Q. 高育に倫理の授業があったら単位取れなかったり、赤点で退学する人間がわんさか出そう。
A. 高育にどれだけの期間在籍してるかにもよると思われる。序盤の方だと普通になりたい(普通を理解してない)ナチュラルボーンパス野郎の綾小路とかはアウトの可能性が高いけど、自分が異常側と認識出来てる龍園とかは寧ろ生き残るんじゃないかな(キンブリー理論)。
2年途中辺りだと高育のせいで結構な人数がアウトになりそう。……そうするとどの面下げて倫理の授業出してんだ案件。
Q. 空崎がここまでしても綾小路は1年未満しかまともな学生生活を送れないの?
A. 外部なのになまじ干渉出来るだけの力があるホワイトルームのせいだから仕方ない。
Q. なんか真っ当に学生してるな……本来学校側がやるべきことでは?
A. 高育の方針的にしゃーなし。原作の体育祭に関しては龍園が悪いというか……強いて学校の悪いところを挙げるならクラス間争いやら蹴落とし合いを意識させた後に比較的真っ当な行事を出したところくらいだから。
10月半ば。二学期中間テスト返却日。
一学期同様に赤点を取れば退学の一発テストを無事に乗り越え、全クラス一律で1週間後に行われる小テストについての説明及び期末テストを踏まえた特別試験───通称『ペーパーシャッフル』についての説明がされていた。
一通りの質疑応答を終え、空崎は思案する。
───率直な感想を述べよう。今回の特別試験は素晴らしい出来であると。
曰く『例年行われている』との事でブラッシュアップの成果なのか元よりルール改定をするまでもない完成度なのかは定かではないが、いずれにしても学業を絡めた上で通常の学校では行われない『特別』と題するに相応しい試験だ。
変に奇を衒う事もなく、学生の本分から外れる事もなく、しかし通常では学べない『範囲内で問題を作成する立場』や『ペアを組む事での責任感や緊張感』を経験出来るというのは非常に良いと言える。
またルール内容から、ペアの基準は小テストでの成績が良い者と悪い者を組み合わせる方式───要は1位と40位、2位と39位で組み合わせていくタイプである事も察し、『得意不得意の自覚』と『能力のコントロール』が求められている事も評価に値する。
無論ペアの方式に関しては実際に結果が出るまで断言は出来ないが、「奇数人数のクラスについては厳正な調査の下、学校側からの指定で1人点数を倍にする事で総合点を割り出すから、ハンデとかはないわ。気にせず受けてね〜」という星之宮の説明からして十中八九間違いないだろう。
核心を突く発言も質問に対する答えもなかったが、これは「今までの成績からクラス内で中央値の成績を維持している生徒」が対象だ。今回の小テストの結果から、とは言わなかったし、仮に空崎が1人として選ばれてしまうとほぼ確実に総合1600点を取れてしまう為、総合点の調整の問題でそうなる。
取るべきペアでの総合点の高さの割に、成績不良同士が組み合わされたら為す術がない理不尽さ。だがそれにしては例年発生しているらしい退学ペアが少ない事を考えると、そうならない様に調整していると判断して良いだろう。
───ただ、なぁ。
空崎は考える。「やっぱ退学の要素が邪魔」と。
否、空崎も今更であるという事は理解してる。退学という危機感の煽りによって生徒に必死さを与え、それが成長促進になるという事も。
だが入試による結果ではなく推薦で入学決定という点を考えた上でこういった特別試験が行われているとなると、『退学者が出る事は前提』という考えが拭いきれない。
もちろん退学者を出来るだけ出したくない方針は空崎のもので、高育がそういうスタンスである事は仕方がないのかもしれない。退学後の行き先の保証という推測が正しければ問題と言うほどの問題でもない。
しかし……。
───なら最初からそのレベルの奴入学させんなよ。絶対もっと入試で良い結果残してる奴がいたろ。
そう思わざるを得ない。
……と。そこで考えが脱線している事に気付き、空崎は頭を振る。
