エデン連邦の中心部、その城塞都市の一角には騎士団専用の巨大な訓練場が存在していた。
そこは単に戦闘技術を磨く場所ではない。エデンの騎士たちにとって、自らの力を高めると同時に、何のために剣を握るのかを確かめる場所でもあった。
朝早くから広大な訓練場には、剣と剣がぶつかり合う音や、騎士たちの掛け声が響き渡る。
「力で押し切るな!相手を見極めろ!」
厳しい指導の声が飛び交うが、そこにあるのは恐怖ではなく、互いを高め合うための信頼だった。
エデン騎士団の理念は、強者が弱者を支配することではない。
――力ある者が、力なき者を守る。
その信念のもと、彼らは剣術や体術だけでなく、覇気の鍛錬や実戦を想定した戦闘訓練にも励んでいた。
海賊、未知の能力者、世界政府の脅威。
どのような敵が現れようとも、民を守り抜くために。エデンの騎士とは、ただ強い戦士ではない。国の盾であり、人々の希望となる存在なのだ。今日もまた、騎士たちは己の限界を超えるために剣を振るい続ける。全ては、自分たちが守るべき未来のために。
その訓練施設には普段見慣れない顔ぶれが顔を出していた。
「レイ代表!」
「あぁ」
「本日はどのようなご用件で?」
この訓練施設を管轄している騎士団の男が近づいてくる
「すまない。少しの間ここを借りれるか?」
「えぇ。訓練ももう終了するので構わないですが…我々も退出した方が宜しいですか?」
男はレイの背後に立つ見慣れない集団…革命軍を見て何やら只者ではないと判断したのか確認を取る
「いや、お前達にもいい勉強になるからな。そのままでいいぞ」
「はっ!!」
レイの言葉に駆け足で去っていく男。そして暫くすると…ようやく待ち望んだ男がやってくる
「もう"サボ"くん!!だから言ったじゃない!こう言う緊急の招集もあるかもって!」
「痛いって"コアラ'!」
「うるさい!」
「だって本当に呼び出されるなんて思わねぇだろ?」
騒がしい二人組がこちらに向かって歩いてくる。一人は明るいオレンジ色の髪を肩の辺りまで伸ばした少女。そしてもう一人…そんな少女に頬を引っ張られながら歩いてくる金色の髪を無造作に伸ばした少年。少年の方は年齢の割に細身の体つきではあるが、日々の鍛錬によって無駄のない筋肉が付き始めており、俊敏さを感じさせる。
「やっと来たかサボ。それにお勤めご苦労コアラ」
「あ!総司令!お疲れ様です!ほらサボくん!」
「はいはい。んで何でこんなとこに急に呼び出したんだよドラゴンさん」
現れた少年、サボは呼び出したんだドラゴンに怪訝そうな表情で問いただす
「まぁそう言うな。クマ達からお前の近況を聞いたものでな。」
「ふ〜ん」
「鍛錬に身が入らんそうじゃないか」
「だってクマは本気で相手してくんねぇし、同じ歳のやつはもう相手に何ねぇからな。…アンタが相手してくれるなら俺も頑張れるぜ…ドラゴンさん」
サボは挑発的な言動と視線をドラゴンに送る。ドラゴンはその様子に大きくため息を吐いた後話出す
「朗報だ。…俺なんかと比べものにならん程強い者を用意してやったぞ」
「ん?ドラゴンさんより?…もしかしてそっちの兄さん?」
ドラゴンの言葉に反応したサボはドラゴンの背後に構えるレイに視線を送る
「あぁ。彼はレイ。レイ・ヴァルハートと言いこの国を治めている人間だ。くれぐれもーー」
「へぇ!一眼見た時から強そうだなって思ってたんだよ!」
ドラゴンの忠告も聞かずにレイへと詰め寄り身長差のせいかしたから見上げるサボ。
「聞いてんぜ?アンタ強いんだろ?俺と勝負してくれよ」
「…躾のなってないガキはこれだから嫌いなんだ。」
「逃げんの?」
「…はぁ…ドラゴン」
「ん?」
「どこまでやって良いんだ?」
「治る範囲で頼む。鼻っ柱を折ってやってくれ」
サボの態度に呆れるレイと何度目かのため息を吐くドラゴン。
「先手必勝!!」
「あ!コラサボくん!」
背後を向きながらドラゴンと話すレイに対してサボは不意打ちを仕掛ける。背に掛けていた身の丈ほどもある鉄パイプを取り出し大きく振り落とす
(決まった!!)
