The Reaching Shore――届かせるもの――   作:ほいみん

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Fate/stay night二次創作長編『The Reaching Shore――届かせるもの――』第8話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・AI使用表記・制作FAQはこちら:
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第8話 夢にいた王

 朝。

 

 台所から、聞き慣れない言い争いが聞こえた。

 

「だから、一週間だけでいいの」

 

「でも、遠坂先輩がこの家にいるのに、わたしだけ来ないなんて」

 

「その一週間が過ぎたら、わたしが出ていく。それでいいでしょう?」

 

「遠坂?」

 

 居間へ顔を出す。

 

 遠坂と桜が、食卓を挟んで向かい合っていた。

 

 藤ねえは味噌汁の椀を持ったまま、二人を交互に見ている。

 

 アトラスは既に席へ着き、何事もないように朝食を進めていた。

 

「何の話だ?」

 

「交渉よ」

 

 遠坂が即答した。

 

「何を交渉したんだ」

 

「桜が一週間、この家へ来なければ、わたしは一週間後に出ていく」

 

「ちょっと待て」

 

 聞き間違いかと思った。

 

「何でそんな条件になってるんだ」

 

「桜が、わたしの居候に納得できないって言うから」

 

「それはそうかもしれないけど」

 

「だから、お互いに条件を出したの。一週間だけ桜はここへ来ない。その間に何も問題がなければ、わたしが出ていく」

 

「何も問題がなければって、何の問題だよ」

 

「色々よ」

 

 遠坂はそれ以上説明しない。

 

 桜を見る。

 

 納得している顔には見えなかった。

 

「桜、本当にそれでいいのか」

 

「はい」

 

 返事だけは早かった。

 

「一週間だけですから」

 

「でも、桜が来ない理由がないだろ」

 

「遠坂先輩が出ていく理由もありません」

 

「いや、それは」

 

「先輩」

 

 桜は笑った。

 

 いつもの、困らせまいとする笑い方だった。

 

「わたしも納得して決めたことです」

 

 二人だけで勝手に決めた。

 

 そう言いたかった。

 

 けれど、桜が自分で決めたと言うなら、士郎が代わりに撤回することもできない。

 

「……分かった」

 

「一週間だけです」

 

「ああ」

 

「その間も、学校では会えますから」

 

 その言葉に、遠坂の視線が少しだけ動いた。

 

 学校。

 

 結界。

 

 慎二。

 

 昨夜聞いたばかりの言葉が頭をよぎる。

 

「それより、士郎」

 

 遠坂が箸を置いた。

 

「貴方は今日、どうするの」

 

 昨日の答えを求められている。

 

 学校を休めと言われた。

 

 学校が危険なら、なおさら行かなければならないと思った。

 

 けれど。

 

 一昨日、監視用の影に囲まれた。

 

 手にした棒は、一撃で切られた。

 

 セイバーが来なければ、また殺されていた。

 

 自分が学校へ行けば、生徒を守れるのか。

 

 違う。

 

 今の自分では、遠坂とアーチャーの負担が増える。

 

 アトラスも、士郎を守るために行動を制限される。

 

「今日は休む」

 

 藤ねえの箸が止まった。

 

「士郎、具合悪いの?」

 

「熱はない。一昨日の傷もあるし、今日は家にいる」

 

「傷?」

 

「大したものじゃない」

 

「大したものじゃないって、見せなさい!」

 

「もう塞がってるから」

 

「塞がってるなら余計に見せなさい!」

 

「どういう理屈だよ」

 

 藤ねえが立ち上がろうとする。

 

 遠坂がその肩を押さえた。

 

「藤村先生、遅刻しますよ」

 

「でも士郎が!」

 

「本人が休むと言っているんだから、今日は休ませればいいでしょう。わたしが帰ってから見ます」

 

「遠坂さんが?」

 

「居候ですから」

 

 便利な言葉だった。

 

