序盤から酒場で与太話ばかりする冒険者、誰も信じないけど全部実話だったっていうのをやりたい。 作:ヘルブラザーズ
今日も今日と酒場は賑やかだ。俺、アラキスもまたジョッキを傾けてビールを昼間っから喉に通す日々……すると、見知った顔が酒場に入ってきた。
この間会話した少年少女……名前は、男の剣士が『カイ』で女の魔術師が『リダ』。
えっ?なんでそこまで知ってのかって?そりゃ俺ほぼ毎日酒場に居座って酒飲んでるからな、この2人もしばらくこの街に滞在しているから自然と名前は覚えたのさ。
すると、カイが呆れ顔で俺に声をかけてくる。
「また朝から酒ぇ?飽きないなぁ。」
「るっせぇよ。いいから早く募集依頼見てこい。」
「言われなくても!」
そう言ってカイは意気揚々と酒場に併設された集会場の募集依頼の紙を見に行く。リダも軽く頭を下げて声をかけてきた。
「すいません、カイって悪い人ではないんですけど少し仲良くなると口が悪くなるところがあって……」
「いいさ、別にそんなの気にしやしねぇよ。お宅、付き合いは長いのか?」
「同郷なんです!冒険者になるって言うことでどーせなら2人でパーティを組もうって話になって……」
「ほぉん。」
前世の後輩にもこういう礼儀正しいタイプ、一人くらいいたっけな……なんて思い出に浸ってると、依頼板の方から素っ頓狂な声が飛んできた。
「うおおおおお!!これだ、これしかねぇ!!」
振り返ると、カイが依頼書を片手に目を輝かせて突っ立っていた。あの目は……知ってる、あれは「危ない橋を渡る気満々」な目だ。
「おいカイ、なんだそれ」
「聞いてくださいよアラキスさん!『深緑の森、奥地調査』ですって!報酬もめちゃくちゃ良くて……!」
リダが横からひょいと依頼書を覗き込む。次の瞬間、彼女の顔からサッと血の気が引いた。
「ちょ、ちょっとカイ!?大丈夫」
「わかってるって!大丈夫大丈夫、俺達ならいけるって!」
「駄目だよ!深緑の森の奥地なんて、私達のレベルじゃ……もう少し簡単な依頼でも」
リダの声は必死だ。無理もない、あの森の奥は俺も噂程度には聞いたことがある。生半可な冒険者が踏み込んでいい場所じゃない――らしい。
「なぁカイ、リダの言う通りだぞ。駆け出しがそんな依頼受けたら、それこそシャレになんねぇって」
「アラキスさんまで……!大丈夫ですって、俺、最近ちょっと自信あるんですよ!先輩達に稽古つけてもらったし、この間の魔物討伐だって上手くいったし!」
カイの目には迷いがない。むしろ、俺やリダが止めれば止めるほど、逆に燃え上がっていくタイプの目だ……あぁ、これは厄介なやつだ。
「だから――行きます!行こうぜリダ!」
カイはそう言い切ると、俺達が止める間もなく受付カウンターへ駆けていって、あっという間に依頼を受注してしまった。
「あーあー……」
「カイの馬鹿……!」
リダはがっくりと肩を落とし、カイの背中を追いかける。
俺はジョッキの中身を一気に飲み干す。おいおい、勘弁してくれよ……この程度の忠告じゃ止まらないってことは、よっぽど気合入っちまってるってことだろ。いや、むしろこの程度の忠告じゃ余計に火に油を注ぐだけ、か。
しかし深緑の森か……そう難易度の高い場所でもないが、奥地って付いてるのが気になるな。奥地でも魔物のレベル自体は変わらねぇから駆け出しの冒険者でも潜れるんだが……
最近、深緑の森の奥地で変な魔物の目撃情報が耳に入ったりもしてくる……気になる所だ。……たまには、そう言う情報を持ち帰って小遣い稼ぎもいいかもしれねぇ。
……なんて、酒のせいでちょっとばかし気が大きくなってるだけかもしれねぇけどな。
俺は残ったビールを一気に呷ると、ジョッキをカウンターにコトンと置いた。
「姉さん、ツケといてくれ。今日はちょいと出かけてくるわ」
「はいはい、いつものですね」
店の姉さんも慣れたもんだ。俺が急にフラッと出ていくのなんて今更驚きもしない。
いや、別にカイとリダのことが心配で、とかそういうんじゃないぜ?あくまで俺は「小遣い稼ぎ」のために深緑の森に向かうだけ。断じて、あの生意気な坊主が心配で尻を追いかけてるわけじゃない……はずだ。
多分。
酒場の外に出ると、真昼の日差しが目に染みる。ここ最近、朝から晩まで酒場に入り浸ってたから、外の光がやけに眩しく感じるな……前世で言うところの「休日の昼過ぎに起きた時のあの感覚」ってやつだ。
街の門を出て、街道を外れて森へと続く小道に足を向ける。遠目に、カイとリダの後ろ姿がちょうど見えた。カイは相変わらず意気揚々とした足取りで、リダはその隣で何か言い聞かせるように喋りかけている……まぁ聞くわけねぇだろうな、あのタイプは。
俺はというと、二人にバレない程度の距離を保ちながら、のんびり後をついていくことにした。木々の隙間から差し込む光、鳥の鳴き声、踏みしめる度に鳴る枯れ葉の音……悪くない散歩日和だ。
深緑の森――名前の通り、緑が深い。入り口付近は日差しもそれなりに入るが、奥に進むにつれてどんどん木々が生い茂り、日中だってのに薄暗くなってくる。
