天堕とし   作:心ここにあらず

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同盟と会談

朝日が海を黄金色に染める。

 

巨大なモビー・ディック号の甲板には、白ひげ海賊団の隊員達が並んでいた。

 

 宴の日から数日。レイとヤマトは、この船で短いながらも穏やかな時間を過ごしていた。隊員達と酒を酌み交わし、拳を交え、笑い合う。

ほんの数日だったが、彼らは確かに”家族”というものを感じていた。

 

そして今日二人は再び海へ旅立つ。

 

「もう行くのか。」

 

ジョズが腕を組みながら笑う。

 

「もう少し鍛えてやってもよかったんだがな。」

 

「十分世話になった。」

 

 レイは静かに頭を下げる。

 

「ありがとう。」

 

 ビスタは腰の剣へ手を添え、小さく微笑んだ。

 

「君ほどの戦士は久しぶりだ。次に会う頃には、さらなる高みへ登っていることを期待しているよ。」

 

「あぁ。その時は、また一戦お願いする。」

 

「望むところだ。」

 

 二人は笑い合う。マルコは小さな袋を放り投げた。

 

「旅じゃ何かと必要になるよい。」

 

中には薬や包帯がぎっしり詰まっている。

 

「全部俺特製だから安心しな。」

 

「……助かる。」

 

レイは珍しく柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとな、マルコ。」

 

「礼なら強くなっていつか親父の為に返してくれりゃいい。」

 

その時重々しい足音が甲板へ響く。隊員達が左右へ道を開ける。

現れたのは、巨大な薙刀を肩へ担いだ一人の男。

 

エドワード・ニューゲート。白ひげだった。

 

「グラララララ!!」

 

豪快な笑い声が海へ響く。

 

「もう出るのか、小僧。」

 

「あぁ。」

 

「やることが山ほどある。」

 

「そうか。」

 

白ひげはレイの前まで歩み寄る。その巨体はまるで山。それでもレイは真っ直ぐ見上げる。白ひげは満足そうに笑った。

 

 

「オメェらみてぇなちんけな集団じゃあ護られるもんも不安でしょうがねぇだろ」

 

「はっうるせぇよ。」

 

 

 そう言うレイの表情は笑っている。白ひげもまた、その返答を気に入ったように豪快に笑った。

 

「生意気なガキだ。」

 

 そう言うと、白ひげは足元に立て掛けてあった一本の旗を無造作に掴み、そのままレイへ放り投げる。

 

「…コレは」

 

「それを一緒に持ってけ。」

 

レイは片手でそれを受け止める。

 

手に伝わる重みは、ただの布ではない。

 

ゆっくりと旗を広げた瞬間、その場にいた船員達からどよめきが起こった。

 

「親父……!」

 

「そいつぁまさか!?」

 

 旗の中央には、レイ達が掲げる黄金の龍が大きく描かれている。

蒼天を裂くように翼を広げた龍は、鋭い黄金の瞳で世界を見据え、その爪は理不尽を象徴する城を踏み砕いていた。

 

しかし、それだけでは終わらない。

 

 龍の背後には、白ひげ海賊団を象徴する白い髭の紋章が重なるように刻まれている。まるで巨大な白い三日月が黄金の龍を包み込み、その背を預かるかのような意匠。

 

 黄金と純白。二つの象徴が交わることで、互いを侵食することなく、一枚の旗として完成されていた。

 

 それは上下関係を示す旗ではない。従属でも、支配でもない。

対等な盟約。互いの信念を認め合った者だけに許される証。

 

白ひげは腕を組み、豪快に笑った。

 

「おい…コイツは」

 

「オメェの夢に俺も乗ってやるって言ってんだ。オメェの管轄にその旗を掲げとけ。オレの縄張りじゃあ、その旗に手ぇ出す馬鹿ァいねぇ。もし手ぇ出す奴がいたら……」

 

白ひげの笑みが、獣のように鋭く歪む。

 

「そいつぁ白ひげ海賊団にも喧嘩売ったってことだ。」

 

