【共通導入部分】
シンジは玄関先の郵便受けから戻るなり言った。
「アスカ……第壱中の同窓会のお知らせのハガキが来ていたよ」
【惣流編】
「ふーん見せてみなさい。あら、ヒカリが幹事なのね。元気にしてるかしら」
「……」
シンジはハガキを渡してからも、しばらく言い出しにくそうにしていた。
「どうしたの、シンジ」
「あの……その……やっぱり行く?」
「ハァ? みんなとは久し振りだし……この日程なら他に予定もないし、そりゃ行くに決まってるじゃない」
「無理に出なくても良いんじゃないかな」
シンジは心細そうな顔をしている。アスカは何かにピンと来たように口の端を緩めた。
「ははぁん、あんた友達少ないから行くのイヤなんだ」
「そ、そんなんじゃないよ」
「きっと鈴原や相田だって来るわよ」
もちろん、鈴原トウジたちが出席すると予め分かっているなら喜んで出席する。しかし今のシンジにはそれを確認するための彼らの連絡先は失われていた。
幹事の洞木ヒカリに折り返し訊ねれば分かるのだろうが、彼女とも連絡が途絶えて久しい今、それも何だか気重だった。
「連中が来なかったら、あたしと話していればいいじゃない」
アスカはそんなに心配しなさんな、とばかりにシンジの肩をポンポンと叩いたが、シンジは彼女の提案に顔をしかめた。
「えー、アスカと話すの……」
「まあ、同窓会に来てまで自分の女房としか話せないなんて超ウケるけど。中学時代の友達が自分の嫁しかいないんかい!ってね」
「そうやってからかわれるのがイヤなんだよ、アスカに」
別に他の誰にからかわれてもかまわないが、アスカにからかわれると、家庭内での立場がますます弱くなりそうでシンジとしてはいささか困るのだった。
「でも別にいいじゃない。嫁でも同級生は同級生なんだからさ。同窓会で旧交を温めようよ」
「……毎日毎晩一緒にいる人と《旧交》は温められないよ」
「ぷぷぷ。同窓会であたししか話し相手がいないシンジ。絶対ウケるわ。よし必ず行こう。約束だからね」
小指を立てて指切りげんまんのためにシンジの前に突き出す。シンジは仕方なく指切りしたが、ひんやりとしたアスカの小指の感触がいやに照れくさくて恥ずかしかった。
──変なの、僕の奥さんなのに。
もう新婚ホヤホヤと言うわけでもないのになぜかどぎまぎしてしまうシンジだった。
「もう。すぐ意地悪するんだから」
軽く溜め息をついて見せると、アスカは少し真面目な顔になっていた。
「でも、あたしたちが一緒になったところ、ちゃんと同級生に見せたらいいのよ。あたしやあんたのこと、実はみんな心配してくれてた。サード・インパクト後に沢山連絡もらってたよ」
シンジとは異なり、アスカは旧友たちとの連絡手段を絶やさなかったらしい。
「だからちゃんと幸せになれたと見せてあげて。……それにちったあ、あんたも自慢したらいいのよ」
アスカはシンジの鼻の頭を軽くちょんと指先で弾く。
「自慢?」
「そ。自慢の恋女房でしょ。あたしに毎晩えっちなことが出来るだんな様」
今度こそシンジは真っ赤になった。
「ゆうべもいっぱい抱かれたから、腰の辺りが何か充実している感じがするのよねー。タンパク質補給の効果かしら」
しっかりとくびれた、しかし細いというよりはむしろ豊かな腰に手を当てて、背中を見返りながらアスカは述懐する。
「僕は毎晩大変なんだけど……」
男の苦労も少しは察してほしいとばかりにそう言ったら、冷たくあしらわれた。
「あんた、夕べは別に何もしてないじゃないの。あたしの下で気持ち良くなってただけでしょ」
「うぐ……そんな言い方。上でしたがったのはアスカなのに」
だから体位のことで、毎晩口論が絶えないんだ。こうやってお互いに納得したのに、後からバカにされるから。僕だってたまには男らしいところを見せたいのに、なかなかその場の雰囲気や勢いもあって、思い通りにはさせてくれない。
「ハイハイ、あたしのせい。あたしのせい。シンちゃんはちっとも悪くないでちゅねー」
赤ちゃん言葉で煽られて、さらにシンジはしょげかえったが、アスカはそれを眺めて、表情を改めて言った。
「……だけど、そんなことぐらいでしかあんたと喧嘩をしない日々はあたしにとっては夢のようなものなの。そのことにはシンジは自信を持ちなさい」
「……うん」
シンジもアスカの真剣さに応えるように思わず背筋を伸ばした。
「女房に主導権を握られてる情けな~い夜のことはともかく、他のことでならたっぷり自慢しなさいよ。私が許す」
中学生の時にアスカは確かにモテモテだった。あの頃も美少女として有名だったが、今のアスカは益々美しい。だから当然自慢にはなるだろうが、素直に同窓会でそんなことをしたら……。
「下駄箱の恋文の主たちから恨まれそう……」
アスカが踏みつけにしていたラブレターの山を思い出しながら、シンジはニコニコと微笑む妻の前で冷や汗を拭うのだった。
【式波編】
「ふーん」
「ふーんって、あんまり興味ない?」
覚めた反応をある程度は予期していたが、シンジの見るところ、アスカの反応はそれ以上のようだった。
「それに出ると何か良いことあるの」
「いや懐かしいし、アスカもきっと楽しいよ。洞木さんが幹事みたいだし」
「へー。……でも行かない」
「ど、どうして」
「だって会話する相手いないもの。気まずい半日になるからイヤ」
第壱中に通っていた時もアスカは周囲の生徒に心を閉ざしていた。だからその気持ちは、自身も社交的とはいえないシンジにはよく分かるのだが。
