The Reaching Shore――届かせるもの―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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山門を越えた。
セイバーが先を走る。
士郎が続き、遠坂がすぐ後ろにいる。
振り返らない。
もう一度だけ見た。
石段の下に残ったアトラスも。
その正面に立つ黄金の王も。
あとは、先へ進む。
木々の隙間から、夜空が見えた。
黒い。
ただ暗いのではない。
池の上空だけ、夜が丸く歪んでいる。
奥行きのない孔。
周りの闇を、そこへ引き込もうとする輪郭。
まだ完成していない。
それでも、さっきまでなかったものが空にある。
「急いで!」
遠坂の声が飛ぶ。
林を抜ける。
池が見えた。
「イリヤ!」
最初に見えたのは、白い髪だった。
池の縁で、イリヤが片手を地面についている。
膝が落ちていた。
顔は上がっている。
少し離れた場所に慎二がいる。
腕を黒いものに拘束され、逃げられないまま立っていた。
その二人と池を見渡せる場所に、言峰がいる。
言峰は士郎たちを見ても動かなかった。
士郎はそいつより先に、イリヤへ走った。
セイバーが一歩前へ出る。
見えない剣を構え、言峰を睨む。
すぐには斬りかからない。
言峰との契約は、まだ切れていない。
新しい命令が来れば、また何をさせられるか分からない。
「……シロウ」
小さな声だった。
「イリヤ。今――」
「待って」
手を伸ばした士郎を、遠坂の声が止める。
遠坂はイリヤと、池の上空を交互に見ていた。
「今、術式がどう繋がってるか分からない。下手に触れば、何が起きるか」
「じゃあ、どうすればいい」
「見てる。少しだけ待って」
イリヤの指は白い。
呼吸も浅い。
身体の内側を流れる魔力が、人間のものとは違う形へ変わろうとしている。
それが、池の上空の孔と繋がっていた。
どこを切れば止まるのか。
切ってしまえば、何が壊れるのか。
遠坂は、まだ手を出さない。
イリヤは遠坂ではなく、士郎を見た。
「わたし抜きで、決めさせない」
声を出したぶんだけ、呼吸が乱れる。
それでも目を逸らさない。
助けてほしい、とは言わなかった。
ここで死にたいとも。
全部を士郎へ任せるとも。
自分を抜きにして、勝手に決めるな。
それだけを、もう一度言った。
なら、止める。
イリヤが何を選ぶにしても。
その前に、本人のいないところで進められた決定を止める。
「おい、僕もだ!」
慎二が声を上げた。
「僕までこんなものにされるんだぞ! 何とかしろよ!」
「慎二……?」
どうして慎二がここにいる。
何をされたのか。
「僕を代わりの器にするって言うんだ! あいつら、僕を使うつもりなんだぞ!」
言峰が口を開く。
「本来の器はイリヤスフィールだ。だが、本人が拒絶した」
言峰の視線が慎二へ移る。
「その少年は代替だ。こちらも拒んだが、儀式はすでに完成域へ入っている」
「儀式……」
士郎は池の上を見る。
夜に開きかけた黒い孔。
「あれは何だ」
「アンリマユ」
言峰は、初めてその名を口にした。
「聖杯の内で育てられ、この戦争が最後に産み落とすものだ」
「それを、生ませるつもりなのか」
「私は、そのためにここにいる」
言峰の声は平坦だった。
「英雄王は、その後の世界を望んでいる。泥に耐えた者を残し、治めるつもりだ」
「おまえは違うのか」
「私は、まず生まれるものを見たい」
理解できない。
何が生まれるのかを見るために。
そのために、イリヤを失わせる。
それだけで十分だった。
言峰は敵だ。
◇
黄金が降る。
完全閉城の外壁へ、宝具の群れが突き刺さった。
紺碧の面が軋む。
一つは弾く。
一つは軌道を下へ沈め、石段へ突き立てる。
一つは壁の表面を削り、浅い亀裂を残した。
アトラスは退かない。
防壁が斉射を受けているあいだに、一段上る。
