カントーの潮風を追って 作:mochiato
その日は、父が休みだった。
「今日は街まで買い物に行くけど、来るか?」
「うん」
ヤマトはすぐに立ち上がった。
父と出かけるのは久しぶりだった。
「久しぶりだね」
「そうだな」
父は笑った。
ニャースは家で留守番だ。
ヤマトは上着を着て、父と一緒に家を出た。
◇
港へ向かうときとは違う道を歩く。
冬のクチバシティは、少しだけ静かだった。
風は冷たい。
それでも道には人がいる。
店先ではワンリキーが荷物を運び、屋根の上ではポッポが羽を休めている。
店の前ではニャースが丸くなっていた。
ヤマトは特に驚くこともなく、その横を通り過ぎる。
ポケモンがいる。
それは、ヤマトにとってもう当たり前のことだった。
「寒いな」
「うん」
「もう少ししたら春になるけどな」
「まだ先だよ」
「そうか?」
「だって、まだこんなに寒いし」
父が笑う。
「それもそうだな」
◇
港の近くまで来たところで、大きな汽笛が鳴った。
低く響く音に、ヤマトが振り返る。
「何?」
港の向こう。
大きな船がゆっくりと入ってきていた。
「サントアンヌ号だな」
「サントアンヌ号?」
「ああ。年に一度くらい、この辺にも来るんだ」
船はゆっくりと港へ近づいている。
いつもの港より、人が多い。
荷物を持った人や、船を見に来た人たちが行き交っていた。
「大きい船だね」
「そうだな」
ヤマトはしばらく眺めた。
けれど、それ以上気にすることはなかった。
「行こうか」
「うん」
父に言われ、再び歩き始める。
◇
少し歩いたところに、大きな建物があった。
入口の近くには、人とポケモンが何人も集まっている。
「あそこ、いつも人がいるね」
「ああ。ポケモンだいすきクラブだ」
「ポケモンが好きな人たちが集まるところ?」
「そうだ」
ヤマトは建物を見る。
中から楽しそうな声が聞こえてきた。
「楽しそうだね」
「今度、見に行ってみるか?」
「うん」
ヤマトはそう答えた。
けれど今日は買い物が先だ。
二人はそのまま店へ向かった。
◇
店に入ると、ポケモンフードが並んでいた。
ヤマトはいつものものを手に取る。
それから、もう一袋。
「二つ?」
父が聞く。
「予備」
「予備?」
「この前、なくなったから」
ヤマトは少し考えてから続ける。
「なくなってから買いに行くと、また行けなくなるし」
「なるほどな」
父は笑った。
「ちゃんと考えてるじゃないか」
「一回あったから」
ヤマトは二つの袋を抱えた。
これならしばらくは大丈夫だ。
会いたい日に餌がない、ということもない。
◇
買い物を終え、父と並んで家へ戻る。
「最近、港にはよく行ってるな」
「うん」
「コイキングは元気か?」
「元気だよ」
「そのうち、もっと大きくなるかもな」
「どうだろうね」
ヤマトは少し考えた。
今のコイキングがどれくらい大きくなるのか。
そもそも、いつまでコイキングのままなのか。
そんなことは分からない。
ただ、今は一緒に遊べればそれでいい。
「でも、最近ちょっと強くなったよ」
「そうなのか?」
「水しぶきが大きくなった」
「それは強くなったって言うのか?」
「たぶん」
父が笑う。
「じゃあ、もっと強くなるといいな」
「うん」
◇
家へ戻る。
「ただいま」
「おかえりなさい」
母が迎えてくれた。
ヤマトは買ってきた袋をテーブルへ置く。
するとニャースが近づいてきた。
袋の匂いを嗅ぐ。
「ニャー」
「ニャースのじゃないよ」
「ニャー……」
少し残念そうな声。
「あとでポケモンフードあげるから」
「ニャ」
ニャースは納得したように離れていった。
ヤマトは窓の外を見る。
今日は港へ行っていない。
けれど、別に気にならなかった。
明日行けばいい。
餌もある。
しばらくは大丈夫だ。
◇
窓の外では、冬の風が木の枝を揺らしている。
葉はほとんど残っていない。
その枝先を見ていると、小さなものが目に入った。
「……あれ?」
ヤマトは窓へ近づく。
細い枝の先。
小さな芽が出ていた。
「もうすぐ春かな」
後ろから父の声がする。
「そうだな」
ヤマトは芽を見つめた。
まだ寒い。
けれど、冬は少しずつ終わりへ向かっている。
去年の春。
六歳になって、一人で港へ行った。
今では、港へ行くことも、コイキングと遊ぶことも、すっかり日常になっている。
季節が変わっても、それは変わらない。
ヤマトは窓の外をもう一度見た。
小さな芽が、冷たい風の中で揺れている。
もうすぐ春が来る。
そして、きっと明日も港へ行く。
いつものように。