序盤から酒場で与太話ばかりする冒険者、誰も信じないけど全部実話だったっていうのをやりたい。 作:ヘルブラザーズ
「杯を乾すと書いて!」
「乾杯と読む!」
「「カンパァイ!!!」」
冒険者の集う場所、通称『酒場』では今日も今日とて祝杯が挙げられていた……木製のテーブルとベンチが所狭しと並び、天井からぶら下がったランプが揺れるたびに、煙たいような、それでいて香ばしいような匂いがふわりと漂う。
焼いた干し肉、こぼれたエール、それから誰かの汗の匂い……お世辞にも上品とは言えないけど、これがまた堪らないんだよなぁ。
剣だの盾だのを背負った連中が肩で風切って歩いてるし、下手すりゃ隣の席で「昨日ゴブリンの群れに囲まれてさぁ」なんて会話が飛び交うこともある。
ファンタジーだ……最高だぜ。前世ではゲームはあんまりやってこなかったからよくは知らねぇが、これぞ王道ファンタジーってのは雰囲気でわかる。
ムサイ男からか可憐な少女まで、この酒場はありとあらゆる冒険者が集まる。
そんな酒場の一角で、俺は木でできたジョッキに入ったビールをのどに流し込む。あぁ!やっぱビールは一口目が最高なんだよなぁ……!!テンションブチ上がるぜ。
あっ!こんちわ!前世の享年は18歳、今世では今年25歳!前世よりも今世のほうが長いでおなじみのありきたりファンタジー世界に転生した転生者こと『アラキス』です!宜しく!
いやぁ、酒は美味い!何が美味いってさぁ、あのさぁ、あれだよ……美味いもんに理屈なんか必要ねぇんだよ!!前世で飲めなかった分今世ではしこたま飲んでおりますけれども……
ツマミになる魔物の干肉もクセがあってなかなか美味い。これがまた酒が進むんだ……
「うおおおおお!!やったなぁ!」
「やってやったぜ!あのデカブツの尻尾を人一太刀よ!」
俺は端のほうの席から、ド派手に盛り上がっている真ん中のテーブルを眺める。どうやら相当でかい仕事を成し遂げたみたいで、完全に祝杯モードだ。
良いね良いね、最高だねぇそう言うの!!
ただ完全に勢いが増して、どんどん派手になってきている……落ち着いて飲むには少しやりにくい空気だ。俺の方の席は比較的静かに酒が飲めている……端の席はこういうときに便利だ。
すると飯の乗っかったお盆を持って若い男女の冒険者が俺の席の近くを取る……中心地の熱気に少し押され気味になっているのか、軽く苦笑いだ。
木のお盆には、湯気の立った芋のスープと、堅そうなパンが二切れ乗っかっていた。駆け出しっぽい質素な晩飯だ。
「はは……す、すげぇ勢い……」
「何かあったのかな?」
「あの冒険者達、ワイバーンの討伐に成功して大金が入ったんだよ。」
俺は二人の疑問に思わず口出ししてしまう……二人はビクリと体を跳ねさせてこちらを見ると、軽く頭を下げてくる。こっちにジョッキを軽く傾けてから、二人は頭を下げてくる。
だが次の瞬間には青年は顔を明るくして驚きと感動を示していた。
「す、すげぇ!ワイバーンつったらあれだろ!ドラゴンにも匹敵するって言う!」
「よく知ってんな」
「そりゃあ知ってますよ!魔物の中でも別格っていうか……冒険者だったら誰でも憧れる的な!」
目をキラキラさせながら捲し立てる青年。隣の女の子も、うんうんと頷きながら同意している。
わかるわその感じ……俺も前世でRPGやってた頃、隠しボスにワイバーンとか出てくると「うおっ強そう!」ってなってたもんな……
「まあ実際、討伐難度は高いって話だからな。あの中心のテーブル、相当な手練れなんだろうさ」
「いいなぁ……俺達もいつかあれくらい稼げるようになりたいですよね」
「そうね!」
そう言って頷き合う男女二人……
若いっていいねぇ……そのギラギラした目、俺も忘れてたわ。とりあえず二人の分もちょっとくらい奢ってやろうかと、俺は店員に向かって軽く手を挙げた。
「店員さん!コイツラにも酒……は速えか。ミルク頼むわ!」
「はぁい!」
「えっちょっ!」
「あっ、ミルク嫌いだったか?」
「い、いえ!でも良いんですか?」
「良いんだよ、おとなしく奢られとけや。」
こういう若い連中には良いもん食べさせたくなるのが人情ってもんだ………年を取るとそう感じる……いや、まだ25歳だけど。
「あの、ありがとうございます……その、いつかお返ししますね!」
「気にすんな気にすんな。強くなって帰ってきたときにでも、酒の一杯でも奢ってくれりゃいい」
青年は目を丸くしてから、ニカッと笑って頷いた。ああいう顔、嫌いじゃないんだよなぁ。
前世だったら「知らないおっさんに奢られる」なんて警戒案件だったろうけど、この世界じゃ酒場の奢り合いなんて日常茶飯事だ。案外、悪くないシステムだと思う。
それに、俺はこういうシチュエーションを待ってた!こうして若い冒険者と自然と会話できる瞬間を!さりげなく自慢話にシフトできる瞬間を……
俺には今世でちょっとした野望がある……それは……
「ここだけの話な、俺ぁワイバーンの上位種ハイクラスワイバーンとやりあったことがあんのよ!」
「え、えぇっ!?」
「おいおいアラキスのホラ話がまぁた始まったぞぉ!」
俺の一言で酒場は笑いに包まれる。嘲笑が少し混じっちゃいるが、それを吹き飛ばすくらいの勢いで「またまたぁ」的な、ジョークに対する笑いだ。
俺も合わせて大笑いしてみせる……そう!俺の今世でやってみたいことは……『酒場でいつも与太話してる奴が実は本当に強い奴』をやり遂げることだ!