門を背にした英雄王が、それを見下ろしている。
石段へ散った光が、わずかに形を取った。
海へ開く港。
その入口を閉じる防潮門。
記憶ではない。
過去の映像でもない。
王宮外装が攻撃へ応じた一瞬だけ、そこに組み込まれた用途が漏れた。
ギルガメッシュの笑みが僅かに変わる。
新たに開いた王の財宝が、正面だけを狙わなかった。
左右へ広がる。
アトラス自身。
壁の側面。
足元の石段。
山門へ繋いだ境界。
複数の箇所へ、同時に黄金が降る。
紺碧の光が分かれた。
正面に壁が立つ。
側面へ薄い面が重なる。
砕けた石段が沈まず、足場として固定される。
山門へ向かう境界は閉じたまま動かない。
一人の王の周囲で、異なる区画が同時に応答する。
黄金の波紋が、一つだけ形を変えた。
宝具の群れとは別に。
金色の鎖が、夜気を裂いて伸びる。
外壁を狙っていない。
アトラス本人へ巻きつこうとしている。
一度捕らえられれば、前進を止められる。
境界を維持する身動きも奪われる。
通常の斉射と同じようには受けられない。
鎖が届く直前。
深海圧を、その先端へ集中する。
金色の連なりが落ちた。
石段へ激突する。
石材が割れ、破片が跳ねた。
鎖そのものは壊れない。
アトラスは大きく退かず、進行軸を一段ぶん横へずらす。
二条目が側方から回り込んだ。
一条を深海圧で沈める。
もう一条を防壁の縁で逸らす。
包囲の中心だけを、石段ごと僅かに下げる。
鎖は空を巻き、捕縛に失敗した。
その稼働から、別の断片が漏れる。
港へ入ろうとするものを押し返す海流。
閉ざされ、流れを変える水路。
ギルガメッシュは何も言わない。
次の斉射が、一本の密集した線になる。
外壁を壊すためではない。
王宮を動かす、その主体へ圧を集めている。
アトラスは完全閉城の深部を開く。
王冠。
王位を動かす者を認める層。
そこへ、異なる名が浮かぶ。
エウメロス。
個体を照合するための名。
黄金の王が、それを見た。
「エウメロス」
「その名で呼ぶな」
即座に返す。
秘すべき名ではない。
だが、今ここに立つ者を、その名だけで規定させるつもりはない。
ギルガメッシュの赤い目が細められる。
「ならば、何と呼ぶ。
兄の名か。
国が望んだ王の名か。
それとも、貴様が海底に置いてきた名か」
「
「それは知っている」
黄金の王は笑わない。
「だから問うている」
◇
「そんなものを生ませるために、イリヤを使わせるか」
士郎は言峰を見る。
「イリヤは連れて帰る」
「救うのか」
「ああ。当たり前だ」
「彼女は、生きたいと言ったのか」
答えが、すぐには出なかった。
イリヤは言った。
自分は聖杯ではない。
自分抜きで決めさせない。
けれど。
どう救うのか。
何を犠牲にしてよいのか。
生きることを、何よりも優先するのか。
そこまでは言っていない。
士郎は、イリヤを救うべきだと思っている。
衛宮邸へ連れて帰るべきだと。
それは、士郎が決めたことだ。
遠坂は二人の会話を聞きながらも、イリヤの側を離れない。
池の術式。
身体の魔力。
上空の孔へ繋がる箇所。
一つずつ目で追っている。
「だったら早く何とかしろ!」
慎二が叫ぶ。
「このままじゃ、僕まで使われるんだぞ!」
言峰は振り向かない。
「二人とも拒んだ。だからといって、すでに始まったものが止まるわけではない」
「本人を無視して続けていい理由になるか」
「ならば、おまえは本人を無視していないと言えるのか」
士郎の奥歯が噛み合う。
「他者を救おうとする者は、結果を選ぶ。本人の望みを尊重すると言っても、救う手段を決めるのは救う側だ」
「だから何だ」
「何が彼女のためになるかを、おまえも選ぼうとしている」
簡単な詭弁ではない。
分かっている。
士郎も、結果を選ぼうとしている。
イリヤを救う。
連れて帰る。
そのために何を壊すのか。
誰を傷つけるのか。
全部を、イリヤが決めたわけではない。
セイバーが言峰を警戒したまま、士郎の横顔を見る。
何も言わない。
