Q. 『 』相手に魔法とかなしの完全実力ゲーで予想を上回るってマジで偉業じゃない?
A.マジで偉業。でも技量以上にメンタル的な側面が大きいとはいえ1日で上級者コースをスキーで滑走する様な学習能力のバケモノだから出来ると判断した。
ただし方法は『相手の手元を確認して動きを先読みする』という大会ルールの観点で言えばアウトなやり方。これに関しては空崎も把握した上で「厳密に定めなかった自分が悪い」と判断してる。
Q. 堀北とか三馬鹿に報告しても絶対その凄さは伝わらんから内に秘めといた方が良いよね?
A.堀北はそう。三馬鹿のうち須藤は兎も角として、山内と池に関しては空崎とゲームの対戦経験があるので凄さは理解してる。『 』である事は知らないのでどれだけの偉業かまでは分かってない。
Q. 200戦も同じゲームで対戦続けてるとか友達超えて親友じゃない?
A.綾小路視点だとそう。空崎視点だと200戦は大した数じゃないので友人の域を出ていない。ただノーダメ完封を100回以上繰り返されても操作に淀みが見られないメンタルコントロール能力は空崎から見ても常軌を逸しているので、ゲーマーの卵として期待を寄せてる部分はある。
「───この組は学力の高い生徒が集められていると思っていたが、おまえとそのクラスメイトを見る限りそうではないかもしれないな」
「学力だ? くだらねーな。そんなものには何の価値もない」
「それこそ残念な発言だ。学業の出来不出来は将来を左右する最も大切な要素だ。日本が学歴社会と言われていることは知っているはずだが?」
最後のグループの説明が始まる5分前。
仲良しこよしを続けるつもりはないという主張の表れか、葛城がやや挑発気味に龍園との会話を繰り広げている。
「お前もそう思うだろう、空崎」
「───……え、俺?」
学生らしい競争意欲の範疇ならば微笑ましいなぁ、と。野次馬根性で見守っていた空崎だったが、急に矢印を向けられ反応が遅れた。
「中間テストは兎も角……小テスト、期末テスト共に満点を叩き出しているのは既に周知の事実だ。勉学に力を入れている事は想像に容易い。お前ならば龍園の発言こそくだらない事だと理解してくれると思うが」
「あー……いや? 俺も学力とかどうでも良いと思ってるが?」
「……なに?」
「ククッ、振られたな葛城」
学業に本腰を入れていないような生徒が全教科満点を繰り返せる筈がない。その思考から同意を求めた葛城だったが、首を傾げながら告げられる発言に驚愕を隠さなかった。
愕然とした様子の彼を見て龍園は笑う。
「んー、誤解されたら困るが、勉強や学習そのものを否定してるつもりはねーよ? 俺が言ってんのは学んだ事を評価付ける学“力”という要素だ」
「将来の事を考えれば『評価』が高い事は極めて重要な要素だと思うが」
「だな。選択肢は増えるし、プラスになるのは正しい」
ならば何故どうでもいいと───そんな言葉を紡ごうとした葛城の目に無機質な瞳を覗き込ませる。
「で、お前は何がしたい訳?」
「……どういう意味だ?」
「学力を高めて、学歴社会の中で有利な立場になって。それでお前は何になりたいのかって訊いてんの」
たじろぐ葛城を前に、空崎は表情を一切変えないまま言葉を続ける。
「まあ俺らはまだガキな訳で? 明確に将来を描いてる奴なんざ極少数だろうさ。地固めしていく中でなりたいもんを見つけるのが自然だ。学力を磨いて良い大学に入って良い所に就職して───」
口角が釣り上がる。笑みを浮かべているのに、無感情にも思える不気味な表情。
「やりたいこともなりたいものも見つけられず、敷かれたレールの上で一生を終える。あーなんて素敵な人生だ、定形の失敗と成功を重ねて順風満帆で羨ましい限りだよ───
「…………」
