天堕とし   作:心ここにあらず

1 / 1
ボア・ハンコック編

――この世界は、あまりにも残酷だ。

 

海は人々に自由を与える一方で、その自由を奪う。

 

力なき者は奪われ、力ある者は奪う。そこに善悪は存在せず、ただ”力”だけが世界の理として君臨していた。

 

世界は一つの巨大な秩序によって支配されている。

 

その名は世界政府。

 

約八百年前、二十人の王によって築かれたこの巨大な組織は、世界の平和と秩序を掲げながら、加盟国を束ね、法律を定め、海を統治してきた。

 

その軍事力の象徴が海軍である。

 

海賊や犯罪者を取り締まり、人々を守る正義の組織。

 

多くの兵士は正義を信じ、命を懸けて民衆を救うために剣を振るう。

 

しかし、その海軍にも逆らえない存在がいた。

 

世界貴族――天竜人。

 

彼らは世界政府を築いた二十人の王の末裔。

 

「神の末裔」と自らを称し、聖地マリージョアの頂で暮らす絶対的支配者である。

 

世界政府加盟国の王でさえ頭を垂れ、海軍大将ですら、その身に危険が及べば直ちに護衛へ向かわなければならない。

 

法は彼らを裁けない。

 

誰も彼らを罰せない。

 

なぜなら、この世界の法そのものが、彼らを守るために存在しているからだ。

 

天竜人にとって、人は人ではない。

 

気に入れば手元へ置く。

 

飽きれば捨てる。

 

美しい者は飾りとなり、強い者は見世物となる。

 

種族も、年齢も、性別も関係ない。

 

人間、魚人族、巨人族、ミンク族──すべては所有物となり得る。

 

奴隷とは、罪人だからなるものではない。

 

悪人だから捕らえられるものでもない。

 

ただそこにいた。

 

ただ美しかった。

 

ただ希少だった。

 

それだけで人生を奪われることがある。

 

誰にも助けを求められず、誰にも裁かれない。

 

それが、この世界の現実だった。

 

もちろん、この世界には希望も存在する。

 

正義を貫こうとする海兵。

 

弱き者を守る王。

 

自由を夢見る海賊。

 

理不尽へ抗う革命家。

 

誰もがそれぞれの信念を胸に生きている。

 

だからこそ、この世界は単純な善悪では語れない。

 

海軍が救う命もあれば、海軍が守らなければならない悪もある。

 

海賊が奪う命もあれば、海賊だからこそ救える命もある。

 

世界は決して白と黒ではない。

 

無数の正義と悪意が交差し、それぞれの信念がぶつかり合う灰色の海で成り立っている。

 

そして、その理不尽の象徴ともいえる存在が、聖地マリージョアに君臨する天竜人であった。

 

彼らの気まぐれ一つで、国は滅び、人は奴隷となり、家族は引き裂かれる。

 

それでも世界は今日も回り続ける。

 

誰かが笑い、誰かが泣き、誰かが自由を夢見る。

 

 そもそも"天竜人"とは何なのか。一重に「神の末裔」と言われたところで理解できない心理だろう。天竜人とは、約八百年前に世界政府を樹立した二十人の王の末裔であり、正式には「世界貴族」と呼ばれる存在である。彼らは世界最高権力の象徴として聖地マリージョアに居住し、自らを「神の末裔」と称えている。

 

 その権力は絶大で、世界政府加盟国の王族ですら頭を垂れ、海軍本部や世界政府の人間であっても容易に逆らうことは許されない。天竜人に危害が加えられた場合には、海軍大将が出動するほど、その存在は世界政府によって守られている。

 

しかし、その圧倒的な権力は、多くの天竜人に強烈な選民思想を生み出した。

 

 彼らは自分たち以外の人間を「下界の民」と呼び、人間としてではなく、自らより下等な存在として見下している。奴隷はもちろん、加盟国の王族や海軍将校でさえ、自分たちの前では等しく「神に仕える者」という認識でしかない。

 

天竜人にとって奴隷とは、労働力ですらない。美しい者は鑑賞品として。希少な種族は収集品として。強い者は娯楽や見世物として。気に入れば手元へ置き、飽きれば捨てる。

 

その価値観は、人間と家具や宝石を同列に扱うことと何ら変わらない。奴隷となる理由に、罪は必要ない。人攫いによって連れ去られた子ども。戦争で故郷を失った者。珍しい種族に生まれた者。あるいは、人目を引くほど美しい者。ただそれだけの理由で人生を奪われ、二度と故郷へ帰れなくなる者も少なくない。