甲板にいた隊長達が一斉に笑う。

 

「そりゃあいい!レイ達なら大歓迎だ!」

 

「ヤマトちゃんはそのままうちに来いよ!」

 

マルコは苦笑しながら肩をすくめた。

 

「親父らしい餞別だよい。」

 

レイはしばらく無言で旗を見つめる。

 

 自分の理想。白ひげの信念。二つの覚悟が、一枚の旗に刻まれていた。

やがて静かに旗を肩へ担ぎ、小さく笑う。

 

「……ありがとう」

 

その一言に、白ひげは腹の底から笑い声を響かせた。

 

「グラララララ!!その旗が世界中にはためく頃にゃ、オレァ酒でも飲みながら噂を聞いてるさ。」

 

朝日に照らされた旗が風を孕み、大きく翻る。黄金の龍は未来を見据え、白き三日月はその背を支える。

 

それは海賊旗ではない。国家の旗でもない。

 

“守る者”と”守り続けた者”。

 

二つの意志が海に刻んだ、揺るぎない同盟の証だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海軍本部・マリンフォード

 

海軍元帥執務室。

 

静まり返った部屋に、紙をめくる音だけが響く。

 

海軍元帥――センゴクは、机の上へ積み上げられた報告書へ目を落としていた。

 

その大半は海賊の討伐報告。革命軍の動向。四皇の監視記録。

どれもが海軍の日常だ。しかし、その中に一枚だけ。赤い印で**『最優先』**とされた報告書が混じっていた。

 

「……。」

 

センゴクは静かに封を切る。

 

読み進めるにつれ、その眉間には深い皺が刻まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【海軍本部機密報告書】

 

機密区分:S級(元帥・大将閲覧限定)

 

件名

 

新興勢力『"エデン連邦"』に関する調査報告

 

 

■確認人物

 

レイ・ヴァルハート

 

年齢:推定10代中盤

 

武器:悪魔の実(海軍大将であるクザン大将と類似)

 

覇気:詳細不明

 

危険度:S

 

 

ヤマト

 

年齢:推定10代中盤

 

武器:金棒

 

能力:不明(ゾオン系の可能性あり)

 

危険度:A+

 

 

■現在までの行動記録

 

・新世界及び偉大なる航路各地を移動。

 

・加盟国・非加盟国問わず介入。

 

・紛争地帯へ独自介入。

 

・独裁国家の王族及び軍部を排除。

 

・奴隷商人組織を複数壊滅。

 

・海賊勢力計17団体を殲滅。

 

・民間人への被害確認なし。

 

・占領行為なし。

 

・金品略奪なし。

 

・領土拡張行為なし。

 

 

■特記事項

 

解放後の土地へ独自旗を掲揚。

 

旗には黄金の龍が描かれ、世界政府を象徴する城を踏み砕く意匠を確認。

 

各地で以下の証言あり。

 

「あの旗がある限り平和は続く。」

 

「黄金の龍が帰ってくる。」

 

「もう誰も支配できない。」

 

 

■最新情報

 

白ひげ海賊団との接触を確認。

 

モビー・ディック号へ招待。その後、白ひげ海賊団との同盟成立を確認。

 

両勢力の象徴を組み合わせた盟約旗を使用。

 

縄張りに対する相互不可侵及び支援体制と推定。

 

 

■脅威評価

 

現時点で世界政府加盟国への敵対行為なし。

 

ただし、世界政府加盟国の支配体制へ武力介入を複数確認。思想的危険性は革命軍を上回る可能性あり。

 

民衆からの支持率急上昇。および加盟国住民による自主的旗掲揚を確認。

 

今後数年以内に巨大勢力化する危険あり。

 

 

■元帥判断要請

 

懸賞金付与

 

監視強化

 

CP0との情報共有

 

大将派遣の是非

 

 

センゴクは最後まで読み終えると、静かに報告書を机へ置いた。

部屋は沈黙に包まれる。

 

「……"エデン連邦"…奴らは海賊ではない。」

 