「アスカ、洞木さんとは仲良かったんじゃ?」
「あの子、みんなに面度見がいいのよ。それに幹事なら忙しくてそんなにあたしの相手ばかりはしてられないわよ。まだ小さい子供の世話だってあるんだし」
ヒカリにはまだ学齢期前のツバメという娘がいる。小学校も再建されていると聞いたから、あと数年もすれば元気に毎日学校に通うことだろう。夫も同窓会には出るのだろうから、どこかに預ける伝手が無ければ、同窓会にも子連れで参加だろう。
「手持ち無沙汰の時は僕と話してればいいよ」
「勘弁して。なんで同窓会で亭主としか話ができないぼっち女みたいに見られなくちゃいけないのよ、晒し者じゃないの」
アスカは、シンジ以上に人見知りだし、円滑な他者とのコミュニケーション能力にも欠けている。
「アスカはそういう体裁は気にするよね……」
「社会性欠けてて悪かったわね。でも欠けてるからよくない所をあえて他人に見せたくはないんじゃない。そういう気持ちが分からないのはやっぱりガキね」
他人に、という箇所をアスカは妙に強調した。
「そう言われると、申し訳ないな。無理に連れ出すつもりは無いんだよ。でも友達とか増えるキッカケになればって」
「シンジの気持ちは嬉しいけど、あたしは今さら同窓会とかはいいや。シンジにもう誤解とかされたくないし」
アスカはかつての級友たちとシンジの知らない間に交流を持ち、そのことで色々と拗れたことに言及した。
「あの時は──、色々とごめん」
自分が嫉妬のあまり、アスカとの対話の窓口さえ閉ざしていたことをシンジは改めて反省する。
「いいのよ、あんたにはその資格がある──あたしに焼き餅を妬いてもいいのはあんただけだから」
アスカはシンジを気遣うようにそっと見て、それから直ぐに話を切り替えた。
「それに村の復興も途上でしょ? あたしたちが行ったら却って気を使わせるわよ」
未だに乏しい物資の中で歓待の準備やら何やらのやりくり、お人好しの彼らのことだからおおいに張り切ってしまうことだろう。
そうしたら同窓会ではなく、アスカとシンジの歓迎会になってしまいそうだ。
それにまだ中学生+α、せいぜい年若い高校生の外見のままのアスカとシンジが同窓会というのも、皆が事情を知っているとはいえ気まずさの原因にならないとは言えなかった。
「断りの返事だけはする?」
「それも要らないわよ。……あたしたちの住む世界は──時間は、もう彼らと隔たってしまった。こうして手紙が送られてくるのは、居場所が常にクレーディトに把握されてるからだけど、こちらからは積極的に接触しない方がいい。心配要らないわ……便りの無いのは良い便りってね。分かってくれるわよ」
眉をひそめて気遣わしげにするシンジの肩にそっと手を置きながら、アスカは首を左右に振った。
「それより二人で旅行にでも行こうよ。ずっと待たされたんだから、二人の時間が大切」
「アスカがそう言うならそうしようか。僕らだけでも同窓会にはなるしね」
「十四年ぶりだものね」
シンジが眠っていた長い年月。アスカが待ち続けた同じ年月。二人の時間がようやく一つに重なったのだ。
「あ、でも僕らのなりだとどういう口実で泊まればいいのかな」
「あ、そうね……やっぱり同室が良いものね」
今住んでいる家はヴィレから特別に提供されたものだから、子供のままのなりでも、契約が出来ているが、宿泊となるとそうも行かないだろうか。同室はおろか、別室でさえ宿泊は難しいかも知れない。
「夫婦と認めてもらうにはちょっとだけ若すぎるかな」
「夫婦がやることは毎晩やっているのにね」
アスカが目許を艶っぽく染めて、そう混ぜっ返し肩をすくめた。復興が進むということは、社会のルールも戻ってくるということで、規格外のアスカとシンジにはとかくやりにくいこともある。
「……アスカ。やっぱり少し、し過ぎなんじゃないのかな、僕ら?」
「それはない。若いんだからあのぐらいはしていいのよ」
《仲良し》の回数が外見に反映されるようになればいいのに、そうしたら皆に夫婦だと認めてもらえるかもとアスカは言って、二人は顔を見合わせて笑った。
「まああと数年すれば、充分に夫婦で通るだろうけどね」
アスカの、《エヴァの呪縛》による成長停止はもう解けている。手足がしゅっと伸び、背丈、胸にも相応の女性らしい成長が見られるようにはなった。目覚めてからのシンジも同様だ。背がすごく伸びた。父ゲンドウも長身だったから遺伝だろう。とはいえ、他人にはまだまだ生徒と呼ばれる年齢にしか映らない。
戸籍上の実年齢を何らかの形で示せても、ニアサー混乱期を利用した
どうせヴィレによる、エヴァの元パイロットに対する保護という名の監視は今も続いている。である以上はホテルのフロントで揉めても、何とかなりそうなものだが、アスカはヴィレにはなるべく頼りたくなかった。
「とりあえずは大涌谷にでも行こうよ」
アスカは気軽に提案した。
ごく近場の、自然の景観が売りなだけに、行けば今でもやっている観光地の名前をあげた。人々も働いて、食って、生きていかねばならず、観光地にもぼそぼそとだが、業者が戻りつつあるとも聞いている。
「当面は日帰りで行けるところに旅行するしかなさそうだね」
「そう……新婚旅行は再来年ぐらいかしらね」
「うん。それでいいよ。僕らにはこれから時間がずっとあるんだから」
「ずっとずっとね。二人だけで──」
シンジは青い瞳で見つめてくるアスカの手の上に、自分の手をそっと重ねた。