The Reaching Shore――届かせるもの―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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第24話 通してくれ
紙を握る指に、力が入っていた。
三行の書き置き。
その最後だけが、頭の中に残っている。
まだイリヤだから。
聖杯になるものではなく。
誰かに決められる器でもなく。
イリヤ自身が、自分の足で出ていった。
「柳洞寺よ」
遠坂が言った。
迷いはなかった。
「言峰はセイバーに、イリヤを柳洞寺へ連れていけと命じた。器を起動する場所も用意されてる。イリヤはその話を聞いてた」
「ああ」
行き先が書かれていなくても、ほかには考えられない。
自分のことを自分抜きで決めさせないために。
イリヤは、決めようとしている連中のところへ向かった。
「現在位置は特定できぬ」
アトラスが言った。
弁明はなかった。
士郎も責めなかった。
「追う」
紙を折る。
懐へ入れる。
上着を掴み、アゾット剣を腰へ差した。
鞘に収まったままの細い剣が、身体へ重さを伝える。
使うかどうかは決めていない。
それでも、持たなければ選べない。
遠坂は宝石を確認する。
十年ものは四つ。
それとは別の通常宝石を、すぐ使える位置へ移していく。
セイバーは玄関へ向かう前に、一度だけ左手を見た。
「言峰から、何か来てる?」
「いいえ。今は何も」
今は。
その言葉だけが残った。
令呪はあと一画。
遠坂は、そう考えている。
けれど、その一画がいつ使われるかは分からない。
「行くわよ」
四人が衛宮邸を出た。
◇
夜道を走る。
アトラスの紺碧の光が、足元を薄く覆っている。
踏み込んだ地面が崩れない。
曲がり角で足を取られない。
塀の影から飛び出すものも、風に流される枝も、士郎たちの進路へ届く前に逸れていく。
夜の道が、進む者だけを通すように整えられていた。
「正面から行くわよ」
遠坂が言う。
誰も異を唱えない。
柳洞寺へ続く参道を目指す。
走りながら、士郎は左手を一度だけ見た。
残った令呪。
最後の一画。
教会では使わなかった。
呼べば、アトラスは来た。
それでも呼ばなかった。
イリヤが、自分で選んだ条件を崩したくなかったから。
今も、使い道を先に決めるべきではない。
呼ぶための令呪じゃない。
何をさせるのか。
誰を守り。
何を拒むのか。
それを決めなければ、また同じになる。
士郎は左手から目を離した。
まだ命令は作らない。
イリヤへ辿り着くまで、何が道を塞ぐのか分からない。
◇
柳洞寺の池。
水面の近くに、三人が立っていた。
言峰綺礼。
イリヤスフィール。
間桐慎二。
慎二の腕には黒い拘束が巻きつき、池の縁から離れられる範囲を狭めていた。
完全に動けないわけではない。
足を引けば下がることはできる。
だが、逃げるには足りない。
言峰は二人を同時に見られる位置にいた。
「自分から来るとは思わなかったな」
イリヤの白い髪が、夜風に揺れる。
「わたしのことを、勝手に決めさせないためよ」
「殊勝なことだ」
「褒められに来たんじゃないわ」
慎二が鼻で笑った。
「何だよ。結局、来るんじゃないか」
拘束された腕を隠そうともせず、胸を張る。
「おまえが使えないっていうなら、次は僕だ。ギルガメッシュだって、僕を見捨てたわけじゃない。最初から僕には価値があったんだよ」
言峰が慎二を見る。
「英雄王は、その少年を代わりの器にするつもりだ」
「代わり?」
慎二の顔から笑みが消える。
「代わりって何だよ。僕は最初から選ばれてるんだ。そいつの代用品じゃない」
