Q. 夜白がホワイトルーム追い出されたのって元から天才だったからなのもあるんだろうけど、ゴミゴミな身体能力もでかい理由じゃね?
A. 3歳で追い出されてるからそこは関係ない。なんなら自称貧弱なだけで平均よりちょい下くらいで言うほどゴミじゃないし、反射神経や運動神経は寧ろ優れてる。ただし本編の育ち方だと指先にそれが集約しているので身体全体はそれに追いつけないというイメージ。
身体能力が低いのは筋肉が付きにくい体質だから。
Q. 堀北ってコンパスで人を刺す頭おかしすぎる悪癖があるならそっちでDクラスになったんじゃないか?
A. 流石に中学時代はやってない筈。やってたら櫛田もその情報を匿名で根回しするだろうし、初期の池達相手でも言葉の刃物で済んでた辺りを考えると綾小路相手のみだと思われるので悪癖ではない想定。
Q. 堀北(兄)にコンパスのことバレねえかな
A. 会話する様になって暫く経ったらバレるしバチくそ説教喰らうし綾小路に揃って頭を下げる。当人が問題として訴えるつもりなら自覚させる為に停学もあり得たけど、綾小路にそのつもりがないので代わりに二人から多額のプライベートポイントが支払われた。「これは鈴音の贖罪の為でもあるので出来ればクラス貯金には回さないで欲しい」という言葉付きで。
堀北がクラス貯金として預けた自分の分の全額引き出しをめちゃくちゃ深刻そうな顔で告げられたので平田は応じつつも頭を抱える。
指攣ってモチベ低下してました。
玉入れのコツは、真下に近い位置から前方向への推進力を最小限に抑えて上に放る事。その時の力と角度の再現を繰り返せば、高精度で入れ続けられる。
だが言うは易し行うは難し。人は機械ではないため、どうしたって出力はブレる。
可能な限り再現性を高める手段として、指先で投げるのではなく『掌で押し出す』という練習を徹底して繰り返させた。指先で投げるよりも飛距離の上限は著しく下がるが、力の調節はし易い為だ。
玉入れ籠の高さによっては指先で投げたり掬い上げる様な投げ方が良かったりもするが、そこまでの高度でない事は先に知らされている。
こればかりは運動能力というよりも、力の調節が上手い生徒を選別する形を取った。
他の生徒は転がっている玉を集める役割だったり、手が空いていれば邪魔しないタイミングで狙う役割を持たせた。
その結果、玉入れは大差で赤組が勝利を収める。
続く2年生・3年生の競技が行われている少しばかりの合間の時間。戻ってきた一之瀬達に声を掛ける。
「お疲れ」
「うん、本当に疲れたよ……ただ投げるよりも腕がしんどい気がする」
「普段は使わない筋肉を使う訳だからな、そりゃ普通よりも疲労感は強いだろ。ほら座れ座れ。サーヨ達もな。今から軽くマッサージするぞ。微々たる効力だろうがそのまま綱引きに持ち込むよりはマシな筈だ」
「ん、夜白くんのマッサージは実感出来るから有り難いな。よろしくねー」
一之瀬は力を抜いて腕を差し出す。練習中にも既に何度か行っている事なので女子達に抵抗感はない。
一部男子は未だに羨望の眼差しを向けているが───それを意識から除外しつつ、マッサージついでに一之瀬と会話を進める。
「どうかな?」
「主力組が一斉に怪我でもしない限りは総合は勝てる。問題は学年だな。六助がマジで厄介」
「……高円寺くんの対策は夜白くんでも難しい?」
「いや、対策
「うーん……根幹は夜白くんへの対抗意識、かな。そうなると……事前に組んだ作戦の全放棄が対策?」
「おっ、正解」
「でもそうなると……」
「ああ、別の問題が浮上するから実行はしない」
───個人戦は当人の身体能力と調子に左右されるから殆ど関係ないが。団体戦に関しては空崎の組んだ方法を放棄し、改めて練り直す必要が出てくる。
高円寺のやる気が空崎への対抗意識から来ているならばこれで彼への対策は出来る。しかしそうなると、でB・Cクラスへの対応が疎かになってしまう。純粋な身体技能の競い合いでは些か不確定要素が多いと言わざるを得ない。
