カントーの潮風を追って   作:mochiato

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第12話 はじめての指示

 

 再び春になった。

 

 七歳になったヤマトは、今日も港へ向かっていた。

 

 去年の春は、一人で港まで歩くことだけでも少し緊張していた。

 

 今ではもう、道順を考える必要もない。

 

 いつもの角を曲がり、いつもの道を歩く。

 

 ポケモンフードの入った袋も忘れていない。

 

 それに、去年の冬からは予備も用意するようになった。

 

「今日は何しようかな」

 

 ヤマトは歩きながら考える。

 

 港が見えてくる。

 

 海の匂いがする。

 

 いつもの場所へ向かうと、赤い背びれが水面から見えた。

 

「おはよう」

 

 ヤマトが声を掛ける。

 

 コイキングが跳ねる。

 

 バシャーン。

 

「元気だね」

 

 ヤマトは笑った。

 

 もう、この光景もすっかり日常になっている。

 

     ◇

 

 その日は、いつものポケモンフードとは別に、釣りざおを持ってきていた。

 

 家にあった古い釣りざおだ。

 

 性能の良いものではない。

 

 けれど、普通の魚を釣るくらいなら使える。

 

 そして、ポケモンが掛かった場合はコイキングしか釣れない。

 

「ちょっと釣ってみようかな」

 

 ヤマトは岸壁に座り、釣り糸を海へ垂らした。

 

 しばらく待つ。

 

 波がゆっくり揺れている。

 

 糸も動かない。

 

「まだかな」

 

 少し待つ。

 

 そのとき、竿先が大きく揺れた。

 

「来た」

 

 ヤマトは竿を握り直す。

 

 魚が掛かった。

 

 糸が引っ張られる。

 

 ヤマトは慌てずに竿を引いた。

 

「よいしょ……」

 

 水面から赤い体が飛び出す。

 

 コイキングだった。

 

「やっぱりコイキングだ」

 

 ヤマトは釣り上げたコイキングを見つめる。

 

 相棒とは別の個体だ。

 

 釣られたコイキングは、海の上で跳ねている。

 

 その姿を見ながら、ヤマトはふと思った。

 

「そういえば……」

 

 相棒の方を見る。

 

 相棒はいつものように海面から顔を出していた。

 

 ヤマトは少し考えた。

 

 今まで相棒とは、餌を投げたり、一緒に跳んだりして遊んできた。

 

 でも、七歳になった。

 

 そろそろ、戦うことも覚えてみてもいいかもしれない。

 

 ヤマトは相棒の方を向いた。

 

「やってみる?」

 

 コイキングが跳ねる。

 

「じゃあ……」

 

 ヤマトは釣り上げたコイキングを見る。

 

 それから相棒を見る。

 

「たいあたり!」

 

 コイキングの動きが変わった。

 

 水面を跳び上がり、そのまま釣り上げたコイキングへ向かっていく。

 

 ドンッ!

 

「おお」

 

 見事に命中した。

 

 釣り上げられたコイキングが大きく跳ねる。

 

 ヤマトは少し目を丸くした。

 

「できた」

 

 相棒は何事もなかったように海へ戻る。

 

「ちゃんと分かったんだね」

 

 もう一度、釣り上げたコイキングを見る。

 

 まだ元気そうだ。

 

「もう一回」

 

 ヤマトは相棒へ指示を出す。

 

「たいあたり!」

 

 すぐに反応する。

 

 再び体当たり。

 

 今度もきれいに当たった。

 

「上手いね」

 

 相棒が水面から顔を出す。

 

 ヤマトは少し考えた。

 

 もう十分だろう。

 

「もういいよ」

 

 相棒のコイキングはすぐに動きを止めた。

 

 釣られたコイキングは、海面を跳ねながら少しずつ離れていく。

 

「今度は、もう少しいろんなことできるようにしようか」

 

「じゃあまたね」

 

 ヤマトは手を振る。

 

 少し離れたところから、相棒が一度だけ跳ねた。

 

 春の海に、大きな水しぶきが上がった。

 

     ◇

 

 それから、釣りはヤマトの日課の一つになった。

 

 最初のうちは、釣りざおを持って港へ行くこと自体が少し新鮮だった。

 

 魚が掛かるまでの時間も長く感じる。

 

