The Reaching Shore――届かせるもの――   作:ほいみん

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Fate/stay night二次創作長編『The Reaching Shore――届かせるもの――』第7話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・AI使用表記・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1J5hZ3qOATZGBYELXd_x-g7suIvv0zHGGJ4TijIUNzlI/edit?usp=sharing

アトラス設定資料はこちら:
【設定資料URL】
https://docs.google.com/document/d/1Gdk-aR_oVREDxgTlwfcmQzWDoM_qF-cY2UsIi8TS6_0/edit?usp=drive_link



第7話 否定は確認した

 放課後。

 

 校門を出たところで、遠坂へ声をかけた。

 

「遠坂」

 

「何?」

 

「今日、先に帰っててくれ」

 

 遠坂の足が止まる。

 

「どうして?」

 

「慎二の家に行く」

 

「間桐慎二の?」

 

「ああ。話があるって言われた」

 

 遠坂は少しだけ考えた。

 

 止められると思っていた。

 

 昨日、学校で影に襲われたばかりだ。

 

 その近くに慎二がいたことも報告してある。

 

 けれど、遠坂は意外にも頷いた。

 

「士郎は慎二と仲がいいんでしょう?」

 

「まあ、中学からの付き合いだ」

 

「なら、わたしが出ていくより、色々聞けるかもしれないわね」

 

「いいのか?」

 

「一人で行くなら止めるけど」

 

 遠坂の視線が、士郎の後ろへ向く。

 

 振り返る。

 

 淡い水青の髪。

 

 士郎の子供服。

 

 アトラスが立っていた。

 

「同行する」

 

「まだ何も言ってないだろ」

 

「何にせよ、単独行動は危険だ」

 

「話をするだけだぞ」

 

「昨日も同様の申告を聞いた」

 

「今度は先に言っただろ」

 

「改善は確認した」

 

「そこは褒めてくれてもいいんじゃないか」

 

「基準を満たしただけだ」

 

「厳しいな」

 

 遠坂が息を吐く。

 

「ランサーが一緒なら、即座にどうこうはならないでしょう」

 

「遠坂は?」

 

「わたしは調べたいことがあるから、先に帰る」

 

「学校の結界か?」

 

「それもあるけど、別件」

 

「別件?」

 

「まだ確証がないの。帰ったら話すわ」

 

 遠坂は鞄を肩へ掛け直した。

 

「慎二がマスターだと分かっても、その場で喧嘩を始めないでよ」

 

「しない」

 

「本当に?」

 

「何でみんな、何度も同じことを訊くんだ」

 

「信用の問題ね」

 

 昨日も聞いた。

 

「それから」

 

 遠坂の表情が少しだけ真面目になる。

 

「慎二が何を言っても、すぐに約束しないこと」

 

「分かってる」

 

「共同戦線は、士郎一人で決められる話じゃないから」

 

「それも言うつもりだ」

 

「ならいいわ」

 

 遠坂は駅の方へ向かう。

 

 途中で一度だけ振り返った。

 

「何かあったら、すぐランサーを呼びなさい」

 

「もういる」

 

「なら、離れないこと」

 

「了解」

 

「マスター」

 

 遠坂が見えなくなってから、アトラスが言った。

 

「異常を認識する前に呼べとは求めていない」

 

「分かってるよ」

 

「理解ではなく、実行を求める」

 

「昨日も聞いた」

 

「継続を求める」

 

 アトラスは半歩先へ出た。

 

「行くぞ」

 

 どちらが呼ばれた側なのか、分からなくなる。

 

     ◇

 

 慎二とは、中学からの付き合いだった。

 

 問題がなかったわけではない。

 

 腹が立つこともあった。

 

 何を考えているのか分からない時もある。

 

 弓道部を辞めた時には、随分揉めた。

 

 それでも、友人としてやってこられた。

 

 昨日の訊き方は妙だった。

 

 校舎裏の影。

 

 呪刻のそばに立っていたこと。

 

