ダンジョン魔法少女、ただし子持ち 作:鉄板フライ
ダンジョン産デバイスという種類のデバイスがある。
これは現代日本の科学力では再現することが難しい、ダンジョン内で発見されたデバイス類に用いられる呼称だ。
ダンジョンから算出される魔石を加工し、利用することで何とか疑似的に再現はできるものの……基本的には劣化品しか生み出せない。
よって、オリジナルには非常に高価な値段が付けられている。
そんなダンジョン産デバイスが、私の目の前にはあった。
……どこかで見たような、先端にハートのついた可愛らしいステッキが。
「魔法少女のステッキだ」
「ふざけてます?」
「本気だとも。書類には目を通してくれたのだろう?」
再度書類に目を通し直す。
アイドルユニットのコンセプトとして、魔法少女という文言が確かに入っていた。
「これを使えば、君の姿を魔法少女のそれに変えることができる」
「いや、アラサーの魔法少女姿ってキツすぎません?」
「安心してくれたまえ。見た目も魔法少女相応の年齢になることが確認されている」
あー、なるほど。
つまり、若返った姿になると。
……いや、きついな?
「ふざけてます?」
「本気だとも」
性質の悪い老人の冗談ではないらしい。
「因みに、変身の際には『マジカルチェンジ☆ピュアハート』と言う必要があるそうだ」
性質の悪い老人の冗談であってほしかった。
こうなると話が変わってくる。
人としての尊厳が失われる。
大事な、こう、人としての尊厳が。
娘の笑顔とどちらを取る? と言われてもギリギリ踏みとどまれてしまうほどに。
「……少し、気になるんだけれど」
「何かね?」
「使い方が判明しているってことは、誰か試したのよね?」
「もちろん」
うわぁ……。
いや、多分仕事だからでやらされたんだろうな。
ご愁傷様?
「因みに男には反応せんらしい」
「え、試した奴がいるの」
「ノリノリで試して、意気消沈しておった奴が一人おる」
うわぁ……。
何だろう、重度の魔法少女オタクとかなのかな。
え、てか試したってことはその人協会関係者?
大の大人が叫んだの? 『マジカルチェンジ☆ピュアハート』って。
こわ。不審者として通報しても許されるかな。
流石に駄目か。私まで通報される。最悪薬物も疑われるかも。
「他には? 何か重大なデメリットがあったりはしない?」
「挑戦者が言うには、杖を持つと何をすればよいのか頭に浮かんでくる、とのことらしいぞ?」
「デメリットは?」
「今のところは、発見されていない。変身を解けば、元の姿に戻ることも確認済みだとも」
つまり、実戦投入されたわけではない、と。
これだからダンジョン産デバイスは。
わけわからないものが時折出てくるから性質が悪い。
いや、本当に性質が悪い。この話を持ちかけてきた爺含めて。
「随分と悩むのだな」
「当たり前でしょ。三十路手前でこんな試練に出くわすと思わないわよ」
「ふむ、では背中を押すとしよう」
背中を押す?
人としての尊厳を前に、背中を押すも何もないと思うんだけれど。
爺さんがそっと差し出してきたのは、雇用契約書だった。
「雇用契約書?」
「もちろん。探索者協会所属のアイドルとなれば、所属はどこかはっきりさせておく必要がある。よって、このようなものも必要となる」
理屈は分からないでもないけれど……はぁっ!?
ちょっと待った、何この金額!?
「月に最低百万。探索者協会としての未来がかかっている事業なのだからこの程度は普通と思うがね?」
私が真面目に探索者したとして、今どのぐらい稼げる?
フルでやってせいぜい月に二百万が良いところだと思う。
ただ、それはかわいいかわいい愛娘に構わないでなりふり構わず全力で稼ぎに走った場合だ。
安全の事や子供の事。家事なんかを考えれば……現実的なのは月十五万というところ。
トライに日数がかかるダンジョンの深層にも潜れない影響で、どうしても大きな差が出てしまう。
ギルドに所属していないから、パーティを組むこともできない。効率は大きく落ちる。
それを、今と大きく変わらない消費時間で、月に百万? しかも最低?