 藤ねえは納得しきらない顔のまま時計を見る。

 

「帰ったらちゃんと見せるのよ!」

 

「ああ」

 

 藤ねえと桜が席を立ったのを見計らって、遠坂が訊いた。

 

「本当に休むのね?」

 

「ああ」

 

「昨日は、学校を放っておけないって言ってたけど」

 

「今でもそう思ってる」

 

「なら?」

 

「今の俺が行っても、誰かを守る前に守られるだけだ」

 

 言葉にすると、悔しかった。

 

 けれど、違わない。

 

「だから今日は行かない」

 

 遠坂は一瞬、黙った。

 

「そう」

 

 褒めもしない。

 

 皮肉も言わない。

 

「学校はわたしとアーチャーが見る。何かあれば知らせるわ」

 

「頼む」

 

「でも、家に閉じこもっていなさいとは言わない」

 

「いいのか?」

 

「ランサーと一緒ならね。それに、学校以外の場所も把握しておくべきでしょう」

 

 アトラスを見る。

 

 血色の瞳が士郎へ向いた。

 

「欠席を命じた覚えはない」

 

「俺が決めたんだ」

 

「ならば、その時間の用途を定めろ」

 

「決めてる」

 

 士郎は味噌汁を飲み干した。

 

「アトラスに、この辺りを案内する」

 

     ◇

 

 桜と藤ねえが先に家を出た。

 

 桜は玄関で、もう一度だけ振り返った。

 

「一週間ですからね、先輩」

 

「ああ。何かあったら連絡しろ」

 

「先輩も、無理はしないでください」

 

 慎二のことを、桜へ話すべきか迷った。

 

 けれど、今ここで言うことではない。

 

 慎二は、桜は何も知らないと言った。

 

 なら、余計な不安を与える必要はなかった。

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 扉が閉まる。

 

 遠坂も鞄を持った。

 

「わたしも行くわ」

 

「アーチャーは?」

 

「もう学校の周囲を見てる」

 

「一人で大丈夫なのか」

 

「誰に言ってるのよ」

 

 遠坂は靴を履き、振り返る。

 

「士郎こそ、約束した範囲から勝手に外れないこと」

 

「まだ何も約束してないぞ」

 

「今から決めるのよ」

 

 アトラスが立ち上がる。

 

「目的地と経路は出発前に確認する」

 

「二人とも、俺を何だと思ってるんだ」

 

「一昨日、死にかけた人」

 

 遠坂は即答した。

 

 反論できなかった。

 

     ◇

 

 外へ出る。

 

 冬の空は晴れていた。

 

 風は冷たいが、日差しはある。

 

「まず商店街へ行く」

 

「目的は」

 

「この辺りの道を覚えてもらう。それと、買い物」

 

「食料か」

 

「服」

 

 アトラスが自分の袖を見る。

 

 士郎が子供の頃に着ていた上着。

 

 サイズは合っている。

 

 似合っているかは分からない。

 

「現在の衣服に、機能上の欠陥はない」

 

「ある」

 

「提示を求める」

 

「それ、俺が子供の頃に着てた服だぞ」

 

「使用に支障はない」

 

「そういう問題じゃない」

 

「では、何の問題だ」

 

「いつまでも借り物を着せておけないだろ」

 

「徴用品だ」

 

「もっと悪い」

 

 アトラスは理解していない顔だった。

 

「とにかく、買う」

 

「費用は記録する」

 

「返さなくていい」

 

「贈与か」

 

「服を買うだけで大げさだな」

 

「所有権の移転は明確にすべきだ」

 

「じゃあ贈与でいい」

 

「記録する」

 

「そこまでしなくていいって」

 

「汝の判断と記録の必要性は別だ」

 

 話が終わらない。

 

 歩きながら、道を説明する。

 

「こっちが学校。反対へ行けば商店街だ」

 

「既に通過した」

 

