酒場で与太話ばかりする冒険者、誰も信じないけど全部実話だったっていうのをやりたい。 作:ヘルブラザーズ
「くっ……殺せ……っ!」
「だぁぁぁハッハッハ!おまっ!おまっ……げほっ、ごほっ!お前っ!お前〜!ハッハッハ!!!」
「くっ……殺す……っ!」
なんとか諸々の誤解を解いた後、一同は一先ずカイとリダの利用する宿屋へ訪れていた。余計な騒ぎを起こさないように、ヒユの存在は内密に……だ。
そして部屋につくやいなや、ヒユは恥ずかしさで何とも言えない顔となり、アラキスはこれまでに類を見ないほどの大爆笑…………とても喧嘩別れをしたとは思えないほどの再会の仕方である。
「ま、まさかアラキスさん……あのヒユさんとパーティを組んでたなんて……前に聞いたときは法螺話だと思ってたけど、ほんとだったのね……」
「それも驚きだけどアラキスさんの大爆笑の方が個人的に引くよ……あんな笑う!?笑うにしても笑いすぎじゃない!?」
カイとリダが呆れ半分に見守る中、アラキスは椅子にもたれかかりながら、まだ肩を震わせている。
「いやぁ悪ぃ悪ぃ……ヒユ。でもお前、俺の病人だと思って抱きついてきた時の顔、あれ絶対忘れねぇわ……」
「うるさい黙れ思い出すな殺すぞ」
「殺すぞって、お前、涙目でそれ言われても迫力ねぇんだよ……」
ヒユは真っ赤な顔のまま、剣の柄をぎゅっと握りしめている。実際に斬るつもりはさらさらないのだろうが、羞恥のあまり手が震えているらしい。
「そ、そもそもお前が悪いんだろうが!なんで駆け出し冒険者二人の目の前で酒に溺れて泥のように伸びてるんだ!私を伸して来た男の成れの果てがそれか!?」
「んなこと言われても、あん時ぁしゃあねぇだろ……飲みすぎちまってたんだから……」
アラキスはそう言いながら、ふいに笑いを引っ込め、少しだけ真面目な調子で続けた。
「まぁ、その節は悪かったよ。誤解させちまって」
「……別に。私の早とちりだ」
気まずそうに顔を逸らすヒユ。その様子を見て、カイとリダは顔を見合わせる。先ほどまでの張り詰めた空気とは打って変わって、どこか懐かしい雰囲気がその場に流れ始めていた。
「にしても、律儀にわざわざここまで来たってこたぁ、目的はさっきの号外の件だろ?」
「あぁ……そうだ」
ヒユの声色が、ふっと剣士のそれに戻る。先ほどまでの動揺は嘘のように消え、代わりに真剣な眼差しがアラキスへと向けられた。
「王都近郊で私が仕留めた魔物と、そこの駆け出し冒険者……カイとリダ、だったな。二人の出会った魔物……」
するとヒユは少し考えてから改めて確認するように問いかける。
「念のため聞くが、その魔物を討伐したのはお前だよな?アラキス。」
「……ま、お前に法螺吹いてもしょうがねぇか。本当だよ。」
「そうか……何、確認がしたかっただけだ。お前がここで斬ったという魔物……あれは、間違いなく同種のものだ。しかもあの生態、あの数……ただの新種騒動で片付けられる話じゃない」
「……だよなぁ」
アラキスの声からも、いつもの飄々とした軽さがすっと消える。
「俺も気になってたとこだ。あの日以来、ちょいちょい耳に入ってくんだよ。似たような目撃情報。しかも、どれもこれも報告があっさり握り潰されてる感じでな」
「握り潰されている、だと?」
「あぁ。王都のギルドの反応も妙に鈍いし、この街でも変な噂話がぽつぽつ出てる。……何か、裏で動いてる奴がいてもおかしくねぇ……お前何か知らねぇか?」
「……剣豪と言われようとも、私は末端だ。詳しくは知らされん。」
二人のやり取りに、カイとリダは思わず息を呑む。先ほどまでの軽妙なやり取りとは打って変わった、剣士同士の緊張感が部屋の空気を張り詰めさせていた。
「――お前ら二人も、他人事じゃねぇぞ」
「ふぇっ!?」
「はいっ!?」
不意にアラキスがカイとリダの方を見やる。その目には、いつもの酔っ払いの気配は、もうどこにもなかった。
その眼差しに、二人は思わず背筋を伸ばす。普段の飄々としたアラキスからは想像もつかない、剣士としての鋭さが確かにそこにあった。
「あの化け物は、これからもっと増える。俺の勘だけどな。この街も、いつまでも安全な場所じゃいられねぇかもしれねぇ……そうなりゃ……」
