The Reaching Shore――届かせるもの――   作:ほいみん

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Fate/stay night二次創作長編『The Reaching Shore――届かせるもの――』第3話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・AI使用表記・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
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アトラス設定資料はこちら:
【設定資料URL】
https://docs.google.com/document/d/1Gdk-aR_oVREDxgTlwfcmQzWDoM_qF-cY2UsIi8TS6_0/edit?usp=drive_link



第3話 閉じ方には興味がある

 冬木教会は、新都の外れにあった。

 

 衛宮邸を出てから、ずいぶん歩いた。

 

 深山町の古い家並みを離れ、橋を渡り、新都の灯りさえまばらになる。

 

 夜更けの道を進むほど、さっきまでいた家が遠ざかっていった。

 

 土蔵の壊れた戸も。

 

 庭に残った杭剣の跡も。

 

 自分が二度殺されかけたことさえ、別の場所で起きたことのように思える。

 

 もちろん、そんなはずはない。

 

 左手の甲には赤い印が残っている。

 

 背中には、アトラスの軽い重みがある。

 

「もう降りられる」

 

 教会へ続く石段の途中で、アトラスが言った。

 

「本当に立てるのか」

 

「歩行に支障はない」

 

「さっきも同じようなこと言って、膝が曲がっただろ」

 

「先刻より出力は回復している」

 

 そう言われても信用できなかった。

 

 けれど、アトラスは士郎の肩へ置いていた手を離す。

 

 地面へ下りた足は、今度は揺れなかった。

 

 鎧は戻していない。

 

 夜目には暗く見えていた髪は、街灯の下では淡い水青だった。

 

 小柄な身体のまま、それでも背筋はまっすぐに伸びている。

 

 遠坂が少し先で振り返る。

 

「歩けるなら急ぐわよ。あの神父、待たせるとうるさいんだから」

 

「遠坂も呼び出されてたのか」

 

「一応ね。監督役への報告をずっと放っておいたから」

 

 遠坂の後ろを歩いていた赤い外套の男が、鼻を鳴らした。

 

「自覚があるなら、もう少し早く来るべきだったな」

 

「うるさいわね。誰の召喚で予定が狂ったと思ってるのよ」

 

「さて。私を呼んだのは君だったと記憶しているが」

 

 教会の門が見える。

 

 遠坂は足を止めた。

 

「アーチャー。ここでは霊体化して」

 

「了解した」

 

 赤い外套が、音もなく薄れる。

 

 輪郭が夜気へ溶け、そこにいた男の姿が消えた。

 

「消えた……」

 

「霊体化よ。サーヴァントは本来、ああして姿を消していられるの」

 

 遠坂は何でもないことのように言った。

 

 士郎は隣を見る。

 

 アトラスは消えていない。

 

「おまえはしないのか」

 

「現在の供給では、(おれ)が霊体化した後の再実体化を保証できぬ」

 

「戻れなくなるってことか」

 

「可能性がある」

 

 平坦な返答だった。

 

「不測の事態が発生した際、実体化できなければ対処能力を失う。現状では非効率だ」

 

 遠坂の眉が寄る。

 

「そこまで供給が足りないの?」

 

「契約線は成立している。だが、供給量は低い」

 

「衛宮くん、貴方、魔術回路は?」

 

「ある、と思う。親父から魔術は習ってた」

 

「思うって何よ」

 

「毎晩、作ってるから」

 

 遠坂の足が止まった。

 

「……何を?」

 

「魔術回路」

 

 しばらく返事がなかった。

 

 遠坂は何かを言いかけ、やめた。

 

「それはあとで聞くわ」

 

 声が低かった。

 

 なぜか、ものすごく怒っているように聞こえた。

 

 教会の扉を開く。

 

 中は暗かった。

 

 祭壇の前だけに灯りがある。

 

 静かすぎて、靴音が大きく響いた。

 

「再三の呼び出しにも応じぬと思えば、変わった客を連れてきたな」

 

 男の声がした。

 

 黒い聖職衣。

 

 背が高く、目つきの鋭い神父が、祭壇の前に立っている。

 

「……ふむ、彼が七人目という訳か、凛」

 

「そういうこと。本人は何も知らないけど」

 

「それは見れば判る」

 

 神父の視線が士郎へ向く。

 

 見られただけで、身体の内側を調べられているような感覚がした。

 

「名を」

 

「衛宮士郎」

 

 男の目が、ほんのわずかに動いた。

 

 驚いた。

 

 そう見えたのは一瞬だけだった。

 