己の攻撃が決まると確信したその時
『氷造形ーー"城壁(ランパート)"』
「うぉ!?」
サボが振り下ろす鉄パイプとレイとの間に巨大な氷壁が造形される。サボのパイプは氷の防壁に跳ね返され氷を蹴り反転しながら後退する。
「やるじゃん!」
「…」
「でもこれならどうかな!」
サボの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。次の瞬間、その右腕が漆黒へと染まった。
「その歳で覇気を扱えるのか」
少し感心したレイ。サボは五指を鋭く開き、まるで獲物へ襲い掛かる竜の鉤爪のように構える。
『竜爪拳――“竜の爪”!』
踏み込みと同時に放たれた一撃は、ただの貫手ではない。
五本の指先へ一点に集約された覇気が、岩すら握り潰す竜爪拳の破壊力を伴って氷壁へと食い込む。
分厚い氷壁に五本の亀裂が走る。まるで巨大な獣が引き裂いたかのように罅は一瞬で全体へ広がり、轟音と共に城壁は無数の氷塊へと砕け散った。
氷片が吹雪のように舞い、視界を白く染める。
「ははっ! その程度の氷じゃ俺は止められないよ!」
砕けた氷を突き抜け、サボはそのまま前へ躍り出る。
しかし――氷の向こうに立っていたレイは、一歩たりとも動いてはいなかった。
舞い散る氷晶を背に、ただ静かにサボを見据えるその瞳には、微かな動揺すら映っていない。まるで今の一撃さえ、予想の範囲内であったと言わんばかりに。
『氷造形ーー"氷欠泉"(アイスゲイザー)』
ザボの足元の地面から大量の氷が間欠泉のように噴き出される。鋭利な氷はサボを貫かんと高く伸びる
「っ!?ぶねっ!」
卓越した反射神経が死地を救う。地面を力強く蹴り、身体を大きく宙へと躍らせる。氷柱の群れは紙一重でその足元を掠め、轟音と共に天井近くまで突き抜けた。
――だが。空中へ逃れた、その瞬間こそがレイの狙いだった。
『氷造形ーー "氷天崩落(ひょうてんほうらく)"』
サボの真上に、巨大な影が落ちる。
「なっ……!」
見上げた先には、小山にも匹敵するほどの巨大な氷塊。それが重力に従い、圧倒的な質量を伴って真っ直ぐ降り注ぐ。
逃げ場はなく空中では身動きも限られる。
「くそっ!!」
右腕を漆黒の武装色で覆い、全身の力を拳へと集約する。
『竜爪拳――“龍王(りゅうおう)”!!』
渾身の一撃が氷塊へと叩き込まれる。
「うぉぉぉぉ!!」
竜爪拳の衝撃が巨大な氷を内側から砕き、無数の氷片が爆散する。だが、落下してくる莫大な質量と衝撃までは殺し切れない。
砕け散った氷塊が雪崩のようにサボへ降り注ぎ、そのまま身体ごと地面へ叩き落とした。
「がっ……!」
「サボくん!?」
さらに勢いは止まらない。衝撃に弾き飛ばされたサボの身体は石畳を何度も跳ね、一直線に施設の外壁へと激突する。壁面は蜘蛛の巣状に亀裂を走らせ、大量の瓦礫と粉塵が舞い上がった。
その土煙の向こうで、レイはなお微動だにせず立っている。
静寂の中、冷え切った蒼い瞳だけが、次の一手を待つようにサボを見据えていた。
「この程度か?」
「…っ…んな訳…ねぇだろ!!」
瓦礫を押しのけ、サボはゆっくりと立ち上がる。額から流れる血を乱暴に拭い、その口元にはなお獰猛な笑みが浮かんでいた。
傷だらけの身体。それでも闘志だけは微塵も衰えていない。レイは静かにその姿を眺め、小さく笑みを溢した
「伊達にドラゴンから期待されてる訳じゃないな」
サボは低く腰を落とす。その瞬間、両手がまるで獣の鉤爪のように開かれた。
武装色はまだ完全ではない。それでも両腕へ覇気を巡らせ、呼吸と共に全身の筋肉が弾けるように膨れ上がる。
次の瞬間――姿が消えた。
「速い」
レイの瞳だけが僅かに動く。左右、背後、正面と残像を残すほどの高速移動でサボが駆け巡る。
「ここだぁ!!」
四方八方から無数の貫手が襲い掛かる。
『竜爪拳――“龍牙乱舞(りゅうがらんぶ)”』
獣が獲物を食い裂くような連続爪撃。一撃ごとに指先へ覇気を集中させ、岩肌さえ抉る鋭さを持つ竜爪拳の連撃。