「悩ましげだね、夜白くん」
「ん。ああ……今回の試験、どうしたもんかなと」
期末テストを兼ねた次回の特別試験についての説明と共に本日の授業を終えて僅かばかりの時間が経過している。
当然と言えば当然だが、クラスを率いる立場の生徒同士の会話は注目を集める。問い掛けた一之瀬へ返答すると共に、自分の考えを紡ぐ。
「クリアするだけならぶっちゃけDクラスと八百長すれば良いんだが……今回の特別試験、出来が良いからさ。それやるのも勿体無いなと」
「おお、夜白くんが学校の事で素直に褒めるのは珍しいね」
「……無人島も不意打ちと確執が生まれ易いルールさえ無ければ良いと思うし、結局はバランスが取れて貴重な経験を積めるか否かだよ。そういう点で言えば『ペーパーシャッフル』は良い線を捉えてる」
とは言え、と。空崎は特別試験を経る上での利点を再度振り返りつつ、言葉を続ける。
「退学のリスクがある以上は利点だけを見る訳にはいかんし……そこの配分に悩むな」
『退学』という要素が完全に不要とは言わない。だが明確にこの学校にそぐわないレベルの生徒が居るという事実を認識した上で考えると、どうしても邪魔に思えてしまう。
仮に普段から65〜80点辺りを安定して取れる生徒ばかりであれば、サボりを容認せず必死を煽る要素として納得も出来るのだが。学校特有の要素が、折角のバランスを崩していると言っていい。
「30───……は、高過ぎるか。退学のリスクとの折り合い……中間の最下位は……今回のボーダー……ペアでのギリギリとなると……」
先程明かされた二学期中間テストの各クラス毎の平均点。赤点を取った生徒が出ていない事から、推測できるおおよその最低点数を今試験のボーダーと照らし合わせ、考えを纏めていく。
退学を邪魔に思っていたところで、今在籍している生徒の成績が急激に成長する訳ではない。ならばそれを踏まえた上で、今回の特別試験のバランスを崩さずに活用する方法を模索する。
「……帆波、さっきも言ったが今回の試験は八百長をすればクリアは容易だ」
「バッティングした場合は?」
「プライベートポイントで優先権を獲得する。船上試験では『厳正なる調整』で徹底してた事を考えると、
「……そっか。ポイントでの購入は可能性として考えてたけど、前例からの理屈までは考えてなかったよ。それなら確かに購入できそうだね」
他生徒もこれについて気づくかもしれないし、プライベートポイントがどれだけ掛かるかは定かではない。下手したらバッティングの影響で固定額ではなく、マネーゲームに発展する可能性もある。
B・Cクラスに貯金額で劣るとは思えないが、クラスポイント100の為にそこで競うかは、クラス全員の確認を取る必要があるだろう。
「が、もう一つ。退学のリスクを極力薄くした上で、この試験の利点を存分に経験し、クラスポイントを200増加させられる
「……予め、攻防相手を決めておくってこと?」
「ああ」
安定を取るならば身銭を切って八百長。
クラスポイントのマイナスを覚悟した上で最大限に臨むなら、Dクラス対Bクラス or Cクラス。Aクラス対Bクラス or Cクラス。
最後の台詞から一之瀬にも予測がついたようで、その概要を口にする。
「もちろんクラスの総意が最優先だ。恐らくウチはBクラスとの対戦になるから、確実に勝てるとは言い難いしな」
中間テストでの平均点ではAクラスが勝っている。だがその差は僅か3点。体育祭のペナルティによる坂柳の点数のマイナスを加味しても、学力での差はそこまで大きくない。
「どうかな、みんな。リスク削減とか利点とか、聞きたい事はあると思うけど、夜白くんの事だしちゃんと話すと思う───話すよね?」
「もちろん」
「だから取り敢えず、率直に考えてみよう。貯金を崩して安定を取るか、マイナスを覚悟で最大限を取りに行くか。この二択ならどうする?」
本日の授業を終えても、教室を出た生徒は居ない。一之瀬と空崎のやり取りは全員が耳を傾けており、話を繰り返す必要はないだろう。