積み上げたものを直前で破棄する不信と敗北のリスク浮上。これらの問題点を考えれば、高円寺のやる気を削ぐ為だけに作戦破棄を実行する訳にはいかない。
言葉にせずともそれは共通の認識。お互い苦笑を溢し、話を切り替える。
「やる気を出してくるのは想定外だったけど、まあ悪い事ではないか」
「そもそも想定外だったのはなんで? 夜白くんならそこ込みで考えそうな気がするけど」
「考えたっちゃ考えたけど可能性が低かったから除外してた。六助レベルの対策を練るとなると浸透させるのに時間が掛かるし、アイツがやる気を出さない気持ちも分かるから───……あ、そうか。
可能性の一つとしては考慮しつつも極めて低い為に除外していた。
その低い可能性の理由を浮かべ───同時に、高円寺がやる気を出した理由についても思い至る。
空崎の高円寺への理解は“共感”からくるものだ。それは、高円寺の空崎への理解にも通じる。「友人との競い合いというのも悪くない」と告げたのは、空崎が高育に対して思っている事を正しく認識していると暗に答えていたのだろう。
政府の建てた学校であろうが、学生はもっと学生らしくていい───その考えに乗っかってくれたのだろう、と。
マッサージしていた手を止める空崎へと一之瀬は視線を送る。その先に浮かぶ表情は、呆れた様な、だが喜ばしい様な笑み。
「───ったく、身体技能の競技で俺に期待されても困るんだがなぁ」
「……、……言葉の割には嬉しそうだね?」
「ん? ああ、行動原理が分かってスッキリしたって感じだ。変に頭を働かせ過ぎてた。……よしっ、帆波は終わり。サーヨは……余裕そうか? 流石バレー部。じゃあこずえ、腕を出してくれ」
「はーい」
Dクラスを含め、玉入れの主力を務めていた生徒達に短い時間で出来る軽いマッサージを行なっていく。
ちょうど全員分を終えた辺りで2・3年の競技が終了し、男女別の綱引きへと移る。
♢
綱引きは拮抗した状態だった。
両クラス共に力のバランスが取れた配置にしており、僅かながらに白組の方へ中心部が寄せられている状況が続いている。
このままならば時間経過で白組の勝利となるが───
「ゴー!」
僅かながらに優勢だった白組は引っ張る力のバランスが乱れ、一気に中心部は赤組側へと寄せられる。腕力・握力が突出している高円寺や須藤の影響でまだ辛うじて綱引きは成立していたものの、時間が終了し1本目は赤組の勝利。
声は、言わずもがなではあるが空崎だ。
A・Dクラスは引っ張るよりも『耐え』の姿勢を維持していた。その中で空崎は列の中央部から相手の状態を観察し、引っ張る力の噛み合いが全体で乱れる瞬間を感知。それを伝える事で、半数が連動して引っ張る力を強める。残り半数は少しタイミングをずらして引っ張る事で、立て直す隙を与えずに畳み掛けるという戦法。
元より練習していた事なので全体が淀みなく実行出来た。練習時の想定と違う点としては、時間経過だったこと。本来であれば待つまでもなく決着へと持っていけたが、高円寺と須藤が反射的に対応した事でギリギリ耐えられた。
もちろん幾ら超人じみていても同年代40人の連動に拮抗するのは不可能だ。仮に続いていても赤組の勝利は揺るぎなかっただろう。
問題があるとすれば、B・Cクラスが連動している間の『耐え』の時間。元々は高円寺を度外視していたのもあって体力と気力が想定以上に削られている。
全3戦の綱引き。全て取れるのが理想だったが───2戦目は残念ながら白組の勝利。1戦目と同様の戦法を取ったのだが、タイミングを見誤り引っ張り切る事ができなかった。
ミスではあるが、単純なミスではない。この戦法自体は白組全体には見抜かれておらず、続行したのは間違いではなかった。しかし白組に隠れた実力者、綾小路にタイミングをズラされたというのが真実だ。
───お前本当に事なかれ主義はどこにいった!