 

世界には彼らを恐れる者が溢れている。それは、天竜人個人の強さではない。

 

彼らの背後には世界政府という巨大な権力と、それを支える海軍が存在するからである。ゆえに、多くの人々は理不尽を前にしても声を上げることができない。

 

天竜人とは、この世界の秩序の頂点に立つ支配者であり、同時に、この海に存在する数多の悲劇を生み出してきた象徴でもある。

 

 

長々しい話をしても意味ねぇか。アイツらは所謂ドブカス野郎どもって事だ。アイツらもアイツらを護る騎士どもも言いなりの海軍も全部…

 

 

"クソの掃き溜めだこの野郎"

 

そんなこんな語っているうちに今日もドブカスどもに狙われた哀れな子羊達が運ばれてくる。

 

 

 

「おら大人しくしやがれ!」

 

「きゃっ!?」

 

「「姉様!!」」「姉様に乱暴しないで!!」「もうやめてよ!」

 

 

 

 ドブカスとそれに従うチンカスどもに連れられてきたのは3人の幼い少女達であった。

 

 

「後でゆっくり可愛がってやるえぇ。それまで大人しくしておくんだぇ〜」

 

「「「…っ」」」

 

 

 醜い容姿の豚野郎が汚ねぇ口で汚ねぇ言葉を吐きやがる

 

 

「おい」

 

「「ん??」」

 

「「「え……」」」

 

 

 投獄の奥から聞こえた声に天竜人とその部下、そして奴隷の少女達が反応する

 

 

 

「……耳障りだ。とっととその腐った口、閉じろ。家畜みてぇな下品な鳴き声を聞かされるこっちの身にもなりやがれ」

 

「「「!?」」」

 

「な、な、な、なんだとぉぉぉ!!貴様奴隷の分際でわちしに向かって何だその口の聞き方はぁぁぁ!!」

 

 

 

 その少年はあの天竜人に対してあまりに尊大不遜の言葉を吐き捨てるように言い放った。

 

 

「言葉も理解出来ねぇのか?俺は黙れって言ったんだぜ?」

 

「おい貴様!!」「天竜人様に向かって何たる口の聞き方だ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 あまりの態度に部下の1人が少年の頭を掴み地面に叩きつける。"石の手錠"を嵌められた少年は抵抗も出来ずただ無抵抗に叩きつけられた。

 

 

「怒ったんだえ… カロリーナのお気に入りだからって関係ないんだえ。お前達、このクズをわちしの部屋に運ぶんだえ。ちょっと遊んであげるんだえ」

 

「「は、はい!!」」

 

「「「……。」」」

 

 

 

 少年は天竜人の怒りを買い部下に引き摺られながら部屋を後にする。

 

 

 

「…」

 

「っ!…っ。」

 

 

 少女達の隣を通り過ぎる瞬間、目が合った気がした。少年はこちらに向かい僅かに口角を上げたような気がした。

 

(もしかして…私達のために態と…)

 

 そう思ったが先ほどの少年のように天竜人の怒りを買ってしまう事に恐怖してしまい、少年が連れ去られるのをただ無力に眺めているしか出来なかった。

 

 

 

 

 少年が牢へ戻ってきたのは、それから丸一日が過ぎた頃だった。重たい鉄扉が開き、衛兵が一人の少年を乱暴に投げ捨てる。

 

「チッ……死ななかったか。」

 

「次はもう少し楽しませろよ。クソガキ」

 

嘲るように笑うと、衛兵たちは扉を閉め、その場を去っていった。床に倒れ伏した少年は、ぴくりとも動かない。

 

黒髪は乾いた血で固まり、衣服は裂け、全身には鞭の跡や火傷が痛々しく刻まれていた。呼吸だけが、かろうじて生きていることを示している。

 

「姉様……。」

 

妹が震えながら袖を掴む。黒髪の少女は無言のまま少年へ歩み寄った。

鎖が床を擦る音だけが響く。少年の傍らに膝をつき、恐る恐るその肩へ触れる。

 

「……生きてる?」

 

「…………。」

 

返事はない。それでも胸はゆっくり上下していた。

 

「よかった……。」

 

思わず漏れたその言葉に、自分でも驚く。

昨日会ったばかりで名前すら知らない相手。それなのに、死んでいなくて安心している自分がいた

 