 疑う理由はある。

 

 けれど、話がしたいという言葉まで嘘だとは思えなかった。

 

 慎二は桜の兄でもある。

 

 もし違うなら。

 

 学校の結界と関係がないなら。

 

 疑いは、ここで晴らしておきたかった。

 

「汝は、招いた者を敵と裁定していないのか」

 

 隣を歩くアトラスが訊いた。

 

「まだ何も決まってない」

 

「観測事実は存在する」

 

「慎二が呪刻の近くにいたってだけだろ」

 

「監視個体の魔力と、この方角に残る魔力には類似がある」

 

 士郎は足を止めかけた。

 

「分かるのか」

 

「断定には不足する」

 

「なら、話を聞いてからだ」

 

「保留か」

 

「ああ」

 

「記録した」

 

 アトラスはそれ以上言わなかった。

 

 否定もしない。

 

 急かしもしない。

 

 士郎が話を聞くと決めたことを、そのまま記録したようだった。

 

     ◇

 

 間桐邸へ来るのは、初めてではない。

 

 慎二に呼ばれ、中学の頃にも何度か訪れたことがある。

 

 昔から、この家は暗かった。

 

 窓はある。

 

 けれど、昼の光が奥まで入り込まない。

 

 重い色の壁。

 

 長い廊下。

 

 磨かれた床。

 

 古い洋館だからだと思っていた。

 

 今日は、それだけには見えなかった。

 

 門を抜けた途端、空気が変わる。

 

 学校とは違う。

 

 甘くはない。

 

 ただ、重い。

 

 何かが長い時間沈殿しているような、冷たい重さ。

 

 アトラスが一度、足を止めた。

 

「どうした」

 

「問題ない」

 

 血色の瞳が、屋敷の奥へ向く。

 

「本当に?」

 

「現時点で、退避を要する事象はない」

 

 現時点で。

 

 そこだけが引っかかった。

 

 玄関の呼び鈴を押す。

 

 少しして、扉が開いた。

 

「遅いぞ、衛宮」

 

 慎二だった。

 

 制服のまま。

 

 機嫌は悪くない。

 

 むしろ、昨日より上機嫌に見える。

 

「約束の時間どおりだろ」

 

「僕を待たせた時点で遅いんだよ」

 

「無茶言うな」

 

 慎二の視線が、士郎の横へ動いた。

 

 アトラスを見る。

 

 口元が歪む。

 

「それがおまえのサーヴァントか」

 

 士郎は答えなかった。

 

 代わりに訊く。

 

「知ってたのか」

 

「昨日、あれだけ目立つのを連れてきたんだ。考えれば分かるだろ」

 

「昨日は遠坂の親戚だって言ったはずだ」

 

「本当にそうなら、わざわざ嘘をつく必要もない」

 

 慎二は鼻で笑った。

 

「まあ、随分小さいけどな。こんなので大丈夫なのか?」

 

 アトラスは何も返さない。

 

 慎二の評価には関心がないらしい。

 

「入れよ」

 

 慎二が身を引く。

 

「僕のサーヴァントも紹介してやる」

 

 屋敷の中へ入る。

 

 暗い。

 

 外はまだ日があるのに、廊下には灯りがついている。

 

 以前と同じ。

 

 ただ。

 

 以前より奥が深く見えた。

 

     ◇

 

 案内されたのは、広い応接室だった。

 

 厚いカーテン。

 

 黒い革張りの椅子。

 

 中央の低い机。

 

 慎二は奥の椅子へ座る。

 

 自分の家だと示すような座り方だった。

 

 士郎は向かいへ座る。

 

 アトラスは座らない。

 

 士郎の後ろ。

 

 少しだけ右。

 

 扉と窓の両方が見える位置に立った。

 

「座ればいいだろ」

 

「必要を認めない」

 

「愛想のない奴だな」

 

 慎二が鞄から本を取り出した。

 

 赤い表紙。

 

 古い。

 

 文字は読めない。

 