と叫びたかったが。しかし約束は約束。極力彼に視線を集中させない様にしつつ、その意図を理解する。
この綱引きという団体戦の中であれば一点に注目を集めることは滅多にない。それこそ元から実力が判明している須藤や高円寺くらいなものだろう。
だから実力を発揮しても周囲にはバレない。とは言えリスクが生まれるのは確かで、何故そうしたか。
───白組の勢いを維持したかった。
これは高円寺同様に無言のアピールだ。空崎は立場上、完勝を狙う必要があるが、学生らしい競争意欲を維持する為にはある程度の拮抗が求められる。
つまり『可能な限り勝率を高めたが負ける時もある』というのは空崎にとって都合が良いのだ。何故かまでは読み取れないが綾小路もそれに協力的であると考えて良いだろう。
もちろん協力的であることに慢心していれば必敗の末路を辿る。
全力を尽くした第3戦は、赤組が辛勝。男女別綱引きの1年男子は赤組が2勝、白組が1勝で終えることになった。
♢
1年女子の綱引きは赤組の完勝。
続く障害物競走・二人三脚も概ね想定通りの結果を出しており、終始赤組優勢の状態で事が運ばれる。
要所で勝ち取れる競技もあるからか、白組の勢いも決して落ちてはいない。
次に控えているのは騎馬戦。
先に行われた女子の結果は赤組の勝利。だがハチマキを取られた数もそれなりで、点数的にはそれほど差が開いていない。
今から始まる男子の部。懸念点の高円寺は騎手として臨んでいる様だ。彼の体格を考えれば騎馬が適正なのだろうが、性格からしてそれに甘んじる事はないだろう。やる気になった時点で想定はしていた。
「……大丈夫か? 想定だと高円寺はお前を狙ってくるという事だったが」
「大将騎を狙うのは当然だろ。六助どころか健も康平も狙ってくるだろうな」
高円寺は空崎との競い合いを楽しむ為に。須藤と葛城は身体能力の低い大将騎を落とすという理屈から。
守りを固めるのも一つの手ではないか───そう目で訴えてくる神崎に、空崎は笑みを返す。
「大丈夫だ。騎馬戦は体育祭の中でも特に制限が多い競技。幾ら超人染みていても所詮は人間だ。こういう縛りプレイなら負けるつもりはない」
「大した自信だな……」
「実演はしたろ?」
「ああ。だから納得はしている。……任せっきりで悪いが」
「ん? いやいや、俺は作戦立案とタイミングを計って、やれる事をやってるだけだ。寧ろ応じてるお前らの方が大変だろ」
提案を受けて、それを信じ応えてくれるからこそ自身のやれる範囲を実行出来る。
人が1人で出来ることには限界があって、だからこそ役回りが存在する。その役をこなしているだけなのだから、『任せっきり』などと思う必要はない。
「それに、現実はゲームと違って味方にも物理が適用するからな。物理・慣性が単純化されて計算は容易になるし、連携が半端なら多人数相手の方が楽だったりする」
「……言いたい事は伝わったが、計算は寧ろ複雑にならないか?」
「いや、ゲームによっては味方との位置が重なると物理法則無視の座標ズレが発生したりするからさ。それに比べると単純って話」
「む……なるほど。ユーザー視点だとそういう考えがあるのか」
「俺はかなり特殊な例だと思うから気にしない方がいい。つかプログラマーに進路定めたのか?」
「詳しくは後で相談するつもりだが、あくまで知識の一つとして考えているだけだ。フルダイブ技術が完成するとなればネットワーク社会は大きく変動するだろうからな。エンジニアとしての視点を増やしたい」
「ほう? ……っとやべ、駄弁ってたらもう時間だわ。んじゃ馬役は任せるぜ。隆二、紀仁、克己」
応───と返事する3人に担がれながら、視線を前へ。
体育祭が始まる前から警戒していた須藤は馬役。機動力の確保は予想通りで、騎手を務めているのは平田だ。総合的な運動能力はCクラスの中でも須藤に次ぐ実力者。当然の選択と言える。
もう1人の警戒対象である高円寺の方は、元々やる気を出してくれる事を期待していなかったのか馬役はそれほど身体能力が高い生徒ではない。