ぽつりと呟く。

 

「革命軍でもない。だが。」

 

 その一言だけで世界中の国々が動き始めている。

これまで海軍は海賊を取り締まれば良かった。革命軍を追えば良かった。

 

だが今回現れた者達は違う。略奪もしなければ支配もしない。

 

民を救い国を再建し。そのまま去っていく。その結果として世界中の民が彼らを支持している。

センゴクは椅子へ深く腰掛けた。

 

「……厄介だ。」

 

そこへノックが響く。

 

「失礼します。」

 

入ってきたのは中将だった。

 

「元帥。」

 

「何だ。」

 

「解放された地域ですが……。各地で同じ現象が起きています。」

 

「?」

 

「加盟国の住民までもが政府旗を降ろし、エデン連邦・黄金の龍の旗を掲げ始めています。」

 

「……。」

 

センゴクの表情が険しくなる。

 

「理由は。」

 

「住民達は口を揃えてこう言っています。」

 

「あの旗の方が守ってくれる。」

 

沈黙…長い沈黙だった。センゴクはゆっくり立ち上がる。

 

窓の外には巨大な正義の文字。

此処は海軍本部、世界最大の軍事組織。その元帥である彼だけが理解していた。

 

「これは武力の問題じゃない。思想だ。……思想が世界を侵食している。」

 

革命軍は世界政府を倒そうとする。

 

しかしレイ達は違う。彼らは民を救う。だから民が自然と集まる。力で従わせているのではない。

 

信頼で従わせている。それこそが世界政府が最も恐れる力だった。センゴクは再び報告書へ目を落とす。

 

そこには最後に赤字で一文だけ追記されていた。

 

 

【緊急追記】

 

対象勢力は現在も世界各地で勢力拡大中。加盟希望地域増加と新国家樹立の兆候あり。

 

放置した場合、

 

“第三勢力”として四皇・革命軍・世界政府に並ぶ可能性あり。

 

 

 

「市民が向こう側についている以上、我々海軍が力尽くでどうこうする訳にはいかない。…何より"白ひげ"」

 

 

 新興戦力であるエデン連邦にあの四皇・白ひげが旗に己が象徴を刻むほどの信頼を得ている。最早ただの海賊同盟よりも数段に厄介な組み合わせが出来上がってしまった。

 

 白ひげ海賊団単体でも海軍全勢力と同格…もしかしたら奴1人にやられる可能性すら有り得る。それほど規格外な男なのだ。"白ひげ"と言う男は

 

 そんな男がエデン連邦についた。コレがどれほど厄介なことか。

 

 

「エデン連邦に連絡を入れろ。時期は向こうに合わせる。良いか?奴らを一国として扱え。余計なプライドやミスで奴らの怒りを買う事だけはあってはならない…」

 

「は、はい!!」

 

「海軍本部からは私と…クザンで行こう。クザンも召集しておいてくれ。」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数か月後――エデン連邦・首都『エデン』

 

新世界にてかつて幾度となく戦火に焼かれたその島は、今や”奇跡の国”と呼ばれていた。

 

港へ停泊した軍艦から、センゴクとクザンは静かにその光景を見上げる。

 

「……これが。」

 

センゴクが思わず呟く。

 

「エデン連邦の首都か。」

 

海には巨大な軍港に整然と並ぶ艦隊…砲台はある。しかし、その砲口は海へではなく、空へ向けられていた。

 

侵略のためではなく、防衛のため。その思想が街並みだけで伝わってくる。

 

港では魚人族と人間が笑い合いながら荷を運び、巨人族が建築を手伝い、

ミンク族の子供達が人間の子供と追いかけっこをしている。

 

空には鳥が舞い、市場には世界中から集まった品々が並ぶ。

 

「……。」

 

クザンは帽子を少し上げる。

 

「驚いたねぇ。こんな国、本当にできちまうとは。」

 

センゴクは黙って歩く。

 

その横を海兵達が緊張した表情で進んでいく。子供達は元気よく挨拶をしてくる。

 

「こんにちは!」

 

「海軍のおじさん!」

 

海兵達の方が困惑していた。

 

「……敵視されてない。」

 

「どういうことだ。」

 

センゴクだけは理解していた。

 

(レイ・ヴァルハート……。そこまで頭が回る男だったかっ!)

