アスターテ星系での同盟軍敗北の報告を受けたヨブ・トリューニヒトは激怒した。必ずや、かの無知無能な軍人どもを除かねばならぬと決意した。しかし、既に過半はこの世から取り除かれてしまっていたりする。
「畜生めー!」
だから代わりに叫んで、八つ当たりで手にしたペンを机にたたきつけた。内心のいら立ちを見事に表現しつくしたその動作は芸術的ですらあった。素晴らしいと自画自賛。劇場型政治家と呼ばれるヨブ・トリューニヒトは伊達じゃない。
それはそれとして。
「どうして負けるんだ? 私は最大限努力したぞ?」
トリューニヒトのその言葉に嘘はない。
トリューニヒトには軍事はわからぬ。ついでに言えば政治もわからぬ。自由惑星同盟最高評議会議員、かつ国防委員長でそれでいいのかと思われるかも知れないが、選挙の勝ち方――人気取りの方法は知っているから問題ない。
民主主義などしょせんはその程度。
神の作り給うたシステムとばかりに信奉する者もいるようだが、トリューニヒトにとってはそんな御大層なものではない。人気投票を仰々しく飾り立てた程度の代物。
違うと言うのであれば、生まれてから勉強なんてしたことないですと豪語するようなフライングボールの元花形選手や、クイズ番組で頓珍漢な回答を繰り返したおバカ担当で演技かと思えばトリューニヒトですらビビるレベルのマジモノだった元アイドルとかを次の選挙で落選させて見せろ。あ、うちの会派の客寄せパンダはそのままで。
とにかく、わからぬなりに、わかることもある。
帝国軍一個艦隊が同盟領に侵攻。
フェザーンや支持してくれる宗教関係者経由で先んじてその知らせを受けたトリューニヒトは精力的に動いた。
おりしも、トリューニヒトが国防委員長に就任した直後のこの知らせ。次の選挙の事を考えるなら、自分が有能であることを、この地位にふさわしいことを同盟市民に証明しておくべきで。
それには勝利が一番わかりやすい。
強い指導者トリューニヒト!
これだ。次の選挙のキャッチフレーズはこれで行こう。
そう考えたトリューニヒトはこれまでの貸付やら何やら、今までため込んだリソースをキョミズの舞台から飛び降りる覚悟で盛大にばらまいた。煽て、宥め、すかし、時に脅し、利益を誘導し、懇願し、泣き落とし、息子の就職のお手伝いをし、裏口合格を斡旋し、嫁を紹介し、山吹色のお菓子を進呈し、奇麗どころをあてがい。正当な手段から裏技寝技まで、自身にできる一切合切を使い、迎撃のための三個艦隊――侵攻してきた帝国軍の約二倍の戦力を派遣することを議会に承認させた。
たかが二倍――と言ってはいけない。
必勝のためには6倍の戦力をそろえてください、などと放言する阿呆な軍人もいるが、軍を動かすのも無料ではない。
そんな発言を財務担当が聞こうものならブチ切れること請け合いだ。
長期にわたる戦争で疲弊し、ただでさえいろいろと末期状態の同盟財政。可能な限り、出費は押さえたいのは政府関係者の共通認識だ。
軍人にとっては多けりゃ多いほどうれしい戦力も、政治の側では最小限の戦力で最大の結果を出すことが正しいとなる。
軍事行動なんて忌むべき浪費の極みだ。軍事行動にまつわるもろもろで経済が潤う?、そんなわけがない。死の商人の代名詞ともいえるア〇ハイムエレクト□ニクスだって、あくまで本業は民需、軍事関係は政府との付き合いを切らさないためで実は赤字だったと秘書に聞いたくらいだし。
それに、戦争で人が減るのもマイナスだ。ここ150年の戦争で人口がどれだけ減少し、市場が、経済規模が小さくなったことか。100人相手の商売と10人相手の商売、どっちが儲かる?、人が多い方がたくさん儲かる。経済だってろくにわからないトリューニヒトにもわかる簡単なさんすうだ。わからない奴はクセルクセス王に呆れられてしまえ。
……ただ、トリューニヒト個人レベルで言えば関連軍事産業からの献金やら何やらで潤わせてもらっているから戦争も結構おいしかったりするが。
