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Iustitia non novit patrem nec matrem, solum veritatem spectat.
正義は父も母も知らず、ただ真実のみを見る。
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昼間のトリニティ総合学園のとある教室で銃声が響いた。放たれた弾丸は見事に急所目掛けて飛び込んでいき、複数の少女達を一撃で気絶させた。
発砲騒ぎの犯人は、言わずと知れた彼女こと案藤マリンの手による物だった。哀れ、苛めっ子は運悪くも犯行現場を彼女に目撃されたのである。
案藤マリンがケーブルタイを用いて苛めっ子達の手足を拘束していると、その内の一人が目を覚ました。縛られた手足を苦しそうにしながら口を開く。
「あなた、自分が何をしたのか分かってるつもり!?」
最後の一人の苛めっ子を拘束し終えると案藤マリンはゆっくりと少女に振り返ってこう言った。
「あなたこそ、自分が何をしたのかが理解出来ない? 苛めはね、立派な犯罪。私がしたのは貴女達の行った苛めへの制裁だけど」
淡々とした彼女の言葉に苛めっ子は苛々としながら言葉を続けた。
「私のお姉様はね、シスターフッドに親しい知り合いが居るのよ!?」
「だから何? それは私に対する脅迫? それこそ馬鹿馬鹿しい。例えあなたの思うとおりに、シスターフッドの上級生が私に何かしらの裁きを下そうと言うのなら、それはあなたの苛めに加担している事に他ならない。もしそう成ったら私は遠慮なくそのシスターフッドの上級生を撃つ。貴女のお姉様とやらも見つけ出して」
話は終わったとばかりに案藤マリンは事後処理を済ませるべく、懐に仕舞っている携帯電話に手を伸ばすが…
「このっ、シスターの皮を被った売女が!」
「五月蠅い」
案藤マリンは咄嗟に腰に吊るしていたリボルバーを引き抜くと遠慮無く頭に一発発砲した。
「…これが世に聞くトリニティのお嬢様だなんて、馬鹿馬鹿しい…」
溜め息を漏らして、案藤マリンは呟いた。この様な陰湿な苛めの横行するトリニティ総合学園の何処がお嬢様だと言うのか。案藤マリンは改めて携帯電話を取り出すと短縮ダイヤルを押し、見知った顔を呼び出した。
十数分ばかり後に…目的の人物がやってきた。正義実現委員会の黒い制服に身を包んだ少女、仲正イチカだった。現場を見て彼女はやれやれとばかりに言う。
「アンタに呼ばれた事だから分かり切ってた事っすけど、相変わらず苛めっ子潰しっすか、マリン?」
「ん、ごきげんようイチカ」
「『清掃活動』に励むのは構わないっすけども、もうちょっと穏やかに出来ないもんっすかねぇ。正実(ウチ)もヒマじゃ無いんすよ?」
仲正イチカは嫌味を飛ばしながら淡いブルーグレーの眼で案藤マリンを見つめた。
仲正イチカにとって案藤マリンは苛めっ子の事後処理に関してトリニティ総合学園に入学以来の付き合いだ。上級生から「勉強だと思って処理に当たれ」と言われて以来、ずっとである。
「だったら正実も『清掃活動』専門の部署を設けたら良いんじゃない? きっとやり甲斐があると思うけど」
「勘弁して欲しいっす。街で暴れてるスケバンとか不良紛いの子の補導とかの相手をするだけで疲れるのに」
両手を挙げてお手上げ、とばかりにボディランゲージをして見せる仲正イチカを見て、案藤マリンは小さく笑った。
「じゃあ、苛めっ子は私に任せてくれたら良い」
このトリニティ総合学園の腐敗した空気を正す以上、それは誰かがやらなければいけないのだから。然し。
「アンタは良くても、政治がそれを許さないんっすよ。あーもう…此処に転がってお縄に付いてる子達の生徒手帳は?」
「此処に全部」
仲正イチカに問われれば慣れたものだとばかりに苛めっ子達から没収した生徒手帳を取り出し、案藤マリンは手渡した。
「はいはい、仕りましたっすよ。ホントにもー…」
今日もこの後は目の前で失神している苛めっ子達の聴衆や身柄の洗い出しに時間を取られるのかと考えると、やれやれと頭を掻く仲正イチカに案藤マリンはそっと幾つかの飴玉を手渡した。