「……死ぬわけ、ねぇだろ。」

 

掠れた声が聞こえた。

 

少年はゆっくりと片目を開く。

 

「……!」

 

「喋らないで!そんな身体で……!」

 

三姉妹の長女…ハンコックは思わず声を荒げた。それを聞いた少年は小さく笑う。傷だらけの顔では、その笑みさえ痛々しい。

 

 

「あの屑どもに一発入れるまでは…俺は死ねない」

 

「あなた……。」

 

ハンコックは唇を噛んだ。聞きたいことは山ほどあった。

なぜあんなことをしたのか、どうして自分たちを庇ったのか。なぜ見ず知らずの相手のために。しばらく俯いていたハンコックは、小さく息を吸い込む。

 

「……ありがとう。」

 

その一言を絞り出すだけで精一杯だった。

 

「…何が」

 

「私達を守ってくれたんでしょ?だから態と…」

 

「はっ…何を勘違いしてんのか知らないけど俺はただあの屑どもが気に食わなかっただけだ」

 

 

 少年はそう吐き捨てるがハンコックには分かった。アレは必ず私達を守る為態と矢面に立ったのだと。そうしなければ私達が連れ出され酷い目に遭っていたのかもしれないのだから。

 

 

「いっ…流石に無茶しすぎたか…」

 

 

 我慢するような仕草を見せるその姿を見て、ハンコックは胸が締め付けられた。この人は、自分がどれだけ傷つくか分かっていて、それでも前へ出た。

 

 

「私の名前はハンコックよ。この子達は妹のサンダーソニアとマリーゴールド」

 

 

 少女の紹介に黒髪の少女…ハンコックの背中くれていた妹達が姿を現し小さく会釈する。

 

 

「貴方の名前を教えて」

 

「…レイ…レイ・ヴァルハートだよ」

 

「レイ…レイね。素敵な名前ね」

 

 

 少女は少年の名前を知った事で喜ぶ。しかし喜んでいたのも束の間に唐突な疑問が浮かんだ

 

 

「レイって私達と違ってすごい筋肉よね。それに胸の形も違う」

 

 

ハンコックの視線に映るはレイの肉体。レイの上半身には衣服などほとんど残っていなかった。露わになった身体は、年端もいかない少年のものとは思えないほど無駄がなく引き締まっている。

 

肩から腕にかけて伸びる筋肉は決して大きくはない。しかし、幾度となく酷使され続けたことで鍛え上げられた”実戦の肉体”だった。腹部には薄く割れた腹筋が浮かび、細身でありながら芯の強さを感じさせる体躯。

 

女性のような滑らかさや華奢さは一切なく、ただ生き残るためだけに積み重ねられた強靭さがそこにはあった。

 

 

 

「あん?そりゃそうだろうが。俺は男で女のお前とは違うに決まってんだろ」

 

 

何を当たり前のことを…そう言わんとばかりに言い放ったレイの言葉にハンコック含め姉妹達が固まる

 

 

「な、なんだよ。おかしなこと言ったか俺」

 

「「「……」」」

 

「お、お、」

 

「お?なんだよ」

 

「おと、おと、男ぉぉぉぉぉ!?」

 

「うっせ!?急に何だよ!?」

 

 

 

 この話をする前に少女達の生い立ちを説明しよう。

 

 少女達…ハンコック達の故郷は"アマゾン・リリー"と呼ばれる女人国(にょにんこく)である。島には九蛇(くじゃ)族と呼ばれる女性だけが暮らしており、代々優れた戦士を数多く輩出してきた。男性は島に住むことができず、子どもも不思議なことに女児しか生まれないとされている。そのため、世界でも極めて特殊な国家として知られる。

 

 要約すると女性だけの閉鎖的国家出身である彼女達は男性を間近で見たことが無く、ここにくる前に初めて見た男達もあのドブカスと屑どもなのでちゃんと"意識した男性"を見るのはこれが初めてなのである

 

 

 

「お、男ってあの男か!?筋肉を見せびらかしながら雄叫びを上げて歩き、気に入った女を担いで巣へ帰ると聞いたあの男か!?」

 

「どんな男だよ!?誰から聞いたんだよそんな適当な情報!?」

 

「ニョン婆はそう言っていたぞ!?」

 

「誰!?ニョン婆って誰よ!」

 

 

 

 ハンコックの男に対する異常な偏見を聞いたレイは驚く。どうやらハンコック達は男?を見たことが無いらしい。

 

