カントーの潮風を追って   作:mochiato

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第13話 物置の宝物

 

 また一年が過ぎた。

 

 ヤマトは八歳になった。

 

 春のクチバシティは、冬の寒さが抜け始めていた。

 

 港へ向かう道を歩きながら、ヤマトは少しだけ伸びた自分の影を見る。

 

 七歳の頃より、ほんの少し背が高くなった。

 

 歩く速度も速くなった。

 

 釣りざおを持って歩くことにも、もう慣れている。

 

 そして港に着けば、いつものように海の中から赤い体が現れる。

 

「おはよう」

 

 ヤマトが声を掛ける。

 

 バシャーン。

 

「今日も元気だね」

 

 コイキングが跳ねる。

 

 七歳の一年間で、釣りをすることも、戦うこともすっかり日常になっていた。

 

 たいあたり。

 

 何度か戦って、頃合いを見て終わる。

 

 釣ったコイキングは海へ帰す。

 

 そんな日々を繰り返している。

 

 相棒のコイキングも、去年より少し大きくなった。

 

 けれど、まだコイキングだ。

 

「いつになったら進化するんだろうね」

 

 ヤマトがそう言うと、コイキングが跳ねた。

 

「まあ、急がなくてもいいけど」

 

 そう言って、ヤマトは餌を投げた。

 

     ◇

 

 ある日のことだった。

 

 父が仕事から帰ってくると、手にいくつかの物を抱えていた。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 ヤマトは父の手元を見る。

 

「それ何?」

 

「仕事先で出てきたものだな。使わなくなったものとか、処分するにはまだ使えそうなものとか」

 

「へえ」

 

 父が荷物を置く。

 

 ヤマトは一つずつ眺めてみた。

 

 すぐに使い道が分かるものもあれば、何に使うのか全然分からないものもある。

 

 その中に、古びた道具がいくつか混じっていた。

 

「これ、もらっていい?」

 

「何に使うんだ?」

 

「分からないけど……何かに使えるかもしれない」

 

 父が少し笑う。

 

「そんなものか?」

 

「うん」

 

 ヤマトは考えた。

 

 こういう物が仕事先から出てくるなら、これからも似たような物が出てくるかもしれない。

 

「父さん」

 

「ん?」

 

「これから仕事で、何か使えそうなのがあったら物置に置いておいてよ」

 

「物置に?」

 

「うん。自分で見て、使えそうなのがあったら取るから」

 

「分かった」

 

 父はあっさり了承した。

 

「ただし、物置がいっぱいになったら整理しろよ」

 

「分かってる」

 

 その日から、ヤマトにとって家の物置は少しだけ特別な場所になった。

 

     ◇

 

 物置の中は、決して綺麗ではなかった。

 

 古い道具。

 

 箱。

 

 使い道の分からない部品。

 

 いつ使うのか分からないもの。

 

 ヤマトは時々、その中を覗くようになった。

 

「これは……違うな」

 

 手に取って、戻す。

 

「これも何に使うんだろう」

 

 また戻す。

 

 そんなことを繰り返していると、奥の方に小さな箱があった。

 

 開けてみる。

 

 中には、石が入っていた。

 

「……綺麗」

 

 普通の石とは少し違う。

 

 妙に整った形をしていて、光の当たり方によって表面がきらりと光った。

 

 ヤマトは手のひらに乗せる。

 

「何だろう、これ」

 

 父に聞いてみても分からなかった。

 

「仕事先にあったものじゃないか?」

 

「これ、何に使うの?」

 

「さあな」

 

 誰にも分からない。

 

 ヤマトはもう一度石を見る。

 

「まあ、綺麗だし」

 

 自分の部屋へ持っていくことにした。

 

     ◇

 

 数日後。

 

 また物置を探していると、今度は別の石を見つけた。

 

「……また石だ」

 

 こちらも綺麗だった。

 

 最初に見つけたものとは形が違う。

 

 けれど、普通の石ではないことくらいは分かる。

 

「これも何か分からないな」

 

 父に聞いても、やっぱり分からない。

 

 ヤマトは二つの石を並べてみた。

 

「こっちの方が好きかな」

 

 少し悩んでから、どちらも自分の部屋に置くことにした。

 

 特に使い道はない。

 

 ただ、綺麗だから。

 