騎手が高円寺であるならば機動力への警戒は必要ないだろう。
「………」
元からリサーチしていた各生徒の身体能力。体育祭本番によるコンディションの波。体力の消耗、筋肉の疲労。腕の長さ。人を背負うことによる動きの変化。開始前の視線の向き。B・C間の協力の定義。
感情心理思考言動───得られた情報の精査を頭の中で行いつつ、スタートの合図を待つ。
開始直後は間違いなく。
「悪く思うなよ、夜白ッ!」
「寧ろありがとうだ、健。予想通り来てくれたな」
須藤の先導で騎手である平田と対面。
後方には少し遅れて高円寺と葛城───厳密には葛城の上にいる戸塚の姿も見える。
B・Cクラスは騎手・騎馬共に能力の優れた生徒を集めたところを大将騎にしている。その二組は騎手の身体能力が低い大将騎を合理的に狙ってきた。
わざわざ守りを固めずに大将騎自らが一騎になっている理由については考えただろう。だが空崎の身体能力が低いのは紛れもなく事実で、何か狙いがあったとしても速攻で落とせば問題ない。そう決断したのが見て取れる。
実際、3グループに囲まれればハチマキを取られるのは時間の問題。何か目的があるにしても焦りを見せていい筈だが、空崎の顔には不敵な笑みだけが浮かんでいる。
「……余裕そうだね、空崎くん」
「そうか? まあ今回の体育祭で最も力を発揮できる競技だからな。これなら六助も存分に楽しませてやれそうだと、そう思ってるだけだ」
「フフ、有り難い心遣いだねぇ空白ボーイ。ならばその自信の程、確かめさせて貰うとしよう。さあ近づきたまえ、ホースボーイズ!」
一纏めに扱われた生徒は顔を顰めるが、指示に従い空崎を囲う様に動いていく。
3方向から立たれている状態。周囲では柴田と龍園のグループが既に1騎ずつ追いつめているが、空崎を囲う3騎の集中は全て彼のみに向けられている。
少しでも油断があれば先制を取れたかもしれないが、予想の範囲内だ。これまでの立ち回りを考えれば身体能力が低いというだけで無防備に近づく真似はしないだろうと。
空崎は一息。すっと感情を消し目を鋭くする。機械の如き勝負師の顔。
これまで主導権を握ってきた時を思い出させる様相。疑うべくもなく、空崎は確かな“自信”を伴いこの場に立っている。
「行くぞ平田、しっかり捉えろよ!」
「……うん、任せて!」
しかし狙いは速攻。能力の高い生徒を集めた3騎がいつまでも立ち竦んで居ては周囲が落とされるだけ。
それが空崎の狙いという可能性もあるだろう。
慎重すぎる立ち回りは却って術中に嵌りかねない。適度な警戒と共に、平田は須藤の号令に応じる。
僅かにタイミングをズラして葛城たちも進行。馬役を務める生徒たちがギリギリ接触しない範囲に入ると共に須藤はスピードを下げ、平田は手を伸ばした。
平田の伸ばした手は囮。もちろん取れるようにはしているが、本命は背後から迫る高円寺だ。避ける方向を限定することで次の動きに制限をかけて高円寺の手を躱せないようにする目的だった。
だが───
「……」
表情一つ変えず、空崎は顔を僅かに動かす。行動の制限なんてものが起こらない程度の回避。
それと同時に平田の手が通過した直後、緩慢にも思えるような速度で平田の手首に手の甲を当てる。表現としては『置いた』が正しいだろう。
近づけようとした平田の手はそれにより制限がかかる。彼が取るのは不可能な状態。
本命で動かしていた高円寺は、上体を反らして通過している。
平田の視点では何も見えなかっただろう。前傾姿勢になっていた高円寺に巻かれたハチマキを空いてた片手で
続く戸塚の手も少し身を引くだけで躱し、同時に平田の手を彼が居る方向へ押しのける事で追撃を回避。その間に体勢を整える。
まさか───平田にそんな思考が過るが、手を休めるわけにはいかないと戸塚にアイコンタクトを送りつつハチマキを奪おうと手を伸ばす。
しかし、結果は同じ。
今度は指示のない状態で高円寺が最後に迫ったが、いずれも回避される。
それを3度4度と繰り返し……。
「───ごめん須藤くん、1回下がろう!」
「ッ、ああ」