「これ……」
「もちろん、働き次第では報酬も上乗せするとも。百万は最低保証。探索者の増加が見込めずとも、契約期間内であれば協会が支払うというものだ」
「つまり、探索者志望が増えれば?」
「上乗せせざるを得ないだろう。先駆者とは、いつだって敬意を払われるべきものだ」
具体的には倍もあり得る、と。
……正直、喉から手が出るほどこのお金は欲しい。
愛する娘に欲しいものを我慢させる瞬間は、本当に心ぐるしい。
将来のことを考えれば何でもかんでも与えるのは間違っているけれど、若い時の経験というのは本当に大事なのだ。
三十手前になって、よくわかった。
「……この契約、唐突に反故になったりはしないわよね」
「するメリットがこちらにあるとでも?」
……全くと言っていいほど、ない。
年齢詐称させてることがバレれば、イメージダウンでしかない。
違反項目のところにも、不当な契約違反による懲戒処分以外には契約破棄の項目はない。
逆に言えば、私からも契約を中々打ち切り辛いというのが問題点か。
「一つ聞かせて」
「なにかね?」
「どうして私なの? もっと若い子はいるでしょうに」
私、久留実
でも、現在形で当時の私並みに活躍している子がいないわけでもない。
なぜ、わざわざ私という古兵を抜擢しようと思ったのか。
ダンジョン産デバイスを使いたいなんて適当な名目ではないだろう。
「……君は、現在の新人探索者の死亡率がどれほどか、知っているかね?」
「え? 知らないけど」
「実に一パーセント。百人に一人は、三年以内に命を落としている」
逆に言えば、それだけしか命を落としていない。
私たちの時に比べればはるかに良くなっているじゃないかと思ってしまう。
「今回のグループは広告塔だ。万が一があってはいけないのだよ。一パーセントなど、許容できる数字ではない」
「――まさか、嘘でしょ? あんな称号に縋ろうっていうの」
「その称号こそが、君が適任である証左なのだよ」
私が保有している称号――同行者生存率最高値。
はっきり言ってしまって、偶然でしかない。危険ばかりだった初期のダンジョン環境で、運よく私たちだけが生き残れただけだ。
偶然、私とパーティを組んでいた人たちが生き残った。
それだけの称号でしかないのに。
「初期の探索者死亡率は十パーセントを越えている。その中で、君の同行者は生存率百パーセント。これは、断じて無視できる数値ではない」
「偶然よ。運が良かったに過ぎない」
「たかが運と断ずるならそれも良し。数字は納得させる材料となる」
……ここまで話を進めて、ようやく理解した。
協会は本気で探索者志望者減少について、苦慮している。
だからこそのアイドルプロジェクト。
万が一の失敗も許されない。
そして、億が一失敗したとしても……周囲を諦めさせられるだけの材料が欲しいのだ。
私の称号、同行者生存率最高値。それでも駄目だったのなら、仕方がない、と。
これは政治的な話であり、私の実力を考慮した話ではない。
協会は本気だ。
この緩い労働条件で百万っていうのを見てもわかる。
深い、溜息をつく。
「やるわよ。やればいいんでしょ」
「おお、その気になってくれたかね」
「『なってくれたかね』じゃないわよ。どうせ、最初から逃がす気もないくせに」
おそらくはこの企画自体が、私の称号前提で進んだ企画だ。
なら断らせてくれるはずがない。
あの手この手で勧誘してくるはず。
後で面倒にさらされるくらいならば、この場で承諾してしまった方がいい。
「では、さっそく変身してみてくれたまえ」
「――ここで?」
「他にどこでだね?」
この部屋の出入り口は一つ。廊下に繋がる扉だけだ。
控室みたいなのは付随していない。
大きく息を吸う。
大きく息を吐く。
もう一回吸う。
「いや、人として終わるから!」
叫んだ。
爺さんはピクリとも反応していない。
少しは反応しろよ。
分かれよ、私の葛藤を。
「まあ、この場で変身するかどうかは好きにしてもらって構わんが……」
「“が”?」
待って、嫌な予感してきた。
この狸爺がこういうこと言い出すと、絶対にろくでもないことになる。
「もうすぐ他のメンバーがこの部屋にやってくるのだが、それでもよいか?」
「『マジカルチェンジ☆ピュアハート』ぉ!」
机の上のステッキを即座に掴み、叫ぶ。
やってられるか! こうなったらヤケじゃヤケ。
今後仲良くしないといけないメンバーに、でもこの人アラサーだしなぁ……とか思われるのは針の筵にもほどがある!
合言葉を叫ぶと共にステッキが光りだしたと思ったら、今度は全身が白い光に包まれた。
詳しい様子は自分からは見えないけれども、けれども!
こんなフリフリの、愛らしい衣装をこの年になって着させられるとは思わなかった。
水色のパステルカラーに、フリルをふんだんに使った衣装。
まさしく、女児向けアニメに出てくるような魔法少女の衣装だ。
髪色も、近年ではダンジョンの影響で珍しくはなくなったが、黒色から水色に変わっている。
「んふっ」
「おいコラ爺。今笑ったろ」
「ワラットランヨ」
覚えておけよ……。
なんて爺さんを睨みつけたことで、視点が低くなっていることに気が付く。
これ、単純に若くなったわけじゃないな?
私は元から身長高い方だったし、ひょっとして作り変えられてる?
本当にわけわからないな、ダンジョン産デバイスは……。
「おお、来たみたいだ」
爺さんが言うと同時に、部屋の戸がノックされる。
応対しに爺さんが扉へと向かっていった。
あっぶな。ギリギリセーフ?
いや、変身の掛け声聞かれたかも?
だとしたら見た目と年齢が違うってこともバレてる?
頭の中を様々な考えが駆け巡る中、扉が開かれて。
私の仲間となる、アイドル少女たちが入ってきた。
「ようこそ諸君。こちらの子が、君たちのリーダーとなる成瀬ミルナくんだ」
流れるように偽名で紹介された。
いや、確かに偽名は用意する必要はあったけれど。
「――初めまして。成瀬ミルナです。今後よろしくね」
これは乗っかかるしかない。
笑顔を必死に作って、挨拶をする。
入ってきた子たちは四名。
歓迎……ムードというわけではなさそうだ。
不安げな子が二人。苛立たし気にこちらを見ているのが一人。
そして、じっくり観察来ているのが一人。
彼女たちはお互いに知り合いのようだ。距離感が近い。
なんて分析をしていると、苛立たし気な子が前に出て、私へ挑戦的に指を向けてきた。
「ちょ、ちょっと。日比谷ちゃん」
「成瀬ミルナ! 私はあなたをリーダーとは認めないから!」
……なるほど。
このじゃじゃ馬慣らしも業務内ですか?
契約書には、書いていませんでしたけれど?