 俺が初めての男?らしい。何とも卑猥な言葉に聞こえるがコイツはマジで言ってやがる。天然オブ天然美少女だからなまじタチが悪い。

 

 

「っち…いつつ」

 

「大丈夫かレイ!!ごめんなさい。貴方が怪我をしていた事を忘れていた」

 

 

 レイが脇腹を抑える様子を見たハンコックが慌てて駆け寄り介抱する。その様子を見た妹達は

 

 

「「ねぇ…」」

 

「これって姉様…アレよね」「私もそう思う。でも本当にあるのね。」

 

「色々種類があるって聞いてたけど姉様の場合ってーー」「うんうんーー」

 

「「一目惚れ!!」」

 

「「??」」

 

 2人の様子など梅雨知らず、妹達は違う話題で盛り上がっていた。

 

 

「ねぇ。レイはなんでここにいるの?」

 

「あん?」

 

 

 ハンコックはレイが何故こんなところに投獄されているのか理由を尋ねた。

 

 

「…概ねお前らと同じだよ。まぁ'ちょっと他の奴と違う"ってのもあるけどな。」

 

「??どういう事?」

 

「どうせ口でいっても理解出来ねぇし、今は"コイツ'のせいで何も出来ねぇからやめとく。…いつか教えてやるよ」

 

 

 そう言った視線の先にはレイの両腕を繋いでる"特別な石"で製造された手錠。それはそうとレイの言った通り確かにレイの容姿はハンコックから見ても美しい顔をしていると思う。黒髪に冷たい表情を見せる蒼色の瞳。

 

 

「……」

 

「ーーおいーーおいーーおい聞いてんのかハンコック!」

 

「え、え、何?」

 

 

 ハンコックはレイの顔を見ながらどこか惚けていた。理由はわからないがレイの瞳を見た途端意識望楼とし何も考えられなくなってしまったのだ。このような感覚に初めて陥ったハンコックはひどく驚いた。

 

 

4人はひたすら束の間の談笑を楽しんだ。

 

そしてしばらく経った後レイは黙り込んだ。

 

そして三姉妹を順番に見渡す。その瞳に宿っていたのは、同情でも憐れみでもない。“これから起こる悲劇を知っている者”だけが浮かべる、静かな覚悟だった。

 

「……これから、お前たちに何が起きるか教えてやる。」

 

その一言に、三姉妹の表情が強張る。

 

「天竜人は、お前たちを奴隷として飼おうとするだろう。首輪を付けられ、逃げられねぇように印を刻まれる。」

 

「印……?」

 

「焼印だ。」

 

レイは短く答えた。

 

「“天翔る竜の蹄”。一度刻まれりゃ、一生消えねぇ。地獄の烙印だ」

 

ハンコックは息を呑んだ。

 

「そ、そんな……。」

 

「それだけじゃ終わらねぇ。」

 

レイは拳を握る。

 

「命令に従わなけりゃ痛めつけられ機嫌が悪けりゃ殴られる。暇潰しに呼び出されたと思ったら。飽きれば捨てられる。お前たちに人権なんてもんは存在しねぇ。奴らにとっちゃ、お前たちは人間じゃなく”物”だからな。」

 

ソニアが震えながらハンコックの背中へ隠れる。

マリーゴールドも今にも泣き出しそうだった。

 

「嫌……。」

 

「帰りたいよ……。」

 

その声を聞いたレイは目を閉じ、小さく息を吐く。

 

 

「安心しろ。…そんな事は俺が許さねぇ。」

 

「「「え?」」」

 

「いいか?奴等が来たら俺があいつらを引き付ける。」

 

「どういう事……?」

 

ハンコックが顔を上げる。

 

「昨日見ただろ。あいつらは俺を気に入ってる。いや、正確には”気に食わねぇ玩具”としてな。」

 

レイは自嘲気味に笑った。

 

「俺が反抗すりゃ面白がりまた呼び出す。そして拷問する。その間は、お前たちへ目が向きにくくなる。」

 

「そんな……!」

 

ハンコックは思わず立ち上がる。

 

「そんなこと続けたら、貴方が死んじゃう!」

 

「死なねぇよ。」

 

レイは即答した。

 

「死ぬわけにはいかねぇ。あと一週間。後一週間の我慢だ。それまで耐えればいい。」

 

「一週間……?」

 

「その頃には、この地獄は終わる。」

 

