序盤から酒場で与太話ばかりする冒険者、誰も信じないけど全部実話だったっていうのをやりたい。 作:ヘルブラザーズ
「杯を乾すと書いてェッ!!」
「「カンパァイッ!!」」
あぁ……何もしてない日も酒が美味い……!!
ども、アラキスです。最近の趣味はやる気に満ち満ちている若者に差し入れをする事、不満はもっと良い酒が飲みたくて腕が震えることです。
「なぁ、ナリアの若女将さんやぁ。なんか良い酒入ってなぁい?」
「貴方好みの強いのは中々入らないわよ……それより良いの?今日も昼間から酒ばかり……カイ君やリダちゃんに見られたらまた呆れられますよ?」
「でぇじょーぶだぁ、彼奴等も飲める年になりゃ分かるぜ……この至福をよぉ。」
「いやそう言う話じゃないのですけれど。」
あいも変わらず冗談の通用しない奴だ……因みに、あれからたまぁにカイの剣術を指南してやったりはしている。
つってもカイの獲物はショートソード、俺の獲物の大太刀とは勝手がまるで違うからそうスムーズにはいかねぇが。
「それより号外来てますよ。読みます?」
ナリアがカウンターの下から一枚の紙をひらりと取り出す。号外だ、酒場にゃたまにこうやって新聞屋が刷りたてを配って回る。俺は片手でジョッキを傾けながら、もう片方の手で紙を受け取った。
「おー、なになに……」
目を通した瞬間、俺の手が止まった。
『剣豪ヒユ、単独にて謎の魔物を討伐――王都近郊にて新種確認か?』
……ヒユ?あのヒユか?
「アラキスさん?どうしたんですか、急に黙り込んで」
「あ、いや……知り合いの名前が載っててな」
紙面に躍る文字を、もう一度じっくりと読み込む。書かれている魔物の特徴――粘つくような不快な体液、通常種とは明らかに異質な生態、複数の個体で獲物をおびき出す習性――どれもこれも、あの深緑の森で俺が斬り伏せたバケモンと、あまりにも似すぎていた。
(やっぱ、あれは俺が思ってたよりデカい問題なのかもな……)
だが、それよりも先に、懐かしさの方が勝った。
ヒユ――かつて、ほんの短い期間だが、パーティを組んでいた女だ。細身の割に、どんな得物でも器用にこなしちまう、ちょっとムカつくくらい万能な奴だった。
「ハァ……懐かしいなぁ、ヒユか……元気にしてやがったんだな」
「知り合いって、まさかあの剣豪の……?」
「あぁ、これでも実は昔、ヒユとパーティ組んでたことあってさぁ」
俺がそう言うと、ナリアはピタリと動きを止め、それからゆっくりと生温い目をこちらに向けてきた。
「はいはい、また始まりましたね。アラキスさんの武勇伝タイム」
「いやマジだって!こう見えても昔は結構名の知れたパーティにいたんだぞ俺は!抜けちまったけども……!」
「はいはい、そうですかそうですか」
「その反応、絶対信じてねぇだろ!?」
あからさまに聞き流す態度のナリアに、俺は思わずカウンターに身を乗り出す。だが、まぁ……仕方ねぇよな。何せ普段の俺は、酒場でくだ巻いてる与太話専門のオッサンなんだから。
「良いんですよそういうことにしといて。それより、また新しいツマミ作ったんで食べてみてください」
「話逸らしたなオイ!?」
結局まともに取り合ってもらえないまま、目の前には湯気の立った皿がコトンと置かれる。……くそ、美味そうな匂いしやがって、これじゃ怒るに怒れねぇじゃねぇか。
俺は渋々ツマミに箸をつけながら、もう一度号外に視線を落とす。
(ヒユ……お前、こっちに来てんのか。だったら、そろそろ……)
喧嘩別れしたまま、もう随分と長い時間が経った。あの時のわだかまりが完全に消えたわけじゃない。謝らなきゃいけないことも沢山だ。
俺はジョッキの中身を一気に呷ると、号外を挟んでナリアの方に身を乗り出した。
――今日はいつもより、ほんの少しだけ、酒の味が違って感じられた気がした。
――――――――――――――
『万能型は特化型に勝てない』と言う論調がこの世にはある。これが正しいか間違っているかは置いておいて、ヒユと言う少女にとって、この問題は紛れもない真実であった。
ヒユはあらゆる剣を操る事ができる。ダガー、太刀、ショートソード、ロングソード、大剣、刃のあるものなら大抵は使い熟せると言っていいだろう。
しかし、そんな彼女でも勝てない存在が居た。大太刀を振り回すその威圧感と居合には一度も勝った事がない。そのくせ普段はふざけ倒した奴だ。
剣豪の家系と言われ、その剣術の全てを指南され生きること全てを剣術に捧げた彼女にとってその男の存在は歯を噛み締めたくなるほどに何も言えない存在だった。
――アラキス。
あの飄々とした、掴みどころのない男の名を思い出すだけで、未だに胸の奥がざわつく。剣豪の名を継ぐ者として、幼い頃からありとあらゆる流派を叩き込まれ、ありとあらゆる得物を極めてきた。それこそ、家の誰もが「もはやヒユに敵う者はいない」と口を揃えるほどに。
なのに、あの男にだけは、一度も勝てなかった。
いや、正確に言えば――一度たりとも、まともに競り合えたことすらなかった。得物を替え、間合いを変え、あらゆる角度から挑んでも、最後にはいつもあの大太刀の一閃に全てを断ち切られる。まるで、最初から勝敗が決まっていたかのように。
初めは屈辱、次に来るのは切望、最後にはある種の尊敬すら覚えていた……そんなアラキスと喧嘩別れをしたのは、もうどれほど前になるだろうか?