 慎二の手が表紙へ触れる。

 

 本から魔力が立ち上がった。

 

「ライダー、来い」

 

 空気が揺れる。

 

 部屋の隅に、長い紫の髪が現れた。

 

 黒い衣装。

 

 目を覆う装具。

 

 ライダー。

 

 学校でアーチャーと戦っていたサーヴァント。

 

 士郎を一度殺した女。

 

 衛宮邸へ侵入し、アトラスと戦った相手。

 

 ライダーは慎二の後ろへ立った。

 

 アトラスが動く。

 

 一歩。

 

 士郎とライダーを結ぶ直線へ入る。

 

 鎧は出さない。

 

 槍もない。

 

 それでも、空気が変わった。

 

 ライダーの顔がアトラスへ向く。

 

「また会ったな」

 

 士郎が言う。

 

 ライダーは答えない。

 

 慎二が笑う。

 

「これで話が早いよ、衛宮」

 

「話?」

 

「マスター同士なら、聖杯戦争の説明から始めなくて済むだろ」

 

 慎二は本を机へ置いた。

 

「まさか衛宮まで選ばれるとは思わなかったけどな」

 

「慎二もマスターなのか」

 

「見れば分かるだろ」

 

「なら、あの日のことも知ってるんだな」

 

「あの日?」

 

「二月二日。学校で俺を殺したことだ」

 

 慎二の笑みが、少しだけ薄くなる。

 

 ライダーは動かない。

 

「ライダーに命令したのは、おまえなのか」

 

「何だよ。そんなことか」

 

「そんなこと?」

 

「あの時は仕方なかったんだよ」

 

 慎二は椅子の背へ身体を預けた。

 

「衛宮は戦いを見た目撃者だった。魔術を知らない一般人なら、放っておけないだろ」

 

「だから殺したのか」

 

「聖杯戦争なんだぞ?」

 

 慎二は呆れたように言う。

 

「秘密を守るのは当然だろ。遠坂だって同じことをするさ」

 

「しない」

 

「何で分かるんだよ」

 

「遠坂は、知らない奴をいきなり殺したりしない」

 

「それはおまえが遠坂を知らないだけだ」

 

「慎二」

 

 士郎は机へ両手を置いた。

 

「俺を殺したことを、悪いとは思ってないのか」

 

「今は生きてるじゃないか」

 

「そういうことを訊いてるんじゃない」

 

「じゃあ何だよ」

 

 慎二の声が尖る。

 

「必要だったんだ。仕方なかった。今は衛宮もマスターなんだから、もう殺す理由はない」

 

 慎二は笑った。

 

 友人へ向ける顔だった。

 

「衛宮がこっち側でよかったよ」

 

 それは、安心しているように聞こえた。

 

 同じ側になった。

 

 だから、もう殺さなくていい。

 

 あの日のことは、それで終わったと思っている。

 

「よくない」

 

「何が」

 

「俺がマスターじゃなかったら、おまえは今も同じことをするのか」

 

「だから、仮定の話をしてどうするんだよ」

 

 慎二は苛立った。

 

「今は違う。だったらそれでいいだろ」

 

 違う。

 

 何が違うのか。

 

 慎二には、分かっていない。

 

 あるいは。

 

 分かった上で、問題だと思っていない。

 

     ◇

 

「そもそも」

 

 慎二が話を変えた。

 

「間桐は、昔から魔術師の家系なんだ」

 

「魔術師?」

 

「そうだよ。今は大したものは残ってないけど、知識も礼装もある」

 

 慎二は机の上の本へ手を置く。

 

「僕が今回の戦争に参加できたのも、間桐の家だからだ」

 

「桜も知ってるのか」

 

「知るわけないだろ」

 

 慎二は即座に答えた。

 

「魔術師の家は長子が継ぐのが当たり前なんだ。桜は何も知らないよ」

 

「本当に?」

 

「何で桜の話になるんだよ」

 

「桜もこの家の人間だろ」

 