静まり返った部屋の中、窓の外からは、何も知らない街の喧騒が、いつも通り穏やかに響く。ゴクリと皆が息を飲み、アラキスが目を見開く。
「ここのビールが飲めなくなる!!」
「酒!?酒なのか!?」
「まぁアラキスさんは酒ですよね。」
「そんなことだろうと思ってました。」
「待て!?私達のパーティを抜けた時のアラキスはこんなのではなかったぞ!?」
するとカイとリダは普段のアラキスを思い浮かべる……酒乱で常にジョッキを傾けて飲みまくる姿を想像し……頷く。
「普段のアラキスさんはとんだ飲んだくれですからね。」
「正直未だにアラキスさんが実力者って信じがたいところもあります……疑ってはいませんけど。」
「ぐっ!?……私達と居る時は、ただのふざけ倒してるだけの奴だったのに……こんな酒乱扱いされるようになったのか……!」
ヒユは頭を抱えるようにこめかみを押さえる。かつての戦友がここまで変わり果てているとは、想像すらしていなかった。
「昔のお前は、もっと寡黙で少しふざけているところもあったが…………何と言うか、もう少し冷静沈着だったろうが!?」
「あー、それは若気の至りってやつだな。今の方が肩の力抜けて楽よ、俺は」
「肩の力抜きすぎだろ!酒場でくだ巻いてる連中と何が違うんだ!?」
「いやそれ普通に俺もその連中の一人だし」
「開き直るな!」
ヒユの容赦ないツッコミに、アラキスはケラケラと笑いながら肩をすくめる。その気安いやり取りを眺めながら、カイとリダは顔を見合わせて、思わず小さく吹き出した。
「なんか……アラキスさんとヒユさんって、案外相性良いですよね」
「そうですね。喧嘩別れって聞いてたので、もっとピリピリしてるものかと思ってました」
「誰との相性良いって言った!?」
声を荒げて否定するヒユに、カイとリダは顔を見合わせて、今度こそ堪えきれずに笑い出してしまった。
張り詰めていた空気は、いつの間にかすっかり和らいでいる。だが、先ほどまでの話――正体不明の魔獣、握り潰される情報、水面下で蠢く何か――その不穏さだけは、まだ誰の胸の中にも、確かに燻り続けていた。
「――で、だ。」
ヒユがふと表情を切り替え、居住まいを正す。先ほどまでの気安いやり取りが嘘だったかのように、その声には剣士としての重みが戻っていた。
「兎も角、後日改めてその森の奥へ案内してくれないか?私もいろいろ確認したいことがある。アラキス、お前もだ。」
「あぁ?カイとリダが道覚えてるから俺いらねぇだろ。」
「奴らと手を合わせた貴重な人材だ。直接の意見が欲しい……それとも、また一抜けする気か?」
ヒユの語気の強い一言にアラキスは軽くため息をついてその言葉に付き従うように両手を挙げる。観念してついていくようだ。
「わーったよ、わーった。行きゃあいいんだろ、行きゃあ」
「最初からそう言えばいいものを」
「お前がいちいち嫌味っぽく言うからだろうが」
軽く睨み合う二人だが、そこにかつてのような剣呑さは既にない。むしろ、どこか気心の知れた者同士のじゃれ合いに近い空気だった。
それを見ていたカイとリダは、思わず顔を見合わせて小さく苦笑する。
「なんか……こういうの見てると、本当に昔仲間だったんだなって実感しますね」
「うん。ちょっと安心した」
二人の呟きに気づいたのか、ヒユがわずかに視線をそちらへ向けた。
「それではカイ、リダ、案内を頼めるか?」
「わ、わかった。」
「は、はい!」
二人はヒユに頭を下げられ若干体をこわばらせながらもヒユの言葉に頷くのだった。
「よし、決まりだな。日取りはまた追って相談しよう。……それと」
ヒユはそこで一旦言葉を切ると、少しだけ表情を和らげてアラキスの方を見た。
「……当面、この街に滞在させてもらう。宿は私の方で取るゆえ、心配は無用だ」
「あぁ、好きにしろ。つっても、こっちの宿はどこもそこそこ埋まってるからなあ、ナリアの……酒場の女将さんのとこにでも相談してみな。顔広いからよ」
「……そうさせてもらう」
窓の外の陽は、いつの間にか橙色に傾き始めている。今日という一日は、誰にとっても、思いのほか長く、そして予想もしなかった一日になったようだった。