Q. むしろここまでチェックの盤面で現実から目をそらす方が、堀北兄的にはムカ着火案件なのでは…?
A. ムカ着火ファイアーまではいかない。競争意欲があるのは良いと考えてる筈。問題は空崎の意図を探ろうとしない事。
Q. 空崎いればいいって怠ける奴でないかこれ?
A. 内部だと怠ければ負ける可能性が出ると分かってるのでしない。外部はそもそもAクラスに入れてもらえるか定かじゃない状態なのでまだ迷ってる段階。
18話後書き追加項目
契約
・クラス移籍が完了するまで現Bクラスは○クラスの生徒に各4万プライベートポイントを毎月渡す
注意書き
※契約が成立した場合、他クラスとの同じ内容の契約は承認しない
※契約成立後、空崎 夜白が所持しているプライベートポイントの情報は完全秘匿とする
修正項目
注意書き
・7割→4つ以上
投稿が12時ギリギリになった事が原因で書き忘れていた部分を幾つか追加しています。
「───と、そんな理由で有栖はウチに移籍した訳だ」
「お前という奴は……」
始業式、昼。
駄弁っても余裕のある昼食の時間帯になり、自身の近くの席に寄ってきた神崎へ坂柳が移籍してきた理由を告げる。
5月に行われた彼女とのチェス。その賭けの内容は『負けた方が勝った方のクラスに移籍する』こと。移籍する時期は後ほど空崎が指定したこと、移籍金に関しては『空崎が移籍する場合は全額負担』『坂柳が移籍する場合は可能な限り自己負担し、残りを空崎が払う』という形にした事も説明。
すると神崎は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえた。
「負けたらどうするつもりだったんだ?」
「負けたら? まあその時は移籍してたよ、賭けだしな。でもチェスで俺が負けるなんて
「……」
勝負事に絶対はない、と。そう言い掛けた神崎だったが、空崎の自信満々な表情はあまりにも説得力があった。
女子と会話を進めながらもその言葉が届いたのか、坂柳はイラっとした表情で空崎に視線を向けている。
「この時期にしたのは何故だ? 7月の時点で、監視カメラの費用を加味しても足りていた筈だろう?」
「ああ、俺も当初は貯まり次第移籍させるつもりだったけど……その時には夏休みの間に何かしら動きがある事に予想がついたし、一先ず様子見したかった。後は有栖の行動を見ての判断」
「行動?」
「リーダー争いを降りてクラスに協力的になったって噂が出回ってたろ? その時に有栖が他人を『駒』ではなく『仲間』として見る様になったんじゃないかと思ったんだよ。もしそうなら暫くは経験させた方がいいかなと」
「親か、お前は」
「
───でも彼女がそう動いた目的は友情という感性に触れようと思ったからではないよなぁ、と。
内心でそう思っていると、神崎がふと呟く。
「しかし……そんな直ぐに殊勝な態度を抱けるタイプじゃない筈だがな、坂柳は」
「……あれ。隆二、お前って有栖と昔から知り合いだったりする?」
「む……よく気付いたな。学校に入ってからは話す事も無かったというのに。……親関係で少し、まあ特別仲が良い訳でもなかったが」
「ほーう? なるほど、じゃあ隆二が思うアイツが最初に考えていた事が何だか分かるか?」
「……有能さを見せつけ重要性を周囲に理解させてから移籍する事で、元のクラスに混乱を齎す」
「ふはっ、良いね隆二。俺と全く同じ想定だわ」
「───失礼ですね、お二人とも」
貼り付けた笑みで坂柳が会話に割って入る。彼女の近くには困った様な笑みで一之瀬も立っていた。
「そうだよー、夜白くん。神崎くん。有栖ちゃんをそんな性悪みたいに言って……」
「ええ、全くもって遺憾です。本当に私が性悪であればリーダーの座を奪って急にいなくなる方が効果的と考える筈でしょう?」
「そうそ───あれぇ……?」
より性格の悪い提案が坂柳の口から発せられ、彼女を庇う台詞を放っていた一之瀬が視線を移して首を傾げる。
坂柳の発言に、空崎は笑いながら応じた。
「いいや、お前はあの時には既に俺が稼いでいる事を知っていた。そうなると早い段階で移籍可能になると推測がつく。それまでにリーダーの主導権を握るのは難しいと判断し、“協力”という手に切り替えたんだ」
「ふふ……いえいえ。私はあくまで
「おぬしも悪よのぉ」
