鬱ファンタジー官能小説世界に転生した俺は鬱展開をぶち殺す(予定)   作:散髪どっこいしょ野郎

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(全ギレ)

「チッ──」

 

「ひぃぃ……教官が不機嫌だ……」

 

「無理もねぇよ。あの二人が指名手配されちまったんだから」

 

 

 カシミヤとロックフォールは私が育てた中でも五本の指に入る実力者だ。将来性も素晴らしい。そんな二人を、国は殺す道を選んだ。国は、私の教え子を殺させる方針を決めた。

 

 謀反を起こした故の死刑?よく言う。先に摘み取ろうとしたのは王国側だというのに。

 

 私は指導者だ。現場に立ち入ることは無い。それでもこの胸糞悪さは抜けなかった。

 

 ……だが、アイツらはまだ生きている。私に断りもなく国が向かわせた兵士数十人の腕だけ切り落とし無力化。その行方はようとして知れないと言う。

 

 

「……生き延びろよ、カシミヤ、ロックフォール」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば追っ手も来ないか?」

 

「十分距離は稼げたと思われます」

 

 

 俺たちを裏切った人間の中にはかつて肩を並べた仲間もいた。殺しはしなかったが、腕を落とした。戦力にはならないだろう。

 

 

「さて、こっからどうするか」

 

 

 俺たちの情報は各地に広がっている。亡命するのもアリか?しかしこんな厄ネタ受け入れる所があるだろうか……。

 

 

「一つ、よろしいですか」

 

「ん、なんでも言ってくれ」

 

「私たちが討伐した個体を含めて魔王は四体存在すると聞きました。人々の安寧が脅かされるのであれば、残り三体を私たちが駆逐するべきかと」

 

「…………」

 

 

 本音を言えば、これ以上彼女に試練を背負ってほしくなかった。しかし無辜の人々の犠牲の上に成る″生″を、彼女は喜びはしないだろう。俺は首を縦に振る他なかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ふー……山越えはキツいな」

 

 

 俺たちは新天地を目指して山登りを敢行していた。王国の情報網がどこまで及んでいるか不明瞭だったため、なるべく長い距離を渡っている。

 

 

「ここが、頂上のようですね」

 

「いい景色だ……」

 

「せっかくですし、少し休憩しましょうか」

 

 

 食料を分け合い、ささやかだがランチタイムとしゃれ込んだ。

 

 

「「…………」」

 

 

 お互い疲労が溜まっているのか、ただ食事を口に運ぶだけの時間が流れている。というか俺は元々そこまでおしゃべりではない。

 

 そんな昼時だったが、ふと疑問が湧いた。その思考はおよそ食事中に考えられるものではない。しかし脳細胞は加速していく。

 

 思えば、原作のカシミヤは犯されまくってたのに一切子を孕む描写が見られなかった。例のサキュバス事変では俺が二日間に渡り彼女を貪っていたのに、子供はできないのか?

 

 食事が終わったのを見計らい、俺は苦い記憶を掘り起こすことにした。

 

 

「カシミヤ、一つ聞きたいんだが」

 

「はい、なんでしょう」

 

「その……あの村で、俺が、お前を襲ったんだけど……子供はできてないのか?」

 

「ああ、その件でしたか」

 

 

 こちらに向き直るカシミヤ。俺は苦虫を噛み潰した。

 

 

「私は、子を宿せません」

 

「……え?」

 

「軍籍だった頃に健康診断で施された分析魔法で、私の子宮が機能不全に陥っていることと卵子が極端に少ないことが判明しました」

 

「────」

 

 

 俺との子供ができていない。それ自体は喜ばしい。

 

 だが、この先どんなに良い相手に巡り会えても子を孕み、育てることはできない。俺はうっすらとしか思惟できないが、その苦しみはどれほど深いものなのだろう。

 

 

「……すまない。嫌な話させてしまった」

 

「いえ、ロックさんとお話できるのは、嬉しいです」

 

 

 そう言って笑う彼女を、俺はどんな表情で眺めていた?自分でも分からなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「死ね」