 それだけだった。

 

     ◇

 

 さらに物置を探していると、今度は石とは違うものが出てきた。

 

「これは……?」

 

 金属のような部品。

 

 丸い部分と、少し変わった形の突起が付いている。

 

 ヤマトには何に使うものなのか分からなかった。

 

「ポケモンに使うのかな」

 

 なんとなく、そんな気がした。

 

 これも取っておく。

 

 その隣には、古びたハチマキのようなものもあった。

 

「これも?」

 

 手に取ってみる。

 

 特に変わったところはない。

 

「ポケモン用かもしれないし……」

 

 とりあえず、これも取っておく。

 

 結局その日は、四つほど物を自分の部屋へ持っていった。

 

 綺麗な石が二つ。

 

 用途の分からない金属製の道具が一つ。

 

 そしてハチマキ。

 

 どれも、今すぐ使う予定はない。

 

 それでもヤマトには、

 

 いつか何かの役に立つかもしれない。

 

 そんな気がしていた。

 

     ◇

 

 それからしばらくして。

 

 ヤマトは父が仕事から帰ってくるたび、少しだけ期待するようになった。

 

「今日は何かある?」

 

「今日はないな」

 

「そっか」

 

「お前、本当に物置好きだな」

 

「宝探しみたいで面白いから」

 

 父は笑った。

 

「仕事先にもそんなものがあるのか?」

 

「あるかもしれないな」

 

「じゃあ、何かあったらよろしく」

 

「はいはい」

 

 そんな会話をするようになった。

 

 ヤマトは父の仕事について、少しずつ知っていった。

 

 何をしているのか全部分かるわけではない。

 

 それでも、父が仕事をすることで、自分の知らない場所から知らない物が家へやってくる。

 

 そのことだけは分かった。

 

 そして、その中には時々、自分にとって面白いものが混じっている。

 

 それだけで十分だった。

 

     ◇

 

 別の日。

 

 父と街へ出かけた帰り、ヤマトは以前から気になっていた建物の前で足を止めた。

 

 ポケモンだいすきクラブ。

 

 十一話のときにも前を通った場所だ。

 

「ここ、入ってみる?」

 

 父が聞いた。

 

「うん」

 

 ヤマトは中へ入った。

 

 そこには、たくさんの人がいた。

 

 ポケモンを連れている人。

 

 ポケモンについて話している人。

 

 ポケモンを撫でている人。

 

 楽しそうに笑っている人。

 

 ヤマトは少しだけ周囲を見回した。

 

 ニャース。

 

 ピカチュウ。

 

 ポッポ。

 

 ほかにも、これまで街で見かけたことのあるポケモンがいる。

 

 けれど、こうして一つの場所に集まっているのを見ると、改めて数の多さを感じた。

 

「色んなポケモンがいるね」

 

「そうだな」

 

 父が答える。

 

 ヤマトは近くにいたポケモンを眺めた。

 

 コイキングとは全然違う。

 

 歩くもの。

 

 飛ぶもの。

 

 人のそばで大人しくしているもの。

 

 誰かの荷物を運んでいるもの。

 

 ポケモンは、ただ戦うためだけにいるわけではない。

 

 それは知っていた。

 

 けれど、こうして改めて見ると、その当たり前のことが少しだけ新鮮だった。

 

「コイキングは?」

 

 近くにいた人が聞いた。

 

「いるよ」

 

「どんな子?」

 

「元気だよ」

 

 ヤマトは少し考える。

 

「よく跳ぶ」

 

「それだけ?」

 

「あと、たいあたりもする」

 

 そう言うと、相手が笑った。

 

「ずいぶん元気なコイキングね」

 

「うん」

 

 ヤマトも笑った。

 

 自分にとっては、あのコイキングが当たり前だった。

 

 でも、ここにいるポケモンたちを見ると、同じポケモンでも付き合い方は全然違うのだと分かる。

 

 その日は、しばらくクラブの中を見て回った。

 

 帰る頃には、ヤマトは少しだけ満足していた。

 

「また来てもいい?」

 

「いいぞ」

 

 父が答えた。

 

     ◇

 

 その頃から、ヤマトは街で見かけるポケモンにも少し目を向けるようになった。

 

 今までも見てはいた。

 

