カントーの潮風を追って   作:mochiato

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第10話 餌のない日

 

 

 朝、ヤマトはいつものように身支度をしていた。

 

 外は寒い。

 

 窓の隙間から入ってくる冷たい空気に、ヤマトは肩をすくめた。

 

「今日も寒いな」

 

 上着を着て、ポケモンフードの袋を手に取る。

 

 いつものように、一粒だけ取り出そうとして――

 

「あれ?」

 

 袋の中を覗く。

 

 何もない。

 

 もう一度、袋を振ってみる。

 

 さらさらという音すらしなかった。

 

「空っぽだ」

 

 昨日の分で最後だったらしい。

 

 ヤマトは袋を逆さまにしてみる。

 

 やっぱり何も出てこない。

 

「……どうしようかな」

 

 少し考える。

 

 港へ行っても、今日は餌を投げられない。

 

 もちろんコイキングと遊ぶことはできる。

 

 でも、冬の寒い中、餌も持たずにわざわざ港へ行く必要があるだろうか。

 

「今日は行かなくてもいいか」

 

 そう決めた。

 

 明日、新しいポケモンフードを買ってから行けばいい。

 

 特に残念には思わなかった。

 

 毎日行くことよりも、無理をしないことの方が大事だ。

 

     ◇

 

 その日は家で過ごした。

 

 ニャースと毛糸玉で遊んだり、本を読んだりする。

 

 外から風の音が聞こえる。

 

「今日は港、寒そうだね」

 

「ニャー」

 

 ニャースが窓の方を見る。

 

「コイキングは海の中だから平気かな」

 

 ニャースは答えない。

 

 ヤマトは少し考えてから、毛糸玉を転がした。

 

「ほら」

 

「ニャ!」

 

 ニャースが勢いよく追いかける。

 

 そのまましばらく遊んだ。

 

 いつもと違う一日だった。

 

 けれど、それはそれで悪くなかった。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 ヤマトは新しいポケモンフードの袋を持って玄関を出た。

 

「行ってきます」

 

「気をつけてね」

 

「うん」

 

 昨日より少しだけ風が弱い。

 

 それでも、冬の朝は寒かった。

 

 ヤマトはポケットへ手を入れながら、いつもの道を歩いていく。

 

 港へ近づく。

 

 潮の匂いがする。

 

 岸壁が見えてきた。

 

「おーい」

 

 ヤマトが海へ向かって声を掛ける。

 

 しばらく待つ。

 

 水面は静かだった。

 

「まだかな」

 

 もう一度呼ぼうとした、そのとき。

 

 バシャーンッ!

 

「わっ」

 

 目の前で水しぶきが上がった。

 

 赤い体が水面から飛び出す。

 

「いた」

 

 ヤマトは笑った。

 

「昨日はごめんね。餌なかった」

 

 コイキングは返事をするように、もう一度跳ねた。

 

「元気だった?」

 

 また跳ぶ。

 

「まだ投げてないよ」

 

 ヤマトが笑う。

 

 コイキングは構わず、もう一度跳んだ。

 

     ◇

 

 ヤマトは袋から餌を一粒取り出した。

 

「はい」

 

 軽く投げる。

 

 コイキングが跳び上がり、空中で餌をくわえた。

 

 ぱしゃん。

 

 着水する。

 

「上手」

 

 もう一粒。

 

 また跳ぶ。

 

 今度は少し高い。

 

 バシャーンッ。

 

 水しぶきが大きく上がる。

 

「今日も大きいね」

 

 ヤマトは海面を眺めた。

 

 9話のときと同じだった。

 

 跳ぶ高さはそれほど変わっていない。

 

 でも、着水するときの勢いは以前より強くなっている。

 

「前より水しぶき大きくなったよね」

 

 コイキングは答えない。

 

 代わりに、また跳ぶ。

 

「ふふっ」

 

 ヤマトは笑った。

 

 もう一粒、餌を投げる。

 

 コイキングが跳ぶ。

 

 餌を食べる。

 

 そして――

 

 餌がない場所で、もう一度跳んだ。

 

「あれ?」

 

 ヤマトは少し驚いた。

 

 袋を見る。

 

 まだ餌は残っている。

 

 でも、今のジャンプには餌を投げていない。

 

「遊びたいの?」

 

 コイキングは水面を泳いでいる。

 

 しばらくすると、また跳んだ。

 

 バシャーンッ。

 

「そういうことか」

 

 ヤマトは笑う。

 

 餌を一粒取り出す。

 

 けれど、すぐには投げなかった。

 

「じゃあ、もう少し遊ぼうか」

 

 コイキングが跳ぶ。

 

 餌は投げない。

 

 それでも、また跳ぶ。

 

 ヤマトはその様子を見ながら、少しだけ笑った。

 

 餌を食べるためだけなら、こんなに跳ぶ必要はない。

 

 それでも跳ぶ。

 

 理由は分からない。

 

 けれど、楽しそうなのは分かった。

 

     ◇

 

 昼が近づいた。

 

 ヤマトはポケモンフードの袋を閉じる。

 

「今日は終わり」

 

 コイキングが岸壁の近くを泳ぐ。

 

「また明日ね」

 

 手を振る。

 

 コイキングが一度だけ跳ねた。

 

「じゃあね」

 

 ヤマトは港をあとにする。

 

 帰り道、ポケモンフードの袋を見る。

 

 昨日まで空っぽだった袋には、まだたくさん残っている。

 

「これなら、しばらく大丈夫だね」

 

 少し安心したように呟く。

 

 明日も持っていける。

 

 明後日も。

 

 その先もしばらくは。

 

 そんなことを考えながら、家へ向かって歩いていった。

 

    

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