「関係ないって言ってるだろ」

 

 慎二の声が少しだけ強くなる。

 

「桜は普通の人間だ。魔術師のことなんか何も知らない」

 

 士郎は息を吐いた。

 

 少なくとも。

 

 慎二が本当のことを言っているなら、桜は無関係だ。

 

 そのことだけは、安心していい。

 

「それより、衛宮」

 

 慎二が身を乗り出す。

 

「僕と組めよ」

 

「組む?」

 

「同じマスター同士なんだ。協力した方が得だろ」

 

 慎二は当然のことを言うように続ける。

 

「おまえは魔術師としては素人だ。聖杯戦争のことも何も分かってない。僕なら色々教えてやれる」

 

「慎二が?」

 

「何だよ、その言い方」

 

「いや」

 

「僕は間桐の後継者だぞ。遠坂みたいに自分勝手な魔術師より、昔からの友人の僕を信用するべきだ」

 

「俺はもう遠坂と組んでる」

 

 慎二の顔が止まった。

 

「何だって?」

 

「バーサーカーを倒すまでは共同戦線を組んでる。俺一人で決められることじゃない」

 

「昔からの友人より、女を取るのかよ」

 

「そういう話じゃない」

 

「同じだろ!」

 

 慎二が机を叩く。

 

 ライダーの顔がわずかに動く。

 

 慎二の指が本へ触れた。

 

 その瞬間、ライダーの肩がほんの少しだけ強張った。

 

 アトラスの血色の瞳が、本へ向く。

 

「遠坂は根っからの魔術師だ」

 

 慎二が言う。

 

「衛宮のことだって利用してるに決まってる。魔術師でもないおまえを側に置いて、都合のいい盾にしてるだけだ」

 

「遠坂はそんなことしない」

 

「何でそこまで信用するんだよ」

 

「少なくとも、慎二みたいに俺を殺して、仕方なかったとは言わない」

 

 慎二の顔が引きつった。

 

「まだその話をするのかよ」

 

「まだ終わってない」

 

「終わってるだろ。今は味方になれるって言ってるんだ」

 

「味方になるなら、先に学校の結界を止めろ」

 

 慎二の眉が動く。

 

「結界?」

 

「とぼけるな。学校中から人の生命力を吸ってる」

 

「まだ何も起きてないだろ」

 

「使うつもりなのか」

 

「使うわけないだろ」

 

 慎二は即座に否定した。

 

「あれは非常時の保険だ」

 

「保険?」

 

「もし他のサーヴァントに襲われて、ライダーの魔力が足りなくなった時のためだよ」

 

「学校の人間から取るのか」

 

「少し借りるだけだ」

 

「何人から」

 

「そんなの、その時にならないと分からないだろ」

 

「どれくらい取る」

 

「だから、使うつもりはないって言ってる」

 

「使える状態にしてることが問題なんだ」

 

「必要になってもいないことを問題にするなよ!」

 

 慎二が声を荒らげる。

 

「本当に使わなきゃならなくなった時だけだ。少しくらいなら、誰も死なない」

 

「誰も死なないって保証できるのか」

 

「だから、使わないって言ってるだろ!」

 

「汝は」

 

 アトラスが初めて口を挟んだ。

 

 慎二が睨む。

 

「何だよ」

 

「必要ならば、目撃者を殺すと既に述べた」

 

「あれとこれは違う」

 

「差異を求める」

 

「あの時の衛宮は部外者だった。学校の奴らを殺すなんて言ってない」

 

「使用時の上限は」

 

「知らないよ」

 

「対象の選定基準は」

 

「そんなもの――」

 

「停止条件は」

 

「使わないって言ってるだろ!」

 

 慎二は机へ手をついた。

 

「僕は学校の奴らを殺すつもりなんかない!」

 

 アトラスは慎二を見る。

 

 声を荒らげない。

 

 ただ、事実を置く。

 

「否定は確認した。保証とは見なさぬ」

 

「何だと?」

 

 慎二は使わないと言った。

 

