序盤から酒場で与太話ばかりする冒険者、誰も信じないけど全部実話だったっていうのをやりたい。 作:ヘルブラザーズ
町外れのとある草原……そこで一人剣を振るう少年の影があった。少年の名はカイ、圧倒的な実力者に憧れ剣の道を極めようとしている者……カイはアラキスに助けられたあの日から、欠かさずこうして剣の鍛錬を行っている。
朝靄がまだ完全には晴れきらない時間帯、草原には人の気配もほとんどない。聞こえるのは鳥のさえずりと、風が草をなびかせる音、そしてカイが剣を振るたびに響く鋭い風切り音だけだ。
勿論、今まで剣の鍛錬を怠っていたわけではない。ただ、気持ちの入り方が以前とは比べ物にならないほど強くなっている。
「でいっ!!でぇいっ!!」
掛け声にも気迫が上がり、鬼気迫る勢いだ。
振り下ろす、薙ぐ、突く……その一挙一動に、以前は見られなかった無駄のなさが宿り始めていた。もっとも、本人にその自覚があるかどうかは別の話だ。
額から流れる汗が、朝日を浴びてキラリと光る。もう何十本、いや何百本振ったかもわからない。腕はとっくに悲鳴を上げているが、それでもカイの手は止まらなかった。
(まだだ……まだ、全然足りねぇ)
脳裏に浮かぶのは、あの日見たアラキスの太刀筋。迷いなく、淀みなく、まるで最初から答えが決まっていたかのように振り抜かれた、あの一閃。
あんな一撃を放てるようになるまで、一体どれほどの鍛錬を積めばいいのか――カイには、まだ見当もつかない。だが、今はただがむしゃらに剣を振ることしかできなかった。
振っては止め、止めては構え直し、また振る。同じ動作の繰り返しに見えるが、カイなりに毎回、腕の角度や踏み込みの深さを微妙に変えながら試している。あの日見た太刀筋に、少しでも近づけないかと。
「カイ、そろそろ休憩しないと体が保たねぇぞ」
草原の端、木陰から顔を出すのは……なんと、あのアラキスだ。彼の手には、酒の入った瓢箪がぶら下げられていた。まるで最初からこうなることを見越していたかのような準備の良さだ。
「あ、アラキスさん!?な、なんでここに……」
「リダからお前がここでなんか鍛錬してるって話を聞いてな。ちと様子を見に来た。おら、休めよ。」
「い、いえ!まだいけます!」
「まだいける、じゃねぇ。もう二時間もぶっ通しだろーが。」
アラキスの声に、カイはようやく剣を下ろす。荒い息を整えながら、袖で汗を拭った。木陰までゆっくりと歩み寄ってくるアラキスの足取りは、いつも通り気だるげで、朝から鍛錬に励む青年とは対照的だ。
「すみません……つい、夢中になっちまって」
「別に謝らなくていいけどよ……でも、無理しすぎんなよ。倒れたら心配する奴がいんだから。」
差し出された瓢箪を受け取り、カイは滴る水滴に目を配る。
アラキスの言う心配する奴というのは勿論リダの事だ。カイはぎゅっと瓢箪を握りしめる。
「……アラキスさんは、俺達のこと、よく見てますよね」
「あ?なんだよ急に」
「いや、なんでもないです」
思わずこぼれた本音を誤魔化すように、カイは目を逸らす。実際のところ、アラキスがこうしてわざわざ様子を見に来てくれるとは思っていなかった。あの日の一件から、どこかアラキスに対する見方が完全に変わってしまっている自分に、カイ自身も薄々気づいている。
「アラキスさん……アラキスさんってなんであんなに強いんですか?」
「直球だなオイ。」
あまりにもどストレートな質問に思わずアラキスも肩をすぼめる。すると少し考える素振りを見せると、軽く答える。
「気合と根性、あとやる気。」
「凄い抽象的!?」
カイは思わず唖然となるが、アラキスはいやいやと首を振りカイの反応を否定する。
「そりゃ世の中無理なことはあるけどな。必死になってやりゃ何とかなるもんなんだよ。常に目指すのは限界点。限界突破したらそのまたさらに上を目指す。これを繰り返せば自然と強くなるんだよ。」
サラリと言うが、明らかにごく限られたものしかできなさそうな方法だ……本来ならその過程で明確な挫折や苦難があり、皆それを乗り越えるのに四苦八苦するわけで……この時点で根本から気質が違うのを感じる。
「じゃあ具体的に、毎日どれくらい剣振ってたんですか?」
「んー、覚えてねぇな。数えたことねぇし」
「数えてなかったんですか!?」
「数えるヒマがあったら振れって話だろ」
