鬱ファンタジー官能小説世界に転生した俺は鬱展開をぶち殺す(予定)   作:鬱方はなんとかします

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鬱ファンタジー官能小説世界に転生した俺は鬱展開をぶち殺す(予定)

 死んだ。それはまあいい。そこそこに人生を楽しめた末の大往生だからな。

 

 

「だからってこの世界に転生はないだろ……」

 

 

 気づけば転生していた。しかもそれは鬱展開で有名なファンタジー官能小説の舞台だったのだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 まず物語の冒頭は主人公(女性)が犯されるところから始まる。その時点で話を読む手が止まりかけたが、愚かにも生前の俺は読み進めていた。

 

 カシミヤ。それが主人公の名前だ。

 

 彼女の人生は苦楽から″楽″を抜いた、とにかく悲惨としか言いようのないものである。

 

 両親にロリコン資産家の元へ売られ、性的虐待を受け続ける日々。なまじツラが良い(そう描写されていた)だけあって、その悲痛さは想像を超える。

 

 成長していくにつれ力を増した彼女は復讐されることを恐れたロリコン資産家から追放され、とある国の軍へ入隊。ここではひたすらスパルタに鍛えさせられる。常人であれば一週間も経たず目が死ぬと言えば分かりやすいだろうか。

 

 苛烈な訓練を受け成績を伸ばしたカシミヤは、一人きりで魔王討伐の旅に出される。そんな優秀な子にバックアップをつけないなんておかしいだろ、と読んでる最中ツッコんだことも記憶に残っている。

 

 旅も苦難の連続だ。魔族に犯されたり、魔物に犯されたり、立ち寄った村や都市でマワされたり、どいつもこいつも色に狂ってんのかと言いたくなる程の性的描写が散見された。

 

 最終的に魔王討伐は成功するが、実はそれは氷山の一角でしかなく魔王は複数存在する。満身創痍のところに彼女の力を恐れた人間たちと組んだ魔族からそのことを告げられながら犯され、殺される。ワンパターンかつ悪辣な展開に駄作認定したのが記憶に新しい。

 

 とまあつらつら述べてきたが、ここまでされても彼女は一切闇堕ちしないのである。

 

 どんなに排他されても笑って受け止める。人々が幸福になれるなら喜んで命を差し出す。一周回って狂っている。腐臭漂う現世で育ちながら何故そう在れるのか、理解できなかった。

 

 で、今俺は十歳。彼女は七歳。ロリコン資産家に売られる直前だ。

 

 こんな世界、滅んでもいいだろとは思う。一切の優しさを削ぎ落としたような腐った命たちに、価値なんて無いと。

 

 それでもカシミヤは勇者となる。そこに彼女自身の幸せは無い。

 

 ──なら、俺が作ってやる。

 

 鬱展開がどうした。俺はこの小説が大っ嫌いだ。作者の煩悩やら獣心やらをこれでもかと詰め合わせた世界なんて、俺がぶっ壊してやる。

 

 というわけなので。

 

 

「カシミヤ返せロリコンクソ野郎ッ!!」

 

「ぎゃあっ!?」

 

 

 取引が行われた場所へ侵入し、資産家の股間を蹴り上げ、彼女の手を引き俺の家へ逃げ込んだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あの……」

 

「まず飯だな。あの両親、まともに食事与えねえんだもんなぁ……」

 

 

 カシミヤの両親は教育どころか食事すら用意しない。痩せ細った彼女は見ているだけで泣けてくる。

 

 弱った胃腸に優しい食材を揃える。切ったり煮込んだりしながら調味していく。

 

 

「あの……」

 

「はー……。こっからどうすっかな……」

 

 

 勢いで連れ出してきたが、俺んちもそこまで裕福ではない。両親にはまだ説明してないし、したところでカシミヤがロリコンの元へ返されそうな不安もあるし。

 

 

「よし、とりあえず食え。食って、育て」

 

「あの……」

 

「ん、なんだよ」

 

 

 動揺しているのか?まあそれはそうか。いきなり人さらいにあったようなものなのだからな。

 

 

「お名前を、教えてください」

 

「あー、俺の名前?」

 

 

 一応俺は祝福されて生まれてきた。前世の本名は忘れたが、この世界の俺にも名前がある。

 