――そう。
たかが二倍。たったの二倍。
しかし、それだけの数ですら、非常な苦労をして承認させたのだ。
なのに。
派遣した3個艦隊中の2個艦隊が壊滅。残りの一個艦隊でなんとか撃退に成功するものの、指揮官をはじめ首脳部のほとんどが負傷して後方送り。艦隊もほぼ半壊。正式艦隊の数は12だから、実に戦力の四分の一が機能不全に。
対して敵側、帝国軍の方は堂々と凱旋と来ている。帝国貴族らしい「再戦の日まで壮健なれ」なんて時代錯誤で鼻につく捨て台詞付きで。
「かなり自軍に甘い判定で、公式発表は、かろうじて痛み分けというところですね。地球万歳」
報告を持ってきた筆頭秘書官をじろりと睨みつける。
トリューニヒトを後援してくれる宗教団体に紹介されたこの秘書は有能だ。有能なのは間違いないのだが、いささかその宗教に耽溺しすぎているのが面倒臭い。地球時代のサブカルチャーに魅せられて地球教の門を叩いたそうで、それらをトリューニヒトにも布教してくるのも鬱陶しい。
それでも、確かに有能ではあるし、それを抜きにしても宗教団体からの支持はおいしいから我慢して使ってる。確実な票田だし、献金も多い。人が欲しい時には気軽に動員してくれる。おまけに後ろ暗い行動も上からの指示ならば喜んでやってくれるし口も堅いから非常に便利なのだ。秘書によると、そのあたりは人類が地球の表面にへばりついていた頃から変わらないとのこと。なんでも一国の元トップがカルト被害者に恨まれて殺されるほどずぶずぶだった、らしい。
「こちらが戦闘詳報になります。私の方で注釈を加えておきました。地球万歳」
本当に有能ではあるのだ。
軍事についてろくにわかっていないトリューニヒトにもわかりやすく、かみ砕いて要約してある。それでわかったのは……
「これはダゴン殲滅戦再びを狙ったのか?」
「そのようです。地球万歳」
すまし顔の返事。
トリューニヒトは視線だけを左に向け。
そして下げ。
言った。
「ば~~~~っかじゃねえの!?」
この秘書は良くも悪くも地球教信者で上からの命令に忠実。上からの命令で仕えているだけで、トリューニヒトに忠誠心など欠片も持っていない。
いない、が、逆に言えばトリューニヒトの態度如何で支持不支持を変えたりしないから地が出せる。これも一つの利点かも知れない。
さて。
ダゴン星域の会戦、俗にダゴン殲滅戦は同盟と帝国の長い長い戦争の最初の戦いで、帝国軍の生還率はわずか8.3%、パーフェクトゲームと言っていいほどの同盟の大勝利。
そんな戦いであるならば。
軍事に疎いトリューニヒトにだってわかる。
そんな戦い、徹底的に研究して、研究して、研究して、勝因敗因丸裸にするに決まっている。特に帝国は敗北を、屈辱を、これでもかって味わったのだ。二度と同じ手で敗北することがないように対策、対案を立てているにきまっているではないか。
いくら帝国貴族がちょっと信じがたいレベルのぼんくらぞろいとはいえ、軍人系貴族の中にはまっとうな者だっている。しかも彼らは自身の命までかかっているのだから文字通り必死で研究しただろう。そうした部分で手抜きをするはずがない。
それを馬鹿正直に。
二匹目のどじょう狙いで、敵が芸も工夫もなくこちらの予定通りに動いてくれるものとして実行するとは。
どれだけ頭お花畑だと心から言いたい。
だから言った。
「軍人どもはどれだけ頭お花畑なのだ?」
こいつらひょっとして6倍の戦力集めても負けるのではなかろうか。そんな危惧すら覚えてしまう。
軍事はわからぬと自認してるトリューニヒトが、自分が指揮をとった方が勝率上がるんじゃないだろうかと思うレベルでヤバイ。
苛烈な戦争を生き残り、将官、正式艦隊の提督にまで上り詰めた連中が。その周りを成績優秀なエリート集団が幕僚として固めてこの体たらく。普通、無能なはずはないだろう。なのにこれ。一体どうなってるんだ?