頭上越しでも攻防は見えていた。平田の言葉を受けた須藤は素直に引き下がる。
葛城も同様の判断を下し、空崎と攻防を繰り広げるのは高円寺のみとなった。
「ハハハっ、素晴らしいなマイフレンド! なぜその
「
地上での1対1ならば、凌ぐにも限度がある。飛び道具があれば話は別だが、純粋な肉弾戦では必要最低限の身体能力───厳密には、思考を身体に反映させるだけの反射能力が備わっていないからだ。指先だけならば人類最高峰と呼べるが、身体全体で捉えると平々凡々と言わざるを得ない。
しかし、騎馬戦という多くの制限が掛かる中でならば充分に渡り合える。
力の伝達や俊敏性は『担がれている』という“縛り”により大きく減少する。空崎にもマイナスはあるが、高円寺の減少度合いはその比ではない。
仮に、高円寺を騎手にして馬役を務めるのが須藤や実力を発揮した綾小路であれば彼の遠慮は無くなり縛りは緩んだだろうが、現実は運動能力が些か不得手な生徒たち。
高円寺の性格からして“遠慮”をしている訳ではないと思われるが、力の度合いを誤れば支えが崩れて失格になるだけだ。その辺りの見切りはしているだろう。
だからこそ、高円寺に比べれば緩慢に見える空崎の動きでも“読み”一つで捌き切ることが出来る。
「……身体能力を隠してた、って訳じゃないよな?」
「うん……信じられないけど、本当に読み一つで防ぎきってる。手がどの位置にくるのか、とか。どのタイミングで手を伸ばしてくるのか、とか。全部見なくても分かってるみたいに対処してる。力の押し合いなら勝てそうだったけど……それすらも予測に組み込んでるんじゃないかな」
「はは、なんだそりゃ。未来予知でもしてるってか?」
「……強ち間違いでもないかもね」
冗談だろ、と言わんばかりに引き攣った笑みで問う須藤に、極めて真面目な顔で平田は返す。
「須藤くんもバスケで経験があるんじゃないかな。「あ、これは簡単に躱せる・決まる」って思う瞬間」
「……あるな。なんつーか、全部が思い通りに噛み合う感じだ」
「多分彼はそれを常に出来るんだと思う。経験による反射───いや、未来予知にも思える『知恵』かな」
───幾度の学びを繰り返し。幾度の経験を繰り返し。
学習と経験、知識と予測。あらゆる情報を利用し、道筋を立て、道理を以て『次の瞬間』を予見する。
時として変数による可変さえも学びにし、変数を変数ではなくし、情報不足故に生じた偶然を必然にしていく。
未来予知にも到達し得る知恵。
人類が持つ可能性の、体現。
「どうしようか、須藤くん。僕の率直な感想を言うと……騎馬戦に関しては、彼を狙うのは得策じゃない。柴田くんや龍園くんを落とすのが容易とは思えないけど、少なくとも空崎くんを狙い続けるよりも点を取れる可能性は高い筈だ」
「…………」
数秒の沈黙。無視をしているのではなく考え込んでいるという事は、須藤の雰囲気から読み取れる。
周囲から迫ってくるグループが無いかを確認しつつ、須藤は口を開く。
「平田、悪い。我儘を言っても良いか?」
「───彼の『未来予知』を知った上で体感したい、かな?」
「……!」
「正直に言うとね、須藤くん。僕も同じ気持ちだ。率いる側の人間としてはいけない考えかもしれないけど……身体能力で劣る空崎くんがあんな風に立ち回れる理屈を、肌で感じたいと思ってる」
「なら、迷う余地は無しだな」
「もし皆んなに責められる様なら僕の───」
「同じ気持ちなんだろ? 二人で一緒に堀北に怒られようぜっ」
「……ははっ、堀北さんが怒るのは確定なのかい? ……ごめんね、三宅くん、綾小路くん。付き合わせる形になるけど」
平田の謝罪に対し、三宅はそもそも勝ち負けにそこまで拘っていないのか首を横に振って気にしていないことをアピール。綾小路は「オレも気になっている」とだけ告げ、須藤の進行方向に合わせて脚を向けた。
「よし───リスタートと行こう!」
須藤たちが寄っていくのを確認すると、葛城たちも空崎へと近付いていく。もし周囲を落とす算段にしたならばそちらの方が点稼げると判断して作戦を変えたかもしれないが、3グループで大将騎を落とした方が良いと思ったからだろう。
