前へ出た。
一歩。
それだけで、女との距離が半分まで縮まる。
速い。
速いというより、途中がなかった。
鎧を着た身体が、重さを無視して前へ滑ったように見えた。
女がさらに後ろへ跳ぶ。
屋敷の縁側へ片足をかけ、そのまま柱を蹴る。
身体が横へ流れる。
鎖が柱へ巻きつき、方向を変えた杭剣がアトラスの背後へ回り込む。
死角からの攻撃。
だが、アトラスは振り返らなかった。
鎧の背に青い線が走る。
杭剣が触れた瞬間、鎖ごと地面へ引かれた。
女の腕がわずかに下がる。
その隙に、アトラスがまた一歩進む。
女は近づけさせないように動いている。
庭の端から端へ。
柱を使い、塀を使い、鎖を使って、何度も位置を変える。
けれど、アトラスは追い回しているようには見えなかった。
ただ前へ進んでいる。
攻撃を受けても、軌道を変えられても、進む方向だけは変わらない。
城壁が、そのまま歩いている。
そんな言葉が浮かんだ。
女の杭剣が正面から飛ぶ。
アトラスが三叉槍を横へ払った。
槍と刃は触れていない。
その手前で、杭剣が地面へ沈む。
同時に、庭の左右の空間が青く閉じた。
女の動ける範囲が狭くなる。
一瞬だった。
左へ跳ぼうとすれば、青い境界がある。
右へ回ろうとしても、同じ光が行く手を塞ぐ。
正面にはアトラス。
背後には衛宮邸の塀。
女は止まった。
アトラスも、それ以上は進まなかった。
三叉槍を構えたまま、ただ女を見ている。
「退け」
声は大きくない。
けれど、庭の空気が重くなった。
女は答えなかった。
首をわずかに傾ける。
鎖を握る手が緩む。
次の瞬間、身体が上へ跳んだ。
塀を越える。
屋根の端へ杭剣を引っかけ、鎖を縮める。
長い髪が夜空へ流れた。
一度だけ屋根を蹴り、その姿は闇の向こうへ消えた。
速すぎて、追うことさえできない。
アトラスは動かなかった。
「追わないのか!」
青い壁越しに、士郎は叫んだ。
「排除は完了した」
「でも、また来るかもしれないだろ」
「現在、汝へ接近する敵はない」
青い壁が消えた。
急に前が開ける。
士郎は土蔵から飛び出した。
「おい、大丈夫か」
アトラスは庭の中央に立っている。
三叉槍を地面へつき、闇の向こうを見ていた。
近づいた途端、鎧の表面に細い光が走った。
紺碧の装甲が、端から崩れていく。
肩を覆っていた厚い板が消える。
兜がほどける。
脚を包んでいた装甲が光の粒になり、夜気へ溶けた。
士郎は足を止めた。
鎧の中から現れた身体は、想像していたよりずっと小さかった。
頭の位置は、士郎の顎のあたりだった。
細い。
兜の下に隠れていた髪は、夜の海に似た暗い色をしていた。
少女のようにも見える。
けれど、表情は幼くなかった。
冷たい血色の瞳が、まっすぐに士郎を見る。
さっきまで土蔵を狭く見せていた存在と、同じものには思えなかった。
「おまえ……」
何を訊けばいいのか分からない。
小さい、と口にするのも違う。
人間なのか、と訊くのもおかしい。
アトラスが一歩、こちらへ踏み出した。
膝が折れる。
「おい!」
士郎は反射的に腕を伸ばした。
小柄な身体を受け止める。
その瞬間、遅れて身体の芯へ疲労が落ちてきた。
軽い。
鎧を着ていた時の重さが嘘のようだった。
「どうした。怪我したのか」
「問題はない」
「あるだろ。立ててないじゃないか」
「一時的な出力低下だ」
「それを問題があるって言うんだ」
アトラスは返事をしなかった。
呼吸は乱れていない。
顔色も大きく変わってはいない。
けれど、自分で身体を支える力が戻っていない。
士郎が肩を貸そうとすると、アトラスの指が左手首へ触れた。
赤い模様の浮かんだ左手だった。
血色の瞳が細くなる。
「……経路がある」
「何の話だ」
「
意味が分からない。
「俺の中に、何かあるってことか」