 

 

 俺の不快感は頂点に達していた。山を越え、ようやく平地を歩けるようになって遭遇したのが、人を丸呑みして犯し、栄養として取り込むタイプの魔物だったからだ。

 

 剣で切り裂いた断面から見えるのは悍ましい程の触手と(ひだ)。これで人間を襲ってきたのかと思うと、やるせなさと怒りで気が狂いそうだった。

 

 そんな醜悪な造形の魔物にさえも、祈りを手向けるのがカシミヤだった。

 

 

「どうか、救われてください」

 

「……」

 

 

 世界はこんなにも醜いのに、どうしてそこまで清浄でいられる?以前も聞いた問いだが、俺は本当に理解できなかった。

 

 ──そして、俺は自分自身も嫌いだった。

 

 官能小説世界に生まれたからか、どれだけ″発散″しても性の昂りが抜けない。これはサキュバスに遭遇する前からそうだった。

 

 今もそうだ。真剣に祈りを捧げるカシミヤに、俺はどうしようもなく惹かれていて──

 

 ──どうしようもなく、穢したくなってしまう。

 

 吐き気がする。こんな歪んだ欲望を内に潜めておきながら、彼女を救うだと?思い上がりも甚だしい。

 

 それでも俺を在らしめるのは、原作の知識。カシミヤを襲う、不幸の数々。原作への憐憫と怒りによって彼女への肉欲が薄まっていた。

 

 俺は愚劣な肉の塊(かわいそうなのはぬけない)。人間で在りたいなら、衝動は捨てろ。そう、改めて戒める。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……お、見えてきたな。あそこの村は受け入れてくれるか……?」

 

「念のため転移魔法を準備しておきますね」

 

 

 近くに都市があれば金稼ぎをしときたいが、俺たちのいた王国と敵対している場所だと検問で入国を許されないかもしれない。

 

 何はともあれ一旦休もう。宿屋があれば……。……ん?

 

 

「……カシミヤ、少し急ぐぞ」

 

「はい」

 

 

 集中力が必要なため多用はできないが、探知魔法を使用した際魔物の反応があった。それも、かなりの数。

 

 進路はあの村と重なっている。もしかしたら襲われているかもしれない。

 

 俺たちは魔力を込めて、駆け抜けていった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「くそっ、なんだコイツら……!」

 

「私は左の群れを担当します。ロックさんは右を」

 

「分かった。しかし多いな畜生……!」

 

 

 魔物の群れの正体。それはゴブリンだった。前世では同人誌の鉄板ネタだったこともあり、この世界でも女を犯すことを企んでいる。

 

 

「■■■!」

 

 

 斬撃と魔法で蹴散らしていくが、奴らは賢い。俺をスルーして背後の村人たちを襲うことに狙いを変えようとしていた。人質を取られれば動きが鈍る。俺は激声を発した。

 

 

「男たちは女性を守れ!一体一体相手すれば素人でも戦えない相手じゃない筈だ!」

 

「わ、分かった……!」

 

 

 中規模の村ではあったが若い男もそれなりにいる。俺とカシミヤは指揮を執りながらゴブリンの群れを殺し尽くしていった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ありがとう……ありがとう……!あなたたちがいなければ、どうなっていたことか……!」

 

 

 ゴブリンを全滅させた俺たちに送られたのは多大な感謝ともてなしだった。睡眠薬を盛ろうとしたあそことはえらい違いだ。

 

 

「あんちゃんたち、凄かったなぁ。どっかの騎士様なのかい?」

 

「いや、俺たちは……」

 

 

 カシミヤと目を合わせ、素性は隠すことにした。

 

 

「……ただの旅人です。剣術は故郷で教えてもらいました」

 

「それにしても凄かったぞ君たち。あの群れを前にして退かないどころか一人も犠牲を出さないなんてな」

 

 

 村の中心、開けた場所で酒盛りが行われている。酔って判断を鈍らせるわけにはいかないのでただの水を飲ませてもらっているが、賑やかな宴は好ましかった。

 