「衛宮、か」

 

「俺のことを知ってるのか」

 

「姓を聞いたことがあるだけだ」

 

 言峰は士郎から視線を外し、隣に立つアトラスへ向き直った。

 

 小柄な身体。

 

 淡い水青の髪。

 

 鎧の消えた姿を、頭から足元まで静かに眺める。

 

「そちらがランサーか」

 

「然り」

 

「真名は」

 

「アトラス」

 

 遠坂の肩がわずかに落ちた。

 

 もう諦めたらしい。

 

「なるほど」

 

 神父は、それ以上真名へ反応しなかった。

 

「私は言峰綺礼。この聖杯戦争の監督役を務めている」

 

 言峰綺礼。

 

 名乗りを聞いても、安心はできなかった。

 

 教会の人間。

 

 戦争の監督役。

 

 どちらも、目の前の男には似合っていない気がした。

 

「では、説明を始めよう。衛宮士郎。君には自分が何へ足を踏み入れたのかを知る権利がある」

 

 七人のマスター。

 

 七騎のサーヴァント。

 

 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。

 

 英霊と呼ばれる過去の英雄たちが、七つの器へ分けられて召喚される。

 

 彼らにもまた聖杯へ託す願いがあり、そのためにマスターの召喚へ応じる。

 

 最後まで残った一組だけが、あらゆる願いを叶える聖杯を得る。

 

 言峰もまた、前回の聖杯戦争の参加者であったこと。

 

 言峰から告げられたのは、そんな話だった。

 

 作り話にしか聞こえない。

 

 けれど、今夜の出来事が全部それを裏づけている。

 

 鎖を操る女。

 

 赤い外套の男。

 

 土蔵に現れたアトラス。

 

 左手に浮かんだ令呪。

 

「負けたマスターは、どうなる」

 

「死亡するとは限らない」

 

 言峰が答える。

 

「サーヴァントを失い、戦闘を継続できなくなった者は、この教会へ保護を求めることができる」

 

「じゃあ、最初から降りることもできるのか」

 

「できる」

 

 士郎は息を吐いた。

 

 それなら、答えは決まっている。

 

「なら俺は――」

 

「ただし」

 

 言峰の声が先を塞いだ。

 

「君が降りたところで、聖杯戦争が終わるわけではない」

 

「それは……分かってる」

 

「本当に?」

 

 言峰は祭壇の前から動かない。

 

「残ったマスターは戦いを続ける。サーヴァントを維持するため、人間の生命を魔力へ変える者もいる。戦闘が市街地へ及ぶこともある」

 

 衛宮邸の庭が浮かぶ。

 

 もし、アトラスがいなかったら。

 

 あの女の杭剣が土蔵の外へ向いていたら。

 

 朝になれば藤ねえが来る。

 

 桜も来る。

 

「君が戦争から降りても、被害を受ける者まで消えるわけではない」

 

「だったら、監督役が止めればいいだろ」

 

「私は規則を監督する。すべての戦闘を未然に防ぐためにいるのではない」

 

「そんなの――」

 

「十年前の大火災のように、戦争の余波が無関係な人間を呑み込むこともある」

 

 音が消えた。

 

 祭壇も、灯りも、目の前の神父も遠ざかる。

 

 赤い空。

 

 焼けた空気。

 

 息を吸うたび、喉へ入り込んでくる煙。

 

 倒れた人。

 

 動かない人。

 

 伸ばされた手。

 

 声がする。

 

 助けてくれと。

 

 誰かが呼んでいる。

 

 それなのに、自分の身体は動かなかった。

 

 何もできなかった。

 

 何も渡せなかった。

 

 ただ一人、生き残った。

 

「待て」

 

 自分の声が、知らないもののように聞こえた。

 

「あれも、聖杯戦争のせいだっていうのか」

 

「そうだ」

 

 言峰は即答した。

 

「前回の聖杯戦争、その終結に伴って起きた災害だ」

 

 左手が震えた。

 

 十年前。

 

 何も分からないまま、全部を焼かれた。

 

 自分だけが助けられた。

 

 その原因が、また始まっている。

 

「また、あんなことが起きるのか」

 

「可能性はある」

 

 胸の奥に、熱いものが戻ってきた。

 

 恐怖とは違う。

 

 悲しみとも違う。

 

 あれを起こしたもの。

 

 人を巻き込みながら、願いのために殺し合う者たち。

 

 そいつらが、またこの街にいる。

 

「聖杯なんていらない」

 