 今は、本当にそう思っているのかもしれない。

 

 けれど。

 

 必要になっても使わないとは言っていない。

 

 使わないために、何をするのかも決めていない。

 

 二月二日。

 

 慎二は、必要だから士郎を殺した。

 

 それを、今も悪いとは思っていない。

 

 なら。

 

 明日、必要だと思えば。

 

 同じ判断をする。

 

 今の否定は、未来の慎二を縛らない。

 

「結界を止めろ」

 

 士郎は言った。

 

「それができないなら、慎二とは組めない」

 

「僕より遠坂を信用するのか」

 

「遠坂を選んでるんじゃない」

 

「同じだ!」

 

「学校の人間を巻き込む奴とは組めないって言ってるんだ!」

 

 慎二の顔が歪む。

 

「おまえは何も分かってない」

 

「分かってる」

 

「魔術師でもないくせに!」

 

「だからって、他の奴を使っていい理由にはならない」

 

「勝手にしろ!」

 

 慎二が本を掴む。

 

 魔力が揺れる。

 

 ライダーの姿勢が変わった。

 

 一歩。

 

 前へ出かける。

 

 アトラスも動いた。

 

 士郎の前へ。

 

「ライダー」

 

 慎二が本を開く。

 

「止まれ」

 

 ライダーの動きが止まる。

 

 命令と同時。

 

 本から魔力が走った。

 

 慎二本人からではない。

 

 赤い書物から。

 

 アトラスの血色の瞳が、その一連を追っていた。

 

「帰れよ、衛宮」

 

 慎二は吐き捨てる。

 

「あとで困っても、助けてやらないからな」

 

「慎二」

 

「何だよ」

 

「結界は止めろ」

 

「うるさい!」

 

 話は終わった。

 

 慎二が、終わらせた。

 

     ◇

 

 間桐邸を出ても、空はまだ明るかった。

 

 外の光が眩しく感じる。

 

 門を抜ける。

 

 士郎は一度、屋敷を振り返った。

 

 窓は暗い。

 

 誰かがこちらを見ているようには見えない。

 

 それでも、見られている気がした。

 

「慎二は」

 

 歩き出してから、士郎は言った。

 

「本当に使わないつもりなんだと思う」

 

「現在は、そうなのだろう」

 

「それでも信用できないのか」

 

「現在の意図は、将来の判断を拘束しない」

 

 アトラスの返答は短い。

 

「慎二は嘘をついてなかった」

 

「虚偽の有無と、保証の有無は別だ」

 

「必要になれば変わるってことか」

 

「既に一度、必要を理由に汝を殺害している」

 

 同じ判断。

 

 同じ理由。

 

 対象だけが違う。

 

「自分を優先することが、全部悪いわけじゃないんだろ」

 

「然り」

 

「じゃあ、慎二の何が違う」

 

「徴収対象が定められていない」

 

 アトラスは前を向いたまま答えた。

 

「必要量もない。停止条件もない。責任主体も曖昧だ」

 

「責任主体?」

 

「誰かが死んだ時、当人は必要だったと述べるだろう」

 

 否定できない。

 

「徴収した利益は、おのれの生存と優越のみへ使用される」

 

 アトラスが士郎を見る。

 

「それは徴収ではない」

 

 一拍。

 

「略奪だ」

 

 教会で聞いた、魂食いの話を思い出す。

 

 奪うこと。

 

 使うこと。

 

 返すこと。

 

 責任を負うこと。

 

 慎二は、返さない。

 

 誰かが傷ついても。

 

 必要だったと言って、終わらせる。

 

     ◇

 

 衛宮邸へ戻ると、遠坂は居間で地図を広げていた。

 

 冬木市全体。

 

 学校。

 

 新都。

 

 深山町。

 

 赤い印がいくつか書き込まれている。

 

「遅かったわね」

 

「話が長くなった」

 

「それで?」

 

 遠坂が地図から顔を上げる。

 

「慎二はマスターだった」

 