 

 革命軍なら違う。海軍を”敵”と教える。

だがこの国は違う。おそらく敢えて海軍を憎まないように指導しているのだろう。その方が世界政府からの圧力も言い逃れ出来るやもしれん。

 

やがて一行は街の中央へ辿り着く。

 

その瞬間。

 

全員が足を止めた。

 

「……なんだ。」

 

一人の海兵が思わず声を漏らす。

 

目の前には、天を貫くような巨大な城がそびえ立っていた。

 

すべてが氷で築かれており透き通る蒼氷によって築かれた王城。

 

 塔はまるで巨大な氷柱、壁面には龍の彫刻が浮かび、陽光を受けて七色の光を放っている。城の周囲には無数の氷結晶が宙へ浮かび、まるで幻想世界だった。

 

 

「クザン…お前ならコレを創れるか?」

 

 

 センゴクの問いにクザンは苦笑いしながら答える

 

 

「冗談でしょ?こんなの無理に決まってますよ。第一俺と彼の能力は似て否なる全く別物ですから」

 

 

 海軍大将・クザンをも舌を巻く悪魔の実の高いこなし。

 

(これほどの規模を維持し続ける能力……。もし戦場で使われたなら。)

 

 センゴクはその想像を途中で止める。考えたくもない。

 

城門がゆっくり開き中から現れたのは、白銀の甲冑を纏う近衛兵達。

 

 その胸には黄金の龍。そして背には白い三日月。エデン連邦の精鋭部隊である。二つの象徴が刻まれている。隊長格と思われる男が一礼した。

 

「海軍元帥センゴク閣下。遠路はるばる、ようこそエデン連邦へ。連邦代表レイ・ヴァルハート様がお待ちです。」

 

センゴクは静かに頷く。

 

「案内を頼む。」

 

 巨大な扉が再び開かれる。中へ足を踏み入れた瞬間、海兵達は再び言葉を失った。床は一枚岩ではなく、透明な氷で作られている。その下を澄み切った水が流れ、

 

色鮮やかな魚達が泳いでいた。

 

左右には歴代の英雄ではなく、この国を守って命を落とした無名の兵士達の名が刻まれた氷碑。

 

豪華さを誇示するためではない。守った者達を忘れないための城。

 

センゴクは小さく息を吐いた。

 

「……なるほど。民が慕うわけだ。」

 

クザンはポケットへ手を入れたまま苦笑する。

 

「会う前から一本取られた気分だねぇ。」

 

案内された先は、神々しいほどの静寂に包まれた謁見の間。

 

天井を支える無数の氷柱は、まるで天へ伸びる神殿の柱。蒼白い光が差し込み、床一面に刻まれた黄金の龍の紋章を幻想的に照らしている。

 

その最奥、数十段もの階段の先に据えられた玉座は、氷と白銀、そして黄金で造られた巨大な王座だった。

 

一切の華美ではない。

 

見る者すべてに、**「この国の頂点」**であることを本能で理解させる威厳だけがそこにはあった。

 

そして――。

 

その玉座に静かに腰掛ける、一人の青年。

 

 

 漆黒の髪は、闇夜に照らされた満月のように儚く輝き、一房ごとに絹糸のような艶を帯びている。無造作に流された前髪の隙間から覗く蒼い瞳は、凍てつく氷海を思わせるほど澄み切っていながら、不思議な温かさを宿していた。

 

 その眼差しには誰にも揺るがされることのない絶対的な意志が静かに燃えている。

 

整った顔立ちは彫刻のように端正で、細部まで無駄がない。

 

