「君たちを愛してくれた親兄弟、友人恋人は死んだ。何故か」
戦没者慰霊式典当日。
統合作戦本部地下、大集会場。
ずらりと並んだ人々の前。同盟の国旗をバックにのりのりで熱弁をふるうトリューニヒトである。
演説の上手さは議員の必須技能、なんて言われたこともあった。人気取りの得意なトリューニヒトも、もちろん演説は得意だし、大好きだった。大勢の人の視線を受けて。煽り、盛り上げる。承認欲求も大きく満たされて非常に喜ばしい。自分の一挙手一挙動をこれほど多くの人々は見つめている。そして思考を誘導されて、トリューニヒトの思うがままに歓声を上げ、讃えてくれる。その事実に絶頂すら覚えそうだ。
「――かつてアーレ・ハイネセンは人類の革新は民主の民たる我々から始まると言った。しかし独裁者ルドルフに連なる者どもは、自分たちが人類の支配権を有すると増長し我々に挑戦する」
式典は最高に盛り上がり、皆が口々に同盟万歳、共和国万歳、帝国を倒せと喝采を上げる。
その叫びを片手をあげて受け、いい気持ちになっていたトリューニヒトだが、その視界に不快なものが映った。
ほぼ全ての聴衆がノリノリで、熱狂し、軍帽を放り投げ立ち上がって手を振り上げているというのに。
一人ふてくされたように椅子に座ったままの奴がいる。しかも最前列。しかも軍服を着ている。
空気を読まないにもほどがある。
特に軍人ということがトリューニヒトのいら立ちを増幅させる。
……これは、お前たち軍人の不始末の尻ぬぐいのための集会だとわかっていないのか?
アスターテの大敗北で地の底まで落ちた同盟市民の戦意を盛り上げるための集会だぞ?
厭戦気分や徴兵拒否やらが蔓延して、壊滅した艦隊の再建がうまく進まなくなれば、ますます不利な状況で帝国の侵攻を受けることになる。現時点ですらナンバーフリートのローテが狂い、スケジュールは無茶苦茶。穴埋めに四苦八苦しているそうなのに。このままでは破綻待ったなし。それを理解しているだろうか。
もし同盟が帝国に敗北してしまえば、トリューニヒトの評議会議員なんて身分は吹っ飛んでしまうのだぞ。後ついでに民衆だってひどいことになる。家は焼かれ、畑はコルホーズ。お前もきっと矯正所送りだぞ。寒冷惑星で毎日意味もなく木の数を数えるような暮らしをしたいのか?、それに、ちょっと時代錯誤でとち狂った貴族がやってきてみてろ。暖炉の上にトロフィーとして飾られる、なんて未来すらあり得るのだ。機械伯爵かよドン引きだ。
じろりとそいつを睨みつけてみれば……
――ヤン・ウェンリー。
なんで艦隊首脳部所属≒戦犯野郎が他人ごとみたいな態度で不貞腐れた顔しているんだよ!
こいつが頑張ったから完全敗北とはならなかった?
そうれはそうだが、だから責任皆無とはならないだろう。
倍の兵力を用意したんだからそれ以前から頑張れと言う話だ。仕事が遅い。
まさか本当に6倍用意しないと勝てないとかはないよな?