残像だけが幾重にも重なり、どこから本命が来るのか見切ることすら困難。
施設の石柱が掠めただけで五本の裂傷が刻まれ、轟音と共に崩れ落ちる。
「逃げるなぁ!!」
全身の回転を乗せた竜爪が一直線にレイの胸を貫く
その時ーー
「惜しかったな」
「っ!?」
サボの瞳が大きく見開かれる。確かに捉えたはずだった。だが、その竜爪が貫いたのは、レイの身体ではない。薄く舞い散る氷晶だけが宙を漂い、そこにあったはずの姿は霞のように掻き消えていた。
「残像……!?」
レイは踏み込んだ瞬間、足元へ氷を生み出し、その上を滑るように加速してサボの攻撃線から外れていたのだ。
サボが勢いのまま前へ体勢を崩した、その一瞬背後に冷たい気配が現れる。
「しまっ――」
振り返るよりも早く、レイの右手には一振りの蒼白い氷剣が握られていた。
『氷造形・白皇氷帝剣(はくおうひょうていけん)』
レイが持つ透き通る刀身が淡い輝きを放つ。しかし、その切っ先が振るわれることはない。レイは静かに剣を反転させると、柄頭をサボの首筋へ向けて振り抜いた。
「眠れ。」
「がっ!?」
急所を正確に捉えた一撃はサボの身体から一瞬で力が抜け、瞳から光が薄れていく。前へ一歩、二歩とよろめくと、そのまま膝を折り、ゆっくりと地面へ倒れ込んだ。
レイは倒れる寸前の身体を片手で支え、静かに地面へ横たえる。眠るような穏やかな寝息が聞こえ始めたことを確認すると、氷剣は細かな氷晶となって砕け、風に溶けるように消えていった。
「最後の攻撃は見事だったな」
レイは眠るサボを見下ろし、小さく微笑む。
「どうだ?ウチの未来は」
レイの元にドラゴンが歩み寄る
「若く冷静さにかける面もあるが…良いもん持ってるぜコイツ。覇気も気概も何より眼がいい。」
「…そうか」
「まぁ一個欠点を挙げるとすれば…奴の竜爪拳だっけ?あれはいい技だけどどれほど鋭い牙でも、冷静さを失えば届かない。焦りは、己自身の隙になる。それだけ伝えといてくれ」
「…感謝する」
静まり返った訓練場には、砕け散った氷と崩れた石柱だけが、二人の激闘の激しさを物語っていた。
エデン連邦――騎士団本部医療棟。
窓から柔らかな陽光が差し込み、静かな医務室には薬草の香りが漂っていた。
首筋に残る鈍い痛みと共に、サボの意識がゆっくりと浮かび上がる。
「……ん……」
重い瞼を開けば、見慣れない白い天井。革命軍の本部ではない。ここは――レイとの模擬戦が行われた、エデン連邦の医務室だった。
「……ここは……」
「サボくん!!」
部屋中へ響く甲高い声。次の瞬間、小さな影が勢いよく飛び込み、そのままサボへ抱きついた。
「うわっ!」
胸へ顔を埋め、肩を震わせるコアラ。涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、必死に服を掴んで離そうとしない。
「よかったぁ……!」
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「もう起きないんじゃないかって……! 死んじゃうんじゃないかって……!」
震える声が医務室へ響く。
「丸一日も目を覚まさないんだもん……!」
サボは驚いたように目を丸くした。
「丸一日……?」
自分ではほんの一瞬、意識を失っただけの感覚だった。困ったように笑いながら、コアラの頭へそっと手を置く。
「悪ぃ……心配かけたな」
「もう無茶しないでよ……。」
泣きじゃくるコアラを見て、サボは何も言い返せなかった。その時医務室の扉が開く
「目が覚めたようだな。」
静かな声と共に、医務室の扉が開く。
入ってきたのはドラゴン。コアラは慌てて涙を拭い、ドラゴンへ頭を下げる。
ドラゴンはベッドの傍まで歩み寄ると、静かにサボを見下ろした。
「悔しいか。」
その問いに、サボは拳を握り締める。
「……悔しい。」
サボは唇を噛み締め、俯いた。
「何も出来なかった。攻撃は全部防御されて最後なんて……何をされたのかも分からなかった。」
その声には、少年らしい悔しさと無力感が滲んでいた。