「そんな、4クラス対抗の前提を覆す計画を立てる様な夜白くん程では」
───ははは
───ふふふ
「……結局は夜白くんの望み通りになりましたけどね」
「ん?」
「思い通りに動かす『駒』ではなく、視点を変え『対等』に見る事で、知見を広げる機会を得ました。何を以て人は動き、何を以て人は動かないのか。モチベーション、目的意識、行動原理───人を知る事は、多くの可能性を知るという事。だからこそ、この“夢”を抱く事が出来ましたから」
向かいの椅子に座り杖を立て掛け、空いた両手で大切な物を抱く様に胸の前に手を置く坂柳はそう語る。
「改めて、ありがとうございます」
「いや───
「……?」
「気にするな、自分勝手な感情の整理だ」
お礼を返される様な事をした覚えはないが、と。そう疑問を見せて首を傾げる坂柳に、空崎は苦笑して言い放つ。
そう、自分勝手な感情の整理だ───
「一応確認するが坂柳、このクラスでスパイをやる訳ではないよな?」
「神崎くん。逆にお訊きしますが、私自身がスパイなんて真似をすると思いますか?」
「……いや、どちらかと言えばさせる側だな」
「ええ。ですが葛城くんのクラスにスパイを命じるつもりもありません。船上試験を共にした神崎くんもご存知の通り、今の私は
───ああ、と。坂柳は微笑みつつ、視線を一之瀬の方へと向ける。
「帆波さんがリーダーを降りて私を推すのであれば、務めるのも吝かではありませんが」
「にゃはは、今の所その予定はないかな〜」
困った様な笑みで返す一之瀬の言葉。坂柳も冗談で放った発言だった為、言葉を続ける事なく頷くだけで会話を切った。
「ところで有栖ちゃん、夢って何の話? 察するに船上試験のディスカッションで言ってたみたいだけど」
「大した話でもありませんよ。帆波さんもご存知の通り、私には現代医学で治療不可能な先天性疾患を抱えています。こちらを治す術というものをどうにかして解明したい、というだけです」
“夢”と言っても、坂柳は疾うに叶える気満々だ。決して軽率ではないが、かと言って重くも捉えていない。そんな空気感でサラっと話した彼女に、一之瀬は驚きを見せながら詰め寄る。
「す、すごい話だよ! だって医学を進展させるって事でしょ? それは確かに時間が欲しいよね……。えっと、授業を無断でサボられるのは困るけど、月に何回か程度なら欠席の権利も買うよ?」
「いえ……放課後に時間を充てたいだけですので、そこまでするつもりはありません。高育内では出来ることも限られますから。それに、クラスメイトとしての協力程度ならば惜しみませんよ」
「ホント? それは助かるなぁ。あ、何か手伝える事があったら言ってね! 医学関連は力になれないかもしれないけど、資料を運ぶくらいの雑用なら出来るから!」
「は、はい。その時は頼りにさせて頂きます」
輝く瞳と眩しい笑顔。
自分以上に熱心と思える勢いの言葉に、坂柳は珍しく気圧された様に体勢を反らして瞬きを繰り返す。
「……夜白くん。私も他人の感情にはそれなりに鋭いつもりですが」
「ん?」
「貴方が彼女に絆された理由が分かった気がします」
「……だろ?」
疑う余地もなく、不可能と思う訳でもなく、嘲笑う訳でもない。
曇りなき笑顔で、文字通り心の底から応援と期待を寄せてくれる。そんな存在がこの世にどれだけいるか。
少なくとも空崎はこれまで見た事がなかった。自身が夢を語った時の相手の反応は、嘲笑うか、一見応援している様に見えても「どうせ無理」という諦めの感情が垣間見えていた。
子供はストレートに、大人は隠しつつ。
だが一之瀬は、心の底から応援し、その夢を隣で見据えてくれる。その未来を当然の様に想像してくれる。むず痒さすら感じない。
ふと話してしまった夢を応援してくれた初対面の時を思い出しながら、坂柳に自慢げな笑みを向けた。
「?」
───当の本人は、二人のやり取りに笑顔のまま首を傾げているが。
♢
「……学校らしいと言えばらしいがなぁ」
誰に聞こえるでもない声量でプリントを見ながら空崎は呟く。
午後に全学年全クラスで決められていた2時間のホームルーム。その内の1時間は、今から1ヶ月先に開催される『体育祭』についての説明が行われた。
空崎自身は決して運動嫌いではない。不得手という自己認識はあれど、身体を動かすこと自体は好ましく思っている。