 

「……ロックフォールだ。好きに呼べ」

 

「では、ロックさんと」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 一年。一年間だけ、カシミヤの居候が許された。その期限が終わればどこへでも出て行ってもらう、そういう取り決めになった。俺はごねにごねたがそれが限界だった。

 

 まあ所詮他人。しかも売られようとしていた子供を一年匿ってくれるだけで温情だ。

 

 

「ほい、ちゃんと食えよ、カシミヤ」

 

「ありがとうございます、ロックさん」

 

 

 とにかくこの一年は体作りに専念だ。欠食児童に激しい鍛錬はさせられない。

 

 一年が終わったら軍に入ることは確定している。孤児院に預ければいいのではとも思ったが、鬱官能小説世界の孤児院なんて碌なものではない。子供たちが毒牙にかかる話を山ほど聞いていた。

 

 じゃあ軍はどうなのかと問われると、訓練はめちゃくちゃ厳しいが国の主宗教の戒律と軍の規律がしっかりしているためそういった問題は起きない。忙しすぎて女襲ってる場合ではないのだ。

 

 カシミヤには才能がある。いずれ魔王討伐の旅に行かされるのは避けられないだろう。その中で最重要課題は、俺もどうにかして随伴できないかということだ。

 

 そのために、物心がついた時から俺は自己流で鍛えてきた。魔力の扱い方も自壊しながら学んでいった。

 

 両親は暇さえあれば鍛えている俺を不思議そうに見ていたが、俺は内心気が気でない。

 

 カシミヤのバッドエンドを避ける。そのためにここまで照準を合わせてきた。

 

 そんな風に体作りと鍛錬に費やした一年はあっという間に過ぎていき──

 

 

「よし、家出るか」

 

「はい」

 

 

 俺たちは一大国に向かう。

 

 身寄りはない。しかし、あそこなら受け入れると分かっていた。

 

 親に引き留められないか不安な点もあったが、ととせを過ぎているため旅立ちはアッサリ許された。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 その少年と少女のことを私は忘れることはないだろう。

 

 

「ここに入隊させてください」

 

 

 幼子が、確乎たる決意を持ってこの国の軍に入隊しようとしていたのだ。

 

 普通であれば親が恋しい年頃。それを振り払うかのように、彼らはここへやってきた。

 

 私は軍の窓口として働いてかなり経つが、入隊前でありながらここまで覚悟の定まった瞳は彼ら以外見てこなかった。

 

 少年の肉体は早くも成長期に入っていた。それ以前から鍛えていたのであろう証拠が、見て取れる。

 

 まず立ち方。体幹がずっしりとして淀みなく、流れる魔力も非常に純度が高い。

 

 手には血豆がいくつもあり、我流で強くなろうとした証が存在感を放っている。

 

 対する少女。彼女は、穏やかでありながら芯の強い目だった。一見するとそれだけだが、私の審美眼が告げた。

 

 ──この少女は、化ける。

 

 少年──ロックフォールに才能が無いというわけではないが、少女──カシミヤのそれは絶大的なものだった。

 

 当時の私は呼吸を整え、彼らに語りかけた。

 

 少年。君たちはまだ若い。もう少し育ってから来てくれないか、と。

 

 しかし彼らは引かなかった。どうしても今すぐ入らなくちゃいけない。雑用でもなんでもする。どうか二人で入隊させてほしい、と。

 

 私は新たな頭痛の種が増えることを察知しながら、天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「ロックフォール!貴様だけが遅れているぞ!」

 

「ハァッ、ハァッ、すみません!」

 

 

 無事、入隊完了。周りの奴らは一回り年上だが、そんな彼らと同負荷の訓練を課せられているのが俺だった。

 

 カシミヤは適齢期になるまで雑用係。俺もそれに準ずる筈だったのだが、『お前もう成長期入ってるし正式入隊な』と言われ(意訳)、こうして血の汗を流している。早すぎる気がしないでもないが強くなりたかったからちょうどよかった。

 

 

「今日の分は終了だ劣等生。さっさと食事を済ませろ」

 

「ゼェ、ゼェ、ありがとうございました、教官!」

 

 

 大人扱いされている。前世では考えられない多忙ぶりだが、ありがたかった。

 

 