率直な問い掛け。今のクラス状況ならば無理せず安定を取る方がAクラス卒業への道が補強されるのは間違いない。しかしそれは同時に、成長の機会を失う事にもなる。全員が既に将来を決めておりその為の時間を作る目的があるなら兎も角、『リスクを恐れてただ楽をする』という選択が良いとは言えない。
こうした二者択一の状況になった時、一之瀬は同調圧力が掛からない様に立ち回ってきたつもりだ。全員が全員を認識している状況下で問い掛けたのも、どちらを選んでも尊重出来るという信頼があるからこそ。
それぞれの意見が上がった後、空崎から詳細が明かされ、擦り合わせ。
結果、最終的には全員が後者───マイナスを覚悟で最大限を取りに行く案に賛同した。
♢
翌日、放課後。
貸し切られた空き教室に5人の生徒が集まっていた。
Dクラスを除くリーダー格───Cクラスから堀北と平田、Bクラスから葛城、Aクラスから一之瀬と空崎。
集めたのは空崎。
全員が着席したのを確認し、口を開いた。
「さて、このタイミングでの呼び掛けだ。大方の察しはついてると思うが、次に行われる特別試験……『ペーパーシャッフル』について話し合いたい」
発言通り、各人は集められた命題については察しており、動揺はない。
続きを促す様に3人が頷く。
「俺から挙げたいのは二つ。一つは今の内に攻防クラスを決めたいという事。もう一つは、『各教科20点ずつの共有問題』を決めたいって事だ」
前者はこの場にいる全員の予想内。
しかし後者に関しては予想外───厳密に言えば、空崎の『本人が望まない限り出来るだけ退学者を出したくない』という方針は既知であった為、事前に解答を共有する発案を出す想定はしていたが、『各教科20点』という指定は考えていなかった。
各々が思考に耽る中、平田が問い掛ける。
「質問していいかな?」
「ああ」
「なぜ、20点なんだい? ペアで教科ごとに60点……総合では700点が求められる以上、退学を避けるには足りない……よね」
「そうだな。退学を避ける事を目的にするなら45点を最低保証にすべきだろう。が、20点から動かすつもりはない」
取り敢えず───と、前置き。
「その質問が出る時点で認識に相違があるから擦り合わせるか。俺は退学者を出来るだけ出したくないとは言ったが、基準を下回った際に退学にするこの学校の方針自体は肯定的に捉えてる」
「……それは、なぜ?」
「この学校に在籍し続ける意思があるなら、必死さを煽る分かり易い手段だからだ」
とは言え、と。続けた。
「全面的に肯定も出来ないけどな。なにせ学校のレベルに釣り合ってない生徒もいる。Sシステムの事前詳細説明無しだったりクラス単位の争いだったりを考えると、寧ろ現時点の入学条件では否定的ですらある。……さて、以上を踏まえた上で話を戻そう。20点はそういった生徒の為の最低保証だ。退学の可能性は減らしつつ、勉強に必死になれるレベルのな」
「それは……その、退学のリスクを完全に無くすわけにはいかないのかい?」
「……まあ、どうしてもって言うんなら45点分にしても良いが」
実際、退学というリスクを完全に無くしたとしても全問共有さえしなければ貴重な経験を積めるのは間違いない。
退学のリスクを残して緊張感を持たせるという考えは空崎の『高度育成高等学校』の伝統への尊重からくるものであり、回避出来るなら回避したいと考えるのは仕方ないだろう。
平田の性格からして要求自体は予測していた。当然、要求を通した場合に生じる事態も。
空崎は肩をすくめて問い掛ける。
「だが良いのか? それだと「Cクラスは今回の試験で負けます」って宣言してる様なものだぞ」
「え……?」
「異論が無ければ、今回の試験は直接対決にするつもりだった。A対B、C対Dでな。仮に45点を共有してそのままC対Dで攻防した場合、間違いなくDが勝つ。理由は───」
「退学さえ避けられればそれで良いと考える生徒がCクラスにいるから、ね」