「それで、どうなさいますか?、地球万歳」
おそらくわかって聞いてきている秘書を睨みつける。
トリューニヒトには軍事はわからぬ。政治もわからぬ。しかし人気取りの方法は理解している。
――つまり、これを受けて同盟市民がどう考えるか。対して、どうしなけれならないのか、を。
「大々的に戦没者慰霊集会を開く。準備を」
大敗北。大量の死者。戦争に対する民衆の忌避感が蔓延するのは間違いない。
トリューニヒトだって戦争は好きじゃない。金儲けや出世やちやほやされるのは大好きだが、戦争は好きではないのだ。アッシュビーみたいにその方面の才能があって同盟無双、敵をバッタバッタとなぎ倒せるならともかく。自分にその才能がないのも理解しているから、面白くないのもある。
一応は主戦論者であるが、その方が票集めに都合がいいからそうしているに過ぎない。別段たいそうな主義主張だのはトリューニヒトにはない。大事なのは出世。あと金。権力。主義主張なんて欠片の価値も意味もない。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に。不動の信念だとか有害でしかないと思っている。
しかし。
好きではないからやめましょうとはいかないのが悲しいところ。
特にイゼルローン要塞ができてからこっち、帝国が侵攻し、同盟が撃退する。それが基本となっている。同盟が嫌だと言っても、あちらが攻めてくるのだから備えは絶対に必要だ。酒を用意して話し合えばわかりあえる?、ははっ。お花畑も極まれりですね、お帰りはあちら。
今の自身の権勢は、豪華で裕福な生活は、人気投票で権力者が決まる同盟であればこそ。帝国の侵略、支配下で権力を保つ方法なんて想像もつかない。だから国体維持は必須。
兎に角、そのためにも、国民を盛り上げて厭戦気分の払拭、戦争反対の機運を消し去るようにしなければならない。
「英雄の候補は?」
士気高揚のためには、敗戦を糊塗するためには、英雄が必要だ。
大丈夫だ、問題ない。すげえ奴がいる。だからかつる。
無理矢理でも、もろ刃の剣でも、そうやって盛り上げるしかない。
「ヤン・ウェンリーしかいないでしょう。地球万歳」
「ふん」
秘書の言葉に鼻を鳴らして応じる。
どうせならば別人がいい。いいが、ほかにいないのはトリューニヒトにだってわかる。
トリューニヒトは英雄とされる人間を好きではない。だって政治家に転身されるとその知名度や人気でひどく厄介なことになるから。特に国防委員長と言う要職に就き、議長の座すら見えてきた今になって新たなライバル登場なんてのはごめん被る。
それにこいつは例の放言をした奴だし、トリューニヒトの事を嫌っているという報告もある。
人間、嫌われれば当然面白くない。
そんなやつを英雄にする?
ますます面白くない。
むしろ無能をさらした艦隊首脳部の一人として糾弾してやりたいくらいだ。
「しかし、彼以外の候補は考えられません。地球万歳」
「わかっている」
「では、そのように。地球超万歳」
不機嫌を隠さずに頷いてやると、秘書は表情も変えずに踵を返して式典の準備に入った。
その日の夜。
銀座の秘密の飲み屋にて。
「君ぃ、聞いているのかね?、私がどんなに苦労して……」
「先生も毎日大変ですねぇ。あ、ドリンクお代わりいいですか?」
痛飲し、奇麗所のお姉ちゃん相手に愚痴を吐き散らかすトリューニヒトであった。
銀座の帳簿が、また一ページ。