「カシミヤちゃん!おかわりー!」

 

「あっ、てめぇばかりずりいぞ!カシミヤちゃん!俺もー!」

 

 

 食堂は男たちで賑わっている。カシミヤはみんなのアイドル的存在になっていた。

 

 

「あっ、ロックさん。終わったのですね」

 

「ああ。まだまだ未熟らしいな、俺は」

 

「おっ、本夫が来たぞー!」

 

「ロックフォールが羨ましいぜ、ちくしょー」

 

 

 俺たちは意外と快く受け入れられていた。特にカシミヤが美少女だったこともありこの腐った世界にしては和やかな時間が流れていた。

 

 軍の奴らにカシミヤを狙うゲスがいないかとも改めて危険視したが、ここの規律は非常に厳しい。破ろうものならむち打ちの刑が待っている。

 

 彼女は野郎勢の清涼剤としてピッタリだった。目が死んでいる隊員たちも、彼女によそわれた飯を食っている時だけはイキイキとしている。

 

 居候している時からそうだったが、カシミヤはいつも柔らかく微笑んでいる。更に美少女ときたものだから、こんないい子を苦しめた原作が余計憎かった。

 

 

「なあロックフォール。カシミヤちゃんって将来的に俺たちの軍入るのか?」

 

「はい。確定しています」

 

「あんないい子が俺たちと同じ訓練をするなんて……可哀想に……」

 

 

 その言葉に悪気はないのだろう。しかし、女だからということで無意識に下に見られている。警戒されるよかよっぽどいいが、才能の差に彼らが押し潰されないか心配だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「畜生共。今日からカシミヤが訓練に参加することになった。だが、ここで浮かれているような者は私が直々に叩き直してやる。分かったら返事をしろ!」

 

「「「「「はい、教官!」」」」」

 

「ロックフォール。まず貴様が手本を見せろ」

 

「はい、教官!」

 

 

 ちなみにだが、教官は女性だ。しかし女だからと甘く見たらいとも容易くノされる。過去に反抗した者は木剣で叩きのめされ、骨をいくつか折られただとか。

 

 訓練では剣の振り方、魔力の扱い方、魔法の制御、体力作り等々、当たり前だが戦いに必要なイロハを刻まれる。

 

 そんな苛烈な訓練を入隊したばかりのカシミヤがこなせるだろうか、と多くの者が疑問視した。しかし彼女は特別だった。

 

 

「あの、教官。魔力制御についてなのですが」

 

「なんだ畜生。くだらない進言であれば切り捨てるぞ」

 

「全身を強化する工程において、常に魔力を流すよりこうした方が効率的かと思われます」

 

「……なるほど、畜生にしてはいい提案だ」

 

 

 長らく変わり映えのなかった訓練方法を改善させてみせる程に、彼女の才能はピカイチだった。

 

 こうして一年が過ぎる頃にはカシミヤも俺たち軍団の一員として、才能を発揮するようになっていた。俺の立つ瀬がない。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「うっ、うぅ……カシミヤちゃんとロックフォールがいなくなるなんて……」

 

「俺たちの弟妹みたいな存在だったからな……」

 

 

 驚いた。何に驚いたのかというと、ある日突然お偉い方に呼ばれたと思えばカシミヤと俺が魔王討伐の旅に出されることとなったのだ。

 

 そしてなにより、鬼より厳しい教官に『がんばれよ』と微笑み混じりに言われたことだ。夢を見ているのではないかと思ったぐらいだ。ちなみに今は特別に送別会的なものが行われている。

 

 

「今日までご指導ご鞭撻ありがとうございました、皆さん。必ず魔王を倒してきます」

 

「応援してるぞカシミヤちゃん!……おい、ロックフォールは何もないのか?」

 

「……世話になりました」

 

「ぐすっ、あんなに小さかった二人が……」

 

「お前まだ泣いてるのかよー」

 

 

 ……なんやかんや、幸せだったな。けど、ここで終わりじゃない。カシミヤをハッピーエンドへ連れて行く。そのために俺は生きてるんだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「カシミヤー、猪仕留めたぞー」

 

「では一部は干し肉にしましょうか」

 

 

 旅が始まった。持たされた金貨は三十枚。あまり贅沢はできない。

 