セイバーも、答えを教えない。
池の上で、黒い孔が僅かに広がった。
水面が、空へ引かれるように揺れる。
イリヤの肩が小さく上下した。
時間がない。
◇
黄金が再び降る。
名を問うたあとも、攻撃は止まらない。
完全閉城の外壁に亀裂が増える。
鎧の表面が削れ、紺碧の破片が石段へ落ちた。
砕けた面が閉じ直すまで、一拍を要する。
その間にも、アトラスは一段上る。
複数方向からの斉射へ、王宮の内側が応じた。
閉鎖区画が組み替わる。
保存層が外壁の欠損を引き受ける。
すべてを見せることはない。
攻撃が触れた箇所だけが、役割を露出する。
閉ざされる港。
海水へ沈んでいく街路。
敵に壊されたのではない。
外から奪われたのでもない。
王の裁定によって、街が閉じていく。
ギルガメッシュの斉射が、一拍だけ止まった。
「なるほど。貴様は、おのれの国を棺へ納めた王か」
「棺ではない。記録だ」
それ以上は言わない。
王の財宝が、さらに数を増した。
威力も上がる。
外壁を削るためではない。
王宮の最奥まで、反応を引きずり出すための斉射。
アトラスは受けながら進む。
一段。
さらに一段。
外装が砕ける。
閉じ直す。
紺碧の構造そのものが、王とともに石段を上っていく。
黄金の鎖が、斉射の隙間を縫った。
深海圧で軌道を沈める。
鎖が石段を叩き、亀裂を広げる。
斉射。
防壁の再構成。
境界の維持。
鎖を沈める圧。
それらが重なった。
王宮の最奥へ負荷が届く。
鎧の深部で、青い光が灯った。
封鎖の奥。
水底よりもなお深い場所に閉ざされた火。
都市を焼くための火ではない。
敵を討つために蓄えられた炎でもない。
一度開けば、戦場と、その外側を分けない。
勝者も敗者も残さず、海の底から世界そのものを終わらせる火だった。
火口の縁に、細い青が走る。
封鎖層が軋んだ。
閉ざされていたものが、王の裁定を待っている。
開くか。
声ではない。
王宮の最奥から返された問い。
アトラスは知る。
あと一層。
それを外せば、もう戻せない。
青い光が鎧の継ぎ目へ滲む。
石段に落ちた紺碧の破片の奥まで、同じ色が灯った。
夜気が熱を持ったのではない。
むしろ、音が遠ざかる。
黄金の斉射も。
砕ける石も。
世界のすべてが、火口の向こうへ沈みかける。
ギルガメッシュが青い光を見る。
「開けば終わるぞ」
恐怖はない。
警告でもない。
赤い目は、王が何を選ぶかを見ている。
「大洋王。
その火を開けば、我の宝具も、鎖も、山門も、この夜も、まとめて終わる」
火口が僅かに開く。
青い線が広がる。
封鎖層が一段外れようとしている。
水底から、世界の終わりが浮上する。
まだ炎は見えない。
それでも、開きかけた隙間の向こうに、何一つ残さない熱だけがある。
「火口閉鎖」
アトラスが命じる。
「終末再現、不要」
青い光が揺れる。
「
外れかけた封鎖層が止まる。
火口が閉じた。
青い光が、王宮の最奥へ沈んでいく。
鎧の継ぎ目から色が消える。
遠ざかっていた音が戻る。
石段を砕く黄金の響きが、再び夜へ満ちた。
世界は、終わらなかった。
「勝敗のために終末を開くのは、怠惰だ」
ギルガメッシュが聞いている。
「終末は、勝敗の補助具ではない。
終わらせるべきでない戦を、終わらせる力で処理することを、己は裁定と呼ばぬ」
「よい」
英雄王は短く答えた。
「貴様は勝ちを捨てたのではない。
終末を勝利の道具にしなかった」
アトラスは火を閉じたまま、一段上る。
完全閉城は崩れない。
山門へ続く境界も、閉じたままだった。
◇
池へ戻る。
孔は、先ほどより広がっている。
イリヤの呼吸はさらに浅い。
それでも、意識はある。
伏せかけた瞼が、士郎を追う。
「このまま動かすのも危ない」
遠坂が低く言った。
「術式を切るのも危険。孔を放っておくのも駄目。どれを選んでも、安全じゃない」
「だからって、このままにはしない」
士郎はイリヤへ近づこうとする。
言峰が、その進路へ立った。
