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Pleraque facilia dictu sunt, Sed factu difficilia.
多くのことは言うには易しいが、為すには難しい。
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…斯くして、案藤マリンと浦和ハナコの交際が始まった。そのニュースは学園に通う少女達を静かに驚かせた。
あのティーパーティーも認める才女が、シスターフッドの問題児と付き合いを? 果たして何の目的が?
然し少女達があれやこれやと語る言葉は所詮はただの噂話。本人と話をしない者達に真実が分かるわけもない。
「ではシスターサクラコ、今日も行ってきます」
「はい、いってらっしゃいませシスターマリン。不審者に気を付けるんですよ」
昼過ぎの業務を終えて放課後の時間。案藤マリンは歌住サクラコに外出の旨を伝えると、今日も大聖堂の重々しいドアを潜り抜けて外で待っている浦和ハナコの元へと向かった。
「シスターサクラコ、少しお話が」
可愛い後輩を見送っていたその時、不意に言葉を投げ掛けられて、はて何事かと歌住サクラコが振り向けば其処には少しばかり眉を潜めたシスターローズが立っていた。
「シスターマリンに、彼女に対して、些か自由が過ぎるのでは?」
「あら、果たしてそうでしょうか?」
歌住サクラコは微笑みながら答える。その手には今日も彼女から貰った細いシナモンスティックを持って。
「彼女はキチンとお務めを果たしていますし、夜回りのある日は早々に帰ってきますよ? 誰かと交際を始めたからと言って
その人物に関係して特別問題を起こしたりしている訳でも無ければ、お務めが急に疎かになった訳でもありません。何の問題があるのでしょう?」
「然し、一部のシスター達からは不純だと」
「人付き合いの何が不純なのでしょうか? シスターフッドの中を見渡せば、学内や学外で友人関係を結んでいるシスターは何人もいます。
また、このお話はお姉様からお聞きしましたが、シスターフッドのエルダーは以前、ハナコさんをシスターフッドに引き込もうとして迷惑を掛けたとか。私はそちらの行いの方が不純だと思いますけれど」
それに、と言って歌住サクラコは言葉を紡ぐ。
「シスターフッドに持ち込まれた『人生相談』は紛れもなく『大事な相談』であり、ハナコさんは『自分を助けてくれた』シスターマリンを『相談相手』としてお望みなのです。ハナコさんが彼女に頼るのは自然な形だと私は思いますよ?」
「…ッ、あの子に入れ込むのも結構ですが、あの子が大きな問題を起こした時はエルダー達から何を言われるか分かりませんよ、シスターサクラコ」
「後進を愛で、育てるのは年長者の勤め。私も貴女もつまらない失敗を沢山したではありませんか。お高い壺を壊してしまったり、経典にインクを溢してしまったり、お香の量を間違えて礼拝堂を真っ白にしてしまったり。その度にお小言を貰いながら、お姉様達から慰めて貰ったではありませんか」
「止めてください、その様な恥ずかしい過去を掘り返すのは」
「ふふっ、私は楽しかったと思っていますよ?」
そう言うと歌住サクラコは機嫌よく立ち去り、シスターローズは彼女の後ろ姿を、困った人だとばかりに見つめ、溜め息を漏らしながら見送った。
──── 大聖堂の外にて ────
「お待たせしました、ハナコさん」
「うふふ♡ お待ちしていましたよ、マリンさん」
大聖堂の前で顔を合わせ、互いに挨拶を交わす。このやり取りも回数を重ね、出会った頃はまだ何処と無くぎこちない様に感じられた浦和ハナコの微笑みもだいぶ喜びが増した様に案藤マリンには思えた。
「それで、今日は何方に?」
「そうですねぇ…出来ればガンショップに赴いてアクセサリを買いたいのですが」
「ふむ。アクセサリ」
そう聞いて案藤マリンが思い浮かぶのは愛銃のボルトアクションライフル、《ペイルライダー》に取り付ける銃剣だった。
その銃剣は刃を潰され、ライフルの先端に取り付けては近接戦闘の際に棍棒の様に用いている。
普段のそれは鞘に納められていて、ガンベルトに繋がれ腰にぶら下がっていた。
「行く当てはあるのですか?」
「はい、小さい頃から銃のお世話になっているお店に」
「ではそちらへ参りましょうか。ハナコさんが気に入る様なお店は、どう言うお店なのか興味がありますし」
そうして二人は肩を並べるとトリニティ総合学園の敷地を歩き、学園の表通りに面する路面電車に乗った。
お菓子の菓子箱の様な優雅なそれはトコトコとレールの上を走り、二人は穏やかな揺れに身を任せながら、窓から見える風景を少し楽しむ。