「学力が高いってのは良いことだよ。地盤が確かである証明だからな。どうでもいいって思ってんのは俺の勝手な価値観によるもので、客観的に見て正しいのはお前の方だ。だが例えば……そうだな」
空崎は顔を離し、僅かに思案して言葉を紡ぐ。
「ライト兄弟は知っているか?」
「……動力飛行機の発明者。ウィルバー・ライトと、オーヴィル・ライトだ」
「流石に博識だな。彼らの最終学歴は高校、それも中退だ。当時は既に蒸気機関車や飛行船という存在があったから、何もかもが1からって訳じゃなかったが……それでも彼ら自身の学習と経験から、動力飛行機を発明してみせた。学びはあっても、学校での普及的な教育からでは到達できない領域だ。そんな偉人の歩みを馬鹿に出来るか?」
「出来るわけがない。だがそれは、彼らだからこそであり、龍園とはまた別の話だ」
「上辺だけの言葉を拾って人の全てを知れるのか? ……ま、確かに翔が夢追い人なんて柄じゃないのは同意だがな」
視界の端で額に青筋を浮かべる存在が見える。
だが思うところがあるのか、口出しはしてこない。
「再三伝えるが、学力が高いのは良い事だ。別に偉大な夢を見つけて追えなんて言うつもりもない。だが人の目標や歩みは学力が全て決めるわけじゃないんだ。お前の中の基準にそぐわないからと、“くだらない”なんて唾棄するのはやめてやってくれ」
「…………」
空崎の瞳が、葛城の内面を映し出す。
お前は人を評価出来るほど偉い人間なのか───そんな自問自答が頭の中で過ぎる。
己が定めた基準というのは、所詮は借り物で───自らの学習と経験ではなく───ただの寄る辺に従っているだけの───
「───あまり葛城くんを虐めないであげて下さい、夜白くん」
透き通る、女性キーの声が耳を差す。
葛城が視線を動かすと、そこには坂柳が苦笑気味に立っていた。
「直ぐに答えを出せる様な人は多くありません。見つめ直す時間が必要でしょう。私もそうでしたから」
「……だな」
空崎は瞳に熱を戻し、ヘラっと笑い普段の飄々とした雰囲気を纏った。
「悪い、康平。人に言いつつ自分が押し付ける様な真似をしてたかもしれん」
「いや……」
「時間だし、中入ろうぜ。まぁ内容はもうみんな知ってるだろうけどな」
そう告げながら空崎は同じ時間帯に呼ばれたBクラスのクラスメイトと共に204号室へと入っていく。
その背中を、葛城はジッと見つめていた。
♢
「よぉし、では自己紹介といこうかなッ!」
翌日、昼過ぎ。
一回目のディスカッションを始めるアナウンスが流れると同時に、空崎はハイテンションでそう告げる。
竜グループとして集ったその場の全員が唖然とした表情で視線を送る中、全く臆することなく自己紹介を始める。
「俺から始めるとしよう! Bクラスの空崎 夜白、12月12日生まれなので現在15歳。身長177cm、体重58.3kg。好きなものはゲームだ、よろしくっ☆」
凄まじい速度の情報開示である。
グループに一人しかいない優待者の存在が重要になるこの試験で何がヒントになるかも分からない中、躊躇いなく多くの個人情報を明かす空崎に呆れたような視線が幾つも送られる。
しかし、クラスメイトであるBクラスの生徒各人に驚きは見られず、予定通りに行動であることが伺えた。
「じゃあ次は隆二で!」
「……同じくBクラスの神崎 隆二だ」
「よしありがとうっ。では次にサーヨ───」
───あ、単調な自己紹介でもいいのか。
続くBクラスの淡白な自己紹介を聴き、その場の全員に安堵が浮かぶ。
Aクラス・葛城 康平 / 坂柳 有栖 / 西川 亮子 / 的場 信二
Bクラス・安藤 紗代 / 神崎 隆二 / 空崎 夜白
Cクラス・小田 拓海 / 鈴木 英俊 / 園田 正志 / 龍園 翔
Dクラス・櫛田 桔梗 / 平田 洋介 / 堀北 鈴音
