…
……
………
Fac, quod rectum est, Dic, quod verum est.
正しい事を為せ、真の事を言え。
………
……
…
その日、シスターフッドの敷地内で聞こえてはならない音が聞こえた。
銃声である。内容を語り聞かせて貰えば眠りこけてしまうぐらい、長い長いシスターフッドの歴史の中で敷地内で銃声が聞こえたのは本当に極々希であり、片手で数えられる程である。
そんなシスターフッドの出来事を綴った何冊もの分厚いログを必死になって辿れば、全ての発砲事件の全貌が明らかになる程だ。
───事件は、昼過ぎの事だった……。
午後の授業が始まって少しした頃だった。浦和ハナコのモモトークに通知が入った。メッセージを送ってきた人物は…シスターサクラコだった。
彼女とはシスターフッドと言う組織を介して知り合った仲だ。浦和ハナコから見た彼女の印象はと言うと「言葉に面白い力を持つ人」だった。
それは有り体に言ってしまえば勘違いされる体質であったが、浦和ハナコはあえて指摘しなかった。
指摘してもシスターサクラコがショックを受けるだけであるし、それは彼女自身が解決せねばならない事だったから。
さて、件の彼女からのメッセージはこうだ。「シスターマリンの危機です」己の言葉を誤解されやすい彼女にしては実に単純明快だった。
故に浦和ハナコは真面目に見ていても見ていなくても己の成績に全く変化の無い、味気無く退屈な授業を直ぐにほっぽり出して教室を抜け出すと駆け足でシスターフッドの大聖堂へと向かった。
友人の危機。それが意味する事は何であろうか。謀略渦巻くトリニティ総合学園では人を陥れる謀なんて日常茶飯事である。
何があっても助けねば。この手の知略に弱い友人の危機なのだから。学園を走っていく浦和ハナコを見掛けた少女達は軽く驚いた事だろう。
あの普段はニコニコと笑みを浮かべている浦和ハナコが険しい表情で、いずこかへと駆け行くのだから。
息を切らして辿り着いた大聖堂の中はと言えばざわめいていた。何人かの少女が口論を交わしている事が直ぐに分かる。
実に苛立っている声色だ。嗚呼これは実に拙いなと浦和ハナコは思った。同時にそれは案藤マリンを巡った口論だと直ぐに理解出来た。
「ハナコさん」
不意に大聖堂の柱の物陰から声を掛けられる。声の主はシスターサクラコだった。実に焦った顔をしている。見ようによってはお腹が痛そうな顔にも見えた。
「見ての通りの状況です。お姉様達はシスターマリンが乱心を起こした云々と言う話で持ちきりで…私もそろそろあの会話の輪の中に入っていかねばなりません。あの子の面倒を一番見ていたのは私ですから…」
「では、彼処に行く前に一つお願いが…」
浦和ハナコはこれからの為に一つの種を撒いた。そしてシスターサクラコと共に人の輪へと近付いていく。
「だから、あんなシスターと呼ぶのも烏滸がましい存在をシスターフッドに置いておく事に私は反対したのです!」
「今回の事件について白薔薇の君はどうお考えか!」
喧々囂々。ああだこうだ。頭に血が登っているのがよく分かる。浦和ハナコはやれやれと溜め息を吐いた。人はよくここまで怒り狂う事が出来る物だと。呆れを通り越して少し感心してしまえる。
「すみません。お話を伺っても宜しいでしょうか?」
笑顔を浮かべ、手を掲げ、輪の中に入っていく。その直ぐ傍をシスターサクラコが付いていった。
「何ですか。部外者を呼んだ覚えはありませんよ」
「あらあら、部外者とは寂しい限りですね。聞けば私の友人のマリンちゃんを巡るトラブルだとか」
「トラブル。ええ、トラブルと言って良いのならこの事件はトラブルと呼ぶに相応しいでしょう。シスターフッドの下級生が上級生を狙撃する等と言う凶行をただのトラブルであると過小評価するのであれば!」
おおっと。浦和ハナコは小さく驚いた。愛する友人は随分と大きな火が燃えているトラブルに巻き込まれているな、と。
「何方か優しい方はいらっしゃいませんか? お話の全貌を伺いたいのですが」
「では僭越ながら私が」