 遠坂の目が少しだけ開く。

 

「慎二が?」

 

「ああ」

 

「サーヴァントは」

 

「ライダー」

 

 遠坂の表情が変わった。

 

「学校でアーチャーと戦った奴?」

 

「ああ。俺を殺したのも、家を襲ったのも同じだった」

 

「そう」

 

 遠坂は短く答えた。

 

 驚いている。

 

 けれど、すぐに考える顔へ戻る。

 

「令呪は?」

 

「見てない」

 

「見える範囲には存在しなかった」

 

 アトラスが答える。

 

「また、当人から、契約者に相当する魔力をほぼ観測できない」

 

「やっぱり」

 

 遠坂が呟く。

 

「何か知ってるのか」

 

「間桐の魔術回路は、もうほとんど枯れてるのよ」

 

「慎二には魔術回路がないのか」

 

「ない」

 

 遠坂は断言した。

 

「少なくとも、わたしが知っている限りではね。魔術回路がなければ、令呪も宿らない」

 

「でも、慎二はライダーを命令してた」

 

「書物を介していた」

 

 アトラスが言う。

 

「当人が書物へ触れるたび、ライダーの反応が変化した。魔力の発生源も本人ではなく、書物だった」

 

「本?」

 

「ああ。赤い、古い本だ」

 

「命令権を代行する礼装……」

 

 遠坂は指先で机を叩く。

 

「慎二は正規のマスターじゃないのかもしれない」

 

「じゃあ、ライダーの本当のマスターは?」

 

「分からない。もう死んでるのかもしれないし、どこか別の場所にいるのかもしれない」

 

「慎二は、間桐の遺産でマスターになったって言ってた」

 

「半分は本当でしょうね」

 

「半分?」

 

「家に残っていた礼装を使ってる、という意味では」

 

 遠坂は地図の端へ、小さく本の印を描く。

 

「でも、本人に回路がないなら、サーヴァントとの正規契約は成立しない」

 

「桜は何も知らないって言ってた」

 

 遠坂の指が止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

「……そう」

 

「慎二は、魔術師の家は長子が継ぐものだからって」

 

「慎二らしい説明ね」

 

「違うのか」

 

「間桐の家のことまでは知らないわ。少なくとも、本人はそう思ってるんでしょう」

 

 遠坂はそれ以上言わなかった。

 

「もう一つ」

 

 アトラスが続ける。

 

「間桐邸から、昨日の監視個体と近い魔力を観測した」

 

「同じ?」

 

「断定には不足する。類似は高い」

 

「なら、学校の結界を動かしてるのも慎二側で、ほぼ間違いないわね」

 

「慎二も認めてた」

 

 士郎は応接室での会話を説明した。

 

 使うつもりはない。

 

 非常時の保険。

 

 少し借りるだけ。

 

 遠坂の表情が冷えていく。

 

「馬鹿ね」

 

「慎二が?」

 

「使うつもりがないなら、完成させる必要もないでしょう」

 

「俺もそう言った」

 

「で?」

 

「止めないなら組めないって断った」

 

「共同戦線を提案されたの?」

 

「ああ。昔からの友人より遠坂を取るのかって」

 

「……何よ、それ」

 

 遠坂の眉が寄る。

 

「遠坂は根っからの魔術師だから、信用できないって」

 

「自分で学校中を餌にしようとしておいて?」

 

「使わないとは言ってた」

 

「保証にはならない」

 

 遠坂が即答した。

 

 アトラスを見る。

 

「そう言ったんでしょう?」

 

「然り」

 

 遠坂は地図へ視線を戻した。

 

「明日は学校を休みなさい」

 

「何でだよ」

 

「慎二がマスターで、学校には結界があって、監視までついてる。明日も貴方が学校へ行く必要はないでしょう」

 

「学校が危険ってことは、みんなも危険ってことじゃないか」

 

「そうね」

 

「なら、放っておけるかよ」

 

「学校はわたしたちが見ておく」

 