 長い睫毛がその鋭い双眸を際立たせ、僅かに伏せた横顔だけで人々を息を呑ませるほどの気品を放っていた。纏う衣装は純白を基調とした正装であり王侯貴族を思わせる優雅さを持ちながらも、胸元や肩、袖口には蒼い氷結晶を模した銀細工が繊細に施され、光を受けるたびに雪の結晶のような輝きを放つ。

 

 肩から流れる純白のマントには、黄金の刺繍で一匹の龍が描かれていた。それは翼を広げ、天へ昇るその姿は、まさしくエデン連邦そのものの象徴。腰には一振りの剣が収められており鞘から溢れる冷気だけで周囲の空気を震わせ、その存在感は玉座以上に見る者の視線を惹きつける。

 

 均整の取れた長身は剣士として鍛え抜かれたしなやかな筋肉を秘め、決して威圧するためではなく、守るために磨き上げられた肉体であることが一目で伝わる。

 

その姿は王というより――

 

"白銀の騎士"

 

センゴクは静かにその姿を見上げる。

 

(……これが。世界中の民が希望を託した男か。)

 

まだ二十にも満たない若者。それにもかかわらず、その場に満ちる空気は歴戦の王や四皇にも劣らない。ただそこに座っているだけで、人は理解する。

 

 

 そしてその玉座の隣に立つのはこれもまた美しい女性である。

 

(彼女が報告書にあったヤマトか)

 

 

 腰まで流れる雪のような白髪は毛先だけが淡い蒼へ染まり、黄金の瞳は澄み渡る空のように力強く輝いている。鬼の角には白銀の簪が添えられ、その美しさをより一層引き立てていた。

 

 纏うのは、純白を基調とした彼女専用の振袖。最高級の絹で仕立てられた生地には、裾から袖にかけて蒼い氷花が咲き誇り、その上を黄金の龍が天へ昇るように刺繍されている。光を受けるたび金糸が輝き、まるで龍が生きているかのような神々しさを放つ。

 

 帯は深い蒼色で造られ中央には黄金の龍を象った帯留めが飾られ、背中には白銀の長い打掛が優雅に流れる。歩くたび袖が舞い、その姿はまるで雪原に舞い降りた天女のようだった。

 

 

「「「……っ」」」

 

 

 現にセンゴクが引き連れてきた部下達はヤマトを見ながら惚けている。

 

 並び立つ二人は、まるで一枚の絵画のような荘厳さを放ち、王宮に集う誰もが思わず息を呑むほどの美しさだった。

 

 

 

 

 

 センゴクは数歩前へ進み、静かに足を止める。その場にいた海兵達も一斉に姿勢を正した。

 

 海軍元帥として世界政府最高戦力を束ねる男。本来なら、海賊や新興勢力へ頭を下げる立場ではない。

 

 しかし――今日ここにいるセンゴクは、海軍元帥である以前に、世界政府を代表する外交官でもあった。

 

 目の前にいるのは一介の若者ではない。一つの国家を率いる代表者。その事実を誰よりも理解していた。

 

センゴクは右手を胸へ添え、ゆっくりと一礼する。

 

「……お初に目に掛かります。海軍本部元帥、センゴクです。本日はこのような会談の場を設けていただき、心より感謝申し上げます。」

 

 後ろに控える海兵達は息を呑む。元帥が、自ら先に名乗り、礼を尽くした。それは海軍では滅多に見ることのできない光景だった。

 

センゴクは表情を崩さないまま続ける。

 

「まず初めに申し上げたい。本日、我々は武力を携えて来たのではありません。一国家の代表者として、エデン連邦との対話を望み、この地を訪れました。海軍本部としても、不必要な衝突は本意ではありません。」

 

その言葉には一切の虚勢がない。むしろ、慎重ささえ滲んでいた。

 

(目の前の男を侮るな。)

 

センゴクは自らへ言い聞かせる。

 

 四皇・白ひげが盟約を交わした相手。世界中の民衆が支持し始めた国家。

そして何より目の前の青年は、この短期間で一国を築き上げた人物だ。

 

