カントーの潮風を追って   作:mochiato

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第11話 冬の街

 

 その日は、父が休みだった。

 

「今日は街まで買い物に行くけど、来るか?」

 

「うん」

 

 ヤマトはすぐに立ち上がった。

 

 父と出かけるのは久しぶりだった。

 

「久しぶりだね」

 

「そうだな」

 

 父は笑った。

 

 ニャースは家で留守番だ。

 

 ヤマトは上着を着て、父と一緒に家を出た。

 

     ◇

 

 港へ向かうときとは違う道を歩く。

 

 冬のクチバシティは、少しだけ静かだった。

 

 風は冷たい。

 

 それでも道には人がいる。

 

 店先ではワンリキーが荷物を運び、屋根の上ではポッポが羽を休めている。

 

 店の前ではニャースが丸くなっていた。

 

 ヤマトは特に驚くこともなく、その横を通り過ぎる。

 

 ポケモンがいる。

 

 それは、ヤマトにとってもう当たり前のことだった。

 

「寒いな」

 

「うん」

 

「もう少ししたら春になるけどな」

 

「まだ先だよ」

 

「そうか?」

 

「だって、まだこんなに寒いし」

 

 父が笑う。

 

「それもそうだな」

 

     ◇

 

 港の近くまで来たところで、大きな汽笛が鳴った。

 

 低く響く音に、ヤマトが振り返る。

 

「何?」

 

 港の向こう。

 

 大きな船がゆっくりと入ってきていた。

 

「サントアンヌ号だな」

 

「サントアンヌ号?」

 

「ああ。年に一度くらい、この辺にも来るんだ」

 

 船はゆっくりと港へ近づいている。

 

 いつもの港より、人が多い。

 

 荷物を持った人や、船を見に来た人たちが行き交っていた。

 

「大きい船だね」

 

「そうだな」

 

 ヤマトはしばらく眺めた。

 

 けれど、それ以上気にすることはなかった。

 

「行こうか」

 

「うん」

 

 父に言われ、再び歩き始める。

 

     ◇

 

 少し歩いたところに、大きな建物があった。

 

 入口の近くには、人とポケモンが何人も集まっている。

 

「あそこ、いつも人がいるね」

 

「ああ。ポケモンだいすきクラブだ」

 

「ポケモンが好きな人たちが集まるところ?」

 

「そうだ」

 

 ヤマトは建物を見る。

 

 中から楽しそうな声が聞こえてきた。

 

「楽しそうだね」

 

「今度、見に行ってみるか?」

 

「うん」

 

 ヤマトはそう答えた。

 

 けれど今日は買い物が先だ。

 

 二人はそのまま店へ向かった。

 

     ◇

 

 店に入ると、ポケモンフードが並んでいた。

 

 ヤマトはいつものものを手に取る。

 

 それから、もう一袋。

 

「二つ?」

 

 父が聞く。

 

「予備」

 

「予備?」

 

「この前、なくなったから」

 

 ヤマトは少し考えてから続ける。

 

「なくなってから買いに行くと、また行けなくなるし」

 

「なるほどな」

 

 父は笑った。

 

「ちゃんと考えてるじゃないか」

 

「一回あったから」

 

 ヤマトは二つの袋を抱えた。

 

 これならしばらくは大丈夫だ。

 

 会いたい日に餌がない、ということもない。

 

     ◇

 

 買い物を終え、父と並んで家へ戻る。

 

「最近、港にはよく行ってるな」

 

「うん」

 

「コイキングは元気か?」

 

「元気だよ」

 

「そのうち、もっと大きくなるかもな」

 

「どうだろうね」

 

 ヤマトは少し考えた。

 

 今のコイキングがどれくらい大きくなるのか。

 

 そもそも、いつまでコイキングのままなのか。

 

 そんなことは分からない。

 

 ただ、今は一緒に遊べればそれでいい。

 

「でも、最近ちょっと強くなったよ」

 

「そうなのか?」

 

「水しぶきが大きくなった」

 

「それは強くなったって言うのか?」

 

「たぶん」

 

 父が笑う。

 

「じゃあ、もっと強くなるといいな」

 

「うん」

 

     ◇

 

 家へ戻る。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 母が迎えてくれた。

 

 ヤマトは買ってきた袋をテーブルへ置く。

 

 するとニャースが近づいてきた。

 

 袋の匂いを嗅ぐ。

 

「ニャー」

 

「ニャースのじゃないよ」

 

「ニャー……」

 

 少し残念そうな声。

 

「あとでポケモンフードあげるから」

 

「ニャ」

 

 ニャースは納得したように離れていった。

 

 ヤマトは窓の外を見る。

 

 今日は港へ行っていない。

 

 けれど、別に気にならなかった。

 

 明日行けばいい。

 

 餌もある。

 

 しばらくは大丈夫だ。

 

     ◇

 

 窓の外では、冬の風が木の枝を揺らしている。

 

 葉はほとんど残っていない。

 

 その枝先を見ていると、小さなものが目に入った。

 

「……あれ?」

 

 ヤマトは窓へ近づく。

 

 細い枝の先。

 

 小さな芽が出ていた。

 

「もうすぐ春かな」

 

 後ろから父の声がする。

 

「そうだな」

 

 ヤマトは芽を見つめた。

 

 まだ寒い。

 

 けれど、冬は少しずつ終わりへ向かっている。

 

 去年の春。

 

 六歳になって、一人で港へ行った。

 

 今では、港へ行くことも、コイキングと遊ぶことも、すっかり日常になっている。

 

 季節が変わっても、それは変わらない。

 

 ヤマトは窓の外をもう一度見た。

 

 小さな芽が、冷たい風の中で揺れている。

 

 もうすぐ春が来る。

 

 そして、きっと明日も港へ行く。

 

 いつものように。

 

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