 辺りを駆け回る子供。それを慈愛の眼差しで見つめる女性衆。グラスを突き合わせる男たち。ここが鬱官能小説世界であることを忘れさせてくれる、刹那の和やかな時間だ。

 

 

「……俺、連れの所に行ってきます」

 

「……お?おーおー、お熱いねぇ!」

 

「はは。俺と彼女はそういう関係ではないですよ」

 

 

 カシミヤは宴の中心から離れた場所で食事を摂っていた。その理由を、付き合いが長く原作知識のある俺は知っていた。

 

 

「カシミヤ」

 

「ああ、ロックさん」

 

 

 いつものように穏やかな笑みを見せる彼女。しかし今日はどこか憂いが見える。

 

 

「……心が、痛むか」

 

「……少し」

 

 

 下手をこけば自分が犯され殺されていた相手にも、死を悼むカシミヤ。しかし彼女の優れているところは、その戦場にはそぐわない慈悲を抱えながらなお戦いを冷静に行える理性だ。

 

 俺たちはゴブリンを全滅させた。戦いの終盤では勝てないと判断し逃走を図った個体もいたが、俺たちは逃げ惑う奴らも追い詰めて殺した。全ては後顧の憂いが残らないように。

 

 それを執行したカシミヤは、心を痛めていた。その優しさは美徳だが、彼女が抱える苦しみを共に背負うことしかできないのは歯がゆかった。

 

 

「お前が何をどう思おうが勝手だが、お前がいたからあの団欒を救えた。それは忘れるな」

 

「……はい。ふふ、ロックさんはお優しいですね」

 

「…………俺は、怖がりなだけだ」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「それでは、お世話になりました」

 

「いやいや、むしろこっちが礼を言うよ。本当にありがとう、お二人さん」

 

 

 お礼の金貨をそれなりの量いただけたため、懐は結構潤った。これは嬉しい誤算だった。

 

 

「……あんたたちが強いのはよく分かった。けど、あんまり生き急ぐんじゃないよ」

 

「はい。それでは」

 

 

 なぜ生き急ぐなと言われたのか。それは昨日の夜、俺がこの地に巣くう魔王について聞いた際、村人たちが心配そうな目つきで俺とカシミヤに忠告した内容による。

 

 

 ──魔王に手を出してはいけない。

 

 

 それがこの土地の通例らしく、もっと深掘りして聞いたところ村人は重い口を開き、語り出した。

 

 曰く、魔王を倒すため多くの強者たちが向かった。その全員が帰ってきたが、魔王を討伐したという報告はなく次の日自殺していた、とのこと。

 

 

「カシミヤはどう見る」

 

「不明な点が多いので推測に過ぎませんが、なにかしらの搦め手を使用してくるのはあり得そうですね」

 

 

 カシミヤが最初に倒した魔王はシンプルに武力に長けており、彼女を満身創痍に追い込む程に強かった。

 

 また、原作知識は一番目の魔王までしかなく、その他一切が不明なためこの先原作の記憶はアテにならない。

 

 いずれにせよ帰る場所は無い。俺たちは、進むことしかできない。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「地図によるとここの都市を越えた先が魔王のねぐららしいな」

 

「ではまずその都市を目指しましょうか」

 

 

 旅の時間の殆どは徒歩だ。軍でひたすら体力を強化してきたためそこまで苦痛は感じないが、魔物という不確定要素があるため気は抜けない。

 

 

「お、この果実美味いんだよな。ちょっと持ってくか」

 

「獣肉も確保しておきたいですね」

 

 

 人間の適応能力というのは凄まじい。旅立ちの序盤は不便なことが多すぎていつも不満げだった俺だが、今は移り変わる景色を楽しむ余裕すら出ている。

 

 その分余計にカシミヤの在り方が美しく見える。不平不満を漏らすことは一度もなく、常に他者を思い、気遣う。

 

 そんな彼女を穢してしまった罪の意識は今も抜けない。多分一生悔やむだろう。

 