レイはゆっくりと手錠へ目を落とした。

 

「俺には仲間がいる。アイツは別の牢に囚われてる魚人族。その名もフィッシャー・タイガー。俺たちはずっと前から決めてた。このマリージョアをぶち壊して、奴隷を全員解放するってな。」

 

牢の中に静寂が落ちる。

 

「だから約束しろ。」

 

レイは三姉妹を真っ直ぐ見据えた。

 

「あと一週間だけ、生き延びろ。俺がお前達を必ず救ってやる」

 

その言葉は、絶望しかなかった牢獄で、三姉妹が初めて掴んだ”希望”だった。ハンコックは結局、レイが犠牲になっていると分かっていながら何も出来なかった。ただひたすら毎日、レイが天竜人を煽りレイの言葉や態度に釣られた屑どもがレイを痛ぶる様子をただひたすら見ているしかなかった。おかけでハンコック達は奴隷の烙印を押されることもなくただひたすら放置されていた。

 

 もちろん、レイが帰ってきた時はひたすらにレイを癒そうと努力した。でもそんな事レイがやられている拷問と比べたら…いや比べることも烏滸がましい。

 

 

「…あ、後少しだ…後少し我慢しようぜ。…」

 

「…レイ。」

 

「…泣くなよ。…必ず俺がお前達をこの地獄から救ってやる」

 

 

 その言葉を聞いたハンコックは胸がはち切れそうな痛みが襲った。

 

 

「ごめんね…ごめんねレイ」

 

「「…姉様」」

 

「…すぅ…」

 

 

 痛みを堪えていたレイはいつの間にかハンコックの膝の上で眠りに入り、ハンコックはその表情やレイの気持ちを知り涙を流した。雫がレイの頬に落ち体を流れる。運命の1日まで後少し…2人を…いや全人類が待ち望んだ日が刻一刻と迫ってきていた。

 

 

 

 

その日、いつものようにハンコック達を庇い拷問部屋へと連れられたレイであるが部屋に着くや否や聖地マリージョア全土を揺るがす轟音が響く。 

 

 

「な、何事だえ!?」

 

「ほ、報告します!!」

 

衛兵が血相を変えて部屋へ飛び込んだ。

 

「た、大変です!! 奴隷が反乱を!!」

 

「魚人が!!」

 

「フィッシャー・タイガーが奴隷を率いて暴れています!!」

 

「な……なんだえぇぇぇ!?」

 

天竜人の顔から余裕が消える。外では怒号と爆発音が鳴り響き、煙が窓の外を覆っていた。

 

「早く海軍を!!」

 

「神の騎士団を呼ぶんだえ!!」

 

部下たちが慌ただしく駆け回る。

 

そんな中――カチャリと小さな金属音が部屋に響いた。

 

「……あ?」

 

誰も気づかなかった。

 

レイの手首を拘束していた石の手錠が、静かに床へ落ちる。

 

「な……。」

 

レイはゆっくりと立ち上がる。

 

腫れ上がった頬に裂けた唇全身傷だらけのレイ。

それでも、その蒼い瞳だけは死んでいなかった。

 

「て、手錠が……。」

 

部下の一人が震える。

レイは懐から一本の細い鍵を取り出し、指先で遊ぶように回した。

 

「そんな……いつの間に……。」

 

「昨日だ。」

 

レイは笑った。

 

「お前らが俺を殴るのに夢中だった頃、作っといた。」

 

「馬鹿な!!」

 

「鍵なんか作れるわけ――」

 

「あるんだよ。」

 

レイは鍵を握り潰した。

 

「お前らみてぇな間抜け相手ならな。」

 

「こ、この奴隷を殺せぇぇぇ!!」

 

衛兵たちが一斉に剣を抜く。

しかし一歩レイが踏み込んだ、その瞬間一人目の衛兵の喉元へレイの腕が伸びていた。鈍い音とともに首が折れる。

 

「が……。」

 

衛兵はそのまま崩れ落ちた。「ば、化け物!!」

 

二人目が剣を振るう。レイはその腕を掴み、メリメリッと鈍い音を鳴らしながら力任せにへし折った。

 

「ぎゃああああ!!」

 

悲鳴を上げる衛兵の腹へ蹴りを叩き込み、壁まで吹き飛ばす。

 

残る衛兵たちは足を止めた。さっきまで拷問していた少年が。今は自分たちを見下ろしている。

 

