『卒業旅行』。その話し合いをしたのがかなり前だったような気がする。本格的な受験期間に入って学校が自由登校になると、3年生は随分と寂しい感じがした。いや、元々ここは通信制なので学校に行かない時間の方が多い気するが・・・・。不気味なほどに静かな食堂にて自動販売機の付近にゆくりちゃんが座っている。彼女はさっきから目の前のプリントと見続けてた。よほどの迷いを抱えていたのだろうか。卒業旅行のスケジュールを決めているとか、ましてや入試に備えて過去問を解いているからではない。そもそも私達の入試は推薦だったから、少し前にもう終わっていて、千歌ちゃんが悩んでいるのはもっぱら別の事情。私はゆくりちゃんの視線の先に目を落とす。
高校生活の忘れられない思い出は?
卒業アルバムを作成するため、と言われて配られたアンケート用紙には、そんな内容の質問が書かれてた。集計された結果は、アルバムのおまけページみたいな場所で掲載されるらしい。私は迷わず、『スクールアイドル』と記入して、他の質問も隅々まで書いて提出してしまった。しかし当の本人はというと、各々の質問にじっくり悩み抜いて回答していて、とうとうその質問のところで詰まってしまった。
「あの・・・・。そろそろ決めちゃって下さい?」
もう何度目か問いかけをしているが、ゆくりちゃんはずっとシャープペンシルを持ったままだ。こんなに真剣な顔をしているゆくりちゃんを、見た事なかった。普段は落ち着きのあって余裕の行動しているのに・・・・。
「もういいんじゃないですか、『スクールアイドル』で」
「うっ、うん」
「私もそう書きましたし」
「そうなんだけれど、うん。スクールアイドルなのは間違い無いんだけれど」
「けれど?」
「冷静に考えてみたらスクールアイドルっと、そう端的な事で片付いてしまって良いのかな・・・・。1口にスクールアイドルでもその中でいろんな出来事があってお互い切磋琢磨して、時には大きな壁もあったけれど何とかここまで来れた。あの瞬間があったから今の私達がいる」
スクールアイドルを始めて、特に2年前の、私達が1年生の頃の2年間は、本当に宝物だったと思う。
「はい、そうですね」
「スクールアイドルに巡り合えた事、スクールアイドルを見つめた事、メンバーと意見交換した事、配信ライブをした事、視聴者さんが好意的に見てくれた事、曲のテーマを工夫し合った事。多くの出来事を体験した。でも、1番苦労したのは練習場探す事だったかな・・・・」
ゆくりちゃんが今上げたものだけでなく、他にもたくさんの事があった。それこそ、数えられないくらい、選べないくらい、いろんな思い出が。ゆくりちゃんの気持ちは私も理解した。どんな“絵日記“が忘れられないかと聞かれたら私も答えに迷う気がする。
「でも提出期限もあるし、全部まとめてスクールアイドル!で片付いたほうがマシですよ?」
「それがダメな気がする。でも、その出来事をつぶしてしまう事になっちゃうし・・・・」
「その答えは?」
はははは、とゆくりちゃんが弾けるように笑った。ゆくりちゃんが笑顔を見せたのは久しぶりだった。それを見て私もつられて笑った。こうなってしまうと、本人が納得するまで私はもう待つことしか出来ない。それは分かっている。ここまで真剣なのかと感じる半分、悩み続ける一面が愛おしいと思う半分、みたいな、自分でもよく分からない感情で納得してしまう。
「少しローラちゃんに相談して良い?」
「良いですよ」
おもむろにゆくりちゃんがパソコンを取り出し、ビデオ通話の準備をした。それから交信し、つながった。
「ハロー♥久しぶり、ゆくりっ★急に私に連絡してどうしたの?」
ローラちゃんの声が聴こえた。去年卒業して、今は美容の専門学校に通っている。
「実はさ、躓いているアンケートがあって。『高校生活の忘れられない思い出』って事だけれど・・・・」
ゆくりちゃんがプリントを画面の向こう側にいるローラちゃんに見せる。
「あははっ!なぁ~んだ。そんな事で悩んでいたの?もうゆくりのそういう一面、私キュンって感じちゃう♥」
「わっ、笑わないでよっ!もうこんな事3日前から悩んでいるんだから・・・・」
笑うローラちゃんに、顔を少し赤らめて荒げるゆくりちゃん。
「ゆくりって本当に面白いわね。まるで、書物を真面目に見ているパパみたい」
「ひどいよローラちゃんっ!」
「ふふっ」
こうしたやり取りに思わず苦笑いする。でも、こんな通話も悪くない。慌てるゆくりちゃんの話に面白がって付き合うローラちゃん。それを私は見つめる。私達の3人の関係を表しているようで、たとえおばあちゃんになってもこういう関係性を保ちたい。
「まぁ、事情は分かったよ。思い出はたくさんあるから・・・・。でも、そういうの自然と体に身に付けていくものじゃない?良いのと悪いのとで。文字で表すより体と向き合った方が、その答えが見つかるのかもしれないわ。そうしたら、それが分かって来るかもよ?」
ローラちゃんの言葉に、ゆくりちゃんの表情が閃くような顔をしている気がした。でもローラちゃんは特に気にしていない様子だ。次の瞬間には、ゆくりちゃんが少し笑みを浮かべた。
「分かった。アドバイスありがとう」
「うんっ、残された時間ハッピーな日々を過ごしてね!」
2人は本当に仲がいい。まるで親戚同士のようだ。
「真緑にもよろしく伝えて?『ハッピーはBAKUHATSUだ』ってね★」
「そんな格言今作ったでしょ・・・・。まぁ、久しぶりにローラちゃんと話せて安心した」
こんなやり取りはしばらく続いた。時間も忘れる位に。
それじゃあ、と言ってローラちゃんは通話を終了した。その後ゆくりちゃんもパソコンを閉じ、かばんにしまった。いつの間にか食堂に残っているのは私達だけだった。
「あっ、そうだ。今日私の家に泊まりに来てよ、真緑ちゃん!色々一緒に思い出話していたら重要なヒント見つかるかもしれないし」
「おっ、お泊りですか?」
ゆくりちゃんの唐突した発案に、私は戸惑った。
「そうですね・・・・。私は構いません。構いませんが、急に行ってご迷惑にならないですか?突然の訪問にゆくりさんのご家族の方が驚きを隠せないですし」
「迷惑じゃないよ!私の両親も歓迎してくれると思うよ。それに・・・・。卒業しちゃったら、もうお泊まりする時間が作れなくなってしまうし」
ゆくりちゃんが申し訳なさそうな表情をしながら上目使いした。こうなってしまっては、私の答えに、もう迷いは無かった。
「分かりました。よろしくお願いします。とりあえず書けない所は飛ばして、書けそうな所はしっかり書くと言う方向性で」
「分かった。ありがとう!」
夕焼けが食堂の窓から差し込んで、室内が朱色のフィルターがかかったみたいになるまで学校にいた。帰宅の準備をし、私達は誰もいない食堂を後にした。静かな場所でゆっくり過ごした時間も悪くない気がした。
ゆくりちゃんが真緑ちゃんにお泊りを誘うとは王子様みたいですね!みどゆくの卒業物語は続きますよ。