カントーの潮風を追って   作:mochiato

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第14話 旅立ちの前の一年

 

 また春が来た。

 

 ヤマトは九歳になった。

 

 港へ行けば、いつものようにコイキングが待っている。

 

 釣りざおを垂らし、餌を用意する。

 

 そして、釣り上げたコイキングと戦う。

 

「たいあたり!」

 

 ドンッ。

 

 コイキングが跳ねる。

 

「もう一回!」

 

 再び、たいあたり。

 

 以前よりもずっと手慣れたものになっていた。

 

 ヤマトにとっては、もう何年も続けている日課だ。

 

 相棒のコイキングも、すっかり大きくなった。

 

 港で見かける他のコイキングと比べても、明らかに大きい。

 

「ほんと、大きくなったね」

 

 そう言うと、コイキングが大きく跳ねた。

 

 バシャーン。

 

 ヤマトは笑った。

 

 そんな日々を過ごしているうちに、あることを意識するようになった。

 

 十歳。

 

 ポケモンと一緒に旅へ出られる年齢。

 

 それは、この世界では当たり前のことだった。

 

 そしてヤマト自身も、前世の知識として知っていた。

 

 けれど、これまではどこか遠い話だった。

 

 十歳になったら旅に出る。

 

 そう思っていた。

 

 それが、もう来年の話になっている。

 

     ◇

 

 ある日、父と街を歩いていると、見慣れない少年が大きな荷物を背負って歩いていた。

 

 その少年の隣には、一匹のポケモンがいる。

 

 どうやら旅立ったばかりらしい。

 

 ヤマトは少しだけ、その後ろ姿を眺めた。

 

「どうした?」

 

 父が聞く。

 

「……あの子、旅に出るのかな」

 

「そうだろうな」

 

「そっか」

 

 しばらく歩いてから、ヤマトが言った。

 

「父さん」

 

「ん?」

 

「俺も来年には十歳だよね」

 

「ああ」

 

「じゃあ、来年は俺も旅に出られるんだ」

 

 父は少しだけ笑った。

 

「そういうことになるな」

 

「そっか」

 

 ヤマトはそれ以上何も言わなかった。

 

 けれど、その日から少しだけ意識するようになった。

 

 来年。

 

 自分も旅に出る。

 

 今まで何度も考えていたことだった。

 

 なのに、実際に近づいてみると少しだけ違って感じた。

 

     ◇

 

 それから、ヤマトは時々家の物置を見るようになった。

 

 今まで集めてきた物。

 

 綺麗な石。

 

 エレキブースター。

 

 きあいのハチマキ。

 

 その他、細々とした道具。

 

 改めて見てみると、結構な数になっていた。

 

「これ、旅に持っていくかな……」

 

 一つずつ手に取って考える。

 

 エレキブースターは持っていく。

 

 いつ使うのかは分からないけれど、マチスから教えてもらった大事な道具だ。

 

 二つの石も持っていく。

 

 何に使うのかは相変わらず分からない。

 

「……綺麗だし」

 

 きあいのハチマキも手に取る。

 

 これも荷物に入れることにした。

 

 そんなことを考えながら物置の中を探していると、奥から見慣れないボールが出てきた。

 

「……これ、モンスターボール?」

 

 手に取ってみる。

 

 普通のモンスターボールとは少し違う。

 

 青みがかった色合いをしていて、水の中にいるポケモンを捕まえるためのものだと分かる。

 

「ダイブボールか」

 

 ヤマトは少し考えた。

 

 そして、海の方を見る。

 

 そこには、いつものコイキングがいる。

 

「これなら……」

 

 ヤマトはボールを眺めた。

 

 十歳になったら、コイキングを正式に自分のポケモンにする。

 

 それはもう、ずっと前から決めていた。

 

「ちょうどいいな」

 

 ダイブボールも荷物に加えた。

 

     ◇

 

 それから少しずつ、旅に必要なものも揃えていった。

 

 リュック。

 

 着替え。

 

 タオル。

 

 水筒。

 

 雨具。

 

 簡単な救急用品。

 

 地図。

 

 保存の利く食べ物。

 

 コイキング用の餌。

 

 必要になりそうなものを一つずつ確認していく。

 

「結構あるな……」

 

 床に並べてみると、思っていたより多い。

 

 十歳の子供が一人で持ち歩ける荷物には限界がある。

 

 ヤマトは何度か中身を入れ替えた。

 

 これは必要。

 

 これはいらない。

 

 これは持っていく。

 

 そうやって少しずつ荷物を決めていった。

 

     ◇

 

 そんなある日のこと。

 

 父が仕事から帰ってくると、いつもとは少し違うものを手にしていた。

 

「ヤマト」

 

「何?」

 

「これ、お前にやる」

 

 差し出されたのは、一枚のわざマシンだった。

 

「わざマシン?」

 

「ああ。仕事先でもらったんだが、俺が持ってても仕方ないからな」

 