そう言うとシスターローズが眼鏡を小さく持ち上げながら名乗りを挙げた。
「シスターローズ。貴女は黒薔薇の君の者でしょう」
「ですからですよ。被害者の赤薔薇の君の者、加害者とされる白薔薇の君の者。その何方でも無い黒薔薇の君の者が話すのが一番公平である筈です」
シスターローズはそう言うとチラリと一瞬浦和ハナコを見つめると直ぐに視線を逸らし、淡々と事件のあらましを話し始めた。まるで日課の"バイブル"を読み上げる様に。
「事の次第は昼の休憩の時間が終わり、午後のお務めが始まって少しした時です。下級生と共に中庭に居たシスターフッドの三年生が狙撃されると言う事件が発生しました。
同時にその場に居た他の生徒曰く、直ぐ視認出来る距離に人影が見えない事、そして銃声が遠くで聞こえた事から狙撃と推定。シスターフッド内部で長距離狙撃に秀でた少女はシスターマリン以外に居らず
また彼女が業務を行っていた部屋の直ぐ近くで空薬莢と抜け落ちた黒い羽根が見付かった事から現在彼女は容疑者と言う扱いを受けています」
「全く、あの黒い四枚羽根と来たら…!」
「あからさまな思考誘導と共に実に証拠不十分ですねぇ」
シスターフッドの一人の言葉を遮る様に浦和ハナコが言い放った。言葉を遮られたシスターフッドの一人は凄く不愉快そうな顔をする。
「長距離狙撃が出来そうな生徒がマリンちゃんだけで、それっぽい場所に空薬莢と黒い羽根が落ちていたんですか?
たったそれだけでマリンちゃんを犯人にしようと言うのであれば浅ましいにも程がありますね。シスターフッドは経典を読むよりも真面目に刑事ドラマを見るべきです」
露骨かつ、明らかなシスターフッドへの侮辱であった。
「証拠を集めてください。被害者に突き刺さった弾丸。杜撰な犯行現場に残された空薬莢と羽根。そしてマリンちゃんが使っている未使用の弾薬と使用済みの空薬莢も。それだけあればこの事件は解明出来ます。何より容疑者本人が居ないと始まりません」
「宜しいですね、赤薔薇の君の方。このまま堂々巡りの口論を続けていても話は終わりません」
浦和ハナコに助け船を出すように、シスターローズはそう言った。赤薔薇の君の方と呼ばれたシスターは不承不承と言った風ではあったが、頷いた。
数十分後、盤面は整えられた。証拠品の数々。容疑者の案藤マリン。そして…探偵の浦和ハナコが。
「ハナコ…」
手枷を付けられたまま連れてこられた案藤マリンは実に罪人の様な扱いだった。彼女はただただ困惑の表情を浮かべていた。
「マリンちゃん、暴行等は受けていませんか?」
「うん、訳も分からず手枷を付けられたぐらいで」
「そうですか…シスターフッドの方。マリンちゃんの手枷を外してあげて下さい」
「貴女にその様な権限があるとでも?」
刺々しい言葉に対して浦和ハナコは笑顔で答えた。
「真に犯人であるかも分からない少女を犯人扱いするとは随分とシスターフッドも落ちぶれた物ですね? 貴女達のしている事は魔女狩りと大差ありませんよ?
次は魔女裁判でもしてマリンちゃんを十字架に縛り付けて火炙りにでもしますか? その時私は喜んで貴女達に告発と言う名の引き金を引いて熱い弾丸を差し上げましょう♡」
ご尤もな言葉にタジタジの少女達は手枷の鍵を取り出すと案藤マリンの両手を拘束していた苦しげなそれを解放した。
手首を擦る少女に浦和ハナコはそっと近付くと、耳元で優しく囁いた。
「私がマリンちゃんに助けて頂いた様に、今度は私がマリンちゃんを助けたいと思います」
そう告げるとクルリとシスターフッドの面々に向き返った浦和ハナコは微笑みを崩さずに言葉を発した。
「それではパッチワーク以上に継ぎ接ぎだらけの嘘を暴いて見せましょう。証拠品を此方へ」
一人のシスターが小箱を持って浦和ハナコに近付いた。彼女は先ず二つの物品を取り出した。潰れた弾丸と、案藤マリンが常に使っている未使用の.303ライフル弾だった。
「さて。被害者の頭部を強かに殴ったこの弾とマリンちゃんの使っている弾。此れには大きな違いがあります。一つ。弾頭の種類がそもそもからして違う。