空崎を担ぐ騎馬の3人は高円寺から適度に距離を取る程度で、殆ど動きを見せておらず、空崎の情報処理に余計なものを足さないようにしていた。
そのため空崎は殆ど防戦一方で、時折カウンター気味に手を伸ばす程度。主力組が集まっている以上は時間を稼ぎ、周囲が白組を落とした後にフォローさせる事を目的にするのが堅実だろう。
3グループに囲まれている状態でそれが出来る人間は殆ど居ないだろうが、事実として可能にしている以上は時間経過と共に追い詰められているのは白組。
その焦りが出たか。空崎が体勢を崩したと判断すると、戸塚を担ぐ葛城は攻め入った。
「───待て戸塚、釣られるな!」
警告は須藤。
しかし声は虚しくも意味をなさず。崩した体勢を直すことなく身を捩り、戸塚の手を躱わすと同時に大きな隙を突いてハチマキを奪い去る。
「まず1人」
防戦だけで終わらせるつもりはない、と。
空崎はそう主張するように不適な笑みを浮かべて高円寺と平田を見据える。
周囲を気にする余裕のなかった平田達は気付くことが無かったが、他グループの白組はハチマキを取られることなく逃げていた。
そのお陰で終了間際まで空崎に集中する事が出来ていたが───結局、終了直前に平田はハチマキを奪われる事になった。
白組は高円寺を除いて全滅。赤組は2グループほど取られはしたが、大将騎は落とされておらずポイントは大差。完勝と言っても良いだろう。
「……ん〜、パーフェクトゲームを狙ったんだが。そう上手くはいかないか」
その立役者は、満足そうにはせず大きく伸びをしてそう呟いていたが。
「成果としては充分すぎると思うが……」
「六助を落としきれなかったのが悔しい」
「正直だな。体育祭の中では力を発揮できたというだけで、別に土俵という訳ではないだろう?」
「それでも悔しいもんは悔しい」
「負けず嫌いにも程がある」
「ゲーマーは大概そんなもんだよ。Cランクが合格ラインでもSランク評価を狙うのが───いや六助で例えるなら合格基準は違うな。アレだ、フルコンボは出来てもAPにはならなかったから満足出来ないというゲーマーの性だ」
平田に思っていた以上に粘られたのも大きい。
空崎の予知をズラそうと画策している様子が見受けられ、実際落とせたのは終了直前。元々の想定では高円寺との一騎打ちの時間を作っていたので、彼等の健闘も讃えるべきだろう。
「身体能力のハンデがハンデとは思えない程に万能だな、お前は。羨ましく思う」
「───そんな良いモンじゃねぇよ、
神崎としては当たり障りのない素直な感想を呟いたつもりだったが。空崎はニヒルな笑みを浮かべながらそう返答した。
何か地雷を踏んでしまったか。そんな神崎の“焦り”が視えた為、表情を苦笑に変える。
「悪い、隆二みたいに素直な称賛は普通に嬉しいよ。でも世の中そういう奴ばかりじゃないからな」
「……そうだな。嫉みや僻みも多く受けただろう。お前の努力を軽んじているつもりもなかったが、少し軽率な発言だったかもしれない」
「あーいや、多少なりとも“悪意”を宿して言う連中には心の中で中指立てて「うっせぇバーカ」で済ませるんだけど……問題は悪意のない人達だ」
悪意のない? ……と。首を傾げる神崎に、空崎は言葉を紡ぐ。
「『才能』ってさ、
「……そうだな」
「隆二が
───まあ、一般的な視点で言えば『何でもできる才能』があって
頭の中でそう付け加えつつ、続ける。
「人それぞれに価値観があって、譲れないものがあるのは当然だ。でもそれを他人の選択にまで押し付けてくるのは違うだろ? 好き勝手に
あの人がサッカーを選んでいたら。
あの人がバレーを選んでいたら。
あの人が陸上を選んでいたら。
あの人が───……を選んでいたら、優勝出来た
なんて、他人の才能を当てにして、既に選んでいる人間を蔑ろにして、好き勝手に妄想を垂れ流す。
自らの価値観の『頂点』を走るモノが1番であって欲しいという願望故に、そこに悪意はない。