「道順を覚えてるのか」

 

「当然だ」

 

「なら、こっちは?」

 

「北東へ進めば川へ出る。途中に狭い路地が三本。二本は車両通行不能。一本は行き止まりだ」

 

「そこまで見てたのか」

 

「経路の把握は基本だ」

 

 士郎が普段使う道を、アトラスは別のものとして見ている。

 

 近道。

 

 買い物への道。

 

 学校への道。

 

 士郎にとっては、それだけだ。

 

 アトラスが見るのは、通れる人数、逃げられる方向、閉じた時に残される者。

 

「ここから先が商店街だ。夕方は人が増える」

 

「退避時には障害となる」

 

「最初に言うことがそれか」

 

「平時の利便と、非常時の安全性は一致しない」

 

 昨日の夢を思い出す。

 

 白い石の街。

 

 人々の間を歩いていた王。

 

 呼び止められるたびに足を止め、誰の声も無視しなかった。

 

 今、隣を歩くアトラスは、人の顔を見てはいない。

 

 代わりに、道を見る。

 

 店を見る。

 

 どこに人が集まり、どこで流れが止まるのかを見ている。

 

 違う。

 

 けれど。

 

 街を見ているという点では、同じなのかもしれない。

 

「何だ」

 

「いや」

 

(おれ)を見ていた」

 

「アトラスも、昔はこうやって街を歩いたのかと思って」

 

 血色の瞳が士郎へ向く。

 

「回答の必要を認めない」

 

「そうか」

 

 否定はしない。

 

 昨日までなら、そう思ったかもしれない。

 

 けれど、否定と保証は違う。

 

 答えないことと、肯定することも違う。

 

 それでも。

 

 夢の男がアトラスの過去だという考えは、まだ変わらなかった。

 

     ◇

 

 衣料品店へ入る。

 

 アトラスは陳列された服を見ても、特に反応しなかった。

 

「好きな色とかないのか」

 

「識別性が低く、汚損の確認が容易な色を選べ」

 

「それを好きな色とは言わない」

 

「選定条件として十分だ」

 

 結局、暗い色の上着と、動きやすそうなズボンを選んだ。

 

 今着ているものと、それほど変わらない。

 

 店員がアトラスを見て、士郎へ笑いかける。

 

「弟さんですか?」

 

「あ、はい。まあ」

 

 アトラスは訂正しなかった。

 

「少し細いですね。こちらの方が合うかもしれません」

 

 渡された服をアトラスへ当てる。

 

 身長は、士郎の顎あたりまでしかない。

 

 顔立ちは整っている。

 

 長い髪がなければ、年下の少年に見える。

 

「これでいいか?」

 

「動作を妨げない」

 

「じゃあ、これにする」

 

「費用を確認する」

 

「俺が払う」

 

「贈与として記録済みだ」

 

「もう好きにしてくれ」

 

 会計を済ませる。

 

 店を出たところで、アトラスが水路の方向を見た。

 

「どうした」

 

「周辺経路を確認する」

 

「今から?」

 

「十五分あれば足りる」

 

「俺も行く」

 

「不要だ。汝は購入品を持っている」

 

「これくらい持てるぞ」

 

「移動経路が異なる」

 

 アトラスは商店街の先を指した。

 

「汝はこの商店街と、隣接する公園から離れるな。十五分後、こちらから合流する」

 

「子供じゃないんだから」

 

「危機に陥った者の自己評価は、当面採用しない」

 

「分かったよ」

 

「経路を変更するな」

 

「分かったって」

 

「異常ではなく、違和感を認識した時点で呼べ」

 

「そこまで言うか」

 

「必要だ」

 

 アトラスは一度、士郎の顔を見る。

 

「十五分だ」

 

「ああ」

 

 淡い水青の髪が、人混みの向こうへ消える。

 

     ◇

 

 菓子店へ入った。

 