狙撃に使用された弾は先端部に鉛が露出しているソフトポイント弾。此れは狩猟等に良く使われる弾です。生物の身体にぶつかり、体内に侵入する際に変形する事で大きなダメージを与える物です。
対してマリンちゃんの用いている弾は鉛のコアを銅の皮膜で被ったフルメタルジャケット。この弾はその仕組みと形状から
空力的に狙撃に適していて貫通力に秀でる事が長所であり、同時に欠点でもあります。何故ならソフトポイント弾と比べ
着弾の際に変形し辛い事から生物に与えるダメージが少ないからです。では実際に狙撃に使われたこの弾を観察してみましょうか?」
浦和ハナコが窓から差し込む光に掲げるように手に持った証拠品の弾丸は、マッシュルームの様に潰れていた。
頑丈なキヴォトス人である事に感謝するしかない。これが体内に入り込めば痛い所では済まないだろうから。
「この様な潰れ方はソフトポイント弾やそれに類する弾、例えばホローポイント弾やジャケッテドホローポイント弾等に見られる特徴です。フルメタルジャケット弾ではこうはいきません。そして何より…」
浦和ハナコは弾頭の原型が残っているお尻の側をジッと見た。そして頷く。
「弾に刻まれたライフリングの数が普通の銃とは違いますね。8条でしょうか? 競技用のライフルの銃身等に見掛けられるライフリングですね。対してマリンちゃんの使用しているライフルはその数が5条でしたね」
「犯行の為に銃を持ち変えたと言う線は無いのか!」
「犯行を撹乱する為に態々銃を持ち変えるのはマリンちゃんにとっては無駄な行為でしょう。前提条件として彼女はそんな事をする必要も無ければするつもりもありません。
彼女は"パニッシャー"。暴行や苛めの制裁の際には罪人の前に必ず顔を見せます。何れ程長距離からの狙撃でも。ですよね? マリンちゃん」
「うん。撃った相手が逃げ出さない様に手足を縛らないといけない。例え相手が同じシスターフッドでも、それが上級生でも」
浦和ハナコの証拠品を前にした推理はまだまだ続いた。
「さてさて。次に取り出しますは推定犯行現場に転がっていた空薬莢と、マリンちゃんの使っている弾丸の空薬莢。ご覧下さい。マリンちゃんの薬莢は口の周りが焦げています。
此れは正確な狙撃を行う為に、より速い弾丸の初速を求めた結果、高カロリーな火薬を利用している事を意味しています。彼女は狙撃の為にこの様な弾丸を普段から用いている訳ですね。
恐らく犯人は其処まで考えが至らなかったのでしょう。マリンちゃんが其れ程迄に常日頃から狙撃に注力していると言う事に。
そもそも、銃社会のキヴォトスで他人の銃を装って犯行を為そうと言うのがドロドロに煮詰めたキャラメルの様に甘くて浅ましい考えですが」
浦和ハナコは小箱の中に証拠品を戻し、新しく一つを取り上げた。
「ライフリングの痕跡も使っている弾丸も、ヴァルキューレの捜査部に提出すれば一発で分かります。そしてこの謎の黒い羽根も遺伝子検査をすれば真偽の程など簡単に分かりますが…」
推定犯行現場に空薬莢と共に残されていたとされる一枚の黒い羽根。それを窓から差し込む光に翳しながら、ジッと観察する。そして浦和ハナコは溜め息を吐いた。
「犯人の浅ましさに呆れる他ありません。余りにも杜撰ですね、絵の具か何かで黒く染めた羽根です。
犯人はどうやら見せ掛けの証拠品をばら蒔いて、マリンちゃんに対する大きな印象操作を計る事でこの犯行をコントロールしようとしたのでしょう」
浦和ハナコは黒い羽根を小箱に返すと「さて」と言いながら手を叩いた。パチンと乾いた音が礼拝堂の冷たい空気に木霊する。
「犯人はどの様にして狙撃を成し遂げ、《銃を抱えて見付からずに》その場を立ち去る事が出来たのか?
安易に隠して持ち運べる拳銃程度のスペックでは頭部への的確な狙撃は適いません。余程のプロフェッショナルだったとしても。
然し銃身の長いライフルを持ち運ぶとも成れば見付かったら犯人である事がバレて大騒ぎ。オマケにライフル弾の銃声はとても大きいです。
素人でも当てられる距離から撃てば狙撃ポイントがあっさりとバレるぐらいに。ならば如何するべきか?