きっかけは一つ……幾年も前、アラキスが18歳の頃……彼が当時組んでいたパーティを抜けるとほざいた時だろう。
当時同じパーティに所属していたのは、一人は今では大魔導士と呼ばれるウィザード、もう一人は慈愛の聖女の二つ名で今も慈善活動の看板として祭り上げられたヒーラーの聖女。
正直、悪くない居心地だった……そんな空間をアラキスは抜けると言い出した……理由は『自分がいたのでは足手まといになる』だった。
実力云々ではない。志として足手まといになると言い放ったのだ……自分は、皆ほど本気で目指せるものがない、と。
あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。
「はぁ?何言ってんだお前」
真っ先に声を荒げたのは、他でもないヒユ自身だった。実力で言えば、パーティの中でも間違いなく上位に食い込む男が、いきなり「足手まとい」などとほざく――そんな戯言、聞き流せるはずもなかった。
『いや、マジな話だって。お前らはさぁ、なんつーの、こう……「世界一の剣豪や魔道士になる」とか「恵まれない人々を救いたい」とか、そういうデカい目標背負ってるだろ?俺にゃそんな上等なもん、これっぽっちもねぇんだよ』
『だから何だ、目標なんて後からついてくるもんだろうが』
『後からついてくりゃ苦労しねぇんだよなぁ、これが』
軽い調子で言い放つアラキスに、ヒユの苛立ちは加速する一方だった。あの男は、いつだってそうだ。真剣な話をしていても、どこか他人事のような、飄々とした態度を崩さない。
『私達はな……』
ヒユは今も鮮明に、あの時の自分の声を覚えている。震える声で、必死に、言葉を選びながら、アラキスを引き止めようとしたことも。
『私達は、お前がいるから今のパーティでいられるんだよ。お前の剣があるから、私達は前に進めてる。それを――』
『悪ぃ、それは買い被りすぎだ』
最後まで言わせてもらえなかった。あっさりと、まるで大したことでもないかのように遮られたその瞬間、ヒユの中で何かが、プツンと音を立てて切れた。
『――もういい。好きにしろ』
それが、ヒユがアラキスにかけた最後の言葉だった。
あの日以来、一度も会っていない。あの飄々とした背中も、あの理不尽なまでの強さも、あの大太刀の一閃も――全部、遠い記憶の彼方に置いてきたはずだった。
…………そのはずだった。
「……ふぅ、王都に仕えると言うのも楽じゃないな。こんな雑務を押し付けられるとは。」
ヒユはその日、馬車に乗ってとある町へと向かっていた。妙な魔物に出会ったという、深緑の森の近くに建つ街だ。そこで駆け出しの冒険者が、正体不明の魔物に出会ったという。
――ゲーム内で呼ばれる名は魔獣。異界より現れる化け物だ。
だが、そんな事を知らぬヒユは、あくまで情報収集の為にその街へと向かう。
窓の外を流れる街道の景色を眺めながら、ヒユは剣の柄をそっと指でなぞる。何度も握り直してきたその柄には、握り込まれた分だけの傷が刻まれている。まるでこれまで積み重ねてきた歳月そのものが、そこに詰まっているかのように。
馬車の車輪が石畳を踏むたびに小さく跳ねる音と、遠くから聞こえる鳥の声。何気ない旅路のはずなのに、なぜかヒユの胸には、言い知れない緊張感がじわりと滲んでいた。
――そこで厄介な再会をすることを、想像もせずに。