 言葉が出た。

 

「誰かを殺して願いを叶えるつもりもない」

 

 言峰は黙っている。

 

 遠坂も、何も言わない。

 

 アトラスの冷たい血色の瞳だけが、士郎を見ていた。

 

「でも、またあんなことが起きるなら、放っておけない」

 

「戦うと?」

 

「戦えるかどうかなんて分からない」

 

 今夜、二度殺された。

 

 アトラスがいなければ、もう死んでいた。

 

 魔術師としても半人前以下だ。

 

 何をすればいいのかさえ知らない。

 

「それでも、何も知らないふりをして帰ることはできない。俺はこの戦争に残る」

 

 言峰の口元が、わずかに動いた。

 

「承知した。衛宮士郎を、第七のマスターとして正式に認めよう」

 

「汝の裁定を記録した」

 

 アトラスは、それ以上何も付け加えなかった。

 

 決まった。

 

 何かが変わったわけではない。

 

 左手の令呪も。

 

 教会の空気も。

 

 アトラスの表情も。

 

 それでも、もう自分は知らなかった時へ戻れない。

 

「衛宮くん」

 

 遠坂が言う。

 

「一応、確認しておくけど。今の説明を聞いて、それでも残るのね」

 

「ああ」

 

「そう」

 

 短い返事だった。

 

「なら、次に会った時は敵かもしれない。忘れないで」

 

「遠坂は、今すぐ俺と戦うのか」

 

「そんなわけないでしょう。教会の中で戦うほど非常識じゃないわ」

 

 そこなのか。

 

 遠坂はアトラスへ目を移した。

 

「そういえば、聞いてなかったけど」

 

 アトラスが見る。

 

「アトラスって、あの天を支える巨人?」

 

 沈黙が落ちた。

 

 ランサー。

 

 三叉槍。

 

 城壁のような防御。

 

 けれど、鎧を脱げば士郎よりずっと小さい。

 

 天を支える巨人という言葉とは、何もかもが噛み合わない。

 

「話す必要はない」

 

 遠坂が目を細めた。

 

「真名を明かしておいて、そこは言わないのね」

 

「真名と、伝承の解説は同義ではない」

 

「ほんとうに扱いづらいわね、貴方」

 

 アトラスは答えなかった。

 

 言峰が二人の問答を眺めている。

 

「興味深いサーヴァントだ」

 

「何がだ」

 

 士郎が訊く。

 

「ランサーは通常、正面戦闘に秀でたクラスだ。しかし、君のサーヴァントが先ほど行使したのは、守りと領域の制御だと聞いた」

 

 遠坂が話したらしい。

 

「そして、既に消耗している」

 

 アトラスの視線が言峰へ向く。

 

「君のマスターから得られる魔力は、十分ではないようだ」

 

「それがどうした」

 

「サーヴァントがマスターから供給を得られない場合、別の手段を取ることがある」

 

 言峰は士郎へではなく、アトラスへ話していた。

 

「人間の魂を食らい、魔力へ変える。君はそれを認めるか、ランサー」

 

「認めないに決まってるだろ」

 

 士郎が先に答えた。

 

「俺はそんなことをさせない」

 

「私は君に訊いてはいない」

 

 言峰の視線は動かない。

 

 アトラスも、すぐには答えなかった。

 

「認可した者は誰だ」

 

 士郎はアトラスを見る。

 

「何?」

 

「徴収の対象は誰か。量はどれほどか。その結果、何が守られる」

 

 声は変わらない。

 

 人の魂を食う話をしているのに、嫌悪も怒りもない。

 

「責任を負う者は存在するか」

 

 言峰がわずかに笑った。

 

「条件が整えば、許可すると?」

 

「共同体へ還元されず、対象も限度も定められぬ徴収は略奪だ」

 

「略奪でなければよいと」

 

「統治下の徴収と、無認可の略奪は同一ではない」

 

「おい、アトラス」

 

 思わず名前を呼んだ。

 

「人の命を取る話だぞ」

 

「把握している」

 

「だったら――」

 

「汝は、いかなる条件でも認めぬと裁定するか」

 

「当たり前だ」

 

「記録した」

 

 それだけだった。

 

 同意もしない。

 

 反論もしない。

 

 士郎の答えを受け取って、そこへ置いた。

 

 言峰は、ますます楽しそうに見えた。

 

「閉じ方には興味がある」

 

 アトラスは何も返さなかった。

 

 遠坂の表情だけが険しくなる。

 

「説明は終わりでしょう。もう帰るわ」

 