犯行を成功させる為のアタッチメントが取り付けられ、かつ安易に分解可能な競技用銃を用いるのが妥当でしょう。弾に残された8条のライフリングからもその可能性が高いです。
分解出来る部品は銃身にフレーム、コンパクトなショルダーストックに残るは狙撃を成功させる為のショートスコープと本当の犯行現場を不明瞭にする為のサイレンサー。足首まで隠せるロングスカートの制服でしたら服の下に隠すのも安易な筈」
浦和ハナコはそう言うと周囲に居るシスターを見渡した。その中には少なくない数の、ロングスカートの修道服を着た少女達が居た。
「だが、仮にそうだとして肝心の凶器が見付からない限りシスターマリンの潔白は」
「出来ますよ。他でもないマリンちゃん自身の能力で♡」
シスターの一人が口にした言葉に、浦和ハナコは余裕たっぷりにそう呟いた。そして友人へとゆっくり近付き、こう問うた。
「マリンちゃん、失せ物探しの能力、使えますよね?」
「ぁ…うん」
「想像してください。単発式の競技銃。それが部品ごとに分解されて目立たない箱や大きな壺の中にでも隠されているのを」
そう囁かれながら案藤マリンは目を瞑り、こめかみに指を当てて意識を集中させる。十秒か其処らが経った時だった。目蓋の裏にヴィジョンが映った。彼女は言った。「見えた」と。
「地下の物置。部屋の隅の群青色の壺の中」
その言葉を聞いた上級生は直ぐ様地下の物置へと下級生を走らせた。
「浦和ハナコ。貴女の証拠品を元にした推理は恐らくは間違いないでしょう。ですが銃に付いている本当の犯人の指紋がもしも拭き取られていたら?」
「恐らく簡単には拭き取れないでしょう。拭いていたとしても犯人は凶器を隠すのに必死になって慌てているでしょうから、全ては拭き取れない筈。
何かしらの手袋をしていて、例え犯人の指紋が検出されなかったとしても、銃の入手経路が解れば自然と購入者である犯人も分かります」
その時不意に何かしらの言い争いの様な、叫び声の様な物が地下へと続く入り口から聞こえた。
「散々杜撰な犯行である事を述べて犯人を煽りましたからね。恐らくは最後の一声で凶器の隠蔽の為に地下へと戻ってしまったのでしょう。再び隠した所でマリンちゃんの失せ物探しの能力で見付かると言うのに」
やるべき仕事はやりきったとばかりに背伸びをした浦和ハナコは案藤マリンに手を差し伸べてこう言った。
「さぁマリンちゃん。こんな息苦しい所から抜け出してお茶の時間と洒落こみましょう?」
「待て、まだシスターマリンの虚偽は晴れてない。凶器を取りに行ったのは犯人のシスターマリンを庇おうとする第三者かも知れない」
その言葉を聞いて浦和ハナコは心底軽蔑した、冷たい視線でシスターフッドの上級生を見詰めると、小さく溜め息をついた。
「シスターフッドとは随分と自分に都合の良い様に事を進めたがる組織なのですね? 態々普段使いの物とは別の銃と弾を用意してまでコソコソ隠れて狙撃をする動機が無いマリンちゃんをまだ犯人扱いとは。
ええ、ええ、良いでしょう。貴女達がそんなにも愚かな存在だと言うのならば、私にも考えがあります。此処に私が何時も持ち歩いているオーディオレコーダーがあります」
そう言うと浦和ハナコはスカートのポケットから黒いオーディオレコーダーを取り出し、口元に運ぶとクスクスと笑った。
「何故持ち歩いているのか、ですって? ただの淑女の嗜みですよ? 気持ち良くも無いのに意地悪されたくはありませんからね♡
コレには私が此方にお邪魔してからの会話がバッチリ録音されていますし、以前シスターフッドの偉い人に強引にシスターフッドに参加する様に迫られた時の会話も入っています。
これを校内放送で流したら、世間的には清廉の印象で通っているシスターフッドは如何成ってしまうのでしょうね?