 ここのどら焼きは、切嗣が時々買ってきたものだった。

 

 士郎は甘いものが得意ではない。

 

 けれど、これだけは別だった。

 

 藤ねえ。

 

 遠坂。

 

 アトラス。

 

 自分。

 

 桜は、一週間来ない。

 

 四つ。

 

 人数分だけを買う。

 

 包みを受け取り、店を出る。

 

「見つけた」

 

 声がした。

 

 振り返る。

 

 紫の帽子。

 

 銀色の髪。

 

 赤い瞳。

 

 イリヤが立っていた。

 

「おまえ」

 

「こんにちは、お兄ちゃん」

 

 周囲を見る。

 

 人通りはある。

 

 バーサーカーの姿はない。

 

「今日は一人なのか」

 

「どうして?」

 

 イリヤは不思議そうに首を傾げた。

 

「昼間は戦っちゃいけないんだから、連れ歩いたりしないよ?」

 

「じゃあ、バーサーカーはどうしたんだ」

 

「置いてきたよ」

 

 どこに、とは答えない。

 

「じゃあ、何をしに来たんだ」

 

 イリヤは笑った。

 

「だからね、今日はお話がしたいな」

 

「俺と?」

 

「他に誰がいるの?」

 

 今はいない。

 

 アトラスは水路を見に行った。

 

 あと十五分。

 

 呼ぶべきか迷う。

 

 敵のマスターだ。

 

 それでも、イリヤはバーサーカーを連れていない。

 

 本人の言葉を、そのまま信用するわけにはいかない。

 

 けれど、昼間の商店街で戦うつもりには見えなかった。

 

「すぐそこの公園でいいか?」

 

「うん。いいよ」

 

 公園には、買い物帰りの親子が何組かいた。

 

 商店街からも見える。

 

 士郎とイリヤは、入口に近いベンチへ並んで座った。

 

「そういえば」

 

 イリヤが士郎を見上げる。

 

「お兄ちゃんの名前、聞いてなかった」

 

「衛宮士郎」

 

「エミヤシロ……変な名前」

 

「えみや・しろう。士郎が名前」

 

「じゃあ、シロウね!」

 

「何で名字を省くんだよ」

 

「だって、シロウの方が呼びやすいもの」

 

「勝手だな」

 

「シロウだって、わたしをイリヤって呼んでるでしょう?」

 

「それはおまえがそう名乗ったからだろ」

 

「同じよ」

 

 同じではない。

 

 けれど、説明するのも面倒だった。

 

 イリヤの視線が、士郎の持つ包みへ向く。

 

「それ、何?」

 

「どら焼き」

 

「どら焼き?」

 

「知らないのか」

 

「甘いもの?」

 

「甘い。俺は甘いものは苦手だけど、これだけは別なんだ」

 

「どうして?」

 

「うちは親子ともども、お茶請けはこいつだったからな」

 

「おやこ?」

 

「父親と俺」

 

「ふうん」

 

 イリヤの視線が、包みから離れない。

 

「食べたいのか」

 

「別に」

 

「そうか」

 

「……どんな味か、少し興味があるだけ」

 

「同じだろ」

 

 包みを開ける。

 

 四つ。

 

 余分はない。

 

「一つちょうだい」

 

「人数分しか買ってない」

 

「じゃあ、だめ?」

 

 イリヤが少しだけ目を細める。

 

「いや」

 

 自分の分を取り出す。

 

「俺のを半分やる」

 

「いいの?」

 

「欲しいんだろ」

 

「シロウが食べられなくなるよ?」

 

「半分は残る」

 

 どら焼きを二つに割る。

 

 綺麗な半分にはならなかった。

 

 片方が少しだけ大きい。

 

 大きい方を差し出す。

 

「ほら」

 

 イリヤは受け取らない。

 

「敵に大きい方をあげるの?」

 

「半分にしたら、どっちも同じだろ」

 

