序盤から酒場で与太話ばかりする冒険者、誰も信じないけど全部実話だったっていうのをやりたい。   作:ヘルブラザーズ

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後方弟子面の兆候

 

「杯を乾すと書いて!」

「乾杯と読む!」

「「カンパァイ!!!」」

 

 かぁ!運動したあとのビールは格別だなぁっ!クッッッソ美味ェ!!!結局あの後リダもカイも調査や採取分の報奨金は受け取れたみたいだ……けど、あのよく分からん化け物については説明してもろくに取り合ってもらえなかったらしい。

 

 まぁ、ろくな亡骸や痕跡も取れなかったからな……その辺については俺の方でもちょっと調べてみるか?

 

 そんな事より今は酒だ酒ェッ!今宵はカウンター席に座って酒場の若女将に酒を注いでもらう。

 

「ナリア!お変わり頼む!」

「もぉ、アラキスさん飲み過ぎですよ?」

 

 酒場の若女将のナリア……聞き上手話上手な人でまさに女将さんってイメージが板に付くお人だ。

 

「いやぁここの麦から取れるビールは最高だからな!今日は久々に仕事したから止まらねぇぞぉ?」

「へぇ、珍しいですね?」

「まぁ、ちょっとした小遣い稼ぎだ。」

 

 実際にゃただ働きでルーキーを助けただけなんだが……こういうところで変に話を盛らない絶妙な話の守り方をするのが、与太話をする時のコツだ。

 

 目立つのは嫌いじゃねぇが……変に目立って厄介な奴らに目をつけられても困るからな。

 

 ナリアは首を傾げながらも、俺のジョッキになみなみとビールを注いでくれる。トプトプと注がれる音がまた堪らんのだ。

 

「珍しいって言えば、アラキスさんが依頼受けるのなんて久しぶりですもんね。てっきりずっとここに根が生えてるのかと思ってましたよ」

「おいおい、酷い言われようだな。俺だってたまには働くっての」

「たまに、ですよね」

「うるせぇ」

 

 軽口を叩き合いながら、ジョッキを傾ける。ナリアはカウンターを軽く拭きながら、ふと思い出したように口を開いた。

 

「そう言えば、カイ君とリダちゃん、今日はまだ来てないですね。いつもならもうこの時間、隅の席で飯食ってるのに」

「あぁ……あの二人は、まぁちょっと今日は疲れてんだろ」

 

 俺は誤魔化すように、ビールをぐいっと呷る。実際にゃ疲れてるどころの話じゃねぇだろうな……あんな化け物とやり合った後だ、しばらく宿でぐったりしてても不思議じゃない。

 

 まぁそれならそれでいい。あの二人が今日のことを吹聴して回るような柄でもないだろうしな。リダは口が堅そうだし、カイもあれだけビビった後じゃ、余計なことを言いふらす元気もないだろう。

 

「ま、いいさ。それより姉さん、干し肉のツマミも頼むわ」

「はいはい」

 

 ナリアが厨房の方へ声をかけに行くのを眺めながら、俺はふと視線を落とす。ジョッキの中で揺れるビールの泡が、ゆっくりと消えていく。

 

 (……にしても、な)

 

 あの化け物。あの、化け物共……明らかに今まで戦ってきた魔物とは何かが違う。あの異様な姿に切りごたえ……。ジョッキを傾ける今この瞬間でさえ、掌にはまだ、あの時の異様な手応えが残っている気がした。

 

 考えても仕方ねぇ、ってのはわかってる。わかってるが……どうにも、頭の隅にこびりついて離れねぇんだよな。

 

「――アラキスさん?」

 

 ナリアの声で我に返る。見れば、彼女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

「ぼーっとして、どうしたんですか?珍しい」

「あぁいや、なんでもねぇよ。ちょっと考え事してただけだ」

「へぇ、アラキスさんが考え事なんて。明日は槍でも降るんですかね」

「うるせぇっての」

 

 軽口で誤魔化しながら、俺はまたジョッキに口をつける。

 今日のところは、これでいい。深く考えるのはまた今度だ。

 

――――――――――――――

 

 その頃宿屋では、カイは一人自身の剣を見て塞ぎ込んでいた……あれだけの大見得をきって、身の丈に合わない依頼を受けて、結果があのザマだ。

 

 いくら相手が未知の化け物とはいえ、あそこでアラキスが助けに来なければ、確実に今自分達はここには居ない。一体どんな末路を辿っていたのか……考えただけで震えが止まらない。

 

 カイは膝の上に置いた剣を、ぎゅっと握りしめる。何度も稽古をつけてもらって、多少は使えるようになったと思っていたこの剣が、今はやけに頼りなく見えた。

 

 (俺は……何もできなかった)

 

 あの化け物が姿を現した瞬間から、最後にアラキスが一閃するまでの間、カイは一度も剣を抜くことすらできなかった。抜こうとしなかったわけじゃない。抜けなかったのだ。足が竦んで、指先まで震えて、剣の柄を握る手にすら力が入らなかった。

 

 情けない。あれだけ「俺なら大丈夫」「俺、最近自信あるんですよ」なんて調子のいいことを言っておいて、いざとなったら何もできない。

 

 しかもそれだけじゃない。リダの制止を、他ならぬ自分が振り切ったのだ。彼女の「駄目だよ」という声を、聞かなかったふりをして。

 

 ――俺が、リダを危険に晒した。

 

 その事実が、何よりも重く胸にのしかかってくる。

 

 そっとと扉を叩く音がした。

 

「カイ……起きてる?」

 

