時間は穏やかに、いや、おっとりゆっくりと過ぎ去りつつあった。急なお泊まりだった。でもゆくりちゃんの家族は歓迎してくれてご飯をご馳走になって、ゆくりちゃんと一緒にお風呂入って。学校とは違う安らぎを改めて感じた。部屋に戻ると、ゆくりちゃんがアルバムを開いて眺めていた。スクールアイドル活動をまとめたアルバムだった。
「懐かしいですね」
ゆくりちゃんの隣に並んで、私も一緒にアルバムを覗き込むと、ゆくりちゃんは「そうだね」と返事をした。
「真緑ちゃんも初々しいね。私も人の事と言えないけれどさ、ははっ・・・・。あの時は緊張したよね」
「私もですよ」
「私も始めはとまどっていたけれど、配信や動画の事を勉強していく内に、だんだんとさ。体に染み渡っていた。真緑ちゃんは身だしなみ若干整っていなかったよね・・・・」
「ちょっと浮かれてしまって・・・・。あはは」
「あっ、これお疲れ様パーティーした時の!浅草で集合して私達焼肉食べに行ったよね」
「あの発案、ポルカさんでしたよね。環境に悪いんじゃないかって心配してましたが、案外楽しかったです」
「私も楽しかった。あと、真緑ちゃんが焼肉を頬張っているとこ♪ハムスターみたいで可愛かったなぁ~・・・・」
「ちょっ、忘れて下さいよ、あれはぁ~!」
「あははははっ!!」
「ゆくりちゃんったらもうっ・・・・!」
アルバムを眺めていると、懐かしさと、その時の気持ちがまるで昨日のことのように思い出せた。いつまでも眺めて、思い出しては話し続けられる気がする。とてもとても濃密な時間だった。
「多くの出来事ありましたね」
「うん」
続きをみようと、アルバムのページを捲ろうとしたら、ゆくりちゃんの手が私の手に重なって、ページを捲るのを制止する。
「ありがとう真緑ちゃん」
ゆくりちゃんが突然呟いて私の方を向くと、そのままアルバムを閉じてしまった。
「何書くか決まりましたか?」
「まだだけどさ、でも後は自分で決められそうな気がするから。だから安心して」
「良かったです・・・・」
それ以上必要ないと、言葉にしなくてもお互いわかっている。なぜなら切磋琢磨してきた仲なのだから。
「そろそろ寝ようか」
「はい」
アルバムを片付けて、1つのベッドに一緒に入る。ゆくりちゃんの部屋のシングルベッドは、2人で並ぶと決して狭くはないけど、不思議と窮屈さを感じない。それが私は好きだった。電気を消すと、街灯もあるこの地域では、部屋は真っ暗といった感じがしなかった。月明かり差し込んでいないが、少しの光で目が慣れている今は僅かに見えるくらいだ。沈黙が訪れて、2人の呼吸音だけがかすかに聞こえるくらいだった。どれくらい経っただろうか、意識が微睡んできて眠りに落ちる寸前だった気がする。その時だった。
「真緑ちゃん」
ゆくりちゃんが小さく呟いて、微睡んだ意識が覚醒した。
「どうしたんですか?」
掠れた声で返事をすると、ゆくりちゃんは「ごめん、起こしちゃった」と呟く。電気を点けようかと手だけをベッドから出そうとするとそのままでいいよと制止された。
「眠れませんか?」
「ううん、ただちょっとだけもう少し話したくて」
「そうですか」
短く返事をして体の向きを変えるといつの間にか微かな光が差し込んで、ゆくりちゃんの表情が見えた。そのまっすぐ目が私を捉えている。何か言いたげな瞳をしていた。私達の間に距離はない。少し顔を動かせば、お互い鼻の先が触れてしまうぐらいに近くなっていた。どちらか話すわけでもなく、そうして見つめ合う。しばらくして、沈黙に耐えきれなくなったのか、ゆくりちゃんが、口をもごもごと動かし始めた。
「えっと、うん、その」
言いづらいのか、しどろもどろになるゆくりちゃんは、なんだか新鮮だ。ベッドの中ゆくりちゃんの指先が私の服の袖を掴んだ。
「私さ、やっぱりさ、真緑ちゃんと離れ離れになるの寂しいんだ」
なんだか告白みたいだった。いや、告白って感じたら大げさなのかもしれない。
自分の顔に全身の熱が一気に集中してくるのがわかる。卒業という二文字が、刻一刻と近づいている。今この瞬間も。卒業式自体はもう少し先だけど、きっとそれはあっという間だ。高校生から次の段階に行くための、通過儀礼ではあるが。
卒業したら私は兵庫の環境学部のある大学へ、ゆくりちゃんは東京の芸術学部のある大学へ、別々の道を進む。
ずっと一緒だった私達は、離れ離れになる。
「でも、会いたかったらいつでも会えます。電話だって、毎日でもしても構いませんが」
ゆくりちゃんを安心させたくて、あれやこれやと口にしてみる。だけどゆくりちゃんは、あんまり納得してる感じがしない。
「うん。でもさ、別々の町で暮らして、新しい環境になって、そうしたら自ずとお互いあんまり相手の気持ち考えなくなっちゃいそうじゃない?」
「そんなに気にしなくても・・・・」
「新しい友達ができて、新しく好きなこともできて」