 軍ではサバイバル術も教えられたため食える食材や便利な植物など大体は把握している。

 

 で、旅の最中には多種多様な魔物と遭遇するんだがこれがまー嫌だった。

 

 官能小説世界の魔物なだけあって触手や粘液で性的に襲い来る異形もいればシンプルに女を犯すオーク的な存在もいる。

 

 狙われるのはいつだってカシミヤ。しかし彼女は変わらず清らかな性格で。

 

 俺たちが狩った魔物にさえも冥福を祈っている。下手すれば純潔を奪われていたであろう相手に。

 

 前世で見た他のファンタジーものはもっとザ、ファンタジー的な世界観だったのに、この腐れ現世はとことんまでカシミヤを虐げ、犯すことを狙う。マジで嫌いだ。どいつもこいつもくたばりやがれ。

 

 

「……お、村があるな。今日はあそこに泊めさせてもらうか」

 

「はい」

 

 

 魔物だけでなく、人間と関わることにもリスクはある。俺が読んだ部分では村総出でカシミヤを手篭めにしている所もあった。

 

 なら野宿の方がいいのではとも思ったが、それはそれで魔物に襲われるかもしれない緊張感でロクに眠れないというデメリットがある。

 

 最悪の場合俺が村人をボコす。そう息巻きながら、宿屋に進んでいった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ようこそいらっしゃいませ。遠路はるばるお疲れでしょう、これをどうぞ」

 

 

 そう言って差し出されたものはジュース。カシミヤと俺は目を合わせた。

 

 

「……旅人に、いつもこうしてるのか?」

 

「はい?」

 

「睡眠薬ジュースで歓迎とは、結構なお出迎えだな」

 

「……」

 

 

 宿屋の店主から一切の表情が抜け落ちた。奴が草笛を吹くと、俺たちは村人に囲まれる。

 

 原作では、彼女は疲労困憊なところに睡眠薬入りジュースを飲まされいいように扱われていた。慣れない旅路に疲弊しきっていたためまともな判断ができていなかったために。

 

 だが、今は俺がいる。ゴミ共に負ける気は無い。

 

 こんな雑魚共、剣を抜く必要も無い。俺は拳を握った。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「すみません……すみません……これ以上は勘弁してください……」

 

「……」

 

 

 命乞いする村人たちに殺意が芽生える。もっと殴ってやろうか。原作では散々カシミヤを辱めやがって。

 

 

「ロックさん」

 

「…………」

 

「そのお気持ちは尤もです。ですがどうか、矛を収めてください」

 

「……お前は、コイツらに襲われてたのかもしれないんだぞ」

 

「私は構いません。それで皆さまが救われるのなら」

 

「……ッ、お前な……!」

 

 

 自己犠牲精神が許せない。お前はもっと、幸せになっていいのに。

 

 

「コイツらがしてきた非道は、お前以外にも牙を剥いていたのかもしれない!そんな外道を、許せと言うのか!」

 

「人は人を裁けません。正義に偏り始めたら、人は人間性を失いますから。……それになにより、ロックさんのお手を汚させたくありません」

 

「…………はー…………分かった。オイ、店主」

 

「は、はいっ。なんでしょうか」

 

「今晩は無料で泊めさせろ。それが最大限の譲歩だ」

 

「かっ、かしこまりました。どうぞこちらへ……」

 

 

 金貨を節約できたのは大きかった。が、結局野宿と変わらず警戒は解けなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「カシミヤ」

 

「はい、なんですか?」

 

 

 焚き火の音と虫の鳴き声が夜の森に響く。俺は最低限の警戒を巡らせながら彼女に問うた。

 

 

「お前は、なんでそんな良く在れる」

 

「……私は、私が良いと思ったことはありませんが」

 

「じゃあ言い方を変える。お前、誰かを憎いと思ったことはないのか。あの資産家や、お前の両親や、魔族や魔物。そいつらを前にして怒りは湧かないのか」

 

「……」

 

 

 ああ畜生、なんで困ったように笑うんだよ。なんでそんな──クズ共を、慮れるんだよ。

 

 

「私の矮小な命で、誰かを満たせるのなら、私はどうなろうと構いません。それが私です」

 

「……もっと、自分を大事にしようとは思わないのか」

 

「最低限は」

 