その傍ら、あれやこれやと他愛もない学園での事柄の会話を交わして。
短い鉄路の旅を楽しみ終えれば、再び歩く。よく焼かれた固い赤レンガの敷き詰められた道はコツコツと足音の響きも気持ちいい。
そして辿り着いたのが、ガンショップ《Woden’s Day》である。一見すると服の仕立て屋の様な落ち着いた佇まいをしているが
ウィンドウに並んでいるのは拳銃やライフルであった。案藤マリンはそれを観察した。
銃の加工、仕上げの質が良い。派手さは無いが熟成されたワインの様な品質の高さを感じられた。
「マリンさん? お店に入りますよ?」
浦和ハナコにそう促されて、案藤マリンは彼女の背中に続いて店の敷居を跨いだ。
金属、ガンオイル、そしてグリスの香りがうっすらと立ち込めている店内は柔らかな光で照らされていた。実に良い店だと案藤マリンは思った。
派手さが売りの見るからに騒がしい店は好きではない。落ち着いて商品を見る事も出来やしないし、店員がぐいぐい押し込んでくるのはもっと嫌だ。
ガンショップもパン屋も昔からその地域の人々の生活に根付いている様な落ち着いた佇まいの物に限る。
この店はその点については満点と言えるだろう。案藤マリンはそう思った。
「ああ、ハナコ様。お久しぶりです。其方の方はご友人様ですね? 今日はどの様なご用件で来て下さったのでしょう」
店の奥から出てきたスーツで身を包んだ羽根付きの女性は柔らかい笑みを浮かべながら問いかけてきた。
浦和ハナコは店員の問い掛けに微笑みながら答える。
「実は、銃にアクセサリを付けようかと」
「ふむ、アクセサリ…となりますと、スコープやレーザーポインターなどでしょうか。お変わり無い様でしたら、ハナコ様の銃は殆どプレーンでしたね?」
「ええ、高等部に進学する際に仕立て直したきりで…」
そう会話を交わしている二人を横目に、案藤マリンはぼんやりとショーケースや棚を眺めた。
その時棚の片隅に置かれた、とある物に目が行った。
鉄製の不細工なシャンパングラスの様な形をしたランチャー…ライフルグレネードだ。記憶違いで無ければ自分のライフルに取り付けられる物。
物珍しいなと思いつつジッと其れを見る。然し特別欲しいとも思わない。
そもそも狙撃を得意とする自分の戦闘スタイルと合わないし、この手のライフルグレネードを運用するのには様々な問題や制限が付き纏う。
例えば、目の前にある物の様に専用のアタッチメントを銃口に取り付けなくてはならない事や、キヴォトスで一般的に流通している40mmグレネードよりも割高な弾薬の価格。
弾が遮蔽物を飛び越えて攻撃出きるのは魅力的だが、その代償にライフルグレネードの射撃その物が難しく
煩わしい諸々の発砲準備を終えてから地面に肩当てを当てて発射すると言う姿勢を取るのも、幾つもある難点の一つだ。
また、ライフルグレネードの弾その物が嵩張る事や、発砲する為の専用の空砲を準備しなくてならない事等など、etc. etc. …
興味はあれども実際に使うには躊躇われる。そんな代物だった。然し、面白い物を見せて貰った事から案藤マリンは満足したとばかりにフゥと息を漏らした。
「マリンさん、何か面白いものでもありましたか?」
気が付けば案藤マリンの背後に浦和ハナコが微笑みながら立っていた。
「ああ、ええ。ライフルグレネードがあったものだから」
「ライフルグレネードと言いますと…あの小銃を用いて榴弾を撃ち出す、古式ゆかしいグレネードランチャーの?」
「そう。空砲や木製の銃弾を用いて取り付けた榴弾を撃ち出すの。面白いのだけども私にとっては実用性に欠けるから」
「ふぅーん…?」
浦和ハナコは棚に置かれた、鉄製の不細工なシャンパングラスの様な形をしたライフルグレネードのランチャーをジッと眺めた。
そして軽やかにパチンと手を叩く。これだとばかりに笑みを浮かべて。
「決めました♪」
「?」
やがて幾つかの注文を店員にオーダーした浦和ハナコは嬉しそうに店内の片隅に置かれた椅子に腰かけていた。
案藤マリンはサービスに供された紅茶を傾けながらクッキーを摘まみ、ご機嫌な彼女を眺めていた。
待つ事暫し、白とピンクで彩られた浦和ハナコの《オネストウィッシュ》が店の奥の工房から帰ってきた。
取り付けられたアクセサリはアンダーマウントのグレネードランチャーと、スコープだった。
注文前のプレーンだった姿と比べるとガラリと雰囲気が変わった物だ。
其れを受け取った浦和ハナコは嬉しそうに頬擦りした。
まるでお気に入りの縫いぐるみを抱き締める幼い子供の様だと案藤マリンは思った。
然し、グレネードランチャーか。些か浦和ハナコの毛色とは違う様に思えたが…?
