ダンジョン魔法少女、ただし子持ち 作:鉄板フライ
「……本気で言っていますか?」
『私は最善の方法を提示しているつもりだ』
「危険が過ぎる!」
電話越しに、私は爺を怒鳴りつける。
ここまで怒り心頭になったのは本当に久しぶりだ。
私の怒声に、周囲で様子を伺っている子たちがびくりと体を震わせたのが分かる。
それを気にする余裕すらなかった。
「彼女たちにこのダンジョンを攻略できるはずがないでしょう!」
そう。会長からの指示はこうだ。
――現場の人員を集め、早期にダンジョンを攻略しろ。
理由は分かっている。
ダンジョンが定着する前に消滅させるためだ。
一般的に、ダンジョンは生じてから一定時間が経過するとこの世に定着してしまう。
定着したダンジョンは知っての通り、いつでも行き来が可能になる出入口となるのだ。
そう、裏を返せば早期にダンジョン内にあるダンジョン発生源を叩けば、ダンジョンの入り口は消失する。
発生源を叩いてから、消えるまでにある程度時間はあるので、戻ってくるときの心配はいらない。
手間取れば戻れなくなる、ってのはリスクだけれど。
『そのテーマパークにダンジョンが残り、今後運営できなくなる損失はあまりにも大きい』
「そんなこと大人の事情でしょ! それを子供に押し付けるって言うの!」
私の知る限り、定着してしまったダンジョンの入り口が消失したのはただ一回のみだ。
――私の夫が行方不明となった、あの一回のみ。
『他にその場へ急行できる人員がいないから言っているのだ!』
「それを何とかするのがてめぇの仕事だろうが爺!」
大人の事情を、またしても子供に押し付けるのか?
そうやって、背負い続けた子供が、どんな未来を辿るのか。
あんたは、よく知っているはずなんじゃないのか?
『……探索者協会としての決定だ。すまん』
爺の声からは、苦悩がにじみ出ている。
先ほどまでとは違う。
探索者協会協会長ではなく、個人としての言葉。
本当に、万策がないんだと。
苦悩に満ち溢れた、大人の言葉。
ああ、本当に。
……聞き飽きたよ。
「――わかった」
『すまん』
「私が一人でやる」
『っ!?』
電話越しでも驚いているのが分かる。
少しばかり鬱憤が晴れた。ざまぁみろ。
「議論してる余裕はない。かといって、あの子たちを巻き込むこともできない」
なら、私が一人でやるしかない。
幸いなことに――あの魔法のステッキは持ってきている。
久留実理子の武器こそ持ってきていなくても、最低限の備えはしていたわけ。
成瀬になれば、単騎でもBランクのダンジョンアタックぐらいは難なくできるはずだ。
「最適解がそれ。異論は?」
『……娘さんはどうする』
「それこそ、あの子たちに見ててもらうよ」
短い付き合いだけれど、いい子たちってのは分かってる。
未里花を預けられるぐらいには、信頼しているから。
ダンジョンアタックも数日かかるわけじゃない。
出来立てのダンジョンってのは、まだ底が浅い。
繋がり切ってないってないって表現が正しいかな?
だからこそ、行ける場所が少ないんだ。
せいぜい片道数時間の旅にしかならない。
『一歩間違えれば、彼の二の舞になるぞ』
彼が誰を指し示すのかは、自明だろう。
「その時は会長が後処理をお願いしますね」
少しだけ、笑ったようにして答える。
『……大馬鹿者」
一言呟かれ、通話が切られた。
どうやら、分かってくれたらしい。
……はぁー。辛いな。辛い。
お互いに付き合いが長いからこそ、辛い。
切れた電話。スマホを少しだけ見つめて、溜息を一つだけ吐く。
その間に、近づいてきている子たちがいた。
「あの、理子さん……」
「ん?」
兎島ちゃんたちだ。
「本当におひとりで潜るんですか……?」
表情は不安げだ。
よくよく見れば、恐怖からか体が震えている。
……そうだよね。怖いよね。
私も怖かった。
十五歳の時は、どうしてこんな目にって何度も思った。
誰かが望むから。そう言い聞かせて剣を振るい続けてた。
でも、本当に思ったのは。
どうして誰も、私を守ってくれないのだろうという、虚無感だった。
この子たちに、同じ思いはさせない。
ふっ、と微笑んで見せる。
彼女たちを安心させるために。
「大丈夫。大人に任せなさい」
言いながら、そっと一人一人抱きしめてあげる。
震えが収まるまで。優しく。
私の時と、この子たちの時は違うと教えてあげるために。
「ママ……」
「未里花」
未里花も不安げにこちらを見上げてきている。
子供ながらに、今が異常事態だと理解しているのだろう。
今すぐにでも、お家に帰ろう? と言いたげだ。
「未里花。ちょっとママ行ってくるね?」
「ママ、駄目だよ。危ないよ?」
「うん。でも、ママがやらないとみんなが危ないの」
未里花は今にも泣き出しそうだ。
納得はしていない。みんながどうとか知ったことじゃない。
――よく知ってるよ。その気持ちは。
「四人とも。未里花の事をお願いね」
「本当に一人で……?」
「だいじょーぶ。こう見えて私強いんだから」
まあ、実際に強いのは私じゃなくて魔法のステッキだけどね。
何にしても、おそらくは何とかなる……はず。
「何度でも言うよ。大人に任せなさい」
この子たちには何度だってかけてあげるよ。
私があの時に欲しかった言葉を。
「武器は……」
「ごめんだけど、ちょっと借りるね」
束村ちゃんから借りた片手剣をそのまま軽く振る。
中々に上等な品だ。Fランクに持たせるには上等すぎるほどに。
成瀬になればなくてもいいんだけれど、武器が必要ないってのは怪しすぎるからね。
カモフラージュのために借りておこう。
「いいよね?」
「もちろん使ってやってください! 私じゃ力になれないみたいなんで!」
ふんすと空元気な束村ちゃん。
笑顔は少し暗く、力になれないことを嘆いているようだ。
「万が一、私が入って三時間経ってもポータルに変化がないようなら……」
その時には、大人しく避難するように。
四人へ言い聞かせる。
「そんな、私たちだって……っ!」
不服を申し立てる日比谷ちゃんの顔の前に、人差し指を立てて制止する。
そのまま、人差し指を唇の前まで持ってきて、静かにするようにポーズをとる。
「……私が一人でダメなら、それはもうこの場の人員でどうこうできるダンジョンじゃない。大人しく避難して、状況を協会へ伝えるように」
私の見込みではBランクダンジョン。
成瀬なら問題ないけれど、この見込みが外れている可能性も考慮しなければならない。
ダンジョン発生源を叩けば、入り口の様子が不安定になる。
つまり、三時間というのは私がダンジョンを攻略するまでのリミットだ。
念には念を入れないとね。
「大丈夫。私のレコードを思い出して」
「……同行者最多生存」
「つまり、私は必ず生きて帰ってきてるってこと。信じなさい」
優しく五人の頭を撫でて。
それでも泣きそうな未里花をぎゅっと抱きしめる。
……これが今生の別れにする気はないけれど。
それでも、恐ろしい。
ただ、こうしている時間も惜しいのが実情。
名残惜しくも手放して、私はダンジョンポータルへと向かう。
「それじゃあ、行ってくるね」
心配をさせないように。
ポータルに入る直前には、きちんと笑顔を浮かべられていた。