「適性がないとか、これからの選択肢って意味なら良いんだけどさ。既に決意して選んだ道を歩んでる人間に、振り返らせる物言いは失礼だと思う。選べない時代……選ばざるを得ない時代ってのはあったと思うけど、平和な現代日本なら、もっと尊重し合って良いと思うんだよな。俺は」
───これはこれで、自分の価値観の押し付けなのかもしれないが。空崎はその言葉を付随し、口を閉じる。
人が皆、思慮深く生きている訳ではない。
考えなしに放つ言葉にまで意味を見出す必要はないだろう。そう決めて生きるようになってからは幾分か楽になった。
でも思うところはある訳で。やはり、才能がある事が必ずしも良い事ばかりとは言えない。
「…………」
神崎は言葉を返せなかった。
彼にも人並み以上の才覚はある。でも他人に理想を押し付けられるような才能はない。
才能がある故の苦悩ばかりは、軽率に「理解できる」など言えなかった。
「───おぉい夜白ッ!」
「っ、びっくりした……どうした健?」
1年Aクラスが集う場所へと戻るまで沈黙が続くと思われた瞬間、背後から駆け寄ってきた須藤の声に驚きつつ空崎は返事する。
彼は高揚状態にある事を隠そうともせず、目を輝かせながら問う。
「お前さ、バスケやってみないか!?」
……先ほどの今だ。神崎は狼狽えた様子で須藤に声を掛けようとしていたが、空崎は身振りで「気にするな」と伝えつつ須藤に言葉を返す。
「誘ってくれたところ悪いが、無理だ。流石に今からバスケ部レベルの運動についていける気がしないし、俺は俺でやりたい事があるしな」
「ぐっ、そうか……。ポイントガードとか適性ありそうだなと思ったんだがよ……」
本気で悔しそうにする須藤に、空崎は苦笑を向ける。適性の有る無しで言えば有るのだろうが。
「じゃあさ、お前の未来見てるみたいな予測! アレどうやってんのか教えてくんねっ?」
「─────……」
「いや、俺もそれっぽい経験はあるんだがよ、お前のは比にならねぇっつーか。アレが俺にも出来たらぜってぇバスケに役立つから身に付けたいんだよな! なっ、頼むよ夜白! 飯くらいなら奢るからさ!」
もし、天才に宿命があるとすれば。
それは他人に「天才だから出来る」と結論付けられる事。自分には出来なかったと始めた瞬間に諦めさせてしまう事。自分自身を信じさせなくする事。
信じなきゃ始まらない───『努力』という過程を、足踏みさせてしまう事だ。
先に告げた悪意なき他力本願は、その一環なのだろう。
だがそれでも、信じて始めようとする人間もいる。そもそも、信じるなんて考えすらなく、自分を高めるために突き進む人間も。
「良い着眼点だな、健。確かに予測は大きく役に立つ。だが」
「ん?」
「───身に付けるのは難易度が高いぜ? それでもやるか?」
「おう、上等! 寧ろ楽に手に入ったら拍子抜けだ!」
じゃあ約束だぜ───と。そう告げ去っていく須藤を見送り、空崎はふと笑みを溢しながら神崎に向けて言葉を紡いだ。
「……ま、思慮深くない人間がずっと考えなしって訳じゃない。ああいう自分の糧にしようって愚直な奴もいるから、突き放せずに人類の可能性を信じたくなるんだよ。いっそ全部諦観して生きた方が楽かもしれないのにな」
「……そうか」
───一之瀬に全幅の信頼を置く理由。坂柳への好感的な対応。先ほどの持論と須藤への返答。
空崎の行動理念を、神崎は理解し始める。
友人として、そして尊敬出来る人間として関わっていきたいと。改めて決意した。
♕ Tips. ✍︎
実は騎馬戦で空崎を簡単に攻略する方法があり、その手段は精神攻撃。
『初期レウス』『唐突な音ゲー』『行動なしラフム』『サラマンダーよりずっとはやい』『DOD Bエンド』『ディスガイア2表示前科99』『ヘルガイの果実』等々……。ゲームで少しでもトラウマになってる単語に触れると精神的に揺らいで予測の為の思考が乱れる。
ただし幅広いゲーム知識が必須になる上、ダメージになると知っていれば言った自分にも間違いなくダメージが入るのでほぼ自爆攻撃。