名前だけの無難な自己紹介が殆どを占め、一周を終える。
学校側から指示をされたのは自己紹介のみ。人狼ゲームみたいなものと言われたが、進行させるためのルールが存在しないので後1時間を沈黙で過ごすのも認められている。
しかし空崎は全員の自己紹介が終わった事を確認し、挙手して発言した。
「さて、全員の自己紹介が終わったところでBクラスの方針を話そう。俺たちは全てのグループで結果1を望んでいる」
結果1───今回の試験に於ける一つのクリア方法。
グループ全体で優待者を共有し、全てのディスカッションを終えた後の特定時間帯にメールを送る事でクリアとなる。
報酬はグループの全員に50万のプライベートポイント。優待者のみ50万が上乗せされ、100万のプライベートポイントを獲得することが出来る。
莫大な報酬ではあるが、他クラスに対してもそれらが供給される事に加え、他の結果ではクラスポイントの奪い合いも可能。
望む結果としては高難易度と言えるだろう。
「……空崎くん。Dクラスは一応、貴方の提案によって先の無人島試験で莫大なクラスポイントを獲得できたわ。でもアレは対等な契約で行われたことで、恩を感じる必要はないのよね?」
「ああ、もちろんだ」
「なら、現状維持が出来れば十分なAクラスとBクラスとは違って、私たちにそれを受け入れる理由がないわ。それに、貴方が本当に結果1を望んでいるかすら定かじゃないもの」
「あ、そう? じゃあ差し当たって情報を開示しよう。俺は優待者じゃない」
「───は……?」
堀北とのやり取りの中で、あまりにもあっさりと明かされる情報。
会話していた彼女は僅かに反応が遅れ、Bクラスを除くその場の全員が各々の反応を示す。
───その全ての生徒の反応を空崎の瞳が捉えているとも気付かずに。
「ああ、口頭だけじゃ信じられないか? ならはい、メール」
観察している事を悟らせないまま、携帯を取り出して学校から送られてきたメールを開く。
優待者であるか否かのメールを偽装する事は重大な違反。紛れもない証拠を目にし、堀北は愕然と呟く。
「本当……のようね」
今回の試験に於ける結果は全てで4通り。
1.グループ全体で優待者を共有してクリアする
2.最後の解答を誰かが間違え優待者が勝利する
3.裏切り者が優待者を見つけだす
4.裏切り者が優待者の判断を誤る
グループに一人しか優待者は存在しない。当然14分の13はそれに当たらないため、一見『優待者ではない』という情報は大したヒントにならない様に思われるだろう。
しかし『優待者では
まず14分の1だった可能性は13分の1になる。
それにより、結果2と結果4の確率は僅かながらに減るだろう。必然的に結果1か結果3の可能性が高まり、仮に優待者が自クラスに存在すれば結果3の可能性を高める行為は利敵行為になりかねない。
確かにこれならば、空崎が結果1を望んでいるという証明には充分だろう───が。
「信じるには足りねぇな」
そこに「待った」を掛けるのは龍園。
「学校側が制限を掛けてんのはメールの偽装だ。誤魔化し方はあるだろ」
「ああ、SIMカードの入れ替えか? なら電話を掛けてみればいい。それは紛れもなく俺の電話番号が登録された端末だ」
「SIMカードを入れ替えても、電話番号だけはどうにもならねぇ……が、それは入れ替えだけで済ませた場合だ。ポイントを支払う事で他の奴の端末を自分の物として振る舞う事は出来る。テメェなら当然把握済みだよな?」
「もちろんだ。疑うならその情報を買えば良い。『空崎 夜白が端末ロックの解除にポイントを支払ったか』の確認なら、例え情報に保護をしていようが黙秘そのものが答えとなる。だろ?」
龍園の疑念に対し、空崎は片目を閉じて応じる。