「細い。だが、途切れてはいない」
「だから、何が――」
庭の外で、誰かが走る音がした。
士郎は顔を上げた。
門の向こうから、赤い服が見える。
「衛宮くん!」
聞き覚えのある声だった。
遠坂凛が庭へ駆け込んでくる。
その後ろには、校庭で見た赤い外套の男がいた。
両手に白と黒の剣を持っている。
士郎はアトラスを支えたまま、身構えた。
「遠坂……?」
遠坂は士郎の姿を見る。
次に、庭の損傷。
砕けた土蔵の戸。
士郎の左手。
最後に、士郎へ身体を預けているアトラスを見た。
「……ほんとうにマスターになってる」
呆れたような声だった。
「マスター?」
「その左手を見なさい」
士郎は自分の手を見る。
赤い模様は、まだ消えていない。
「それが令呪。貴方が聖杯戦争のマスターに選ばれた証よ」
「聖杯戦争って、何だ」
遠坂の眉が寄る。
「何も知らないのね」
「知ってたら訊かない」
「でしょうね」
遠坂はため息をついた。
赤い外套の男が一歩前へ出る。
アトラスも顔を上げた。
二人の視線がぶつかる。
士郎には何も見えない。
けれど、空気が硬くなったのは分かった。
「アーチャー」
遠坂が呼ぶ。
「まだいいわ。剣を下ろして」
「敵でない保証はないが」
「今ここで始める気はないの。向こうも同じでしょう」
アーチャーと呼ばれた男は、すぐには動かなかった。
やがて両手の剣を下げる。
消えた。
目の前にあったはずの武器が、霧のように失われる。
士郎は息を呑んだ。
「それで」
遠坂が士郎へ視線を戻す。
「貴方のサーヴァントは、何のクラス?」
「サーヴァント?」
「いま支えている相手よ」
士郎はアトラスを見る。
「さっき、ランサー、アトラスって名乗った」
遠坂の表情が止まった。
「……貴方、それをわたしに言うの?」
「何かまずかったのか」
「まずいに決まってるでしょう」
声が一段高くなる。
「真名は能力や弱点につながる情報なの。これから敵になるかもしれない相手に、聞かれもしないうちから教えてどうするのよ」
「でも、自分から名乗ったぞ」
「マスターに名乗るのはおかしくないわ。貴方がわたしに話すのがおかしいの」
「そういうものなのか」
「そういうものよ!」
遠坂が額へ手を当てる。
アーチャーがわずかに口元を歪めたように見えた。
「秘匿の必要はない」
アトラスが言った。
遠坂の手が止まる。
「貴方まで何を言ってるの」
「名を知られることで、己の機能は損なわれぬ」
「そういう問題じゃないわ。真名が分かれば、出自も伝承も調べられる。宝具や弱点を推測されるでしょう」
「推測は自由だ」
「自由って……」
遠坂はしばらく黙った。
それから、深く息を吐く。
「この主従、どっちも駄目だわ」
「何が駄目なんだよ」
「全部よ」
理不尽だった。
だが、何も知らないのは事実だった。
士郎はアトラスを縁側まで連れていった。
座らせる。
小柄な身体は、まだ自力で立てそうにない。
「遠坂。説明してくれ」
「どうしてわたしが」
「マスターとか、サーヴァントとか、聖杯戦争とか。何も分からない」
「だからって、敵になるかもしれないわたしに訊く?」
「他に知ってそうなやつがいない」
遠坂は士郎を見た。
呆れている。
怒ってもいる。
けれど、すぐに背を向けることはしなかった。
「最低限だけよ」
庭の中央へ戻りながら、遠坂は言った。
「勘違いしないで。貴方が何も知らないまま死んだところで、わたしには関係ない」
言葉のわりに、声が少し硬かった。
「でも、マスターになった以上、次に会った時は敵かもしれない。何も知らない相手と戦うなんて、こちらも御免なの」
「殺し合うのか」
「そういう戦いよ」
遠坂はためらわなかった。
「七人の魔術師がマスターに選ばれて、それぞれサーヴァントを召喚する。最後まで勝ち残った一組が、聖杯を手に入れる」