ではなぜ苦い表情を浮かべているか───それは本日クラスに移籍したばかりの彼女が理由だ。
「星之宮先生。『全員参加』と銘打たれている以上は、各クラスの在籍人数差に関わらず強制参加という形になるのでしょうか?」
「ええ。個人的には申し訳ないと思ってるんだけどね……坂柳さんの場合、参加を前提に組んだ上で不戦敗の形になるわ。体育祭の競技関連でプライベートポイントによって動かせるのは『推薦競技』で代役を用意する程度のもの。当然だけど、幾ら出しても『順位を買う』なんてことは出来ないからね」
「そうですか……」
───流石にそんな事はしねぇよ……と。
星之宮の最後の言葉は空崎の方をチラ見して発せられた。
心外である。ゲームで言えば『バグ利用』や『グリッチ』を超えた『チート行為』に該当するものだ。そこに手を出すつもりはない。
そもそも空崎の『計画』は学校の想定を超えてしまっただけで、あくまで学校が認めたルールの範疇。そんな風に見られる謂れはないと、肩を竦めて主張する。
「申し訳ありません、皆さん。移籍して早々にご迷惑を───」
「はいストップ、有栖ちゃん! 確かに一見、ポイントを稼ぐ機会を失っているように見えるかもしれないけどね。実際は最下位でも4点が
「ええ、まあ」
「なら謝る必要はなし! 寧ろ「私のおかげで20点の加算が確定している*1」って踏ん反り返ってても良いんだよ?」
「……ふふ、流石にそこまで偉そうには出来ませんが。そうですね。その20点が皆さんのお力になれればと思います」
少しでも心証を良くする目的か、坂柳はまず謝罪から入ろうとしたものの、競技の得点の決め方を理解した一之瀬がそれを遮る。
一之瀬の発言の後に坂柳が周囲を見渡すが、迷惑そうに思っている生徒は一人もいない。クラスの雰囲気を理解したのか、彼女は微笑んで応援を告げた。
「───さて、他に質問はないかな? ……最初にも告げたけど、次の時間帯は第一体育館に集まって各クラス他学年との顔合わせになるわ。残ってる時間帯は好きに使って大丈夫だけど、そっちに遅れないようにしてね!」
星之宮はそこまで言い終えると、教室の隅に置いてある椅子へと移動し座る。教壇を使用する生徒が出たときに邪魔にならないように、また一応は授業時間帯に当たるから教師として教室に居る必要があるからだろう。
普段なら全体で話し合おうとする一之瀬だが、残り時間と今後の取り決めの事を考えて話し合いの場は設けない。あくまでも「今は取り敢えず、推薦競技について出たいものがあるかそれぞれ考える時間にしよっか!」とだけ告げてプリントと向き合いつつ周囲と会話する程度に抑えていた。
「颯はどうする? ウチのクラスだと一番運動神経良いのお前だが、最優秀を狙うか?」
「うーん……そりゃまあ折角なら最優秀は狙いたいけど、みんなが出たい競技があるなら譲るぜ? 四方綱引きは得意とは言えないし、借り物競争は運要素もあるからさ。全部出るってなると体力面の問題も出るし、その辺りを調整しながら決めたいな」
「借り物なら俺でも出れそうだし、確かに足の速さよりも判断力重視が良いか」
「……意外とやる気なんだな?」
「ん? ああ、無人島試験の時のアレか。アレは時間の拘束が長すぎたからショックを受けただけで、学校行事の範疇なら普通に楽しむよ。……さて」
空崎は己の鞄から入れ物を取り出し、柴田の疑問の視線を受けながら席を立つ。
「おや、どうしました? 夜白くん」
向かった先は坂柳の席。
ルールの整理も終わり暇そうにしていた彼女は、空崎の足音にすぐに気づいて視線を向け問いかけた。
「有栖、昼休みの時に「クラスメイトとしての協力程度ならば惜しみませんよ」って言ってたよな?」
「……なぜ変声までしたのかは疑問ですが、確かに言いましたね。ですが今回の体育祭で協力できることはありませんよ? 出来て身体測定のタイムを計るくらいかと」
「いいや、お前に出来る強力な一手が存在する」
空崎は手に持つ入れ物を彼女に見せる。
持ち運ぶには些か大きめな入れ物。また「運動を規制された自分に出来る体育祭での強力な一手」という要素から、坂柳は瞬時にその意味を理解する。
「まさか……」
「そのまさかだ」
「…………嫌です。そんな
「昼の弁当俺の手作り一カ月」
「……」
「移籍したのは今日だ。お前にプライベートポイントは残されていない。飯代が浮くのは助かるだろ?」