「分かった。じゃあ、俺がお前を想う。お前が誰かのために命を捨てるなら、俺がそれを拾う」

 

「……よろしい、のですか?私なんかの、ために……」

 

 

 大切にする。言葉にすれば簡単だが、責任は重い。それを俺は負うと、彼女に、そして何より自分自身に誓った。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「お、村がある。あそこで少し休むか」

 

「はい」

 

 

 旅を始めて早一ヶ月。魔王の元へ向かいながら、俺たちは魔族や魔物を駆除していた。

 

 原作知識はそこまでアテにならない。なにせどの村でどんなことが起きたという説明が不十分だったからだ。例の睡眠薬ジュースにはすんでのところで気づけたが、それ以外にも悪辣な人間は多い。

 

 警戒しながら立ち寄った村は……今のところは問題なさげに見える。しかし、微かな違和感を感じる。

 

 

「すみません、俺たち、旅人なのですが、どこか泊まれる所はありますか」

 

「おお!この村に人が来るとは!……お若いねぇ二人とも。そこの角を曲がると宿屋がある。そこで休むといい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 ……敵意は感じない。だが、なんだ?この違和感。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 ひとまず宿屋に泊まり、休むことにしたのだが……

 

 

「■■■♡■■♡」

 

「~~♡■~♡」

 

「……やっぱここ変だよな」

 

「……皆さん、お盛んですね」

 

 

 カシミヤでさえ苦笑いしている。それもそうだ、なにせそこいら中から嬌声が聞こえるのだから。

 

 いくら官能小説の世界だとしてもここまで色狂いなのは異常だ。なにかしらの(はかりごと)がある。俺たちは調査を決め込むことにした。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 まず村人へ聞き込みをしようとしたのだが……

 

 

「……なんでどこの家も盛りあってんだよ……」

 

「あのご老人もいらっしゃらないようですね」

 

 

 どいつもこいつもまぐわいまくっている。俺たちだけが蚊帳の外。

 

 

「はー……仕方ない。探査魔法使うか」

 

 

 探査魔法。それは張られている結界やなにかしらの魔法の残照について調べることができる。やれるなら最初からやれとも思われそうだが、それを行使すると結界の主にバレたりするなどのリスクがあるから、決断が重かったのだ。

 

 

「……なんだこれ、催淫結界?」

 

 

 はじき出されたデータは催淫作用のある結界、という結論。これが住民の性欲を極限まで昂らせていた。

 

 

「とりあえず結界壊すか──」

 

「どうしてそんなことするの?」

 

「「!」」

 

 

 声のした方へ振り向くと、そこにいたのは先程の老人。しかし、圧が違う。

 

 

「貴方は……」

 

「せっかくみんな気持ちよくなってたのに、解除するなんて非道いわ」

 

 

 老人が姿を変える。シワだらけの顔は滑らかな美肌へ、声は艶やかなそれに。俺たちは剣を構えた。

 

 

「なんのためにこんな結界を張った」

 

「なんで?おかしなことを聞くわね。……私は、人が好き。だからみんなを、永遠に気持ちよくさせてあげたかったの」

 

「チッ、こいつ、厄介なタイプだな……」

 

 

 人間に友好的な魔族もいるが、魔族はどこまでいっても魔族。どうしても相容れない部分がある。

 

 要するにこの村は目の前のサキュバスが支配している。俺たちはここに来てまだ間もない。催淫結界の効果は薄かった。

 

 

「お前を、殺す」

 

「人間とは戦いたくないけれど……仕方ないわね」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「■■!」

 

 

 カシミヤの詠唱と共に圧縮空気の弾がサキュバスに直撃する。その隙を見逃さず──

 

 

「オラアッ!!」

 

「そん……な……みん……な……」

 

 

 状況終了。血飛沫を随分浴びてしまった。今日はゆっくり休むか。

 

 ……しかし、後味が悪い。魔族とはいえコイツは人間を愛していた。それを、俺が奪った。明日の寝覚めは悪くなりそうだ。

 

 結界は破壊した。狂乱の喘ぎ声もいくらか薄まっている。これなら一週間程度で正気に戻るだろう。

 

 

「……一旦宿屋に戻ろう。水浴びもしときたい」

 

「分かりました」

 

 