 年齢など関係ない、その実績だけで、礼を尽くす理由として十分だった。

センゴクは静かに視線を合わせる。

 

「レイ・ヴァルハート代表。改めて、お会いできたことを光栄に思います。本日は互いの立場や思想の違いを超え、一人の国家指導者として、率直なお話をさせていただきたい。どうか、よろしくお願いいたします。」

 

 そう言って、再び深く一礼する。その姿勢に、背後のクザンが帽子を少し押し上げ、小さく息を吐いた。

 

(センゴクさんらしいねぇ……。)

 

 敵意を向ければ、この国は敵になる。だが礼節を尽くせば、話し合いには応じる。センゴクは、長年の経験からそれを見抜いていた。だからこそ、この会談で最初に示したのは海軍の威厳ではない。

 

相手を一国の代表として認める、最大限の敬意だった。

 

 レイは玉座に腰掛けたまま、センゴクの一礼を静かに見つめていた。

その蒼い瞳は相手を値踏みするようでもなく、かといって油断している様子もない。

 

やがて、小さく頷く。

 

「ご丁寧な挨拶、感謝します。海軍元帥センゴク殿。」

 

穏やかな声だった。しかし、その一言だけで謁見の間の空気が変わる。

 

「まず訂正を一つ。」

 

レイは静かに立ち上がった。純白のマントがゆっくりと揺れる。

 

「この場にいる私達は海賊でも反乱軍でもありません。エデン連邦という、一つの独立国家です。ですから、本日の会談は国家間の会談として受けさせていただきます。」

 

淡々とした口調、だがその言葉には、一切の譲歩がない。

センゴクも静かに頷いた。

 

「承知しております。本日は世界政府の一機関である海軍本部を代表し、貴国との対話へ参りました。」

 

その返答にレイは満足そうに微笑む。

 

「ありがとうございます。話が早くて助かります。」

 

その瞬間張り詰めていた空気が僅かに和らぐ。

海兵達も思わず息を吐いた。

 

(空気を支配している……。)

 

誰もが同じことを思っていた。

若き王が、会話そのものを掌握している。レイは玉座の前までゆっくり歩み寄る。階段を降りてもなお、その歩みに焦りはない。

 

「どうぞ、お掛けください。」

 

そう言って視線を向ける。そこには玉座より一段低い位置に、大きな円卓が置かれていた。レイ自身も玉座へ戻ることなく、その円卓の席へ腰を下ろす。

 

「国同士の話し合いに、上下は必要ありません。互いに同じ席で話しましょう。」

 

センゴクは僅かに目を細めた。

 

(……玉座を降りた。)

 

形式では王であり交渉では対等に接する。その切り替えの早さに、思わず感心する。

 

「お気遣い、痛み入ります。」

 

センゴクも席へ着く。クザンも隣へ腰を下ろした。

 

一方、ヤマトはレイのすぐ後ろへ静かに控える。金棒こそ持っていないが、その存在だけで近衛兵達以上の威圧感を放っていた。レイは侍女が淹れた湯気の立つ茶へ視線を落とす。

 

「さて。まず確認しておきたいことがあります。」

 

その声色は最後まで穏やかだった。

 

「今回、この会談は海軍本部の意思でしょうか。それともーー」

 

レイは一拍置き、センゴクを真っ直ぐ見据える。

 

「世界政府そのものの意思でしょうか。」

 

その一言で海兵達の肩が強張る。核心を突いた質問に対してセンゴクの返答次第で、この会談の意味が大きく変わる。

 

レイは決して相手を追い詰めるような口調ではない。だが、最初に議論の主導権を握る問いを投げかけていた。

 

敵意は見せないし礼節も崩さない。それでも交渉では一歩も譲らない。

 

「……海軍元帥としての意思であり少なくとも、この場において世界政府の命令で来たわけではありません」

 

レイは静かに頷く。

 

「なるほど。つまり今日は、海軍元帥センゴク個人の判断で来られた、と。そう受け取ってよろしいですか。」

 

「ええ。かまいせん。」

 