「……ふ、ふふ。帆波さんから同情を買えば、来月の差し引きで前払い程度の融通はしてもらえる筈です。そんな話に乗っかるとでも? 今の私に以前ほどのプライドはありませんよ」
「ほう?」
「夕飯も作ってくださるならば乗りましょう」
「よっしゃお安い御用」
♢
「全学年が関わっての種目は最後の1200メートルリレーのみ。それ以外はすべて学年別種目ばかりだ。今から各学年で集まり方針について好きに話し合ってくれ」
3年Aクラス、今回赤組の総指揮を執る藤巻の話が終わる。
発言最中は赤組の2年、3年の生徒───否。それに留まらず白組の全生徒達からもチラチラと忙しない視線が送られていた。
その視線の先にいるのは───
「……お人形ごっこでも趣味になったのか? 見事に注目の的だな、坂柳」
「言わないで下さい龍園くん。私も化粧は嗜みますが、ここまで注目を集めるのは初めてです。責任の所在は夜白くんに」
「意外な特技にも程があんだろ……」
「あと帆波さん、あまり抱き付かないで下さい。メイクが崩れます」
「え〜、だって可愛いんだもん! さっきはびっくりしたよ。いざ体育館に移動ってタイミングで振り向いたらこんな綺麗な有栖ちゃんが居たんだよ! ねね、龍園くんも可愛いと思うでしょッ!?」
「…………馬子にも衣装だな」
「んもぅ、素直じゃないなぁ!」
輝き───それはもう輝いていると錯覚する程、綺麗にメイクが施された坂柳の姿だった。
ベースの顔立ちは決して崩していない。元より美人、ナチュラルメイクでも充分に映える。だが明らかに『ナチュラル』では済ませていけないほどの変化が坂柳にはあった。
それは、視線を集めている事実からも容易に理解できるだろう。
「ふっ、夏休み中に3徹して極めたメイク技術だ。是非とも堪能してくれ」
「……テメェの熱量は狂気的だな」
「そう? サンキュー」
「褒めてはねぇよ。……まさか自慢の為だけにやった訳じゃねぇよな?」
「当然だ、本番はここから。よく見とけよ翔。圧政や恐怖支配は時として必要になるが、永続は不可能だ。
「ア……?」
ニヤリと笑う空崎は、坂柳の隣に立ち咳払い一つ。
特に声を張り上げる必要もなくA・Dクラスの生徒たちから視線が集まったのを感じ取り、程よい声量に調整して話し始める。
「さて諸君。契約を受け入れてくれた以上、DクラスはAクラスを勝たせるための動きが中心となる。マイナスポイントが入っても痛手にならないDクラスとしてはやる気が芽生えないかもしれない───が、敢えて言おう。我々は学年内の順位を1位・2位フィニッシュで終わらせる!」
無論、組としての勝利がなければAクラスが1位を取ったところでマイナス50クラスポイントの措置を受けるからというのもあるが。しかし、それだけではない。
「心して聞くと言い。体育祭、即ちスポーツとは! 人類が暴力を用いず己の力を証明する争いの一種! その多くの原動力には、己の中の譲れない『正義』があったのだろう───金・名誉・地位。此度の戦い、Dクラスがそれらを得ることはない。ならば何故頑張る必要があるか? 簡単だ! 御前を見据えよ! 目の前には何がある!?」
───腕を大仰に動かし隣の存在を主張する。
「古今東西より伝わる唯一不変の正義、かわいいだ!」
…………。
呆気に取られるA・Dクラスの生徒。
坂柳はそんな彼らに対し、貼り付けた無垢の笑顔で手を振る。
「彼女に歓喜の笑顔を届ける! 貴様らが男ならば、やる気になる理由なぞそれで十分だろう! やもすればその魅了の笑み───独占できるかもしれんぞ?」
───ついぞ『女子』を除外し『男子』を指定した物言いになり、女子の多くからは白けた視線が集まったが。
だがしかし。
「種目で1位を取ったらツーショットとか……できますか?」
「どう、有栖?」
「ええ、構いませんよ」
「種目前に囁くように応援を───」
「ふふ、覚えておきますね」
おずおずと、彼女の笑みに魅了されたかのように申し出てくるDクラスの生徒に、坂柳は愛想よく応じる。それを皮切りに次々にささやかな願いが申し出るようになった。
「有栖ちゃん、チアガールとかやる気はない?」
「それは嫌です」
「そんなぁ!?」
……そこに一之瀬が混ざっていたように見えたが、空崎はそれを気にしないようにして龍園に振り返る。
「どうだ分かったかね?」