 けれど、コイキングとニャース以外のポケモンについて、わざわざ考えることはあまりなかった。

 

 街角で荷物を運ぶワンリキー。

 

 店先で昼寝をするニャース。

 

 子供と一緒に歩くポケモン。

 

 それぞれに、それぞれの生活がある。

 

「ポケモンって、結構色々いるんだな」

 

 ある日、ヤマトはそう呟いた。

 

 父は、

 

「今さらか?」

 

 と笑った。

 

「知ってはいたけど、ちゃんと見てなかったから」

 

「なるほどな」

 

 ヤマトは歩きながら、少しだけ考えた。

 

 自分の知らないポケモンは、まだたくさんいる。

 

 それは、少し楽しみだった。

 

     ◇

 

 そんなある日のことだった。

 

 いつものように港へ行き、ヤマトがコイキングと過ごしていると、少し離れたところに見慣れない男が立っていた。

 

 大柄だった。

 

 周囲にいる人たちとは明らかに体格が違う。

 

 そして、外国人だった。

 

 クチバシティで暮らしているヤマトにとって、外国人そのものが珍しい。

 

 まして、その姿には見覚えがあった。

 

 ヤマトは一瞬だけ目を細める。

 

(……マチス?)

 

 転生する前に知っていた人物。

 

 クチバジムのジムリーダー。

 

 そして、でんきタイプの使い手。

 

 見間違えることはなかった。

 

 ただ、本人から名乗ったわけではない。

 

 ヤマトは少しだけ様子を見る。

 

 男は港を眺めている。

 

 その視線が、やがてヤマトとコイキングへ向いた。

 

「おい、坊主」

 

 声を掛けられた。

 

「何してる?」

 

「コイキングと遊んでる」

 

「そのコイキング、お前のポケモンか?」

 

「違うよ。野生」

 

「野生?」

 

「いつもここにいるんだ」

 

 マチスは海面を見る。

 

 コイキングが跳ねる。

 

 バシャーン。

 

「……へえ」

 

 少し面白そうに眺めている。

 

 ヤマトはその反応を見ながら、少し考えた。

 

 せっかくマチスと会えたのだ。

 

 何か聞いてみたい。

 

 そこで、ヤマトはポケットの中に手を入れた。

 

 物置から見つけた、あの金属製の道具。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「これ、何か分かる?」

 

 マチスの顔が変わった。

 

「……それ、どこで手に入れた?」

 

「父さんの仕事関係」

 

 ヤマトは素直に答えた。

 

「物置にあったから貰った」

 

 マチスはエレキブースターをじっと見る。

 

「エレキブースターだ」

 

「何に使うの?」

 

「ポケモンの進化に使う道具だ」

 

「進化?」

 

「ああ」

 

 ヤマトは少し考える。

 

 やっぱり。

 

 転生前の知識とも一致した。

 

(やっぱり、この人マチスだ)

 

 これで確信した。

 

「へえ」

 

 ヤマトはエレキブースターを見る。

 

「じゃあ、これ大事なものなんだ」

 

「そうだな。なくすなよ」

 

「分かった」

 

 ヤマトは道具をポケットへ戻した。

 

 マチスはもう一度、海面を見る。

 

「それにしても、野生のコイキングと遊んでるのか」

 

「うん」

 

「変わった坊主だな」

 

「そうかな」

 

「まあ、楽しそうではあるな」

 

 ヤマトはコイキングを見る。

 

「楽しいよ」

 

 コイキングが跳ねた。

 

 マチスは少しだけ笑った。

 

「そうか」

 

 それ以上、深くは聞かなかった。

 

     ◇

 

 その日の帰り。

 

 ヤマトは家に戻ると、自分の部屋に置いてある物を眺めた。

 

 謎の石が二つ。

 

 きあいのハチマキ。

 

 そしてエレキブースター。

 

「これ、進化に使うのか……」

 

 初めて、この道具の使い道を知った。

 

 ヤマトはエレキブースターを手に取る。

 

 けれど、自分にはまだ使う相手がいない。

 

 なら、これからも大事にしまっておけばいい。

 

 そう思った。

 

 そのとき、ふと別の物が目に入った。

 

 父の物置から見つけた、黄色い玉。

 

「これなら……」

 

 でんきだま。

 

 ヤマトには使う予定がない。

 