 それでも俺は、彼女を守る。このゴミのような現実から。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「止まれ。君たちが魔族かどうか確認する」

 

 

 その都市は見るからに武装の色が濃かった。門番の目は鋭く、分析魔法を使用する検問も手慣れている。

 

 

「……よし、人間だな。旅人か?」

 

「そんなところです」

 

「我が国は連日連夜魔族と戦っている。街中にいる時でも気をつけろ」

 

「ご忠告、痛み入ります。では」

 

 

 仰々しい門を通り、街中に出て思ったこと。

 

 

「……人が少ないな」

 

「代わりに巡回の兵士の方々が多いですね」

 

 

 どこの家も閉め切っている。活気が無いわけではないが、昼間の時間帯だというのに子供の姿は見えない。

 

 魔王の手がかりを探すため、俺たちは酒屋兼飲食店に入ることにした。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

 店内の客はぽつぽついる。昼間から酒を嗜む飲んべえはこの国にもいた。

 

 

「煮豆二つ」

 

「はいよ」

 

 

 客として来た以上何か注文しておくべきだ。腹ごしらえも兼ねて、俺たちは席についた。

 

 

「お客さん、見ない顔だね。旅人かい?」

 

「はい。この国についていくつかお聞きしたいのですが……よろしいですか?」

 

「この老骨の話でよければ、いくらでも」

 

「では失礼して。……この国は、どのぐらいの頻度で魔物と戦っているのですか?」

 

「襲撃が無い方が珍しいくらいだよ。基本毎日だな」

 

「……それなのに、どうしてここまで国が成長しているのですか?」

 

「ここらで発生する魔物は他の土地と比べて弱い奴らが多いのさ。才があれば子供でも狩れる。ドラゴンのような強大な生き物はすっかり見ないね」

 

「……では、魔王は?」

 

 

 俺がそう言った瞬間、店主の眉間にしわが寄った。この前の村といい、ここの魔王は何が脅威なんだ?

 

 

「……かつて、この国の腕利きの勇者、魔法使い、僧侶、他にも多種多様な闘士が魔王討伐に向かった。その誰もが帰ってきたが、誰一人詳細を語らず自害した。それから、魔王の元へ向かうことは禁止されたのさ」

 

「何か能力の情報はありませんか?」

 

「旅人さん、もしや魔王と戦う気かい?若いなら命を大切にしなさい」

 

「魔王を倒せば、この国は救われる筈です。膠着状態ではじきに腐っていくだけだ」

 

 

 自然発生するパターンも多いが、魔物は魔族が生むこともある。そして魔族を束ねるのは魔王であり、その力によって魔族が強化される。俺たちが倒せば、この国もいくらか楽になる筈だ。

 

 

「……あんたらのような気勢がいい戦闘者は大勢いたよ。だが、無理だ。魔王には勝てない」

 

 

 店主はそれっきり口をつぐんでしまった。それから様々な場所を巡ったが、魔王の情報は手に入らなかった。

 

 だが一つだけ分かったことは、ここの魔王の武力はカシミヤが殺した魔王よりも低い。子供でも狩れる程度の魔物しかいないというのが証拠だ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「結局大して情報手に入らなかったな」

 

「それでもこの国の方々はお強いですね」

 

 

 ここの国は鍛冶屋や武具店が盛んだった。貰った金貨を使って装備を新調し、宿屋に戻る。

 

 

「腕っぷしの問題じゃねえならなんだ……?」

 

 

 考えられるのは精神攻撃。しかしその発生条件や範囲を知られれば対策を練られる。断片的でもいいから情報が欲しかった。

 

 

「ロックさん」

 

「ん、なんだ?」

 

「どうか信じてください。貴方が隣にいてくれるのなら、私は何も恐れません」

 

 

 そう言って微笑む彼女を、俺は直視できなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……よし、行くぞ、魔王城」

 

「背中はお任せください」

 

 

 結局策は立てられなかったが、俺たちは魔王の住み家へ乗り込んだ。以前より魔物が弱いのは助かったが、どうしても不安は拭えなかった。

 

 

「ふう。一区切りついたっぽいな」

 

「ですが油断はできません。探知魔法を使用します。……!この先に、二体の魔族と一体の魔王らしき反応が……」

 

「いざとなれば、逃げることも考えてくれ」

 

 

 城の広間らしき所に出ると、そこには二体の魔族がいた。魔王の側近は二人作るルールでもあるのか?