あぁ、因みに本当にハイクラスワイバーンともやり合いました。ソロで。50回くらい死にかけたけど勝ちましたとも!こう言うので本当に法螺吹いたらただの嘘つきだからな。
……なんて心の中でドヤ顔してるけど、口に出したところで誰も信じちゃくれない。むしろホラ吹き伝説がまた一つ積み上がるだけだ。
でもそれでいいんだよ。俺が求めてるのは「信じてもらうこと」じゃなくて、「与太話としてこの酒場に馴染むこと」なんだから。
いつか誰かが「あの時アラキスの野郎、まさか本当だったなんてな……」って驚く日が来たら、それはそれで最高の酒の肴になる。
まぁ、その日が来るまでは、俺は今日も端の席で安酒片手に、盛大なホラを吹き続けるとしよう。何せ、美味い酒には美味い話が付き物だからな。
「店員さーん!おかわり!」
「はぁい!」
新しいジョッキが運ばれてくる頃には、隣の若い二人もすっかり肩の力が抜けたのか、湯気の立ったスープを口に運びながら、真ん中のテーブルの武勇伝に耳を傾けていた。まぁ良い夜だ。今日もこの酒場は騒がしい。
―――――
そう、アラキスは知らない。転生したこの地がゲームの世界であることも……それも、数多の鬱イベントを孕んだ所謂鬱ゲーと呼ばれるジャンルであることも。
あろうことこか飲んだくれホラ吹きと言われるアラキスが、そんな鬱ゲー世界を万々歳のハッピーエンドに導くキーであることも、まだ何も知らない。
――が、そんなことはこの酒場の誰も、当のアラキス本人も、知る由もない。
窓の外ではとっくに日が落ちて、酒場の喧騒はますます勢いを増していく。ワイバーン討伐組のテーブルからは相変わらず豪快な笑い声が響いているし、隅っこじゃ酔い潰れた冒険者が机に突っ伏していびきをかいている始末だ。
誰も気付いちゃいない。この賑やかな夜の裏側で、少しずつ、確実に、何かが軋み始めていることに。
「おーい店員さーん、追加でツマミも頼むわ!」
「はぁい、少々お待ちを!」
アラキスは木の椅子にどっかり背を預けて、ジョッキの中身をまた一口。隣の若い二人はすっかり打ち解けたのか、今度は自分達の初討伐の話を熱っぽく語り始めている。
「いやほんとに、あの時ゴブリンの棍棒がギリギリ避けれてなかったら……」
「あー、あったねそういうの!私も盾構えるので精一杯だったし」
(うんうん、良いね。前世で言うところの「新人の頃の武勇伝トーク」ってやつだ。何度でも聞けるわこういうの。)
でもまぁ、正直に言うと――アラキス自身、この世界に来てから最近「なんか変だな」って思うことがちょくちょくあった。
妙に難易度の高いモンスターが妙な場所に湧いたり、村を歩けば妙に湿っぽい噂話ばかり耳に入ってきたり。
……いやいや、考えすぎだ考えすぎ。酒場で飲んだくれてる飲んだくれが世界の裏事情なんて気にしてどうする。今日も今日とて、目の前の酒とツマミと、若者の武勇伝トークを楽しんでりゃそれでいいんだよ。
――そんな呑気なアラキスの内心をよそに、時はつつがなくすすみ夜が明けていくのだった。目の前の男女2人がプレイヤーたちをどん底に陥れる鬱展開の先駆けであることも知らずに。