カントーの潮風を追って 作:mochiato
朝、ヤマトはいつものように身支度をしていた。
外は寒い。
窓の隙間から入ってくる冷たい空気に、ヤマトは肩をすくめた。
「今日も寒いな」
上着を着て、ポケモンフードの袋を手に取る。
いつものように、一粒だけ取り出そうとして――
「あれ?」
袋の中を覗く。
何もない。
もう一度、袋を振ってみる。
さらさらという音すらしなかった。
「空っぽだ」
昨日の分で最後だったらしい。
ヤマトは袋を逆さまにしてみる。
やっぱり何も出てこない。
「……どうしようかな」
少し考える。
港へ行っても、今日は餌を投げられない。
もちろんコイキングと遊ぶことはできる。
でも、冬の寒い中、餌も持たずにわざわざ港へ行く必要があるだろうか。
「今日は行かなくてもいいか」
そう決めた。
明日、新しいポケモンフードを買ってから行けばいい。
特に残念には思わなかった。
毎日行くことよりも、無理をしないことの方が大事だ。
◇
その日は家で過ごした。
ニャースと毛糸玉で遊んだり、本を読んだりする。
外から風の音が聞こえる。
「今日は港、寒そうだね」
「ニャー」
ニャースが窓の方を見る。
「コイキングは海の中だから平気かな」
ニャースは答えない。
ヤマトは少し考えてから、毛糸玉を転がした。
「ほら」
「ニャ!」
ニャースが勢いよく追いかける。
そのまましばらく遊んだ。
いつもと違う一日だった。
けれど、それはそれで悪くなかった。
◇
翌朝。
ヤマトは新しいポケモンフードの袋を持って玄関を出た。
「行ってきます」
「気をつけてね」
「うん」
昨日より少しだけ風が弱い。
それでも、冬の朝は寒かった。
ヤマトはポケットへ手を入れながら、いつもの道を歩いていく。
港へ近づく。
潮の匂いがする。
岸壁が見えてきた。
「おーい」
ヤマトが海へ向かって声を掛ける。
しばらく待つ。
水面は静かだった。
「まだかな」
もう一度呼ぼうとした、そのとき。
バシャーンッ!
「わっ」
目の前で水しぶきが上がった。
赤い体が水面から飛び出す。
「いた」
ヤマトは笑った。
「昨日はごめんね。餌なかった」
コイキングは返事をするように、もう一度跳ねた。
「元気だった?」
また跳ぶ。
「まだ投げてないよ」
ヤマトが笑う。
コイキングは構わず、もう一度跳んだ。
◇
ヤマトは袋から餌を一粒取り出した。
「はい」
軽く投げる。
コイキングが跳び上がり、空中で餌をくわえた。
ぱしゃん。
着水する。
「上手」
もう一粒。
また跳ぶ。
今度は少し高い。
バシャーンッ。
水しぶきが大きく上がる。
「今日も大きいね」
ヤマトは海面を眺めた。
9話のときと同じだった。
跳ぶ高さはそれほど変わっていない。
でも、着水するときの勢いは以前より強くなっている。
「前より水しぶき大きくなったよね」
コイキングは答えない。
代わりに、また跳ぶ。
「ふふっ」
ヤマトは笑った。
もう一粒、餌を投げる。
コイキングが跳ぶ。
餌を食べる。
そして――
餌がない場所で、もう一度跳んだ。
「あれ?」
ヤマトは少し驚いた。
袋を見る。
まだ餌は残っている。
でも、今のジャンプには餌を投げていない。
「遊びたいの?」
コイキングは水面を泳いでいる。
しばらくすると、また跳んだ。
バシャーンッ。
「そういうことか」
ヤマトは笑う。
餌を一粒取り出す。
けれど、すぐには投げなかった。
「じゃあ、もう少し遊ぼうか」
コイキングが跳ぶ。
餌は投げない。
それでも、また跳ぶ。
ヤマトはその様子を見ながら、少しだけ笑った。
餌を食べるためだけなら、こんなに跳ぶ必要はない。
それでも跳ぶ。
理由は分からない。
けれど、楽しそうなのは分かった。
◇
昼が近づいた。
ヤマトはポケモンフードの袋を閉じる。
「今日は終わり」
コイキングが岸壁の近くを泳ぐ。
「また明日ね」
手を振る。
コイキングが一度だけ跳ねた。
「じゃあね」
ヤマトは港をあとにする。
帰り道、ポケモンフードの袋を見る。
昨日まで空っぽだった袋には、まだたくさん残っている。
「これなら、しばらく大丈夫だね」
少し安心したように呟く。
明日も持っていける。
明後日も。
その先もしばらくは。
そんなことを考えながら、家へ向かって歩いていった。