ここまで沈黙を保っていた堀北が口を挟む。
発言を遮られた形ではあるが、空崎は特に不快に思う事もなく───寧ろ、気付ける生徒がCクラス内に居た事に対し満足げな様子を見せながら頷いた。
「ああ、そういう事だ」
「でもそれはDクラスも同じじゃないかしら?」
「何も対策を打たなければな。こっちは共有問題の点数に関わらず、別途ペナルティを敷いてる。退学に比べれば安めの処置だが、基準を下回った場合は月毎に支払うプライベートポイントを2ヶ月ほど削減する形でな」
これは契約上、学校側からの入金ではなく空崎───正確にはAクラスのクラス貯金から支払う必要があるからこそ出来るペナルティだ。
もちろん契約に明記している以上は学校側に無断で行うと契約反故に当たる為、テスト前に契約を更新する。ゴネられる事を想定していたが、龍園があっさり引き受けたので既に確約されている状態。
クラスポイントによる月々のプライベートポイント獲得が学校側からの入金という形である以上、C・Bクラスには真似できない方法だ。もし45点分を確約した上で更に全体の点数を伸ばしたいなら、何かしら別のペナルティ、或いは褒賞を提示する必要がある。
「平田くん。空崎くんの想定には私も同意させて貰うわ。Cクラスの中には間違いなく共有分で済ませる生徒が何人か居る。私たちに勝ち目を残すなら、20点で納得するべきよ」
「そう、だね……。そもそも問題を共有する義務なんて無いんだ。我儘を言ってしまってごめん」
「いやいや、退学を避ける保証が欲しいってのは思って当然だ。……康平は異論無しか?」
Cクラスの意見が纏まったのを確認し、次いで葛城の方に視線を向けながら問い掛ける。
口を挟んで否定する事は無かった。提案そのものには肯定的と捉えても良いのだろうが、他にも報酬無しで互いにとって利となる案が出る可能性もある。意見するタイミングを失わない様に発言するチャンスを与えた。
「ああ。指名相手についても共有問題についても受け入れよう。だが一つ、Aクラス対Bクラスと分かっているならこちらは共有問題無しでも良いと思っている。学力的な問題はコチラにはないだろう?」
「あー、それは……」
───やっぱ康平には突っ込まれるか、と。空崎は苦笑する。
成績下位組に対する処置などと体の良い発言をしたが……いや実際のところそれは嘘ではない。ただ別の問題もあるというだけ。
しかし自分が言えば間違いなく傲慢に見られる。少しだけ悩み、とは言え嘘を吐く気はさらさら無いので素直に答えようと口を開き。
「私が答えてもいいかな?」
「ああ」
言葉を紡ぐ前に、一之瀬が発言する。
空崎は無言で頷く。どのみち主導権は彼女に渡そうと思っていたから良いタイミングの申し出だ。
葛城としても一之瀬相手の方が会話を進めやすいと判断した為、考える間もなく肯定した。
「あまり内部事情をあけすけに語るのも恥ずかしいんだけど、私たちのクラスが今の立ち位置に居るのは夜白くんのお陰っていうのが大きいんだよね」
無人島試験では自クラスへの利点こそ無かったが全てのクラスを纏め上げる提案。船上試験では試験が始まる前から法則を見破っていた事が明かされている。
この時点で頭の回転の速さについては疑うまでもなく、極めつけは龍園のクラスとの契約によるクラスポイントの統合。
自クラスにも相手クラスにも納得させる行動。そして圧倒的な優位に持ち込む立ち回り。どれにしても空崎の実績である。
「だからここで一度、自分たちの実力をハッキリさせておきたいんだ」
「……すまない、話が見えないのだが」
「つまりね、今回は夜白くんの協力無しでこの試験を受けるって事。時期的にもちょうど良かったしね」
11月には1週間ほど公欠で休む予定が発生する。
ペーパーシャッフルの開催時期を考えれば協力すること自体は容易なので「ちょうど良い」は詭弁に近いが、事情を知らない側からすれば突っ込むところではない。