「ああ。私から伝えるべきことは以上だ」

 

 遠坂が祭壇へ背を向ける。

 

 士郎もその後を追った。

 

 アトラスは少しだけ言峰を見てから、士郎の隣へ並ぶ。

 

 教会の扉へ手をかける。

 

「喜べ少年。君の願いはようやく叶う」

 

 背後から声がした。

 

 振り返る。

 

 言峰が、すぐ後ろに立っていた。

 

「何を言ってる」

 

「明確な悪がいなければ君の望みは叶わない。たとえそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には倒すべき悪が必要だ」

 

「っ」

 

 赤い空が浮かぶ。

 

 焼けた街。

 

 それを起こした何か。

 

 止めるべき敵。

 

 胸の奥に生まれた怒りを、こいつは見ていた。

 

「おま、え」

 

「なに、取り繕う事はない。君の葛藤は、人間としてとても正しい」

 

「っ」

 

 これ以上、聞いていたくなかった。

 

 士郎は言峰へ背を向ける。

 

 言葉を振り払うように、扉を押し開けた。

 

「さらばだ衛宮士郎。最後の忠告になるが、帰り道には気をつけたまえ。これより君の世界は一変する。君は殺し、殺される側の人間になった。その身は既にマスターなのだからな」

 

 扉が閉まる。

 

 言峰の声は、それでも耳に残った。

 

 夜の空気を吸う。

 

 冷たいはずなのに、喉の奥にはまだ十年前の煙が残っている。

 

「気にしない方がいいわよ」

 

 遠坂が石段を下りながら言った。

 

「あいつ、ああやって人の神経を逆撫でするのが趣味なの」

 

「神父なのに?」

 

「神父だからよ」

 

 どういう理屈だ。

 

 遠坂が指を鳴らす。

 

 少し遅れて、赤い外套が夜気から現れた。

 

「話は終わったか」

 

「聞いてたんでしょう」

 

「聞こえてはいた。君が余計なことまで話したのもな」

 

「余計なことって何よ」

 

「さて」

 

 アーチャーは答えない。

 

 遠坂が睨む。

 

 その前を、アトラスが歩いていた。

 

 士郎は小さな背中を見る。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「さっきの魂食いの話だけど。俺は認めないからな」

 

「マスターの裁定は、契約下の行動条件に含まれる」

 

「なら、やらないんだな」

 

「現時点では、汝の許可なく実行しない」

 

「それでいい」

 

「承知した」

 

 今度は、はっきり返ってきた。

 

 また歩き出す。

 

「もう一つ、伝える」

 

「何だ」

 

「汝の供給では、己は正面決戦を維持できぬ」

 

 今夜の庭を思い出す。

 

 ライダーを退けた直後、アトラスは立てなくなった。

 

 士郎自身も、身体の芯から急に疲れた。

 

「さっきの戦いくらいでも駄目なのか」

 

「短時間であれば可能だ。だが、連続運用には耐えぬ」

 

「じゃあ、他のサーヴァントには勝てないってことか」

 

「現時点の情報では、真正面から撃破することは困難だ」

 

 士郎は黙った。

 

 参加すると決めたばかりだ。

 

 なのに、いきなり勝てないと言われた。

 

「ただし」

 

 アトラスが続ける。

 

「守る対象と境界を定めるなら、被害を減らす余地はある」

 

「敵を倒さなくても?」

 

「撃破のみが目的達成の手段ではない」

 

 通さない。

 

 近づけない。

 

 逃がす。

 

 誰かの前に立つ。

 

 今夜、アトラスがやったことだ。

 

「戦争を止めるのも、できるのか」

 

「条件が不足している」

 

「またそれか」

 

「必要な情報を得た後に裁定する」

 

 何も約束してくれない。

 

 できないとも言わない。

 

 アトラスは、分からないことを分かったふりで埋めない。

 

「なら、まずは情報を集めるしかないか」

 

「然り」

 

「遠坂」

 

 前を歩く遠坂が振り返る。

 

「何よ」

 

「他のマスターのこと、何か知ってるか」

 

「敵になるかもしれない相手に教えると思う?」

 

「思わない」

 

「なら訊かないで」

 

 言いながら、遠坂の口元が少しだけ緩んだ。

 

 その時だった。

 

 街灯が揺れた。

 

 風はない。

 

 地面の下から、何かが響いてくる。

 

 重い。

 

 一つ。

 

 間を置いて、もう一つ。

 

 足音だった。

 

 アーチャーの表情が変わる。

 