 

 

「性懲りもなくよく来るね、人間」

 

「けど、わたしたちの魔王様には勝てない」

 

 

 人を小馬鹿にしたような態度の魔族。腹を立てるよりも先に戦略を立てる。コイツら程度の敵なら二秒で殺せる。

 

 

「……この先に魔王がいるのか」

 

「うん。会ってみれば分かるけど、キミたちはここに来たことを後悔するだろうね──ぇ?」

 

「それだけ分かればいい。死ね」

 

 

 足に魔力を叩き込み、間合いを詰め、一振り。新品の剣の切れ味は鋭く、楽に刃が通った。

 

 

「く、ケケケ……!わたしたちを殺しても、魔王様には勝てないよ!悔やみながら死んじゃえ、人間!」

 

「よく喋る死体だな」

 

 

 粒子になって消えていきながら俺たちを煽る。……よっぽど信頼があるということだ。

 

 

「……行くぞ、カシミヤ」

 

「はい」

 

 

 長い階段を登ると、礼拝堂のような場所へ出た。魔族が、神に祈るとでもいうのか。

 

 

「久しぶりだなぁ、私に挑む、命知らずの人間は──って、おっとっと、危ないな」

 

「チッ」

 

 

 決めた作戦は、何かさせるより速く仕留めるというもの。しかし奇襲は失敗に終わった。腐っても魔王。反応速度はちゃんとある。

 

 

「……なるほど。私が力を使うより先に仕留めようって魂胆か。悪くないけど──私の声を聞いた時点で、アナタたちは終わってるんだよ」

 

 

 そう言って魔王が指を鳴らすと、意識が暗転した──

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あぁ……!カシミヤ!カシミヤぁ……!すまない!ごめんなさい……!」

 

「アッハハハ!」

 

 

 私の術にかかり、(くずお)れる男を見て、笑いが止まらなかった。ついさっきまでは私を倒そうと息巻いていたのに。

 

 

「ロックさん!?なら、私が──」

 

「させないよ」

 

 

 女にも私の術をかける。そうすると動きが止まった。じきに精神を壊す筈。

 

 私の力は、生き物のトラウマや後悔を増幅させる。

 

 後悔の無い人間などいない。そこを責めたて、膨らませれば簡単に頭を垂れる。

 

 

「くふふふ……!安心しなさい。殺しはしないわ。アナタたちが自決する様を、ゆっくり見守ってあげる!」

 

 

 私の術にハマり、自害していく人間を見るのは至上の喜びだった。

 

 さあ苦しみなさい人間共。私に歓喜を、ちょうだ──え?

 

 

「──なるほど。これが、貴方の力ですか」

 

「……え?」

 

 

 おかしい。女にも力を使った。そして両親に売られた過去や魔物を殺す際の傷心を看破した筈なのに、なぜ?

 

 

「……っ、く、来るな!」

 

 

 術を何度も発動させる。なのに、女は剣を構え歩み寄ってくる。まさか、まさか、アナタは……!

 

 

「アナタは、後悔したことないの……!?」

 

「ええ。一度も」

 

「……ふ、ふふ、フフフフ!なら男を一気に死なせてあげる!私を早々に倒せなかったことを後悔しなさ──え?」

 

 

 男が、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 俺が彼女を犯した。カシミヤに消えない澱みを与えてしまった。その事実が何度も脳内でリフレインする。

 

 気持ちよかった。サキュバスの瘴気に当てられて、本能のまま喰らうことが本当に快感だった。

 

 そんな男が、俺が憎い。殺してやりたい。死ね、死ね、死ね────

 

 

『貴方の所為ですよ』

 

 