「本人の決定を尊重する」
穏やかな声だった。
「だが、救うという結論はおまえが選ぶ。そのために何を壊し、何を犠牲にするかも、おまえが決める」
「どけ」
「衛宮切嗣も、そうして結果を選んだ」
足が止まった。
第四次の切嗣。
セイバーを従えた男。
多くを救うために、少ないものを切り捨てた魔術師。
そして。
会いたいと言いながら、最後までイリヤのもとへ帰れなかった父親。
「本人の裁定を尊重すると言いながら、救うことだけはおまえが決める」
言峰は間を置かなかった。
「それは切嗣と何が違う」
すぐには言い返せなかった。
士郎も決めようとしている。
イリヤを救うべきだと。
連れて帰るべきだと。
何がイリヤのためになるかを。
切嗣との共通点を、すべて違うとは言えない。
「違うと言うのなら、衛宮切嗣の過ちを正してみせろ」
言峰の声が続く。
「おまえが聖杯の力を手にすれば、肉親の帰りを待っていた孤独な少女のもとへ、父親を返してやることができる」
「――何を」
「切嗣が聖杯の破壊を命じるより前へ戻せばよい」
言峰の視線が、士郎を捉える。
「その後に起きたすべての悲劇の消滅とともにな」
「バカな。そんなことが」
「万能の願望器たる聖杯をもってすれば、可能だ」
なかったことになる。
切嗣が聖杯の破壊を命じることも。
十年前の大火災も。
切嗣が負った傷も。
帰れなくなったことも。
イリヤが待ち続けたことも。
全部。
何もかも。
父親は帰る。
少女は待たなくていい。
孤独にもならない。
切嗣の過ちは消える。
士郎が拾われた夜も。
衛宮士郎になったことさえ。
「――――な」
声が出なかった。
胸の奥で、何かが煮えた。
「ふざけるな――!」
悔しかった。
やるせなかった。
切嗣を待って。
待ち続けて。
いつか帰ってこないと悟って。
父親を恨んだかもしれない。
それでも。
士郎のことを恨み切らず。
切嗣に拾われた人間だと知っても、ただのイリヤとして目の前に現れた少女の。
きっと、何一つ。
士郎には分かってやれない。
そんな彼女の想いを。
過ごした十年間を。
悲しかったことも。
怒ったことも。
それでも今ここまで来て、自分の言葉で拒んだことも。
聖杯を使えば、消せる。
救ったことにできる。
けれど。
それは、今ここにいるイリヤを救うことじゃない。
今までのイリヤを、別の誰かに取り替えることだ。
「なかったことにできるかよ」
言峰は黙っている。
「イリヤは言ったんだ。自分は聖杯じゃないって」
紙に書かれていた言葉。
そして、目の前で告げられた、決めさせないという言葉。
「いまここにいるイリヤが、自分のことを、自分抜きで決めさせないって」
声が強くなる。
「イリヤが決めたことを、なかったことにさせるかよ――!」
イリヤの瞼が上がった。
白い指先が、僅かに動く。
途切れかけていた呼吸が、一つ戻った。
言峰は否定しない。
聖杯を使えとも、使うなとも言わなかった。
ただ、士郎の答えを見届けた。
そして。
その視線が、セイバーへ移った。
セイバーの肩が強張った。
剣を握る手が震える。
足が、後ろへ引こうとして止まる。
遠坂が息を呑む。
「まさか――」
「……残りは、一画のはず」
言峰の腕に、赤い光が走る。
だが、浮かんだ紋様は、士郎が知る令呪の一画よりも多かった。
「セイバー。聖杯を守れ。器へ触れようとする者を排除せよ」
空気が軋む。
セイバーの腕が跳ねた。
剣を下げようとする。
下がらない。
歯を食いしばり、士郎へ何かを言おうとする。
声にならない。
足が一歩、意思とは逆へ踏み出した。
士郎とイリヤの間へ入る。
見えない剣が上がる。
その剣先が、士郎へ向いた。
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しばらくは毎日7時頃に更新予定です。
後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。