「なんすかコレ、事後処理に対する賄賂っすか?」
「…? 友達にお菓子を渡す事が賄賂になるなら、トリニティは今ごろ賄賂の巣窟だと思うけど」
少しばかりキョトンとしながら小首を傾げてそう言う案藤マリンに仲正イチカは軽くポカンとした。
「…ぁー。まったく、マリンはとんだ食わせ者っすね。もう行って良いっすよ、パニッシャー」
仲正イチカがシッシ、と手を振れば、案藤マリンもヒラヒラと手を振って彼女に別れを告げて事件現場を立ち去り、一人残された少女は
今しがた貰ったばかりのミルクキャンディの包みを開いて口に放り込んだ。それは案藤マリンの人柄を感じられる優しい甘味がした。
「そう言えばマリンちゃん、今日は学校の夜回りがあるんでしたっけ?」
「ええ、今夜はシスターフッドの大事なお務め」
学園前のカフェテリアでゆっくりと夕方のティータイムを楽しみながら、浦和ハナコと案藤マリンは言葉を交わした。
「悪い子が深夜徘徊したり、校舎に潜り込んで悪い事とかするといけないですからね。うふふ」
「…?」
何やら意味深な物言いをする浦和ハナコに案藤マリンは少し不思議に思いつつも、彼女が何処か小難しい言い回しをする所を何度か見掛けた事があったので
今回もきっとそれらの言葉遊びなのだろう、と頭の中で片付けた。そして普段に比べれば時間の短い放課後のティータイムをしめやかに終えると
案藤マリンは今日も浦和ハナコを家まで送り届け、ヘアピンカーブを曲がるかの様に学園へと戻っていった。
…やがて、陽は落ちてとっぷりと辺りが夜の闇に包まれた頃、案藤マリンは同級生と共にシスターフッドの大聖堂の中にある待機室を出た。
夜回りの時間である。一晩を何組ものシスターフッドの生徒達が学園の中を巡回して回るのだ。まるで恐ろしい怪物を退治しようとする猟師の様に。
蝋燭の火を灯している古風なカンテラを片手に少女達は夜の学園を歩いていく。
…その時、不意にカンテラが地面に落ちた。
翌朝のトリニティはとても騒々しかった。ポータルサイトのニュース一覧にはこの様な見出しが眼に痛い色使いで書かれていたのだ。
『苛めグループと思われる10数名のトリニティ生、シスターフッドの少女を襲撃するも撃退される』と…
噂好きの年頃の女の子で一杯のモモトークのチャットボードは大騒ぎ。有る事無い事わいわいきゃーきゃーと騒ぎ放題の朝だった。
そしてそんな中、有象無象の根拠もないニュースでは無く、ティーパーティーの公式会見のニュースを見て家を飛び出した一人の少女が居た。
浦和ハナコである。彼女には直感と呼ぶには浅ましい位の嫌な確信があった。今回のこの集団リンチのターゲットは紛れもなく彼女だと。
そして、家からこっち学園まで走り続けて荒い呼吸を繰り返しながら救護騎士団の保健室まで真っ直ぐに突っ走った。
「マリンちゃん!」
果たして、渦中の人物は確かに其処に居た。身体のあちこちに傷を作り、包帯や絆創膏を付けたその姿は実に痛ましかった。反して表情はけろっとしていたが。
「ああ…おはよう、ハナコ」
「もう…!」
救護騎士団の生徒が止める暇もなく、浦和ハナコは案藤マリンを抱き締めた。
「ニュースを見た時、心臓が止まるかと思ったんですよ…?」
「ん。あれ位の襲撃はなんて事無いよ。同僚を庇いながら襲ってきた苛めっ子をシバき倒すのには苦労したけど」
案藤マリンはなんて事はない。とばかりに少々間の抜けた事を言うものだから、浦和ハナコは小さく溜め息を吐いてから、ぎゅぅぅ…と痛いくらい彼女を抱き締めた。少女は傷に沁みたのか、イタタと声を漏らす。
「本当にゾッとしました。マリンちゃんが苛めっ子に手酷く痛め付けられては居やしないかと。本当に…本当に心配したんですからね…」
涙声の浦和ハナコの声を聞いて、案藤マリンはそっと彼女の背中を撫でた。大丈夫だ。自分は此処に居ると伝えるかの様に…
その頃、シスターフッドの大聖堂ではシスターローズとシスターサクラコが静かに話をしていた。シスターローズは話を切り出さんと咳払いをする。
「んっ、んん…。シスターサクラコ。シスターマリンに気を掛けていた貴女に対して、余りこの様な言い方をするのは気が引けますが今回の事件の切っ掛けはシスターマリン自身の身から出た錆かと、私は思います」