「来いよ。」

 

レイは血を拭いながら笑う。

 

「おらどうした。さっきまでの威勢は。俺が鎖を外しただけで、その程度か。」

 

「ひっ……。」

 

「腰抜けどもがっ…」

 

天竜人は震えながら後ずさる。

 

「ま、待つんだえ……。わ、わちしは世界貴族なんだえ……。神なんだえ……。」

 

レイはゆっくり近づいた。

 

「神?」

 

鼻で笑う。

 

「寝言は墓場で言え。」

 

天竜人は尻もちをつきながら叫ぶ。

 

「か、金ならやるんだえ!!女も!!何でも――」

 

「んなもん要らねぇよ」

 

レイは冷たく言い放つ。

 

「俺が欲しかったのは。お前らが奪った命だ。でも、それはもう返ってこない。」

 

レイは天竜人を見下ろした。その瞳に怒りはなかった。あるのは、長年積み重ねてきた決意だけ。

 

「だからせめて。お前らが踏みにじった奴らの恐怖くらいは。最期に味わえ。」

 

「い、嫌だえぇぇぇ!!」

 

レイは静かに拳を握る。

 

「これは復讐じゃない。報いだ。」

 

拳が振り下ろされる。天竜人の叫び声と肉が潰れる鈍い音が何度も響き渡りやがて部屋に静寂が戻る。

 

レイは倒れた天竜人を一瞥すると、床に転がる鍵束を拾い上げた。そして扉へ向かって歩き出す。

 

「待ってろ……ハンコック。タイガー。今、向かう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃――。

 

「急げ!! 今のうちだ!!」

 

鉄格子を切り裂き、次々と奴隷たちを解放していく大男。魚人族、フィッシャー・タイガーだった。

 

「外へ出ろ!! 自由はもう目の前だ!!」

 

牢獄中へ響くその声に、絶望しか知らなかった奴隷たちは涙を流しながら走り出す。その中には、ハンコックたち三姉妹の姿もあった。

 

「姉様!」

 

「早く!」

 

「う、うん!」

 

三姉妹はタイガーに導かれ、牢獄を駆け抜ける。だがハンコックだけは何度も後ろを振り返っていた。

 

「……レイ。」

 

胸騒ぎが止まらない。

 

「待って!!」

 

突然足を止めたハンコックに、タイガーも振り返る。

 

「どうした!!」

 

「レイがまだなの!私はレイを助けに行く!」

 

そう言って来た道を戻ろうとする。

 

しかし――。ガシッと太い腕がハンコックの肩を掴んだ。

 

「離して!!レイが!レイがまだなの!!」

 

必死にもがくハンコック。タイガーは静かに首を振った。

 

「あいつなら大丈夫だ。」

 

「でも!」

 

「俺たちは何年も前から、この日のために準備してきた。落ち合う場所も決めてある。必ず来るさ。」

 

その声には、一切の迷いがなかった。

 

「信じろ。」

 

短い一言…それだけで十分だった。いやそれを信じるしか無いハンコックは唇を噛み締める。

 

「……っ。」

 

涙が零れる。

 

「お願いだから……。死なないで……レイ…」

 

タイガーは何も言わず、再び走り出した。奴隷たちも後へ続く。ハンコックも何度も後ろを振り返りながら、その背中を追い掛けた。

 

やがて一行は巨大な広間へ辿り着く。

 

高い天井に豪華な柱…マリージョアの中心へと続く大広間。

 

「出口はもうすぐだ!!」

 

タイガーが叫ぶ。奴隷たちの顔へ希望が宿る。

 

「助かった……。」

 

「帰れるんだ……。」

 

誰もがそう思った。その時だった。

 

カツン、カツンと静寂の中、靴音が響く。

 

「……。」

 

タイガーの表情が変わる。広間の反対側…そこから純白のコートを纏った海兵たちが整然と並ぶ。その後方には、白銀の甲冑を身に纏った騎士たち。

まるで逃げ道を塞ぐように。

 

「ここまでだ。」

 

冷たい声が響く。

 

「奴隷どもの逃亡は確認した。」

 

「これより制圧を開始する。」

 

次の瞬間だった。

 

「撃て。」

 

銃声が轟く。

 

――ダァン!!…と奴隷の一人が胸を撃ち抜かれ、その場へ倒れる。

 

「きゃああああ!!」

 

「逃げろ!!」

 

「いやぁぁぁ!!」

 