センゴクは迷いなく答えた。

 

「ならば安心しました。」

 

レイは初めて柔らかな笑みを浮かべる。

 

「私は世界政府を信用していません。」

 

その一言に、海兵達の空気が張り詰める。

しかしレイは続けた。

 

「ですが、海軍という組織そのものを憎んでいるわけではありません。」

 

「……。」

 

「あなた方にも守るべき民がいる。私達にも守るべき民がいる。その点だけは同じでしょう。」

 

センゴクは黙って耳を傾ける。レイは湯飲みを手に取り、一口だけ口を付けた。

 

「元帥。一つ、お聞きしても?」

 

「…えぇ。いくらでも」

 

「あなたに取って正義とは何だと思いますか。」

 

突然の問いだった。海兵達も思わずセンゴクを見る。センゴクは少しだけ考え静かに答えた。

 

「難しい質問ですね。それは立場によって変わる。だからこそ海軍は法を造り秩序を守る。それが我々が望む正義となり得るように」

 

レイは否定しなかった。

 

「我々が望む…ですか…素晴らしい考えだと思います。ですが。」

 

その”ですが”に全員が息を呑む。

 

「法が民を守らない時、その法は、誰のために存在するのでしょう。」

 

センゴクの眉が僅かに動く。レイは淡々と続けた。

 

「奴隷売買や政府による押収、加盟国による重税。飢餓。腐敗した王族。私はそれらを、この目で見てきました。確かに海軍も来ました…が、結果として何も変わらなかった。あなた方が言う我々の正義を守ると言う言葉に偽りは無いと思います。」

 

「…」

 

「しかしあなた方が言う我々とは一体誰のことなんでしょうか?」

 

部屋が静まり返る。

 

「……」

 

 センゴクは質問の意図を理解しており何も答えられない。なぜならセンゴク自身が今の海軍に対して一番汚く正義とは到底思えない現実を見てきていたからだ。

 

 

「だから私は剣を抜いた。海軍に代わるためではありません。世界政府を滅ぼすためでもありません。ただ"あなた方が救えない"目の前で泣いている人間を、見捨てられなかった。」

 

 その声は静かだった。怒りと憎しみでもない。ただ事実を語っているだけ。だからこそ重かった。センゴクは目を閉じる。

 

 彼自身、その現実を知らないわけではない。理想だけでは世界は回らない。

だが、目の前の青年は、その理想を現実へ変えてきた。

 

「……レイ代表。貴方が素晴らしい人間性の持ち主で高貴で崇高な志を持つ人間なのは理解しました。しかしーー」

 

センゴクはゆっくり口を開く。

 

「…一つだけ確認したい。」

 

 此度の会談は最早この質問の真意を確かめる為と言っても過言では無い

 

「どうぞ。」

 

「貴国は世界政府へ牙を向けるつもりか。」

 

 部屋の空気が再び張り詰める。近衛兵達も海兵達も、一斉にレイへ視線を向けた。レイは少しだけ考え、静かに首を横へ振る。

 

「いいえ。」

 

その答えにクザンが僅かに目を見開く。

 

「私から戦争を始めるつもりはありません。エデン連邦は侵略国家ではないのだから」

 

「…では」

 

「ですが――」

 

 センゴクの言葉に重ねるように大きくレイが言い放つ。その蒼い瞳が真っ直ぐセンゴクを射抜く。

 

「もし世界政府が、この国の民へ剣を向けるなら。もし彼等が再び無辜の民から自由を奪うなら。その時は、エデン連邦は…何より"この俺が"全力で抗います。」

 

 

一国の代表として、自国を守る意思を述べただけ。

 

センゴクはゆっくりと息を吐く。

 

(……明確に敵ではない。だが、決して屈する相手でもない…か。)

 

「……その覚悟、しかと受け取りました。海軍もまた、市民を守ることを使命としています。願わくば、その日が来ぬことを祈ります」

 

レイもまた頷く。

 

「同感です。私は争いを望みません。剣は、抜かずに済むならそれが一番です。」

 