 サキュバスの死骸に祈る彼女にそう告げ、俺たちは部屋に戻ることにした。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「本当にありがとうございました!オレ以外の住民はみんなおかしくなっちゃって!あの魔族に口封じさせられて、なにもできなかったんです!お礼と言ってはなんですが、宿泊料金は無料にいたします!」

 

「じゃ、遠慮なく泊まらせてもらいます」

 

 

 宿屋の主人は怒濤の勢いで俺たちに礼を述べる。自分以外の住民が狂っている中でただ一人だけ正気だったのだから、背負う心労も強かったろう。

 

 何はともあれ一件落着。さっさと体を清めよう。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「…………」

 

「?どうかしましたか?ロックさん」

 

 

 あれから、体を洗い食事を摂り、後は眠るだけとなった。のだが、俺の体に異変が生じていた。

 

 カシミヤが、目の前にいる。その事実で脳が埋め尽くされ、暴力的なまでの猛りが充満していた。

 

 冷静になれ、と脳内で発してみても、彼女のことしか考えられない。

 

 

「ッッッ!?」

 

 

 下腹部に、熱を感じる。まさか、あの時の、血飛沫を浴びたことで、時間差で、瘴気に冒されて、

 

 

「カシミ、ヤ、逃げて、くれ」

 

 

 ダメだ。それだけはダメだ!彼女の全てを守るために、俺は生きているのに!

 

 

「大丈夫ですよ、ロックさん。私は、大丈夫」

 

 

 甘い、甘い香り。それに、抱き寄せられていた。理性の鎖はかつてなく脆弱で、

 

 

「────」

 

 

 俺は彼女を押し倒した。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 交わる、と呼ぶには一方的すぎた。俺は、獣に堕ちた。

 

 襲ってしまった。俺が何よりも恐れていた″穢れ″になってしまった。よりにもよって、俺が。

 

 

「いくら謝ろうと足りないが……本当に……本当にすまない。俺が、お前を……」

 

「いいんですよ。私は、ロックさんのためなら何だって受け入れますから」

 

 

 正気に戻ったのは二日後だった。俺に穢され尽くしたカシミヤは、それでも柔らかく微笑んでいて。

 

 死ね。死ね。俺が最も忌み嫌っていた存在に、俺がなっていた。今すぐ死ね。

 

 衝動的に自殺しかけた俺を止めたのも彼女だった。

 

 

『ロックさん。私は、貴方のお陰で幸せになれたのです。ですからどうか、自害なんてなさらないで』

 

 

 それを言われるともう何もできなかった。ただただ濃い後悔の念に押し潰されていた。

 

 

「俺は……俺は!お前を穢したくなかった!なのに、なのに……!」

 

「大丈夫です。私は、ロックさんに穢されたとは微塵も思っておりません」

 

「俺は……俺は……!」

 

 

 原作のクソ展開が許せなかった。あどけない少女を犯した世界が許せなかった。その、俺を構築したアイデンティティを、俺が壊してしまった。

 

 

「……怒ってくれよ。罵ってくれよ。こんな男、生きる価値なんて──!」

 

「無い、などと、私が言うと思いますか?」

 

 

 不可解だった。ずっと理解できなかった。何故俺を、この世界を受け入れ、あまつさえ許しを与えるのか。

 

 

「私は、ロックさんに救われました。だから、ロックさんが求めてくれることを、嬉しいと思ったのです。卑しいのは、私です」

 

「……畜生。畜生!俺が、もっと強かったら!」

 

 

 俺は俺を許せなかった。穢してしまった。この事実はもう変えられない。

 

 ……俺には、まだ任務がある。魔王を倒し、カシミヤを救う。そのために生きろ。余計なものは今ここで捨てていけ。

 

 そうしてみっともなく取り乱した俺が立ち直るまで、三日要した。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ここが、魔王城……」

 

「気を引き締めろ、こっからが正念場だ」

 

 

 あれから様々な土地で魔族を倒してきた。その影響か俺たちの名声は徐々に増えている。だから原作ではそれを憂いだ人間たちに裏切られたのだろう。

 

 今は違う。俺がいる。彼女の全てを守ると決めたんだ。死んでも守れ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ニンゲン、カ」

 

「うわぁ、本当に人間がここまで来てるよ。噂は本当だったんだ」

 