「聖杯って、願いを叶えるっていう?」
「ええ。万能の願望機。少なくとも、そういうことになっている」
「そのために殺し合うのか」
「そうよ」
胸の奥が冷えた。
さっきの女。
学校で殺されたこと。
家まで追ってきたこと。
全部が、その殺し合いの一部だという。
「俺は参加しない」
言葉はすぐに出た。
遠坂が士郎を見る。
「何だよ」
「別に。そう言うと思っただけ」
「願いを叶えるために殺し合うなんて、御免だ」
「貴方がそう思うのは自由よ」
遠坂は冷静だった。
「でも、参加しないと言えば済む話じゃない。令呪を持って、サーヴァントを召喚した時点で、他のマスターから見れば貴方は敵よ」
「じゃあ、どうすればいい」
「教会へ行きなさい」
「教会?」
「聖杯戦争の監督役がいる。正式な説明を受けて、そのうえで決めればいいわ」
「参加するかどうかを?」
「ええ」
遠坂はそこで言葉を切った。
「もっとも、参加しないと決めたところで、全部が安全になるわけじゃないけど」
士郎は左手を見る。
三つの赤い印。
消えない。
自分が嫌だと言えば、なかったことになるものではないらしい。
藤ねえが来る。
桜も来る。
今日のように敵が家まで来るなら、何も知らないままでは守れない。
士郎はアトラスを見る。
「おまえは、どうなんだ」
血色の瞳がこちらを向く。
「戦いたいのか」
アトラスはすぐには答えなかった。
「俺が参加しないって言ったら、困るんじゃないのか」
「己は汝に召喚された」
「だったら――」
「だが」
アトラスの声が、士郎の言葉を止めた。
「汝の裁定を、己が代行することはできぬ」
淡々とした言葉だった。
説得もしない。
脅しもしない。
参加しろとも、逃げろとも言わない。
ただ、決めるのは士郎だと言っている。
「……そうか」
何が正しいのかは分からない。
殺し合いに参加するつもりはない。
けれど、何が起きているのかは知らなければならない。
知らないままでいれば、藤ねえや桜まで巻き込む。
アトラスが何者なのかも。
自分がどうして生き返ったのかも。
左手の令呪が何なのかも。
全部、分からないままだ。
「遠坂」
「何」
「教会って、冬木教会のことだよな」
「そうよ」
遠坂は軽く息を吐いた。
「わたしも監督役に顔を出す用があるから、行くならついでよ」
「……分かった。まず、話を聞く」
「そう。なら、さっさと支度しなさい」
士郎は立ち上がる。
アトラスも立とうとした。
けれど、足に力が入らない。
「無理するな」
「移動は可能だ」
「いま膝が曲がっただろ」
「一時的な出力低下だ」
「それを無理って言うんだ」
士郎はアトラスの前へ背を向けた。
「乗れ」
返事がない。
振り返ると、アトラスは士郎の背中を見ていた。
「歩けないなら、運ぶ」
「不要だ」
「必要だ。教会へ行くんだろ」
「己は――」
「俺が召喚したんだ。置いていけるわけないだろ」
アトラスはしばらく動かなかった。
やがて、小さな手が士郎の肩へ触れる。
背中に軽い重みが乗った。
鎧をまとっていた時とは、まるで違う。
閉じたまま動く城は、士郎が背負えるほど小さかった。
それでも、その腕は士郎の首へ回らない。
必要な分だけ、肩に手を置いている。
「行くぞ」
遠坂が先に門へ向かう。
アーチャーがその後ろにつく。
士郎はアトラスを背負い、二人を追った。
深夜の道は静かだった。
何も知らなかった昨日までと、同じ街には見えなかった。
決めるのは、何が起きているのかを知ってからだ。
お読みいただきありがとうございます。
こちらはアトラスの参考ビジュアル(鎧解除版)です
【挿絵表示】
後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。