 リダの声だ。カイは慌てて剣を布に包み隠すと、掠れた声で「あ、あぁ」と返事をする。

 

 扉が開き、リダが顔を覗かせた。手には、湯気の立った器を二つ持っている。

 

「宿の人にお願いして、スープ分けてもらったの。ちゃんと食べないと、体に障るよ」

「……悪いな」

 

 カイは差し出された器を受け取りながらも、目を合わせられずにいた。リダはそんなカイの様子を見て、小さくため息をつくと、彼の隣にちょこんと腰を下ろす。

 

「……怒ってないよ、私」

「え?」

「怒ってない。……心配は、してるけど」

 

 リダの声は柔らかかった。だからこそ、余計にカイの胸に突き刺さる。

 

「怒れよ。俺、リダの言うこと聞かないで、勝手に依頼受けて……お前のこと、危ない目に遭わせた」

「……うん」

 

 珍しく気弱な言葉を言い放つカイに、リダは驚いた様子も見せず、ただじっとその顔を見つめ返した。

 

「カイは、悪い人じゃないよ。ただ、ちょっとだけ、頑張りすぎちゃう人なだけ」

「そんな……そんな綺麗事で済む話じゃ――」

「うん、済まないと思う。だから――」

 

 リダはそこで一度言葉を切ると、まっすぐにカイを見据えて続けた。

 

「私も、一緒に強くなろう。次は、ちゃんと自分の足で立てるように」

 

 その一言に、カイは目を見開く。てっきり責められるとばかり思っていた。当然の報いだと、覚悟もしていた。それなのに――返ってきたのは、叱責ではなく、隣に立ち続けようとする言葉だった。

 

「リダ……」

「今日はもう、いっぱい怖い思いしたでしょ。だから今日くらいは、何も考えずにこれ食べて、早く休んで」

 

 リダはそう言うと、カイの手にあるスープの器をそっと軽く叩いた。ふわりと立ち上る湯気と共に、優しい匂いが鼻先をくすぐる。

 

 カイは黙って器を見つめた後、小さく、しかし確かに頷いた。

 

「……ありがとな、リダ」

「うん」

 

 二人はしばらくの間、何も言わずにスープを口に運んだ。窓の外はすっかり暗くなり、宿屋の周りには夜の静けさが広がっている。

 

 ――それでも、カイの脳裏からは、あの瞬間の光景が離れなかった。

 

 自分達を庇うように立った、アラキスの背中。迷いも恐れも一切感じさせない、あの太刀筋。

 

(あんな風になりたい……いや、ならなきゃ駄目だ)

 

 今日という日は、カイにとって間違いなく、痛みと後悔に満ちた一日だった。だが同時に、その痛みは、これまでの自分にはなかった何かを、確かに胸の奥に灯していた。

 

 カイは剣の包みにそっと視線を落とすと、静かに誓う。

 

 ――次は、絶対に身体を震わせたりしない。

 

 あの人の……アラキスのような剣の使い手になってみせる。既に酒場の飲んだくれという印象は、カイの脳裏からは吹き飛んでいた。

 

 あるのは、昼行灯に実力を隠し酒でごまかす凄腕の剣士……なぜもっとあの腕を披露しないのか、疑問には思うが、きっとそれにも理由があるはずなのだろう。

 

 既にカイから見てアラキスは憧れへと変わっていた。あんな太刀筋が欲しい、あんな力が欲しい。そんな気持ちに心が奪われていた。

 

 (きっと、何かとんでもない修羅場を潜り抜けてきたに違いない。だからこそ、あんな飄々とした顔の裏に、あれだけの実力を隠せる……)

 

 カイの中で、アラキスという人物像が勝手に膨らんでいく。かつて名を馳せた剣豪。あるいは、どこぞの英雄譚に出てくるような、素性を隠した凄腕の冒険者――そんな、およそ実像とはかけ離れた妄想が、次から次へと湧いて出てきた。

 

 実際のところ、アラキス本人は今も酒場のカウンターで呑気にジョッキを傾けているだけなのだが、そんなことをカイが知る由もない。

 

「なぁ、リダ」

「ん?」

 

 スープをすすっていたリダが顔を上げる。カイはスープの器を膝に置いたまま、真剣な顔で口を開いた。

 

「俺、決めた。もっと強くなる。……今度こそ、ちゃんと自分の力で」

「うん」

「アラキスさんみたいに、いざって時に誰かを守れるようになりたい。今日みたいに、守られるだけの奴には、もう二度となりたくねぇ」

 

 その言葉には、先ほどまでの落ち込みとは違う、まっすぐな熱が宿っていた。リダはそんなカイの様子を見て、少し驚いたように目を丸くしたあと、ふわりと柔らかい笑みを浮かべる。

 

「うん。……私も、頑張る」

「リダも?」

「当たり前でしょ。カイだけ強くなって、私だけ置いてかれるの、嫌だもん」

 

 そう言って、リダは自分の杖にそっと視線を落とした。彼女の目にも、カイと同じような、静かな決意の色が宿っている。

 

 窓の外、月明かりが二人の顔をぼんやりと照らしていた。今日という日に負った傷は、決して小さくはない。だがその傷は同時に、二人にとって新たな一歩を踏み出すきっかけにもなっていた。

 

 ――その頃、当のアラキスはと言えば。

 

「ナリアぁ、次で最後の一杯にすっからよぉ、もいっちょ良いやつ頼むわ!」

「もう、それさっきも言ってましたよね?」

 

 弟子入り志願の芽生えなど知る由もなく、今宵もカウンター席で盛大に管を巻いていた。

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