 けれど、何度も繰り返しているうちに、竿先の小さな変化にも気付けるようになった。

 

 普通の魚が釣れることもある。

 

 そして、ポケモンが掛かれば、やっぱりコイキングだった。

 

 釣り上げたコイキングを海面に留めたまま、相棒に声を掛ける。

 

「たいあたり!」

 

 相棒が跳ぶ。

 

 ドンッ。

 

 命中する。

 

「もう一回!」

 

 また跳ぶ。

 

 ドンッ。

 

 それを何度か繰り返す。

 

 ある程度で、

 

「もういいよ」

 

 と止める。

 

 釣ったコイキングは、そのまま海へ戻っていく。

 

「またね」

 

 ヤマトが手を振る。

 

 コイキングが遠ざかっていく。

 

 そんな日が、少しずつ増えていった。

 

     ◇

 

 夏になった。

 

 暑い日でも、ヤマトは港へ向かった。

 

 太陽が高く、海面が眩しい。

 

「暑いね」

 

 岸壁から海を覗き込む。

 

 コイキングが跳ねる。

 

 バシャーン。

 

「水の中は涼しそう」

 

 ヤマトがそう言うと、コイキングがもう一度跳ねた。

 

 その日は何度か餌を投げたあと、釣りざおを取り出した。

 

 しばらくして、またコイキングが掛かる。

 

「来たね」

 

 相棒を見る。

 

「たいあたり!」

 

 ドンッ。

 

 最初の頃と同じ技。

 

 けれど、ヤマトにとってはもう特別なことではなくなっていた。

 

 指示を出せば、コイキングが動く。

 

 コイキングが動けば、ヤマトは次の指示を出す。

 

 それだけのことが、いつの間にか自然になっていた。

 

     ◇

 

 秋。

 

 風が冷たくなってきた頃には、釣りにもすっかり慣れていた。

 

 餌を投げる。

 

 釣りをする。

 

 コイキングが掛かる。

 

 たいあたりを指示する。

 

 そして、終われば海へ帰す。

 

 いつもの流れだ。

 

 ある日、ヤマトは相棒を見て首を傾げた。

 

「……大きくなった?」

 

 以前より、少しだけ身体が大きい。

 

 気のせいかもしれない。

 

 けれど、春の頃より明らかに違って見えた。

 

 相棒が水面から跳び上がる。

 

 バシャーン。

 

「やっぱり大きくなってる」

 

 ヤマトは少し嬉しそうに笑った。

 

 コイキングは何も気にせず、また海の中へ戻っていく。

 

     ◇

 

 冬。

 

 寒い日は、港にいる時間も短くなった。

 

「今日はちょっとだけね」

 

 ヤマトがそう言うと、コイキングが跳ねる。

 

 釣りをして、コイキングが掛かれば、いつものようにたいあたり。

 

「たいあたり!」

 

 ドンッ。

 

「もう一回!」

 

 ドンッ。

 

 そして、

 

「もういいよ」

 

 それだけ。

 

 派手な戦いではない。

 

 けれど、一年近く繰り返してきたことで、それはヤマトとコイキングにとって当たり前の時間になっていた。

 

 最初にたいあたりを指示した日のことも、今では少し遠く感じる。

 

     ◇

 

 そして、また春が来た。

 

 ヤマトは八歳になった。

 

 いつものように港へ向かう。

 

 道も、海の匂いも、何も変わらない。

 

 けれど、一年前とは少しだけ違う。

 

 ヤマト自身も少し背が伸びた。

 

 そして――

 

「おはよう」

 

 海面から顔を出したコイキングを見る。

 

「……やっぱり大きくなったね」

 

 相棒のコイキングは、以前よりずっと大きくなっていた。

 

 それでも、まだコイキングだ。

 

「今年はどこまで大きくなるかな」

 

 コイキングが跳ねる。

 

 バシャーン。

 

 ヤマトは笑った。

 

「まあ、ゆっくりでいいか」

 

 そう言って、ポケモンフードを取り出す。

 

 一粒、海へ投げる。

 

 コイキングが跳ぶ。

 

 そして、その身体は去年よりも大きな水しぶきを上げて海へ戻っていった。

 

 八歳の春。

 

 ヤマトとコイキングの日常は、また始まった。

 

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