 

 魔王城の魔族たちを斬り伏せ、玉座まであと少しとなったところで二人の幹部が現れた。なんとなく分かる。コイツらは……強い。

 

 

「カシミヤ、だっけ?魔王様は君をご指名してるよ。君は通っていいよ」

 

「……なんだと?」

 

「私、が?」

 

 

 罠か?しかし彼女は強い。正史だったらこの幹部と戦った後に魔王を倒している。なら、俺の判断は決まっていた。

 

 

「……カシミヤ。ここは俺が引き受ける。お前は魔王を頼む」

 

「……はい。必ず、勝ってきます!」

 

 

 玉座の間へ歩いていくカシミヤ。俺は改めて剣を握りなおした。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 その人間を自分は知っていた。

 

 魔族を統べる王として生まれた自分は、我が身を脅かす勇者が現れることを知っていた。

 

 生物として生きながらえようとする本能は魔族も人間も変わらない。自分は生きるために、その勇者を暴くことにした。

 

 そして、″視た″。自分の目は特別製で、異なる世界を覗くことができる。

 

 そうして視た世界では、その人間──カシミヤは、魔族からも人間からも排他されていた。それでもなお、カシミヤは笑っていた。

 

 理解できなかった。自分を脅かす存在を、何故悼む。何故思いやる。

 

 だがその世界と今自分が生きている世界では、一人の男がいるという違いが生じていた。

 

 確かめることにした。その男を喪っても、奴は笑っていられるのか。だから奴だけをここに通した。

 

 

「……貴方が、魔王ですか」

 

「然り。貴様が、カシミヤだな」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「■■■!!」

 

 

 魔法を詠唱し、カタコトの魔族を貫く。そして振りかぶった剣を、軽い口調の魔族に振り下ろした。

 

 

「オオ、オ……オレガ、マケル……」

 

「そんな……僕が……!」

 

 

 粒子となって消え去る幹部を確認し、重い体を引きずり魔王の元へ急ぐ。

 

 

「カシミヤ!……やった、のか?」

 

「ハァ……ハァ……はい、倒しました」

 

 

 消耗しているが笑顔を浮かべるカシミヤ。その彼女の背方から──一本の矢が飛来する。

 

 

「させ、るかあっ!」

 

「……え……?」

 

 

 魔法で打ち落とす。俺は彼女の背後にいる魔族、そして人間を睨んだ。

 

 

「み、皆さん……何故……?」

 

「俺たち魔族からしても、人間からしても、君は強すぎたんだよ。だからこうして満身創痍のところを狙ったんだけど……邪魔が入ったか~……でも、そっちも手負いなら、俺たちで殺せるかな?」

 

 

 怯えた瞳でカシミヤを見る人間。原作では彼女を犯した魔族。俺は怒りで我を忘れかけていた。が、それでも、最後の線だけは守る。そうしないと、俺は誓いを果たせない。

 

 

「人間勢、安心しろ。殺しはしない。……が、てめぇら、腕の一本は覚悟しとけ」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

『ロックフォールを殺せば、貴様の笑みは止まるのか?』

 

 

 魔王のその言葉を聞いて、私はかつて経験したことのない感情に覆われました。きっとそれが、憤怒だったのでしょう。

 

 魔王を倒し、私の役割は終わった……と思っていましたが、世界は広く。増援の魔族から、各地に巣くう魔王の存在を知りました。

 

 そしてそれと同時に、人間の方々が私の力を恐れていることも知りました。

 

『皆さんが恐れているのなら、私は甘んじて消えよう』

 

 今までの私ならそう考えていたところを、ロックさんの救援で思考が反転しました。

 

 ロックフォールさん。私を連れ出してくれた人。私を守り続けてくれた人。

 

 一騎当千の勢いで魔族と裏切った方々を斬る彼の背中を眺めて一つの思いが芽吹く。

 

 誰も殺したくなかった。私は戦うよりも、彼といつまでも陽だまりの中で息をしていたかった。

 

 私はずっと、ロックさんから数え切れない程の幸せをいただいていた。だから彼に幸せになってほしかった。そのためなら命は惜しくなかった。

 

 ──そして初めて、この人と幸せになりたいと思った。

 

続きは必要ですか?

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