口では否定したけど、千歌ちゃんの言っている事は至極普通の事。絶対にそうならないなんて断言はできない。変わらないものなんてないから。そんなの自分達が非常に理解している。実際、生徒数少ないし座学もそんなになかったけれど、とても充実していた。可愛がってくれた先輩は卒業した。
入学した頃から3年間一緒だった私達も、こうして別々の道に行く。
「一緒にいる理由だって、なくっちゃう」
ゆくりちゃんが消え入るような声で呟く。
理由。
心が通じ合える友だから。一緒にいて楽しいから。面白いから。“一緒にいたい理由”はいくらでもあるけど。
学校が同じだから。同じことをやっているから。同じ町で暮らしているから。“一緒にいられる理由”は、卒業と同時に、私とゆくりちゃんの間にはなくなる。その事実がとても寂しい事だと思う。
「真緑ちゃん。アンケートが書けない、なんて嘘。本当は、ただ真緑ちゃんとこうしてお泊まりする口実が欲しかっただけ。今まで黙ってごめん」
ゆくりちゃんは泣いていた。普段のゆくりちゃんから想像もつかないほどの泣き顔だった。嗚咽がときおり漏れて、私の鼓膜を震わせる。
「別に謝るような事ではありませんよ、私も」
永遠にそばにいる方がマシだ。後に続く言葉は、声にならない。
あとどれくらい一緒にいられるだろう、あと何回こうしてお泊まりできるだろう。私達はお互いその不安を抱えながらも、これまで見ないようにしてきた。不安を抱えながら日々を過ごすより、今を楽しく過ごす方が、今を大切にする方が有意義だと知っていたから。スクールアイドルでも大事にされてきた“今“だから。
「私も寂しいですよ。ですが、悲しい事ばかりではありません、きっと楽しい事だってありますから・・・・」
嘘だ。
本当は、今でも泣き出してしまいそうだ。ずっと一緒にいたい、離れ離れなんて嫌だ。そんなふうに叫びたい衝動に駆られている。だけどそんなことをしたら、私達の卒業はただ悲しいだけのものになってしまう。自分達の今までを、否定することになってしまう。それだけは嫌だ。
「私達なら大丈夫ですよ、ゆくりちゃん」
私はゆくりちゃんの頭に手を覆いかぶさり、それから、そのままゆっくり動かす。その後髪をすくように撫でてあげる。
「さすが真緑ちゃん。私は演技出来ないよそんなの」
怒っているような口調じゃない。まるで親が小さな子どもを褒めるときみたいな口調だった。ゆくりちゃんには不安を描寝位で欲しい。天照大神の如く煌く笑顔で。
別れがあるからこそ笑顔で見送って欲しい。
心で1人呟いた声は、ゆくりちゃんには伝わらない。
「・・・・それにね、父が言ってましたよ。演劇にはない素晴らしい宝物があるんだって」
ゆくりちゃんは、プッと吹き出して囁くような声で笑う。
「笑えるジョークかい」
ゆくりちゃんがベッドの中に潜り込んで、胸に抱きついてきた。私はそんなゆくりちゃんの頭を撫でる。じっくりと★
「私、絶対帰ってみせます。何年いや、何十年後になるか分かりませんが。おばあちゃんになっても一緒にいる事を誓います!!」
胸に押しつけられる力が増したが、私にはキザ過ぎた。ベッドはいつにも増して窮屈さを感じた。感覚明けたままの方が良かったのに、余計寝る気無くした気分だった(苦笑)
最後のホームルームが終わって中庭に出ると、在校生達が見送りのために集まっていた。その中から、特に可愛がっていた後輩達を見つける。みんな、目が赤く腫れていた。当たり前だろう。長く慕っていた私達が、離れる事となったのだから・・・・。
「ありがとうございます。これからも環境を大事に、この学園を守って下さいね?」
渾身の笑みでお礼を言った。このまま綺麗に終わりたかった。だが、私達を素直に見送らない後輩もいる。その後輩には責めたりせず近寄って頭を触った。素直なのに、素直じゃないその可愛い後輩の頭をくしゃくしゃと撫でてあげると、その瞬間、その後輩は泣き出してしまった。後から他の後輩もも釣られて泣き出してしまって、困ったような、嬉しいような、どうでもいいような。あまりにいたいけな後輩達の姿に、良い後輩を持ったと、改めて実感した。煌く瞬間が私の心を潤した。たまに顔を見せますって励ましの言葉をかけたが、逆効果だったのかさらに泣かせてしまう。
「すっ、すみません!どうしたら・・・・」
「涙は見せないもんね、環境革命家は」
声をした方を振り返ると、ゆくりちゃんが笑みを浮かべていた。ゆくりちゃんの登場に後輩達涙は勢いを増して、もう収集がつかないくらいだった。それから、ちゃんとお別れ会やろうねとか、来年頑張ってねとか、色々と会話を交わして無事に見送ってもらった。その後も多くの後輩達が駆け寄ってきて、別れを惜しむ言葉や激励を送られたり送られたりした。その間、ゆくりちゃんは涙は見せなかった。
次回で、本物語完結です。最後までお付き合い下さい。