「こっちの方が大きいよ」

 

「細かいな」

 

「じゃあ、もらう」

 

 イリヤが両手で受け取る。

 

 一口。

 

 目が少しだけ丸くなった。

 

「甘い」

 

「どら焼きだからな」

 

「そういう意味じゃないわ」

 

「他にどんな意味があるんだ」

 

「シロウには分からないのね」

 

 イリヤはもう一口食べた。

 

 士郎も残った半分を口へ運ぶ。

 

 変わらない味だった。

 

 切嗣が買ってきた時と。

 

 藤ねえと食べた時と。

 

 今も。

 

「イリヤは、どこに住んでるんだ」

 

「森の中のお城」

 

「城?」

 

「そう」

 

「本当に城なのか?」

 

「失礼ね。ちゃんとしたお城よ」

 

「冬木に城なんてあったか」

 

「郊外の森の中。普通の人には見つけられない場所にあるの」

 

「そこにバーサーカーもいるのか」

 

「うん」

 

 イリヤは最後の一口を食べる。

 

「本当はお城にいないといけないんだけど、遊びに来たの」

 

「一人で?」

 

「一人じゃないと、遊びにならないでしょう?」

 

 意味が分からなかった。

 

 けれど、城から出ること自体が、イリヤにとって特別なのだとは分かった。

 

「学校には行かないのか」

 

「行かないよ」

 

「退屈じゃないのか」

 

「今日は退屈じゃない」

 

 イリヤは笑う。

 

「シロウとお話できたから」

 

 正面から言われると、返答に困る。

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 遠くに、淡い水青の髪が見えた。

 

 アトラスが戻ってくる。

 

 イリヤも気づいたらしい。

 

「じゃあ、今日は帰るね」

 

「もういいのか」

 

「ランサーと喧嘩するために来たんじゃないもの」

 

 イリヤが立ち上がる。

 

「次はもっとゆっくりお話しようね、シロウ」

 

「次があるのか」

 

「あるよ」

 

 当然のように言った。

 

「またね、お兄ちゃん」

 

 最後だけ、呼び方が戻る。

 

 イリヤは公園を出て、人混みへ入っていった。

 

 紫の帽子が見えなくなる。

 

 その直後、アトラスが士郎の前へ立った。

 

「接触者がいたな」

 

「ああ」

 

「敵陣営のマスターか」

 

「分かるのか」

 

「残留魔力を確認した」

 

 血色の瞳が、イリヤの去った方向へ向く。

 

「何をした」

 

「話した」

 

「内容を報告せよ」

 

「名前を教えた。あいつは森の中の城に住んでる。バーサーカーはそこにいるらしい」

 

「他には」

 

「どら焼きを食べた」

 

 アトラスが士郎を見る。

 

「食料供与による休戦確認か」

 

「そんな大げさなものじゃない」

 

「ならば分類を求める」

 

「……おやつだよ」

 

「敵マスターと食料を共有する行為を、汝はおやつと分類するのか」

 

「今日は戦わないって言ってた」

 

「相手の申告のみか」

 

「昼間は戦わないって決めてるらしい」

 

「保証ではない」

 

「分かってる」

 

 昨日聞いたばかりの言葉だ。

 

「でも、戦うつもりならバーサーカーを連れてくるだろ」

 

「その推測は妥当だ」

 

「それに、指定された範囲からは出てない。時間も守った」

 

 アトラスは周囲を見る。

 

 公園。

 

 菓子店。

 

 人通り。

 

 士郎の持つ購入品。

 

「条件違反は確認できない」

 

「ならいいだろ」

 

「次回以降、敵陣営との接触は即時報告対象とする」

 

「次回がある前提なのか」

 

「本人が再接触を宣言した」

 

「聞いてたのか?」

 

「遠距離から視認した」

 

 見えていたなら、もっと早く来てもよかったはずだ。

 

