男子校。
それは人生における人格形成の3年間、もしくは6年間という最も大切な時期を。
世界に存在する40億人の女性の一切を排除し、閉ざされた場所に収容するという狂気の試みである。
そのような異常な環境に適応する中で、男子校の生徒は、もれなく全員とんでもないアホになる。
迸る緊張感。
こんな緊張感は3日前部長が等身大のラブドールを背負って部室に持ってきた時以来だ。
チラリと顔を前に向けると相対する安田は生えかけの一番見ていられない坊主頭を掻きむしり、顔を俯かせた。
しかし瞳を見れば、闘志はまだ消えていないことが分かる。
俺たちの周りを囲うように座る男達は、最大風速の見世物になるであろうこの一時をみな一様にニヤニヤと眺めている。
「おい、もう5時間目も折り返しだ。後の事考えたら時間ギリギリだろ。さっさと始めてくれよ」
「黙れよ、ニパ村*1。もう勝者気分か?さっきまで糞漏らす寸前みたいな顔してやがったくせに」
「あーあー、敗者の言葉は聞こえねえなあ」
俺に言葉を投げかけたニパ村のいけしゃあしゃあとした面を思わず引っぱたいてしまいそうになる。
しかし、この戦いに勝利するためのノイズを自ら増やすのは愚策だ。
グッと堪え、視線を前に直す。
安田も覚悟が決まったようだ。
漢と漢の真剣勝負。
俺の、ありったけを。
「「全裸ジャンケン、じゃんけんポン!」」
私立DK学園。中高一貫男子校である。
俺、足立進はこの学校の中学二年生だ。
1年前の今頃は、上級生の異様な上裸率に嫌気がさしていたが、すっかり自分もその仲間入りを果たした。
そして最近俺は、あることにも気付いた。
「あれ、学校生活信じられないぐらい暇じゃね?」という事に。
そう、そうなのだ。何せ普通の中学生に存在するはずの高校受験は存在しない。次の目標となるであろう大学受験は4年以上先。
その退屈を癒してくれるであろう部活も文化部に入ってしまった以上形無しだ。もちろん恋愛なんてものは視野にすら入ることはない。
恐ろしいことに普通の学校生活には適度に存在するはずのメリハリが一切存在しないのだ。
そして、上級生が一見してもじっくり観察しても同じ人間とは思えないアホ丸出しな行動を取り続けている理由も明確になった。ただ単に彼らは退屈の中でもがき苦しんでいるだけだったのだ。
3日前電車通学のはずの部長が等身大のラブドールを背負って運んできたのだって…ん?
…まあとにかく我々は退屈なのだ。
だからこそ、5時間目が急遽自習になったら、全裸ジャンケン。~校庭一周編~を開催してしまうのも仕方のないこと。
「お!きたぞ!」
「ハハハ!」
汚い校舎の窓縁から何人もの男達が身を乗り出し、校庭に現れた全裸の男を指さす。
そう、俺はスレスレでジャンケンに勝利し、汚いケツを晒しながら汚い男達に笑い者にされる運命を回避した。
恐らく体育教師ゴリの誕生日にTENGAチョコレートをプレゼントしたのが功を奏したのだろう。
過去の自分の善行に感謝しながら、余裕をもって安村の汚いケツを眺める。
最初はそろりそろりと堅実に身を隠しながら前に進んでいたが、しばらくすると全裸の安田もオーディエンスの俺達を意識したのか、動きを派手にして走り始めた。
「安田って全裸校庭一周界隈では一番腕を振って走ってるよな」
「さすがパワー系」
「しょんべんもズボン丸ごとおろしてフルケツだよなあいつ」
「0か100しかないんだろ」
適当なことを話していると、リスクを冒し走った甲斐もあってか安田はあっという間に校庭一周の折り返し入った。
だが、この先が勝負ともいえる。
なぜならここから俺達中学校の校舎を正面に一直線を走りきる必要があるからだ。当然危険度は高まる。
「安田の奴、止まった…?」
「安田、止まるな!」
安田が突如として足を止めたのだ。
とにかくあそこで止まるのはマズイ。5時間目の終了まで10分とタイムリミットギリギリだ。
あちらから2階の窓縁はギリギリ視認できるだろう。そう思い俺達は窓縁から声を出さずにジェスチャーで早く帰るように伝える。