カイとリダの足も、森の奥に進むにつれて心なしか慎重になっているのがわかる。まぁ当然だ、いくら威勢が良くても、こういう空気の変化には本能的に警戒するもんだからな。
「な、なぁリダ……森の奥って、いつもこんな感じなのか?」
「わ、わかんない……こんなに静かなの、初めてかも」
二人の声がかすかに聞こえてくる。おいおい、さっきまでの威勢はどこ行ったよカイ。
俺は木の陰に身を潜めながら、そっと様子を窺う。……確かに、静かすぎる。鳥の声も、虫の音も、さっきまで聞こえてたのに、いつの間にかピタリと止んでいた。
嫌な予感がする。前世でホラーゲームとかやってた時の「これ絶対何か出るやつじゃん」みたいな、あの感覚だ。
俺はジョッキを傾ける手の代わりに、背中の得物にそっと手をかけた。
―――――――――――――
『イーヴィル・テイル』
……本人は知らないが、アラキスが転生した世界である。この世界において、主人公は始めにあるキャラと行動を共にする……そのNPCの名はカイとリダ。
酒場で知り合い、しばらくの間共に戦うのだが……一定期間でカイとリダが、二人でとあるクエストに向かう……それが深緑の森の奥地を探査するという依頼だ。
これは一般の冒険者ではあずかり知らぬところではあるが………実は最近、異界から『魔獣』と呼ばれるタイプのモンスターが現れつつある。
残虐かつ非人道的な方法で獲物を恐怖させ、捕食することを目的とするこの世界の魔物とは根本的に違う化け物……この世界の魔物よりも上位の存在。
そんな魔獣の一体の犠牲となるのが、カイとリダだ。
詳しい経緯は不明だが、深緑の森の奥地に魔獣が現れ、カイとリダは不運にも遭遇してしまい……他の獲物をおびき出すための生き餌にされてしまう。
体を溶け合わされ肉団子状にされ、二人の顔が飛び出て助けを請い泣き叫ぶスチルは、悪趣味と言わざるを得ないだろう。それを目の当たりにし、怒りと共に魔獣を打ち倒すのが、プレイヤーに用意された本来の道筋だった。
――本来ならば。
このイベントは『イーヴィル・テイル』における、いわゆる「強制イベント」のひとつだ。主人公が深緑の森に到着するタイミングは固定されており、どれだけ寄り道をしようが、どれだけ準備を整えようが、カイとリダが魔獣に遭遇するタイミングそのものはズレない。
プレイヤーに与えられた選択肢は、あくまでその後どう動くかだけ。カイとリダを救えるかどうか――否、正確には「二人の肉塊をどう弔うか」の選択肢しか、本来この世界には用意されていない。
なぜなら『イーヴィル・テイル』というゲームは、そういうジャンルだからだ。
プレイヤーはこの凄惨な光景を皮切りに、この世界が「誰も彼もが等しく理不尽に磨り潰されていく」鬱ゲーであることを、嫌でも理解させられる。カイとリダの死は、その第一の「洗礼」に過ぎない。
……しかし。
この『イーヴィル・テイル』という物語には、本来存在しないはずの因子が一つ紛れ込んでいた。
毎日酒場でくだを巻き、ホラ話ばかりして周囲に笑われている、しがない転生者――アラキス。
ゲームの原作には存在しない、この世界に転生してきたただの一人の人間が、今まさに、固定イベントであるはずのこの惨劇の現場へと、自分の意志で足を踏み入れようとしていた。
次の瞬間、ハエトリグサのような口がそっと草むらから影を出し、飛び出す……その大顎は真っ直ぐに、気配を察知できなかったカイとリダへと向かっていった。
「っ!」
だが、その顎が届くことはない……激しく地面を踏み込む音と共に、大太刀の一撃がその顎を叩き切るからだ。突然のことにカイもリダも慌てふためくことしかできない。
「っ!?アラキスさんっ!?」
「なんでここに!?」
「ちょっとした小遣い稼ぎだよ……まだ来るぞ。」
叩き切った大顎の残骸がドロリと地面に落ちる。切断面からは血液というより、粘度の高い緑色の体液がじわりと滲み出していた……見るからに、この世界の魔物とは質が違う。
匂いもおかしい。腐った果実と鉄錆が混ざったような、嗅いだことのない不快な臭気が鼻をつく。
「な、なんですかこいつ……!魔物とは違う、こんな化け物見たことない……!」
カイの声が震えている。無理もない、俺だってこんな見た目のバケモン、ゲームでもお目にかかったことねぇぞ……いや、ゲームはやってこなかったんだったな今世じゃ。
草むらがガサリ、ガサリと音を立てる。一体だけじゃない――複数だ。切り落とされた大顎の主とは別に、周囲の茂みから、じわりじわりと同じ気配が滲み出てきていた。
「リダ、カイ!お前らの装備で正面から戦うのは無理だ、下がれ!」
「で、でも……!」
「言い訳はいらねぇ、さっさとしろ!」
アラキスは大太刀を構え直しながら、じりじりと二人を背に庇う位置に立つ。……まったく、小遣い稼ぎのつもりが、とんでもねぇもんに首突っ込んじまったと自身に毒づく。
だが、この気配――数といい質といい、明らかにこの森に「棲みついていい」レベルのもんじゃない。こいつら、どこから湧いて出た……?
そんな事を考えるさなか、草むらの奥、暗がりの中でぬらりと光る複数の眼が、こちらを見据えていた。