「完全な小聖杯ではない」
言峰は訂正しなかった。
「だが、泥を現世へ流すための代替器にはなる」
「泥?」
「英雄王は、泥を現世へ流すつもりだ。耐えられぬ者を捨て、残った者を治めるためにな」
慎二の口元が引きつる。
それでも、すぐに笑い直した。
「つまり、僕が聖杯を使うんだろ? 僕が残す奴を選ぶ。そういうことじゃないか」
「おまえが使うのではない。おまえが使われる」
笑みが止まった。
「……何?」
「英霊の魂を受け入れ、器として形を変えられる。人間の姿を保てる保証はない」
言峰の声は変わらない。
「完成すれば、泥を通す入口になる」
「待てよ」
慎二が一歩下がる。
腕の拘束が張り、身体が止まった。
「そんな話、聞いてないぞ」
「説明を求めたことがあったか?」
「ふざけるな!」
慎二の声が池へ響く。
イリヤは言峰を見ていた。
「あなたも同じことをするんでしょう」
「私は、英雄王の統治には興味がない」
「じゃあ、何がしたいの」
「この戦争が最後に産むものを、見届けたい」
「そのために、わたしたちを使うのね」
「器は必要だ」
言峰は二人を順に見た。
「イリヤスフィールが完成した器として役割を果たす。あるいは、それを拒むなら、そこの少年を使う」
慎二が言峰を見る。
イリヤも動かない。
「選ぶがいい」
どちらが器になるのか。
言峰は、イリヤへ選択を渡したように見えた。
白い少女は、慎二を見なかった。
言峰だけを見る。
「私は聖杯じゃない」
言峰は黙った。
池の水面が、風に揺れる。
「ならば、代わりを使うだけだ」
慎二の肩が跳ねた。
自分へ向けられた言葉だと理解するまで、わずかな間があった。
「嫌だ」
声は小さかった。
さっきまでの笑いも、虚勢もなかった。
「聖杯になんかなりたくない」
拘束へ手をかける。
外れない。
「助けろ」
言峰へ向けたのか。
イリヤへ向けたのか。
ここにいない英雄王へ向けたのか。
慎二自身にも、もう分けられない声だった。
イリヤが、初めて慎二を見る。
慎二もその視線に気づいた。
怯えた顔が、すぐに歪む。
「何だよ」
イリヤは何も答えない。
城でバーサーカーを奪われたことも。
慎二が何をしてきたかも。
消えたわけではない。
ただ、拒絶した言葉だけを見ている。
「そいつだって聖杯じゃない」
言峰の視線が、二人の間を移った。
「二人とも、器であることを拒むか」
否定はしない。
拘束も解かない。
ただ、二人の答えを見ていた。
◇
間桐邸の門が開く。
長い髪の女が、夜の道へ出た。
ライダーは屋敷を一度だけ振り返る。
窓に明かりはない。
そのまま踵を返し、柳洞寺へ向かう道へ走った。
屋敷へ近づくものを、自分の方へ引き寄せるように。
桜のいる方角から遠ざけるように。
正面参道へ続く山道を選ぶ。
斜面を駆け上がる。
木々の間を抜けた先に、金色の光があった。
黒い上着。
金の髪。
山門へ向かっていたギルガメッシュが足を止める。
ライダーは戻らなかった。
山道の中央へ出る。
間桐邸へ続く道を、背後へ置く。
金色の波紋が開いた。
警告はない。
剣が放たれる。
ライダーは斜面を蹴った。
刃が直前までいた場所を貫き、樹木を折る。
崩れた幹へ足をかけ、さらに上へ跳ぶ。
鎖が夜気を裂いた。
ギルガメッシュの腕へ向かう。
別の波紋から現れた刃が鎖を弾く。
金属音が山へ響いた。
ギルガメッシュが笑う。
背後に、さらに多くの黄金が開く。
ライダーは着地と同時に踏み込んだ。
逃げない。
戻らない。
金の光が一斉に降る。
一つを避ける。
二つ目を鎖で逸らす。
三つ目が脇腹を貫いた。
身体が揺れる。
それでも前へ進もうとした。
四つ目が胸を貫く。
長い髪が、血とともに揺れた。
ライダーの足が止まる。