違反にならないメールの誤魔化し───その案を思いつく事も無かったその場の生徒は冷や汗を垂らしながら二人のやりとりを見守る。
「……テメェの事だ。他にも何か思いついてんじゃねぇのか」
「やだなー、誰かを嵌めるつもりの提案って疑われてんの?」
「次々に抜け穴を見つける様な脳みそしてるテメェが馬鹿正直に提案
───5月初めの頃も、先の無人島試験でも。
「ま、確かに提案だけが目的じゃない。優待者ではないと明かす事で、優待者の反応を見て正体を暴きたかった」
「……ほう? で、見つけられたのか?」
「それが残念。流石はリーダー格の皆々様方、ポーカーフェイスはお手のものな様で」
「…………」
肩をすくめ答える空崎に、だが龍園は疑いの目を向ける。
「おいおい、幾ら何でも疑いすぎだろ。正直が取り柄なつもりなんだがな、俺は」
「嘘と判明してないだけの嘘をついてる可能性があるだろ。少なくとも
「えー、じゃあどうすれば信じて貰える?」
「今この場で性癖でも明かせば1ミクロンは信じるかもな」
はなから信じるつもりはない、と。
適当に言葉を吐いて会話を終わらせにかかる龍園に───だがしかし、空崎は応えた。
「ふっ、愚問だな翔」
「ア……?」
指を開き切った手で顔を覆い、眼を鋭くし。
強気な笑みと共に、演説をするかの如く立ち上がる。
「性癖に貴賤なし! 確かに個人で嫌いと言えるジャンルはあるだろう! NTRや四肢切断、ふたなりやBLみたいなアブノーマルは受け入れ難いが、しかし万人受けする性癖ならば俺はあらゆるジャンルを好む!」
両腕を広げ、その場の全員に声が行き届くハキハキとした喋り方。
その堂々たる姿と発言に、全員が視線を集めた。
「しかし───ンだがしかし! 敢えて俺の一番の好みを答えるならばそう……───ッ!」
騒々しい動きから一転、静止と静寂。
沈黙の空間で、空崎の声が響き渡った。
「太ももの太い女の子だ」
…………………。
「より正確に言えば筋肉質タイプよりもむっちりタイプの太ももだ! タイツ・ハイソックス・ガーターベルトなどのオプションがあると尚よしッ!」
「…………そうか」
「ふっ、性癖の語り合いとはダチとしては素晴らしい内容だ。これは1ミクロンどころか1万光年ほど距離を縮められたのではないかねッ!?」
「語ったのはテメェだけだし1万光年遠ざかったの間違いだ」
「じゃあ性癖バトルしようぜ性癖バトル! お前の性癖も語ってみろよ翔!」
「性癖に貴賎はなかったんじゃねぇのかよ」
ゲンナリとした表情で払う仕草を見せる龍園に、しかし空崎はしつこく絡む。
哀れむ視線───とは言え、ことの発端は彼自身の言葉によるもの。発言の責任は自分で取れと、周囲は視線を逸らした。
「……おい待て翔、なんだその変態を見る目は。太ももフェチはノーマルだろ?」
「ノーマルだろうがアブノーマルだろうが性癖を高らかに叫ぶ様な奴は等しく変態だろうが」
「失敬な。性癖を答えろと言ったのはお前だし、これでも俺は紳士だぞ」
「そりゃ驚いた。俺の辞書に刻まれてる紳士の意味を変えとく必要が出てきたぜ」
沈黙を続ける手もあるだろうに、なんだかんだ応対している辺り真面目なのかもしれない。
龍園に対する周囲の認識が変わりつつあった。
「ふむ、どうしても俺を変態認定したいらしいな」
「認定ってかただの事実───」
「だが俺が紳士である証明は可能だ。なぁサーヨ」
「えっ、私?」
出来れば会話に混ぜないでほしい。
そんな思いも虚しく、空崎はクラスメイトの女子である安藤 紗代に問い掛けた。
「俺は同級生を性的に見ていない。それはクラスメイトであるサーヨが良く分かっているだろ?」
「あー……うん、まあそうだね。……本当に不思議だけど嫌悪感とかはないかな」
「そうっ! そして何より俺は、一之瀬 帆波をそういう目で見ていないッ!」
─────ッ!?