 ヤマトは受け取る。

 

 ラベルを確認した。

 

「……じしん」

 

 思わず呟いた。

 

 わざマシン26。

 

 強力なじめんタイプの技。

 

 ヤマトはその効果を知っている。

 

 そして、これが旅の役に立つことも。

 

「旅に出るなら、こういうのも使うだろ」

 

「うん。ありがとう」

 

 ヤマトはわざマシンを大切にしまった。

 

     ◇

 

 九歳になってからも、コイキングとの日々は変わらなかった。

 

 港へ行く。

 

 釣りをする。

 

 戦う。

 

 餌をやる。

 

 時々、街で見かけたポケモンを眺める。

 

 それだけだ。

 

 けれど、ヤマト自身は少しずつ変わっていた。

 

 野生のポケモンと戦うときも、以前より相手の動きを見るようになった。

 

「たいあたり!」

 

 コイキングが飛び出す。

 

 相手が跳ねる。

 

「もう一回!」

 

 たいあたり。

 

 勝つ。

 

 それを何度も繰り返した。

 

 コイキングの身体は、さらに大きくなった。

 

 ヤマトも、それに合わせるように少しずつ戦い方を覚えていった。

 

 けれど、港で過ごす時間そのものは変わらない。

 

 そこにコイキングがいる。

 

 ヤマトが会いに行く。

 

 それだけだった。

 

     ◇

 

 そんなある日。

 

 港を歩いていると、見覚えのある大きな男がいた。

 

「あ」

 

 ヤマトが声を漏らす。

 

 向こうも気付いた。

 

「おう、坊主」

 

 マチスだった。

 

「こんにちは」

 

「まだコイキングとやってるのか?」

 

「うん」

 

 ヤマトが海を見る。

 

 コイキングが大きく跳ねた。

 

 マチスも目を細める。

 

「ずいぶんデカくなったな」

 

「そうでしょ」

 

 ヤマトは少し嬉しそうに答えた。

 

「最初に見たときより、かなり大きくなった」

 

「うん」

 

 マチスはしばらくコイキングを眺めていた。

 

「それで?」

 

「ん?」

 

「お前はどうするんだ?」

 

 ヤマトは少し考える。

 

「来年、旅に出るんだ」

 

「来年?」

 

「十歳になるから」

 

「ああ……そうか」

 

 マチスが頷く。

 

「もうそんな歳か」

 

 そして、何かを思い出したように聞いた。

 

「そういや、あのブースターはまだ持ってるか?」

 

「うん。部屋に置いてあるよ」

 

「そうか」

 

 マチスはそれ以上何も言わなかった。

 

 ただ、来年旅に出る。

 

 その言葉だけが、以前よりずっと現実的に感じられた。

 

     ◇

 

 十歳になる少し前。

 

 ヤマトは父と一緒に、ポケモンだいすきクラブへ立ち寄った。

 

「久しぶりね」

 

 以前話した人が声を掛けてくる。

 

「こんにちは」

 

「もうすぐ十歳だったわよね?」

 

「うん」

 

「ということは……」

 

「旅に出ます」

 

 ヤマトが答える。

 

「そう。楽しみね」

 

「うん」

 

 クラブの中を見回す。

 

 以前来たときと同じように、たくさんのポケモンがいる。

 

 けれど、今は少し違って見えた。

 

 もうすぐ自分も、その中の一人になる。

 

 そう思うと、少しだけ不思議な気分だった。

 

「旅立つ前にも、また来てね」

 

「分かった」

 

 ヤマトは頷いた。

 

     ◇

 

 そして、十歳の誕生日が来た。

 

 ヤマトは朝、目を覚ました。

 

 十歳。

 

 ついに、この年齢になった。

 

 部屋を見回す。

 

 物置から見つけた二つの石。

 

 エレキブースター。

 

 きあいのハチマキ。

 

 ダイブボール。

 

 そして、父からもらったわざマシン26。

 

 少しずつ集めてきたものが、部屋の中に並んでいる。

 

 ヤマトは一つずつ確認した。

 

 これで、準備はできた。

 

 窓の外を見る。

 

 クチバシティの街が見える。

 

 そして、その向こうには海がある。

 

 ヤマトはしばらく眺めていた。

 

 もう、自分は十歳だ。

 

 旅に出られる。

 

 そう考えると、少しだけ胸が高鳴った。

 

     ◇

 

 その日の午後。

 

 いつものように港へ向かった。

 

 海面から、赤い身体が跳ねる。

 

 バシャーン。

 

「おはよう」

 

 もう昼だったが、ヤマトはそう言った。

 

 コイキングがまた跳ねる。

 

「明日も来るから」

 

 ヤマトは笑った。

 

 それだけ言って、いつものように餌を投げた。

 

 ただ、その先には今までとは違う日々が待っている。

 

 クチバシティで過ごした時間も、もうすぐ一つの区切りを迎えようとしていた。

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