 カシミヤが俺を(なじ)る。そうだ、その通りだ。何度悔やんでも悔やみきれない。

 

 

『貴方なんかいなければよかった』

 

 

 彼女が俺を詰る。その通──待てよ。

 

 何か、何かがおかしい。

 

 彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう気づいてからは早かった。

 

 ここは現実じゃない。俺の罪は消えずとも、カシミヤは俺を呪殺しようとするキャラではない。

 

 瞬間、世界が割れた。

 

 

「あ、ああ……ウソ、だ。私の術が破られるなんて」

 

 

 現実に戻った。カシミヤは既に戦っている。俺も、体中の魔力を高めた。

 

 

「ぎゃ──」

 

 

 コンビネーションは何度も鍛えてきた。俺とカシミヤの流れるような剣術の前に、魔王はなすすべもなく四肢を分かたれる。

 

 

「じゃあな魔王。お前は、俺と似たゴミだったよ」

 

「待っ」

 

 

 脳天を串刺しにして魔王は絶命。俺は空を仰ぎながらため息を吐いた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「見ろよ。あの二人が魔王を倒したんだと」

 

「この国の歴史に名を残すな、彼らは」

 

 

 魔王に苦しめられていた国に凱旋すると、あれよあれよという間に賞賛の雨を受けた。

 

 魔王が死んだという事実はその土地にいれば誰もが分かる。『気づけば死んでましたよ』なんて嘘はつけない。

 

 これで魔物の勢いも弱まるだろう、ということで国を挙げた宴会が開かれた。前日では見られなかった子供たちが、俺とカシミヤを羨望の眼差しで見ている。

 

 

「……なあ、カシミヤ。俺たちまた裏切られないか?」

 

「今回の勝利は力よりも精神面の部分が大きいですから、恐れられることも無いと思われます」

 

「そんなもんか。はぁ……眠いなぁ……」

 

「お先に休ませてもらいましょうか」

 

 

 魔王の精神攻撃。あれは効いた。手遅れになる前に破ることができたが、受けた心労はかなりのものだった。

 

 宴会の喧噪から逃れるように、俺たちは宿屋に向かう。

 

 

「…………っ」

 

「ロックさん……?泣いて、おられるのですか?」

 

 

 気を抜いたら涙が溢れる……マズい。病んできているのが自分でも分かる。精神病に罹患したかもしれない。

 

 

「俺の所為で……カシミヤが……、っ?」

 

 

 ゆっくりと、衝撃が伝わらないようにベッドに寝かされる。そして、大げさなほど労るように抱きしめられた。

 

 

「大丈夫。私がいますから。今はゆっくり休んでください」

 

「……カシミヤ」

 

「はい、なんでしょう」

 

「……すまない。それと、ありがとう」

 

「ふふ、感謝だけ受け取っておきますね」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「こんな量の金貨……いいんですか?」

 

「我が国の救世主に渡すには少ないくらいだよ!ぜひ受け取ってくれ!」

 

 

 俺たちが魔王を倒す旅をしていることを伝えると、三体目の魔王がいる場所へ船で連れて行ってもらえることになった。まさに渡りに船。

 

 

「別大陸に行くとなると生えてる植物とかも変わってくるしな……サバイバル術アテになるか……?」

 

「向こうで図鑑を購入しましょうか。売っていればいいのですが……」

 

 

 不安はある。後悔もある。だが、目指すハッピーエンドのために止まるわけはいかない。

 

 精神を病んだ所為か何をするにも気が重く、気を抜けば涙が流れる。それでも、

 

 それでも、カシミヤが原作で受けた悲劇よりよっぽど軽い。そうやって、自分を鼓舞する他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 二番目の魔王と戦い、私は二回目の『怒り』を覚えました。

 

 ロックさんが悩み、苦しみ、傷ついた。その現実がどうにも許せそうにありません。

 

 そして彼は精神を病んでしまいました。

 

 どうにかして、どんなことをしてでも癒したい。彼のためなら、私は私の全てを捧げる。

 

 それが私の、決意でした。

 

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