ドラゴンは静かに頷く。
「当然だ。」
「……え?」
「お前が戦った相手は、この世界でも頂点に近い実力者だ。」
ドラゴンはレイへ視線を向ける。
「年齢は若くとも、その力は世界政府ですら警戒する領域にある。今のお前が届かなくて当然だ。」
サボは黙って聞いている。
「だが、この敗北には意味がある。」
ドラゴンの声が静かに響く。
「お前は今日、自分の未熟さを知った。そして同時に、この世界の頂へ立つ者がどれほど強大な存在なのかを、その身で理解した。力だけでは勝てない。技も、判断も、経験も……全てがお前より上だった。ただそれだけの話だ。だが、お前には伸び代がある。十二歳で武装色を扱い、あそこまで食らいついた。並大抵の努力でないことは誰が見ても分かる」
サボはゆっくりと顔を上げる。その瞳には、既に敗北の色はなかった。
「……なら。」
拳を固く握る。
「もっと強くなる。次は絶対に負けねぇ。」
ドラゴンはその言葉を聞き、小さく笑みを浮かべる。
「その闘志を忘れるな。世界の頂は遠い。だが、お前なら、その景色を目指す資格はある。」
コアラはまだ涙目のままサボの隣に座り、小さく微笑んだ。
このエデン連邦で味わった人生初の大敗。それはサボにとって屈辱であると同時に、世界の広さと、自分が目指すべき高みを知る忘れられない一日となった。
――数日後。エデン連邦、氷城にてレイは執務室で山積みとなった書類へ視線を落としていた。
サボとの模擬戦を終え、革命軍との会談も滞りなく終了。再び国は穏やかな日常を取り戻している。
窓の外では騎士達が巡回を行い、人々は笑顔で街を行き交う。
戦乱とは無縁の、平和そのものと言える景色。しかし何故か嫌な予感がする。2度あることは3度あると言うのか…レイはそんな予感がしてならなかった。
そしてそんな静寂を――突如として、背筋を這い上がるような悪寒が貫いた。
「なんだ…」
レイの手が止まるら。机へ置かれた羽ペンが静かに転がった。
「……。」
空気が変わる。世界そのものが、一人の男の存在によって張り詰めたような感覚。
次の瞬間ーー凄まじい覇気が、氷城へ一直線に叩き付けられた。
それは暴力的に撒き散らされる威圧ではない。極限まで研ぎ澄まされた、一振りの名刀のような鋭い覇気。
レイは静かに椅子から立ち上がる。
この感覚は知っている。鬼ヶ島で激突した百獣の王、カイドウ。同盟を組む以前に覚悟を示した白ひげ。
あの世界最強格だけが纏う圧力。しかし、今回はその二人とも違う。
同時に、氷城中へ緊張が走る。
「敵襲だ!」
「この威圧は何だ……!」
「息が……!」
騎士達が一斉に武器を抜き、城内は騒然となる。その中を、レイだけが静かな足取りで歩き出した。
「お前達はここにいろ…いいか誰も剣を抜くんじゃない。…出なければ
"死ぬぞ"」
それだけで混乱していた騎士達は動きを止める。その様子を確認したレイは白い外套を羽織ると、そのまま城門へ向かう。
一方、その頃。エデン連邦の氷城の正門にて騎士団の面々は遠巻きに、一人の男を見つめていた。
黒き長衣と十字架のような巨大な黒刀と鷹を思わせる黄金の瞳。
その男は静かに氷城を眺めていた。
「……」
ここ数か月、海では一人の男の名が絶えず囁かれていた。
四皇カイドウと死闘を演じあの白ひげを認めさせ同盟を組み世界政府ですら容易に手を出せぬ独立国家を築き上げた男。
"レイ・ヴァルハート'
その存在は海賊問わず海で既に知らぬ者はいない。
男は僅かに笑う。
「面白い。」
男の名はジュラキュール・ミホーク。世界最強の剣士と呼ばれた彼は暇を持て余していた。
海へ出ても、挑む価値のある剣士はいない。剣を交えたいと思える相手もいない。そんな折に耳へ入った、一つの噂…
“四皇に並び立つ男がいる”
男の興味を駆り立てるにはその一言だけで十分だった。
「真偽を確かめに来た。」
最上大業物に並び立てられる世界最強の剣士に相応しい愛刀…黒刀・夜へ静かに手を添える。
「願わくば……。」
