酒場で与太話ばかりする冒険者、誰も信じないけど全部実話だったっていうのをやりたい。 作:ヘルブラザーズ
「ぐっ……あっ……!!」
草むらの上、一人地面に膝をつき嗚咽混じりに地面を眺める男がいた……口元を手で押さえ、その体調が極めて不調である事はどこからどう見ても明らかだった。
朝の柔らかい陽射しが降り注ぐ草原には似つかわしくない、なんともみっともない光景だ。
「アラキスさん!」
慌てて駆け寄るのは駆け出しの冒険者カイ……そっと肩を貸し、膝を震わせるアラキスを支える。カイは手を震わせながら、絞り出すような声でアラキスに問いかける。
「どうして……どうしてこんな……!」
「なんて声出してやがる……分かってた、事だろーが……」
そう言って、なぜか妙に清々しい顔で嘯くアラキス。その顔色は青を通り越して、ほとんど土気色に近い。それでいて口元だけはニヤリと笑みの形を保っているのだから、質が悪い。
カイは何かを悔やむように顔をしかめて声を漏らす。
「なんでこんなになるまで昨日飲んだんですか………!!」
「……それが漢ってモンだからな……」
「意味わかんないですよそれ!?」
アラキス、昨晩派手に酒を飲み明かしたせいで完全に二日酔い状態である。いや、本来であれば二日酔いどころか一週間は寝込むような飲み方をしていたのだが……耐性があるのか、全身を襲う激しい吐き気のみにとどまっているようだ。
問題なのは今日剣術の指南をしてもらう予定だったカイだ。
「今日はもう、無理せず宿に戻りましょう!鍛錬なんていつでもできるんですから!」
「あぁ?ふざけんな……こんな程度で稽古休むほど、俺ぁヤワじゃねぇんだよ……」
言葉とは裏腹に、地面に突いた腕はガクガクと震えている。額には脂汗が滲み、時折こみ上げる吐き気に、言葉すら途切れがちになっている。
カイは半ば呆れながらも、その頑固さにため息をついた。
「その状態で説得力ゼロですよ……リダ!リダ少し手伝って!」
すると木陰で様子を見ていたリダが、そっと駆け寄りアラキスの背中を擦る。彼女の手はひんやりと冷たく、その感触にアラキスがわずかに肩を跳ねさせた。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だってぇの……軽く飲んだだけだし……」
「だいぶ派手に飲んでましたけどね。」
リダは冷静にそう指摘しながら、腰に下げていた小さな水筒を取り出し、アラキスへと差し出した。
「少しでも水分取ってください。じゃないと、余計にひどくなりますよ」
「……お前、なんでそんな手慣れてんだ……」
「実家、酒場のすぐ近くだったので。酔っ払いの介抱は昔から慣れてます」
あっさりとそう答えるリダに、アラキスは乾いた笑いを漏らしながら、震える手で水筒を受け取った。口をつけ、少しずつ喉に流し込んでいく。
ぬるい液体が染み渡るたびに、強張っていた顔が、わずかにだが緩んでいくのがわかった。そして同時に物言えぬ感情が沸き立つ。
「……水じゃねぇかこれ!」
「水ですけど!?」
「馬鹿野郎お前……こんな時こそ酒飲んで滋養強壮だろーが……」
「いや馬鹿野郎あんただろ!?」
もはや完全にただのアルコール中毒者である。しかも半ば手遅れの……酒は飲んでも飲まれるなとはよく言うが、こうはなりたくないものである。
「酒は万病の薬だからな……ツー訳で今から酒場行ってもう一飲みしてくるわ……」
「なんで!?なんで気分悪いのにさらに飲みに行こうとするんですか!?どんな拷問!?」
尚も酒場へ向かおうとするアラキス……すると黙って事の成り行きを見守っていたリダが魔杖を掲げて呪文を唱える。
「……プチ・アクア!」
「あばしゃっ!?」
次の瞬間、リダはアラキスの頭上に魔法陣を展開して水流を流す……アラキスはずぶ濡れになりながらドサリとその場に倒れる。
この行為には思わずカイも声を荒げる。
「リダ!?何やってんのさリダぁっ!?」
「もう私たちが何言っても無駄な気がして……ならいっそのことこうしたほうが早いんじゃないかなって……!」
「いやその理屈は可笑しい!?」
ある意味アラキスの頭は冷えただろうが、荒療治にもほどがある。カイは目の前の幼馴染の、別ベクトルの破天荒さに驚く。
二日酔いとのダブルショックでアラキスもものの見事に気絶していた……
「どーすんだよ……このまま放置するわけにもいかないし……」
「もう一回水かけたら起きないかな?」
「起きないと思うぞ……!!」
二人がどうしようかと慌てふためいていると、土を蹴る音と共に人影が近づいてくる。とっさに剣に手を取るカイ……そんなカイを制止するように、コートの人物は手を前に突き出す。
「待て、事を荒げるつもりはない……少し、聞きたいことがあって来た。」
両手を挙げ敵意がないことを伝えるコートの人物……カイとリダは互いに頷き合い剣から手を離す。コートの女性は軽く頭を下げると、二人に早速問いかけた。