「凛」

 

「分かってる」

 

 遠坂が立ち止まる。

 

 アトラスは既に士郎の前へ出ていた。

 

 三叉槍が、その手に現れる。

 

 通りの先。

 

 街灯の届かない場所に、白いものが見えた。

 

「こんばんは」

 

 少女の声だった。

 

 白い髪。

 

 赤い目。

 

 紫のコートに包まれた、小さな身体。

 

 町で会った少女が、道路の中央に立っている。

 

 少女はコートの端をつまむ。

 

「はじめまして、リン」

 

 恭しく膝を曲げる。

 

「わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 遠坂の顔から表情が消えた。

 

「アインツベルン……」

 

 少女――イリヤは顔を上げる。

 

 士郎を見る。

 

「ちゃんと召喚できたのね、お兄ちゃん」

 

「おまえ、あの時の」

 

「教えてあげたでしょう。早く召喚しないと死んじゃうって」

 

「ああ。でも、どうして俺に――」

 

「それより」

 

 イリヤの視線が、士郎から遠坂へ移った。

 

「リンと一緒なのね」

 

 声は笑っていた。

 

 目は笑っていない。

 

 また地面が揺れた。

 

 イリヤの背後から、大きな影が現れる。

 

 人間の形をしている。

 

 けれど、人間とは呼べない。

 

 見上げるほどの巨躯。

 

 岩を積み上げたような筋肉。

 

 手には、巨大な斧のような剣。

 

 ただ立っているだけで、空気が押し潰される。

 

「バーサーカー」

 

 遠坂が呟いた。

 

 影が吠える。

 

 音が腹の底へ突き刺さった。

 

 アトラスが三叉槍を地面へ突き立てる。

 

「下がれ」

 

 青い光が道路を走った。

 

 空気が沈む。

 

 巨人の踏み込みが止まった。

 

 斧剣がわずかに下がる。

 

 太い脚が、舗装へ食い込んだ。

 

 止めた。

 

 そう思った次の瞬間、道路が割れた。

 

 巨人は沈められた足を、砕けた地面ごと持ち上げる。

 

 青い光が軋む。

 

「圧では止まらぬ」

 

 アトラスの声に、硬さが混じった。

 

「アーチャー!」

 

 遠坂が叫ぶ。

 

 赤い外套が士郎たちの前へ出る。

 

 両手に光が集まる。

 

 現れたのは、二本の剣だった。

 

 白と黒。

 

 同じ形で、色だけが反転した夫婦剣。

 

 士郎の目が離れない。

 

 何もない場所から、剣が生まれた。

 

 巨人が斧剣を振り下ろす。

 

 アトラスの前に青い壁が立つ。

 

 斧剣が食い込む。

 

 壁に亀裂が走る。

 

 アーチャーが白と黒の剣を交差させ、その裂け目へ差し込んだ。

 

 衝撃が弾ける。

 

 道路が沈む。

 

 アーチャーの身体が後方へ押し出された。

 

 けれど、倒れない。

 

 空中で身を捻る。

 

 両足から着地し、路面を滑る。

 

 白と黒の剣は、まだその手にある。

 

 やられたわけではない。

 

 すぐに次の一歩へ入っている。

 

 それでも、巨人との間には距離ができた。

 

 赤い男は、校庭で見た時のようには動けていない。

 

 遅いのではない。

 

 後ろへ通さないために、動く場所を失っている。

 

 アトラスの青い壁が崩れる。

 

 巨人は止まらない。

 

 斧剣を横へ振った。

 

「伏せろ!」

 

 アーチャーが叫ぶ。

 

 刃は届かなかった。

 

 それでも、巻き起こった風圧が道路を抉った。

 

 足元が砕ける。

 

 遠坂の身体が傾いた。

 

「遠坂!」

 

 考えるより先に動いていた。

 

 士郎は遠坂へ飛びつく。

 

 倒れた身体を抱え、その上へ覆いかぶさる。

 

 背後で、イリヤが息を呑んだ。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 影が落ちる。

 

 振り返る。

 

 バーサーカーが、もう目の前にいる。

 

 アトラスは防壁を作ろうとしている。

 

 青い光が集まる。

 

 遅い。

 

 アーチャーは駆け戻っている。

 

 間に合わない。

 

 巨人が斧剣を振り上げる。

 

 夜空が、その刃で隠れた。

 

 そして。

 

 斧剣が、士郎たちへ振り下ろされた。

 




お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日7時頃に更新予定です。

後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。
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