見る者全てを怯ませる黄金の瞳が氷城へ向く。
「退屈を終わらせてくれ。」
ミホークの問いに答えてか否か巨大な城門がゆっくりと開いた。白い外套を靡かせ、一人の青年が姿を現す。歩みは静かだが、一歩踏み出すたび空気が張り詰めていく。二人は十数メートルの距離で立ち止まる。
「随分なご挨拶だな"鷹の目"ミホーク」
「御託は良い…私が興味あるのは…貴様が"本物"かどうかのみ」
次の瞬間両者の覇気が正面から激突した。空気が軋み、大地へ亀裂が走る。
周囲の騎士達は息を呑み、今にも気絶してしまいそうな精神を踏ん張り止まらせる
ミホークの口元が、僅かに吊り上がる。
「どうやら噂は本当らしい」
レイも静かに口を開く。
「お前ほどの男が、わざわざこんな国まで何の用だ。」
ミホークは短く答えた。
「用など単純だ。」
黒刀・夜へ手を掛ける。
「俺は世界最強の剣士。強者がいると聞けば赴く。」
その黄金の瞳が真っ直ぐレイを射抜く。
「この海に、新たな頂が現れたと聞いた。ならばーー」
ゆっくりと世界最強の黒刀が鞘から姿を現す。
陽光を受けてもなお、漆黒の刀身は底知れぬ威圧を放っていた。
「その強さが本物か、どうか是非知りたいと思ってな」
レイはその刀身を一瞥すると、小さく笑みを浮かべる。
「アンタに褒められるとは光栄だ」
「ふっ…思ってもいない事を」
誰もが固唾を呑んで見守る中、二人の間に流れる空気だけが、戦いの始まりを告げていた。
次の瞬間―― 両者の姿が同時に掻き消えた。轟音だけが遅れて響き地面が爆ぜ、二人のいた場所から放射状に石畳が砕け散る。
甲高い金属音が王都中へ轟いた。黒刀・夜と、レイが生み出した氷の剣…二振りの刃が真正面から激突する。
凄まじい衝撃波が周囲へ吹き荒れ、訓練場を囲む外壁へ無数の亀裂を刻んだ。
「……!」
レイの瞳が僅かに細まる。
(重い。)
ただ速いだけでも鋭いだけでもない。一振りごとに山を断つほどの重量が乗っている。それでいて、恐ろしく滑らかだ。無駄が一切存在しない…まさに世界最強の剣士。その肩書きを疑わせない完成された剣だ。
再び火花が散る。僅かコンマ1秒…その間に十数度の剣戟が交わされる。騎士達には何一つ見えない。見えるのは火花だけ。
カイドウのような圧倒的膂力ではない。しかし、目の前の男は 純粋な剣技…
つまりは研ぎ澄まされた技術だけでここまで到達している。
その瞬間ミホークの姿が僅かに揺らぎ視界から消えた
レイが見上げるが既に頭上。黒刀が静かに振り下ろされる。
レイは即座に右手を掲げる。 黒刀と氷剣が激突した瞬間。甲高い破砕音が響いた。
白皇氷帝剣の刀身に無数の亀裂が走り、一瞬で砕け散る。
砕氷が陽光を受けて煌めきながら宙を舞った。
ミホークの黄金の瞳が僅かに細まる。
(終わりだ。)
防御は崩れた。
世界最強の剣士がそう判断するには十分だった。
間髪入れず、空中で体勢を立て直す。
黒刀・夜を再び振り上げると、常人では認識すらできない速度で二撃目を振り下ろした。
勝負を決めるための一太刀。
だが――。
「……何?」
ミホークの瞳が僅かに揺れる。
砕け散ったはずの氷剣。その氷晶が宙で逆巻き、まるで時間を巻き戻すかのように刀身を再構築していく。
柄だけを残して消滅した剣が、一瞬にも満たぬ時間で再び完全な姿を取り戻した。レイは微動だにせず、その再生した氷剣を静かに構える。二撃目が再び氷剣へ叩き込まれる。
今度は砕けない。衝突した瞬間、周囲へ凄まじい衝撃波が吹き荒れ、足元の石畳が放射状に爆ぜる。
しかし、レイの足は一歩たりとも退かない。
氷剣はなお健在だった。レイは口元に笑みを浮かべる。
「"コイツの強みはアンタの剣に耐え得る硬質"でも"海をも斬り捨てる切れ味"でも無い…コイツの強みは"俺の力が尽きない限り何度でも再生可能な構築能力"だ」
「ふっ…ならば貴様の体力が尽きるまで何度でも斬り落として見せよう」
「ヤレるもんならなぁ!」
レイが氷剣を振り抜いた瞬間、ミホークの足元一帯が白く凍り付く。
『氷造形――“氷山”』