もちろん協力無しとは言ってもテスト自体は本気で受ける。ここで言う協力とは、テスト作成や相手クラスが出してくるであろう問題の予測について。
空崎が協力すればBクラス内でテストの問題を考える生徒についての推測も、その生徒が考える問題内容についての推測も高精度で行う事が出来る。
決してクラスメイトを信じていない訳ではないし、普段から勉強の面倒を見てるのもあって全体的な学力向上はあるのだが。しかし前述を行えていた場合に比べると、空崎なしで真っ向勝負はリスクも大きい。
20点は梯子を外された不安を解消する為の安全装置みたいなもの。共有すれば相手にも利があるし、勝負条件が同じなら実力を確かめる目的は果たせる。
直接対決の方式ならば動くポイントは100クラスポイント。マイナスとプラスが発生するので200クラスポイント離れるか縮まるか。
決して安くはないが、だからこそ緊張感が持てるというもの。
「それはつまり、共有問題はAクラスの都合。そう捉えて良いのだな?」
「そうだね。最悪の場合は無くてもいいかなとは思ってるけど」
この最悪とは、提案を受け入れられなかった場合の話。そして、見合わないだけの莫大な対価を要求された場合だ。
お互いにとって悪くない話だから対価が発生する可能性は低かった。しかし「共有問題は無しでも良い」と考えている事がハッキリした以上、共有を通すならAクラスの都合になる。
この後の葛城の行動は火を見るよりも明らかだろう。
「ならば相応の対価を要求する権利があると思っても良いか?」
「うん、問題無いよ。でも具体的な内容は今の内にハッキリさせてね。無茶な内容だったらこれまでの話し合いは全部白紙になるからさ」
「もちろん無茶な要求はしない。だが白紙になって困るのはそちらではないのか?」
「そうだねぇ。Bクラスとの対決っていう貴重な経験はなくなるかも。でも指名相手をDクラスにして八百長すれば試験自体は乗り越えられるからね」
「───……なるほど」
今回の特別試験。空崎の役割は『提案』した時点で既に終えている。
その後の立ち回りについては一之瀬に一任しており、彼女がそうするべきと判断したなら八百長作戦に舵を切ってもいい。
まあこの場合、本気で八百長作戦を実行する訳では無く、あくまでも牽制が目的だろう。
要求を通すのはAクラスの都合とは言うものの、Bクラスにとっても大きな利がある。損が無いなら受け入れて然るべきなのだ。
一之瀬が『八百長』という選択肢を提示した以上、必勝の手段───Dクラスと組み合わせる方法については確立していると考えて良い。
そうなると困るのは間違いなくC・Bクラス。Aクラスに追いつく為に両クラスは比較的協力体制とも言える状態だったにも関わらず問答無用の蹴落とし合いが発生してしまう。
「恩着せがましい物言いだけど君たちにも都合が良いでしょ?」という牽制。提案とは述べていても実質的な脅迫だ。
今の立ち位置は空崎のお陰、などと言ってはいるが、一之瀬が居るならば大崩れするクラスでも無いと葛城は密かに思う。
対価を容認してもらっただけ満足するべきだろう。ならばその『対価』を如何程にするべきか。
「……500万プライベートポイントだ。20点の共有問題を押し倒すなら、これだけの額を貰おう」
「にゃはは、吹っ掛けてくるね。でもちょーっと高い気もするなぁ。250万。そこで手を打とう?」
「そうか? 俺としてはそう思わない───が、機嫌を損ねて龍園のクラスと完全結託されても困るのでな。450万に下げるとしよう」
「うーん、それだけのポイントを払う価値があるかハッキリしてないよね」
「いや、一つ分かった事がある。クラス指定には間違いなくポイントが掛かるという事だ」
「確かに葛城くんの察してる通り、クラス指定の為にはポイントが掛かる。でも君達に好都合な状況にもする訳だから、その辺りの折り合いをつけて金額を考えた方が良いと思うよ。300万ね」
対価を決める前口上からして、無茶な要求をすればC対Bの状況に舵を切られる。