その一言で、再び場の空気は穏やかなものへ戻っていった。

 

 

それから会談は数時間に及んだ。互いに剣を交えることなく、国家同士として現実的な議題が並べられていく。

 

「エデン連邦で生産される鉱石についてですが。」

 

センゴクが口を開く。

 

「純度が極めて高いと報告を受けています。」

 

レイは頷いた。

 

「えぇ。国内で精錬技術を確立しました。輸出も可能ですが、武器目的ではなく、造船や医療設備への利用を条件としています。」

 

センゴクは感心したように書類へ目を落とす。

 

「……条件付き輸出ですか」

 

「ええ。私達はもう争いを生むための資源にはしたくありません。」

 

今度はクザンが尋ねる。

 

「農業も随分成功してるみたいだねぇ。」

 

ヤマトが嬉しそうに笑う。

 

「すごいんだぞ! 一年中作物が採れるんだ!」

 

レイが苦笑する。

 

「ヤマト。……説明は私が。島全体の気候をある程度調整しています。災害による飢饉は、ほぼ発生しません。医療品も不足しないよう各島へ定期的に輸送しています。」

 

センゴクは思わず目を細めた。

 

「国民を第一に考えているわけですか」

 

「当然です。」

 

レイは即答する。

 

「国家とは民がいて初めて成立するものですから。」

 

 会談はさらに続く。航路の安全保障に遭難船の救助。感染症が流行した際の医療協力とさらには魚人島との交易構想まで話題は広がった。

 

驚くべきことに、互いの意見が大きく衝突することは一度もなかった。

 

 

 

 夕刻。長時間に及んだ会談は終わりを迎える。

センゴクは静かに立ち上がる。

 

「本日は非常に有意義な時間でした」

 

「こちらこそ。」

 

レイも握手へ応じる。二人の代表が固く手を交わした。

 

「また必要とあれば、いつでも歓迎します。」

 

「ありがとうございます」

 

センゴクは穏やかに笑う。

 

「次はもう少し肩の力を抜いて来たいですな」

 

その言葉に、レイも僅かに笑みを浮かべた。

 

 

 海兵達が帰り支度を始める。

その時だった。

 

「……ちょっと待ってもらえますかねぇ。」

 

クザンが一歩前へ出た。センゴクが振り返る。

 

「クザン?」

 

クザンは帽子を取り、ゆっくりとレイへ向き直る。そして、海軍大将という立場でありながら、静かに頭を下げた。

 

「一つだけお願いがあります。」

 

その行動に海兵達がざわつく。

 

「大将が……頭を下げた……。」

 

クザンは穏やかな笑みを浮かべたまま続けた。

 

「勝負してもらえませんか。」

 

「……。」

 

「もちろん、生死を懸けたものじゃありません。純粋な手合わせです。」

 

レイは興味深そうに眉を上げる。

 

「理由を伺っても?」

 

クザンは帽子を被り直し、小さく笑った。

 

「俺も、あんたも同じ氷結系の能力者です。能力は似ていても、その在り方はまるで違う。それに――」

 

クザンの視線が鋭くなる。

 

「四皇・白ひげが認めた男。その実力を、一人の能力者としてこの目で見てみたい。海軍大将としてじゃない。氷を操る者同士として。」

 

王宮は再び静まり返る。センゴクは腕を組みながら、小さくため息をついた。

 

「すいません。レイ代表。クザンには私からきつく言い渡しておくのでーー」

 

「良いですよ」

 

「は?」

 

 クザンの申し入れに対して動じることなく了承したレイ

 

「ただし、ここではありません。この国の民に、戦いの余波を見せるわけにはいきませんから」

 

そう言ってレイは窓の外へ視線を向ける。遠く水平線の彼方には、人の住まぬ孤島が静かに浮かんでいた。

 

「場所を移しましょう。互いに全力を出しても、誰一人傷つかない場所で。」

 

その言葉に、クザンは静かに笑った。

 

「……望むところです。」

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