轟音と共に地面を突き破り、巨大な氷山が一気に隆起した。その質量は軍艦すら容易く押し潰す規模。鋭利な氷柱を幾重にも生やしながら、世界最強の剣士を呑み込まんと牙を剥く。
しかし――。
「浅い」
黒刀・夜が一閃する。山脈のような氷塊は、抵抗する暇すらなく真っ二つへ裂け、崩壊した。
しかしその一瞬でレイは既に次の一手へ移っていた。
『氷造形――“氷神弓”』
砕け散った氷山の破片が宙で集束し、一張の巨大な氷弓を形成する。同時に数十、数百にも及ぶ氷矢が空を覆い尽くした。
弦が鳴り放たれた氷矢は暴風雨のようだった。音速を超える勢いで降り注ぐ無数の氷槍が、逃げ場を奪うようにミホークへ襲い掛かる。
だが、世界最強の剣士は空中で静かに黒刀を構えた。
「児戯だ」
一閃、二閃、三閃と複数にわたり振るわれる度に黒き軌跡が空を走り、迫る氷矢が一本残らず両断されていく。
更にその斬撃は矢だけでは終わらない。剣圧そのものが斬撃となって解き放たれた。幾重にも重なる飛ぶ斬撃が大気を裂き、レイへ一直線に迫る。
空間そのものが切断されるかのような圧倒的威圧を放つ中レイは即座に左手を掲げる。
『氷造形――“氷皇盾”』
レイの眼前へ巨大な氷盾が出現する。幾重もの氷層を重ねた超高密度の防壁。
並の攻撃では傷一つ付かない絶対防御。
しかし――黒き斬撃が激突した瞬間、天地を震わせる轟音が響いた。
氷盾全体が軋み、白い亀裂が蜘蛛の巣のように広がる。衝突で生まれた衝撃波は暴風となって四方へ吹き荒れ、周囲の建造物を次々と呑み込んでいく。
石造りの壁が粉々に砕け、屋根が吹き飛び、窓という窓が一斉に弾け飛ぶ。数十メートル離れた建物ですら耐え切れず、轟音と共に半壊した。
しかしそれでも盾は砕けない。レイは両腕へ力を込め、押し返すように踏み締める。
「……っ!」
靴底が石畳を削り、深い溝を刻む。凄まじい圧力が全身を襲いまるで巨大な山を正面から押し返しているような感覚であった。
やがて最後の斬撃が霧散すると、氷盾には無数の亀裂が走っていた。だが次の瞬間、青白い光が盾全体を包み込み、砕けかけた氷が音もなく再生していく。
傷一つ残さぬ完全な姿へと戻った盾を見て、レイは静かに息を吐く。
「やっぱり重ぇな……世界最強の剣は。」
対するミホークもまた、黒刀を肩へ担ぎながら僅かに口角を上げる。
「防いだか。……その再生能力、実に厄介だ。」
両者の間に再び静寂が訪れる。
しかし、その静寂は嵐の前触れに過ぎなかった。互いの覇気はさらに膨れ上がり、二人を中心に大気そのものが震え始める。次の一撃は、この街全体を巻き込む決戦となることを、誰もが本能で悟っていた。
レイはミホークから一瞬たりとも視線を外さぬまま、低く鋭い声を飛ばした。
「……お前らは急いで街の避難誘導と負傷者の救護に当たれ。この先は街ごと消し飛ぶぞ。…後…ハンコックとヤマトに宜しく伝えといてくれ」
その一言だけで、周囲にいた騎士達の表情が変わる。
誰一人として異を唱える者はいない。彼らはレイが決して大袈裟な物言いをする男ではないことを知っている。それでも自分たちに取って最強の存在であり絶対的な王が覚悟を決めたことを知った。…そして、目の前にいるのが世界最強の剣士――ジュラキュール・ミホークであることも。
「っ!…総員、直ちに避難誘導開始! 住民を外縁部まで退避させろ!負傷者を優先しろ! 瓦礫の下も確認するんだ!」
号令が重なり、騎士達は一斉に駆け出していく。住民達もまた、ただならぬ空気を肌で感じ取っていた。空は軋み、大地は震え、二人の間に渦巻く覇気だけで呼吸すら苦しくなる。
この場に残れば命はない。そう本能が告げていた。
人々が街から離れていく様子を横目に、レイは静かに頷く。
「……これで巻き添えは出ねぇ。」
氷盾が粒子となって砕け散り、その代わりに右手へ青白い氷が集束する。
瞬く間に、一振りの氷剣が再び形を成した。対するミホークもまた、黒刀・夜をゆっくりと正眼へ構える。