ではその『対価』は何を基準に決めるべきかと考え、葛城は『対決するクラスを指定する権利の購入額』と定めた。今回の話し合いの前に思い付かなかったので事前に情報を仕入れることは出来ず、今の時点でハッキリさせる必要がある以上は交渉の中で探っていく必要がある。
開口一番の500万ポイントで交渉の余地無しと判断されなかったのを考えれば、近い金額ではあるのだろうと葛城は把握。
後はどう一之瀬を納得させるか。
機嫌を損ねない様に、と煽りを入れたり、次ぐ言葉で自分が大人な対応をしていると立場を優位にしようと言葉巧みに交渉を進めている。
しかし最初からある程度のポイント要求に察しがついていたからか、一之瀬は決して煽りには乗らず、「Aクラスの都合だけを見るな」と釘を刺す。
2人のやり取りを空崎は楽しそうに見つめ、決して他人事ではない堀北と平田は冷静を装っているが内心ハラハラとしながら見守っていた。
「折り合いというならば、懸念点から割り出すとしよう。リスク軽減の為に20点を共有するならその分を加味する。数点の不足が複数ペアで発生した場合の、その点数を買うポイント。それを考えた上で400万。どうだ?」
「……いやー、手強いね。葛城くん」
あっさりとクラスの立場が入れ替わったからか、一之瀬も無意識に葛城を過小評価していた部分があったかもしれない。
しかし初期Aクラスの、そのリーダー格となれるだけの器というのは中々に手強い。体育祭前の龍園との交渉が上手くいったから少しばかり調子に乗っていた。アレは空崎によって用意された優位な立場からくるものだっただろうと、自らに反省を促す。
「───ならそれはお互いにって事で、350万ポイント。ここを限度にしよう」
「お互いに、か」
「うん。だって夜白くんがクラスに協力するしないに関しては内部の事だから、契約には組み込まないよ。実は彼が問題作成を手伝ってました、なんて……その場合のリスクは、分かるよね?」
「……なるほど。ならば空崎の行動制限も契約に組み込んでくれ。それで350万ポイントという額に納得しよう」
「ん、りょーかい。交渉成立だねっ」
交渉は無事に成立。
その結果に空崎を除く4名は安堵の息を溢す。
「───んじゃ、はい。契約書」
間髪入れずに空崎から取り出された契約書。
少しくらいブレイクタイムを挟んでも良いだろう、と。葛城は恨めしい視線を向けるが───契約書に視線を落とした直後、動揺を隠さず目を見開く。
350万という文字と、空崎の今試験の介入はテスト解答のみという文言。
間違いなく最初から組み込まれていただろう契約条項に、葛城は問いを溢す。
「……空崎。これは付け足したもの……では、ない……よな?」
「ああ、流石に誰にもバレずにゴシック体完全再現でジェバンニする(動詞)のは無理だわ。最初から記載済み。Bクラスが出来る交渉には限りがあったしな。もちろん他にも用意はしてたぜ? お前が値を下げる事なく帆波が受け入れた場合の500万と、そもそも条件不要の場合のCクラス同様の契約書を」
───逆に言えば、その他の細かい指定は無しにピッタリと額も内容も当てているという事だ。
Cクラスの契約書とは違う物、そしてその内容が先の交渉とピタリと合わさる物であるらしいと会話内容から察した堀北と平田も驚きを見せる。
つまり交渉はある程度の予想がされていてコントロールしたのか───そう一之瀬に視線を向ければ、彼女は彼女で顔を引き攣らせており、整えて変化した表情も呆れた笑みだったので、一之瀬には事前予想を何も知らせていなかった事が窺える。
葛城の視線には同情が含まれた。
「……夜白くん、私の行動をエンタメとして楽しんでない?」
「うん、まあな」
「悪びれもない即答だね!?」
……同情を向ける視線が二つ増えた。
「…………話は変わるが、龍園は何をしている? 奴ならこういった場に嬉々として現れるイメージがあるのだが」
一之瀬を助けるつもりか、話題を変える発言が葛城から放たれる。