鋭く息を呑む生徒。それらは全て男子によるものであった。
「帆波だぞ? あの性癖の煮凝りみたいな女を身近にしながら性的に見ていない───それがどれだけ紳士的であるか、男子諸君ならば理解して頂けると思うがどうかねん〜ンッ!?」
───……。
それは、証明として非常に強力な一手だった。
一之瀬 帆波のプロポーションは、容姿の優れている女子が多い高育の生徒の中でもトップクラスにグラマラスと称して良いだろう。
本人の自覚が薄い事と、その気質から多少の性的視線を受けても気にしない部分はある。
しかし、空崎が彼女と近しい距離感でいる時間が多い事は周知の事実。
例え仲が良いとしても、恋人でもない相手に性的視線を向けられ続けるのであれば距離を取るのが当然。
にも関わらず、距離感は変わらず。またクラスメイトの女子が注意を促すこともなくそれを認可している───と。
性的視線を向けていない証拠に他ならず、それを紳士の証明と言わずしてなんと言うのか。
証明を皮切りに、男子の視線には少なからずの畏敬が含まれる様になる。
……そして。
普段がどうあれ、現在は最低な発言をしている事実に。女子の視線の温度は下がっていた───……。
「───なるほど。確かに同性から見ても魅力的な一之瀬さんにそういう目を向けないというのは、思春期の男子高校生とは思えない程に紳士的ですね」
畏敬というアツい眼差しと、氷点下の視線。反する熱量が入り乱れる空間で沈黙が続く中、それを破ったのは坂柳だった。
穏やかな笑みのまま、空崎に対する賛辞を贈る。
「だろ〜? 流石は有栖。男子の視点を考えてくれるなんて素晴らしい器───」
「それはそれとして」
坂柳は端末を見せ、再生ボタンをタップした。
流れるのは先ほどの発言。
『あの性癖の煮凝りみたいな女を───』
再びタップし、音声を止める。
表情の固まった空崎にとびっきりの笑顔を見せ、坂柳は言葉を紡いだ。
「こちらの音声、一之瀬さんにお送りしても?」
「スミマセンっした勘弁して下さいッ!!」
───素晴らしく、美しく素早い土下座が坂柳の前で行われた。
それを生業としているのかと問いたくなる程にお手本の様な姿勢。
坂柳は、まるで感銘を受けたかの様に胸に手を当て頭を振った。
「ああっ、それ程までに請われてしまえば致し方ありません。では削除を───」
「ま、待て坂柳。場合によっては交渉の材料に利用出来るのではないか?」
そこに割り込んだのは葛城。
躊躇いなく土下座を披露するほどの音声証拠。確かに交渉材料として有用であると見ていいだろう。保守的な葛城だが、強かな一面が垣間見える。
しかし。
坂柳はキョトンと呆気に取られる様な表情を晒して数秒。思考し、上品に笑みを溢した。
「……ふふっ。可愛らしい人ですね、葛城くんは。今の茶番を真に受けてしまいましたか」
「茶番……?」
「本当に一之瀬さんへ送ったところで、夜白くんには大したダメージになりませんよ?」
「うむ。精々1週間くらいゴミを見る目が向けられる瞬間がある程度だ。寧ろご褒美だな」
「そ、そうか」
いつの間にか姿勢を戻し座っていた空崎がそう告げれば、ドン引きした様子の葛城は追及を止める。
「変態紳士の夜白くんが暇な1時間を埋めようと努力してくれたんです。それは称賛されて然るべきかと」
「うんうん───うん? なあ有栖、さらっと変態呼ばわりしなかった?」
「紳士であることと変態であることは両立すると思いますから」
「そっかぁ……」
どうやら紳士の証明をしたところで変態認定は避けられなかったらしい。
空崎は諦めの眼で天井を見上げ、姿勢を崩す。
「しっかし、まだ40分以上あるのか。暇だな……有栖、どうせチェス盤持ってきてるだろ? 他の奴ら会話をしようって気にならないみたいだし、暇つぶしでやろうぜ」
「流石、お見通しですね。今回は何か賭けますか?」
「そうだな───」
ボードゲームで時間を潰そうとする二人を見て、各々も端末を取り出して時間を潰そうとし───
「自分のクラスの優待者を教える、なんてどうだ?」
───弛みつつあった空気に緊張が走る。
あまりにも軽薄に、あっさりと挙げられる重大な内容。霧散していた視線が再び集中する。
それを共に受けた少女は、しかし動揺することなく笑顔で返す。