互いに一歩も動かない。だが、その沈黙の中で覇王色同士が激突し、見えぬ衝撃が周囲を駆け巡る。石畳は音を立てて砕け、建物の窓ガラスは一斉に弾け飛び、空には黒い稲妻が幾重にも走った。
「実に上質な獲物だ。俺が本気を出せる相手など四皇か"あの男"くらいのものだ。」
その青い刀身から立ち昇る冷気は、大気そのものを凍てつかせ、足元には白い霜が音もなく広がっていく。
「光栄だな。世界最強の剣士にそこまで言わせるとは。」
口元には薄い笑み。だが、その蒼い瞳には一切の慢心はない。
「……だが、俺も退く気はねぇ。」
ゆっくりと剣先を持ち上げ、切っ先を真っ直ぐミホークへ向ける。
「俺には守るべき国がある。守るべき仲間がいる。何より愛する人達がいる…あいつらが安心して笑って暮らせる場所を守るためなら――」
レイが一歩進む度石畳が凍りつき、放射状に亀裂が走る。
「世界最強だろうが必ず倒す」
その言葉に、ミホークは静かに笑った。
「良い眼だ。」
黒刀・夜をわずかに下げ、肩から力を抜く。
だが、それは油断ではない。全身の力を一振りへ集約するための、究極まで研ぎ澄まされた構え。
「ならば見せてみろ。」
世界最強の剣士の黄金色の双眸が、獲物を射抜くように細められる。
「貴様の覚悟が、この黒刀を越えられるかを。」
「魅せてやるさ」
レイは静かに目を閉じる。深く息を吸い込み――握っていた氷剣をゆっくりと地へ突き立てた。
『氷造形ーー"神葬氷獄(しんそうひょうごく)"』
刀身が石畳へ沈んだ瞬間、世界から色が奪われた。
足元から放たれた蒼白の冷気は津波の如く四方八方へと駆け抜け、大地を、建物を、瓦礫を、空気さえも絶対零度へと染め上げていく。
石畳は一瞬で純白の氷原へと姿を変え、街全体を覆う巨大な氷河が誕生する。
空からは無数の氷晶が雪のように降り注ぎ、世界そのものが静止したかのような静寂に包まれた。
「……ここからは俺の世界だ。」
レイが静かに呟く。その蒼い瞳が淡く輝いた瞬間――
『氷造形───”白氷龍(ホワイトドラゴン)”』
轟音と共に氷原が隆起する。
山脈ほどもある巨大な白き龍が姿を現し、その全身を覆う氷鱗は陽光を反射して神々しく輝く。
黄金にも似た蒼い双眸がミホークを捉え、天地を震わせる咆哮を轟かせた。その咆哮だけで暴風雪が巻き起こる。
続けざまにレイが左手を掲げる。
『氷造形───”蒼獅子王(そうししおう)“』
氷河が砕け散り、その中から現れたのは王冠の如き氷の鬣を持つ巨大な蒼獅子。一歩踏み出すだけで大地が沈み、王者の威圧だけで空間が震える。
さらにーー
『氷造形───”白虎(びゃっこ)“』
四方の氷柱を喰らうように、一頭の神獣が誕生する。白銀の体躯に黒曜石のような縞模様。鋭い牙から零れる冷気だけで空間が凍結し、その黄金の双眸には猛獣の本能が宿っていた。
そして最後にーー
レイは静かに天へ掌を向ける。
『氷造形───”氷凰天翔(ひょうおうてんしょう)“』
空を覆う雲が渦を巻く。天穹そのものが砕けるように巨大な魔法陣が展開され、その中心から神鳥が舞い降りた。
翼を広げれば街一つを覆い尽くすほどの巨体。羽ばたくたびに無数の氷羽が流星群のように降り注ぎ、大気すら結晶へと変えていく。
龍。獅子。虎。鳳凰。
カイドウとの決戦時より大きくさらに強く進化した四柱の氷獣がレイを守護するように並び立つ。
その光景はまるで神話に語られる四神降臨そのものだった。
しかし――レイの力は、まだ終わらない。
氷剣を握る右手へ覇気が流れ込む。すると、頭上遥か上空に幾重もの蒼白い魔法陣が展開された。
空が埋め尽くされるほどの氷の造形陣
『氷造形───”無限の顕生(インフィニット・マニフェスト)“』
魔法陣の中から現れたのは、一本の氷剣。それだけでは終わらない。
剣・大剣・刀・太刀・槍・薙刀・斧槍・双剣。ありとあらゆる武器が次々と生成され、空一面へ整然と並び始める。
100、500、1000、…数えることすら意味を失うほどの氷武装が、天空の彼方まで埋め尽くしていく。