「以前、深緑の森の奥地で奇妙な魔物と出くわしたのは君たち二人であっているだろうか?」
奇妙な魔物……と言うのはあのハエトリグサのような化け物たちのことだろう。カイは静かに頷くと、コートの女性はそっとフードを脱いで素顔をあらわにする。剣豪と呼ばれるヒユとしての姿をあらわに。
カイはその正体に驚いて、リダも思わず目を見開く。
「えぇっ!?ひ、ヒユ・セツナ!?剣豪の!?なんでこんな辺鄙な街に!?」
「何、以前同じような魔物を私も狩ってね。話を聞きたくてここまではせ参じた次第さ。」
そこまで言ったところで、ヒユの視線がふと、二人の足元に転がっているずぶ濡れの男に向く。
「……」
しばし沈黙が流れる。ヒユは眉根を寄せながら、しゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。ぐったりと目を閉じ、水を滴らせたままうつ伏せで気絶しているその姿は、お世辞にも剣豪の目の前に出していい光景ではない。
「……ところで、この男は誰だ?」
至極真っ当な問いに、カイとリダは思わず顔を見合わせる。どう説明したものか、二人揃って一瞬言葉に詰まった。
「え、えっと……この人は――」
「ただの通りすがりの酔っ払い、というわけでもなさそうだが」
ヒユの視線は、地面に転がる男の腰元にちらりと向く。傍らに転がった鞘――大太刀の、だ。旅の駆け出し冒険者が携えるにしては、あまりにも不釣り合いな一振り。
「その武器、只者の得物ではないな。……お前達の連れか?」
「あ、いや、その……はい、まぁ、連れというか、お世話になってる人というか……」
しどろもどろに答えるカイの様子に、ヒユはますます怪訝そうに眉を寄せる。目の前で泥のように伸びている男が、まさか自分が探している相手だとは、この時のヒユには知る由もなかった。
「……とりあえず、名前くらいは聞かせてもらってもいいか?」
その問いに、カイとリダは再び顔を見合わせる。答えるべきか、迷うような一瞬の間。だが結局、隠すような話でもないと判断したのか、カイが小さく口を開いた。
「アラキスさん……です。俺達がお世話になってる、冒険者の」
その名を耳にした瞬間、ヒユの表情が、ほんの一瞬だけ、大きく揺れた。
「アラキス……だとっ!?」
大きく動揺するヒユ……そしてカイを押しのけると、倒れているアラキスへと駆け寄り、その身を揺らして顔を確認する。
「おいっ!しっかり………!!」
ヒユの目に映るアラキスの顔は、以前よりもすっかり青ざめ――(実際は二日酔いのせいなのだが)――まるで病人のようだった。ヒユはぐっと唇を噛んで嗚咽のような声を漏らす。
「ぐっ……お前たち……この男と知り合いなのか?」
「えぇ……」
「はい……恩人です。」
「そうかっ……!」
その言葉に、ヒユの顔がますます険しくなる。恩人。よりにもよって、この状態の男を「恩人」と呼ぶ二人の言葉が、彼女の中で最悪の想像を裏付けてしまったらしい。
「そうか……そこまで、世話になっていたのか……」
声を震わせながら、ヒユはもう一度、倒れたアラキスの顔をまじまじと見つめる。青白い顔色、額に滲む脂汗、荒く浅い呼吸――剣士として、数えきれないほどの死線や、傷病者を見てきた彼女だからこそ、目の前の光景が余計に悪い方へと解釈されてしまう。
明らかに何かを勘違いしているヒユ……だが、どう誤解を解いたものかと考えるカイとリダを他所に、ヒユの悩みを加速する。
「……この男はかつて私とパーティを組んでいた男だ。何度も剣を交えた剣友でもある。一度も私は勝てなかったがな……」
何を思ってかアラキスとの思い出を語るヒユ……その声には、懐かしさと、隠しきれない悲愴感が入り混じっていた。
「幾年も前にパーティを解散して以来だったが……まさか、こんな辺境の地で、しかも病に侵されているとは……」
「いやっあのっそういう訳じゃ………」
「言わなくても分かる………もう、長くないんだろう?」
「いやっあのっだから」
「悔いはないのか、アラキス……お前ほどの剣士が、こんな……」
ヒユはそう呟きながら、まるで今生の別れを惜しむかのように、震える手でアラキスの肩をそっと掴んだ。カイとリダは顔を見合わせたまま、どこから訂正すればいいのか、途方に暮れるばかりだった。
「あの、本当に違うんです!これはただの――」
「今は何も言うな。……辛いだろう」
カイの訂正すらも、勝手に「気丈に振る舞おうとしている」と解釈されてしまう始末。誤解はさらに深く、重く、二人の手には負えない領域へと突き進んでいた。
草原には、ヒユの悲痛な呟きと、それを必死に訂正しようとするカイとリダの声、そして――何も知らずにぐっすり眠りこける、ずぶ濡れのアラキスの寝息だけが、静かに響いていた。