貴女に捧げる恋の黒百合【まじない】   作:ユリシロコ

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 ……
 ………
 
 God is faithful,
 And he will not let you be tempted beyond your ability,
 But with the temptation he will also provide the way of escape,
 That you may be able to endure it.

 神は誠実である。
 あなたたちが耐えられない試錬に出会わせることはないばかりか、
 それに耐えられるように逃れるための道も備えてくれる。

 ………
 ……
 …




第1話

 

 

 季節は秋を迎えた頃の事。此処、トリニティ総合学園もまたジワジワとした夏の暑さが空の向こうへと遠退いていく足音が聞こえ出し、朝夕の時間はひんやりとした空気に包まれ始めた。

 今年の夏ももう終わりだね。今年の秋のスイーツは何があるだろう。そんな風な会話が学園の彼方此方で交わされる。

 淑女と乙女の園、トリニティ総合学園。木々の葉はまだまだ青いが、一年の折り返しが始まろうとしていた季節。

 

 

 そんな学園を黙々と歩き、巡回する一人の少女が居た。明るく鮮やかな金色の長い髪をウィンプルで覆った、修道服の少女。

 シスターフッドの所属だと言う事が一目で分かるその姿は然し、一点だけ異色な物が同居していた。

 漆黒の羽根。宛ら正義実現委員会の所属かと思わせるそれはトリニティでも希な『四枚羽根』だった。

 

 

 口さがない少女らは彼女を『シスターフッドに頭を垂れる悪魔』と呼んだ。事実、一部界隈の少女らにとって彼女は確かに『悪魔』と呼ぶのは適切であった。

 その時、四枚羽根の少女の青い目にとある少女達の姿が目に映った。複数の少女がピンク色の髪をした豊かな体付きの少女を取り囲んでいる。

 イヤリングで飾った尖り耳で注意深く声を聞く。雑踏の向こうから、ピンク色の髪をした少女を詰る声が聞こえてきた。

 

 

 四枚羽根の少女は周囲を観察した。往来を行き交う見知らぬ少女らは、皆揃って苛めの現場から目を逸らして足早に歩いていた。まるで関わりたくないとばかりに。

 四枚羽根の少女は滑らかな手付きで肩に掛けていた愛銃のボルトアクションライフルを手に持つ。

 首に吊るしていたクロスに口付けを落としてから、淀み無くボルトを引き、押し込む。.303ライフル弾がマガジンから薬室に装填された。

 

 

 銃の中心から横にマウントされたショートスコープを覗き込み、狙いを定める。

 一点集中。クロスヘアがばっちりと苛めっ子の頭に定まった。スッと引き金を引く。

 パァンッ! 鋭い発砲音。続けて素早くボルトを操作しパァンッ! パァンッ! と途切れぬ様な速いテンポで第二射、第三射を苛めっ子達の頭へと叩き込む。

 

 

 昼間のトリニティ総合学園の往来に銃声が響き渡り、少女達の会話がぴたと止み、ひっそりとした空気に変わる。

 静まり返ったその場にカラン、カランとライフルの薬室から吐き出された空薬莢が地面を転がる金属音が聞こえた。そして苛めっ子もまた地面に崩れ落ちる。

 四枚羽根の少女はこの状況にキョトンとしているピンク色の髪をした少女に近付いた。

 

 

「大丈夫? 怪我とかはない?」

「あ、はい。大丈夫です。その…態々ありがとうございます。助けていただいて」

「ん。気にしないで。人助けは日課みたいな物だから」

 そう言うと四枚羽根の少女はポーチからケーブルタイとハサミを取り出すと手早く苛めっ子達の手足を拘束した。

 

 

「はぁ。…その、貴女は、私の事を知らないので?」

「うん? 生憎私みたいなシスターフッドは学園の世俗に疎いから、あまり学園の有名人云々には敏くないかな」

「そうですか」

「ほら、私はこの子達を正実に突き出してくるから、行っておいでよ」

「…ありがとうございます」

 

 

 そう言うとピンク色の髪をした少女は一礼したのち、立ち去っていった。四枚羽根の少女はそれを見送るとポケットから携帯電話を取り出し、短縮コールをプッシュする。

「もしもし、正義実現委員会? 嗚呼、イチカ。ええ、今日も苛めっ子の現行犯。場所は学園東の往来の真っ只中で。うん、うん…お小言は後で聞きますから。それじゃ」

 

 

 ──これが、少女達の出会いになるとは、お互いに思いもしなかった。

 

 

 その日の夕方。シスターフッドの本拠地、大聖堂にて。

「シスターマリン! また貴女は勝手なことをして!」

 四枚羽根の少女こと、案藤マリンは先輩のシスターからお説教を受けていた。本人はそれを意にも介さず、呑気にシナモンスティックを宛ら紙巻煙草の様に咥えていた。

「然しシスターローズ。見す見す苛めの現行犯を見逃せと?」

「そう言うのは正義実現委員会の方々の役目だと前にも」

 

 

「主もこう言ってらっしゃる。憐れみを掛けてはならない。命には命を。目には目を。歯には歯を。手には手を。足には足をもって償えと」

「だからと言って、あろうことかシスターフッドの者が制裁などと」

「制裁ではありません。人助けです」

「シスターマリン!」

 嗚呼全く。シスターローズのお説教は本当につまらないな。と案藤マリンがそう思っていると彼女らに近付く影があった。

 

 

「お話し中の所失礼致します、シスターローズ。シスターマリンに大事なお客様です」

「シスターサクラコ、まだ私の話は終わっては」

「私は『大事なお客様』と言いましたよ? お客様はシスターフッドに『大事な相談』があって、シスターマリンを『ご指名』です。それでもお説教を続けますか?」

 