アクセサリの支払いを終えて、店員に見送られてガンショップを後にする。
帰りがけにトリニティでは比較的安価で足を運びやすいファミリーレストランに二人で立ち寄った。
案藤マリンはスフレのパンケーキを注文し、浦和ハナコは季節のフルーツパフェを注文した。
スイーツが来るまでの間、案藤マリンは問い掛けてみる事にした。
「グレネードランチャーとはまた、面制圧に長けた火力を足すオプションを選んだんですね?」
「あら…やっぱり、私らしくないって思います?」
案藤マリンは素直に頷いた。彼女ならばマズルブレーキやホロサイトと言った命中精度に寄与しそうなカスタムをするのではと思ったのだが。
「うふふ…少し照れ臭い限りですが…あのお店でライフルグレネードを見た時に、もしも一緒に騒動に巻き込まれた時のマリンさんのお手伝いを出来ればと思いまして。
マリンさんがライフルのリロードをしている最中に私が不良の皆さんをグレネードで「えいやっ♪」って具合に♡」
「成る程」
そう言われると、自分も少々照れ臭いなと案藤マリンは思った。何せ浦和ハナコは自分のスタイルに合わせてそれまで真っ白だった己の銃をカスタムしてくれたのだ。
だけど、悪い気はしない。心地良いとさえ思う。とりあえず、この恥ずかしさを如何にか誤魔化すべく、テーブルにやってきたスフレのパンケーキを案藤マリンは浦和ハナコの口に突っ込んだ。
尤も、それは実に浅はかな行動だったと案藤マリンはすぐに後悔した。
フワフワのスフレのパンケーキを咀嚼し終えた浦和ハナコは頬を染めながら実にニコニコとした笑顔でパフェを掬い取ったスプーンを自分の方へと差し出してきたのだから。
「あ~ん♡」と砂糖よりも甘い甘い言葉を添えて。勿論逃げ出す訳にもいかず、案藤マリンは顔を赤くしながらスプーンを受け入れた。
甘い。実に甘い。煮込んだ砂糖シロップ以上の甘味を感じる。顔が実に熱い。恥ずかしさが湧き水の様に込み上げてくるが、何故だか嫌な感じはしない。
暫し、お互いにあーん。と食べさせ合いながら甘ったるいスイーツタイムを楽しむ事にした。
やがて気付けば時計の針はグルグルと回っており、ファミリーレストランを後にすると空は群青色に染まりかけていた。
ガス灯の柔らかい灯りで照らされる薄ら暗いトリニティの町を移動し、案藤マリンは何時ものように浦和ハナコを家まで送り届けた。
そして玄関先で浦和ハナコは彼女にねだる。祝福のキスを。
案藤マリンは照れながら彼女に明日も健やかでありますようにと呟き、習慣となった祝福のキスを額に落とした。
こうして二人の一日が終わる。浦和ハナコは立ち去る案藤マリンを見送り、彼女もまた自分の家路につく。
穏やかな一日の一幕。何気ない日々がアルバムに残したい程の愛しい思い出。
例え酷い天気だったとしても、二人で過ごせるのならば明日もまた、良い一日になるだろう。
────第三話。ショッピング。