シスターローズの厳しげな言葉を受け止めながら、シスターサクラコは掌の中の十字架を指先で撫でながら問い返した。
「何故そう思われるのでしょうか?」
「彼女がそもそも苛めの制裁などしなければ」
最初からこんな問題には発展しなかった。そう言葉を紡ごうとするシスターローズを遮る様に、シスターサクラコは言葉を発した。
「違いますよシスターローズ。それはもっと根本的に、トリニティは余りにも陰湿が過ぎます。このシスターフッドの懺悔室に
一年もの季節の間に苛めについての相談が幾つ来ていると思いますか? とても沢山、ですよ? それは貴女も重々ご存知の筈です。私の同期なのですからね」
彼女の言葉は憐れみに富んでいた。実に悲しい。なんて苦しい出来事なのだろうかと。
「しかし、だからと言って」
「事を為したのが昨日のことか、今日のことか、明日のことか、それとももっと未来のことか、何れにせよこれは誰かがしなければ無かった事です。それを為したのがたまたま、シスターマリンだった。それだけの事ですよ」
掌の中の十字架をぎゅっと握り締めると、シスターサクラコは溜め息混じりに言葉を発する。
「事は、動きます。紛れもなく、きっと」
この一連の苛めっ子による大きな事件はティーパーティー幹部の耳にも入り、事件を重く見たティーパーティー現ホストは
正義実現委員会による校内での暴行行為の抑制を見越して見逃していた学園内の苛めの監視、制圧に手を入れる事になった。
そして事の発端であるシスターフッドに新たな役割を与えた。学園内での苛め行為を鎮圧する組織、『Purificatio Bell(浄化の鐘)』は
シスターや懺悔室に齎された苛めっ子の情報を元に状況を調査、証拠を確保次第苛めっ子制圧の許可をその場で得る事になる。
なお、今回の事件から行動が目立ち過ぎる案藤マリンは『Purificatio Bell』の人員から外された。この件について後日案藤マリンはプライベートなお茶の席で浦和ハナコにこう語っていた。
「ハナコは知ってるかも知れないけど…『旧い契約の本』にこう言う古い言葉がある。……Vanitas vanitatum et omnia Vanitas.
『伝道者は言う。空の空。すべては虚しい。日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろうか』……私が今まで為してきた事の結果が
今回の襲撃事件と、そして『鐘』の設立へと繋がったのか、それともそれはただの私の勘違いでしかなくて、実は顔も知らない第三者の勝手な思惑で事が進んだのではないか。
私が為したと思った事は実は『一切が何も為されて居なかった』のではないか。……だとしても、だとしても、私は銃を取ろう。私は迷える子羊の為に罪を被ってでも苛めっ子をシバき倒そう。
そうする事で誰か一人でも幸せになるのなら、世の中が少しでも平和になるのであれば、私はそれで良い。それで良いと思う」
案藤マリンはそう淡々と自分の心の内を浦和ハナコに語り明かすと、静かに温くなった紅茶を飲み干した。
「人間は愚かですね。事前に対処出来る事柄だとしても、何か重大な事が起きてからでしか対処出来ないんですから」
そう言うと、浦和ハナコは目の前の案藤マリンを見つめた。彼女は今、修道服ではなくトリニティ総合学園の制服に身を包んでいた。
今回の事件を引き起こした処罰として療養を兼ねた一週間の謹慎処分を浮けた彼女は今、パニッシャーと呼ばれるシスターでは無く、ごく普通のただの生徒だった。
「その愚かしさが、人間らしさを産むのかもしれないね」
「マリンちゃんが痛い思いをするぐらいなら、そんな愚かさは欲しくありません! さて」
浦和ハナコは喫茶店のテーブルを立った。
「私にいーっぱい心配を掛けさせてくれたんですから、そのお返しに沢山遊びに行きましょうね。マリンちゃん♪ ミレニアムのゲームセンターが楽しそうなイベントを幾つもやってるんですよ♪」
「ミレニアム…何度か行った事あったっけ」
「あら、どんな理由で?」
「銃の展覧会で。ミレニアムは良い素材で出来た銃の銃身を作ってるから」
「成る程♪」
そして二人の少女は今日も遊びに出掛けた。
────第六話。破戒。