膝が山道へ落ちる。
霊基が、端から光へ変わっていく。
声はなかった。
名前も呼ばなかった。
最後まで、間桐邸へ背を向けたまま。
身体が消える。
ギルガメッシュは消滅を見届け、山門へ向かって歩き出した。
黒い上着の裾が、夜風に揺れる。
その輪郭へ、黄金の光が走った。
肩。
胸。
腕。
脚。
魔力が幾重にも重なり、黒を覆っていく。
夜道を歩いていた男の姿が消える。
代わって現れたのは、黄金の甲冑をまとう王だった。
赤い外套が背後へ落ちる。
歩みは止まらない。
英雄王は、そのまま山門へ向かった。
◇
間桐邸。
廊下を歩いていた桜の手から、盆が傾いた。
胸の奥へ、短い衝撃が走る。
繋がっていたものが切れた。
桜は足を止めた。
「ライダー……?」
◇
池の水面が揺れた。
風ではない。
何もない空間から、見えない何かが落ちてくる。
イリヤの身体へ。
言峰が顔を上げた。
白い指先から色が抜けていく。
夜気よりも冷たく、白くなる。
イリヤが指を動かす。
反応が遅れる。
自分の手を見下ろした。
呼吸が浅くなる。
胸の動きが小さくなり、その間隔が乱れた。
膝が折れる。
片手を池の縁へつき、倒れることだけは避けた。
慎二が反射的に腕を動かす。
だが、触れる前に身を引いた。
池の上。
夜空が歪む。
水面に映った月だけが、円形に引き延ばされた。
空中の一点へ影が集まる。
何もなかった場所に、奥行きが生まれる。
黒い輪郭が夜空へ浮かぶ。
まだ小さい。
向こう側も見えない。
ただ、孔だけが開き始めている。
「始まったか」
言峰が言った。
イリヤは池の縁へ手をついたまま、顔を上げる。
唇が動く。
「……まだ、わたしは」
声は続かなかった。
けれど、意識は残っていた。
◇
正面参道へ入った瞬間、空気が変わった。
山門の先から、重い魔力が流れてくる。
何が起きているのかは分からない。
イリヤがどうなっているのかも。
誰がいるのかも。
ただ。
内側で何かが始まっている。
「マスター。内部の状態が変化している」
「分かるのか」
「詳細は不明だ。だが、先ほどまでとは異なる」
「急ぐぞ」
石段を上る。
セイバーが前。
士郎の近くにアトラス。
遠坂が斜め後ろ。
四人で一つのまとまりを作り、山門へ向かう。
上から、黄金の光が降った。
セイバーが足を止める。
士郎たちも続いて止まった。
石段の上。
山門を背にして、ギルガメッシュが立っていた。
夜の中で、黄金の甲冑だけが燃えるように輝いている。
赤い衣。
金の髪。
その背後に、黄金の波紋が浮かんでいた。
「器を追って雑種どもが揃い踏みか。よい。ならばここで篩にかけてやろう」
山門は、その背後にある。
イリヤは、その先だ。
「そこをどけ。イリヤのところへ行く」
ギルガメッシュの赤い目が、士郎へ向いた。
笑みが消える。
黄金の波紋から一本の剣が射出された。
狙いは、士郎。
セイバーが前へ出るより先に、紺碧の壁が立つ。
剣が光へ衝突した。
石段が砕ける。
宝具の軌道が沈み、脇の石垣へ突き刺さった。
アトラスが士郎の前へ出る。
小さな背中が、三人と黄金の間に立つ。
その光景が。
前にも見たものへ重なった。
アーチャーが城へ残った。
自分たちを先へ行かせて。
ギルガメッシュの前に一人で立った。
「待て。そんなの、アーチャーの時と同じだ」
「同じではない」
アトラスは振り返らない。
「あの時の汝は、進むことを理解していなかった。今の汝は、行く先を知っている」
「だからって、アトラスだけ残して行けるか。四人で抜ける。俺も戦う」
黄金の波紋が増える。
一本ではない。
アトラスだけでもない。
セイバー。
遠坂。
士郎。
四人すべてへ刃先が向けられる。
紺碧の光が広がった。