カイは思わずガクリと肩を落とす。何か根本的な部分で参考にならなそうな予感がしていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「あとは敵を逃さねぇっていう執着心かな。叩いたら根まで叩き潰す勢いでやれって親父たちからは鍛えられたよ。それが嫌になって冒険者になったんだけどなぁ俺は…………って、おっさんの自語りは余計か。」
一体どんな家系なのだろう……カイはだんだん表情が引きつっていくのを感じていた。するとアラキスはカイの手にした瓢箪を小突いてつぶやいた。
「んな事より早く水分取れ、脱水症になるぞ。」
「あぁ……は、はい!」
カイはアラキスに促されるままに瓢箪を空けて中の液体を思いっきり喉に流し込み……一拍置いて……次の瞬間、盛大に吐いた。
「げっほあぇぐっひっ!?」
「カイ!?カイどうした!?」
慌てて駆け寄るアラキス……するとカイはアラキスの胸に瓢箪を押し当てる。そして、静かに聞いた。
「これ中身なんですか。」
「酒。」
「バカじゃないんですか!?正気ですか!?」
「いや悪い悪い、喉を潤すにはコイツが一番かなって。」
「んわけないでしょ!?こんなもんでのどを潤す連中がどこに居ますか!?」
「家の家柄はみんな倒した魔物のドクロ杯にして飲んでたぞ。」
「あんたどこの蛮族出身だぁっ!?」
げほげほとむせながら地面にへたり込むカイ。喉から食道にかけて、燃えるような熱さが今も残っている。真昼間から度数の高い酒を一気に喉へ流し込んだのだ、無理もない。
「ったく……ほらよ、こっちが水だ」
アラキスは懐から今度は別の水筒を取り出すと、カイに差し出す。二本も水分を持ち歩いていたのかと、カイは軽く呆れながらもそれを受け取り、今度は慎重に匂いを確かめてから口をつけた。
「……本当に水ですね」
「当たり前だろ、これで酒だったら流石に俺でも反省するわ」
「充分反省してくださいよ……」
カイは半ば涙目になりながら、ようやく人心地がついた様子で息を吐く。アラキスはそんなカイの様子を見ながら、悪びれもせずにガハハと笑った。
「まぁでも、良い機会だ。お前も冒険者やるんなら、水と酒の匂いくらいちゃんと嗅ぎ分けられるようになっとけよ」
「そんなの、普通は間違えて渡されなきゃ確認しないですよ!」
カイのもっともな反論に、アラキスは悪びれもせず「違いねぇ」と笑うだけだった。
しばらくの沈黙の後、カイは瓢箪の水をもう一口飲むと、ようやく息を整えて立ち上がる。喉の熱さはまだ完全には引いていないが、少なくとも意識ははっきりしてきた。
「……なぁカイ」
「な、なんですか」
「お前、なんでそんなに必死に剣振ってんだ?」
ふいに真面目な調子で尋ねられ、カイは一瞬言葉に詰まった。答えなど、決まっているのに。
「……アラキスさんみたいに、なりたいからです」
その言葉に、アラキスは少しだけ意外そうな顔をする。カイはそのまま、まっすぐに続けた。
「あの時、俺は何もできなかった。リダのことも守れなかった。だから……次は絶対に、そうならないように。誰かを守れるくらい、強くなりたいんです」
真剣なその眼差しに、アラキスは一瞬言葉を探すように黙り込んだ。それから、少し困ったように頭をガシガシと掻く。
「……そうかよ」
短い返事だったが、そこには茶化すような色は一切なかった。
「まぁ、強くなりたいってんなら、悪いことじゃねぇ。今日みたいに無茶な振り方するくらいなら、いっそちゃんと基礎から見てやった方が早いかもな」
「え……それって……」
「あー、いや、まだ考えてるだけだ。期待すんな」
思わせぶりな言い方をしながらも、アラキスはそれ以上の詳しい話はせず、瓢箪を軽く肩に担ぎ直す。カイはその背中を、期待と不安の入り混じった目で見つめていた。
こんな調子で、果たして本当に稽古をつけてもらえるのだろうか――カイの脳裏に、ふとそんな不安がよぎった。
だが同時に、さっきまでの張り詰めた緊張は、いつの間にかどこかに消えていた。
「さて、と。今日のところは終わりだ。腹減ったろ、宿まで送ってやるから飯食いに行くぞ」
「あ、ありがとうございます……」
朝の光が二人を照らす草原を、並んで歩き始める。カイの足取りは疲労で少し重かったが、それでも先ほどまでとは違う、確かな手応えを胸に抱いていた。