あきれる。そしていろいろと納得した。
ヤン・ウェンリーを英雄として持ち上げ、戦意高揚やら敗戦からの視線反らしやらに利用するにあたり、その経歴なんかも当たり前に調べている。――秘書が。
そしてその報告を受けて、トリューニヒトは不思議に思った。
ヤンは有能、なのだろう。
勤務態度こそ褒められたものではないが、数々の献策をなし、そのほとんどは後から見れば正解だった。
そう。
「後から見れば」、そんな注釈が付くほどに、彼の献策のほとんどが上層部から無視されている。過去の実績から見れば、もっとヤンの献策は受け入れられても良さそうに思える。なのにそれ。
不思議に思っていたが、謎は全て解けた。
ダメだこいつ。きっと普段からこんな感じで空気を読まず、全方位に喧嘩を売っているのだろう。
視線の先では見かねた他の軍人がヤンに立つように促すが、起立しない自由が、なんて言いだして反論している。
確かに集会で盛り上がったら起立しなくてはならない、なんて法律はない。できれば今すぐ法律違反て事にして死刑にしてやりたいくらいだが、確かに、立とうが座ろうが自由だ。
だが。
この集会が、ヤンたち艦隊首脳部が「殺した」戦没者の慰霊集会であることを理解していないのだろうか。まるっきり他人事な態度には本気でドン引きする。
なるほどヤンの献策は、退けられるべくして退けられてきたのだ。
意見は、正しいか正しくないかではなく、誰が言ったかで受け入れられるか、受け入れられないかが変わることが珍しくない。同じ意見でも――例えば文化祭の出し物にメイド喫茶を提案したとしよう。それがキモオタの意見であれば「キモッ」の一言で退けられ、逆にクラスカースト上位の人気者の意見であれば、うまくすればワンチャンあるだろう。「誰が言ったか」で説得力は大きく変わるのだ。
もちろんこれは正誤で言えば、そんな発言者に対する好悪の感情で意見を受けいれる、退けるのは間違っている。しかし、人は感情の生き物だ。どうしたって嫌いな奴の意見は受け入れ難い。公平でいようと思っても、それでも好き嫌いでバイアスがかかる。
トリューニヒトもたった今、ヤンの事を大嫌いになっている。今後、彼が正しい献策をしてきたとしても――どうもトリューニヒトのことを嫌っているらしいとの報告もあったので、そんなことはまずしてこないだろうが――受け入れがたい感情を抱くに違いない。冷静に判断できる自信もない。いっそのこと何らかのいちゃもんをつけて査問会あたりで甚振ってやりたいとすら思っている。うん、査問会。なかなかいいアイデアかもしれない。後で秘書に検討させておこう
とりあえず、地球教団の5ディナール部隊にお願いしてネットでネガキャンをやってもらおうか。遺族を名乗って「お前が息子を殺した」とでも言わせる嫌がらせ電話で自分のやったことを理解させるのもいい。憂国騎士団あたりを動かして直接ってのも素敵だ。やはり暴力……!、暴力はすべてを解決する!
もちろんトリューニヒトは実際に命じたりはしない。あの秘書は本当に有能で、勝手に察してくれるだろうから、ちょっと態度に見せてやるだけでいい。口に出して言質なんて絶対にとられない。秘書が勝手にやりました。太古から伝わる素晴らしい言葉だ。
憂国騎士団の襲撃を受けたヤンがぎゃふんと言っている様を想像して留飲を下げ、トリューニヒトは再び演説の方に意識を向け――向けようとしたのだが
闖入者がそれを妨げる。
いつの間にか、一人の女性が席を離れて演壇の前までやってきていた。
Q、警備担当何やってんの?
A、ヤンともめてました。
しかめそうになる顔を根性で笑顔で保つ。トリューニヒトはうろたえてはならない。特にこうした人前では。内心がどうであれ常に自信たっぷりに。皆が頼りたくなるような包容力を。人気商売はつらいのだ。
「国防委員長!」
その女性が口を開いた。
「私はジェシカ・エドワーズと申します。アスターテ会戦で戦死した、第六艦隊幕僚ジャン・ロベール・ラップの婚約者です。婚約者でした」
「それは……」
振られたのかな?、それを私に言われても困るのだが、と思いながらトリューニヒトは大慌てで脳内の紳士録をめくる。
人の顔や名前を覚えるのは議員にとって大事なことである。お偉い議員先生に自分を覚えてもらえている。それだけで好意的になってくれる有権者も珍しくない。
だったら覚えるしかないではないか。
政治軍事経済もろもろ、わからないだらけでも勉強する気なんてないトリューニヒトだが、人気取りのための努力は怠らない。だって人気投票、もとい選挙で落ちたらたちまちただの人なのだから。
それはともかく。
ジェシカ・エドワード。
元士官学校の学長の娘がそんな名前じゃなかったか?、第六艦隊幕僚のロベール・ラップ――確か階級は少佐。あ、第六艦隊ってことは死んでるのか。じゃあ今は大佐か?、の婚約者と言うなら、結婚式には祝電を送る準備をさせていたから、多分それで間違いない。
トリューニヒトはラップと交友はあったのか?