居てもいなくても今回の件は話が進む事に間違いない。というか居たら変に混乱に陥れそうだから居ない方が良いのだが───そんな内心が見え隠れした葛城への返答は、空崎の口からだった。
「ああ、アイツは勉強中。A・Dクラス合同の」
「……勉強中?」
凡そ龍園を対象にしたとは思えない単語が耳に入り、葛城は聞き返す。至って真面目な表情で頷く空崎を見て冗談ではない事を理解した。
実際のところ、『必勝法』なんてものが存在しなかった一学期期末・二学期中間テストを問題なく乗り越えているのだ。赤点を取らない為の最低限の勉強をしている事は分かる。
しかし、クラス合同の勉強に参加して姿を見せるイメージはイマイチ湧かない。
困惑した様子の葛城に空崎が笑う。
「翔に関しては別途敷いたペナルティを問題視している訳じゃない。やる気を出したのは別の理由だ」
「別の……」
「言い訳の余地無しで勝った時の煽りはマジで気持ち良いぞ。無駄にプライドの高い奴は逆上して殴り掛かってくるから、それを殴り返す分には正当防衛だ。煽りたい奴がいれば存分に煽れ。正当防衛の範疇なら俺が証拠映像を出してやる───って言ったら割と真面目に勉強する様になった」
「動機が不純過ぎる……ッ」
───龍園が至極真っ当な理由で勉学に励む訳ない。分かっていた事だが、やる気を出せるにしてももっと別の方法があるだろう。
こと学業に於いて真面目な葛城としては受け入れ難く、その『もしも』について指摘した。
「本当に殴り掛かる生徒が居たらどうするつもりだ」
「自分の勉強不足を棚に上げて煽りに乗っかるのは自業自得だろ。幾ら煽られても翔相手に殴り掛かる方がヤバいぜ。今は問題行動起こしてないだけで普通に危ない奴だぞ、アイツ」
「……煽り耐性はあって然るべき、という考えか」
「メンタルコントロールやストレス耐性なんて社会性の一環だからな」
龍園の能動的な問題行動を抑え、無遠慮な煽りは教材とする。『自業自得』の範疇に収めさえすれば好きにしろという悪魔的な────しかし『自業自得』を見誤らなければ真っ当とも言える内容。
およそ正道とは言い難いが、結果的に良き成長へと繋がるならば紛れもなく『教育』と呼べるだろう。それが恐らく龍園に合っている。
「空崎くん、訊いても良いかしら?」
「ん、どうした?」
もしやこの男は───そんな思考が葛城の脳内を過ぎると同時に、堀北が疑問を投げる。
「貴方の目的はなに?」
「目的? そりゃまあ、問題作成とか適度な緊張感による真剣勝負の経験を───」
「言い方が悪かったわね。貴方が高育の提示している要素を取り入れつつ、成長を促す為に行動しているのは分かるわ。でもその
……クラスの隔たりなど関係無しに生徒達の成長を望んでいる。それが葛城の浮かべた思考。
だが堀北は、その先を見据えた。
「聴いて、どうするつもりだ?」
「……どう、するのかしらね。別に答えを得たところで、私のやる事に変わりはないわ。自分自身の道を探して、
正しい言語化はしていた。
だがもっと率直に、端的に。
「───
他人への興味。自分以外の考え方。
それを知りたいと、素直に伝えた。
「いいや、構わない。……兄貴とは良い話が出来たみたいだな、
「……そう。貴方のお陰だったのね。一応お礼は言っておくわ」
「じゃあパフェ奢りで」
「お生憎様、諸事情で素寒貧なの。0円食材による私の手作り弁当で満足して頂戴」
「え、マジで? よっしゃ楽しみにしとく!」
「……そんなに良いものかしら。手作り弁当って」
「ばっかお前、女子の手作り弁当とか男子高校生にとって垂涎イベントだぞ!? ましてそれが鈴音タイプの女子となればシークレットCG間違い無しだ! どこでフラグが立つのか7時間探すレベルのなっ!」
「…………そう。言っている意味はよく分からないけど。貴方なら頼めば女子の手作り弁当くらい貰えるんじゃない?」
「CG全回収はゲーマーの醍醐味だッ」