 

 歌住サクラコの言葉を受けて、シスターローズはたじろぐと、渋々案藤マリンを解放した。

「感謝します、シスターサクラコ」

「いえいえ、貴女に大事なお客様が来ているのは事実ですし。それに貴女は私に対して物怖じせずに接してくれる可愛い後輩ですからね」

 心なしかウキウキとした足取りで前を歩く歌住サクラコの背中を見ながら案藤マリンは呟く。

 

 

「有り難い限りですが、シスターサクラコはもう少し勘違いされにくい話し方を練習されては如何かと」

「うっ…貴女に言われては何も言い返せませんね…何はともあれ。お客様が外でお待ちですよ」

「ええ。そうだシスターサクラコ」

 立ち去ろうとした歌住サクラコを案藤マリンは呼び止めた。

 

 

 はて何でしょうかと振り向く彼女に案藤マリンはポケットとまさぐると、少し崩れた紙箱を差し出した。

「お礼に1本如何ですか。甘いですよ」

 差し出されたシナモンスティックに一瞬キョトンとしながらも、歌住サクラコは感謝してそれを受け取った。

 鼻先にシナモンスティックを添える。成る程確かに甘い。今度スパイスティーでも淹れようかと思いながら歌住サクラコは気分良く立ち去っていった。

 

 

 蝋燭のオレンジめいた灯りとステンドグラスから射し込む色ガラスの光で彩られた薄暗い大聖堂から、眩しく明るい外へと出るとまるで異世界のゲートを潜るような、目が眩むような感覚に陥る。

 案藤マリンの友人の俗っぽいシスターフッドの少女はこの感覚を「主の庇護のお膝元からドロリとした俗世に降りてきたのだ」とよく揶揄っていた。

 その言葉に対し、案藤マリンとしては強ち間違っていないのではないかと思っていた。

 

 

 このトリニティ総合学園は一見すると華やかなお嬢様学校特有の煌びやかさとは裏腹に、それはそれはドロドロとした策謀と暗躍で満ち満ちている。

 友人で居た筈が次の週には利用価値が無くなったからと袂を分かち、更に翌週になれば裏切りへの報復とまぁ例を挙げれば忙しない事甚だしい。

 

 

 そんな学園生活に疲れて他所の学園へ転校する者や、はたまたトリニティの政治から距離を置いているシスターフッドの庇護に入ろうとする者も決して少なくない。

 果たしてその時、どの様な手段を取るのが最善策なのかは分からない。聞く所によると転校後にトリニティ総合学園に在籍していた事が知られればちょっとしたスクープになるらしいから。

 

 

 さて、案藤マリンは噂の『大事な相談がしたい、大事なお客様』を探した。そんな案件に自分を名指しで指名するとは珍しいものだと思いながら。

「うふふ、見付けましたよ。案藤マリンさん♡」

 はて。自分の名を呼ぶ甘い声がする。それも聞き覚えのある声だ。そう。数時間前のお昼頃に往来の真っ只中で。案藤マリンは声の方へと振り向いた。

「貴女は…」

 

 

「先程は助けて頂きありがとうございます。自己紹介をさせて貰いますね。私、一年生の浦和ハナコと申します♡」

「…既にご存知でしょうが改めて。シスターフッド所属、一年生の案藤マリンと言います。それで、大事な相談とは?」

 そう問いかけると浦和ハナコは照れ臭そうにもじもじと己の指先を弄んで、少し俯き勝ちながら話し始める。

 

 

「実は私、恥ずかしながらトリニティに入学してからと言うもの、あの様に他人の思惑の裏表の無い好意で助けていただいた事が初めてで、それでですね…」

「ふむ」

 案藤マリンは頷き、彼女の言葉の続きを促した。

「その、お友達になって欲しいなと思いまして…♡」

 その言葉を聞いて成る程、と案藤マリンは改めて頷いた。

 

 

「それが、大事な相談」

「えぇ」

 恐る恐る様子を伺う浦和ハナコを見て、案藤マリンはそっと手を差し出した。

「大聖堂の前で突っ立っているのも悪目立ちしますでしょう。私の知っている喫茶店でよければ、そこでお茶でも」

「あらぁ…でも、宜しいのですか? シスターフッドでのお務め等は」

 

 

「今の私はハナコさんから紛れもなく『大事な相談』を受けていますので、それは『立派なお務め』です。シスターサクラコも理解して下さいますでしょう」

「……ふふっ、そうですか。マリンさんも中々のお人なのですね」

 そう言うと、浦和ハナコは恐る恐る案藤マリンの手を握り、彼女は確りと浦和ハナコの手を握り返した。

 

 

「今から向かう場所はあまり華やかな場所ではありませんが、私のお気に入りの店です」

「あらあら…♡ その様なお店に案内して頂けるのですね。マリンさんの秘密の場所に…♡」

「生憎、私は余り華やかな放課後の過ごし方と言う物を知らなくて」

「ふふっ、いいんです。こうやって誰かと喫茶店でお茶をするの、ちょっとした憧れでしたから♪」

 

 

 この時、もしも浦和ハナコの背中に翼が生えていたのなら、きっと喜びでバサバサと羽ばたいていたことだろう。

 自制心の効かない翼に難儀しながら頬を染め、然し、案藤マリンに握られた手を放すことはきっとない。

 足取りは軽く、トリニティの町を歩いていく二人の少女。夕方の柔らかいオレンジの光に照らされて、影は少し青かった。

 彼女らの進む道は、まだ誰にも分からない。

 

 

 ────第一話。出会い。

 

 

 

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