すると安田はニヤリと笑いサムスアップ。奴は更なる賭けに打って出た。
「おいおい!」
「安田マジか」
クライマックスとばかりに股間を隠すことをやめ、全速力でこちらへと走ってきたのだ。
足を止めたのはただ呼吸を整えるために過ぎない。
守りを捨て攻め一本に身を預ける姿勢はまさに漢だった。
「汚いフォレストガンプだなあ」
「何でアイツあんなまっすぐな瞳ができるんだ」
ひどい言われようだが見るに堪えないのも事実だ。特に下半身が。
まああの調子なら後1分もすれば帰ってくるだろう。
そう思いせめて教室に戻ってやすいように扉を開けておこうと俺は校庭から視線を外した。
「お、おい!ゴリだ!」
「まっずッッ!」
想定外。
良くない、非常に。
ゴリが颯爽と現れ校庭へと走っていくのが見える。
体育教師ゴリ。
男子校の教師なんて大半が暴力教師だがコイツはとびきりだ。
柔道部の顧問を務め、ありえない肩幅と筋肉で容赦なく生徒を制圧するこの男は学校の治安維持を一手に担っていてる。
「安田まだ気づいてないぞおい」
「逃げろ安田!」
ゴリは安田に気付いているに違いない。
校庭にいる全裸の男に向けての迷いない走りだった。
安田もすぐに方向転換し高校校舎の方向へと逃げだしていたが、捕まるのは時間の問題。
「ありゃダメだな…」
「かわいそうな安田」
俺達はお互い残念そうな顔をしながらも、もう見切りをつけ始めていた、他人事なので。
こうなってしまった以上この事態を最大限楽しむしかない。
心の中で黙禱を済ませた俺達は、俺が双眼鏡を持って状況を追っているある男の肩をたたく。
「ハカセ、ゴリ何て言ってるか分かるか?」
「あー…ウン、いいでゲロ。あーじゃなくて、いいでバロス。」
分厚い厚底メガネをしている童顔の男。
英単語を英辞書の一ページ目から全て暗記していたり、校舎裏のゴミだけでなぜかルンバのようなナニカの作成に成功したりなど、とにかく頭が良さそうなのでハカセと呼ばれている。
最近は自分にふさわしい語尾を見つけるべく毎日語尾を変えており、今日はバロスらしい。
「えーっと、『おい!そこの全裸で校庭を爆走するバカ!止まれ!!!待たんか!!!』…やっぱバレているバロス。」
彼は読唇術が使える。俺達は実況を確保することに成功したのだ。
「巨漢のゴリが、全裸の安田を追いかけてるの…ワハハ!」
「ちょっと絵面が面白過ぎるか」
必死の形相で逃げる安田に凄まじい勢いで距離を詰めるゴリを眺める。
…というか、教師は大変だなあ。
40も半ばで校庭を全裸で走り回る男を捕まえる人生だなんて…。
「…かわいそう。」
「足立くん、ほんと気持ち悪いバロスねえ。」
俺の考えていることが大体想像がついたであろうハカセからの辛辣な一言。
慈愛の心をもし数値化することができたなら、少なくとも3.5キアヌ・リーヴス*2に相当するであろう俺としては不本意だが。
反論したところで言葉の応酬でハカセに勝てるわけがないので視界を戻す。
「あー、捕まったな」
「安田どうせ俺らの事ゲロるから今のうちに口裏合わせとこうぜ」
「ハカセ、安田が何話してるか共有してくれ」
「いいでバロス~」
あっという間に捕まってしまった安田。
その光景を尻目に俺達は対策を練り始める。
「えーっと…」
『お前は…2-Dの安田だな!近隣の方々に見られたらどうするんだ!ただでさえDK学園は白い目で見られているんだぞ!』
『ち、違うんです先生!』
『な、に、が!違うだ!全裸で校庭を爆走するバカ!!!』
容赦ないゴリのビンタで思い切り吹き飛ぶ安田。
体罰が厳しく制限されようとしている現代で炸裂したビンタに俺達は笑い転げる。
『あの、僕、いじめられてるんです…』
『…何?』
あ、あーー、まずい。
『僕、クラスのみんなにいじめられてて、全裸で校庭走って来いって…』
『なんだと?』
安田が俺達を指さす。
教室の窓から覗いている俺達を、指さした。
「散れ!散れ!逃げろ!」
俺達は急いで散って逃げる。
ゴリが校舎に走ってくる。
一瞬にして勝者となった全裸の安田はニヤつきながら股間を隠しヒョコヒョコと校舎へ歩みを進めた。