「夜白くん、それ現実的な観点だとかなり最低な発言なのを自覚しようね? CG全回収がお望みならバッドエンド√も開拓しよっか?」
困惑した様子の堀北に代わり、発言の意味を理解している一之瀬が侮蔑を含んだ瞳を向けつつ、ナイフで刺す動作を見せながら告げる。
「いやデッドエンドは現実だとコンティニュー不可だから勘弁して下さい」
そう返しつつ、空崎はふと笑みを溢す。
以前までの堀北ならば、こんなアイスブレイクに付き合わずに「可及的速やかに質問に答えて頂戴」とにべもなく告げただろう。
決して彼女と深い関わりがある訳ではない。プライベートの付き合いなど無く、関わる機会があるとすればこういったリーダー格の集いの時くらい。だがその程度の関わりでも、彼女の『問題点』と呼べる部分を把握するのは容易だった。
それが解消されている。
他人の兄妹事情に首を突っ込むのは余計なお世話だったかもしれないが───仲が悪いよりも仲が良い方が良いに決まっている。
「───じゃあ鈴音、お前の問いに答えるとしよう。何如せん、明かしちゃいけない内容もあるから細かい過程については教える事が出来ないけど」
「ええ、それでも構わないわ」
「では端的に、様式美として結論を述べるとしよう」
そんな今の堀北なら、これから語る事にも彼女なりの『主張』をしてくれる事が期待出来る。
空崎は無邪気な子供の様に笑いながら、4本の指を立てて言葉を紡いだ。
「俺の目的は大まかに分けて四つ。一つ、入学条件の変更。二つ、学校内独自のルールを事前説明に明示。三つ、Aクラスの特権の廃止」
一つ語る毎に、立てた指を折り曲げていく。
残る人差し指を曲げ、グッと握り込んだ。
「そして四つ、特権の新たな基準の設立だ」
───望んで入学した訳ではないこの学校。
自分の夢の為だけならば、とっとと退学して専念するべきなのだろう。
だがこの学校は確かな可能性を秘めている。他の学校では体験出来ない特殊性がある。
友達と関わる楽しさを思い出させてくれる縁を作ってくれた程度の恩義は返してやりたい。
未来の歩み方を決めている自分にとっては瑣末な事だが、どう歩くかを迷っている友人達の為に、そんな学校の利点を存分に活かしたいと思った。
利口な大人はダメだ。理不尽なんてものは確かに往々にして存在するものだが、だからとただ受け入れる姿勢は発展も変革も生み出せない。
だから、子供の理想論を捩じ込む。
ハピエン厨でも「もっと物語に起伏があって良いのでは?」などと呟きかねない───
「……まあ、元・生徒会長曰く、生徒会長の権限は実のところそこまで強い訳じゃ無いらしいからな。その座に着いたとしてもこの4つを直ぐに実行するのは難しいだろうし、そもそも生徒会長になるつもりはないが」
しかし───
「キッカケは作れる。足掛かりにはなれる。徐々にでも、より良い環境を『理屈』と『経験』を以って主張する。それがこの学校にいる間の意義であり、俺の目的だ」
───さあ、ゲームを始めよう。
ジャンルは───『ストラテジー』。自らの役割は舞台の
プレイヤーとなる次世代の為、設定を練り上げる。
回り続けてきた歯車を差し替える準備は出来た。
取り敢えずは───現・生徒会長の政策を全力支援するという事で。
♕ Tips. ✍︎
4つの目的の内、明確に踏むべき過程が決まっているのは2つ。
1つAクラス特権の廃止。これは現1年の全クラスをAクラスへと統合する事で『一つのクラスしか得られない特権を無意味にする』という前例をキッカケにする。あわよくば2〜3学年ほど連続でそれが達成出来れば学校側も考慮せざるを得なくなるという考え。
もう1つは特権の新たな基準の設立。これは原作2年生編から導入された『OAA』を利用する目論見。総合評価が一定以上の者にAクラス特権と同様のものを与えたり、或いは優れている能力・取得技能に応じて大学推薦、スポーツ推薦、就職支援を適時行う形にする。
後者をどうするのか考えた際に『OAA』は非常に都合が良かったので南雲の政策を全力支援する事にした。