何よりマリンさんにはこれまで積み上げてきた人徳があります。陰湿な苛めから助けて貰った子や、大切な物を取り返して貰った子、そう言った子はこの学園で少なくありません。彼女達からの反発も実に大きいでしょうね?」
「我々に対する脅迫ですか…!」
「脅迫だなんて楽しくもない。真実を公開するだけですよ。異論はありませんか? 嗚呼そうだ。私を取り押さえてこのレコーダーを取り上げても意味はないですよ? 何時だってバックアップは取ってありますので。今この瞬間も」
浦和ハナコがそう宣言すると、シスターローズが上級生の前に出た。
「推理ドラマも大詰めかと思います。これ以上無意味にシスターマリンを拘束する意味も無いかと」
「…くっ!」
「それじゃぁマリンちゃん。荷物を持って出掛けましょう。気になってる喫茶店があるんです♪」
キヴォトス1の灰色の脳細胞を持つ少女は、そう言うと友人の手を引いてその場を立ち去っていった。
オレンジ色の夕方。
トリニティでは珍しい少しポップな雰囲気の漂う喫茶店で浦和ハナコは自己嫌悪の溜め息を漏らしていた。自分に対して恨みがましくテーブルにのの字を書いている。
友人を救う為とは言え、事件の最後には自分が最も嫌う陰湿な手段を取ってしまった事に対する自己批判で
彼女のメンタルはサファイアも吃驚の真っ青である。そんな浦和ハナコに対して案藤マリンはこう言葉を掛けた。
「ねぇハナコ。これは私の持論なのだけども…加害者から被害者を救い出すには、時として加害者に攻撃を加えなくてはならない事もある。
戦争を仕掛けられた国の軍人が、国民を守る為に銃を取るように。目には目を、歯には歯を。ハナコはただ、己の正義に従っただけだよ」
案藤マリンはそう言うと上半身をせり出して対面に座る浦和ハナコの頬にキスをした。
「勇敢な探偵に感謝のキスを」
照れ臭そうにそう言う友人を見て元気を取り戻した浦和ハナコは自分もまた照れ臭そうにはにかむと、手元にあったクッキーを摘まみ上げて「あーん」と案藤マリンに食べさせるのであった。
───陽が落ちてとっぷりと暗くなる頃───
静まり返った大聖堂の一角、とある執務室でシスターローズとシスターサクラコが静かに紅茶を啜っていた。
「シスターローズ、正直な事を申しますと貴女はてっきりシスターマリンを排除する側かと思っていました。
普段からあの子に対してお説教を漏らして居ましたからね。ですが、いの一番にあの子を保護したのは貴女だと聞いて私は少し驚きましたよ?」
シスターサクラコの言葉を聞いて、ゆっくりと紅茶を啜っていたシスターローズはコップから顔を上げて
ホゥ…と湯気混じりの吐息を吐いた。その吐息は冷たい空気に瞬く間に霧散していった。
何を隠そう。今回の《魔女狩り》で誰よりも先に案藤マリンに救いの手を差し伸べたのはシスターローズであった。
騒ぎを嗅ぎ付けた彼女は個室の鍵を取ると案藤マリンの元へ駆け付け、彼女が居る部屋を閉じる事で無用な暴力から彼女を守ったのだ。
「お言葉ですがシスターサクラコ。私はあの子の少々粗暴な身の振る舞いを正して貰いたいだけであって、彼女をシスターフッドから閉め出したい訳ではありません」
シスターローズはやれやれとばかりに眼鏡を持ち上げ、執務机の引き出しを開けると執務のお供に備蓄しているクッキーを取り出し、一枚をシスターサクラコに差し出すと自分もまた一枚食べた。
「彼女の苛めっ子に対する制裁はシスターとしては喜ばしくない事も良い所ですが、彼女の行動が多くの生徒の心を救っているのも事実として受け止めています。
それに今回の騒動、私は最初から彼女が蛮行を為したとは思っていませんでしたから…思えばシスターサクラコ、貴女も何時の間に監視の生徒を地下の物置に配置していたのですか?」
「あれはハナコさんの入れ知恵ですよ。私の考えではありません」
シスターサクラコが正直にそう白状すれば、シスターローズは「そうですか」と呟いた。そして徐に二枚目のクッキーに手を伸ばした。
「改めて今回の事件は、シスターマリンのブレの無い普段の行動が全てを紐解く答えになっていましたね…
"パニッシャー"…良くも悪くも。その在り方を悪用され、しかし浦和ハナコの手助けを貰いながらも、疑いを見事にひっくり返した」
「…シスターフッドの組織体制を変えなくてはいけない時季なのかもしれませんね、シスターローズ」
斯くして、案藤マリンのシスターフッドからの追放とそれに乗じた白薔薇の君と呼ばれるファミリーの失脚を狙った陰謀は、浦和ハナコの手によって見事に解決されたのであった。
────第八話。探偵。