三人を覆う。
黄金へ壁を向ける。
同時に山門へ伸ばそうとした道が、閉じかける。
拒絶を強くすれば、進路まで塞がる。
道を開けば、士郎たちを覆う光が薄くなる。
「
言葉が、士郎を止めた。
イリヤは、自分のことを自分抜きで決めさせないと言った。
アトラスも同じだ。
士郎のサーヴァントだから残るのではない。
命令されたから門になるのでもない。
自分で。
ここに残ると決めた。
士郎が守らなければならない少女ではない。
自分を守る盾でもない。
自分で選び、自分で裁定する王が立っている。
ギルガメッシュの宝具が、さらに光を強める。
「俺を守らなければ、もっと強く拒否できたのか」
「可能だ」
あの時の答え。
アトラスは、士郎を守っている限り全力を使えない。
教会では、イリヤの側から呼ばなかった。
今度は、士郎たちがアトラスの防護の内側から出る。
先へ通る。
それで、アトラスは一人になる。
命令するのは、残ることではない。
残るという決定を、成立させる条件だ。
誰を通す。
どこまで通す。
誰を通さない。
どこを境界にする。
全部、決まっている。
士郎は左手を上げた。
最後の令呪が赤く光る。
「アトラス。
俺とセイバーと遠坂を、イリヤのところまで通してくれ。
ギルガメッシュは、この山門から先へ通すな」
赤い光が左手の甲から走った。
アトラスへ届く。
三人を覆っていた紺碧の光が震える。
役割が変わる。
壁だったものが、進むための道へ変わっていく。
アトラスが初めて振り返った。
「衛宮士郎」
一瞬だけ、目が合った。
士郎は答えなかった。
前を見る。
山門の向こう。
イリヤのいる方向へ身体を向ける。
三人の足元から、紺碧の光が石段を上る。
黄金と三人を隔てていた面が、一本の道になる。
道は、ギルガメッシュの脇を抜けて山門へ続く。
ギルガメッシュの周囲に浮かんでいた宝具が動いた。
士郎。
遠坂。
セイバー。
四人へ向けられていた刃先が、一つずつアトラスへ揃っていく。
赤い目が細められた。
口元に、満足そうな笑みが戻る。
「行け、セイバー。貴様は後だ」
セイバーは止まらない。
紺碧の道を駆け上がる。
士郎が続く。
遠坂が最後に踏み込み、一度だけ後ろを見る。
ギルガメッシュは攻撃しない。
三人を狙っていた刃は、すべてアトラスへ向けられている。
黄金の王は、目の前に残った一騎だけを見ていた。
士郎たちは、その脇を通る。
山門へ届く。
セイバーが越える。
士郎が越える。
遠坂が越える。
アトラスは越えない。
ギルガメッシュも、山門から先へは進まない。
境内へ入る。
士郎は一度だけ振り返った。
山門を背にしたギルガメッシュ。
石段の下に立つアトラス。
長い言葉はない。
別れの言葉も。
遺言もない。
黄金の宝具が、アトラス一人へ揃う。
ギルガメッシュは、もう後ろへ進む三人を見ていなかった。
紺碧の光が解ける。
士郎たちを覆っていた光。
道を作っていた光。
黄金を拒んでいた壁。
消えたのではない。
すべてが、石段の下に立つ一人の王へ戻っていく。
アトラスの身体へ。
足元の石段へ。
山門を境界とする領域へ。
城が閉じ始める。
「
門が立つ。
壁が重なる。
道が閉じる。
士郎たちを囲っていた城は、もうそこにはない。
一人の王だけを中心に、王宮のすべてが閉じていく。
完全閉城。
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後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
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