TS魔法少女ちゃんが、組織を裏切って魔法少女たちを虐殺する話 作:汐留美海
「知ってる? サナちゃん。
喫茶店の円卓に座るスーツ姿の女が感慨深げに呟いた。卓に置かれたままのカップには珈琲が注がれている。彼女がそれに口を付けた様子はなく、その水面は未だに机の細かい振動に為す術なく揺れ動いている。
「知ってますけど」
女の向かいに座る少女が言った。女の口調とは対照的に冷たく、それはさながら今もなお机で揺れている冷めた珈琲のような苦々しさを孕んでいた。時刻的な問題だろうか、店内には二人以外ほとんど客はいない。が、辛うじて残っている僅かな客もみな、大体は少女と同じくらいの年端もいかない少女達ばかりだ。
「逆になんで知らないと思ったんですか」
「? ただの確認よ。私が本気で質問したと思っているの?」
女が揶揄うように言う。
「愛読書がマニュアル本のあなたみたいな模範的な魔法少女に、こんな初歩的なライセンスの試験問題みたいな事質問する方がおかしいじゃない」
「おかしいとわかってるなら質問しないでください」
内心の憤りを隠すように呟く。店の奥の方から聞こえてくる食器の擦れる甲高い音が自分を嘲笑っているようで不快だった。
「まあまあ、落ち着いて? こう言ってはあれだけど、あなたみたいな子にとってはいい話なんだから」
「だから、その話ってなんなんですか」
少女の問いに、女はまるで、おもちゃを買ってもらい喜ぶ子供のように目を細めた。ショーウィンドウの無駄に高い商品を眺める夜職の女のような顔だといつも思う。本人は薄いつもりだろう化粧と、申し訳程度だと思っているであろう非常に濃い香水の匂いは、近くにいるだけで体調に影響を与えそうなほどだった。
「有益な話よ。あなた、禁忌に触れてみる気はない?」
***
クソみたいな事を思い出した。この仕事を請け負ったその日の出来事だ。雪を踏みしめる足に力が入る。あの猿女は、私が仕事を断れないのを知った上でこのクソみたいな依頼を降ろしたのだ。
「反吐が出る」
何がマニュアル本が愛読書だ。確かにあってはいるが、規律からズレた行為をすれば粛清される文字通りクソみたいな集団に属している以上、マニュアル本は愛読書というより命そのものだ。なにが愛読書だ。こっちは死なないために必死なんだ。前線にも出ずずっと壁の内側に引き籠っている文明が生んだ未熟児が、バナナでも食ってろってんだ。
『……って言ったら粛清されますがね』
耳元で教科書に出てくる解説してくれる謎の生物に声優を付けたような声をした虫型の怪物が言った。
「ああ本当に。
『もし仮に悪態でも付けば、≪反骨心あり≫と見做されて奴らに殺されますからね』
虫が戦慄くように言った。私たちのような魔法少女を束ね運営している組織である魔法少女統括機構は、年端もいかない少女にその超常的な能力を与える代わりにマニュアルも与え、それから外れた行為をした者を粛清、つまり始末している。
「それだけじゃない。生け捕りにされたら協会の方で見世物にされ、三日三晩布切れ一枚でショーケースの中に放置された挙句、死んだら解剖されて新たな魔法少女を作るための実験体にされる。
そんなの、およそ人間のやることではない。そんなのわかりきっているし、もし最初から知っていたなら魔法少女になんてならなかった。
『同感です。鬼畜外道の極み。こんな組織が地球の平和を守っているだなんて、今すぐ組織ごと全部滅ぶべきです』
心が痛い。
鬼畜外道には私も同感だ。人道的とは思えない。だが、それくらいしないといけないのも理解はできる。
地球に攻めてくる謎の生物から地球を守るための英雄のような存在が魔法少女だ。地球を滅ぼしかねない超生物を倒して地球を守れるというのなら、魔法少女が敵になれば返って地球が滅ぶことに繋がりかねない。
だが、だからといって。
『その粛清を、他でもない魔法少女にやらせるなんて言語道断です』
あの日あの女が持ってきた仕事は同族狩り、即ちマニュアルにある禁忌である魔法少女が魔法少女を殺すことだった。その詳細はいたってシンプルで、先んじて禁忌に触れた魔法少女を魔法少女の力を持って陰で始末し、全てを最初からなかったことにするという物だ。
これは他の魔法少女より遥かに優れた力を持つ魔法少女にしか頼めない。経験も力量も全てが他の魔法少女を遥かに凌駕する強い個体に。
そこで名前が挙がったのが私だった。そして断れば私が従来通りの方法で粛清される。依頼が降りた時点で私には、友人すら手に掛けなければならないという最悪の使命を負うことになったのだ。
「今回の敵は?」
『コード47、セラフィーンです。
「もういい、喋るな」
そんなことは聞きたくない。これから殺す人間の詳細など聞いて何になるというのだ。
『……しかし、』
私の思考は、彼ら使い魔に全て聞かれている。耳で聴くのとそう変わらないらしい。ならば、私のこの逡巡や戸惑いも筒抜けなのだ。
大義のために同族で殺し合うなんて馬鹿げている。万が一私が負けるか寝返った場合、損失を被るのは向こうなのに。
『それでも、あなた以外に粛清者がいないとは限りませんから』
だから思う。これは力を持った魔法少女たちを野放しにしないためのプロパガンダのような物なのかもしれないと。彼女らを迂闊に動けないよう疑心暗鬼にすることで機構は自らの保身を図っているのだと。
故に私たちは従うしかない。もし他に粛清者が居ようとそうでなかろうと、私はただ命令に忠実でなければならない。
「死ねばみんな同じだ。これから死ぬ人間のことなんて、知る価値もない」
だが、
「本当に殺す価値があるどうか決めるのは、機構でもお前でもない。私自身だ」
魔法少女の粛清者という立場は、その実力を機構に認められているという事の裏返しに他ならない。私が寝返れば困るのは機構だ。だから機構は私を粛清者にした。もし仮にそうだとしたら、これはチャンスなのだ。
「魔法少女に対する監視を強めても、どれだけの教育を施そうとも、できるのは精々現状維持くらいの物で、世界を救うなんてことは不可能だ」
どこから湧くかもわからない怪物と、反したら殺される規律。魔法少女に成りたがる者はほとんどいない現状で、魔法少女になっても大体はすぐに死ぬか消される。
『本気ですか……?』
「蓮花は機構に殺された。その下手人は私だ。お前も聞いていただろ、彼女を殺したのは規律ではなく機構の意思だった」
彼女が死ぬ必然性はなかった。私が彼女を殺したのは、殺さなければ死ぬのは私で、私が死んだあと、別の人間が彼女を殺しに行くことが明らかだったからだ。
そして、彼女を殺してから思った。粛清者という立場は利用できる。
「機構を潰す。世界の平和は、機構がある以上は訪れない」