地獄が始まった。海兵たちは容赦なく引き金を引き続ける。騎士たちは剣を抜き、逃げ惑う奴隷たちを次々と斬り伏せる。

 

「やめろぉぉ!!」

 

タイガーが飛び込む。巨大な拳で海兵を吹き飛ばし、奴隷を守る。

 

しかし敵は多い。四方八方から押し寄せてくる。

 

「姉様!!」

 

ソニアが叫ぶ。振り返ったハンコックの目の前には、一人の騎士が立っていた。

無言のまま剣を振り上げる。

 

「奴隷は生かしておく必要はない。」

 

「……っ!」

 

身体が動かない。恐怖で足が竦む。

 

(こんな所で死ぬのね……。レイ…)

 

死を覚悟する…そう思った、その瞬間甲高い金属音が広間へ響いた。

振り下ろされたはずの剣は、ハンコックへ届いていなかった。

 

「……え。」

 

目の前には、一人の少年。傷だらけの肉体と返り血を浴びながら、それでも真っ直ぐ立つ背中。蒼い瞳だけが、鋭く騎士を射抜いている。

 

「俺の目の前で――」

 

レイは騎士の剣を片手で受け止めながら、低く呟いた。

 

「これ以上、誰かを泣かせられると思うな。」

 

次の瞬間騎士の身体が宙へ舞った。広間中の視線が、一斉にレイへ集まる。

ハンコックは震える声で、その名を呼んだ。

 

「……レイ。」

 

レイは振り返り、小さく笑う。

 

「約束しただろ。必ず助けるって。」

 

誰もが待ち侘びた男が帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀の甲冑を纏う神の騎士団が、一斉に剣を抜く。

 

「奴隷を一人たりとも逃がすな。」

 

「反逆者は皆殺しだ。」

 

その声と同時に、数十人の騎士がレイへ襲い掛かった。

 

「レイ!!」

 

ハンコックの悲鳴が響く。

しかしレイは振り返らない。ただ静かに右手を前へかざした。

 

「悪いな。この能力……まだ誰にも見せたことねぇんだ。」

 

レイは静かに息を吐く。足元から白い冷気が溢れ始める。

 

床や壁、天井と言ったありとあらゆるマリージョアそのものが白く染まり始めた。

 

 

「なっ……!?」

 

「何だこれは……。」

 

「"悪魔の実"の能力者か……!」

 

騎士の一人が震えた。吐く息は白く凍り、剣には霜が張る。

その瞬間冷気が爆発した。

 

「氷造形(アイスメイク)―― 限界突破 一勢乱舞(アンリミテッド いっせいらんぶ)!!」

 

数百本もの氷の剣が空中に現れる。まるで空を覆う氷の豪雨のように

 

「穿て」

 

レイが指を鳴らす。氷刃が一斉に降り注ぐ。

 

神の騎士団は必死に防ぐ。しかしあまりの数の多さに何人もの騎士が氷に貫かれ倒れる

 

「馬鹿な!」

 

「剣が……。」

 

騎士の剣が触れた瞬間、氷に包まれ、そのまま砕け散る。

 

「武器が凍った!?」

 

一人の騎士が背後から斬り掛かる。

 

「死ね!!」

 

レイは振り向きもしない。

 

「氷造形――《氷盾》」

 

巨大な氷壁が一瞬で生成される。

 

騎士の剣は弾かれ、その衝撃で折れた。

 

「なっ……。」

 

レイは肩越しに見ただけだった。

 

「遅ぇ。氷造形――《氷戦斧》」

 

巨大な氷の戦斧が生成される。振り抜いた一撃は騎士数人がまとめて吹き飛び、石壁を突き破る。

 

レイの強さに逃げ惑う騎士たち。

 

「ば、化け物……。」

 

「これが……奴隷だと……。」

 

レイは血を拭いながら前へ歩く。

その背中を見つめるハンコックは、息を呑んでいた。誰よりも傷だらけなのに。誰よりも真っ直ぐ立っている。

 

レイは神の騎士団を見渡し、冷たく吐き捨てた。

 

「“神”なんて大層な名前を背負ってる割には……。随分と脆いじゃねぇか。」

 

「だったら教えてやる。」

 

レイの周囲に、龍、狼、槍、剣、鎖――無数の氷の武器が次々と造形される。

 