「御冗談を。流石に暇つぶしでクラスを裏切るような真似はしませんよ」
「まあそっか」
「それに、私はクラスの優待者を把握していませんから。そもそも賭けが成立しません」
「おっと、それは予想外。随分守備的だな、康平?」
「……坂柳がAクラス内の生徒以上に、お前と仲がいいのは知っている。万が一にでも情報が流されたら目も当てられん」
「だ、そうだぞ、有栖。信頼度が足りてないらしい」
「よよよ……5月以降はクラスに献身的でいたつもりでしたが、清楚系黒幕美少女の名残とは根強いものですね……しくしく」
わざとらしい泣き演技に葛城は顔を顰める。
安堵を覚え───同時に浮かび上がる疑問。
坂柳が自クラスの優待者を把握していないのは紛れもない事実だ。しかし、チェスは坂柳の得意分野。知っている事を装って勝負を受け、情報を引き出そうとする事も出来た筈だ。
確かに最近は大人しい傾向にあるが、生来の攻撃的な性格が消えたわけではない。坂柳ならばそうするだろうと、推測を進めるほど確信に至る。
葛城自身、徐々にではあるがそこに信用を置いてきていた。だからこその疑問。
確実に勝てると言えないほどに、空崎はチェスの腕があるのか───と。
「ならどうしようか。いつも通りクラスメイトの話でもする?」
「よろしければ、私から提案をしても?」
「ん、良いぞ」
そんな葛城の疑問の視線を、また緊張が走っていた周囲を気にする素振りもなく、二人は会話を進める。
「夢を語る、などは如何でしょう」
───少なくとも、空崎が最初に言い放った対象に比べて受け入れ易い内容だろう。
だがその提案に、その場の誰よりも空崎が驚愕の表情を浮かべていた。
チェス盤に駒を並べていた手が、一瞬止まる。ゆっくりと面を接着させ、表情を変えて坂柳と視線を交わらせる。
その顔は、彼のクラスメイトであるBクラスの生徒ですら見た事がないほどに穏やかな笑みだった。
「
「ええ、
二人にしか分からないやり取り。
一通り駒を並べ終え、空崎は困ったと言わんばかりの表情へと変える。
「でもお前は俺の夢を知ってるだろ? これだと賭けが成立しない気がするが」
「おや、自他共に認める最強ゲーマー様が負けた時のことをお考えになるので?」
「や、そりゃ負けるつもりはないが……それとこれとは話が別じゃね?」
「賭けは
「ああ、なるほど。それなら成立するか」
空崎は納得して頷き、自分側に置かれた黒のポーンに指を置きながら問い掛ける。
「いつも通り、俺は後攻から。他のハンデは?」
「いりません。ですがルールとして一つ縛りを」
「どうぞ」
「一手10秒以内の早指しでお願い出来ますか? もちろんお互いにです」
「ほう? 良いぜ、それで受けよう」
言うや否や、坂柳は白の駒を動かす。
空崎も動揺する素振りはなく、黒の駒を動かし手番を進めた。
二手、三手───。
序盤の動きは定石。お互いが最善手を重ねている。普段の時間無制限でもここで悩む事はない。
八手、九手、十手───。
重ね、手番を重ね。
空崎は、駒を動かす手を一瞬だけ止める。
負ける可能性を過らせた訳ではない。
だが、一つの考えが浮かび上がった。
(……揺さぶりをかけてズラすのは簡単だが)
ここまで手番を重ねてもなお、思考を挟んでいるとは思えないほど素早く駒を動かす坂柳。
誘ってリズムを崩し、勝ちに行くのは容易だ。
しかし。
(良いぜ、乗ってやるよ)
坂柳の狙いに気付き、空崎は笑みを浮かべて駒を動かす。
余裕の表情のままの空崎に対し、坂柳は短く呼吸を繰り返しながら集中力を高めていく。
周囲に熱が伝わる、真剣勝負。
その末の結果は───
♢
「───初めてだな、有栖。俺と引き分けたのは」
空崎が打つであろう手を事前に考え抜き、
だが深く息を吐いた坂柳は、汗をハンカチで拭いながら悔しげ且つ不快な表情を隠そうともしない。
「いえ……実質負けのようなものです。こんな引き分け狙いの勝負、私の性に合いません」
それに、と。
「夜白くんが
「あれ、バレてた?」
「バレますよ。性格の悪い一手が全く無かったんですから」
溜め息一つ。
最初から狙って、忖度を入れてもらって、漸く引き分け。空崎相手には何度も負け続けてきた坂柳だが、そのどれよりも今回の一局が屈辱的と言える。