 それでもアトラスは、十五分という条件を破らなかった。

 

 士郎が指定された範囲から外れず、危険へ陥らない限り。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「ありがとう」

 

「謝意の理由を求める」

 

「……何でもない」

 

「不明瞭だ」

 

「帰ろう」

 

     ◇

 

 衛宮邸へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 

 買った服を居間へ広げる。

 

「試着するか」

 

「寸法は確認済みだ」

 

「着てみないと分からないだろ」

 

「現在の衣服との比較で十分だ」

 

「店でも同じこと言ってたな」

 

 アトラスは新しい上着を手に取る。

 

 淡い水青の髪に、暗い布がよく映えた。

 

「似合うんじゃないか」

 

「外見上の評価は不要だ」

 

「そう言うなよ」

 

「機能に問題はない」

 

 それで十分らしい。

 

 遠坂が帰ってきたのは、夕方だった。

 

 制服のまま居間へ入り、広げられた服を見る。

 

「買ってきたの?」

 

「ああ。いつまでも俺の子供服ってわけにいかないだろ」

 

「そうね」

 

 遠坂が一枚を持ち上げる。

 

「全部、男物じゃない」

 

「そりゃ、アトラスの服だからな」

 

 遠坂が士郎を見る。

 

 次にアトラスを見る。

 

 もう一度、士郎を見る。

 

「士郎」

 

「何だよ」

 

「貴方、まさか」

 

「何だ」

 

「ランサーを男だと思ってたの?」

 

 何を言われたのか分からなかった。

 

「違うのか?」

 

「違うでしょう」

 

「どこが」

 

「どこがって……」

 

 遠坂が額を押さえた。

 

「本人に聞きなさい」

 

 アトラスを見る。

 

 血色の瞳は、いつもと変わらない。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「おまえ、男じゃないのか」

 

「誤認を訂正する」

 

 淡々と。

 

 何でもない情報を伝えるように。

 

「己は女だ」

 

 沈黙。

 

「女?」

 

「然り」

 

「いや、だって」

 

 小柄で。

 

 長い髪で。

 

 顔立ちも整っている。

 

 言われてみれば。

 

 言われてみれば、確かに。

 

「今までずっと、何で言わなかったんだ」

 

「汝が確認しなかった」

 

「普通は訂正するだろ!」

 

「戦闘、契約、護衛のいずれにも必要な情報ではなかった」

 

「服を買う時は必要だっただろ!」

 

「購入した衣服に機能上の問題はない」

 

「そういう問題じゃない!」

 

「ならば、何の問題だ」

 

 今朝も同じことを言われた。

 

 アトラスには、本当に分からないらしい。

 

「士郎が勝手に男だと思い込んでただけでしょう」

 

 遠坂が呆れた声を出す。

 

「遠坂は知ってたのか」

 

「見れば分かるわよ」

 

「分からなかったから聞いてるんだ!」

 

「わたしに怒らないでよ」

 

 アトラスは新しい服を畳んでいる。

 

 性別が判明したことより、衣類を整理する方が重要らしい。

 

「じゃあ、あの夢は」

 

 声に出ていた。

 

 アトラスの手が止まる。

 

「夢?」

 

 遠坂が訊く。

 

「いや」

 

 昨夜の夢。

 

 陽光の下。

 

 白い石の街。

 

 人々に呼ばれていた男。

 

 アトラス王。

 

 夢の中の王は、男だった。

 

 人々は、彼をアトラスと呼んでいた。

 

 だから、現在のアトラスの過去だと思った。

 

 けれど。

 

 目の前にいるアトラスは、少女だ。

 

 なら。

 

 夢にいた王は、誰だったのか。

 

 そして。

 

 この少女は、誰なのか。

 




お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日7時頃に更新予定です。

後日譚の
『The Reversed Star――逆位置の星――』 https://syosetu.org/novel/417875/
も連載中です、よろしくお願いします。
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