もちろん無いが、地元有権者の葬式や結婚式に弔電祝電を送るのは議員のデフォである。みんなもそういうのを一度ならず聞いたことがあるはずだ。このように、議員と言うのは選挙のためにやることが多いのだ。そう、国家の舵取りとか未来図とか政策なんてまじめに考えている暇なんてないくらいに。
「あなたはどこにいますか?」
そんなことを考えながら適当に、表向きはまじめに応答していると、同化現象を狙ってるみたいなことを言い出した。
「私は婚約者を犠牲に捧げました――以下略」
更に続いた言葉に、トリューニヒトは何の感銘も受けなかった。
感想を口にするのは避ける。女性蔑視と怒られポリコレ棒で殴られそうなことしか浮かばなかったから。
周りにあの秘書しかいない環境だったら鼻をほじっているところである。「てめえの婚約者が無能だったから大勢が死んで、その尻拭いをやってるってわかってる?」と尋ねていたかもしれない。第六艦隊の首脳部所属なんて、まさしく敗戦に責任を負うべき立場で、戦犯としか思えないトリューニヒトである。
だが不味い。
この女の発言内容に価値はない。
酒場の酔っぱらいのエロ話のほうがまだ価値があるくらいに無価値だ。
だが、残念なことに。
この場では、この女の発言がどれだけ支離滅裂で無価値でも関係ない。
婚約者をなくした若い女性。
その発言の是非など全く関係ない無敵カードだ。
ただその肩書だけで民衆の心はこの女の方に傾く。
しかも面倒なことに容姿も整っていると来た。
論破しようと言葉を返すだけで、大人げないと責められかねない。
下手に強い口調で応じて、ちらりと涙でも見せられたら、その瞬間に悪役決定だ。
かと言って、言いたい放題にさせても情けないと失望される。
………結論、詰んでる。
視線を巡らせる。
来賓席に座るサンフォード議長は舟をこいでいた。トリューニヒトに先んじて行った、気のないぼそぼそ演説といい、こいつほんとに危機感ねえな。
トリューニヒトと次期議長を争うライバルと目されているウィンザー女史は、わかりやすい失点に喜色満面だ。
記者席に座る、与党を責めるためなら捏造だって正義と信じて疑わない某メディアの記者が嬉しそうに身を乗り出している。
そいつほど露骨ではないが、他メディアもにわかに色めきだっている。画面映えする美人。悲劇のヒロイン。数字が取れる。数字は正義。
主役はトリューニヒトのはずだったのに、転がり落ちて今ではこの女に取って代わられてしまった。
しかもどんどん株安が進行中。早く対処をしなければならないのに、その方法が思いつかない。
ステージ脇に控えていた秘書も、どうしようもないと小さく肩をすくめて「地球万歳」と口を動かした。
助けはない。
「警備兵!」
トリューニヒトは恥も外聞もなく、ちょっぴり裏返ってしまった声で警備兵に助けを求めた。
その日の夜。
銀座の秘密の飲み屋にて。
「君ぃ、聞いているのかね?、私がどんなに苦労して……」
「先生も毎日大変ですねぇ。あ、ドリンクお代わりしてもいいですか?」
痛飲し、奇麗所のお姉ちゃん相手に愚痴を吐き散らかすトリューニヒトであった。
銀座の帳簿が、また一ページ。