普段の冷静沈着の装いが外れて苛立ちが見える彼女に、空崎は苦笑した。
「それで、賭けはどうする? 引き分けなら無かったことにも出来るが」
「何の為に私がこんな手段を選んだと思っているんですか? 当然お互いに語ります」
「……うーん、マウントを取りたいという欲求が垣間見える」
───まあ、夢を見つけたご褒美ということで。
空崎はジェスチャーでお先にどうぞと伝える。それに頷き、坂柳は視線を彼に合わせて告げた。
「───この先天生疾患、心臓の病を治す方法を確立させ、自らの脚で大地を走ること。それが私の夢です」
微笑み、語られる内容。
先天生疾患の多くは完治の目処が立ちつつある。だが決して全てではなく、坂柳が患っている病は重い方であり、運動に厳しい制限が掛けられていた。
医療技術の発展で、いずれ完治する方法は見つかるかもしれない。
だが坂柳は、確立させると述べた。
即ち、自らが編み出す───と。
驚愕の視線が集められる。
そんな中、坂柳が見つめる視線の先で、空崎だけは慈しむような笑みを浮かべていた。
「笑いますか?」
「誰が笑うかよ。尊敬するし、応援する」
「……むず痒いですね。夜白くんもお願いします」
「ああ。まあ有栖にとっては今更だろうけど……」
一拍。
至極当然の様に、躊躇いもなく。空崎は口を開き、夢を語った。
「VRのフルダイブ技術を完成させること」
大っぴらに言うでもなく。
しかし適当に放った訳でもない。
抱き続けた───
既に知っていても、坂柳はそれを噛み締めるように受け止める。
それが、己のキッカケ故に。
「有栖、治療方法には目処が立ってるか?」
「いえ、今は兎に角情報を集めている段階です。運動に制限を掛ける必要がある程の心臓関連の病についての論文は探りましたが、先天生疾患の類となるとあまり見当たらず……。医療知識も蓄えていく必要がありますからね。関連する資料を図書館に置けないか、今度父に聴いてみるつもりです」
「おい職権濫用」
「ふふ、可愛い娘のおねだりに応えない父親は居ないでしょう? 高育の情報を集める訳ではないのですから、これくらいは大丈夫ですよ」
「……まあそうだな。ちなみに有栖、バーチャル医療は視野に入れてるか?」
「一応は。しかし何から取っ掛かれば良いのか分からず……」
「ふーむ……。俺のイスラエルの知り合いにさ、対象の身体を仮想空間に完全再現して医療のシミュレーションを高精度にする為の研究を進めてる奴がいるんだが。有栖さえ良ければ卒業後に紹介しようか?」
「本当ですか? それは有難いお話ですっ♪」
♢♦︎♢
「仮想空間での身体の完全再現はフルダイブ技術にも関連する事だから、有栖とは卒業した後にも関わる機会が結構ありそうだな」
───なにを。
「ふふ、それは嬉しいですね。イスラエルのお知り合いというのは、ひょっとしてゲーマーの方でしょうか?」
「そうだぞ。「銃を撃ちまくれる世界を作りたい」とか言って研究を始めた頭のおかしい奴だ。でも優秀だから研究の第一線に居るんだよなぁ」
───この二人は、何を言っているの?
「フルダイブ世界でリアリティを高めていくのであれば、きっとそういう方も必要になりますよ。『拘り』というモチベーションは馬鹿に出来ません」
「そりゃまあな。俺が特技を増やしてるのもその一環だし」
「おや、それは初耳ですね?」
「ん、言ってなかったっけ? 変声だってフルダイブ技術の発展の為に磨いたんだぞ。……では僭越ながら、堀北の真似。貴方のような変態は幽閉された方が世の為だわ」
───本当に何を言ってるの……!?
「……変声が必要になりますか?」
「声合わせだけなら現時点での技術でも可能だろ? けど声帯再現となるとこういった変声にも対応出来るか否かが試される。絶対に必要だ」
「なるほど」
…………。
声真似は、兎も角として。
二人の言っている意味は、分かっている。医療技術・VR技術の発展。既存の技術の進化を夢に抱いている。それくらいは分かっている。
でも、私たちはまだ学生だ。何者でもないただの高校生に過ぎない。今はまだ、明確な将来を描くような年齢ではない筈だ。
なのに───既存の在り方ですらなく、机上の空論に過ぎない事象を目指している?