それは武器の貯蔵庫のように空そのものが兵器へと変貌したかのような圧倒的光景が広がりその切っ先はすべて――世界最強の剣士、ジュラキュール・ミホークただ一人へ向けられていた。
ミホークはその光景を見上げ、静かに息を吐く。
「……面白い…量より質というわけか」
黄金の瞳に宿るのは恐怖ではない。剣士として、この上ない歓喜。黒刀・夜を握る手に自然と力が籠もる。
「ならば俺も、世界最強の名に恥じぬ一太刀で応えよう。」
氷獣が咆哮し、天を埋め尽くした無数の氷刃が一斉に降り注ぐ。
その光景は、まさに終末。
白氷龍が空を裂き、蒼獅子王が大地を砕き、白虎が稲妻のような速度で駆け抜け、氷凰天翔が舞い散る氷羽で世界を白く染め上げる。
対するミホークは、一歩も退かなかった。
黒刀・夜が振るわれるたび、山脈ほどの氷柱が断ち切られ、巨大な氷獣の身体が両断される。
龍の首が宙を舞い。
獅子の前脚が砕け散り。
虎の牙が斬り落とされ。
鳳凰の翼が真っ二つに裂ける。
しかし――。
砕かれた氷は瞬時に再生する。
龍は再び咆哮し、獅子は立ち上がり、虎は獲物へ牙を剥き、鳳凰は氷炎を纏って天空を舞う。
無限に顕現する氷兵器も止まらない。
数万、数十万という氷剣が豪雨のように降り注ぎ、槍が空間を貫き、刀が嵐となってミホークへ襲い掛かる。
「ハァァァァァッ!!」
黒刀・夜が唸る。
世界最強の斬撃が嵐そのものを切り裂き、降り注ぐ武器を次々と粉砕していく。
だが、その代償は決して小さくなかった。
一本の氷槍が肩を貫き氷刀が脇腹を裂く。
白虎の牙が左腕へ深々と食い込み、鮮血が氷原を赤く染めた。
白氷龍の尾が直撃し、骨ごと全身を打ち据える。
氷凰天翔の氷羽が雨のように降り注ぎ、全身へ無数の裂傷を刻み込んでいく。
世界最強の黒衣は見る影もなく裂け、ミホークの身体は深い傷に覆われていた。
それでもその黄金の双眸だけは死んでいない。
「……見事だ。」
ミホークは笑う。剣士として、この極限すら歓喜に変えて。
「だが、俺もまだ倒れん。」
次の瞬間ーー黒刀・夜が閃いた。
レイの胸元が深く裂ける。続く二撃目で肩口から鮮血が噴き上がり、三撃目は脇腹を抉り、四撃目は脚を切り裂く。
絶対零度の鎧は幾度となく砕かれ、そのたび再生する。だが再生より速く、黒刀が命を削っていく。
レイもまた満身創痍だった。全身は血に濡れ、腕は震え、握る氷剣には亀裂が走っている。
互いに限界の中それでも二人は立っていた。
やがてーー両者はゆっくりと距離を取る。互いの視線が交差する。
言葉はない…だが両者共にこれが最後、この一撃で決着をつける。
レイは静かに氷剣を構える。世界中の冷気が一本の剣へ集束し、白銀の刀身は蒼い神光を放ち始める。頭上の無限の武器も、四神も、すべてが光となって剣へ吸い込まれていく。
『氷造形・白皇氷帝剣――天極・皇龍煌牙』
「……終わらせる。」
ミホークもまた黒刀・夜を静かに構えた。漆黒の覇気が刀身へ凝縮し、空間そのものが歪み始める。
「これが……正真正銘最後の一太刀だ。」
そして――二人は同時に地を蹴った。
世界から音が消える。刹那、蒼白と漆黒の閃光だけが交差した。次の瞬間、空を覆っていた雲が一筋に裂ける。
遥か彼方の海まで一直線に割れ、大地には数十キロにも及ぶ巨大な断裂が刻まれた。
衝撃だけで氷原は消滅し、周囲一帯の地形が一変する。
レイは数歩前へ進み――握っていた氷剣が音を立てて砕け散った。
「…そ…だ…負け…ない」
膝から力が抜け、そのまま仰向けに倒れる。意識は、闇へ沈んでいった。
一方ミホークもまた全身から血を流し、黒刀・夜を杖代わりに地へ突き立てていた。
肩は深く裂け、脇腹は貫かれ、全身は無数の傷に覆われている。それでも世界最強の剣士は、最後まで膝をつかなかった。
「……フッ。」
満足そうな笑みが浮かぶ。
「…満足…だ」
その呟きを最後に黄金の瞳から静かに光が失われる。なおも立ったまま、黒刀を支えにした姿勢を崩すことなく、ジュラキュール・ミホークは静かに意識を手放した。
次からストーリー入ります