「俺の氷が砕くのは、肉体だけじゃねぇ。お前らが信じてきた”神”って幻想そのものだ。さぁ来いよ。神の騎士団。今日はお前らの信仰ごと、全部凍らせてぶち砕いてやる。」

 

 

 そこからはまさにレイの独壇場であった。数多の軍勢をレイは薙ぎ倒しとうとう最後の神の騎士団を退けたレイは、最後尾に立っていた。

 

それでも何故か嫌な予感が拭いきれないレイは大きく声を上げる

 

「行け!!」

 

その一喝に、タイガーは奴隷たちを率いて走り出す。

 

「レイ!」

 

ハンコックが振り返る。

 

「早く!一緒に――!」

 

「いいから行け!!」

 

レイの怒声が響く。

 

「俺は後から追いつく!」

 

その言葉を信じるしかなかった。

タイガーは歯を食いしばり、ハンコックの腕を掴む。

 

「走れ!!」

 

一行が出口へ向かおうとした、その瞬間だった。

途端に空気が変わる。まるで世界そのものが息を潜めたかのような、異様な威圧感。静かだった通路に、靴音だけが響く。

 

 

その場にいた誰もが足を止めた。通路の奥から数人の男達が現れる

 

黒いマントを翻す一人の男。そして、その後方には世界最高権力――五老星。

 

圧倒的な威圧感が、その場を支配する。レイは小さく息を吐いた。

 

「……やっぱ来やがったか。」

 

男は静かに剣を抜く。

 

「神へ刃を向けた罪は重い。」

 

レイは口元を吊り上げる。

 

「神だと?笑わせんな。人を踏みにじる奴が神なら……」

 

コチコチ、と。冷気が拳を包む。

 

「そんな神を俺は認めねぇ。」

 

背後ではタイガーが叫ぶ。

 

「レイ!!」

 

レイは振り返らない。

 

「タイガー。約束通りだ。全員連れて行け。だが――!これは命令だ。」

 

短い沈黙の末、レイの覚悟を見たタイガーは静かに頷いた。

 

「……必ず。必ず、お前のことは忘れねぇ。」

 

レイは笑う。

 

「あぁ。達者でな」

 

ハンコックは涙を流しながら首を振る。

 

「嫌……!嫌よ!一緒に帰るって約束したじゃない!」

 

レイは優しく微笑んだ。

 

「すまん。約束は守れそうにねぇ。だからお前は生きろ。自由になれ。それが俺が送る最後の約束だ」

 

ハンコックは叫ぶ。

 

「レイ!!」

 

しかし、その声を遮るように、レイは一歩踏み出した。背中だけを見せたまま。

 

「この先へは、一歩も通さねぇ。」

 

氷が大地を覆う。冷気が天を突く。レイは両手を広げる。

 

「──"コチコチの実"…氷造形(アイスメイク)・極寒城塞(フロスト・シタデル)」

 

轟音と共に、巨大な氷壁が幾重にもそびえ立つ。その壁の向こうから、激しい衝撃音が何度も響く。

 

一撃…また一撃と氷が砕ける音が響く中レイは何度も氷を造り直し、押し返し続けた。

 

「まだだ……!まだ行かせねぇ……!」

 

タイガーたちは、その間に港へと辿り着く。船が岸を離れる。ハンコックは船縁から必死に岸を見つめていた。

 

「レイーーーーー!!」

 

その叫びが海へ響く。次の瞬間炎と轟音が鳴り響きマリージョアの断崖が崩れ、巨大な氷壁が粉々に砕け散る。

 

その中から、一つの人影が大きく吹き飛ばされた。

 

「レイ!!」

 

ハンコックは身を乗り出す。黒髪の少年は、最後にこちらを見た。

 

そして、小さく笑った。その笑顔だけは、牢獄で初めて見せたものと何も変わらなかった。

 

やがてその姿は白い飛沫に飲み込まれ、荒れ狂う海へと落ちていく。誰も、その姿を見つけることはできなかった。

 

海は静かに波を返すだけだった。

 

その日を境に、「レイ・ヴァルハート」という名は歴史に大きく刻まれた。

 

神が負けた日、神に屈辱を与えた男の勲章を称して【天堕とし】…と

だが、一人の少女の心からだけは、決して消えることはなかった。

 

後に「海賊女帝」と呼ばれるボア・ハンコックは、生涯その蒼い瞳と、「自由になれ」という最後の言葉を忘れることはなかった。

 

 

 

 




さてオリ主のお手本となったキャラは誰でしょうか!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。