 けれど、さっきの人なら使い道があるかもしれない。

 

「今度会ったら、これ渡そうかな」

 

 ヤマトはでんきだまを手に取った。

 

 そして、エレキブースターの隣に置いた。

 

     ◇

 

 それからしばらく経った。

 

 ヤマトは港へ行くたびに、以前より少しだけ周囲を見るようになった。

 

 けれど、マチスと毎回会うわけではない。

 

 そんなある日。

 

「あ」

 

 見覚えのある大きな背中があった。

 

「この前の人」

 

 ヤマトは近づいた。

 

「こんにちは」

 

「おう、坊主か」

 

 マチスも覚えていた。

 

「この前はありがとう」

 

「何がだ?」

 

 ヤマトはポケットから黄色い玉を取り出した。

 

「これ」

 

「ん?」

 

「この前、教えてくれたから。そのお礼」

 

 でんきだまを差し出す。

 

 マチスは少し驚いた。

 

「これを俺に?」

 

「うん。使わないから」

 

「いいのか?」

 

「いいよ」

 

 マチスはしばらくでんきだまを見る。

 

 それからヤマトを見る。

 

「……変わった坊主だな」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

 マチスは笑った。

 

「ありがたくもらっとく」

 

「うん」

 

 ヤマトは頷いた。

 

 それ以上は何も言わなかった。

 

 マチスも、深くは聞かなかった。

 

 ただ、その日のことは二人の間に小さな縁として残った。

 

     ◇

 

 八歳になってからも、コイキングとの戦いは続いていた。

 

 釣りざおを垂らす。

 

 魚が掛かる。

 

 普通の魚なら、そのまま家へ持って帰ることもある。

 

 ポケモンなら、やっぱりコイキング。

 

 そして、相棒に指示を出す。

 

「たいあたり!」

 

 ドンッ。

 

 命中。

 

「もう一回!」

 

 ドンッ。

 

 また命中する。

 

 最初の頃は、ただ技が当たることが嬉しかった。

 

 でも、いつからか少し違ってきた。

 

「もう一回!」

 

 たいあたり。

 

 相手のコイキングが大きく跳ねる。

 

「あと一回かな」

 

 ヤマトは相手の様子を見る。

 

 もう一度。

 

 ドンッ。

 

 相手のコイキングが動きを止めた。

 

 ヤマトは一瞬、黙った。

 

「……勝った」

 

 七歳の頃なら、

 

 できた。

 

 それだけだった。

 

 けれど今は違う。

 

 これは勝ったのだ。

 

 自分とコイキングで、相手に勝った。

 

「やったね」

 

 相棒が跳ねる。

 

 ヤマトは少し笑った。

 

「強くなったね」

 

 もちろん、勝つことだけが目的ではない。

 

 いつものように、頃合いを見て戦いを終える。

 

 釣ったコイキングは海へ戻す。

 

「またね」

 

 遠ざかっていくコイキングを見送る。

 

 そして相棒を見る。

 

 以前より、明らかに大きくなっていた。

 

「君も大きくなったね」

 

 バシャーン。

 

 返事の代わりに、大きな水しぶきが上がった。

 

     ◇

 

 そして、また春が来た。

 

 ヤマトは九歳になった。

 

 港へ向かう。

 

 いつもの道。

 

 いつもの海。

 

 いつものコイキング。

 

 ただ一つだけ違うのは、その身体だった。

 

「……大きくなったなあ」

 

 ヤマトは海面から顔を出したコイキングを見る。

 

 最初に出会った頃とは比べものにならない。

 

 それでも、まだコイキングだ。

 

「いつか進化するのかな」

 

 コイキングが跳ねる。

 

 バシャーン。

 

「まあ、急がなくてもいいけどね」

 

 ヤマトは笑った。

 

 自分の部屋には、まだ用途の分からない石が二つある。

 

 物置から拾った道具もある。

 

 マチスから教えてもらったこともある。

 

 知らないポケモンも、少しずつ増えてきた。

 

 けれど、ヤマトの日常そのものは変わらない。

 

 港へ行く。

 

 コイキングと遊ぶ。

 

 時々、戦う。

 

 そして帰る。

 

 九歳の春。

 

 ヤマトはまた一つ、知らない世界へ近づいていた。

 

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