「ウチの連中がバカだってことは理解した」
「そう、男なんてそんなもんだよ翔。圧政や恐怖支配なんぞで疲弊した心に『安心できる拠り所』がありゃ縋りたくもなる。ポジティブなモチベーションの上げ方は期待を生み、頑張る理由を与えるのさ。それがお前が言葉を選ぶほどの美人となれば尚更だ」
「…………女の方は?」
「おっと、そっちも対処しねぇと」
再び坂柳の隣に移動し、微妙な表情を晒しているDクラスの女子達に向き合う。
「紹介させてもらおう。彼女にメイクを施したのはこの俺、空崎 夜白だ。有栖が元から美人さんなのは存じているかもしれんが、ここに集う全ての生徒*2が同等レベルに至る可能性を秘めている。俺はその可能性を開く“鍵”を持っていると言おう」
懐から小型のポーチを取り出す。
未使用品の化粧道具だ。
「もし望むならば、俺はその可能性を開こう。その証明に───ひより」
「はい?」
「今からここでメイクしても良いか?」
「……私ですか? 知識はあれど実践は少数ですので、良さが分かるとは思いませんよ?」
「だからこそだ。ベースは崩さない。ひよりも元から可愛いからな。ちゃんと基の“個性”を生かした上で仕上げる。じっとしてくれれば5分で終わるぜ」
「まあ、私は構いませんが……。えっと、立ったままの方が宜しいですか?」
「いや座ってくれ。ひよりが5分立ちっぱで揺れないとかあり得ん」
「……、……反論したいですが私では論理を組み立てられませんね。分かりました」
ペタン、と。
体育座りで体を動かさない様に座り込んだ椎名へと近付き、ポーチから化粧道具を取り出す。
この場ではスキンケアをじっくりやる事は出来ないが、肌艶は元々しっかりしている。乳液だけ馴染ませ、次の化粧道具を取り出した。
ベースメイク・アイメイク・仕上げ───手順としては基本に則り、メイクを嗜んでいれば普段から女子もやっている程度のもの。
だが、宣言通り5分後。
そこには坂柳と同様に、輝いていると錯覚してしまう程、綺麗なメイクが施された椎名が居た。
彼女は空崎が道具をポーチに仕舞っているのを見て、困惑した様な声音で問い掛ける。
「えっと……終わったんですかね?」
「ああ、こちらをどうぞ」
「わ───え、5分のメイクでここまで変わるんですか? これは……確かにハマる気持ちも分かりますね」
「あー、あまりペタペタと触り過ぎるなよ? 簡単には落ちないと思うが、崩れると一気に見栄えが悪くなるからな」
ザワ───と、椎名の姿に騒めきが走る。
離れた所にいる白組の生徒が一人転倒した姿も見えたがさて置き、重要なのは赤組の1年女子の反応。
所詮はメイク。そう認識していた女子ほど、椎名の変化には驚きを隠せないだろう。
僅か5分での劇的な変化。彼女が椎名 ひよりであるという認識は正しく働いているのに、数分前までとはあまりにも違いすぎる。
「さて、俺の腕前はご覧の通りだ。もしやる気を出してくれるというのであれば、体育祭後に希望者へメイクを施そう。当然費用はこちら持ちだ。ああ、順位は気にしなくて良いぞ? 人がやる気かどうかってのは見れば分かる。手を抜かずに取り組んでくれたならば、俺はこの腕を惜しみなく振る舞う」
───言っただろう? かわいいは正義、と。
それは女子にとっても同じ。男子とは意味合いが違うが、自分の腕では到達出来ない程の『かわいいになれる』というのは衝撃として充分だろう。
「じゅ、順位は関係ないの?」
「ああ。無茶や無謀を要求するつもりはない。本気で取り組んだという事実さえあれば、分け隔てなく希望に応えよう」
「……お願いしたら別人みたいに仕上げたりとか出来る?」
「どんな顔立ちが良いかさえ教えてくれれば可能だ。橋○ ○奈にだってなれる」
───……ッ!!
1000年に1人の美少女を引き合いに出され、女子達は顔を見合わせ。
そして、やる気充分といった気合の入った顔つきで拳を握り鬨の声を上げる。
全学年、全クラスの中で最も熱が入り込んだこの場所はあまりにも異質で、上級生すらも驚きを隠せず視線を集めていた。
♕ Tips. ✍︎
綾小路は船上試験最中に椎名と空崎との読書会をしている。夏休み最中は空崎の予定が詰まってたのでそっちと会う事はなかったが、椎名とは何度か会っていた。
白組で集まっている中、椎名のメイク姿を目撃して思わず転倒していた人。