 遠坂は迷わない。

 

「アーチャーはライダーに遅れを取らないわ。呪刻の処理も、わたしがやる」

 

「俺だって探せる」

 

「昨日、監視用の影に囲まれたでしょう」

 

「それは」

 

「貴方は、自分の身を守れるようになってから言いなさい」

 

 言い返せない。

 

 強化しようとした柄は、一撃で切られた。

 

 アトラスが来る前に、セイバーがいなければ。

 

 また死んでいた。

 

「その判断を支持する」

 

 アトラスが言った。

 

「アトラスまで」

 

「護衛対象を危険区域へ反復投入する合理性がない」

 

「でも」

 

「マスター」

 

 血色の瞳が士郎を見る。

 

「昨日の負傷を忘却したのか」

 

「忘れてない」

 

「ならば、学習を求める」

 

 昨日より近い位置を歩いていたことを思い出す。

 

 間に合ったのは、己ではない。

 

 アトラスは、そう言った。

 

「……考える」

 

 今は、それしか答えられなかった。

 

「それと」

 

 遠坂が地図の北側を指す。

 

「学校とは別に、気になる場所が見つかった」

 

「どこだ」

 

「柳洞寺」

 

 山の上。

 

 深山町の外れ。

 

「市内の魔力の流れが、あの辺りへ集まってる」

 

「結界と関係があるのか」

 

「分からない。学校とは術式の性質が違う」

 

「調べに行くのか」

 

「そのうちね。今すぐは行かない」

 

 遠坂は地図を畳んだ。

 

「問題が増えすぎよ」

 

 学校。

 

 慎二。

 

 ライダー。

 

 赤い本。

 

 柳洞寺。

 

 名前の分からないセイバー。

 

 そして、自分の傷を塞いだ熱。

 

 一日ごとに、分からないものが増えていく。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 夢を見た。

 

 眩しかった。

 

 海は、上にあった。

 

 沈んでいない。

 

 青い水面が、陽光を返している。

 

 白い石の街。

 

 階段。

 

 水路。

 

 風には潮の匂いがある。

 

 人がいた。

 

 多くの人が。

 

 市場を歩く者。

 

 籠を運ぶ者。

 

 子供を抱く者。

 

 誰も沈んでいない。

 

 誰も息を殺していない。

 

 声がある。

 

 笑い声。

 

 呼び声。

 

 生活の音。

 

「アトラス王!」

 

 誰かが呼んだ。

 

 人々の間を、一人の男が歩いていた。

 

 長身。

 

 陽光を受ける髪。

 

 肩には王の印。

 

 けれど、護衛に囲まれてはいない。

 

 男は足を止める。

 

 老人の話を聞く。

 

 子供へ膝を折る。

 

 荷を落とした女の手を取る。

 

「陛下」

 

「王よ」

 

 呼ばれるたびに、応える。

 

 誰の声も無視しない。

 

 人々は男へ近づく。

 

 恐れずに。

 

 疑わずに。

 

 その背を見れば、安心できるように。

 

 王は笑った。

 

 海のように。

 

 広く。

 

 明るく。

 

 その少し後ろ。

 

 人々の輪から外れた場所に、小さな影がいた。

 

 誰なのかは分からない。

 

 顔も見えない。

 

 ただ、王を見ている。

 

 動かずに。

 

 ずっと。

 

 士郎は、その影を見ようとした。

 

 近づこうとする。

 

 けれど、人々の声が重なる。

 

 王を呼ぶ声が。

 

 白い光。

 

 海。

 

 王。

 

 小さな影。

 

 夢が切れた。

 

     ◇

 

 目を開ける。

 

 暗い天井。

 

 自分の部屋。

 

 胸の奥に、陽光の残りがある。

 

 夢の中の王は、男だった。

 

 人々は、彼をアトラスと呼んだ。

 

 なら。

 

 あれが今のアトラスの過去なのだろう。

 




お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日7時頃に更新予定です。

後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。
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