……入学当初の私なら、きっと「無駄な将来を夢見るよりも地に足つけて勉強に精を出しなさい」と思っていただろう。いや、今だって───例えば山内君の様な生徒が語っていれば、そう考えたと思う。
でも私は知っている。空崎君は私よりも才能があって、優秀である事を。
勉学という面に於いて自身よりも優れ、地力が確かである彼が語るからこそ、その夢が現実味を帯びていると思ってしまう。
それは、坂柳さんにも言えた。
ただ夢見ているだけではない。叶える為に、今できる事をやろうと動いている事が伺える。
この二人は本気で夢を叶える為に生きているのだと、そう理解させられてしまう。
…………。
空崎君が坂柳さんに向かって「マウントを取りたい欲求が垣間見える」と告げた意味が分かった。
彼女はきっと、この学校が敷いた『Aクラスの権利』を漠然と目指すだけの私たちに言いたいのだろう───
私は兄さんの後を追って、この学校に入学した。
Dクラスの意味を知って、当初はそれを受け止める事が出来なくて。それでも時間の経過と共に自分自身を見つめ直し、Aクラスを目指す事にした。
Aクラスの権利は、進学を有利にするために使うつもりだった。
……今も、目的が変わった訳じゃない。
けれど、楽しく友達との雑談を交わす様に夢を語り合う二人を見て。
私は少し、羨ましく感じてしまった。
♢♦︎♢
「……1時間過ぎたか。よぉっし、お疲れ様! まあ最低限の話し合い時間であって居座るのもオーケーらしいけど、取り敢えず解散! また20時になッ」
アナウンスが流れ、空崎が手を叩きながらそう告げると、何人かの生徒が重い足取りで立ち上がって部屋を出ていく。
「あ、桔梗ちょっと待った」
「うん? 何かな、空崎くん」
部屋を出ようとする櫛田を見て空崎は声を掛けた。
シャツの胸ポケットから封筒を取り出し彼女へと渡す。
「これ、バカンスの時のDクラス生徒が写ってる写真な。桔梗から渡しといて貰えるか? 女子の水着写真が多めだから洋介からってのは気不味いだろうし、堀北は難しいだろうから」
「あっ、うん! 大丈夫だよ、ありがとねっ」
「最低枚数しか現像してないんで、欲しい写真があれば後で指定して枚数を教えてくれると助かる」
受け取り、頷いて部屋を出る櫛田に手を振って見送る。
留まる理由がこれといってない為、少しだけ時間を空けて空崎も神崎と共に部屋を後にした。
「…………」
「どした、隆二?」
「いや……これはまだ、頭の整理が必要な事だ。それよりも今は試験の方の話を訊きたい。俺では前情報ありきでも判別出来なかったが……
声を潜め、周囲に聞こえない様にして。
その上で主語を使わないまま問い掛ける。
空崎は質問の意味を正しく読み取り、不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「
坂柳は「暇つぶしでクラスを裏切る真似はしませんよ」と言っていたが。しかし、協力的であるとは告げていない。
彼女ならば優待者に『法則』が存在する事に気付いているだろう。もし協力的であるならば、それを葛城に伝えて自クラスの優待者を聞き出し他クラスの優待者を暴こうとする。
しかし彼女が発した「そもそも優待者を知らない」という言葉に嘘がない事を空崎は理解した。
幾ら葛城が保守的な心掛けであろうと、試験を有利に進める為の情報が得れるとなれば坂柳の要求に答えるだろう。にも関わらず坂柳が自クラスの優待者を知らなかったとなれば、彼女に協力するつもりがない証明に他ならない。
或いは最初から、空崎が望んでいる今試験の結果を理解しており。それこそが最善であると、イレギュラーを出さない為の選択であったか。
───竜グループの大多数に悩みの種を植え付けた張本人は、ただ一人嗤う。
♦︎
「さて、お前ら───」
二回目のディスカッション。
一回目の坂柳との談話では穏やかだった表情が一転。空崎は支配者の如く、不遜な笑みを浮かべてその場の全員に告げた。
「全員、携帯を取り出して床に置け」
♕ Tips. ✍︎
空崎の性癖熱弁はいずれ綾小路にも届き、太ももフェチへと侵食されていく。関係ない話だが、イラストレーターのトモセさん曰く「椎名のデザインは心がけた点として読書少女らしく太ももをむちっと描くこと」を意識していたとのこと。関係ない話だが。